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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ※この作品は現在、不定期連載中です。(週1~2回程度のペースで掲載)
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  バーニングクリスマス!(不定期連載)                    10 
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 御堂の愛車に乗って、連れて行かれた先は…豪奢な作りの都内でも
指折りの高級ホテルだった。
 克哉はホテルに辿り着いてから、ずっと俯いたまま…
御堂に腕を引かれていた。
 その状態でエントランスに辿り着くと、まず…置かれている調度品の
レベルの高さに緊張してしまう。
 普通のサラリーマンがおいそれと使えそうにない雰囲気が漂う
ホテルだった。それを…ここの内装を見るだけでも十分に判ってしまう。
 …その辺にも、御堂がこちらを特別に意識してくれていると…そういう
気持ちが伝わってしまって、居たたまれなくなる。

(御堂さん…オレに対して、本気なんだな…)

 その事実が、ひどく克哉の胸を突き刺していた。
 いや…それだけじゃない。太一も、本多も…自分に対して真剣な気持ちを
向けてくれている。
 薄々と彼らの気持ちに気づいていながら、意識的に煽っていた事が…
どうしようもない罪悪となって、克哉の心に圧し掛かっていた。
 御堂が受付でチェックインの手続きをしている間だけは解放されて
いたけれど…さっきまでこちらの腕を掴んでいた御堂の指先の強さを
思い出して、葛藤を覚えていた。

 男性二人でホテルを使用することを不振がられたくない、と言って御堂は
先に克哉にエレベーターの前に待機させていた。
 待っている間、エントランスの中心に設置されている大きな噴水と
天井の方に目を向けて観察を始めていく。
 細長くて長さがそれぞれ変えられていて、緩やかな稜線を描いている
金色の管のシャンデリアは、様々な光を乱反射させてキラキラ輝いている。
 部屋の片隅に置かれている女性の彫刻の滑らかさと美しさに、ハっと
息を飲んでしまうぐらいだ。
 こういう調度品の一つ一つに、そのホテルの格式というかそういうものが
滲み出るものだ。
 同時に、本日の逢瀬にここを選んだという事実からも…御堂が本気でこちらを
口説くうもりだったという事実が如実に伝わってくる。

(…今なら、引き返せる…。いや、引き返さないといけない…)

 脳裏に浮かぶのは、もう一人の自分の顔ばかりだ。
 こうやって真剣な思いを向けられていながら…土壇場に、あいつの事
ばかり考えている自分に、この人に想われる資格などない。
 そう考えて、克哉はそっと踵を返そうとした。

「…どこに行くつもりだ?」

 冷たい声が、すぐ背後から聞こえた。
 そうして…痛いぐらいに肩を掴まれていく。

「っ…!」

 克哉は、何も言えなかった。
 そうして無言のまま…その場に立ち尽くしていく。
 相手の方を後ろめたくて、見れない。
 振り返ることも…言葉を発することも出来ないまま…硬直した
時間が過ぎていく。

「…ここまで来て、君を逃がすつもりはない。…観念したまえ」

「…そんなっ!」

 克哉が反論の言葉を発しようとした瞬間、エレベーターの扉が開いて
その中に押し込まれていく。
 空かさず「閉」のボタンを押されて、扉が閉ざされていった。

「あっ…」

 そうして、エレベーターがゆっくりと上昇し始めていった。
 どうやらこのホテルはEVの外壁が透明になっていて…其処から街の
風景を眺められる構造になっていた。
 目の前に宝石箱をひっくり返したかのような見事な夜景が広がっている。
 克哉は無意識の内に御堂から後ずさっていた。
 しかし…男はすぐにこちらを壁際まで追い詰めて、鋭い瞳で見据えてくる。

「克哉…君の真意はどこにある? 私を誘うような行動や仕草を、
二人で会う度に繰り返していたのは…そちらの方だろう…?」

「…それ、は…。はい、その通り…です…」

 そう、その件に関して克哉は反論出来なかった。
 御堂の、言う通りだったからだ。
 …彼と親しくなったのは、ここ半年ぐらいからだ。
 プロトファイバーの営業を担当した件で、確かな実績を打ち立てたという
事が幸いしてか…御堂はこちらを認めてくれる言動を以前よりも多く
してくれるようになった。
 それが…もう一人の自分との恋愛で疲れていた心に酷く染み入って…
だから、自分は…御堂にある日、背中を借りて凭れ掛かってしまった。
 そして…泣いてしまったのだ。

―御堂から、労わるような優しい一言を向けられた時に…。

 克哉は、無言でそのまま…御堂の背中を借りた。
 その日から、自分たちの関係は少しだけ変化していった。
 疲れていたから相手の背中に無意識のうちに縋り付いたり、手を握り締めて
しまったりしていた。
 それは…好意がある人間にすれば「誘っている」と見られても仕方ない
仕草や行動の数々だ。   
 御堂の手が…ゆっくりとこちらの頬を撫ぜていく。
 
「んっ…」

 たったそれだけの事で、過敏に反応している自分がいた。
 きっと今、自分の顔は上気して…瞳は潤んでしまっている。
 ここまでついて来てしまったのは…この人に惹かれてしまっている部分も
あるからだ。
 けれど同時に…強く、もう一人の自分のことを想って心はざわめき続けている。

「こんなに敏感な癖に…どうしてさっき、逃げようとした…?」

「…迷っている、からです。…貴方は真っ直ぐにオレだけを見ていてくれて
いるのに…こちらの心の中には、どうしても忘れられない奴がいるから…」

「…ほう? 他に想う人間がいると言いたいのか…?」

 その瞬間、御堂の瞳が剣呑に揺れた。
 克哉はそれを見て竦みそうになったが…それでも相手から目を逸らさずに
小さく頷いていく。
 …殴られたり、不興を買っても文句を言えない事だと自覚はあった。
 しかし…自分の気持ちを、そしてこの人を偽ったままで抱かれるような不誠実な
真似をしたくなかった。
 だから正直に、短く答えて仕草で伝えていく。

「…はい」

「そうか…だが、問題はない。…君の中に今は他の男がいるとは薄々とは
気づいていたからな。だから私は…取られたくないと考えている…」

「えっ…?」

 その言葉に、克哉は驚きの声を漏らして呆けていく。
 同時に…エレベーターが目的の階に到着して…チーン、と小さくベル音を
鳴らしながら扉が開け放たれていく。
 反論をする前に、腕を引かれて部屋まで引きずられていく。

「御堂さんっ?」

「…私は、誰にも君を取られたくない。だから…その気持ちを伝える為に
今夜、君を抱きたいんだ…!」

「そ、んな…」

 普段冷徹で、感情など滅多に見せない人が…今日一日だけで何度、
その熱い感情を垣間見せてくれたのだろうか。 
 それに心を揺らしている自分が、確かに存在していた。

―けれど、自分はどうしてもあいつを忘れられなかった…!

 心の中が荒れ狂い、強烈な想いが渦巻いていく。
 克哉はそれでも、相手の手から逃れようともがいた。
 けれど…御堂が一瞬だけ、切なそうな悲しそうな…そんな瞳を向けた
瞬間に、動きが止まってしまった。

「あっ…」

 無言で、真摯に向けられる眼差し。
 それに…克哉も毒気を抜かれていく。

(どうしたら良いんだ…?)

 一瞬困惑して、克哉が抵抗を忘れていく。
 そうして…二人で互いに、見詰め合った。

―その瞬間、シュル…と空気を切る音が背後から聞こえた。

 聞こえた方角は、御堂が予約した部屋がある筈だった。 
 その扉がいきなり、バタンと音を立てて一瞬だけ開け放たれていく。
 そして…予想もつかなかった物が姿を現していたので…克哉は
目を見開いて、驚愕していった。

「えぇっ…?」

 一瞬だけ視界を捉えたものが、信じられなかった。
 そんんな訳がある筈ないと、とっさに思った。
 しかし…見間違えでなければあれは…。

「何だ今の音は…?」

 今の音に不振に思って、御堂がゆっくりとそちらの方向に
歩み寄ろうとしていた。
 瞬間、彼を庇うようにそっと腕を掴んでいく。

「御堂さん! 駄目です!」

 克哉は必死の形相を浮かべながら、相手の身を案じて…懸命に
その扉を開かないように静止していく。
 しかし…遅かった。
 
―克哉が叫んだ瞬間、扉は中から開け放たれて…其処からありえない
ものの一部が、ゆっくりと現れていったのだった―


 

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―完全に日が落ちようとした瞬間、黒衣の男が問いかける。

『…ご自分の半身を追いかけなくて宜しいのですか?』

『…昨日、俺がお前に頼んだことはちゃんと手配してあるのか?』

 眼鏡が傲然と言い放つと、Mr.Rは愉快そうに微笑んでいく。

『えぇ、貴方に頼まれた事をやらないで放っておくなど私には出来ませんから。
その点なら抜かりなく…』

『なら、慌てる必要はない。今からでも向かえば充分間に合う筈だ。
車はすぐに出せるのか…?』

 眼鏡は、もう一人の自分の携帯に…本日、御堂がどのレストランと
ホテルを回るのか記されていたのですでに把握していた。
 …この場合、ホテルの方に先に行けば確実に捕まえられる。
 Rに、どの部屋に泊まることになるのか…すでに調べさせたからだ。
 だから、ゴール地点を知っている分だけ彼には余裕があった。

『はい、ご用意してあります。…貴方が望めばどこにだってお連れ致しましょう』

 そうして男は恭しく、レッドカーペットに賓客を招くようなそんな仕草で…
眼鏡を誘導し始めていく。

『なら、あいつが御堂と約束したホテルに俺を連れて行け…。本多には
御堂の車が駐車場にある事を…キクチ社内のPCを使用して匿名メールで
伝えてある。時間稼ぎならあいつが充分に役割を果たしてくれている筈だ。
…それと、お前に依頼した手段で多少なら時間は大丈夫だろう。この状況で
俺がするべき事は…その混乱状態の中で、いかにして御堂から鮮やかに
あいつを取り戻すか…それだけだ』

 そういって、憤りさえ含みながら力強く眼鏡が言い放っていく。その様子を
Rは嬉しそうに眺めていた。

(嗚呼…静かな怒りを湛えていらっしゃる貴方は本当に美しい…)

 心の底から感嘆を込めていきながら、男は自分が手配した車が
ひっそりと置かれている方角へと共に向かっていく。

『貴方にお供しましょう…』

 と一言、どこか心酔しきったような返事をしていきながら―

                     *

 眼鏡が動き始めたのとほぼ同じ頃…本多は真剣な表情を浮かべながら
タクシーの前面部の窓から覗いている御堂の愛車を凝視していた。
 その表情はどこか鬼気迫るものがあった。
 本気の怒りを込めながら、前の車を睨みつけている彼の様子に
運転手も怪訝そうな顔を浮かべていく。
 だが今の本多に迂闊に何か言ったら大変なことになりそうな気配が
あるので…黙って、運転手は本多に依頼された通りに車を走らせ
続けていた。

(…御堂の奴、克哉にチョッカイ掛けるとは…本気で許せねぇ…!)

 同性である克哉に、恋心を抱いているのを自覚してからすでに
一年以上になる。
 そしてその事に気づいた時、無自覚だったが自分は大学時代から
克哉を特別な存在と見なしていた事も判ってしまった。
 だから誰にも…本多は克哉を渡したくなどなかった。
 自分がハンドルを握っていたら、本多は全力でアクセルを噴かせて
前を走る御堂の車に背後にぶつけてでも止めていただろう。
 …この場合、むしろ他の人間が車を走らせてくれていることに真剣に
感謝しなければならないだろう。

(後ろから見ている限り…今は克哉に手を出していないみたいだけどな…。
けれど、さっきは…!)

 ギリ、と奥歯を強く噛み締めていきながらさっき見た光景を脳裏に
思い浮かべていく。
 誰が送ったのか判らない正体不明のメールを見て…だが、謎の爆発騒ぎで
騒然となっている社内で二人の姿を見失ってしまっていた本多は…藁にも
縋る思いで試しに駐車場まで向かったら、そのメールに記されていた
黄色いタクシーを発見した直後に、現場から少し離れた場所から…衝撃の場面に
出くわしてしまったのだ。

―御堂と克哉のキスシーンだった

 それを見て、言葉を失いかけた。
 何が起こったのか頭が真っ白になって…ショックの余りに何も行動も、
言う事も出来なかった。
 呆然とその光景を見届けてしまった時、タクシーの運転手がこちらに
声を掛けて来た。

『おい、兄さん。さっき…身体の大きな紺色のスーツを着た男をここから乗せて
くれなんて奇妙な依頼を本社の方に受けたんだが…あんたの事かい?』

「えっ…?」

 本多は驚きの余りに言葉を失う。
 さっきのメールにも…ここに黄色のタクシーがいる筈なので、必要ならば
それを使え…と実に横柄な文章が綴られていた。
 ますます訳が判らなかった。まるで知らない人間に見えない糸で操られて
しまっているような奇妙な錯覚を受けていった。
 しかし…今、この場にこれ以外の移動手段は存在しなかった。
 このタクシーを使って追いかけなければ、二人を確実に見失ってしまう。
 だから疑念が心の中で渦巻いていても、使うしかなかった。
 
―だが、一体どうやって第三者が…このタクシーを手配して、本多に
克哉を追うように手配したのかまったく予想がつかなかった。

 考えれば考えるだけ、判らない。
 だからつい…知らない内に呟いてしまっていた。

「訳が本気で判らねぇよ…。今日の会社内の騒ぎも、あのメールも…一体
誰が糸を引いているのか…」

 しかしただ一つ判っていることは、それらの二つはどちらも…克哉を中心に
して引き起こされた事だという事ぐらいだ。
 タクシーの運転手はただ…本多の依頼の通り、御堂のセダンを追いかけるように
して尾行を続けていた。
 この40代後半ぐらいの運転手も大変な貧乏くじを引いたものである。
 ピリピリした空気を発している本多を乗せて、かなりのスピードを出しながら
訳も判らない状態で尾行などやらされているのだから。
 しかし、本多にとってラッキーだったのは…このドライバーの腕前が
確かなことだった。

 前を走る御堂の車がどれだけ速度を出していても、日が沈んだ直後で
視界が利き辛く、帰宅途中の車がひしめき合っている場所を通り抜ける
ことになっても付かず離れずの距離でずっとぴったりとくっついて走って
くれていた事だった。
 そして御堂の車は、どこかのホテルの地下の駐車場へと静かに
入っていった。
 本多が乗っているタクシーも其処に入ろうとしたが、入り口の付近で
運悪く…その間に一台の車が入り込んでしまったので、距離が離されて
しまっていた。

(ちくしょう…!)

 その時、悔しさの余りに叫び出したい衝動に駆られたが…どうにかそれを
押さえ込んでいく。
 しかし、その瞬間…見てしまった。

「克哉っ…?」

 そう、気のせいかも知れない。ただの見間違えかも知れないが…今、
御堂と本多のタクシーの間に割り込んできた黒いベンツには…眼鏡を
掛けた克哉と良く似た人物が乗っているのが見えた。
 それに本気で本多は驚きながら…言葉を失っていく。
 暫くそのおかげで…タクシーの運転手が声を掛けてくれていたのにも
気づけないぐらい、ショックを受けてしまっていたのだ。

(何で…気のせい、だよな…。俺は確かに御堂の車に乗っている克哉を
追いかけていた筈なのに…。どうして、あいつが前の車にも乗っているんだ…?)

 思考が纏まらないまま、グルグルと回っているのが判った。

「お客さん! 前の車…この駐車場のどっかに止まっているみたいですが…
探しますか? それともここで降りますか? どっちか早く決めてくれませんかね!
モタモタしている間にも、メーターは上がり続けますぜ!」

 いい加減、タクシーのドライバーもイライラして、大声でそう訴えかけた時に
やっと正気に戻って現状を把握していく。

「あっ…ここまでで良いです。…とりあえず一旦清算で…。ただ、また必要に
なるかも知れねぇから、少しの間…この場所で待ってて貰って良いすか?
とりあえずこれで…」

 そういいながら、本多は一万を差し出していく。
 細かいものが、今…財布の中になかったからだ。
 心の中では相当に焦っていた。
 こうしている間に、御堂に部屋に入られてしまったら…もう本多には
打つ手がなくなる。
 とりあえず清算を終えて、慌ててタクシーの外に飛び出していくと…その直後に
再び携帯のメールの着信音が聞こえていった。
 急いでその内容を確認していくと、其処には一言…こう記されていた。

―最上階のスイートルーム。1001号室に向かえ

 たったそれだけが書かれているメールを見て…本多は迷っている暇は
ないと思った。
 怪しいことこの上ないメールだ。しかもメルアドはやはり見覚えがない
ものからだった。
 しかし今は疑っている暇はない。
 ヒントがあるならそれに縋るしか…術はなかった。
 そうして…本多はエレベーターに乗り込んで、指定された通り…最上階に
向かっていく。

―其処で予想もしていなかった衝撃の光景に遭遇するなど、まったく
思いも寄らずに―
 

 
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 ―代償は、貴方という存在の消失です。結ばれた後に…
貴方と克哉さんの心が離れてしまったり、別の存在に心を奪われれば
お二人の内、どちらかが必ず消えなければならなくなります。
 …その場合、完全な消滅です。片方は必ず消えていなくなるという
リスクが伴います。それでも…貴方は奇跡を望みますか?

 キクチ・マーケーティングの裏手で奇妙な男が、眼鏡に対してそう
問いかけて返答を待っているのとほぼ同じ頃…克哉はようやく、パニックに
なった社内から御堂と共に脱出をしていた。
 否、予想以上の大騒ぎとなり…誰かが警戒して、警察にも連絡を
してしまったので…これから事情聴取が始まる、とアナウンスが流れた
瞬間に…御堂に手を引かれて、そのまま一気に駐車場まで連れて
来られたのだ。
 カッカッカッ…とアスファルトの地面の上に、相手の上等な革靴の音が
響き渡っていく。
 御堂は無言のまま、険しい顔をして自分の車を停めてあるスペースまで
駆け足で向かっていく。
 その様子に鬼気迫るものを感じて、克哉は何も言えないでいた…。

(御堂さんの手、凄く…痛い…。けれど、今のこの人に…オレは何て、声を
掛ければ良いんだろう…)

 ギュっと何度も瞼を強く瞑っていきながら、克哉はグルグルと逡巡していった。
 無意識の内に、空いた方の手は…先程触れられた頬と首筋に宛がわれていった。
 …さっき、二人きりで小さな会議室に篭っていた時に御堂の唇が触れた箇所だ。

(どうしよう…さっきから、御堂さんに触れられた箇所が…おかしい…)

 そして、そうやって優しくキスを落とされながら…深く唇を塞がれた。
 その状態で服の上から胸の突起を探られて、其処を執拗に弄られ続けて…
背筋が痺れるような快感を感じ続けていった。

―あっ…はぁ…

 先程の自分の零した悩ましい声が頭の中で再生されてしまって、克哉は
顔を真っ赤に染めていった。
 あいつ以外の人間にキスをされて、触れられているにも関わらず…感じて
甘い声を出している自分に罪悪感と、甘美な感情の両方を覚えていく。
 御堂の舌の熱さを、味が…こうして手を繋がれている合間にも鮮明に
思い出されてしまって、背骨の辺りから甘い感覚が走り続けていく。

(どうしよう…『俺』…! 多分、お前が何もしないでままでいたら…きっと
流されて、この人に抱かれる事を…拒めそうにない…! 来るなら、早く
顔を出してくれよ! 怒っていても良いから…お前の顔を見ないままでいたら
きっと…オレは、間違えてしまう…!)

 心臓が壊れたようにドックンドックン! と脈動しているのを感じていった。
 本気で、血管という血管が破裂しそうなぐらいに克哉は緊張していた。
 繋がれた手が汗ばみ、耳まで真っ赤に染まっていた。
 恐らく…御堂はこちらの状態に気づいているだろう。
 しかし克哉の方を振り返ることなく、一直線に目的地へと突き進んでいた。
 御堂もまた、もう克哉を抱きたいという己の想いを…取り繕うことが出来ない
状態になっていた。
 車の前に辿りつくと、御堂は克哉を…車と己の身体の間に閉じ込めて…
顎をそっと掴みながら、真っ直ぐに瞳を覗き込んでいった。

 バン!
 
 身体と車体がぶつかりあう音を軽く立てていきながら…御堂はゆっくりと
克哉の方へ顔を寄せていく。
 吐息が感じられる程の近い距離に、御堂の顔がある。
 茜色に染まった世界で…端正な顔をした彼の顔は…目を奪われるぐらいに
綺麗に輝いていた。
 怜悧な印象のある彼が…こんなに熱い眼差しでこちらを見つめている。
 その事実に、克哉は背筋がゾクリとなってしまう。

(御堂さんの目…何か、獰猛な獣みたいだ…)

 怖いのに、同時に強く惹き込まれて目を逸らす事が出来ない。
 ソロリ、と顎から首筋のラインを撫ぜられて…克哉は肩を竦ませていった。

「…佐伯君、いや…克哉。本来ならこの後、レストランの方でディナーを予約
していたのだが…それはキャンセルする。先に…ホテルの方へ向かうが…良いな…」

「…っ! それ、は…まさ、か…」

 この独特の息が詰まりそうな空気と態度。
 それでこんな事を言われたら…導き出される結論は一つしか存在しない。

「そうだ…私は、食事よりも今夜は君を早く抱きたい…良いな…?」

「あっ…の…その…」

 唐突な御堂の言葉に、克哉は気持ちを切り替え切れなかった。
 御堂に、強烈に惹かれている自分がいる。それは事実だ。
 しかし…相手がこちらを求めていると、その意思を感じ取っていく度に…
彼の脳裏には、鮮明にもう一人の自分の面影が浮かんでいた。

―俺を絶対に、忘れるな…

 そう、克哉に訴えかけているように鮮烈に…声までも時折聞こえてくる。
 それが今の彼にとって、最後の砦だった。
 気が狂いそうになるぐらいに…もう一人の自分に惹かれてしまって。
 好きで好きでしょうがなくて、苦しかった。辛かった。
 嫉妬ぐらいして欲しい…執着している気持ちを見せて欲しい。
 そういう動機から、最近の克哉は…想いを寄せてくれていると感じられる
相手には思わせぶりな態度を取り続けていた。
 そして、御堂は今…本気でこちらを口説き、迫っている。

(…どう、しよう…!)

 ここでようやく、自分のして来た事の重大さと罪深さを克哉は自覚した。
 だが…もう、断ることなど出来そうになかった。
 御堂の目は真摯で熱く、中途半端な言葉や答えなどでは決して納得
してくれそうになかった。
 心のどこかで、御堂に抱かれて…この熱く滾った欲望を発散したいという
想いを感じていた。
 一ヶ月以上眼鏡に抱かれていない身体は、乾いてしまっている。
 焼け焦げそうになるぐらいに熱いモノを身体の奥に感じて、悶え狂わせて
貰いたい…そんな浅ましい事を考えている自分は確かに存在しているのだ…!

「…答えないのか。なら、私の勝手にさせて貰おう…。…いや、君が嫌だと
言っても…ここまでこちらの心を煽り、挑発した責任は君自身に取って貰う…。
今夜、君を抱く。断ることは…許さない…」

「あっ…んんっ…!」

 御堂の刃のような鋭い眼差しに射抜かれて、克哉は一瞬…金縛りにあった
ように身体が硬直していった。
 そのまま…強い力で引き寄せられて、荒々しく唇を重ねられていった。
 
 グチャ…グチュ…ピチャ…ジュル…

 そしてそのまま…腰から甘く蕩けていきそうな官能的な口付けを…
夕暮れの光景の中、与えられていく。
 二人のしっかりと重なり合ったシルエットが…鮮やかなオレンジ色に染まった
世界の中に浮かび上がっていく。
 御堂に、快楽と…強い意志で支配されてしまう。
 ギリギリまで保っていた最後の理性のタガすらも、粉々に砕かれてしまいそうに
なるぐらいに…熱烈な接吻だった。
 その合間に、下肢の狭間に太腿を割り込まされていって…硬くなり始めている
其処を擦られ続けているのだから、堪ったものではない。

「んんっ…!」

 もう、満足に立っていることすらも出来なくなって車体に背中を預けて
ギリギリの状態で支えていく。
 しかし御堂の攻めは止まる事を知らない。
 追い立てるように、布地の上から尖りきった胸の突起を弄り上げて…
完全に克哉の身体に火を灯していった。

「や…御堂、さん…あ、いや…」

 それでも、最後の抵抗とばかりに…弱々しく、「いや…」と呟いていく。
 しかしもう…そんな言葉で、男は止めてやる気など毛頭なかった。

「…嫌なら、私の手から逃れて帰れば良い…。いや、しかし…もう
こんなに硬くしていたら、満足に歩くことすらも出来ないかな…?」

「ひゃう…!」

 ふいに、スーツのズボン生地の上から、半勃ち状態の性器の部分を握り込まれて
いって克哉は鋭い声を挙げていく。
 そのまま…耳元に唇を寄せていくと、心底愉快そうな感じで御堂が囁きを
落としていった。

―後はホテルでだ…。続きを楽しみにしていると良い…

 そうして、ヌルっと耳孔に舌を差し入れて其処をくすぐっていくと…御堂は
涼しい顔をして身体を離していった。

「あっ…? 何を…?」

「…嫌だと言ったから、ここでは一旦止めただけだ。…この続きをして欲しいなら
ちゃんと現地に行ってから強請る事だな…」

 そういって、ガチャと手荒く助手席の扉を開けていくと…克哉の身体を押し込み
反対方向に回って、自分も運転席に座っていった。
 濃密で、息が詰まりそうな空気が二人の間に流れていく。

「…行くぞ、克哉…」

「……はい」

 御堂の呼び方が、「佐伯君」から「克哉」に変わっている事だけでも顔が赤く
染まりそうだった。
 そうして…まともに相手の顔を見れないまま、車は発進していく。
 
―本当にもう一人の自分への想いを貫くなら、自分は御堂の手を振り切って
逃げなければならなかった

 それが判っているのに、あいつに会えなくて寂しいという心は叫びを上げていて
そんな克哉の理性をも粉微塵にしていった。
 まともに、言葉など…雑談など出来そうもなかった。
 終始無言のまま、二人は真っ直ぐに前だけを向いて目的地に向かっていく。

 ―しかし彼らは気づいていなかった。彼らが発進した直後…尾行をしていた
ある人物を乗せたタクシーもまた動き始めていた。

 夕暮れが終焉を迎えて、夜の帳がしっかりと降り始めていく中で…各人の
思いは克哉を中心に、激しい交差を繰り広げていく。
 彼らを追いかける車に乗っていたその人物は…非常に思いつめた表情を
浮かべていきながら、暴れたくなる衝動を抑えて…御堂と克哉を乗せた車の
行き先を追いかけ続けたのだった―


 
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その日の夕暮れ、克哉を想う二人の男は…それぞれ物思いに
耽っていた。
 Mr.Rはその様子を心から愉快そうに眺めていく。
 眼鏡を掛けていない方の佐伯克哉を巡って、4人の男が攻防を
繰り広げているその様は…男を非常に楽しませてくれていた。
 すでに日は傾き始めて周囲は赤く染まっている。
 世界の全てが深紅に染まる瞬間に、黒衣の男の存在はどこか
禍々しい雰囲気を称えながら…キクチ・マーケーティングの裏手に
一人、佇んでいた。
 物陰にひっそりと潜みながら…誰かを待ち続けていく。
 だが、最初にその入り口から飛び出して来たのは…彼の待ち人
ではなく、明るい髪色をした青年だった。

「…よし、脱出成功っと…これで、あのイケすかない男も…克哉さんと
これ以上、二人きりで部屋に潜んでいるのは難しくなった筈だよな…」

 そういって、青年は悪戯が成功した時のような…満足げな笑みを
浮かべていた。
 太一はザックの中に、何かを大切そうに抱えている。
 この中には太一の大学で使う教科書と…講義用と、作曲専用のノートの
他に…いざという時に使える様々な用途に使える七つ道具が納められていた。

「…あんなに、大きな音を立てればそれ処じゃない…筈だよな…」

 と言いつつ、太一は一瞬…不安そうな表情を浮かべていった。
 だが…確認したくても、戻る訳にはいかなかった。
 裏手の入り口からでも、社内中が大騒ぎになっていることだけは
充分に伝わって来ている。
 しかも…太一が立てた轟音の他にも、原因不明の閃光という要素が
加わったおかげで…爆弾を仕掛けられたのではないか? とパニックに
陥っている人間が多かったのだ。

 太一は、閃光の件には関わっていない。だが…轟音を立てた件に関しては
確実に犯人だった。
 そして…今、彼が手に持っているザックにはその証拠の品が二つ、収められている。
 あの爆音は、窮地の際に…追っ手をの注意を引き付ける為の護身道具の一つだ。
 派手な音はするが、それ以外の効果はない。
 しかしスピーカーなどを通して、最大音量で流せば…先程のような爆発音に
限りなく似たものを発することが出来るのだ。
 太一は、克哉と御堂が二人きりで部屋にこもったのを見送った時…長時間
そのままにしたら、あの男に出し抜かれると考え、このような行動に至ったのだ。

「やべ…心臓、バクバク…言ってる。…一応、克哉さんがいる会社だから把握する為に
ハッキングして、内部の構造については頭に入れておいたけれど…実際に歩いたり
色んな部屋に入ったのは初めてだったしな。…けど、ぶっつけ本番だったけど…
上手く行って良かった。…マジで放送室に先客とかいないでラッキーだったよ…」

 太一は胸を押さえながら、深呼吸を繰り返して…逸る気持ちを抑えるように努めていった。
 本当ならば、克哉達がいるフロアまで戻って…どうなっているかを確認したかった。
 だが…大騒ぎになってしまった以上、もうこの会社に留まることは危険だ。
 しかも元々、自分は部外者として本日…招かれている。
 何かあった場合、外部からの人間が一番疑われるものだ。
 そういう点からも、今日のところは一旦立ち去るのが賢明なのは…判っていた。
 だが、太一は相当に…この場に後ろ髪を引かれていた。

(…克哉さん、マジで…今、貴方が何を考えているのか判らない…。凄く良い人の
貴方と、凄く寂しそうな顔を浮かべている苦しそうな克哉さんの…どっちが本当の
姿なんだろうね…)

 そんな事をふと考えながら、キクチ・マーケティングのビルを切ない表情を浮かべながら
仰いで見上げていく。
 だがその未練を断ち切って、青年はその場を後にしていった。

―ふふ、かなり惑わされているみたいですね…五十嵐様も。甘い蜜を放つように
なった…あの方の半身の魅力に参ってしまっているようですね…

 物陰から太一が立ち去ったのを見届けていくと、Rはそのまま…愉快そうな
笑みを浮かべながら裏口の扉の前へと移動していく。
 …今、社内にはあまり人目に付きたくない立場の存在が、太一の他にもう一人
いる筈だった。
 長い金髪を風に靡かせながら…男はただ、夕暮れの中で待っていく。
 五分、十分…と過ぎていく度に、日は更に傾き始めて…ゆっくりと夜の帳が
下り始めていった。
 そして、完全に地平線に太陽の姿が消えようとする間際…その扉が静かに
開かれていった。

「こんばんは…我が主。貴方の狙った通りの結果になりましたでしょうか…?」

「お前か…ご苦労だった。さっきの閃光は役に立ったぞ…まあ、あの爆音
まで直後に鳴り響いたのは予想外だったがな…」

「えぇ、貴方様が私に指示を出したのとほぼ同じ頃…貴方の半身を想う
男性の一人が、別に動いた模様ですから…。ふふ、流石は貴方を魅了した
だけの事はありますね…。今の克哉さんはまるで、多くの人間を惹き付ける
魔力を持った花のような物です…。そこにいるだけで、知らない内に
人の心を煽り…欲望を灯してしまう。ウカウカしていたら…貴方にとって
望ましくない結果が訪れてしまうかも知れませんね…」

「…どういう意味だ。それに…何をそんなに愉快そうな顔をしている…。
見ているだけで不愉快になる、止めろ」

 憮然とした様子で眼鏡が言い放っていくと、更にMr.Rは面白そうに喉の奥で
笑っていった。
 それを見て更に彼の機嫌は悪くなったが…黒衣の男は特に気にした様子はなかった。

「…ふふ、貴方は本当に素直じゃないですね。…そこまで執着なさっているのならば
独占してしまえば良いのに…。誰の目にも触れないように、貴方以外の人間を
欲さないように…籠の鳥のように…」

「…そんな手段があるのなら、とっくの昔にやっている。だが…あいつが今は
本体を持っている以上、俺は常にこの世界に存在は出来ない。そんな身の上で
どうやってやれというんだ? 拉致監禁するのも不可能だろうに…」

「そうですね…物理的に今の貴方が、克哉さんを閉じ込め続けるのは
現時点では無理です…。しかし、その為の方法があると申したら…
どうなさいますか?」

 男の一言に、眼鏡はハっとなっていった。
 その顔を見て戦慄を覚えていく。
 夕暮れの頃は…昔から、逢魔ヶ刻と呼ばれていた。
 昼と夜の境…幻想と現の境、その二つの要素が交じり合ったこの時間帯には
『魔』と呼ばれる存在が現れると古来から言われて来た。
 今のMr.Rの存在は、まさにそれだった。
 怖いぐらいに綺麗な笑みを浮かべながら…眼鏡を意味深な表情で見つめてくる。

「…まさか」

「私はこういう事で…嘘は申し上げませんよ。我が主…ですが、それは…
貴方にとって、強烈なリスクを背負うこととなります。…失敗すれば
ただでは済みません…。下手をすれば貴方という存在そのものが
危うくなる程の手段です…。それでも、お聞きになりますか…?」

 そう言いながら囁く黒衣の男の姿は、人を堕落させる悪魔のようで
すらあった。
 瞠目しながらRを見据えていくと…どこまでも優艶な笑みを口元に称えながら
男は歌うように、言葉を続けていく。
 
―太陽が最後の光を鮮烈に放つ寸前、男の金色の髪が鮮やかに宙に舞った

 それはまるで、芝居が開幕していく光景のような奇妙な錯覚を覚えていく。

「…言ってみろ。興味がある」

 少し考えた後、眼鏡ははっきりとした口調で答えていくと…男はどこまでも
愉しそうな顔を浮かべていったのだった―
 

  ※この作品は現在、不定期連載中です。(週1~2回程度のペースで掲載)
 その為以前のを読み返しやすいようにトップにリンクを繋げておきます。

  バーニングクリスマス!(不定期連載)                  10 
                          11   12

―本多憲二は混乱していた

 さっき起こった事が現実なのか、頭の中でグルグルと渦巻きながら
就業時間を迎えようとしていた。
 本日は午後二時前後まで、営業であちこちを回っていた。
 だから例の大食い大会のミーティングが終わった後、退社をする
前ぐらいは今日の成果を打ち込んで纏めて、片桐に報告しなければ
ならなかった。
 しかし、あまりに仕事に手がつかない。

(何で…太一とかいう奴の他に、御堂さんまで…!)

 それが、不思議だった。
 そして本多の一番の謎だったのだ。
 今までそんな気配を、御堂から感じたことは殆どない。
 いや…プロトファイバーの営業の件が終わってからも、MGNはキクチと
繋がりを求めて来たが…この一年、直接関わって来たのは御堂と克哉の
二人で…本多は蚊帳の外だったから、気づいていなかっただけだった。
 あんな風に宣言しながら飛び込んでくるなど、自分が知っている御堂のイメージと
あまりにかけ離れ過ぎていて…本当にあれは本人だったのかと疑いたくなる。
 しかし…あの傲慢な物言いに、不遜で冷たい態度は紛れもなく本物だった。

(一年ぶりに会っても、イケすかない所は全然変わっていなかったよな…
あの人は…。てか、何で御堂さんまでお前は誘惑しているんだよ…。
克哉、お前が全然判らねぇよ…!)

 本多としては一年以上前から、克哉のことを意識して…願うことなら
恋人関係になりたい、とずっと思っていた。
 
 ―本多はオレの大切な親友だよ

 そう言い放たれても、その態度を貫かれても…一度自覚した恋心は決して
抑えられなかった。ずっと想い続けていた。
 なのに…ここに来て、恋のライバルはゾクゾクと増え続けていく。
 克哉に熱っぽい目を向けてくる女性社員は後を絶たず、ついでに太一や御堂まで
乗り込んできた。
 冷静でなど、いられる訳がなかった。

「うぉぉぉ!!」

 しまいには、混乱した頭をどうにか整理しようとうめき声を上げながら机に
頭部を擦り付けるような仕草までし始めていく。

「わわっ! 本多君どうしたんですか! 何か悩み事でも…!」

 その鬼気迫る様子を見て、片桐が慌てた様子で声を掛けてくる。

「…す、すみません! 幾ら悩んでも答えが出なかったので…つい、呻いて
しまいました…!」

 片桐があまりに血相変えてこちらに声を掛けてくるので…逆に申し訳
ない気分になって、こちらも急いで謝っていく。
 どうしよう、本気で仕事に手がつかない。しかもこのまま部屋の中で
頭を抱え続けていたら…周囲の人間にいらない心配を掛けたり、奇異な
眼差しを向けられることは必死だった。

(ちょっと外の空気を吸ってきた方が良いな…気分転換しないと、マジで
頭がおかしくなりそうだ…)

 そう判断し、本多は勢い良く立ち上がっていくが…勢い余り過ぎて、盛大に
椅子から転げ落ちていった。

「うおっ!」

 ドンガラガッシャン!

 まるでコントか、漫画の中のように本多の巨体が盛大に八課内の床の上に
滑って転がっていった。

「あぁ!! 本多君! 本当に大丈夫ですか! 頭は打っていないですか!
怪我はないですか! 報告は今日は良いですから…もう帰って良いですよ!
さっきから見ていても、全然仕事に手がついていないみたいですし!」

 片桐がまたもやアタフタとして本多の元に駆け寄り、労わりの言葉を掛けていった。
 …普段、優柔不断で少し頼りない人だなと感じることは多々あっても…
優しい人である事は紛れもない事実で。
 混乱していたり、傷ついている時に片桐がこうやって気遣ってくれると…
心に染み入った。

「うっ…すみません。今日は片桐さんの言葉に甘えます…! それじゃあ…!」

 片桐の言葉を聞いて、これ幸いとばかりに…その場から立ち上がって自分の
カバンを手に取っていくと…本多は部屋から出て行った。
 そうして本多は駆け足で…御堂と克哉が、打ち合わせをしている筈の
会議室へと急いで向かっていく。
 さっき起こった出来事を思い出して…本多はハラワタが煮えくり返りそうな
気持ちになっていった。

―彼のことを、私は一切譲るつもりはない。スタートラインにすら立っていない
君達には特にな…

 自信満々に、そう言い放っていった。
 意味深な表情を浮かべながら、そんな事を言い放った御堂に…太一も自分も
本気で怒りを覚えた。
 
―スタートラインにすら立っていない

 その一言が、無性に腹立たしく聞こえたからだ。
 一食触発の空気だった。ピリピリピリと…空気が殺気立っていたのが
確かに判った。
 何かキッカケがあれば、そのまま爆発していただろう。それだけ際どい雰囲気が
自分と太一と御堂の間には流れていた。
 だが、その前に…大食い大会の係の人間が自分達を探しに来て、飛び込んで来たので
特にそれ以上は何事も起こらなかった。
 一度、大会議室に戻って…それから、御堂が「聞きたいことがある」と言って
克哉を連れ出して二人きりになっていた事以外は…。

 ―だから本多は、気が狂いそうになりながら…この30分を過ごしていた。

 ここはキクチ社内で、今は就業時間中だ。
 御堂と二人きりになったからと言って…克哉がどうこうされているとは
思えなかった。
 けれど、あぁやって飛び込んできた御堂の剣幕を…ついさっき本多は目にした
ばかりで…だからこそ、嫌な予感は時間の経過と共に増してしまっていた。
 太一があの後、どこに行ったのかは判らない。
 けれど…恐らく、自分と同じ穏やかではない心境で過ごしていることは
明白だった。
 そうして本多は階段を勢い良く駆け下っていくと…御堂と克哉が消えていった
小さなミーティングルームの前へと向かっていった。
 間近まで近づいていくと…本多は、気配を悟られないように足音を忍ばせて
そっと聞き耳を立てていく。
 瞬間、信じられない音を聞いた。

―はぁ…ん

 それは、悩ましい声だった。
 一瞬、誰のものかと…耳を疑った。
 だが、この部屋の中にいるのは克哉と御堂に間違いないと…その事実を
思い出してからは、一気に頭に血が昇っていった。

(御堂の奴…まさか、就業時間中に克哉に手を出したのか…!)

 その事に思い至った瞬間、本気で殺意すら覚えた。
 フルフルと身を震わせながら…こめかみと大きな手の血管が脈動していく。
 本気で扉を蹴り破りたい衝動に駆られていった。
 だが、その瞬間…本多はとんでもないものを見た。
 いや、最早有り得ないものだった。

「なっ…!」

 そのミーティングルームの奥の廊下に、一人の人影があった。
 最初は我が目を疑った。
 しかし…それは、紛れもなく…。

「克哉…?」

 しかも其処に立っている彼は、眼鏡を掛けていた。
 久しぶりに雰囲気の変わっている克哉の方を目にしたので…本多は
唖然となった。

(えっ…? 何で克哉が外にいるんだ…? それなら、この部屋の中にいて
悩ましい声を挙げているのは一体…?)

 一層訳が判らなくなって混乱していると、廊下の奥にいた人影は…
携帯電話で、時間か何かでも確認しているようだった。
 そういった仕草の一つ一つが決まっていて格好良いと、つい思わず
見惚れていると…。

―そろそろだな

 と、離れていてもくっきりと…彼の一言が耳に飛び込んで来た。

「何が…そろそろ、何だ…?」

 本多が心底疑問そうに呟いた直後。

 ピカッ!

 と…周囲が眩く輝いていく。
 その突然の事態に、本多は頭が真っ白になった。

「な、なんだぁぁ~!!!」
 
 
 その瞬間、キクチ社内から程近い場所で…原因不明の閃光が走り抜けていった。

(な、何で克哉は…あんなに不敵な笑みを浮かべて…)

 そして本多は目撃してしまった。目を灼くような眩い光が走り抜けていく直前…
眼鏡を掛けた佐伯克哉が愉快そうに、口元を上げていったのを…。
 それにとても嫌な予感を覚えて、まさか…という想いが込み上げてくる。

―この閃光は、まさか克哉が…?

 本多はその考えに思い至った瞬間、混乱した。
 だが…眼鏡の克哉がこんな行動を取った意図が判らない。
 本多は、混乱の余り…呼吸が乱れ始めていった。

―バァァァァァンン!!

 そしてその瞬間、社内のスピーカーを通して…物凄い音量で、爆発音が
流れていった。
 とっさに鼓膜が破れてしまう! と思わせる程の轟音だった。
 大音のせいで、ビリビリビリと肌に振動が伝わってくる。
 音量の派手さの割に、閃光の時と同様に…衝撃、と言われるレベルの
揺れ等は感じられなかった。
 だが、原因不明の強烈な閃光と、爆音。
 それらは…ビル内にいた人間を混乱と恐怖に叩き落していった。

 誰もがこの突然の強烈な光に、穏やかではいられなくなったらしい。
 本多が叫び声を迸らせたのを皮切りに…アチコチの部屋から、人間が
飛び出して来てパニックになり始めていった。

「何だ、何が起こったんだ…!」

「今の光と音は何! 何なのよ! 核兵器とか、爆弾とか何かなの…!」

「落ち着いて! 落ち着いて下さい! 今から原因を究明しますので持ち場から
無闇に離れたり、パニックになったりしないで下さい!」

「落ち着いてなんかいられるかよ…! 本気で爆弾か何かを社内に仕掛けられた
んじゃないのか! 早く原因究明をしてくれよ!」
 
 ゾロゾロと廊下に沢山の人影が立ち並んでいく。
 皆、顔に激しい動揺の色を浮かべて穏やかな様子ではなかった。
 その中には御堂と克哉の姿もあって…ちょっとだけ一安心していく。
 しかし其処でまた疑問が生じた。
 ミーティングルームの中から出てきた克哉は…眼鏡を掛けていなかった。
 そして余計に、本多は混乱していった。

(今の克哉は一体…?)

 しかし幾ら彼が考えようとも答えなど出なかった。
 そうして…就業時間終了間際に発生した謎の閃光によってキクチ社内の人間と
 近隣の会社の人間は、混乱の渦に巻き込まれ、ちょっとした騒動が巻き起こって
しまったのだった―

※ 今回は途中、かなり間が開いてしまったので過去のログのリンクも
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 バーニングクリスマス!                    10 11
 
 お待たせしてしまって本気で申し訳ないです。
 これから、一月末までには終わらせるぐらいの気持ちで頑張ります(ペコリ)

 ―昨日の夜から、御堂孝典の心中は穏やかではなかった。

 その想いに突き動かされながら…大食い大会の参加者の撮影会が
開かれていた日、御堂は…キクチ社内へと単身乗り込んでいた。
 美丈夫で、高級なスーツを身に纏っているエリート然とした男性が
どこか鋭い眼差しを浮かべながら、風を切るように早足で動く光景は
鬼気迫るものがあった。
 途中の道のりで、何人もの女性社員が熱い眼差しも向けていたが
御堂は一切気づくことなく、カッカッカと靴音を響かせながら八課から
会議室のあるフロアを歩いて移動していた。
 階段に差し掛かると、その音は一層大きなものになって反響していった。

(…どうしても気になって仕方なかった。君に…昨日のことを
絶対に聞かせて貰うぞ…佐伯君…!)

 何故、あの日…メールを受信したばかりの時に佐伯克哉があの場に
いたのか。あんなに冷たい目をしながら小さな宝石ケースを眺めていたのか。
 そして…ジュエリーショップになど、どうして入っていたのか。

 その三つの点が気になって仕方なくて…昨晩は、眠れないという程でも
なかったが熟睡感がなかった。
 今の御堂は、佐伯克哉に対して猛烈な興味と…恋心を抱いている。
 そういう感情を抱いている人間が不可解な行動をしたら…気になって
当然だった。御堂も今、その状態であった。

(君がどうして…昨日、あんな場所にいたのか…私は、知りたい!)
 
 その強烈な想いは、多忙で過密なスケジュールで動いている御堂を
突き動かしていった。
 たまたま…本日の午後一で、この近辺にある会社に車で出向していた
彼は…その帰り道に、キクチに立ち寄った。
 一応…仕事に関することで幾つか、直接会って確認した方が良いと
いう口実もあったので…その打ち合わせをする合間に、昨日の件のことを
彼に問い質すつもりで、意気揚々と御堂はキクチ・マーケティング内の
廊下を歩いていた。

 普段の御堂なら、エレベーターを使って移動するのだが…今は
急き立てられている状態なので、扉の前で待っている時間すらも
まどろっこしい気分だった。
 目的のフロアに降り立つと、階数を確認しながら…御堂は一旦
足を止めて、さっき八課の部屋に立ち寄った時に、片桐から聞いた
話を頭の中で反芻していった。

(確か彼はこのフロアの大きな会議室にいると…片桐部長は行っていたな…)

 プロトファイバーの営業時代から、御堂の方がキクチ社内に足を向ける
事は滅多になかった。
 引き続き彼らと仕事を担当するようになってからも、本日の訪問で
二度目か三度目程度の…それぐらいのものだった。
 殆ど歩き回ったことがない会社だから、丁寧に説明されたとて…一発で
なかなか判るものではない。
 片桐が説明していたであろう付近に立ち寄ると、御堂は歩くスピードを
緩めて…その周辺を丹念に探し回っていった。

 一つ一つの扉の前で足を止めて、その該当する部屋を探し始めていく。
 奥の方にとても騒がしい様子の部屋があったが、片桐からはどれくらいの
規模の人間がいるとまでは聞いていなかったので、御堂は階段から
近い部屋から、確認を始めていった。
 そして…とある部屋の前に立った時、穏やかでない話が聞こえた。

―ねえ、本多さん…腹を割って話そうよ。克哉さんのことを…俺も
あんたに対して譲るつもりなんて、ないから…

「っ…!」

 その声が耳に届いた瞬間、御堂はとっさに声を漏らしそうになった。
 だがどうにか堪えて、耳を澄ませて会議室内の人間の会話に
意識を集中していく。

―俺だって、お前に克哉を譲るつもりはねえよ。お前が知り合うよりも
ずっと以前から…俺はあいつに惹かれていたんだって、もうとっくに気づいて
しまっているからな…!

 後から聞こえた方の声は、間違いなく御堂が良く知る…典型的な体育会系の
本多という男のもので間違いなかった。

(何でこのような場所で…こんな会話が…?)

 とも一瞬思ったが、「克哉」という単語が出ている以上…御堂にとって
それは聞き捨て出来ない内容のものだった。
 最初に聞こえた男の声は、御堂にとってはまったく知らない人間の者だ。
 だが彼らが話している内容が…佐伯克哉に纏わるものならば、御堂は
聞かない訳にはいかなかった。

―それは俺も一緒だよ。…俺は一年以上も前から、ずっとうちの喫茶店の
前を通っていく克哉さんに…恋、してた。克哉さんにとって…俺は単なる
仲の良い友達に過ぎない、そういう扱いだって判っているけどね。
 けど…ずっと好きで堪らなかった人を、簡単に諦める訳にはいかないんでね…!

(喫茶店…? あぁ、もしかしてこれは…佐伯君がたまに行くと言っていた
サンドイッチが美味しい喫茶店の若いバイトの男か…? 確か「ロイド」とか
言っていたな…)

 小さな会議室の中で、太一がしゃべっている内容から…御堂は推測を
続けていく。だがやはり…気配は押し殺したままであった。

―それを言ったら、俺だって一緒だ! あいつは大学時代から…キクチに
入社してからずっと一緒に過ごして来た大切な仲間でもあるからな…!
今はこの気持ちを自覚しちまった。だから…後から来た奴に、克哉を
取られるなんて許せないからな…! だから、お前にも負けない。
…大食い大会で、白黒をつけようぜ!

(大食い大会…? あぁ、そういえばその話も少しだが話していたな…。
確か今年はキクチ社内で開催されるクリスマス会でそんな催しごとが
開かれるとかで…本多君が参加する事になったと。興味がなかったので
適当に聞き流していたのだが…)

―あぁ、その大会で負けた方が克哉さんを諦める! そういうルールで…
大会の壇上で決着をつけようよ! その場合…負けたら潔く諦める。
それで良いよね…本多さん?

 そう囁いた、五十嵐とか言う男の声は…不穏なものを滲ませていた。
 だが、その瞬間…御堂は穏やかではない気持ちになった。
 くだらない話だ、そう笑って切り捨てることも出来た筈だった。
 だが…今の御堂は、克哉のことに関してだけは絶対に譲りたくなかった。
 いつから惹かれていたか判らない。
 けれど気づいた時には、彼への想いは御堂の中で強く息づいてしまっていた。
 
(だから彼に関することだけは、私とて…譲る訳にはいかないんだ!)

―あぁ、そこで…決闘だ! お前こそ…負けたら、みっともなく克哉に
付きまとうんじゃないぜ!

 そう本多が叫んだ瞬間、御堂も…その小さな会議室の扉を
勢い良く開けていった。

「その話に…私も加えさせて貰おうか!」

 それはきっと、いつもの御堂から見たら馬鹿な話。
 御堂孝典という…エリート街道を突き進んできたいつもの彼ならば
どれだけ馬鹿にされようと、挑発されようと…そんなバカバカしい舞台の上に
自ら名乗り上げるような真似などしなかっただろう。
 だが、恋は盲目だ。
 絶対に譲れない事の為なら、男は…愚かな行動にしか思えない事でも
時に実行に移してしまう時がある。
 今がこの時だった。大食い大会などという催しごとで…ここで彼を想う
男が二人、雌雄を決するというのなら…この男共を叩き潰さない限りは
御堂の気が済まなかった。
 だが突然の闖入者に、室内にいた二人は驚いて…鳩が豆鉄砲を
食らったような表情を浮かべて、御堂を見遣っていった。

「うわっ! あんた誰だよ!」

「御堂さん!? 何で貴方がここに…?」

「私が誰であるかなど…どうでも良い事だ。だが…私も佐伯君を
想う男の一人であるからな…。君らがそんな密談をしているのならば、
そこに加えさせて貰おう…。確か君らが話していたのは…そこで
白黒ついたならば、佐伯君を諦める…そんな内容だったな?」

 そうして…御堂は腕を組んで、威風堂々とした態度で二人に
対峙していく。
 御堂がその言葉を発した瞬間、彼らの表情もまた驚愕の顔から…
戦いを挑むもののような勇ましいものへと変化していった。
 
―その瞬間、三者の間に…強烈な火花が散っていったのだった―



 

※ 今回は途中、かなり間が開いてしまったので過去のログのリンクも
話のトップに繋げる形で読み返しがしやすいようにしておきますね。

 バーニングクリスマス!                    10 
 
 お待たせしてしまって本気で申し訳ないです。
 これから、一月末までには終わらせるぐらいの気持ちで頑張ります(ペコリ)
 そしてバーニング11…めっちゃ難産でした。ここは絶対に疎かにしちゃいけない
場面なんですが、沢山の人間が集中しているので誰の視点で書くのかメチャクチャ
悩みまして…ここ数日で3パターンぐらい、変えて書いていました…(汗)
 朝までには上げたかったですが、一回書き直ししたので無理でした(苦笑)
 という訳で18日分にしておきます。
 やっと納得いくものが出来たのでアップします。お待たせしてすみませんでした~。

 ―12月に入って、寒さは本格的になり…街中のディスプレイもクリスマスシーズン
真っ盛りを迎えていた。
 その日、大食い大会の出場者の写真撮影をするという事で…何故か克哉も
準備会の人間に呼び出されてしまい、本多と一緒に社内で一番大きな
会議室に足を向けたら、とんでもない話を向けられてしまった。

「…やっぱりオレも参加しなきゃならないんですか…」

 本多に最初に話を盛りかけてきた若い社員が、こちらに対してあまりに
必死に頼み込んでくるので、克哉は深い溜息交じりにそう呟いた。

「…は、はい。何かお二人が推薦した五十嵐さんが参加する事になったのと、
予想外に魅力的な景品を上層部が用意して下さることになって…当初よりも
参加人数が増えた為に、三人一組形式になってしまったんですよ…。
 それで現時点の社内での参加者が16人になっておりまして…6チームを
作るには人数が足りない状況なんですよ。
 すでに片桐さんにオファーを掛けて、参加して頂けることになったので
出来れば八課チームとして…本多さんと片桐さん、そして佐伯さんの三人で
出て頂ければ非常にこちらとしては助かるんですが…」

 目の前で、大食い大会の準備係となってしまった男性が必死になって
頭を下げてくる。だが、克哉はあまり本多と違って大食いという訳では
ないし…やはり、衆人環視に晒されながらというのは非常に躊躇いがあった。

「け、けど…オレはそんなに大食いって訳ではないし…」

「最初に話を持ちかけた時点で、そんな事は判っていますって。けど…
チーム戦にすれば、本多さんという強力な方がいらっしゃるから勝てる
見込みはあると思いますし…優勝者には、一人辺り3万円のギフト券が
贈られるそうですから…悪い話じゃないと思います。
 それに五十嵐さんもそうですが、幾ら大食い大会と言っても…まさに
適役みたいな感じの方ばかりが揃うよりも…華となる人間が混じってくれた
方がバラエティに富んでいて盛り上がると思いますから!」

 そうして、目の前の男性は…克哉に向かって、力説しながら話していく。
 向こうの方で本多が、太一に本日も色々とチョッカイを出されて
ムガーとか、うおお~! と叫んでいる光景がチラリと目に入ったが
今は克哉はスルーをして…暫く考え込んでいった。

(どうしたら良いんだろう…大食い大会なんて、オレは出たってきっと
盛り下げてしまうだけだろうし…けど、この人の真剣な気持ちは汲んで
あげたいしな…)

 克哉は、正直悩んでいた。
 自分のように…本多のように身体が大きくて大食漢でもなければ、
太一のように場を盛り上げる能力もない人間が出たって、却って
盛り下げてしまうだけのような気がしたからだ。
 チラリ…と参加している人間の顔ぶれを眺めていく。

 管理職らしい壮年の頭髪の薄いでっぷりした体系の男性から
可愛らしく華やかで、とりあえず豪華景品に釣られて申し込んで
みたという感じの二十前後の女性。
 中肉中背で大人しそうだが周囲の人間に推薦されてこの場にやって
来たらしい若い男性。
 そして…大食いに自信があるから、自ら意気揚々とやってきた
二十代後半の身体の大きな眼鏡を掛けた女性から…見ている限り
沢山の人間が、様々な動機と思いを掲げてこの場にいる。
 しかし確かに…自分と太一を除いて、「美形」というカテゴリーの
条件を満たす人間はいないのは確かだった。

「…上原さん。本当に…オレが参加して良いんでしょうか…。オレは
大食漢という訳でも、場を盛り上げることも上手く出来ないでしょうし…。
むしろ場を盛り下げてしまうかも知れないんですけど…本当にそれで
良いんでしょうか…?」

 克哉はどこか自信なさげに問いかけていく。
 皆がワイワイと騒ぎながら、景品を貰ったらどうしようとか…絶対に
自分達が勝つぞ! と他チームの人間が意気込んでいるのを見ると
どうしても…こちらとの温度差みたいなのを感じてしまって、逆に自分みたい
なのが出るのが申し訳なくなってしまう。
 だが上原は力いっぱい答えた。

「はあ、凄い人の筈なのに…案外気弱な人だったんですね。佐伯さんって…
それじゃ率直に俺の意見を言わせて貰いますけど…今のキクチ社内においては
佐伯さんと本多さんは、例のバイヤーズの契約を取得してきた凄い人と
いうので注目されていて。他の課の人間からしたら、噂の人間を見る機会も
接する機会もない。
 今現在の佐伯さんは、ただ立ってそこにいるだけでも…十分に場を盛り上げる
力がある人なんですよ。ですから俺もそれを見込んでずっと貴方に声を掛けて
いるんです。もう少し…自分が華となる魅力がある人だという事を自覚
して下さいよ! そうじゃなきゃ…何度も声掛けたりなんてしませんから!」

 目の前の男性が、必死になって声を掛けている姿に克哉は胸を打たれた。
 どんな形でも、こうやって人に求められるというのは嬉しいものなのだ。
 自分が大食い大会になんてミスマッチ以外の何物でもない。
 でも、彼の言うとおり…今の自分は出るだけで場を本当に盛り上げられる存在
だと見てくれているのなら、協力したいと素直に思えた。

(上原さん…必死そうだな。それなら…協力してあげた方が良いな。
本当にオレなんかが出て…少しでも助けになるのか、判らないけど…)

 そうやって、何かを決意したような表情を克哉が浮かべた瞬間…向こうで
本多をおちょくり続けていた太一が、何かを察したらしい。
 とりあえず本多を一旦、ドウドウと言いながら暴走を止めている姿が
目に入った。…本当に気づけば賑やかな関係になってしまっていた。
 上原の今の言葉が、そう遠くない距離にいる太一と本多にも耳に
届いたのだろう。
 二人とも、じゃれあいというかケンカを止めて…真剣な目で克哉を
見据えながら伝えていく。

「克哉さん、出なよ! 本多さんを打ち負かす=克哉さんのチームの
敗北になっちゃうのは俺も少し残念だけど、その代わり…俺の雄姿を
一緒の壇上に上って、近いところで見てもらえるし! そんなにその人が
出て欲しいって言っているなら、出なきゃ男が廃るよ?」

「おう! 俺もお前が一緒のチームに入ってくれるならば…心強いからな!
こいつを打ち負かす姿を、是非間近で見守っていてくれよ!」

「太一…本多…ありが、とう…」

 二人が必死の様子で、一緒に出ることを求めてくれているのが判って
克哉はつい、嬉しくなった。
 どうしても気が乗らなくて、本多に押し付ける形で逃げようとした。
 だが話は気づけば予想外に大きなものとなり、一つの巨大な渦となって
沢山の人を巻き込み始めていた。

「上原さん、オレ…出ます。不束者ですがどうか宜しくお願いします」

「はい、こちらこそ! 宜しくお願いします佐伯さん!」

 しかしその一言を聞いた本多と太一は、瞬間同じ事を思った。

―克哉(さん)、それは嫁に行く時の常套句でこういう時に使うもんじゃない!

 その事を心中で突っ込んだ瞬間、本多と太一は…お互いの目を
見合わせていった。
 二人が顔を合わせたのは、久しぶりのことだった。
 克哉が上原とやり取りをしている間に二人の写真撮影とチーム名を
決定する打ち合わせ、そして簡単なチームプロフィールの作成の作業は
終わってて両者がこの場でやらなくてはいけない作業は全て済んでいる。
 チームの写真は各人一人ずつ、何パターンか色んな角度や
表情で撮影をして、後でポスターを作製する人間がその中で最良と
思われる一枚を使用し、盛り上げるように加工するという流れになっている。

―後、残されているのは…目の前に相手に向かってどうしても言って
おかなければならない…譲れない事だけだった。

 克哉の参加が決定したので、改めて克哉は上原や…他の準備会の
メンバーと打ち合わせを始めていった。
 その表情が、納得した上のものであるのを見届けた二人は…ほっとしたと
同時に、恋のライバルでもある目の前の存在に向き合っていく。

「ねえ、本多さん…ちょっと外に出ない。二人で…改めて話したいことが
あるから、さ。良い…?」

 そう告げた太一の表情は、強気で悪戯っぽいものだった。
 だが目の奥に譲れない、という意思をくっきりと宿している。
 それを見て…本多も固唾を呑んで頷いていく。

「あぁ、良いぜ。ちょっとここから出よう…」

「そうこなくっちゃ!」

 本多が了承すると同時に、太一は元気一杯にそう答えていく。
 そうして二人の姿は克哉の知らない内に…この沢山の人間の思惑が
渦巻く場から、そっと消えていったのだった―

※ 今回は途中、かなり間が開いてしまったので過去のログのリンクも話のトップに
繋げる形で読み返しがしやすいようにしておきますね。
   
    バーニングクリスマス!                     
 
    お待たせしてしまって本気で申し訳ないです。
    これから、一月末までには終わらせるぐらいの気持ちで頑張ります(ペコリ)



 ―12月のある日の夜の事だった。

 御堂孝典は…友人達と一杯飲む為に行きつけのワインバーへと
向かう途中に…以前から気になって仕方なかった存在に電話して
色好い返事をもらえた事に、口元を綻ばせていた。
 現在の時刻は19時。
 街中の街路樹には眩いばかりのイルミネーションが飾り付けられている。
 この時期を迎える頃にはかなり風は冷たくなっているが…代わりに人工の
光が、華やかに街をライトアップしていく。
 今夜はワインを飲む予定の為に愛車は使用せずに、御堂は真っ直ぐに
電車と徒歩を今夜は利用していた。

「…やっと、私の誘いに乗ってくれたか…。随分と長く待たされたものだな…」

 そう言いつつも、御堂は本当に嬉しそうに笑っていた。
 佐伯克哉。いつから…彼のことが気になり始めたのか、御堂自身にも
判らなかった。
 だがあの挑発的な言動でプロトファイバーの営業権を勝ち取り、本来なら
ありえない数字にまで引き上げた売り上げ目標値まで達成させ、あまつの
果てに…バイヤーズと契約を勝ち取り、新規販売経路まで開拓した時点で…
御堂の中で、彼は一目置く存在になった。

 最初の頃はこちらの妨害をものともせずに、目標を次々と達成していく
彼の存在に苛立ったし、ついでに言うと…目障りだった。
 だが、彼とあの身体の大きな本多とか言う男がやり遂げたことは…
偉業に他ならなかった。
 あの新製品の成功は…悔しいが、彼らの力なしでは決して達成される
事はなかっただろう。
 営業期間が終わり、新しい商品のプロジェクトを立ち上げる時…御堂は
彼の実力を認めて、プライドを捨てて協力を仰いだ。
 …小さなことに拘って、大局を見誤ることなど愚の骨頂だとその時点で
察したからだ。

―そして、御堂は…いつしか佐伯克哉に惹かれてしまったのだ

 それで…彼と過ごす時間が長くなればなるだけ、気づけば…当たり前の
ように御堂は佐伯克哉のことを気になり始めて来た。
 それは…ごく自然に、御堂の中で育まれていき…気づけば大きくなって
いてもたってもいられなくなった。
 最近はふとした瞬間に…強烈な色気を感じて、穏やかではない気持ちに
させられる事も多くなった。
 そして先月、御堂は食事に誘い…彼にモーションを初めて掛けた。
 本気の想いと、挑発を込めた深い口付け。
 それから…克哉は時折、こちらを意識したような仕草や態度を取るように
なった。何度も…二人きりの時に、自分の私室で抱こうか…そんな
凶暴な気持ちに陥った事も沢山あった。
 だが、それ以後…意味深にこちらを見つめてくる以上に、克哉の方から
リアクションがなかったから…御堂は正直、焦れ始めていた。
 だからこそ余計に…先程電話して克哉がこちらの誘いを承諾した時、
男は満たされた気持ちになった。

「…ようやく、あの日の私の行動の意味を理解してくれたか…」

 そうして、心から愉快そうに笑みを刻んだ瞬間…御堂はその場に
凍り付いていった。

「な、に…?」

 たった今、彼に電話していた筈だった。
 そして電話している最中…間違いなく、自分の部屋にいると答えていた。
 この場所から彼の自宅まで、最低30分以上は掛かる距離の筈だった。
 通話を完了して…まだ十分も経過していない。
 なのに…どうして、ここに彼がいるのか…御堂は驚愕に目を見開かせていた。

「どうして、君が…ここにいる? さっき…私に、自宅にいると言った
あの言葉自体が…嘘だったと、言うのか…?」

 御堂がたまたま通りかかったジュエリーショップの前に、上質の
黒いコートとスーツに身を包んだ…一人の男が現れていった。
 一瞬、良く似た赤の他人か…別人かと思った。
 だが…顔の造作は紛れもなくさっき電話を掛けていた筈の
佐伯克哉のものであった。
 ただ、一つだけ異なる点があるとすれば、眼鏡を掛けているという事ぐらいだ。
 鋭く冷たい眼差しを浮かべながら、何か掌に乗っている小さなケースを
眺めている姿に…御堂は強烈な違和感を覚えていく。

(どうして…ジュエリーショップになど、君がいるんだ…?)

 しかも手に持っているケースは…指輪かカフス、ピアスなど小物のアクセサリーを
収めるのに丁度良いぐらいのサイズだった。
 目の前にいる長身の男は…かなり不機嫌そうな様子で、手の中に持っている
ケースを睨み付けている。
 その様子にどこか…鬼気迫るものすら感じて、御堂はその場に凍り付いていった。

(…そのケースの中に、何が入っているんだ…?)

 猛烈な好奇心が刺激していく。
 だが…男が纏っている剣呑過ぎる空気のせいで、御堂は今の彼に
声を掛けることは憚られてしまった。
 しかしどうしても御堂は気になって…斜め後ろの位置から、気づかれないように
慎重に彼の傍へと歩み寄っていく。

「…あのバカが。暫く構わない間に…他の男に尻尾を振るような真似を
するとはな…」

(…何故だ…? 君の言っているバカとは…誰を指しているんだ…?)

 その一言を聞いた瞬間、何故か…自分にその敵意が向けられているような
そんな気がしてしまった。
 そんな筈はない。さっき…佐伯克哉は、躊躇いがちとはいえ…こちらの誘いを
承諾した筈だ。
 なのに、それとまったく同じ顔をした男が…苦々しげにその内容を呟いているのを
聞いて…御堂は、背筋に寒いものを覚えた
 殺意にも似た、冷たい空気が男の背中から立ち昇っているのが判る。
 声を、掛けようとした。そして問おうと思った…が、御堂にはどうしても
それが出来なかった。
 その場に両足が縫い付けられたかのように…それ以上、近づくことが
出来なくなる。
 瞬間…佐伯克哉は一瞬だけ、こちらに視線を向けた。

「っ…!」

 御堂は、その冷たい双眸を目の当たりにして…心臓が凍るかと思った。
 あまりに冷たい空気を纏う今の克哉の眼差しは、まるで鋭い刃のように
凶悪な美しさを秘めていた。
 何も、言葉を紡げない。ただ、冷や汗が背筋にツウっと伝っていった。

「…あんたか。じゃあな…」

 そしてさっきまで丁寧に電話口で応対していたのが嘘のように感じられる
ぐらいに、ざっくばらんな様子で…そう言い捨てて男はその場を後にしていった。
 御堂は、暫く戦慄のあまりに身動きを取ることすら出来なかった。

「…佐伯克哉。君は、一体…?」

 御堂は、本気で疑問に思いながらそう呟き…暫くその場に立ち尽くしていく。
 瞬く間に眼鏡を掛けた佐伯克哉の姿は消えて、御堂だけが取り残されていった。
 あまりに深い謎を残して…彼は立ち去っていく。
 その日、御堂の中に…更に強い佐伯克哉への興味と、疑念がその一件を機に
生まれていったのだった―
 
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  克哉は電話を受け取った後、もう一度改めてベッドの上へと横になって
仰向けになって寝そべっていった。
 室内の明かりは完全に落としていたので辺りは真っ暗だった。
 だがどれだけ長く目を瞑っていても一向に眠気が訪れてくれなかった。
 そうしている内に…克哉の脳裏に、一つの出来事の記憶が浮かび上がっていった。

 ―それは一ヶ月前の出来事だった。

  克哉は、暫くもう一人の自分が現れてくれなかった事に焦れ始めていた。
  秋の初め、人肌が心地よくなり始めた頃からは…気まぐれにしか現れない
眼鏡のことに、不満を覚え始めていた。
  会いたい、と自分ばかりが思っている現実に苛立って。
  そのモヤモヤした感情をどう発散させれば良いか…判らなかった。
  太一だけではなく、その時期…御堂からも、何かと接触を求められるように
なっていた。
  本多と協力して、バイヤーズの契約を勝ち取ったことがキッカケで…
プロトファイバーの営業が終わっても、MGNとの繋がりは残り続けた。
 その後、御堂が新しいプロジェクトを立ち上げることになって、新しい商品を
引き続き営業八課の方で担当して貰いたいと…そう申し出があってから、克哉は
御堂と仕事上での付き合いは続いていたのだった。
 その関係が、丁度変化を迎えた日のことだった。

 珍しく御堂に食事に誘われ…ワインを飲みながら会話を楽しんだ。
 タクシーを手配して、こちらを自宅のマンションまで送ってくれた帰り…
克哉は、御堂にさりげなくキスをされた。
 それは唇に、一瞬掠める程度のものだったけれど…それが、どういう意図で
されたものなのか判らないほど…克哉は鈍くなかった。

 どうして、ととっさに口を開きかけた。
 『私の意図が判らないほど、君は鈍いのか…?』とその前に逆に
問いかけられた。
 そして…両手首を掴まれて、深いキスをされた。
 …抵抗は、殆ど出来ないままだった。
 久しぶりに誰かの腕に包まれた瞬間…自分がどれだけ、人肌を求めて
いたのかを思い知らされた。
 背筋がゾクゾクとするぐらいに官能的なキスを施されて…克哉は限界寸前まで
焚き付けられていった。
 腰が砕けそうになりながら、「今夜はここまでにしておこう…」と告げて御堂は
さっさと待たせていたタクシーの元へと戻って、帰っていってしまった。

―もう一人の自分が、克哉の部屋の前で待っていたのは…そんな夜の事だった

 部屋の中には明かりが何も灯っていなかった。
 暗い室内に…彼が愛用しているタバコの紫煙だけが静かに立ち昇っていた。

『…どう、して…』

 自分のベッドの上に腰をかけて待っていた眼鏡の姿を発見した瞬間、
克哉は後ろめたさの余りに…眩暈すら感じてしまった。

『…俺がお前に会うのに、いちいち事前にアポでも取らなければ
ならないのか…?』

 不愉快そうに、もう一人の自分が答えていく。
 たった今、別の男に深く口付けられた直後に…もう一人の自分と遭遇
してしまったせいで、克哉はその夜…真っ直ぐに相手を見れなかった。

(何で、よりにもよって…今夜、オレの部屋にいるんだよ…!)

 心の底から克哉はその事実に呪いたくなってしまった。
 ずっと会いたいと焦がれていた。喉から手が出るぐらいに…相手が目の前に
現れてくれることを願い続けていた筈だったのに…さっき、御堂にキスをされて
感じてしまったという事実が、克哉の胸に深く影を落としていた。
 きっと…あんな深いキスをされた直後でなければ、もっと…口でなんだ
かんだ言いつつも…もう一人の自分が現れてくれた事を喜べただろう。
 だが、今の克哉は素直にそれを喜べなかった。
 逆に胸が締め付けられそうになるぐらいに…苦しくて、仕方なくなっていた。
 もう一人の自分が…こちらの心を射抜くように、瞳を見つめてくる。

―夜の闇の中でもゾっとするぐらいに美しく輝くアイスブルーの双眸

 その冷たい輝きに、己の心まで暴かれてしまいそうだった。
 眼鏡は何も言わなかった。
 ただ…その目が、さっきの出来事を責めているような…そんな気がして
克哉は知らず、涙を零していた。

『…どうして、泣いている。そんなに…今夜、俺が現れたことがお前に
とっては…不愉快だったのか?』

『違う…そんな、訳ない…!』

 けれど、顔をクシャクシャにしながら必死になって否定をしても
何も相手には伝わらない。

『…なら、どうして…お前は泣いているんだ…?』

『あっ…』

 相手がこちらの頬をぬぐうような仕草をされた時、克哉自身はやっと
その時に自分が泣いている事に気づいた。

『…そんなに、俺が来るのが…嫌だったのか…?』

『違う…って、言っているだろ…』

 けれど、この夜…今までにないぐらいに…切なくて悲しい雰囲気が
自分達の間に流れた。
 普段のように、嫌がってジタバタと暴れるような真似は克哉はしなかった。
 けれど…微妙に、もう一人の態度も違っているように思えた。
 腫れ物に触れるような、そんな空気がどこか悲しかった。
 否定するように、克哉は自ら必死になって相手の身体にしがみついて
訴えていった。
 それでようやく…もう一人の自分が積極的に、こちらの身体に手を
這わし始めていった。
 だが…その夜はいつもと違って、もう一人の自分は余計なことを
殆どそれ以後…口にする事なく、黙ってこちらを組み敷いていった。

 その後、自分たちは無言のまま…肌を重ね続けた。
 何もお互いに、言えなかった。
 快楽で身体は熱くなっている筈なのに、苦しくて悲しくて。
 ただ克哉は泣きながら…無言で攻めてくるようなもう一人の自分の
愛撫に身を委ねていった。

―その原因となった御堂の誘いに、克哉は一ヵ月後乗ってしまった

 それが間違っていると判っていても。
 けれど…あの日、その事を言わずに黙ってもう一人の自分に
抱かれたことが克哉の中で重荷になってしまった。
 いっそ、その事実が暴かれて何か言われて責められた方がよっぽど
楽だと思った。
 ジクジクジクと…克哉の中で、日増しに黒いものが広がって心の
中を徐々に侵食していく。
 何度もベッドの上で寝返りを打っていく。
 そうして…何度も身体を反転させている内にようやく眠気が
訪れようとしていた。

「ねえ…『俺』…お前にとって、オレは…何なんだよ…。お前は、どうして
そんなに冷たくて…何も言って、くれないんだよ…」

 泣きながら、克哉は脳裏にもう一人の自分の姿を思い浮かべていく。
 あいつは、あまりに言葉が足りない。
 あんな風に自分を抱く癖に、どう思っているのか一言も口に発して
くれない。だから克哉の不安は日増しに強まっていく。
 …自分でも、制御が出来ないぐらいに…。

「好き…なのは、オレだけ…なの、かな…」

 あいつの事を思い浮かべるだけで、涙が最近は浮かぶようになった。
 好きだから、相手の行動が…言動が、ささいなものでさえ気になっていく。
 一言で良い、好きだと言ってくれたら。
 こちらが安心出来るように、暖かい仕草や…優しさを感じることが
出来たのならば、きっとここまで黒いものが広がったりはしない。

「…オレだけが、お前を好きなのは…悲しい、よ…。オレのことなんて、
何とも思っていないのなら、もう…抱かないで、くれよ…」

 抱かれる度に、心が引き寄せられてしまうのが辛い。
 相手の熱をこんなに自分が求めているのに、あいつの中にそういった
想いが何一つないのなら…悲しすぎるから。

「ねえ、『俺』…」

 そう、もう一人の自分の事を思い浮かべていきながら…克哉は
ギュっとシーツを握り締めて、ゆっくりと眠りに落ちていく。
 ようやく訪れた眠気によって、深い所へ意識は誘われていく。

―夢も見ないぐらいに深く、泥のように眠っていった

 そうして…緩やかに、道を克哉は踏み外し始めていく。
 その動機が…もう一人の自分への想いから発しているだけに
とても悲しいものがあった―

 ※ 今回は途中、かなり間が開いてしまったので過去のログのリンクも話のトップに
繋げる形で読み返しがしやすいようにしておきますね。
   
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―佐伯克哉は、一日の業務を無事に終わらせると…どこか浮かない
表情を浮かべながら自分のマンションへと帰って行った。
 帰宅早々、一日の疲れをシャワーを浴びて流していっても…本日の
克哉の顔はどこか憂いを帯びたままだった。

「はあ…疲れた、な…」

 深く溜息を吐きながら、パジャマに袖を通して…ベッドの上へと
ダイブしていった。
 ギシ、と大きな軋み音を立てながら…克哉の身体はシーツの上へと
沈んでいった。
 そのまま幾度もゴロゴロと転がってみせたが、まったく気持ちが晴れる
気配を見せない。
 むしろ…心の中のモヤモヤは、刻一刻と広がっていくような気がした。

(何か気持ちが…すっきりしないよな。原因は…判り切っているけれど、
オレからはどうしようもない事だし…)

 心の中に、くっきりと浮かぶ面影がある。
 …その存在は、最初に出会った時は…好意とかそういうものと無縁な
筈だった。なのに…今では、克哉の中から決して消えることはない。
 それが悔しくて堪らなくて…つい、無意識の内に唇を噛み締めてしまっていた。

「…お前は、いつまでオレを放っておくつもりなんだよ…。気まぐれに
顔を出して、オレを好き放題に扱って…。もうじきクリスマスだっていうのに
全然音沙汰もなくて…会いたい時に会うことも、連絡手段も一切ないままで…」

 このベッドの上に寝っ転がっていると…どうしてもあいつのことばかり
鮮明に思い出してしまう。
 何度も、このベッドで抱かれた。だから…横になると、どうしたって…思い出すのは
あいつとの情事の記憶ばかりで。
 吐き出されないイライラが…即物的な欲望へと変換されて、知らない内に…
身体の奥が疼いて堪らなくなってしまった。

「はっ…あっ…」

 ジリジリジリ、と身の奥を焼く衝動が背骨の辺りから競り上がってくるようだった。
 悩ましい声を零しながら、克哉はゆっくりと…己の下肢へと指先を伸ばしていく。
 まだ柔らかみを帯びたペニスの先端をゆっくりと握り込んで、自分の欲望を
徐々に育てていく。

「んっ…あっ…『俺』…」

 もう一人の自分がこちらを抱く時の手順を、ゆっくりと思い出しながら
己の性器を弄っていく。
 だが…彼に扱かれている時のような、鮮烈な快感はどれだけ指を激しく
蠢かそうとも感じることはなかった。
 まるで性質の悪い麻薬のようだ。
 あいつがこちらを抱く、あの強烈な快感は…克哉の理性をいつだって強烈に
焼いて…決して忘れさせてくれない。
 抱かれる度に、募っていく想い。そして…苛立ちが、少しずつ克哉の心を
日々苛んで…荒ませていく。

―以前と変わらない笑みを浮かべているつもりでも、無意識の内に
それは男を誘う色香へと変わっていく

 自らを慰めて、呼吸を乱していく克哉の顔が…耳まで朱に染まって実に
艶かしいものへと変わっていく。
 それをきっと…本多や太一が見ていたら、きっと虫が甘い花に惹かれるように
彼を貪るまでその手が止まることはないだろう。
 それぐらいに…強烈な色気を、今の克哉は醸すようになっていた。
 以前であったなら…克哉が男である事が歯止めが掛かっていた。
 だが…思い悩み、そして強烈な快楽をもう一人の自分の手によって知ってしまった
今の克哉は…男女問わずに、他の人間を惹き付けるようになってしまった。

 彼の掌の中で、グチャグチャ…と厭らしい音を立てながら、熱いペニスが
徐々に育って硬度を増していく。
 夢中になって、胸の中に巣食う…ドロドロしたものを、快楽と一緒に
吐き出して少しでも楽になりたかった。
 けれど…浮かぶのは、もう一人の自分の顔ばかり。
 会いたくて気が狂いそうなぐらいなのに…どうやってコンタクトを求めれば
良いのか判らない存在。

「会いたい、よ…『俺』…! もう、一ヶ月も…お前に…」

 半分、切なさの余りに涙を浮かべながら…克哉がどこか苦しそうに
眉を顰めていった。
 唇は仄かにピンクに染まり、口元から覗く舌先が妙に淫らな匂いを
発していた。
 去年は、こんな想いを抱くことはなかった。
 11月の下旬ともなれば…都内ではあちこちで、クリスマスの気配を
漂わせ始めていく。
 それを目の当たりにしたから…今年は、克哉の中で不安が生じて
しまったのかも知れない。
 
 都内の各所で灯る鮮やかなイルミネーション。
 そして夜、街を歩くと…楽しそうに寄り添い歩く恋人たちの姿。
 それらを連日、見かけるようになって…日増しに強まっていく想い。

―自分も、あんな風にもう一人の自分と過ごしたい。楽しそうに
笑いあいながら…彼と、クリスマスを過ごしたいと…そんな気持ちが
ここ数日、膨らんでしまっていた…


(そんな事…あいつに求めたって、無駄だって判っているのに…。
どうして、オレは…こんな事を願ってしまっているんだろう…)

 克哉は、悔しくて…うっすらと目元に涙を浮かべていく。
 あいつは、気まぐれに自分を抱いているだけなのだ。
 セックスにそれ以上の意味なんて、きっとない筈なのに…何度も
身体を重ねていることで、自分の意思と関係なく…この想いは育って
しまって、いつしか制御が効かなくなってしまっていた。
 楽になりたくて、克哉は夢中で己の性器を扱いて…快楽を引き出していく。
 彼の手の中ではち切れんばかりに膨張し、大量の先走りが幹を
伝って…彼の手をグショグショに濡らしていった。

「はっ…うぁ! 『俺』っ…!」

 ついに限界を迎えて、大量の白濁を己の掌の中に吐き出していった。
 荒い呼吸を漏らして、暫くベッドシーツの上でぐったりとなっていく。
 頭に昇っていた血がやっと下がってきて…理性が戻ってくると、克哉は
余韻に浸るよりも…虚しさだけを痛烈に感じていった。

「…どうして、会いに来て…くれないんだよ…」

 力ない声で、克哉が呟いていく。
 こんな宙ぶらりんの不安定な気持ちでは…本当に自分は、
近い内に間違えてしまいそうだった。
 最近、無意識の内に…身近にいる人間を誘いそうになる自分に
ゾっとなりそうだった。
 …誰でも良い、自分を抱きしめて欲しいと。何もかも忘れるぐらいに…
あいつがしているみたいに、自分をグチャグチャに犯して欲しいと…そんな
浅ましいことを考え始めている自分が、確かに存在している。

(いつまで…オレを放っておくつもりだよ…。お前の顔も見れないまま…
クリスマスを迎えたら、きっと…オレ…耐えられない気が、する…)

 ポロポロと…克哉の意思と関係なく、透明な雫が頬を伝っていく。
 きっと、本多や太一、そして…御堂にまで、思わせぶりな態度を取っている
自分の行動はきっと、最低なことなのだろう。
 けれど…自覚はあっても、今は克哉は…自分のそんな暗い感情を
コントロールする事が出来なくなる時があった。
 必死に笑って、その一面を表に出すまいと努力はしている。
 けれど…それでも、もう一人の自分を求めて飢えている我侭な心が…
寂しさのあまりに暴れて、徐々に制御を失いつつあった。

「…どうしよう。オレ…このままだったら、間違えてしまうかも…知れない…」

 ブルっと肩を震わせながら、その予感に戦慄を覚えていく。
 やっと荒い呼吸が平静なものへ戻っていくと…枕元に置いてあった
ウエットティッシュを2枚ほど取って、掌を清めていった。
 それとほぼ同時に…近くの机の上に置いてあった携帯から、呼び出し音が
響いていった。

「電話だ…この、着信音は…」

 克哉は、親しい間柄の人間には一回聞けばその人物から来たとすぐに
判るように専用の着信音を設定している場合があった。
 だから…すぐに彼にはその電話が誰からなのか判ってしまった。
 オズオズとした仕草で、通話ボタンを押して…克哉は声を絞り出していく。

「…もしもし、佐伯ですが…お久しぶりです…」

 そうして、克哉が緊張した声で答えていくと…電話口で相手が、くぐもった
笑い声を噛み殺していくのが判った。
 相手の声に、今までと違って…即物的なものを感じる。
 だがそれでも、克哉は拒む様子を見せなかった。
 恐らく…今夜の相手の誘いに乗れば、どういう流れになるのか…判り切っていても
それでも、克哉は素直に相手の要求に応じて、約束を交わしていく。
 暫く、電話を通して…その人物とのやりとりを続けていく。
 全てが終わると、小さく克哉は頷いてみせた。

「…はい、それで構いません。それでは…来週の週末に、そこで…」

 そう克哉が応えると、相手は満足そうな笑い声を漏らしながら通話を
切っていった。
 それに習って克哉も携帯の通話ボタンを押して会話を断ち切っていくと…
どこか空虚な眼差しを浮かべながら、小さく呟いていった。

「…これは、最後の賭けだな…。もしその日までにあいつが…オレに対して
何の嫉妬もせずに、止めもしなかったら…その、時は…」

 それは、追い詰められてしまったから取ってしまった最終手段に
限りなく近かった。
 どんな形でも、克哉は答えをすぐに欲しいと思ってしまった。
 だから…こんな己を追い詰めるような、愚かしい行動に出てしまったのだ。

―あいつへの想いを、諦めよう…

 そんな悲痛な覚悟すらしながら、克哉の気持ちは来週の週末へと
向けられていく。
 その中で幾人もの想いが…自分を中心に、交差している現実を…この時点では
克哉はまったく自覚していなかったのだった―
 
 
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プロフィール
HN:
香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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