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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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※御克前提の澤村話。テーマは桜です。
 桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。
 やっと完結しました。非常にお待たせしましたが…ここまで
付き合ってくださった方、どうもありがとうございました!!

 桜の回想                      10  
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 満開の桜の花は見ていると心が華やぐ。
 だが桜が舞い散っている姿はどこかもの悲しく、同時に
儚い美しさを感じていく、
 それは散りゆく終末の美だった。
 こんなにも綺麗な花なのに年に一回しか咲かない上に、十日前後で
あっという間に全て花を散らしてしまうからこそ…この花はこんなにも
人の心を捉えていくのだろう。
 風が吹き抜ける度に、大量の花びらが舞っていく。
 桜の時期も、もう終わりだと告げている合図だ。
 明日にはきっと、この辺りの桜の木も寂しい佇まいになるだろうし…
数日後には花の姿は完全に消えてしまうだろう。
 そうなれば来年まで、この鮮やかな光景は見納め担ってしまう。
そう感じて佐伯克哉は網膜に焼き付けようと…河川敷に規則正しく
植えられている桜並木を眺めていった。
 
―その瞬間、ブワっと涙が再び溢れて来そうだった
 
 脳裏に浮かぶのは卒業式の日に袂を分かった二人の少年の情景。
 悲しいすれ違いの果てに二人は決別するしかなかった。
 その中に自分の存在がいたから、という思いが再び生まれてくるのと同時に、
頭の中に鮮明に一つの声が響いていった。
 
―いいや、それは違うぞ。これは俺と紀次との間に起こったことであり、
お前は関係ない…
 
「っ…!」
 
 その声が久しぶりに頭の中で響いた瞬間、克哉はカミナリに
打ち抜かれたぐらいの衝撃を覚えていった。
 
「『俺』っ…! お前の声が、どうして…」
 
―今日はたまたま、調子が良いみたいだな…。久しぶりに意識がはっきり
している…。だからお前と話せるだけだ…
 
「そう、なんだ…良かった…」
 
 記憶の中にある通りの不遜な物言いに克哉はまた涙腺が
緩みそうになっていく。
 かつては彼の存在に怯えていた時期もあった。
 けれど今は…ただ懐かしい想いだけが湧き上がっていく。
 溢れた涙で、視界が大きく歪んでいく。
 鮮やかな桜の花が、まるで水の中に浮かび上がっているかのようにぼやけて
…淡く見えていった。
 その瞬間、克哉は幻を見た。
 幻想だと解っていても、その光景を涙を流しながら眺めていった。
 
―大人になった澤村と眼鏡が、笑いあいながら楽しそうに過ごしている場面を…
 
 
 それはきっと、眼鏡自身も叶わぬ夢である自覚はあるのだろう。
 けれどきっと…克哉と澤村のやりとりを聞いて、それでも願ってしまったのだろう。
 
(これは…きっと、お前が叶えたかった夢なんだな…だから、こんなにも
鮮明に見えるんだ…)
 
 もう一人の自分の存在をこんなにも強く感じるのも、きっと澤村の言葉に
大きく心を揺り動かされたからだろう。
 それだけ離れていても、長い年月が過ぎても…眼鏡にとっては澤村は
大きな存在だったのだ。
 それ以上に大切な人間を作れなかったからこそ、今もまた…どれだけ
否定しようとも、もう一人の克哉にとってはあの青年は大きな位置を占めている。
 それがこの幻想に大きく現れていた。
 
「これが、お前が本当に望んでいたことだったんだな…」
 
―そうだ。だが、お前が気にしなくて良い…。俺が勝手に未練がましく
望んでいるだけの話だ…
 
「…ううん、けど…お前がこんなにも大切に想っている人とオレは決別を
する選択をしてしまった…。それで本当に…良かった、のか…?」
 
 躊躇いがちに克哉は問いかけていく。
 そして一呼吸置いてから、眼鏡はゆっくりと答えていった。
 
―前が当たり前の顔をして、紀次の親友の座に収まったらその方が
俺は怒っていただろうな…
 
「っ!」
 
 それは遠回しに、克哉の選択を容認している言葉だった。
 
―あいつは俺の、親友だった。だが、お前の親友と呼べる存在は本多と
太一、片桐の三人だろう? 心から信頼して大切の想っている関係。
だが…お前と紀次は、関わりを殆ど持っていない。言葉すら満足に
交わした事がない間柄だ。なら…こうなる事がむしろ自然だろう…? 
何を気にする事があるんだ…?
 
「そう、だね…」
 
 もう一人の自分の声は思いがけず優しく、また克哉は静かに
目から滴を零し始めていった。
 この一言で克哉は確かに、罪悪感が和らいでいくのを感じていった。
 
『ありがとう…』
 
 心の中で克哉は強くそう想っていく。
 それが眼鏡にも伝わったのだろう。少しして相手が照れたような
そんな気配がした。
 
―お前が生きていて良いんだ…
 
 たった一言の言葉が、克哉を救っていった。
 他ならぬ、この身体の本当の人格であったもう一人の自分。
 克哉が生きていることで、結果的に身体の主導権を奪って…
影に追いやってしまった存在から赦しの言葉を言われること。
 それ以外に、この苦い気持ちを消す方法は存在しなかった。
 そして相手は…与えてくれた。認めてくれた。
 
『自分が生きていても良い』
 
 それが…彼の心に巣食っていた罪悪感をゆっくりと溶かしていく。
 氷のようにそれは克哉の中で固まり、凍り付いていた…それが消えて、
ゆっくりと涙という形で表に流れ出していった。
 
「ありがとう…ありがとう…」
 
 そして克哉もまた、相手に礼を告げていった。
 お互いに感謝の気持ちを相手に伝え合うことで…心が判りあえた気がした。
 
(ああ…そうなんだ。御堂さんに認めて貰えたのはとても嬉しかったけれど…。
それ以上に『自分自身』に認められる事はこんなにも…嬉しいんだ。
自信って言葉の意味を…ようやく実感出来た気がする…。自分に信じられる、
認められない限り…本当の自信なんて、生まれる訳がなかったんだな…)
 
 かつての曖昧で、弱々しかった頃の自分が随分と遠くに感じられる。
 今、御堂と…もう一人の自分に認められた克哉は、ようやく地に足をつけて
生きているという実感を覚えていった。
 人は誰かに必要とされて、本当の意味で満たされる。
 どれだけ自己満足を繰り返そうとも、満たされるようには作られていない。
 他者と関わり、心を通わせ…血と心の通った関係を生み出すことが
本当の意味での自信に繋がっていくのだ。
 
―俺にそんな礼など言わなくて良い…。さあ、御堂が待っているんだろう…。
早く帰ってやると良い。…お前の生きるべき場所は其処なのだから…。
だから過去を振り返らなくて良い…前を見て、生きろ…
 
「うん…判っているよ…『俺』…」
 
―そう、それで良い…
 
 その瞬間、克哉は見た。
 強風が吹きぬけて大量の桜が舞い散る中…一瞬だけ、もう一人の
自分の残影が見えた。
 懐かしくて見ているだけで…胸が潰れそうだった。
 瞳が潤みそうになる。
 だが、泣きそうになった瞬間…相手ははっきりと告げた。
 
『笑えよ…お前の泣き顔など、辛気臭くて見たくない…』
 
 そう憎まれ口を叩いた相手が妙に愛しく感じられて、克哉は泣き笑いに
感じになったが…それでもどうにか口角を上げて笑っていく。
 瞬間、もう一人の自分も瞳を細めて笑っていった。
 これ以上、何を伝えば良いか判らなかった。
 胸が詰まって言葉が上手く出てくれない。だからせめて笑い続けて
相手を見つめていった。
 そして…桜の花が一斉に散ったのとほぼ同時に…相手の残影は、
完全に消えていく。
 だがその時には克哉の胸には火が灯ったかのように暖かい想いで満ちていった。
 
『ありがとう…』
 
 そして姿と気配を消した相手に向かって、最後に呟いた瞬間…着信音が
聞こえていった。
 
「っ…! 孝典さんからだ!」
 
 克哉はその音に一気に現実に引き戻されて慌てて上着から携帯電話を
取り出して…通話ボタンを押して対応していった。
 
「もしもし、孝典さん! すみません…連絡が遅れてしまって…」
 
『いや、別に良い。私もついさっきまで仕事をしていたからな…。それよりも
今日は八時には自宅に帰れそうだ…。君に手間を掛けさせてしまうが、先に
帰宅して簡単なもので良いから夕食を用意しておいて貰えるだろうか…?』
 
「えぇ、大丈夫です。今日は直帰の予定ですから…ここから真っ直ぐに電車で
帰れば八時には確実に間に合わせますから…。美味しい物を作って待っています。
孝典さんも…もう少し仕事頑張って下さいね」
 
『うむ、君の愛情のこもった手料理を楽しみにさせて貰おう。それでは
失礼するぞ…』
 
「はい…」
 
 その瞬間、克哉は幸せそうに微笑みながら頷いて…余韻を残しながら
通話を切っていった。
 今の自分には帰るべき場所がある。
 この世で一番愛しく、そしてこちらを愛してくれている存在がいる。
 その人とこれからも手を取り合って自分は生きていくだろう。
 もう一人の自分が言った通り、過去に囚われて生きても何も生み出さない。
 だから…前を向いていくのが正解なのだ。
 そう考えたが…それでも、鮮やかな桜並木を眺めていきながらフっと
瞳を細めていった。
 
(それでも…オレは桜を見る度、お前と…澤村さんの事を思い出し、
回想するだろう…。過去ばかりを見つめて生きることはいけない事だけど、
お前のことも…今まで生きてきて体験したことも全て、オレの生きてきた証であり…
軌跡だから。…回想するぐらいは、許してくれな…)
 
 そうして克哉は一つの季節が過ぎ去っていくのを感じ取っていった。
 これからもきっと何度も春が巡るのを体験していくだろう。
 
―その度にきっと克哉は思い出していく。もう一人の自分と…親友だった
少年との出来事を…懐かしさと切なさを覚えていきながら…
 
 
 
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  かなりお待たせしました。
  結局一話ではラストエピソードは収まり切らなかったので
2~3回に分けて掲載する形にしました。
  37とか38で終わるのキリが悪いけれど、ここで妥協するよりも
キチっと書きたいことを書いて終わりたいので決断しました。
 
  御克前提の澤村話。テーマは桜です。
  桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。

 桜の回想                      10  
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 もう一人の自と佐伯克哉が統合してから一年の月日が過ぎた。
 そして克哉が御堂と交際してから三年目を迎えていった。
 今では同居して一緒に暮らすようにもなり…この世でもっとも
愛しい人との関係は安定していた。
 仕事上も順調で、本多、片桐、太一、藤田、川出等…周囲にいる人達との
関係も良好だ。
 これ以上を望んだらきっとバチが当たるだろうと思えるぐらいに今、克哉は
恵まれた環境にある。
 その事に深く感謝しつつ…三月の下旬のある昼下がり。
 克哉はその日は少し遠くの会社に営業に回っていた。
 そしてようやく商談が終わった頃には午後四時を回っていて…一度会社に
戻るとかなり遅くなってしまうので、克哉は連絡して直帰をする事に
決めていった。
 御堂の方は本日は遅くまで社に残って業務をこなす予定だと連絡が
あったので…クタクタになって帰宅してくるであろう恋人に、手料理の
一つでも作って出迎えようと考えたからだった。
 
(さ~て、今夜のおかずは何を作ろうかな…。孝典さん、きっと疲れて帰ってくる
だろうからあっさりしていて…身体に優しい料理を幾つか作ろうかな…)
 
 上機嫌でそんな事をあれこれを考えながら帰路についていくと…たまたま
通りかかった河川敷の付近に見事な桜並木が並んでいるのが見えた。
 それを見た途端、克哉は一瞬怯みかけたがすぐに気を取り直して
それを眺めていった。
 
「ん、大丈夫…。うん、以前よりも桜は大丈夫になってきたな…」
 
 ドクドクと乱れる鼓動を深呼吸して落ち着かせていきながら…克哉は
改めてその淡い花びらをつけた桜の木の群集を眺めていった。
 まだ苦手意識が完全に消えたとは言い難い。
 それでも一時に比べれば随分と改善していた。
 かつては見る度に訳も判らない焦燥感を覚えていき、不快な想いや
怖いという感情が桜を見る度に湧き上がっていた。
 だが、今の克哉が感じるのは…もう一人の自分とその親友だった
少年の悲しいすれ違いを切なく思う感情が主だった。
 小さな歯車の狂いから決別する事になった二人。
 それを悲しく思うと同時に…自分という人間は、その体験があったからこそ
生まれて…今、こうして生きているという矛盾した感情が桜を見ると
嫌でも実感してしまう。
 
「欺瞞、だな…。本当にあの二人を想うならオレは消えなきゃいけないのに…
今は絶対に生きる事を手放したくない…。孝典さんを、みんなを…泣かせたくないから…」
 
 
 かつての何もない頃の自分だったら、もしかしたら全てを手放して
あの二人の為に消える事を選択してしまったかも知れない。
 けれど今の克哉にはそれは絶対に出来なかった。
 きっと自分が消えてしまったら、御堂を悲しませて絶望させてしまうだろうから。
 その想いが克哉を現実に引き留める楔となっていた。
 そして克哉もまた…寿命が訪れてしまった時は仕方ないが、それまでは…
命ある限りは御堂孝典という愛しい人の傍に寄り添って生きていきたい。
 その強い願いがあるからこそ、もうその道を選ぶことが出来ない事を
克哉は実感していった。
 その気持ちだけはどれだけ長い年月が過ぎても決して変わる事はなかった。
 
「ごめんな…」
 
 それは自分の中にとけこんでしまったもう一人の自分に対して
向けられた言葉だった。
 けれど言葉が返ってくる事はない。
 それは判りきった事だった。 
 自分の中に彼は溶けて、完全に一部となっている。
 かつて自分たちを隔てていた境界線のようなものが今は完全に
消えてあるべき形に戻っている。
 判っていてもその事実に克哉は胸が締め付けられるようだった。
 そして遠い目になっていきながら、満開の桜並木を眺めていく。
 その時、背後から呼びかける声が聞こえていった。
 
「克哉君…」
 
「っ…!」
 
 その声を聞いた時、心臓がとっさに止まるかと思った。
 弾かれたようにその方向を振り返っていくと…其処には予想通りの
人物が立っていた。
 顔を合わせるのは丁度一年ぶりだった。
 もう一人の自分が消えた時期を境にこの男性もまた接触をして
来なくなったから殆ど忘れかけていた部分があった。
 澤村紀次、もう一人の自分にとって親友だと信じていて手酷く裏切られた存在。
 そして克哉にとっては…今の自分が生まれるキッカケになった人物でもあった。
 彼があのような行為をしなければ、もし二人が親友のままであったなら
きっと今の克哉の人格は存在していなかっただろう。
 
「澤村、さん…どうして、此処に…」
 
「…心配しなくて良いよ。単なる偶然だ。この付近の会社に面接でちょっと
足を向けて…この辺りで桜をぼんやり眺めていたら、たまたま君が
ここに訪れたからね…」
 
「面接…? あれ、確か澤村さんってクリスタルトラストに勤めていたんじゃ…」
 
「ああ、先月辞表を出してね。今月一杯で辞めるつもりなんだ…。今は
再就職先を探している真っ最中かな…」
 
「このご時世に転職ですか…? それってかなり大変なんじゃ…」
 
「ああ、正直言うとこうやって就職活動をする度に今は本当に景気が
悪いんだなって肌身で実感していくよ。けど、後悔はしていないんだよね。
最悪…半年ぐらいは貯金とか失業保険で食いつなげるし、どっか一カ所
ぐらいは受け入れてくれる会社も必ず見つかる筈だからね…」
 
「…はい、そうですね…」
 
 相手の言葉に相槌を打ちながらも、克哉は妙な違和感を覚えていた。
 目の前にいるのは間違いなく澤村本人だ。
 だが、一年前に顔を合わせた時とはまるで別人のように穏やかな顔を
浮かべて前向きな発言を繰り返していた。
 そのせいか会話している印象も以前とはまったく異なって感じられた。
 
(澤村さん…以前よりも柔らかい雰囲気になっていないか…?)
 
 それに以前の彼だったらクリスタルトラストを辞めてなんて新しい所に
転職するなんて発言は決して口に出す事はなかっただろう。
 だが目の前に立っている澤村にはその事に対しての迷いや後悔の
ようなものはまったく感じられない。
 自分で考え抜いた末に選んだ。
 そういう潔さのようなものが態度に染み出していたのだ。
 だからどうしても突っぱねるような態度を取る事が出来ず、曖昧に
微笑んで相槌を打つことしか出来なかった。
 その態度に相手も引っかかりを覚えたのだろう。
 少し経ってから、澤村は怪訝そうに呟いていった。
 
「…ねえ、君と…僕が良く知っている克哉君とは別人格だっていうのは…
本当の話かい?」
 
「えっ…?」
 
 いきなり、予想もしていなかった話題を振られて克哉は言葉を失いかける。
 何故、この男性が自分たちの事を知っているのだろうかと疑問に思った瞬間。
 
ー唐突にもう一人の自分と澤村との間に起こった、桜が舞う中での出来事が
…回想が克哉の中に流れ込んで来た
 
 それは克哉にとっては知らない体験。
 もう一人の自分の記憶であり、思い出だった。
 そして彼の最後の場面でもあるその事実がゆっくりと伝わってくると
同時に克哉は知らず、目元が潤み始めていった。
 
(これは…お前の最後の記憶…なの、か…?)
 
 鮮やかに桜の花が咲き誇る光景の中、もう一人の自分がかつて
親友だった存在を許して消える運命を受け入れていく場面が
脳裏に浮かび上がっていく。
 
―そう、か…お前はこの人を…許した、のか…
 
 そしてもう一つの強い願いを感じ取っていく。
 彼もまた、自分の最愛の人を…御堂を想い、そして配慮
してくれていたのだ。
 だから親友と和解しても、自らが消える運命を享受したことを知って…
再び克哉は切ない気分になっていった。
 本当に桜の花のように潔い引き際だと感じた。
 桜の花が強く印象に残るのは美しいのと同時に、その花が咲く期間は
短くあっと言う間に散りゆくからだろう。
 それは時間にすれは本当に瞬く間の出来事だった。
 そして逡巡し、若干間を空けてから返答していった。
 
「えぇ、その通りです。貴方の親友であった佐伯克哉と…
今、目の前に存在するオレは…同じ身体を共有していても感じ方も考え方も、
持っている記憶もそれぞれ異なります…」
 
 自分の恋人である御堂にすらまだ打ち明けていない事実を
目の前の相手に告げていった。
 だが、澤村はその言葉をいっさい疑う様子を見せなかった。
 そっと目を伏せていき、克哉の言葉を受け入れていく。
 
「そっか…なら、もう一人の克哉君は…本当に消えてしまったのかな…?」
 
「いいえ、オレの中にいます…。今は完全に溶けてしまいましたが…
ちゃんと此処に存在しています…」
 
 そして克哉は無意識の内に己の胸元に手を当てていった。
 そう、もう一人の自分は今は言葉を交わせなくても…対面する事が
叶わなくても、ここにいてくれる。
 確信しているから、はっきりした口調で克哉は口にしていった。
 
「そっか…やはり、もう二度と…あちらの克哉君と僕は会えないんだね…」
 
「はい…」
 
 相手の悲しそうな表情を見て、僅かに残っていた相手への警戒心や
敵愾心が静かに溶けていった。
 克哉と同じようにもう一人の自分が消えてしまった事に対して
切なそうにしている態度が、共感を呼んだからかも知れなかった。
 そのまま澤村は口を閉ざして、何かいいたそうな眼差しを浮かべて
こちらを見つめてきた。
 克哉も無言で、相手を見つめ返していく。
 お互いの瞳に浮かぶ感情は複雑で、これ以上何を口にすれば良いのか
二人とも判断しかねた。
 
( …例え同じ佐伯克哉であっても、この人はオレにとっては親友でも、
友人でもどちらでもない…)
 
 もう一人の自分の存在を惜しんでくれている相手に対して残された
克哉はどんな言葉を掛ければ良いのか判らない。
 それは克哉の中には「澤村」は眼鏡の方の親友だったという想いが
存在するからだ。
 今の自分と深く関わった訳でも、友人として繋がった事がある訳でもない。
 この人と自分は「知り合い」や「顔見知り」以上の関係ではないのだから…
だから、何も言えないまま無言の時が過ぎていった。
 そして長い沈黙の後、先に口を開いたのは澤村の方だった。
 
「…これは僕の勝手な気持ちなんだけど…君に、聞いて欲しいんだけど…
良いかな…?」
 
「えっ…はい、オレで良ければ構いませんよ…」
 
 そう男が問いかけて来た時、以前からは考えられないぐらいに穏やかな
瞳をしていたから克哉は少し身構えながらも了承していく。
 その返答を聞いて、澤村もまた優しい表情を浮かべていった。
 
「…ありがとう。感謝するよ…。さっき出会い頭に言った通り、今…僕は
クリスタルトラストを辞める決意をして…再就職先を探している最中なんだけど…
そうしようと思ったキッカケを作ったのは、もう一人の克哉君との間に
起こった事が一番の理由なんだ…」
 
「…そう、なんですか…?」
 
「…うん。上手く言葉に出来ない…。君の方に、どう伝えれば良いのか
判らないんだけど…僕はいつの間にか人を貶めるような事を何度も
繰り返して来た。クリスタルトラストという会社自体がそういう事を生業に
しているような企業だ。其処にいても僕は克哉君との一件以前は何も
感じなかった。むしろ僕にもっとも適している会社に勤務出来ていると
すら思っていたんだ…」
 
「………」
 
 相手の言葉は更に続いていく。
 克哉は余計な口を挟まずに、澤村の言葉に真剣に耳を傾けていった。
 纏っている雰囲気も以前とは異なり、優しいものに変わっているからだろう。
 かつて相手に感じていた嫌な感じは綺麗に払拭されていたからこそ…
克哉も相手の独白に付き合う気持ちになっていた。
 
「けどね…克哉君が僕の目の前で鮮やかに、と言えば良いのかな…まるで
桜の花が散るみたいに綺麗に消えてしまってから、初めて…僕は自分の仕事が
汚いって。胸を晴れるような事をやっていなかったって…そんな事に気づいたんだ。
それでも認められてそれなりの地位を得た会社をこの年で辞めるのは
結構な迷いがあった。…だけど、僕はもしもう一度…僕の親友だった方の
克哉君に会える事があったなら、胸を張って彼に会いたいと…信じたくないけど、
そんな気持ちが芽生えてしまったんだ。だから僕は…生きる場所を
変える決意をしたんだよ…」
 
「澤村、さん…」
 
「僕は…彼の傍にいたかった…。肩を並べて、生きたかったんだ…。
今、君と…君の隣にいる人との関係のように…切磋琢磨して、お互いに
高めあって刺激しあえるような…そんな関係を作りたかったんだと…
今更ながらに、思ったから…」
 
 その瞬間、澤村は顔を少し歪めて僅かに涙を浮かべていった。
 克哉はその表情を目の当たりにして…何も、言葉を掛けれなかった。
 小さな罪悪感のようなものが芽生えていく。
 だが、それに囚われる訳にはいかなかった。
 自分が生きる、という事はこの人に寂しさと痛みを与えることが判っていても…
今の克哉には決して手放したくない存在がいるから。
 だから…少し考えた後、しっかりとした口調で克哉は告げていった。
 
「…なら、その痛みをしっかりと受け止めて生きて下さい…。あいつが
貴方に残した想いをどうか無駄にしないで下さい…」
 
「うん、そのつもりだよ…」
 
「そして…もう一つ。オレは決して、もう一人の『俺』の代わりにはなりません…。
貴方は以前の俺の親友という存在であっても、オレにとって貴方は…ただの
顔見知りや百歩譲って友人という存在でしかありません。だから…あいつを
本当に大事に想っているのなら、オレとは必要以上に関わらず、その気持ちを
大切に抱いていて下さい…。オレと貴方は、決して親友にはなれません。
貴方はオレの中に…いえ、オレの向こうに必ずあいつの影を求めてしまう
でしょうから…。『オレ』を必要としない、見てくれない相手の友人や
親友には決してなれません…」
 
「っ…!」
 
 それは痛烈に、もう一人の佐伯克哉を求める今の澤村紀次に
とっては死刑宣告にも等しい言葉だった。
 だが、克哉は決して譲るつもりはなかった。
 澤村が眼鏡の方を求めて、その夢を追い求めて…今の自分と
繋がりたいと望むならばそれを決して受け入れる訳にはいかなかった。
 自分は、あいつじゃない。
 例え同じ身体を共有していて…佐伯克哉と呼ばれる存在であっても、
その心のあり方は大きく異なる存在同士なのだから。
 もう一人の自分の心を御堂が恋人とみなす事がなかったように…
澤村紀次にとっても、今の佐伯克哉が親友の座に収まる訳にはいかない。
 克哉はそう確信して、残酷だと承知しながらも…その言葉を告げていった。
 その瞬間、澤村は泣きそうな顔を浮かべていた。
 けれど断腸の思いで、克哉は相手に決して手を伸ばさなかった。
 相手の瞳の奥に宿る想いを…薄々とは察していく。
 だが、敢えて気づかない振りをしてそっと…目を伏せていった。
 直視しないようにしながら…克哉はそっと言葉を紡いでいく。
 
「…ごめんなさい。貴方にとって残酷な言葉であると承知しています…。
けれど中途半端にオレと関わることはあいつの最後の想いを無下に
する事に繋がると思いますから…。あいつを大切に思うのならば、
その面影を大事にして下さい…。もう一度言います、オレはその代わりには
なれませんから…」
 
「そうだね…判ったよ。御免ね…未練がましい態度を取ってしまって…。
僕はもう、行くよ…。けど、最後にこれだけ言わせて欲しい…。僕は、
もう一人の克哉君と再会出来て…最後に長い間わだかまっていた事を
ぶつけて解り合うことが出来て本当に良かったと思っているよ…」
 
 そうして澤村は寂しそうな笑みを浮かべながら、克哉から
背を向けていった。
 その立ち去っていく姿は切ないものが感じられた。
 後ろ髪を引かれる想いを感じても、それでも克哉はグっと堪えて
澤村を見送っていく。
 
「…さようなら、佐伯君。君の未来に幸いがある事を心から祈っているよ…」
 
「えぇ、さよなら…澤村さん。オレの方からも貴方が幸せになる事を
祈らせて頂きます…」
 
 どこまでも他人行事な別れの挨拶だった。
 けれど、これが今の佐伯克哉と澤村紀次との正しい距離間なのだ。
 最後だけ澤村はこちらを「佐伯」と呼んだ。
 それは今、ここにいる佐伯克哉を自分の親友だった少年と違うという
事実を受け入れた何よりの証だった。
 桜が舞い散る中、澤村の姿が遠くなっていく。
 あっという間にその姿は遠くなり、そして…花吹雪の中に紛れて
消えていこうとしていた。
 そして完全に消える寸前、一度だけ澤村は振り返って…離れていても
しっかりと聞こえるようにこう告げていった。
 
―ありがとう。どんな形でも…もう一度君に出会えて、僕は
嬉しかったよ…克哉君…
 
 そして最後に、『もう一人の佐伯克哉』に向かって別れの言葉を
告げながら…精一杯の笑顔を見せて…彼はその場を立ち去っていった。
 その瞬間、克哉の涙腺は緩んでいった。
 視界が歪んで、頬に涙が伝い始める。
 
「あれ…オレ、どうして…涙、が…」
 
 自分の意思と関係なく、熱い涙が後から後から溢れてくる。
 その瞬間克哉は…自分の中にいる眼鏡の心が、泣いているのだと実感していく。
 
(…やっぱり…お前も、澤村さんの事を今でも大切に想っているんだな…)
 
 再び切なさと罪悪感を覚えていくが…克哉はこれで良かったのだと
自分に言い聞かせていく。
 澤村の中に潜んでいた想いは、きっと恋に近いものだ。
 本人に自覚はなかったようだが…克哉は今日のやりとりの最中、
その事を確信していた。
 それまでの自分の生き方を変えようと想うぐらいにもう一人の自分が
澤村にとって大きな存在になっているからこそ…克哉は自分が、
彼と関わる訳にはいかないと思ったから…。
 
(これで良いんだ…。あの人とオレが交流を持っても、あの人はオレを
あいつの代わりとしか見ない…。それにオレには孝典さんが…最愛の人がいる。
だから…こうするしかなかったんだ…)
 
 自分が傍にいれば、きっと澤村を縛ってしまうから。
 いつまでもいつまでも叶わぬ想いを胸に秘めて…苦しめてしまうから。
 彼の中にある佐伯克哉への想いに、ピリオドを打つ為には克哉はそういうしかなかった。
 けれど…このやりきれない思いは、どこに向ければ良いのだろう。
 自分の存在が二人を引き裂いた事実に、克哉は胸が潰れそうになった…。
 その瞬間、突風が吹きぬけていき…大量の花びらが周囲に舞い散っていったのだった―
 
 
 
 


  後書き
(興味ある方だけつづきはこちらをクリックして読んでやって下さい)
  御克前提の澤村話。テーマは桜です。
  桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。

 桜の回想                      10  
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 ―克哉が目覚めた場所は、MGNからそう遠くない位置にある桜が
満開の中央公園だった。
 どうやら芝生の上に倒れていたようだった。
 柔らかい草の感触を覚えて、どこかくすぐったいものを感じていった。
 夢から覚めてすぐに、御堂の腕の中に包み込まれている事に気づいた。
 長い夢から目覚めて、身体が鉛のように重くて…少し動かすだけでも
億劫だった。
 
「克哉、目が覚めたか…?」
 
「孝典さん…? 本当の、孝典さんですか…?」
 
「…? 君は何を言っている? 本当の私も何も…この世界に私という人間は
一人しか存在しない。判りきった事だろう…」
 
「ぷっ…ははっ…」
 
「む、何がおかしんだ君は…! 君が目覚めない間、どれだけ心配していたと
思っているんだ…!」
 
「はっ、ははは…! すみません、あまりにも貴方らしい物言いだったので、つい…」
 
 そうして克哉は腹の底から笑っていく。
 今度こそ、自分は現実に帰って来れたのだと実感していった。
 
(これはさっきまでの違和感を覚える御堂さんじゃない…。紛れもなくオレが
心から愛した人に間違いない…)
 
 そう確信してきながら克哉は心の底から笑っていった。
 愛しい人の胸元に顔を擦りつけていくと、御堂のフレグランスの匂いが
鼻孔を突いていった。
 嗅ぎ慣れた愛しい人の匂いを感じて、ジワジワと帰って来たんだと強く実感出来た。
 
「まったく君という奴は…。だが、目が覚めてくれて良かった…。そしてすぐに
見つけられた事もな…。私も先程、目が覚めたらここの芝生に倒れていたからな。
そして長い夢を…悪夢を見せられていたからな…」
 
「えっ…」
 
 その呟きに克哉はドクン、と脈動を早くしていった。
 
(もしかして御堂さんも…Mr.Rの手に掛かって、罠にはめられようと
していたのか…?)
 
 そう思い至って、ゾっとなった。
 けれど目の前の御堂の顔を見ている内にジワジワっと嬉しさが
湧き上がって来た。
 現実にこうして戻って来れた事、そして自分も御堂もあの黒衣の男が
仕掛けた罠に陥落する事なくはねのけられた事、それが本当に泣きたい
ぐらいの喜びを克哉に与えていた。
 
「どんな夢だったんですか…?」
 
「…最初は光も何もない真の暗闇の中をさまよっていた。だが怪しい男に
色々言われている内に、隙を突かれてしまったようでな…。気づいたら
何も考えられない状態になって、ただ君を貪るように犯し続けていた…」
 
 ドックン!
 
 それは先程まで見ていた克哉の夢に重なる内容だった。
 なら、あれは御堂の幻ではなく…紛れもなく本物の御堂自身で、きっと心を
操られていた状態だったのだ。
 克哉の直感は正しかったのだ。
 あれは本物の御堂であると。偽物ではなかったのだ…ただ、きっと正気を
失っていただけだったのだ。
 克哉はその瞬間、後一歩で本当に取り返しがつかなかったかも知れない事を
自覚していった。
 あの時…もう一人の自分が正気に戻してくれなかったら、きっと自分たちは
こうして現実に戻って来る事なくMr.Rが作り出した「楽園」という檻の中に
永遠に閉じこめられ続けていたかも知れなかったのだ。
 
(今回ばかりは…本当に、危なかったんだ…)
 
 その事実を思い知って、克哉は安堵の息をついていった。
 けれど今、自分達はこうして無事にあの幻想の世界から戻ってくることが出来た。
 その事実がただ嬉しくて…克哉は無意識の内に恋人の頬に指を伸ばしていた。
 
「…オレも同じ夢を見ていました孝典さん…」
 
「なん、だと…」
 
「…貴方に抱かれている内に何も考えられなくなって、貴方だけで満たされて
…次第に、孝典さんさえいてくれれば何もいらない…そんな心境になりました。
だから…後もう少しで『楽園』で共に生きようという貴方の問いかけに
頷いてしまいそうでした…」
 
「克哉…」
 
 どこか潤んだ瞳で、克哉は相手を見つめていきながら言葉を続けていく。
 御堂の手が、こちらの頬を撫ぜている指先をそっと握り締めていった。
 
「…私も、本来ならばそんな誘惑に負けるべきではなかったのに…あの時は
まともに頭が働かなくなって…負けてしまいそうだった。君があの時…
土壇場で私に訴えかけてくれなかったら…馬鹿げた話と笑われてしまうかも
知れないが、私達はあのまま…戻って来れなかったかもな…」
 
「そう、ですね…」
 
 そうして克哉は自然にそっと目を閉じていった。
 御堂の顔が寄せられてくる気配を感じていく。それを静かに
受け止めていった。
 優しく唇が重ねられて、温もりと想いがじんわりと伝わって来た。
 そして…暫く触れ合わせていきながら、キスが解かれていくと克哉は
しみじみと呟いていった。
 
「…貴方と、こうして戻って来れて…本当に良かった…」
 
「…私も、同じ気持ちだ…」
 
 そうして、お互いに抱き合っていく。
 どこかで楽園に対しての未練というか…名残惜しいという気持ちがあった。
 二人で永遠に生きることが出来たらもしかしたらそれは本当の意味の「楽園」で
あったかも知れない。
 けれど…今、自分達が担っている役割や仕事を、そして関わっている全ての
人達を捨ててまで閉ざされた世界に生きることはどうしても抵抗があった。
 御堂も同じ心境なのだろう…。こちらを抱きしめる腕の強さから、その口に
出さない想いが伝わってくるようだった。
 
「…貴方と抱き合っている時間はとても好きだけれど…。俺にとって、貴方と
過ごす時間の全てが愛しいんです。仕事上の厳しい姿や、日常の中の
寛いでいる顔とか…様々な場面の色んな貴方が、オレは好きですから…」
 
「ククッ…随分と可愛い事を言う。そんな事を聞かされたらここが往来の
公園の敷地内だと判っていても押し倒したくなってしまうな…?」
 
「えっ、ちょっと待って下さい…孝典、さ…むぐっ!」
 
 不意に御堂が雄の表情になってこちらに顔を寄せて来たものだから
克哉の心臓は大きく跳ねていった。
 荒々しく唇を奪われただけで理性が吹っ飛んでしまいそうだった。
 
(ヤバイ…! このままじゃ場所とかそういうのが全てどうでも良くなって…
流されて、受け入れてしまいそうだ…!)
 
 ただでさえ御堂とのキスやセックスは半端じゃなく気持ちが良いのに、
今はMr.Rの仕掛けた罠から無事に逃れられた安堵と、場所のスリルと
いう要素も加わっているから威力が増大してしまっていた。
 克哉は身体を捩って控えめに抵抗していったが、そんなものは
あっという間に御堂の勢いの前では向こうにされてしまいそうだった。
 
「はっ…あっ…や、孝典さん…。ここで、は…」
 
「…夜の公園で愛し合うというのも、スリルがあると思わないか…?
 まだ三月の終わりだから肌寒いとは思うけどな…。何、心配するな。
そんなものすぐに気にならなくなるぐらいに君を熱くしよう…」
 
「あ、だから…ダメ、です…」
 
 不覚にもその御堂の表情と言葉にゾクっとして感じてしまった。
 本気でこのままでは危険だ、と思った瞬間…遠くから救いの声が聞こえていった。
 
「克哉~! どこにいるんだ~!」
 
「かっつやさ~ん! どこにいるんすか~! おっかしいなぁ…俺らに
メールしてここに来るように指示したの克哉さんだから、そろそろ
いたって良い筈なのに…」
 
「まあまあ…僕も遅れて来てしまった訳ですし…。もう少しすれば
必ず現れると思いますよ。佐伯君を信じましょう…」
 
 公園の外れの方から本多、太一、片桐の三人の声が聞こえてくる。
 其処で一気に御堂と克哉は現実に引き戻されていく。
 盛り上がりかけた気持ちが一気に下がっていった。
 
「ど、どうしましょうか…孝典さん…」
 
「…残念だがこうなっては諦める他ないだろう。幾ら私たちが付き合って
いると知っている人間たちでも、まさか君の艶っぽい声やあられもない
姿までは見せる訳にはいかないからな…」
 
「も、もう…そういう事は言わないで下さい…」
 
 ボソボソ、と小声でやりとりを交わしつつ…二人は乱しかけた衣類を
整えていく。
 こうして自分の姿を探している以上、幾らメールを出して彼らをここに
来るように指示を出したのがもう一人の自分だからといって無視する
訳にはいかないだろう。
 そう考えて克哉は名残惜しげに御堂から身体を離して、立ち上がっていった。
 その時、上着のポケットに携帯電話が入っているのに気づいて何となく
着信やメールがその間に来ていないか確認していった。
 
「あっ…」
 
 そして本多や太一の問いかけメールがズラっと並んでいる中に一通だけ、
違うものが紛れ込んでいた。
 
ー『オレ』へ
 
 そのメールの題名はそうつけられていた。
 克哉はそれを見た瞬間、心臓が荒くなっていくのを自覚していった。
 こんな題名をつける存在は、もう一人の自分以外は決してありえない。
 深呼吸をして心を鎮めていってからその内容を開いて確認していくと、
簡潔にこう記されていた。
 
ーお前がどこで目覚めるかは判らないが、お前の仲間を中央公園に
集めておいた。起きたらすぐに顔を出してやれ。
お前と御堂ならあの男の罠などはね飛ばす事を信じてこのメールを
送っておく。じゃあな…。
 
 それは最後の言葉にしてはあまりに素っ気ない文面だった。
 だが、克哉には相手の不器用な優しさが感じられて思わず泣きそうになった。
 克哉は今、自分の中にもう一人の自分が融けているのを感じている。
 それで薄々と判ってしまっていた。
 自分たちは本来あるべき形へと収まったのだと。二つに分かれていた
佐伯克哉の人格は、分裂するトラウマを乗り越えた事で…一つに戻っていったのだ。
 それは恐らく…眼鏡と現実に顔を二度と合わせることが出来なくなるのに繋がっていた。
 いつでも彼は自分の中にいる。けれど、もう言葉を交わしたり対面する
事は出来ないのだと、克哉は直感で悟っていたのだ。
 そしてそれは事実、その通りだったのだ。
 
(お前は…本当に最後まで不器用な奴だったよな…)
 
 克哉は無意識の内に、涙をこぼしていた。
 もう一人の自分の心遣いに感謝しながら、同時に…二度と彼と顔を
合わせる事も、姿を見ることも出来なくなってしまった事に寂寥感を
覚えていきながら…。
 
「克哉、どうしたんだ…? 泣いているのか…?」
 
「いえ、大丈夫…って、孝典さん…?」
 
 振り向いた瞬間、いきなり御堂に強く抱きしめられてしまったので
克哉は面食らっていった。
 しかし相手の腕の中に包み込まれている内に堪えようとしていた
涙が溢れ始めていく。
 涙腺が緩んで、大粒の涙が頬を伝い始めていった。
 
「あっ…は、離して、下さい…」
 
「断る。今、君は泣きたい気分なのだろう…? なら胸ぐらいは貸そう…。
君は私にとって大事な存在だからな…」
 
「ふっ…くっ…あり、がとう…ございます…」
 
 そうして相手の体に軽く凭れ掛かりながら…克哉は素直に
御堂の胸の中で涙を零していった。
 その時、克哉は心からこの人と出会えたことを。そうしてこうして相手の
傍にいられることを感謝していった。
 本来の人格が消えて、仮初の心だった筈の自分がこうして残ることに
なったのは…自分には御堂という存在がいたからだ。
 そしてもう一人の自分が静かに消えることを選択したのも、きっとその事を
配慮してくれたからだろう。
 …長い道筋を経てようやく一つに…本来あるべき姿に心が戻った今だからこそ、
相手の心を理解出来た。
 そして暖かさに、優しさに切なさを覚えて…こんな心を知ってしまってから
相手ともう二度と会えなく事実が悲しくて…やり切れなくて、克哉は泣き続けていった。
 
―もう一回だけでも、会いたいよ…なあ、聞こえているか…『俺』…。お前が
オレに生きることを許してくれたから、オレはこうしてこの人の胸で泣くことが
出来ているんだぞ…?
 
 届くかどうか判らなくても、心の中でそうもう一人の自分に語りかけていく。
 どうか伝わるようにと強く願いながら…克哉はぎゅうと抱きついて、御堂の
身体に縋り付いていった。
 
「克哉…悲しいことでもあったのか…?」
 
「はい…」
 
 御堂にとってはきっと今、克哉がどうして泣いているのか判らないだろう。
 きっと話しても理解されない。
 もう一人の自分などが存在していて、その相手に会えなくなったから
泣いているなど…まともに話したら、おかしい人間扱いされるのは必死だろう。
 しかもこんなに感情が荒れている状態では上手く話せる自信もなかった。
 だから今は克哉は黙って涙を流し続ける。
 
(けど…いつか、孝典さんにもあいつの事を話せる日が来るのかな…。
判ってもらえる日が…理解して貰える時が、訪れるかな…)
 
 今の自分という存在を御堂は丸ごと受け止めてくれている。
 なのにもう一つの心の事まで受容して欲しいと願うのはきっと我侭だ。
 けれど克哉は強く願っていった。
 
―たった一人だけでも良い。例え消えてしまっても…自分以外の人間に、
あいつを受け止めて欲しいと確かに思ったから…
 
 そして涙が収まり、顔を上げた時…再び本多や太一の声がこの付近
から聞こえていった。
 
「克哉~! くそ~マジでどこにいるんだよ~!」
 
「おっかしいな~! そろそろいたっておかしくないのに~! 克哉さ~ん! 
克哉さ~ん! かっつやさ~~ん!!」
 
「佐伯君~! どこにいるんですか~! もし聞こえていたら…返事して下さい~!」
 
 段々、三人の声が大きくなっているのが聞こえて、これ以上は流石に
隠れていたら申し訳ないという気持ちが生じていく。
 御堂とそっと顔を合わせるとごく自然に微笑んでしまっていた。
 
「…そろそろいかないと皆に心配掛けるな…」
 
「えぇ、そうですね…。行きましょうか…孝典さん…」
 
 そうしてようやく二人でそっと目配せをしながら、茂みの中から出て行って
…三人の前に姿を現していった。
 克哉の姿を見せた途端に、彼らは安堵の表情を浮かべてくれていた。
 それを見て克哉は実感していく。
 
―今、自分は…本当に大切にしてくれている人達に囲まれていることを…
 
 その人達の下に帰ってくれたことに感謝して、微笑んでいった。
 そして克哉はごく自然にこう呟いていた。
 
『待たせてしまって御免。けど…オレを探してくれて、待っていてくれて
本当にみんなありがとう…!』
 
 力強くそう言いながら、克哉は皆に感謝の気持ちを口に出して伝えていったのだった―
 
 
 
  御克前提の澤村話。テーマは桜です。
  桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。

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 ―御堂との激しい行為がようやく終わったのは、奇しくも眼鏡と澤村が和解して、
彼の方の人格が消えたのとほぼ同時ぐらいだった。
 
 その間、克哉は長い時間…猛烈な快楽に苛まれ続けて、キングサイズの
ベッドの真っ白いシーツの上でぐったりと倒れ込んでいた。
 御堂に様々な体位で貫かれ、翻弄され続けた。
 今でも愛しい人間の一部は彼の身体の中に収められた状態のまま…背後から
しっかりと抱きしめられている。
 正面から抱かれているとこの人の顔がしっかりと確認出来るので嬉しいが、
こうして背後から抱きすくめられると背中を丸ごと包み込まれているような
安心感を覚えていく。
 何度、御堂の精が身体の奥に注ぎ込まれたのかすでに数え切れないぐらいだった。
 それぐらい激しく、何度も熱い塊でこの身を貫かれ続けていた。
 もう、どれぐらい喘がされたのかも判らない。
 
「克哉…水だ…」
 
「はい…頂きます…」
 
 ベッドサイドにいつの間にか魔法のように冷たい水で満たされたグラスが現れていて、
背後から御堂が手を伸ばして克哉の胸元にそっと運んでいく。
 彼はそれを静かに受け止めていきながら、水を零さないように慎重にグラスの
縁を口元に運んでいった。
 ほんのりとレモンの風味がする冷たい水は克哉の疲弊した身体に沁み入るようだった。
 それは他愛ない一幕であったが、克哉にとってはこの人が愛しいと…実感
するには十分であった。
 ジワリとこの人への想いが心の中に広がっていくのを自覚していく。
 
「孝典、さん…」
 
 そしてこの世で一番愛しい人の名を確認するように克哉は呟いていった。
 この人と離れて生きる事など考えられない。
 
―楽園の扉
 
 そう思った瞬間に先程、Mr.Rが囁いたその単語が頭の中に浮かんで
大きくなっていく。
 
(御堂さんと二人きりで…ただ愛し合うことだけを考えて生きることが出来る、か…)
 
 それはどれだけの幸せなのだろうか。
 克哉は少し想像しただけでブルっと肩を震わせていった。
 こうして御堂と抱き合い、その強烈な快楽を改めて感じたからこそ…先程は
とんでもないと感じていた、その誘惑にグラリと心が傾きかけていく。
 
(大好き、です…)
 
 克哉はその想いを噛みしめていきながら相手の指をそっと甘く噛んでいく。
 相手の指先を丁寧に舐めあげて、チュっと吸い上げていくと背後の御堂が
軽く喉で笑った気配を感じていく。
 
―貴方と二人で生きられるなら…
 
 そして、甘美な願いに心を馳せていってしまう。
 現実なら決して叶わない夢想が、今…この時ならば叶えられる可能性があるという。
 正常な状態の克哉なら決して頷かない。
 だが、今は愛しいという感情に満たされていて冷静な判断が出来なくなっていた。
 
「孝典、さん…」
 
 今なら先程の夢物語にも近い御堂からの提案を受け入れられると確信して
いきながら、言葉を紡いでいく。
 その瞬間…鮮明に一つの声が聞こえていった。
 
―ダメだ! 二度と戻れなくなるぞ…!
 
 その声が聞こえた瞬間、克哉は電流で打たれたように身体を跳ねさせていった。
 
「『俺』の、声が…? どうして…?」
 
 暫く自分の中からまったく気配すら感じられなかったもう一人の自分の声が聞こえる。
 しかも、急速に自分の心と重なり…一つになっていくようなそんな感覚がした。
 
「克哉…? どうしたんだ…?」
 
 愛しい人が背後からそっと声を掛けてくる。
 その甘やかなで気だるそうな声を聞くだけで背筋にゾクっと悪寒が走っていった。
 
「何でも、ありません…」
 
 そうして克哉は背後から回されている御堂の手に、己の指先を重ねて
いきながら呟いていく。
 
―俺の声が聞こえていないのか…? その誘惑はあの男の…Rの罠だ。
一度でも流されて頷いてしまったら現実に二度と戻れないぞ…!
 
―うるさいな。オレは御堂さんと一緒に二人きりで生きたいんだ…! 
本当に愛しくて大切な人だけを見つめてずっとそうして永遠に一緒にいられる…!
 その幸せを手にしたらいけないのかよ…!
 
 克哉の心は大きくその誘惑に傾き掛けていただけに…今はもう一人の自分の
忠告すらもうるさく聞こえてしまっていた。
 
―お前はそれで後悔、しないのか…?
 
―しないよ! 孝典さんと一緒だから…
 
―そう、か…。お前が納得ずくでその誘惑に乗るというのならば…俺も強固には
止めはしない。だが、御堂と二人きりで永遠に生きる選択をしたならば…お前は
友人と思っている存在たちに…本多や片桐さん、太一や…お前の両親やMGNに
いる藤田や川出やその同僚達にも二度と会えなくなるんだぞ…
 
―それ、は…!
 
 眼鏡に、今自分の周りにいて関わりあっている人達の名前を挙げられて
一瞬にして現実へと意識が傾いていく。 
 激しく愛され続けて、御堂さえ自分の傍にいてくれれば全てを捨てても
構わないとさえ思っていた。
 だが、眼鏡が友人や家族、同僚達の存在を口にしたことでその人達の
顔が鮮明に脳裏に浮かんで…涙さえ、滲んで来た。
 
「皆、に…二度と会えなくなる…」
 
 その事を考えただけで胸の中に大きな空洞が生まれていくようだった。
 確かに今の克哉にとって御堂はもっとも大きな割合を占めている。
 けれど今、自分の周りにいる人達を大切に思う気持ちはあるのだ。
 最愛のパートナーの存在だけが、今の克哉の幸せを構成しているのではない。
 周囲に取り巻く人と良好な関係を築いて、時に一緒に泣いたり笑ったり
騒いだりして過ごしているからこそ成り立っているものなのだ。
 その一言で、冷や水に全身を打たれたように衝撃を受けて…甘い夢想は
消えて、あっという間に冷静さを取り戻していく。
 
「克哉…どうしたんだ? 私と共に…永遠に一緒に生きてくれないのか…?」
 
「孝典、さん…オレ、は…」
 
 それでも愛している人に口づけながらそんな言葉を吐かれてしまえば
心はグラっと揺れていく。
 けど、正気を取り戻しつつあるからこそやっと克哉は気づいてしまったのだ。
 今の御堂の瞳はガラス玉のように空虚で、あの鋭くて強烈な意志が感じられない事を。
 
(孝典さんの目が…濁って、まるで生気が感じられない…さっきまで、
まったく気づかなかった…)
 
 どうして、あの清冽な人の双眸がこんなにも濁って別人のようになっている
事が判らなかったのだろう。
 自分が愛した御堂はいつだって厳しくて苛烈な一面を持っている。
 だが、克哉は御堂のそんな一面をも愛しいのだ。
 自分達を取り巻く重い責任やプレッシャーに時に潰されそうに感じられる時がある。
 御堂の厳しさや責任感は、そういった環境から派生している。
 もし全ての重圧から逃れて、ただ御堂とイチャつきながら欲望のままに
求め合う…それだけをしていれば良い世界。
 御堂の目がこんな風に濁ったままで、ただこちらに甘い言葉を囁いたり
こちらを抱いたり…そんな日々だけがいつまでも続いていく。だが…。
 
―こんなにも目の濁った御堂と自分は本当に永遠に一緒にいたいだろうか…?
 
 自分の中にその想いが生まれた瞬間、ドックン…と心臓が大きく
跳ねていくのが判った。
 御堂の事は心の底から愛しい。
 だが、今の御堂の目がこんなにも淀んでいた事に克哉は気づいてしまった。
 目の前にいる御堂は、操られているか…偽物のどちらかである事を。
 そして自分が良く知っている御堂であるならば、こんな愚かしい事は言わないと
最初に感じた違和感が正しかった事を克哉は改めて実感していく。
 
(オレは貴方を心から愛している…。けれど、やはりその他の人全てを
切り捨てて二人だけの楽園を築くことなど間違っているんだ…)
 
 ようやくその考えに至った瞬間、背後から御堂に息が詰まりそうになる
ぐらいに強く抱きしめられていく。
 その仕草だけで克哉の心臓は早鐘を打ち始めて、動揺を覚えていく。
 
「克哉…私と一緒に楽園の扉を開く覚悟は出来たか…?」
 
「いい、え…」
 
「…何だと?」
 
 勇気を振り絞って断っていくと、顔が見えない状態でも断ったことで
御堂が不快そうにしているのが伝わってくる。
 
「克哉、今…何と言った…?」
 
「ですから、楽園になんてオレは行く事を望んでいません…帰りましょう
孝典さん。オレ達が生きている現実へ…」
 
 克哉のその言葉は御堂にとっては予想外らしく、いきなり首筋に噛みついて
その身体に己の痕跡を刻みつけていく。
 
「うあっ…! い、痛い…! 止めてください! 孝典さん!」
 
「…君にはまだ足りなかったようだな…。楽園の扉が目の前にあるのにこの後に
及んで強情を張るとは…。まだお仕置きが必要なようだな…!」
 
「そん、な…やめ、て…ああああっ!」
 
 そして問答無用で再び四つん這いにされて、背後から深く御堂の
ペニスに貫かれていった。 
 これは克哉の意志を容赦なくねじ曲げようとする甘い拷問そのものだ。
 快楽を与えられて、再び抗えなくなりそうだった。
 
―流されるな…『オレ』…。お前がここで屈したら、誰とも会えなくなるんだぞ…!
 
 だが、その瞬間…もう一人の自分の声がはっきりと頭の中に響いていった。
 それが克哉の正気を再び蘇られて、現実へと意識を引き戻していく。
 誰かを心から愛しいと想った事があるならば、その人間とずっと一緒にいたいとか、
二人で生きたいと望むのはむしろ自然な事だろう。
 だが、この世に生きている限り…文明社会に身を置いてその恩恵に
預かっている限り、その願いはまず叶えられる事はない。
 何より、一人の人間としか関わらない事は人の心をひどくイビツな
ものに変えていく。
 生きていく上で人体に多様な栄養素を必要とするのと一緒だ。
 ある程度の人数と接触し、交流していく事で人の心は健全に保たれるのだ。
 そして一定の重圧が掛かっている事で人生にまた張りも出てくるのだ。
 何もせずに良い世界は人の精神を堕落させていく。
 セックスは快楽を与えてくれる行為だが、それだけをしていて良いという状況は
そう遠くない内に飽きを生んでいくだろう。
 忙しく仕事をこなしている中に、時に触れ合う時間を持つからこそ愛し合って
いる時間は深くなり、より輝くのだ。
 こうして強く激しく求められていると、御堂以外との繋がりが再びどうでも
良いものになっていきそうだった。
 だが、その強烈な快楽を唇を噛みしめて耐えていき、やや苦しい体制で
御堂の方を向き直っていく。
 
「孝典、さん…オレ、言いたい事、が…」
 
「何だ、克哉…。ようやく頷く気になったのか…?」
 
「いい、え…。オレは絶対に、その提案だけは受け入れる気はありません…」
 
「…っ! 何だと!」
 
「ふぁっ…あ、はあ…!」
 
 御堂が激昂して眉を大きく跳ね上げていく。
 瞬間、相手のペニスが更に奥深くを突き上げていった。
 克哉の前立腺を、その熱い塊が容赦なく抉って、追いつめてくる。
 背後から両方の胸の突起をいじられると、鋭い電流が全身に
駆け巡っていくようだった。
 
「どうして、だ…克哉! 私とずっと一緒に生きてはくれないのか…!」
 
「いいえ、オレは貴方と…生涯、あぅ…添い遂げます…! これからもずっと
貴方以上に愛せる人なんて存在しない、ですから…!」
 
 しっかりと相手の目を見据えていきながら、本心から克哉はそう叫んでいった。
 そう、この世で一番この人を愛しているというその言葉は克哉にとっては
何よりの真実だからだ。
 だからたたみかけていくように更にはっきりと宣言していく。
 誓うように、相手の心に訴え駆けるように真摯な顔を浮かべていった。
 
―貴方をオレは心から愛しています。楽園に行く事は同意出来ないですが、
オレは貴方の傍を決して離れません。だから、現実を捨てて夢の世界に逃避
しようなんて…そんな考えを、捨てて下さい…!
 
 アイスブルーの瞳を決意に輝かせながら、克哉ははっきりと告げていく。
 そう、自分の愛した御堂は「己の考えをしっかりと伝えろ。変な遠慮はしなくて良い」と
散々言っていた。
 自分の考えを一方的に押しつけて、こちらがそれに応えないからと言って
無理矢理叩きつぶしたりする人じゃない。
 否、そんな真似をする人物だったらここまで深く敬愛する事はなかっただろう。
 だから克哉はある種の確信を持ちながら、そう伝えていった。瞬間、御堂は
稲妻に打たれたかのように激しい反応を示していった。
 
「っ…!」
 
「孝典さんっ?」
 
 克哉は目を見開いて驚いていく。
 いきなり御堂の身体が透明に透け始めていったからだ。
 そしてゆっくりとその身体は薄くなっていって…瞬く間に夢のように消えていく。
 同時に白亜の豪奢な部屋もまた、ひび割れて崩壊し始めていく。
 視界が大きく歪んでいくようだった。
 まるで長い夢から醒めたかのように、目の前に存在していた全てが消え失せていった。
 その光景を眺めながら、克哉は意識が遠ざかるのを感じていった。
 
(ああ、全ては夢で…恐らく、これはMr.Rが仕掛けた罠だったんだ。あいつが…
もう一人の俺があの一言を言ってくれなかったら、オレはきっと陥落してしまっていた…)
 
 儚く消失していくその様を眺めていきながら、克哉はゾッとなった。
 同時にもう一人の自分に深く感謝していった。
 キラキラと光の粒子が周囲に舞い散る。
 まるでクリスタルガラスが砕けて光を反射しているような危うく壮美な光景だった。
 長かった夢が散っていく光景はひどく幻想的で、そして物悲しささえ覚えていった。
 
―楽園の扉はこうして閉ざされ、克哉の前に二度と現れる事はないだろう。
だが、それで良いと克哉は思っていた
 
 昔の自分だったら、御堂と知り合う以前であったならもしかしたら甘い誘惑に
靡いてしまっていたかも知れなかった。
 だが、今の克哉は自分の周囲にいる人達を大切に思っている。
 かけがえのないものだと思っている。
 どれだけ御堂が愛しくても、やはり全てを引き替えにして二人だけで
生きるというのは歪んでいて病んでいる考えだと思うから。
 だからそっと目を伏せて、これで良いと自分に言い聞かせた瞬間…
フワリと水中から浮上するような感覚を覚えていった。
 瞬間、御堂の鋭い声が脳裏に響きわたっていった。
 
「克哉!!」
 
 そして、最後に克哉は「本物」の御堂の呼び声をぼんやりと聞いていった。
 克哉はその方向に手を必死になって差し延ばし、指先に愛しい人の
温もりを感じていきながら再び、意識を落としていった。
 
―今度は、本物の御堂の腕の中に包み込まれていきながら…
 
 

※御克前提の澤村話。テーマは桜です。
 桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。
 この話は渾身の力を込めて書いたので間が空いてすみません。
 とりあえず、これが現段階での香坂の目一杯です。

 桜の回想                      10  
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 ―目の前にあの日と同じように泣いている一人の男がいた
 
「僕を、忘れないでよ…克哉、君…!」
 
 そして相手が15年間も自分の心の奥底に隠していた想いを
衝動的に口にしていく。
 許されたら、憎まれることすらなくなったら自分という人間が相手の中から
消えると思ったのだろう。
 其処で初めて、本音が漏れていくのを聞いて…眼鏡は深く溜息を突いていた。
 
(その一言を15年前のあの日に聞いていたのならば…俺たちの関係はきっと、
途切れなかったんだろうな…)
 
 その発言を聞いてやっと佐伯克哉は親友だった少年があの日泣きながら
裏側の事情を打ち明けたことに納得がいった。
 全ては、好意の裏返しだったのだ。
 澤村紀次は本当ならずっと佐伯克哉の傍にいたかったのだ。
 だが実力が及ばず、克哉がこれから進学しようとする学校は彼の手の届く
レベルではなかった。
 
「言いたい、事はそれだけか…?」
 
 そう問い返した瞬間、目の前に立っていた青年はゆっくりと12歳の頃の
姿へと変わっていく。
 赤いオシャレ眼鏡も、ブランドもののスーツも纏っていない小学校高学年の少年。
 
「どうして、僕を置いて行ったんだよ! どうしてみんなと一緒にあの中学に
進学してくれなかったんだよ! 遠くの学校に行くなんて、どうして…!」
 
「紀次…」
 
 その時、眼鏡の脳裏にその時の出来事が鮮明に蘇っていく。
 それは佐伯克哉側にとっては些細な、大した事のない思い出に過ぎなかった。
 
―紀次、俺…母さんが望んでいるから遠くの学校に行く事になるかも知れない…
 
 そうだ、最高学年に進級する前に母から私立の中学校に進学しないか、
と言われて…少し迷っていたから、澤村に自分は相談した事があった。
 その時点ではまだいじめは始まっておらず、迷っている部分があった。
 あの当時の佐伯克哉はクラスの中心人物だった。
 成績優秀、そして運動神経も優れている彼に多くの人間が頼ってきていた。
 澤村もその一人だった。
 
―克哉君、遠くに行ってしまうの…?
 
 そういえば相談ごとを口にした時、澤村はこんな風に泣きそうな顔を浮かべていた。
 
―あぁ、母さんが望んでいるからな。親の希望は出来れば叶えたいから
どうしようかって迷っているんだ…
 
―そう、なんだ…
 
 その瞬間、澤村の顔が一瞬だけ大きく歪んだ気がした。
 酷くひきつっていて、強い敵意をその視線から感じていった。
 それは時間にすれば本当に僅かな、瞬く間だけ現れた相手の本心。
 その時は気づかずに見逃していた兆候が、もう一度振り返る事で眼鏡の
頭の中で組み上がって一つの回答を導き出していく。
 少年は泣いている。
 その時は笑顔を浮かべて押し殺した本心を、やっと解放して相手に叩きつけていった。
 
「君を追いかけたくても、あの当時の僕には絶対に受かる見込みのない
場所だった。そんな場所に…君は当然のように進学すると口にして
『自分が落ちる可能性』なんてこれっぽっちも考えていなかった! 
それがどれだけ…僕にとっては悔しくて辛い事だったのか、君は
考えた事もなかったんだろう!」
 
 小学生の時の澤村は、この本音をずっと佐伯克哉に伝えずにいた。
 口にしたら自分があまりにみじめになるって事が初めから判っていたからだ。
 
「ちっちゃい頃から、君は僕の憧れだったのに…! 傍にさえいられれば
それで良かったのに…! 君は自らの意志で僕が追いかける事が出来ない
場所に行こうとしていた。だから、僕は…僕は…!」
 
 桜の花びらが舞い散る中で、ずっと過去に囚われ続けていた少年が慟哭していく。
 それは彼の中で眠り続けていた本心。
 プライドや意地が邪魔をして、口にすることもなく秘められ続けて…
いつの間にか澱んでしまった想い。
 それを聞いた瞬間、眼鏡は…相手への憎しみがゆっくりと
消えていくのを感じていった。
 
「お前は、俺の事を…好きで、いてくれたんだな…」
 
 当時、気づかなかった。
 彼のそんな本心を。
 母が望んだ私立の中学に進学する、そう打ち明けた事がこんなにも
親友を追いつめる事になるなんて考えもしなかった。
 彼の涙をみて、ゆっくりとかつて信じていた頃の想いを…彼を誰よりも
大切だったと、そう思っていた頃の自分の感情が蘇っていく。
 
「…そう、だよ。僕は…君を、好き…だった。追いつくことが出来なくて、悔しくて…
歯がゆかったけれど…それでも僕にとって、君は…憧れだったんだ…。
一緒に…いたかったんだよ…」
 
 ポロポロポロ、と少年の目元から涙が溢れ続ける。
 心の壁が、自分たち二人を大きく隔てていた障壁がゆっくりと
消えていくのを感じていく。
 もしその本心を先に伝えてくれていたのならば、自分たちは一緒に
歩めていたかも知れなかった。
 人と人との関わりあいの中では、良くそういう事がある。
 お互いに両想いであったとしても、その気持ち故に真実を時に歪めて
受け取ってしまったり、ささいなすれ違いが重なって決別をしてしまう事がある。
 
「なら、どうしてそれをあの時…言わなかったんだ…?」
 
「言って何になるんだよ…! 君の気持ちはもう決まっていたんだろう!」
 
 澤村が激昂して叫んでいく。
 だが、その瞬間…眼鏡はそっと目を伏せていって静かな声で呟いていった。
 
「いいや、お前にその事を告げた時には…迷っていた。母の望みを叶えたいって
気持ちと…お前と一緒にいたいという願いが、交差してな…」
 
「えっ…」
 
 その瞬間、信じられないという目でこちらを見つめていく。長いすれ違いと
平行線が再び交わった瞬間だった。
 
「…俺は、お前と一緒にいたかった。だから…引き留めてくれれば私立中学に
進学するのは止めようと、そう思って…お前に真っ先に、相談したんだ…」
 
「う、そだ…そんな、の…。けど、結局…君は私立中学を受験して
そっちに進学したじゃないか!」
 
「あぁ…お前が影で裏切ってくれたおかげでな。いきなりクラスで孤立して
いじめを食らうようになって…心が決まったんだ。それでも…卒業式の日までは、
お前とだけは別れるのは寂しいと…それだけが唯一の心残りだった」
 
「そ、んな…じゃあ、僕がした事は…」
 
「そうだ。本当に願っている事と逆の現実を招く事を…お前はやって
しまっていたんだ…」
 
「う、うぁぁぁぁ!」
 
 澤村は佐伯克哉に本当に傍にいて欲しかったならば…私立中学に
進学して欲しくないと己の本心を訴えるか、もしくは彼と同じ学校に進学する
為に死ぬもの狂いで勉強をするかどちらかをするべきだったのだ。
 だが、彼は自分と袂を分かつ選択をしようとしている相手に報復
するような行動しか取らなかった。
 そして間違った方法で自分の存在を相手の中に刻みつける事を
選択してしまっていたのだ。
 その愚かさを、過ちを十五年の年月を経て改めて突きつけられてしまったのだ。
 その瞬間に、堰を切ったように叫んで号泣していった。 
(そう、か…俺たちはただ、すれ違っていただけだったんだな…。こんなにも
長い年月が過ぎて、やっと判るなんてどれだけ皮肉なんだ…)
 
 世の中にはどれだけ本当は両想いであったにも関わらず些細な出来事が
キッカケで壊れてしまう関係があるのだろうか。
 伝え損ねていた言葉や気持ち。
 ほんの少し素直になったり、意地を捨てる事さえ出来れば残っていた筈の
関係が存在するのだろうか。
 恐らくあの一件も、佐伯克哉側が親友だった少年に「一緒にいたい」という
想いをキチンと伝える事が出来ていたならば澤村紀次は必死になって努力して
彼に追いつこうと努力するか、もしくは他の学校に進学しようとする克哉を
説得していたかも知れない。
 澤村紀次も、いじめという手段で自分の胸の痛みを相手にぶつける行為
ではなく、必死になって努力して親友に追いついていればこんなにも長い期間…
自分たちは離れて生きずに済んだのかも知れなかった。
 
―崩壊のキッカケは本当に些末な事で、見落としてしまうぐらいに当たり前の
日常の中に紛れていた
 
 だからこんなのも長い期間、気づかなかった。
 だが相手の言葉を聞いてやっと佐伯克哉は真実に辿り着いていった。
 
「何で、そういってくれなかったんだよ…! その一言を君の口から聞いていたら、
僕は…僕はあんな事、しなかったのに…」
 
「そう、だな…お前に本心を口にして伝えようと努力しなかった。それこそが…
俺の犯した罪、だったのかもな…」
 
 呟きながら、彼はごく自然に…自分が知らない間に犯していた
もう一つの罪状を察していく。
 無条件に相手を盲目的に信じているだけだった。
 一緒にいる間、澤村が何を想い考えているのか聞き出す努力も、理解
しようという努力を怠っていた。
 自分が好きなのだから、相手も好きでいてくれると思い込んでいたのだ。
 その姿勢があの出来事を引き起こしていったのだろう。
 相手を信じることは決して悪いことではない。
 疑う気持ちが強すぎれば、どんな人間関係でも亀裂が生じていく。
 けれど100%常に相手を信じて、一片も疑うことのない姿勢もまた大きな
歪みを生み出してしまうのだ。
 6~7割は相手を信じて肯定し、2~3割程度は相手が本当に
「自分が思っているように」感じているのか疑う心を持つようにすることが
一番良いバランスなのかも知れない。
 もしあの時の自分に彼の心を知ろうとする姿勢があったのならばもしかしたら
ずっと親友のままでいられたのかも知れない。
 だが、そう甘い夢想を抱いた瞬間…眼鏡の脳裏に再び浮かんでいったのは
もう一人の自分と、その周囲にいる人間たちの事だった。
 
(まさか…この段階になってお前の事が浮かぶなんてな…)
 
 克哉の傍にいる人間たち、特に恋人である御堂はスタートは憎しみと
敵意から始まっていた。
 だが、もう一人の自分は彼ととことんまで向き合い、ぶつかりあって…最初は
マイナスのベクトルにあった感情をプラスのものへと転じて、そして今となっては
絆と呼べるものすらその相手と築いていった。
 それに比べて自分は何なのだろうか。
 あいつを認めたくなどなかった。
 今だって反発している部分がある。
 なのに…その気持ちに反して、己の唇は素直な心情が零れていった。
 
「あの時、お前と本音をぶつけあって…ケンカでもしていたら、もしかしたら
今と違う結果が生まれていたかもな…」
 
「そう、だね…。今、思うと…君の本心っていつも見えなかった。それが…
僕には余計に不安だったのかも知れないね…」
 
 長い時間、確かに自分たちは一緒に過ごしていた。
 けれど思い返してみるとケンカをした事があっただろうか。
 本当の気持ちを、感じているままの想いを素直に口にして相手に
接していただろうか。
 御堂と克哉、あの二人を内側で見ていたからこそ自分と澤村の
問題点も見えてくる。
 自分にとって彼は大切な人間だった。
 心から信じるただ一人の存在であった。
 相手に依存しているからこそ、時に意見を違えることがあればあっさり
折れて相手に合わせる事が多くなかっただろうか?
 本音を口にしたら、相手に嫌われると思って言わないで過ごしていた事
ばかりではなかっただろうか?
 そうして顔色を伺って本当の意味で心を触れあわせる事なく上辺だけの
笑顔を浮かべて接している。
 それが自分たちの関係ではなかったのだろうか…と振り返ってようやく
気づいていった。
 気づいたら、眼鏡の目元にも静かに涙が浮かんでいく。
 それは押し殺していた感情が、心が解放された瞬間でもあった。
 
―あぁ、俺は…やっと、泣けたんだな…。この件で、ようやく…素直に…
 
 凍っていた心がゆっくりと氷解していった。
 お互いに泣いて、悔やんで…振り返って、ようやくあの当時は気づけなかった
色んな真実が判ってくる。
 気づいたら眼鏡の姿もまた子供の姿に…12歳の時の容姿に戻っていた。
 
「克哉、君…本当に、ごめんなさい…!」
 
「………………」
 
 心から悔やみながらかつて親友だった少年が必死にしがみついて…眼鏡に
抱きついて謝罪していく。
 嗚咽を必死に噛み殺して、背中を小刻みに震わせているその仕草が
演技だとはとても思えなかった。
 眼鏡はそっと目を伏せてその抱擁を受け入れていくと…自分からも
抱きしめ返していった。
 
「もう、いい…。お前の本心も、それを心から悔いているのも判った。そして
俺は…お前を決して忘れない。だから…もう、前に進め…紀次…」
 
 そして、その状態で相手を赦す言葉をもう一度口にしていく。
 相手が心からの謝罪をするならば、こちらもまた…相手を罪の意識から
解き放つ為にそう告げていった。
 その瞬間、眼鏡の身体がゆっくりと透け始めて…大気へととけ込んでいった。
 淡い花弁が風に舞い散る中、少年の姿は柔らかい光を放ちながらその
輪郭を失っていった。
 光が、満ちる。自分の中の憎しみの感情は消えていくのを感じていった。
 
「克哉君っ…?」
 
「気に、するな…。これは自然な事だからだ…」
 
「け、けど…君の身体が消えて…! 嫌だよ、せっかく分かり合えたのに
どうして消えちゃうんだよ! いなくならないでよ克哉君! 僕には君が
必要なんだ! もう一度…僕は君との関係をやり直したいんだ! 親友として…
君の傍にいたいんだよ!」
 
「あり、がとう…」
 
 そう言われた瞬間、嬉しさが満ちていくのが判った。
 けれどそれはもう果たせない。
 彼と一緒にいられたらどれだけ良かったのだろうか。
 きっともう少し早ければ…もう一人の自分と御堂と出会う前にこうして
澤村と和解することが出来たならきっと自分はこの手を取っていただろう。
 けれど…今はその願いを叶えることは出来なかった。
 今、現実に生きている佐伯克哉はもう一人の自分の方だから。
 自分は結局は光を得られなかった人格に過ぎない。
 澤村と親友としてやり直す為には、克哉の人格を閉じ込めて…自分の
人格を表に出して生きていくしかない。
 その事を考えた瞬間に脳裏を過ぎったのは…御堂の顔だった。
 
(あんたは俺の事など想っていないだろう。あんたにとっては佐伯克哉は
あいつであり…俺ではない。俺が生きることを選択すれば悲しませることに
なるから…だから、俺はこのまま静かに消え去ろうと思う…)
 
 そう、御堂が自分の事など好きじゃなくても…もう一人の自分が愛した
人間ならば、眼鏡にとっても彼は大切な人なのだ。
 違う人格同士と言っても根っこは繋がっている。
 そして意識していない領域でその感情は影響を与えている。
 澤村の事を大切に想う感情に嘘はない。けれどそれ以上に…今の眼鏡は、
あの二人を不幸にしたくなかった。 
 自分の我侭で引き裂きたくなどなかったのだ。
 こんな想いを抱く日が来るなんて考えたこともなかったが…それが
彼の正直な気持ちだったのだ。
 
「さようなら…紀次。次は、もう…間違えるなよ…」
 
「克哉君! いかないで! うあぁぁぁ!!」
 
 透明な笑顔を浮かべていきながら、少年の姿をした佐伯克哉は
ゆっくりと光の中へと溶けていった。
 その瞬間、澤村紀次の絶叫がその場に轟いていく。
 涙を伴う、悲しい別れでもあった。
 けれど人は…本当に大切な人を失った、その痛みを伴わなければ
己を省みて…そして変えていこうとまではなかなか思えないものだ。
 別れは辛くて悲しいけれど、人の意識を変えるキッカケにもなりうるものだ。
 そして…眼鏡は、最後に相手を赦して罪の意識から解放していきながら…
静かに消えていった。
 
―あの日と同じ、桜が舞い散る光景の中で…

御克前提の澤村話。テーマは桜です。
  桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。

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―あの日から一日だって忘れたことがない存在だった。
 澤村紀次。
 自分にとっては幼い頃から小学校卒業の日まで一番の親友だと
信じ続けていた相手。
 
―そういえば決別した日も、こんな風に桜が満開だった事を思い出していく。
 
 ヒラヒラと淡い色の花弁が空中でダンスを舞っているかのように
鮮やかに舞い散る。
 その様を遠い目で見つめていく。
 
「克哉、君…?」
 
 目の前の相手が、こちらを信じられないという眼差しで見つめてくる。
 あれから15年が経つが、少年だった頃の面影は目の前の青年に
確かに残っている。
 お互いに相手の成長過程を横で眺める事はなかった。
 中学、高校時代と思春期に一度だって言葉を交わすことすらなかった。
 その存在自体を重い蓋で封じてしまったかのように。
 彼の事は極力考えないようにしてきたし、思い出してもすぐに振り払うようにしてきた。
 それだけ澤村という存在は、佐伯克哉にとっては深い傷に関わる…トラウマを
与えた人間だったから。
 それなのに実際にこうして対峙してみると、思ったよりも平静な態度で望めている
自分が少し不思議だった。
 
(思っていたよりも…胸の痛みも、何も感じないものだな…)
 
 憎しみも、怒りも時間と共に風化するものだ。
 その当時は心が引き裂かれてしまいそうな痛みや傷だって時の流れが
ある程度は癒してくれる。
 こうして顔を合わせれば、耐えきれないほどに苦しい気持ちになると予想
していただけに、自分でも少し拍子抜けだった。
 
「…久しぶり、だな…」
 
「ああ、そうだね…本当に久しぶりだね。ちゃんと僕に反応する君と顔を
合わせるのは…。僕の事など知らない、と散々繰り返していた君とは…
まるで別人だね、克哉君…」
 
 痛烈な皮肉を込めていきながら相手がそう答えていく。
 両者の間にある感情は、好意や友情、懐かしさといったプラスの
ものではなかった。
 むしろ宿命のライバルや、天敵と顔を合わせた時のような鋭さや警戒心が
二人の間には存在していた。
 
「あぁ、実際に別人だと言ったらお前は信じるか…?」
 
「はは、良く似たそっくりさんが二人いるとか、君は実は双子だったとかそんな
オチでも言うつもりかい? そういう冗談を口にするようになったとは…ちょっとは
君は以前とは変わったのかな?」
 
 そういって、目は鋭いまま…口元だけ軽く上げている冷笑の表情を澤村は
浮かべていった。
 そんな荒唐無稽な言い訳、頭から信じる気はないという強固な態度だった。
 だが眼鏡は相手をねめつけるように見つめていきながら、相手にとっては
予想外の言葉を放っていく。
 
「あぁ、お前の言う通りだ。お前のことを知らない、覚えていないと繰り返している
『オレ 』は、俺の別人格。俺であって、俺でないものだと言ったら…お前は果たして
どんな反応をするんだろうな?」
 
「なっ…!」
 
 まさか眼鏡が肯定するとは思ってもみなかったのだろう。その発言に対して
澤村は完全に虚を突かれた形になっていった。
 因縁深い相手から、素の驚きの感情を引き出したことで眼鏡は若干…
優位に立てた気がした。
 
(…どうやら先手は俺の方が打てたみたいだな…。さあ、ここが本当の
正念場の始まりだな…!)
 
「き、君ってさ…暫く見ない間に頭とか考えが随分とおかしくなってしまったんじゃ
ないの? 僕の知っている君だったら絶対にそんな世迷い事は言わなかった筈だよ?」
 
「…あれからどれくらいの時間が経過していると思っている? 15年も
過ぎているんだ。…いつまでもお前の知っているままの俺とは決して思うなよ。
…それとも何か、それだけの月日が流れていても、お前はまったく自分は
変わっていないというつもりか?」
 
 そうして哀れみと嘲りの表情を込めて、かつて自分を消そうとまで思った原因を
作った存在を見つめていく。
 
「…そんな目で、僕を見るな!」
 
 その視線が自分を見下す感情がマジ手炒るものと本能的に察したのだろう。
 澤村が弾かれたように顔を上げて…こちらを睨み付けてくる。
 
「…本当にお前、変わっていないな…。あんな子供じみた真似をした時のままだ…」
 
「何を! 僕がいつ子供じみた真似をしたというんだ?」
 
「…ガキらしい行動だろう? 自分の傍にいる人間に妬んで、その人間を
嫉妬して貶めて…周囲の人間に悪口を振りまいているなど。責任転嫁と、
身勝手に富んだ行為だ。そんなにそいつが目障りだったら、実力で勝って
打ち負かすという手段だってあるのに…安易な行動を取っているだけじゃないか」
 
「どこが安易な行動だっていうんだ! 君に気づかれないように人をコントロール
するのって相当に大変なんだよ? どれだけあの頃の僕が細心の注意を計って
いたと思っているんだよ…!」
 
「なら、お前に問おう…。もっとも親しかった俺に対して、そんな行為をしたお前に…
あれから本当に、心から信頼出来る存在は出来たのか…?」
 
「っ…!」
 
 その一言を問いかけた瞬間、澤村の瞳がギロっと怒りに燃えていった。
 正鵠を突く、とはまさにこの事だった。
 
「そ、それがどうしたって言うんだよ! 君には関係ないだろう!!」
 
 その瞬間、憎くてしょうがなかった存在は…駄々っ子のように感情を
露にし始めていく。
 
「…いいや、関係あるな。俺はお前の裏切りに傷つけられた当事者だ。あの時の
行為に対してお前を詰り…責める権利ぐらいはあるんじゃないか?」
 
 そう言葉を続けながら、頭の中に浮かぶのは御堂ともう一人の自分との
関係のことばかりだった。
 そしてそんな彼らの傍にいてくれる信頼できる友人達の顔だった。
 15年前、あの裏切りを受けた直後は自分は誰との間にも本当の信頼関係
というものを築けていなかった。
 だから基本となるものを知らなかったから、判らなかった。
 信頼とは、本当に大事にしなければならない人間とは…親友と呼ぶに値する
存在というのはどういったものであったのか。
 
(俺は…お前に、本当に負けてしまったんだな…。お前は御堂という存在を得て、
俺の傍には…俺が改めて生きたあの短い期間に…俺は、誰とも絆を
作り出せなかった…。だから、俺の生は…じきに終わる。これからは…
お前の影となって、ただひっそりと融合していくのみだ…)
 
 トラウマの主である澤村と対峙しながら、少しずつ憎しみも何もかもが
風化していくのを感じていく。
 自分の輪郭が、一瞬消えていくのが見えた。
 眼鏡は、ただ…透明な表情を浮かべながら…相手を見つめていった。
 
―澤村紀次は、親友と呼ぶに値する人間では元々なかった。それが彼の
導き出した最終的な結論だった
 
 切磋琢磨し、お互いに高めあっていく姿勢を崩さない御堂と克哉。
 それに比べて…相手の心の痛みに気づかず盲目的に信じ続けていた自分と、
影でこちらを嘲笑いながら裏切り続けた澤村は何とレベルが低いことだろう。
 自分の実力を高めていくよりも、人を貶めることの方が遥かに容易い。
 知識を増やし、出来ることを増やしていって…新たな場所に飛び出していったり、
見識を広めたり豊かな人間関係を作り上げていくには、向上していく意思や強い心を
養っていくのが不可欠だ。
 あの二人を内側から見続けて、やっとそれが判った。嫌でも知ってしまった。
 明確な基準を、物差しとなるものが傍にあったからこそ…長い年月を経て振り返り、
やっとそんなシンプルな回答に辿り着いた。
 心の中で少しずつ、何もかもが整理させて遠くなっていく。
 長い沈黙の後、澤村は小さく問いかけていく。
 
「…なら君は、今更僕をどう責めるというんだよ…。あれから15年も過ぎて
いるんだよ…昔の事をほじくり返して、ネチネチと責めるなんて少し幼稚
なんじゃないのか…?」
 
「ククッ…お前の口から幼稚という単語が出るとは、な…。まあ良い…一つ
言ってやるよ…お前はもう、憎むに値しない。俺は小学校の卒業の時に告白した
お前の罪を許そう。いつまでもそんな瑣末の事に関わっているだけ時間の無駄だ…」
 
「っ! 何だって…!」
 
 その一言を放った瞬間、澤村の顔色が変わっていった。
 明らかに、ショックを受けているようだった。
 
「ちょっと待ってよ…克哉君、それは正気で言っている事なの…?」
 
 明らかに今の彼の一言に大きな狼狽を隠せない様子だった。
 だが、眼鏡の方は決して撤回をする事はなかった。
 
「ああ、もう15年も経っている。そして…俺はいつまでもガキのままではない。
…あんな子供の頃に起こった事に拘り続けて、囚われているなど御免だ。
だから全てを水に流してやる…。だからお前もとっとと忘れろ…」
 
「そ、んな…」
 
 それはかなり投げやりであったが、一応は許しの言葉の筈だった。
 だが、眼鏡の発言を聞いた瞬間…見る見る内に、澤村の表情が大きく歪んで…
涙さえ滲ませ始めていった。
 
「な、んだよ…それ。どうして、今更…そん、な…」
 
 明らかに動揺を隠せず、途方に暮れた表情を浮かべて…澤村は
立ち尽くしていった。
 それは決して二十七歳の大人の男の姿ではない。
 あの頃と同じ…小学生の少年を思わせる、幼い顔だった。
 
「…どうした? お前のした事を許してやると言ったんだ…? もう少し
嬉しそうな顔を浮かべても良いんじゃないのか…?」
 
「そ、んなの…喜べる筈、ないだろう…? 僕の存在は、そんなに…君にとって、
どうでも良くなって…しまったのか…?」
 
 澤村の声が、だんだん絶望の色に染まり…涙声に近くなっていく。
 仮面が、剥がれていく。
 彼を影で裏切り始めた頃からゆっくりと形成されていった偽りの顔が。
 そして…長年覆い隠されていた、本当の気持ちが…ゆっくりとかつての
親友の口から零れ始めていった。
 
「…嫌だよ、僕を忘れないでよ…克哉君。君が、君が遠くの中学校に行くなんて…
僕には追いかけることが出来ないぐらいに偏差値とか高くて、遠い処にある
私立中学に進学するつもりだって、そんな事を打ち明けるから…だから、僕は…」
 
「…澤村?」
 
 相手の豹変振りに、眼鏡の方が面食らっていく。
 確かに小学校五年の終わり頃、自分は上を目指したくて相手にそう
打ち明けた事があった。
 この近くの中学では学べることは限られていると。
 あの頃の佐伯克哉は何もかもが出来る有能な少年だった。
 だから上を目指して、そう発言した記憶はあった。だが…相手の口からその
一言が漏れて、眼鏡はようやく…全ての発端がどこから始まっていたのか、
その始発を見つけた気がした。
 
「僕は、君の傍にいたかったんだ…なのに、君は僕から離れようとする…。だから、
一生忘れることが出来ないように、君の中に…僕を、刻みつけようとしたんだ…!
 それなのに、どうして許すなんていうんだよ! そうして僕の存在を君は
遠いものにするつもりなのかよ!」
 
 澤村はついに、長年秘め続けた思いを口に上らせていった。
 それを聞きながら…眼鏡はある種の哀れみの感情を浮かべていった。
 
(これが…俺が信じていた者の、正体か…)
 
 本当に、幼稚だった。
 けれどその奥に…歪んでいながらも、確かな好意や執着もまた存在していた。
 恐らく…まだ小学生だった頃の澤村なりに必死に考えたことだったのだろう。
 必死に努力しても追いつけない、何一つ勝ることが出来なかった幼馴染み。
 彼に追いつこうとしても決して手が届かず、顔を合わせれば賞賛していたが…
心の奥底では嫉妬の感情が静かに降り積もっていた。
 そして彼は…自分の元から相手が離れていく、その一言を聞いた時に…
暗い衝動に負けてしまったのだろう。
 それが、全ての発端。幼い澤村を裏切りへと走らせた動機。
 
―そして澤村は泣いていた。あの日のように…こちらを見つめていきながら、
顔をクシャクシャにして、無理に笑う…あの顔を、浮かべていた。
 
 それはまるで、小学校の卒業の日を15年の歳月を経て再現しているような…
そんな錯覚を覚えていった。
 そしてもう一度、謎の男が設えた舞台の上で…自分が眠り、もう一つの人格が
生まれた因縁の日が再生されていく。
 あの頃よりも沢山のものを見て、学んで来た。
 その上で…眼鏡はギュっと唇を噛み締めて口を閉ざしていきながら…自分の
考えを纏めていき、最良と思われる答えを自分の中から導き出そうと試みていく。
 
―そうして、もうじき…この舞台も終幕の時を迎えようとしていたのだった―
 
 
 
 


     御克前提の澤村話。テーマは桜です。
  桜の花が舞い散る中、自分という心が生まれる前のことを
探り始める克哉がメインの話です。後、鬼畜眼鏡Rではあまりに
澤村が不憫だったのでちょっと救済の為に執筆しました。
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 桜の回想                      10  
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 佐伯克哉は気づけば、漆黒の空間に横たわっていた。
 一切の光源が存在しない程の暗闇。
 今、自分がどこにいるのかさえ方角を見いだす事すら困難な場所だった。
 
「…ここは一体、どこなんだ…?」
 
 前後の記憶がはっきりせず、どんな経緯でこの場に自分が倒れていたのかが
まったく思い出せなかった。
 身体が鉛のように重くて、満足に動かせない。
 四肢にも5キロぐらいの重しがつけられているかのようだった。
 泥の中から這い上がって、地上に出たかのような感覚だった。
 何もかもが面倒で、かったるくて…何か考えたり、身体を動かすのも
億劫なくらいだった。
 寒いとも暖かいとも感じられない。
 空気の動きすら、殆どない状態だった。
 
「それに、御堂さんも『俺』も…一体、どこにいるんだよ! 
話が違うぞ! Mr.R!」
 
 周囲に何も、誰も存在しない事を確信していくと大声で黒衣の男に向かって
そう訴えかけていく。
 あの男は間違いなく、これから始まる舞台に…滑稽な一幕にこちらを招くと
言っていた筈なのに…。
 しかし克哉の声は空しくエコーを繰り返して、ゆっくりと遠くなっていくのみだ。
 この世界で自分一人しかいないような、そんな恐怖がジワリと湧き上がってくる。
 
「誰も、いない…のか…?」
 
 そして暫く何の反応もないままなので、空虚感を覚えて克哉はその場で
うなだれていく。
 
「御堂さん…『俺』…! 一体、どこにいるんだよぉ!」
 
 耐えきれずに克哉は絶叫しながら、安否が気になる二人に訴えかけていく。
 また無駄に終わるかも知れないと分かっていても、それでも叫ばずには
いられなかった。
 彼らがどうしているか知りたい、顔を見て確認したいと願う気持ちが急速に
湧き上がっていった。
 
―私は、ここにいるぞ…克哉…
 
 ふいに、背後から気配を感じて…克哉はぎょっとなっていく。
 相手の声がした方角にとっさに振り返ろうとした瞬間に…克哉はいきなり、
四つん這いの格好にさせられて地面に転がされていった。
 
「っ! 何が…うあっ!」
 
 いきなり下着ごとスーツのズボンを引き下ろされて…臀部が外気に
晒されていった。
 ぎょっとなった瞬間、ペニスに骨ばった指先が絡みついて的確にこちらの
快楽を引き出していった。
 
「な、何をするんですか! 孝典、さん…!」
 
 辺りは真っ暗なのと背後から触れられているせいで、今…自分に淫らな
行為を仕掛けて来ている人物の顔は見えない。
 けれど愛撫の仕方や、息づかい…そしてその体臭から、御堂に間違いないと
克哉は確信している。
 だが、こんな場所で見境なくこちらに襲いかかってくるような事をあの人が
果たしてやるだろうか。
 
(俺に触れているのは間違いなく、御堂さん本人に間違いない…! けど、
どうしてこんな事を…?)
 
 確かに時に御堂は獣のようにこちらを犯してくる事がある。
 だが、いつだって状況とか克哉の反応を読んだ上でだ。
 こんな風に一方的に、まるでレイプをするかのように強引には暫く仕掛けられて
いなかった為に、胸の中には困惑だけが広がっていった。
 
「孝典、さん…どうし、て…! うぁ、ああっ…!!」
 
 克哉が逡巡している間に、御堂の性器がこちらの隘路を割り開いて
奥まで侵入してくる。
 正式に付き合いだしてから、数え切れないぐらい御堂に抱かれ続けてきた
身体は唐突な挿入でもあっという間にそれを飲み込んでいってしまう。
 ズンズンと激しく腰を突き上げてくる。
 激しいリズムに、まともに呼吸すら出来なくなってしまう。
 
「やっ…あっ…そんな、に…激しく…んあっ!」
 
 躊躇うように何度も腰を捩らせていくが、背後にいる御堂は一切容赦しなかった。
 激しい律動に一方的に付き合わされている状態で、服の隙間に両手を
忍び入れられて…すっかり尖りきった胸の突起を執拗にイジられ続けていった。
 それだけで頭の芯が痺れて、おかしくなってしまいそうだった。
 そうだ、いつだって御堂とのセックスは気持ちが良すぎて…こうして抱かれて
しまったら、他の事など何もかもどうでも良くなってしまう。
 この快楽をいつまでも味わっていたくなる。
 仕事も、他の人間の事も頭の中から吹っ飛んで、ただ御堂とその与えられる
感覚以外は考えられなくなる。
 接合部からはグチュグチュという淫猥な水音が激しく響き続けて、聴覚までも
犯されているようだった。
 
「お願、いです…孝典、さん…何か、何か言って…下さい…! どうして、
こんな一方的に…んはっ!」
 
 懇願の声を挙げていくが、背後の御堂は何も応えない。
 状況を詳しく知ろうにも辺りが暗すぎて、何も分からない。
 しかもこんなバックから貫かれたら、相手がどんな表情をしているのか…
それすらも見る事が叶わなかった。
 
「ん、んんん…せめて、お願い、ですから…何か…言って、下さい!」
 
 もう一度、心から相手に訴えかけていく。
 その瞬間…激しかった律動がピタリと止んで、呻くような声が静かに漏れていった。
 
「克哉…私の、克哉…」
 
「っ…!」
 
 そうしてようやく聞こえたその声は、どこかか細くて切ないものだった。
 まるで迷子のような、どこか弱々しい口調に急速に克哉の心に哀れみの
心が広がっていく。
 
「孝典、さん…」
 
 克哉は相手の顔を見ようと、必死に身体を捩って相手の方に顔を
向けようとした。
 殆ど視界が効かない中、それでも相手の目元だけは辛うじて確認できた。
 大いに迷って、混乱しているような…そんな色合いを帯びていた。
 こんな弱々しい御堂を見たことなど、付き合い初めて二年以上になるが
今までに殆どなかった。
 
「離れない、でくれ…私には、君だけ…なんだ…」
 
「どう、したんですか…一体…?」
 
 先程まで、あれだけ荒々しくこちらを犯していた相手ととても同一人物に
など見えない。
 まったくの別人のようだった。
 
「君がいなければ…私、は…」
 
「大丈夫、です…オレは、貴方の傍に…ずっと、いますから…」
 
 そうして克哉は四つん這いにさせられてバックから深々と貫かれている
苦しい体制で、必死になって相手の方に向き直っている。
 はっきりと相手の顔を見ることは出来ない。
 けれど、相手が泣いている事だけは流れている空気で伝わってくる。
 
「ずっと、私の傍にいて…くれるのか…?」
 
「えぇ、オレは貴方から…絶対に、離れません…」
 
 そう克哉が呟いた時、こちらの手に御堂の手が重ねられていくのが分かった。
 その瞬間、視界が突然目映く輝き始める。
 それは白の統一された豪奢な部屋だった。
 室内に流れる空気はどこか甘い花の香りが漂っていて、調度品の一つ一つは
溜息が出る程立派なものばかりだった。
 真っ白い革製のソファに、王侯貴族が使用しているかのような豪奢な
天蓋付きのキングサイズのベット。
 そして壁と柱は、良く磨かれた大理石で作られ…地面にはフカフカと柔らかく暖かなカーペットが敷き詰められていた。
 
 
「こ、の部屋は…? っ…これは…!」
 
 突然、情景が変わった事に呆然となっていると…いつの間にか首元に
長い鎖に繋がれた首輪がつけられている事に気づいていった。
 御堂は全裸ではなく、ボタンを全部外した状態でYシャツだけを羽織り…
スーツのズボンを身に纏っていた。
 だが髪が軽くほつれている状態で、衣類が乱れている御堂の姿は思わず
息を呑むぐらいに強烈な男の色香が漂っていて…愛しい男性の姿に釘付けになっていく。
 
「克哉…君は私の傍に、ずっといてくれると言ったな…。なら、私とこの楽園で
二人で永遠に生きよう…。君さえ望んでくれれば、私たちの楽園は成立する…」
 
「孝典、さん…? 一体、何を言っているんですか…?」
 
 完璧な現実主義者である御堂の口から漏れたとは思えない言葉だった。
 確かに克哉の中に、御堂と二人だけで生きていきたいという願望は
存在している。
 仕事もその他の人間関係の全てが、この人と愛し合っている時だけは
煩わしく思う事さえある。
 克哉にとって御堂孝典という存在はそれだけ愛おしく、ここまで惚れ抜いた
人は後にも先にもきっと存在しないと言い切れる程だ。
 
(二人だけの楽園だなんて、そんなの…成立する訳が、ない。そんな
夢物語を、どうして…)
 
―いいえ、夢物語ではありません。貴方達二人の意志と…私の力が
あれば実現可能ですよ…
 
「っ…!」
 
 ふいに脳裏にMr.Rの声が鮮明に聞こえてくる。
 
「克哉…私と、共に…生きよう。ずっと…二人、だけで…」
 
 そして黒衣の男の声と、愛しい人の声が重なり…克哉を夢幻の中でしか
存在しない楽園へと誘おうとしていた。
 
「…孝典、さん…Mr.R…。本当に、そんなものが存在する筈がないのに、
どうして…」
 
―いいえ、実現出来ます。愛しい方と二人きりだけでいつまでも生きられる世界は…
貴方が、今望みさえすれば…もう手に届く範囲に存在しているのですよ…
 
 必死になって否定して、その誘惑から逃れようとした。
 だが、男はそれを許さないというように更に言葉を重ねていく。
 
「オレ、は…」
 
 そして克哉はついに心がグラつき始める。
 その瞬間、Mr.Rは愉快そうにほくそ笑んだ。
 
―さあ、楽園の扉は目の前に存在していますよ…?
 
 それは男の望みを叶える為に用意された最大の罠でもあった。
 この御堂もまた、この男が生み出した偽りだった。
 真実を見抜かない限り、このまま楽園という名の奈落に落とされてる
瀬戸際に今…克哉は立たされていた。
 
(御堂さんと二人で、他の事を一切考えずに二人で生きられる…)
 
 そう考えた瞬間、甘美な想いが克哉の中に満ちていく。
 この世で一番愛しい、大切な人。
 日々の業務と与えられた役職に満足している。
 公私ともに御堂のパートナーとして隣に立っている事に誇りを抱いている。
 だが、その奥に貪欲な心は常に隠されていて…心の奥底では、御堂だけを
求めて止まない部分がある。
 この人の事だけを考えて生きたいと、そして自分だけを見ていて欲しいと望む
…貪婪な欲望が男からの問いかけで、ジワリと浮き彫りになった。
 
―さあ、佐伯克哉さん…どうなさいますか? この好機は生涯に一度…
この瞬間にだけ存在するもの。断れば二度と開かれることはありませんよ…?
 
「オレは…オレは…」
 
 どこまでも芳しく、甘い誘惑だった。
 そして克哉はきつく背後の御堂に抱きしめられていく。
 その瞬間、身体の中に収めた御堂の剛直が…的確に克哉の中を
刺激していった。
 
「うあっ…あっ…!」
 
 そして御堂と、この快楽の事以外は考えられなくなり…甘ったるい嬌声が
口から零れだしていく。
 思考が、停止していく。
 何も満足に考えられなくなり…判断力も失いかけていく。
 
―そうして、Mr.Rが仕掛けた最大の策略は静かに幕を開けて…克哉は、
今…最大の岐路に立たされようとしていたのだった―

  

※本来の予定より若干遅れての掲載になります。
 御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
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 ―見れば見るだけ、この空間はあの忌まわしい小学校とそっくりすぎて、
確認の為に敷地内を歩いているだけで不快感が湧き上がってくる。
 校舎も、体育館もグラウンドも…周囲に見える光景ですら何もかもが同じだった。
 しかも、目の前には桜の花が見事に咲き誇っている。
 今の時期なら、まだ咲き始めでしかない筈なのに…こんな所までがあの日と
同じである事に、眼鏡は軽い憤りを覚えていった。
 
「何故…あの男はこんな舞台を用意したんだ…。あまりにもこれは手が込み
過ぎている…」
 
 あの男が何を意図して、画策しているのかがまったく読めない。
 だからこそ眼鏡は酷く苛立ちを覚えていた。
 あの満開の桜が舞う日…自分は消えたくなる程の衝撃を覚えた。
 その出来事を鮮明に思いだし、克哉は遠い目を浮かべていった。
 
「紀次…」
 
 瞼の裏に無理矢理笑いながら、顔をクシャクシャに歪ませて泣いていた
親友の面影を思い出す。
 あんな風に知らないうちに彼を苦しませていた事に気づかなかった
自分を許せなかった。
 自分が傍にいたことで、ありのままの自分でいる事にあんな風に苦痛を
覚えさせていたというのなら、いっそ自分などこの世からいなくなって
しまえば良いと願った。
 
「お前があの日、泣かなければ…あんな風に苦しそうに事実を告げたり
しなければ…俺はお前を、憎めたのにな…」
 
 そう、笑いながらあの事実を告げただけならば…自分はきっと相手を
憎んで報復するだけで終わった。
 自分を消そうとまでは、もう一つの心を生み出すまでには
至らなかっただろう。
 無条件で信じていた期間が長かったからこそ、あの涙を見た時…憎しみよりも、
罪悪感の方が勝ってしまった。
 
―だから、消えたいと思った。自分がいる事で…彼を苦しませるぐらいなら、
痕跡もなく消えたいと願った。その心がきっと…あの弱くて情けない自分を
生み出したのだろう…
 
 目の前で桜が舞い散っていく。
 その風景を眺めていきながら…今から15年前に起こった忌まわしい
出来事を振り返っていった。
 煙草を口にくわえていきながら、眼鏡は物思いに耽っていった。
 
「感傷、だな…」
 
 あれから長い年月が流れている。
 Mr.Rが解放の為の眼鏡を携えてもう一人の自分の前に現れ…そして
目覚めてから、二年余り。
 あの当初に胸の中に宿っていた黒い衝動や、この世の全てを憎んでいるような…
そんな闇は、いつの間にか自分の中から失せていた。
 自分はもう、そんなに長く保っていられない。
 本来は仮面だった方の人格がこの世界に居場所と、大切な人間を得て…
本人格であった自分が、影となって消えていく。
 それなのに…今の自分には、その現実に怒りすら覚えなかった。
 一種の達観と諦念にも似た想いが胸の中に去来していく。
 自分の居場所は、どこにもない。
 愛する人間も、大切だと思える場も…あの眼鏡を得て解放された短い期間で、
自分は何も得ることは出来なかった。
 
(正直…俺はお前を、見下していた…。情けなくて弱い奴だと、甘くて軟弱な
性格をしていて何も成す事が出来ない性格だと…。だが実際は、逆だった…。
俺が甘さと見下していたものは…お前の優しさであり、それがきっと…
お前の周りに多くの人間を惹きつけていった…)
 
 認めたくなかった事実が、何故か今なら素直に受け入れられた。
 自分になくて、もう一人の佐伯克哉にあったもの。
 それはきっと情けや、情と呼ばれるものだ。
 確かにそれが度を過ぎればズルい人間につけ込まれたり
優柔不断などに繋がるが…傷ついて弱った時に優しくして貰ったり、
労られる事で人はその人間を信頼する。
 人の痛みに共感して、耳を傾けながら相槌を打つ。
 本当に苦しんでいる時、傷ついた者が求めているのはそんな単純な行為だ。
 そして自分にはそれが出来ず、もう一人の自分には当然のように行える。
 それが、自分とあいつの差なのだろうか…? そう考えた瞬間、
子供の頃の自分が…胸の中で泣いているような気がした。
 
―もし、あの日の自分が…誰かに傷を打ち明ける事が出来たら、もしくは…
あいつみたいなお人好しが、こちらの傷を労ってくれていたら…これだけ長い期間、
自分は眠り続けていたのだろうか…と思った。
 
 馬鹿馬鹿しい、と思った。
 けれど…長い年月がすでに過ぎ去った今は何もかもが遠くて…憎しみの
感情すら、輪郭を失いつつある。
 自分を消したいとすら思った後悔の念も、相手を殺したいとすら思った
憎悪すらも…15年という年月を経れば塵芥へと変わっていくのだろうか。
 
「なあ、どうして…俺達はこんな結末を迎えてしまったんだ…?」
 
 そして自分の心の中で、あの日の痛みがすでに鈍くしか感じられなくなり…
遠いものになったからこそ、眼鏡は一つの疑問を覚えていく。
 自分を殺せば良かったのだろうか?
 出来るのに出来な振りをして何か一つぐらい相手に優位に立たせるように
していけば、あの別れは起こらないで済んだというのか…?
 そう考え始めた瞬間、もう一人の自分と御堂の関係が鮮明に頭の中に
浮かんでいった。
 
―その瞬間に、自分の中で一つの答えが導き出されていく
 
 バラバラだったパズルのピースが、あの二人の在り方を思い出しただけで
一瞬にして自分の中で組み上がっていく。
 その瞬間、喉の奥から笑いが漏れていった。
 滑稽だったし、痛烈なものすら感じた。
 自分と、澤村の関係。
 もう一人の自分と御堂との関係。
 それはまるで鮮やかなコントラストのように真逆で、正反対のものだった。
 
「…そうか、そうだったんだな…。だからあいつが生きて、俺は…今、こんな
有様になった訳か…」
 
 胸の中に悔しさのようが浮かんでいくが、同時に納得しつつあった。
 今まではどこかで認めたくない気持ちがあった。 
 受け入れたくない、反発する気持ちが存在していたからこそ…あがき
続けていた部分もあった。
 だが、見えてしまった以上は何もかもがどうでも良くなった。
 
「…はは、無様だな。何て事はない…あの頃の俺は人を見抜く目も、傍に
置くべき人間の選択もどちらも、間違えていただけか…」
 
 何もかもを享受してそう呟いた瞬間に、大量の桜の花びらが鮮烈に
風に舞っていく。
 それは花吹雪と形容するに相応しい光景だった。
 そのせいで一瞬、全ての視界が霞んで何もかもが覆い隠されていく。
 眼鏡は目に埃や花びらが入らないように庇う為に腕を眼前に翳して庇っていった。
 そしてその花の吹雪が収まった後、其処に立っていたのは…。
 
「紀、次…」
 
 視界の向こうに一人の男が立っていく。
 因縁深き存在が、一日たりとも忘れることの出来なかった苦い思い出の
主が其処にいた。
 
「何で、君がこんな所に…?」
 
 相手はどうしてこんな場所に自分がいるのか、目の前に克哉が立って
いるのか理解出来ないといった顔だった。
 
(丁度、良い…全ての因縁を…ここで終わらせよう…)
 
 そう決意して、眼鏡はトラウマの主と対峙していく。
 謎多き男が誂えた舞台の上で、そうして最後の一幕が開始しようとしていたー

※本来の予定より若干遅れての掲載になります。
 御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
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 ―片桐は無事だ、ともう一人の自分からメールを受けた克哉はその後…
御堂や太一、本多など他の親しい人達がどうなったのか一人一人、
連絡して回っていた。
 
 本多と太一は何故か合流していたらしく、こちらがコールしようと思った直前に
向こうから掛かってきて、安否の確認をすぐに取る事は出来た。
 だが二人から電話で事情を聞いている内に、二人が合流して難を逃れる事が
出来たのも…どうやらもう一人の自分のおかげであった事が判って、
克哉は胸が熱くなった。
 
(ありがとう…『俺』…。皆を助けてくれて…)
 
 電話を切った後、克哉はしみじみと眼鏡に対して感謝していった。
 片桐も本多も太一も、普段は離れて暮らしているが克哉にとっては今では
とても大切な人達だ。
 澤村の企みや、彼と自分との確執によって身近な人々に迷惑を掛けてしまう
なんて冗談ではなかっただけに、もう一人の自分がそれを阻止してくれた事は
本当に嬉しかった。
 だが、其処で克哉は一つの事実に気づいていく。
 
「…そういえば、御堂さんはどうなっているんだろう…?」
 
 普段離れているあの三人にまで魔の手が迫っていたというのならば、
同棲までしている恋人である御堂に何も手を出さないとは考えられなかった。
 確かに御堂は他の三人と比べて責任や社会的地位も高い。そしてMGNは
重役の執務室などは外部の人間が簡単に足を踏み入れられないように
警備も比較的しっかりしている。
 見知らぬ人間や、怪しい人物が容易に入り込んで部長クラスの存在を浚う事は
決して簡単な事ではない。
 だが、同時に警備の穴は幾つか存在している事…問題点もあった事を
この大会社に一年以上勤務しているおかげで克哉は知っている。
 
(御堂さんも…執務室の方でオレと一緒に残業している筈だし、会社の中に
いて部長クラスの人を簡単に浚ったり出来る訳じゃないけど…確認して、みよう…!)
 
 そうして克哉は自分のプライベートの携帯電話から、御堂の携帯へと
コールしていく。
 だが、何度呼び出し音が鳴り響いても御堂が出る気配はなかった。
 慌てて克哉は執務室の方に赴いたが、部屋は酷く荒らされている上に
御堂の姿はどこにも見えなかった。
 だが奇妙だった。
 
―怪しい男たちが三人も、執務室で意識を失っていたからだ
 
 御堂の姿はどこにも見えず、足取りの手掛かりになりそうなものを克哉は
探したが、何も残されていない。 
 その事実に気づいた時、克哉は愕然とした。
 
「孝典、さん…一体、どこに…?」
 
 
 御堂と連絡が取れない上に行方不明になっている事実に克哉は
現実を認めたくなかった。
 その時、ヒラリと宙から一枚の紙が現れた。
 
「うわっ…一体、この紙はどこから出て来たんだ?」
 
 さっきまでは何もなかった空間部屋には流暢な文字で書かれた
一通の手紙が残されていた。
 御堂の姿と、少しでも手がかりを得ようと必死になって部屋中に
目を凝らしていたのだ。
 この紙を見落としているなどある訳がなかった。
 手のひらにじっとりと嫌な汗が滲んでいく。
 緊張した面もちで克哉がその文面を目で追っていくと…以下のような
内容が記されていた。
 
『貴方の大切な御堂孝典様は無事です。
 ですがこれから始まる愉快なショウの観客の一人として
一足先にお招きしてあります。
 この手紙は私から贈らせて頂く、貴方宛のチケットとなります。
 この手紙を貴方がお読みになった直後から、私からもそちらに
お迎えに上がらせて頂きます。
 安心してこちらをお待ち下さいませ…
Mr.Rより愛を込めて』
 
 手紙に目を通し終わった終わった瞬間、安堵と不安がブワッと
湧き上がってくるのを感じ取っていく。
 御堂が無事なのは嬉しかったが同時にあの男にどこかに招かれている
事実を知って複雑な心境になっていく。
 これで御堂、本多、片桐、太一…今の自分にとって大切な人達
全員の安否が判った。
 それなのにどうして、こんなにも激しく胸がざわつくのだろうか…?
 
「御堂さんが無事だった…それは、嬉しい事の筈なのに…どうして、
こんなにも胸騒ぎがするんだろう…?」
 
 無意識の内に己の胸元を抑えていきながら、小さくそう呟いていく。
 克哉がそう逡巡を開始した瞬間、周囲に濃霧のような白い煙が大量に…
しかも唐突に発生していった。
 その煙はあっという間に部屋中に広がり、視界が満足に効かなくなっていく。
 
「うわっ…何だよこの白い煙! 一体どこから発生したんだよ…!」
 
 不可解な現象が立て続けに起こって、克哉は半ばパニックに陥っていく。
 だが…周囲は完全に真っ白に染まってしまい…何一つ、満足に見えなくなる。
 御堂のディスクも、散乱した書類も…倒れていた男たちも全てが視界から
消えて…白い煙だけが支配していく。
 Mr.Rと出会って以来、不可解な現象等には慣れたつもりだったが…
やはり久しぶりに遭遇すると動揺してしまう。
 
―お迎えに上がりました…佐伯克哉さん
 
 唐突に男の声が聞こえる。
 声がした方に慌てて振り向いていくと…煙で他のものが殆ど見えなくなっている
状況にも関わらず…男の姿だけは鮮明にその場に浮かび上がっていった。
 現実では起こりえない、奇妙な現象。
 けれどこの黒衣の男にはそれぐらいは朝飯前の事なのだという事を克哉は
改めて実感させられていく。
 
「Mr.R! この煙は一体何なんですか! それに…本当に御堂さんは
無事なんですか! それが嘘だったら…オレは貴方を許しません!」
 
 心配と不安と緊張の余りに…克哉は珍しく怒りを露にしていた。
 御堂は今の彼にとってこの世で一番大切な存在だ。
 その人に何かあったら…絶対に自分は許すことなど出来ない。
 アイスブルーの双眸に強い憤りを宿していきながら…克哉は目の前の
男を睨み付けていった。
 だが男は克哉のそんな様子を見て愉快そうに微笑むのみだった。
 
「良い目ですね…流石、あの方の半身。対なる存在…貴方にそんな目で
見られていると思うと、こちらもゾクゾクしますね…」
 
「…御託はそれくらいまでにしておいて下さい。…そしてオレを迎えに来たと
いうのならばさっさと連れて行って下さい。其処に御堂さんが先に
いるのでしたら…の話ですけど…」
 
「えぇ、確かにいらっしゃいますよ…。心より歓迎してもてなしをして…
もう一つの可能性を提示して差し上げたのですが、流石は貴方が
選ばれた方は…心も強いご様子。
 簡単に自分の意思を曲げることはありませんでしたね…」
 
「…っ! 御堂さんに何をしたんですか!」
 
「…ですから、お連れして…軽くお言葉を掛けさせて頂いた事以上は
何もしていませんし…こちらも危害を加えるつもりもありません。
それだけは信じて下さいませ…」
 
「…判りました。危害を加えていないという部分だけは信用します…。
ですから、早くオレもあの人のいる所に連れていって下さい…。この目で
あの人の安否を確認しない限りは安心が出来ませんから…!」
 
 克哉は強い口調でそう言い放っていく。
 普段の彼ならばここまで他者に対して強気に出ることは滅多にない。
 だが…御堂を案じる気持ち、早く無事である事を確認したいという想いの
一心で…怪しい男に対して一歩も引かない態度で応じていく。
 
「えぇ…それなら、貴方をお連れしましょう…これより始まる、かつて
親友同士だった方達の因縁の決着の瞬間を…。そして本来あるべき形へと
貴方たち二人が収められる為に…その為に私が用意した舞台へと…
お連れする事に致しましょう…! さあ、とくと堪能して下さいませ…
愉快で、滑稽な一幕を…!」
 
 男はまるで、舞台の上で観客を盛り上げる為に大げさな身振りや
口調で宣言する…道化のような態度で、大きく右手を掲げていく。
 その瞬間…白い煙と共に、世界の全てが歪んでいくのを実感していった。
 
「うわっ…!」
 
 まるで大量のアルコールを飲んで酩酊して、世界がグルグル回って
いるように感じている時のような感覚を覚えて、克哉は大声を上げていく。
 そうしている内に意識はどんどん遠のいていき…まともに立っていられなくなる。
 
(ダメだ…意識が遠くなって、いく…!)
 
 必死になって踏ん張ろうとしたが…もう自分の身体を支えていられなくなる。
 そうして克哉は…グラっとバランスを崩して、執務室の床に倒れこもうと
したその瞬間…黒衣の男と煙と共に、彼の身体はこの部屋の中から
忽然と姿を消していったのだった―

※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

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―堂孝典の意識は、気づけば深い闇の中に囚われていた
 
 謎めいた男が突然現れて、こちらを助けられた後に意識を失ってから、
次に目覚めると…目の前には漆黒の空間が広がっていた。
 まるで暗い海の中に浮かびながら当てもなくさまよっているような
奇妙な感覚だった。
 地に足がついているようないないような…フワフワと宙に浮いているような
はっきりしない不思議な浮遊感を覚えていく。
 光らしきものは何も存在しないのに、周囲のものは何も見えないのに…
自分の身体だけは輪郭も何もかもがはっきりと見える。
 実に奇妙な現象だった。
 
「…ここは一体、どこなんだ…?」
 
 周囲を見渡していくが、何も見えない。
 永遠に続いていくかのような暗闇だけが広がっている。
 これでは此処がどこなのかまったく情報を得る事が出来ない。
 思考がぼんやりとした状態のまま御堂は困惑していった。音も光も何も
存在しない空間というのを生まれて初めて経験した。
 
「…どうして、私はこんな所にいるんだ…? いつの間に連れて
来られたんだ…?」
 
 御堂は辛うじてその場から身体を起こしていきながらそう呟いていく。
 闇というのは人間の心に、本能的な恐怖を与えていく。
 夜があるからこそ人は心身の休息を十分に得られるが…古来、明かりを
得るのが困難だった時代には、闇は人間にとって危険な猛獣達に生命の
危険に晒される時間帯でもあった。
 夜、闇を畏れるのは視界が利かず…その中に紛れて何者かが息を潜めて
近づいても知覚し辛いからだ。
 今の御堂とて、その例外ではなかった。
 そして心の中に恐怖がゆっくりと広がっていく中で…無意識の内に御堂は
ただ一人の存在を求めていた。
 
「…克哉」
 
 御堂にとってはこの世で一番愛おしく…同時に心の拠り所にしている存在。
 ただ彼の面影を脳裏に描いて、自らの心を奮い立たせようとしているだけなのに…
唐突に聞こえたたった一声のおかげで歪な方向に変化し始める。
 
―さあ、そのまま愛しい方を欲望のままに翻弄している時の事を心行くままに
思い浮かべて下さいませ…
 
 其れは御堂が先程、意識を失う直前まで側に立っていたあの怪しい男の声だった。
 その声を聞いた瞬間、妄想の中で克哉が乱れ始めていく。
 
―ん、あぁ…孝典さぁん…
 
 こちらがヒクついた後蕾に激しく振動しているローターを挿入しながら、
フェラをするように命じた時の悩ましい表情が生々しく脳裏に再生されていく
 
―はっ……熱いです…! もっと、貴方のモノで俺をグチャグチャに、して…下さい…!
 
 今にも泣きそうな顔を浮かべながら対面座位で深々と克哉を貫いた時の
息も絶え絶えの様子を思い出す。
 そう、いつだって克哉は自分にとっては最高に可愛らしくて
素晴らしく淫らな恋人だった。
 最初は屈服させ、屈辱を与える為に接待という名目で彼を辱める
目的で関係を持った。
 だが、その時の克哉があまりに魅力的で…こちらの欲情を酷く刺激していて、
耐えきれずに身体を繋げてしまったらもう駄目だった。
 あの肉体の持つ魅力に、そして与えられる強い快楽にいつの間にか心は
深く捉えられ…気づけば本気になっていた。
 
―あっ、ああっ…孝典さん! 孝典、さぁん…!
 
 瞼の裏で克哉が乱れて、縋りついてくる。
 この一瞬にいつだって胸が締め付けられそうになる。
 いつから自分の中にこんな感情が芽生えたのか御堂自身
にも良く判らない。
 だが、ふと気づいた時には佐伯克哉という存在が自分の中で大きくなっていた。 
 そして欲しいと、自分の傍にずっと繋ぎ止めておきたいという思いが
徐々に膨らんでいった。
 更に瞼の裏で、克哉が乱れてあられもない姿を晒していく。
 
―んっ…ああっ…! はっ…凄くイイです、孝典、さん…!
 
 蕩けるような眼差しを浮かべていきながら、こちらを甘く見つめてくる。
 その瞬間に男としての支配欲が強く満たされて、背筋がゾクゾクする程の
歓喜が湧き上がる。
 お互いの身体の間に挟まれているペニスはヒクヒクと震えて甘い蜜をしとどに
溢れさせている様が酷く扇情的だった。
 抱く度に喜びが湧き起こり、愛しさが増してくる。
 御堂自身は男女を問わず良くモテたし、何人もの人間と交際してきた。
 だが、自ら同棲を申し出るぐらいに執着した相手は克哉ただ一人だけだった。
 
(おかしい…何でセックスをしている時の事ばかり、克哉の事を考えると
頭の中から出てくるんだ…?)
 
 克哉と過ごしている時間は、恋人としてではない。
 仕事上のパートナーとして、自分の片腕として共に過ごしている時間も
たくさん過ごしている筈なのに、今…幾ら考えても日常の彼の姿がまったく
思い浮かんで来ない。
 普段、ふとした瞬間に見える彼のはにかむような笑顔にいつだって御堂は
心を癒されている筈なのに…今は、ぼんやりとしかその表情を思い出せなくなっていた。
 
―それは此処は貴方の深層意識が…普段、押し殺している願望が正直に
現れる場所…。ここでは貴方が望んでいる事を正直に思い浮かべて構いませんよ…
 
 あの怪しい男の声がねっとりと辺りに響き渡っていく。
 
「これが…私の願望、だと…?」
 
―えぇ、貴方は胸の奥にいつだって己の欲望を押し殺している筈です。本来なら
仕事など面倒だと。佐伯克哉さんただ一人が己の傍にいてくれれば、地位も
名誉も富も何もいらない。そして克哉さんと二人で自分たちだけが存在する
閉ざされた世界で生き、獣のように求め合いたいと…そう心の奥底では
願っているのではないですか…?
 
「…中高生ではあるまいし、そんな願いなど持つなどないだろう。大人になれば
相応の責任や、社会性を持って相手と付き合うのが常識だ。適当な事を言って
こちらを惑わすのは止めて貰えないだろうか…?」
 
―ククッ、体裁など無理に取り繕わなくて結構ですよ。それならどうして…貴方は
先程からこんなに淫らな光景ばかりを思い浮かべているのですか? それこそが…
貴方が胸の底に浅ましい願いを抱いている何よりの証拠。この場では…
偽りは通用しませんよ?
 
「うるさい…黙れ。例えさっきの光景が私の秘められた願望だったとしても…
お前にそれをとやかく言われる筋合いはない。それが何か悪いとでも言うのか?」
 
―いいえ逆ですよ。人生をより味わい深くするには、欲望や快楽は欠かせぬ
ものでしょう…。この世界は煩わしい事は一切考えず、己の欲望を満たす事だけを
考えていても良い世界…。望むならば、克哉さんといつまでも老いる事すらなく、
二人きりで生き続ける事だって可能ですから…
 
「はっ…不老不死でも与えてくれるというのか? 映画や小説では良く聞く
話だがな…。しかしそんなものが現実に叶う訳がない。そんなのは空想や
おとぎ話、物語の世界にしか存在しない。…私がそんな愚かしいものを
信じて、全てを捨てるとでも思ったか…?」
 
 相手の姿が見えぬまま、ゆっくりと深い水底に沈んでいくような錯覚すら
覚えながら奇妙な会話は続いていく。
 Rの声も耳ではなく、こちらの心に直接響いてくるように感じられた。
 体中がぬるま湯に浸かって浮いているようだ。
 心地よいような、暖かいような…ずっとそのまま感じていたいような
奇妙な快感だった。
 緩やかに深い闇の中に引きずり込まれているみたいだ。
 それに本能的な恐怖すら覚えていきながら…御堂は暫し、逡巡して
押し黙っていく。
 
―ですがそれが実際に得られるとしたら…貴方はどのような反応をされますか?
 
 その一言は妙な説得力を感じられた。
 不覚にも、この男ならばそれぐらいの事は平然とやってのけそうな…
そんな気になってしまう。
 そして御堂のその直感は正しかった。
 この男は彼が望みさえすれば、たやすくその奇跡のような願望を
叶えてくれるだろう。
 本当に愛しくて仕方ない人間とずっと変わらずに二人きりで生きていける
楽園を与えて…そして愛し合い、欲望を満たす事だけを考えて生きていける。
 その誘惑に、瞬間…グラリと揺らぎ始める自分がいた。
 
(何を考えているんだ…。そんな事、出来る訳がないのに…。この男の甘言に
何を惑わされているんだ…!)
 
 だが寸前でそう思い直して、即答は避けていく。
 口を完全に閉ざして黙る事で相手の提案を退けようとした。
 
―ふふ、やはり貴方は簡単には流されないようですね。用心深いことは決して
悪い事ではありませんよ…。こちらはもう少し考える時間を差し上げても
構いませんから…
 
「…時間を与えられても、私の答えは変わらない。お前の言葉に踊らされる
事は有り得ない…」
 
 そうきっぱりと宣言すると、次第に意識が遠くなっていくのを感じていった。
 甘い言葉に簡単に流されることのない、強固な意志と信念が感じられる。
 それにMr.Rは感服しつつも、同時に軽い苛立ちを覚えていった。
 
―流石は克哉さんが選ばれた方ですね。なかなかの強い意志を感じられます…。
ですが、私はどうしてももう一人の克哉さんに…あの人の本質の人格の方に
生きて頂きたい。その為には貴方がいるのは邪魔になる…。ですから、
今生きている克哉さんの心と共に眠って頂きますよ…。何としてでもね…
 
 そう、男は眼鏡の方の人格を現実で生きさせる為に…甘い罠を持って
御堂と、今生きている克哉の人格を堕とそうと試みていたのだ。
 だから御堂の前に現れて、この空間に拉致していった。
 もう少しの間だけここに引き止めて説得を試みてみよう。 
 この後に控えている演目に、数少ない観客としてその場に立ち会って
欲しいという願いもあるが…男の本題は御堂を陥落させる方にこそあるのだから。
 そうして、深い闇の中で…Mr.Rは自らの願いを成就させる為に…妖しく
微笑みながら様々な策を巡らし始めていったのだった―
 
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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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