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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第十三話  幸せな夢1』   『佐伯克哉』

 耐え切れないくらいの胸の痛みを紛らわす為に、青年は一時夢を見る。
 現実を直視すれば、その罪悪感で…自分は更に弱っていくだけだと思い知らされた
彼は…早く回復する為に全てを閉ざし…幸せな夢だけを再生していく。
 罪悪感は人をもっとも弱らせる感情だから。
 それに縛られて雁字搦めになっている内は…もう一人の自分には決して敵わない
事を思い知らされた今は…少しでも早く自らの魂を癒すために眠り続ける。
 
 今、再生されている夢は…プロトファイバーの営業目標が引き上げられた辺りの
頃の…帰り道で起こった出来事だった。
 幾ら眼鏡の力があったとしても、本当に達成出来るのか不安ばかりが渦巻いていて。
 トボトボと頼りない足取りで帰路についていた日のことだった。
 会社から最寄り駅へ向かう途中の道のり、たまたま配達中だった太一に
ばったりと遭遇したのだ。
 
『克哉さ~ん!』

 こちらに気付くと明るいワンコのような人懐こい笑顔で太一が駆け寄ってくる。
 喫茶店ロイドでは…たまに一部の常連客の要望を聞いて、太一が配達を承る
事があった。
 その帰り道に克哉に会えた事が嬉しかったのだろう。
 太一は心から嬉しそうな笑顔を浮かべて克哉に近づいて来てくれた。

(あ…何か、凄く嬉しいかも…)

 自信を無くしかけている時、無条件の好意に触れると人は元気づけられるものである。
 辛い現実に打ちのめされたばかりの克哉にとって…今の太一の笑顔はとても
嬉しいものだった。

「太一…こんばんは。配達中だったの?」

「うん、そうそう! この辺りまで配達させられるのって…結構面倒で気が進まない
んだけどね~うちの店ってこういうサービスやっているからどうにか持っているような
寂れた店だし。…一応アルバイトの身としちゃ、逆らえないからね…」

「まあね。オレだって…たまに仕事とは言え、会社から随分と遠い会社まで営業しに
行かないといけない時は面倒だなって思っちゃうからね…。その気持ち、良く判るよ…」

「へえ…克哉さんみたいに真面目な人でも、そんな風に思っちゃう時があるんだ。
それなら俺みたいにいい加減な奴なら…尚更そう感じちゃうんだろうな…」

「コラコラ、ちゃんと真面目に仕事をしなきゃ…ダメだって。それでお金を貰っている以上
いい加減な事しちゃダメだからね」

 クスクス笑いながら、いい加減な事を言っている太一を窘めていく。

「うへ~やっぱり? 克哉さんに怒られちゃったなら…俺もちょっとは真面目に
やろうかな。あんまりみっともない姿を見られたくないしね~」

「ちょっとは…じゃなくて、真面目にやりなよ。太一…店での仕事ぶりを見る限りじゃ
仕事出来ない訳じゃないみたいだし。むしろ…本気になれば要領良くやれる方だと思うよ」

「うん…そうだね」

 図星を指されて、少しだけ太一はドキリとした。
 克哉の指摘は何気なかったけれど…事実を言い当てていたからだ。
 自分は確かに、その気にさえなれば…一通りの仕事はこなせるし、出来るぐらいの器用さは
持ち合わせている。
 だが…それをたまにしか来ない克哉が見抜いている事に、青年は驚いているようだった。

「…そういえば克哉さん、今日…何かあったの? 何か暗い顔しているみたいだけど…」

 話題を逸らしたくて、太一が今度は克哉の表情について指摘していく。
 その途端に克哉の優勢が崩れ始めていく。
 他愛無いやり取りで紛らわせていた胸の痛みと燻りのようなものが…また、ジワリと
広がって克哉を苛み始めたからだ。

「えっ…うん。ちょっと会社の方で嫌なことがあってね。それで…本当に達成出来るかなって
不安になっている部分があるんだ…」

「そうなんだ。…やっぱり、マトモな会社に勤めるって大変な事なんだね。克哉さん…今日は
本当に浮かない顔しているからね…」

「うん…」

(本当は全てを話せたら、すっきりするんだろうけどね…)
 
 だが、同じ会社の人間である本多や片桐、八課の仲間たちならともかく…太一はあくまで
自分のプライベートな友人に過ぎない。
 そんな彼に…今日起こった事の詳細をベラベラと話していいものなんだろうか…? と自問
自答を繰り返していく。

「ちょっとね…高い営業ノルマを上の人から課せられてしまってね。それを本当に
達成出来るのか…不安になっているんだ…」

 一緒に駅まで歩いて向かいながら、どうにか…それだけを重い口調にならないように
して…サラリと話していく。
 それを聞いて…太一は何か考え込んで…いきなり、道の途中にあったパワーストーンの
店に勢い良く飛び込んでいった。

「た、太一…?」

 相手の脈絡のない行動に、かなりびっくりしてしまう。
 すると一分もせずに会計を終えて店から出てくると…いきなり紙の包みをこちらに
突き出してきたのだ。

「はい…克哉さん。これあげるよ」

 とびっきりの人懐こい笑みを浮かべながら太一がこちらに手渡して来た。

「な、何…これ?」

「ん? 今買ってきた商売繁盛のお守り。何か緑の石がついていたストラップっぽい
奴だったんだけど…良かったら貰ってよ。そんなに高いものじゃなかったし…」

「えっ…でも…」

「もう! こういうので変な遠慮はなしにしなよ! 俺は…克哉さんの営業が上手く
行ってくれますように…って願いを込めてこれを贈ったんだからさ。素直に受け取って
くれた方が嬉しいんだよ! それくらい判って?」

「う、うん…判った…ありがとう…太一」

 びっくりしながらも、相手のささやかな気持ちが嬉しくて…つい顔が綻んでしまう。
 太一といると、いつもそうだった。
 いつもネガティブな事ばかり考えてしまう自分にとって、ポジティブな考え方を
している彼に励まされたり、気付かされる事がとても多くて。
 それでいつの間にか気持ちが軽くなって…助けられている事が多かったのだ。
 値段にすれば…大した事がない安物のストラップでも…あの時、落ち込んでいた
自分は確かにそんなささやかなプレゼントに力づけられていて。

 今思えば…そんな他愛ないやり取りを繰り返している内に、自分の中で太一は
どんどん…大切な人になっていったのだと思う。
 だから克哉は…幸せな夢に浸りながら、涙を同時に流していく。
 大事な人に…あんな仕打ちをしてしまった事に。

 その事実が…どうしようもなく痛くて。
 けれど…早く表に出れるようにならなければ、まずどうしようもない事だから…。
 だから彼は夢を見る事を選択する。
 もう一人の自分と争っても、勝ち目がない事はすでに証明されてしまったから
無駄な消耗をするよりもコンディションを整える方が近道だと判断したからだ。
 生命力が極限まで落ちてしまった自分に取れる唯一の手段が…今はこれしか
見出す事が叶わないから―
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  『片桐稔』


 あの不幸な一件から、二週間以上が経過したある日。
 病院側から連絡を受けて、僕と本多君は通常業務を終えると真っ直ぐに
彼が入院している病院へと駆けつけました。
 二週間ぶりに起きている佐伯君の姿を見て…色んな意味で、嬉しくて…助かって
良かったと心から思えて…気付いたら、僕も本多君も涙ぐんでいました。
 そんな僕らの様子を見て、佐伯君は凄く呆れたような…驚いているような複雑な
表情をしていましたけどね。
 
「…お前たち、俺が助かったぐらいで泣く程の事か…?」

「…当然だろ! お前が刺されたって知らされた日から…俺と片桐さんが
どれだけ心配し続けたと思っているんだ! 馬鹿が…!」

 本多君は怒ったような顔をしながら佐伯君に食って掛かっていましたけれど…
その目元が微かに微笑んでいた事は確かでした。
 …本当に良かった。佐伯君は今では…我が八課に欠かすことが出来ない
重要なエースですからね。
 彼がいたからこそ、プロトファイバーのメチャクチャな営業目標を達する事が
出来たのだと僕は信じています。

 …確かにこの一件で強引なやり方をしていて、一部で彼が反感を買ってしまって
いるという良くない噂も幾つも耳にしましたけれど。
 ですが…僕にとって、どんな佐伯君でも…この三年間を共に過ごしてきた
かけがえない部下であり、仲間なんです。
 …何となく以前と雰囲気が変わったな~と思う事は最近多くなりましたけどね…。

「…そうか、お前達は…『俺』が目覚めても…喜んでくれるのか…」

 その瞬間、フッと…佐伯君の顔が大きく翳ったように見えました。
 僕の気のせいでなければ…とても、悲しそう…な表情に映ったんですが…
気のせいなんでしょうか。

「…そんなの、当然じゃないですか…僕にとって…君は大事な仲間であり、
部下なんですから…」

「…あんた、本当におめでたい男なんだな。良くそんな恥ずかしい事を…照れも
せずに真正面から言えるもんだな…」

「克哉っ! お前…片桐さんに対して何て連れないことを言っているんだ!
片桐さんは本当に…お前の事を心配し続けていたんだぞ!」

 本多君が佐伯君に食って掛かりますが、彼の方は涼しい顔して受け流しています。
 …何か久しぶりにこんな彼らを見て、ほっと出来る部分がありました。

「良いんですよ…本多君。きっと佐伯君も照れくさくて…そんな事を言って
いるんでしょうから…」

 ニッコリ笑いながら言うと、本多君はしぶしぶと言った感じで佐伯君から
手を離しましたけどね。
 肝心の佐伯君の方は…微妙そうな顔をしていました。
 …そんなに場に似つかわしくない発言をしてしまったんでしょうかね…僕は。
 次の瞬間、本多君の携帯電話が鳴り響き…彼はディスプレイに表示される
番号を見てぎょっとなっていました。
 
「あっ…ヤバイ! 取引先からの電話だ…! 片桐さん、すみません…俺は
そろそろ向こうに直接赴かないと間に合いそうにないんで…先に失礼します!」

「はい…どうぞ。僕に気にしないですぐに向かって下さい。本日はそのまま
直帰しても構いませんから…」

「ありがとうございます! じゃあお言葉に甘えて…あっ、克哉。後でお前の方にも
メールするから…絶対返信しろよ! じゃあな!」

 そう残して…本多君はそのまま凄い勢いで病室を駆け出していきました。
 若い人って本当に元気ですよねぇ。

「…あいつ、ここが病院だっていう事を失念しているんじゃないのか…? 携帯を
マナー設定にもしていないし…。それに俺は今朝まで意識を失っていたんだから…
携帯も電池切れ起こしている上に、充電器すらないんだぞ…。それでどうやって
返信しろというんだ…?」

「…あ~…まあ、それは…本多君、ですから…」

 本多君って行動的で営業マンとしては確かに有能なんですけど…時々、そういう点で
気が利かない部分があるのは事実なので…僕もフォローしきれませんでした。

「佐伯君…そういえば、身体の方は大丈夫ですか? 今朝まで…二週間ほど
眠り続けたままだったんですし…起きているの、そろそろ辛くないんですか…?」

「…いや、まだ大丈夫です。…こんな中途半端な時間に寝たら、後で眠れなくなりそう
ですし…」

「…本当に、ですか? 何か疲れているように見えるんですけどね…」

 そう、僕の見る限り…本多君がいなくなった直後から…彼の顔に色濃い疲労の
ようなものが感じられました。

「久しぶりに人と長く話していたから…でしょう。片桐さんもそろそろ…帰られたら
どうですか? 俺みたいな病人と話しても…退屈でしょうから。この二週間眠り
続けていたせいで…話題にも少し乏しくなっている部分がありますしね」

「…そんな事、はないですよ。僕は…佐伯君と久しぶりに話せただけで…
充分に嬉しいですから…」

 本心からそう言うと、佐伯君は苛立ったような…こちらの言葉を信じられないと
訴えるような疑うような眼差しを向けて…そして押し黙りました。
 何となくその姿が痛々しく感じられた次の瞬間…彼は辛そうに眉根を顰めて…
胸を押さえて、苦しそうに息を乱していったのです。

「佐伯君っ!!」

「くっ…うぅ…!」

 もしかして、傷口が傷んだのでしょうか…?
 やはり目覚めたばかりの彼に無理をさせてしまったんでしょうか…?
 暫くオロオロしていると、ふと奇妙な事実に気付きました。
 …彼は腹部を刺された筈なのに、今…押さえているのは胸元なのです。
 そのズレに違和感を覚えながらも…苦しそうにしている彼の元に駆け寄り、
必死になって呼びかけました。

「佐伯君! 佐伯君…! 辛いのならすぐにお医者さんか…看護婦さんを呼んで
きますよっ!」

「…いや、良い。…大した、事じゃない…から…。単なる、忌々しい…発作、みたいな
ものだ…。時間が経てば…落ち着くから、騒ぎ立てないでくれ…」

 そう言う…彼の顔にはうっすらと冷や汗すらも滲んでいて…とても平気そうには
見えませんでした。

「発作って…佐伯君、持病…何か、ありましたっけ…?」

「あぁ…一応、な。それが起こると…こうやってたまに胸が引き攣れるみたいに
苦しくなってくるんだ…。古傷が痛む…ようなものだ。あんたにも…思い出したくない過去や
辛い記憶があるだろ…? それが溢れてくるような…ものだ。だから…言うな」

 そう聞いて、納得しました。
 …確かに僕にも、そうやって堪らなく胸が苦しくなったり痛くなったりする時があります。
 そして彼は…それを僕の前で出してしまったからこそ…こんなに忌々しそうにしているのだと
いうのも何となく察しました。

「大丈夫、ですか…?」

「頼むから…向こう、行っててくれ。こんな姿を…他の奴に見られたくない…!」

 そういって、怒りを宿しながら…彼は僕を拒絶する態度と言葉を放ちました。
 ですが…こんな風になっている佐伯君を放っておける筈がありません。 
 手負いの獣…と言った感じの刺々しい雰囲気の佐伯君にそう言うのは
かなりの勇気がいりました。
 怒っているような鋭い眼差しを向けてきましたが…こちらも怯える訳にも
引くわけにも行きません。
 ぎゅっと彼の手を掴んで…真っ直ぐに瞳を睨んでいきました。

「…ちっ! 体調さえ万全なら…こんな真似されたら、目にモノを
見せてやれるのに…!」

 こちらの態度に、明らかに佐伯君は怒っていました。
 ですが…不安そうな顔を浮かべて、強がっているような人を
放っておける訳がないじゃないですか…!
 寂しい時は、誰かがいた方が…安心出来るものじゃないんですか?
 仲間って…こういう時に手を差し伸べる為にいるんじゃないですか?
 僕は…確かに頼りないけれど、傍にいて…手を握って一緒にいる
くらいの事は出来ます。
 だから…僕は暫く…手を握った状態のまま、佐伯君の傍に
ずっと居続けました。
 …やっと彼の呼吸とか、態度が落ち着いた頃…グラリとその身体が
思いっきりベッドの上に崩れ落ちたのには本当にびっくりしましたけどね…。

「わわわっ! 佐伯君っ!」

 ベッドの外に落下しそうになる彼を寸での処で支えて、どうにか苦労して
寝かしつけてあげると…やはり彼は、どこか苦しそうな顔をしていました。

(何があったんですか…? 佐伯君…?)

 何となく僕の知っている佐伯君と、時々態度が違っている事が最近は
何度かありましたが…今の彼は何か、辛い事を必死になって一人で
堪えているような…そんな痛々しさがありました。

 そういえば…さっき、この病室に向かう途中…エレベーターの中で一緒になった
看護婦さん達が声を潜めて噂話をしていたんですが…本日の午前中に、佐伯君の
病室に誰かが侵入してちょっとした騒ぎになったそうなんです。
 …どうやら、誰かの叫び声が聞こえたと同時に…どこに隠れていたか判らないんですが
黒服の男性達が一斉に彼の病室に飛び込んで来た…とか。

 其処で何か大きな騒ぎが起こった訳ではないんですが…威圧感がある男性たちが
何人も物陰から現れたとの事で患者達がびっくりしてしまい…少々問題になってしまった
ようなのです。
 面会時間外に誰かが尋ねて来た事も、強面の男性達が病院内に潜んでいたというのも…
どちらも病院側としては頭が痛い問題ですよね。
 お医者さんや…看護師さんたちに深く同情してしまいますよ。

 それ以前に…腹部を刺されてしまった事と言い、佐伯君が何か…大きな事に
巻き込まれてしまったんじゃないか。
 その不安が…ずっと、あの日から僕の中に渦巻いていました。

「…僕じゃやっぱり、頼りなくて…相談に乗る気なんて…起こらない、ですよね…」

 その事実が悲しくて、彼の寝顔を眺めながらつい…ぼやいてしまいました。
 ほんの少しでも…君の心の負担を軽くする事が出来れば良いのに。
 僕に手助け出来ることがあれば良いのに…。
 そんな事を思いながら、彼の呼吸が落ち着く頃まで…傍らで、そっと見守り
続けました。
 
 ねえ佐伯君…どうして、君はそんなに苦しそうな顔を浮かべているんですか…?
 いつか僕に話してくれる日が少しでも楽になってくれたら良いのに…。
 そんな事を考えながら、僕は…完全に日が暮れるまで…病室で一緒に
過ごしたのでした…。
『Mr.R』

 目の前にはどこまでも白い花畑と、澄んだ青空が広がっておりました。
 それは…まるで、人々の間で語り継がれた天国―又は楽園をそのまま体現したかの
ような美しい光景でした。
 柔らかな風が吹き抜けると同時に、ヒラヒラと白い花びらが舞い散ります。
 ほら…見て下さい。
 この地に降り注ぐ太陽の光もどこか優しくて…非常に過ごしやすい気温でした。
 
「まさに…楽園と言った感じですね…」

 感心したように呟きながら、私は花畑の中を掻き分けて進みます。
 一歩歩く度に、花を踏み荒らしてしまいましたが…暫くすると、それは瞬く間に復元し
元通りになって…何事もなかったかのように再び咲き誇ります。
 …これはとても、現実では有り得ない光景ですよね。
 同時に…それだけ、この夢の主が…この世界を維持しようとする心が強い事を
現しておりました。
 そう、ここは…ある方が紡ぎだした楽園。
 自らを守る為に紡ぎだした、どこまでも慈愛に満ちた…怠惰と罪の象徴とも
呼べる場所。

(進んでも進んでも…同じような色彩ばかりが並んでいますと、飽きますね…)

 白い花に、萌えるような緑の草原。そしてどこまでも蒼い空に…白い雲。
 人の心を和ませるには良いのかも知れませんが…私のような人種にとっては
五分も眺めれば充分です。
 せめて燃え盛るような真紅に、毒々しい黒、高貴な紫に…闇を思わせる藍色とか
そういう好ましい色彩が織り込まれていれば…私もそんなに退屈せずに眺めて
いられるんでしょうけどね…。

「こんなのが…貴方にとっての理想の楽園とはね…意外に月並みだったんですね…」

 クス、と嘲るような笑みを浮かべながら永遠に続くのでは…と疑いたくなるような
花畑の奥へと向かっていきます。
 芳しい花の香りも、やはり十分も嗅いでいれば逆に鼻に突きます。
 私の店で使っているような蟲惑的な代物でしたら…何十分嗅いでいても一向に
構いませんけど。
 …まあ、他者との趣味の違いを語っても仕方がありませんね。
 私の目的は、ただ…あの方の様子を伺いに来ただけですから…ね。
 
 どれくらいの時間…私は花畑を歩き続けたでしょうか。
 暫く進んでいくと、次は…打って変わって、深い森の入り口へと辿り着きました。
 高く聳え立つ針葉樹と、木々に絡まっている沢山の茨。
 それ以外にも枯れ木や…舗装されていない石や、鋭い葉を持った植物が
生い茂った獣道など…強固に侵入者を拒んでおられるように感じられます。

「…嗚呼、貴方はきっと…この森の奥にいらっしゃられるんですね…」

 どれもこれも、人を傷つけるような植物や障害物ばかりでした。
 それが何よりも…今の、この世界の主の心境を如実に表していました。
 誰も傷つけたくないというお優しい心の具現が、先ほどまでの白い花畑ばかりが
続く楽園を生み出し。
 誰にも傷つけられたくないという防御本能が…この刺々しくも深い森を
生み出していらっしゃられるようです。
 …人の心とは面白いものですね。
 このように相反するものを、同時に生み出して存在させるのですから―

「まさに…おとぎ話の中にある眠り姫のようですね。イバラの森の奥には…
貴方のようにお美しい方が眠られていらっしゃるのですから…」

 私はイバラに切り裂かれるのも覚悟の上で、その森へと足を踏み入れました。
 時折、鋭い葉や枝が私の衣服や肌を裂き、赤い鮮血を皮膚の上に滲ませて
いきます。
 それでもまったく怯まずに…奥へと進み続けます。
 道を切り開くための剣とか、鉈とか斧があれば宜しかったんですけどね。
 人の夢の中でそのような無粋な物を振り回すのは私の美学に反しますし…
今回だけは甘んじて、その鋭い刃をこの身に受けるとしましょうか…。

「やっと…辿り着けましたね…」

 イバラと針葉樹だらけの深い森の奥。
 一箇所だけ眩いばかりの光が差す、美しい泉のほとりが存在しました。
 その泉の底で…死んだように眠る、佐伯克哉さんの姿が在りました。
 泉の傍らには一本の大きな二股の木が存在しています。
 ですが…片方の幹は鋭く切り落とされ、大きな断面図だけが痛々しく
その木に刻み込まれておりました。

 この木は…二つの心を持つ、佐伯克哉さんを象徴するものです。
 二つに分かれていようとも…二人は根っこの部分は共有して存在している。
 ですが…強い罪の意識を覚えながら…大切な人間の身内に、命を絶たれそうに
なった衝撃で、穏やかな気質の克哉さんの魂は深い傷を負い…そのまま、
深い眠りに就かれる事を選ばれたようです。

 必死になって抗ったようですが…この状況になれば、幹が再生されるまで
二人の意識が同時に出れる事はありませんでしょうし。
 あの方の意識が強くなっていけば…弱い方の克哉さんの意識を完全に飲み込んで
しまうという事態も充分に起こりうる訳です。
 
「こんにちは~起きていられますか~?」

 明るい口調で声を掛けてみましたが、返答がありません。

「克哉さん…朝ですよ~。そろそろ一度くらい目を覚まされたらどうでしょうか…?」

 優しく優しく、声を掛けますが…やはり泉の底に沈んでいるあの人は眉一つ
動かさずに安らかに眠られているだけです。
 余りの眠りの深さに…それだけ、この人の意思が弱っていることを実感
させられました。
 …私は、確かに眼鏡を掛けて欲望に忠実になった貴方を美しいと思っています。
 ですが…眼鏡を掛けていないいつもの貴方も、充分に気に入っているんですよ。
 出来れば…このまま淘汰されて消えてしまうような事態だけは、勿体無いから
回避したいんですけどね。
 今の状態では…まだ、揺さぶり起こしたり語りかけたりする事すらも
出来ないくらいに…弱られてしまったようです。

「まったくあの方は…加減なく、もう一人のご自分を嬲りすぎですよ…。
ウンともスンとも言わなくなってしまわれたじゃないですか…」

 溜息を突きながら、泉の底に眠る麗しき「眠り姫」殿を眺めていきます。
 やれやれ…この仮初の楽園の中で、彼はどのような幸せな夢を
見続けるのでしょうか…?

 この楽園は恐らく…彼が目覚めるその日まで、在り続ける事でしょう。
 その夢の中で深い深い眠りに就き…失われてしまった幸せな日々の
記憶を繰り返し再生し続けるんでしょうかね。
 本当に人というのは愚かなものです。
 己の犯した罪に、過去に縛られて…時に未来に約束されていた幸運すらも
自ら手放してしまうのですから―

 さあ…貴方はいつまで、この楽園で夢を見続ける日々を送るのでしょうね…
 私はせいぜい、傍観させて頂きますよ。
 そろそろ…今日は帰りますね。
 またいずれ、立ち寄らせて頂きますよ。
 御機嫌よう…弱い方の「佐伯克哉」さん―

 そして―私は退屈な「楽園」を後にしたのでした―
  




『NO ICON』        『三人称視点』


 翌朝、五十嵐太一は…通勤ラッシュの時間帯を狙って、行動を開始した。
 朝早い上に、電車が込み合っている頃ならば…そう簡単には見つからないだろうと
踏んでの判断だった。
 実際にその通りで、幸いな事に…潜伏先である克哉のアパートを出てから、目的の
病院に辿り着くまでの間に…五十嵐組の息が掛かった連中に見つかる事なく…
辿り着く事が出来た。
 だが、一つ困った事があった。

 受付の処で面会を申し出たが、一般病棟の面会可能な時間帯は平日の場合は午後13時
から20時までの間だけだというのだ。
 午前中は患者が検査や、受診等をする可能性がある為にどこの病院でも緊急の場合を
除いては面会は午後からの場合が多い。
 その説明を受けて、太一はかなり悩んでいた。

 一応…明るい髪の色を帽子で隠して、色つきの眼鏡を掛けるぐらいの簡単な変装くらいは
している。だがパッと見くらいなら誤魔化せても、顔見知りまで欺けるレベルの代物ではない。

(…面会許可時間まで待っていたら、組の人間に見つかる可能性があるかも…)

 下っ端の人間ぐらいはどうにかなるかも知れないが…この病院に実際に克哉が入院
しているのなら…自分の顔を良く知っている人間が配備されていても少しもおかしくはない。
 とりあえず受け付けの女性に、後でまた来ます…と当たり障りのない返答をしてから…
太一は病院の裏手に回って、出入り口を隠し始めた。

 すると…幸いな事に、非常口として設置されている車椅子用のスロープを発見する事が
出来た。
 一応正面玄関の方に車椅子の患者用にエレベーターが3つ設備されているが…この
一階から最上階の6階までを繋ぐ長い長いスロープは…緊急時の避難用として
設置されていて普段は利用者は滅多にいない。
 それに非常口設定されている為に、どの階でも施錠の類はされていない。
 こっそり病院に忍び込むのに、ここまで最適な場所はなかった。
 恐らく…組の人間もこんな早朝にここから自分が入って克哉に面会に行こうとは
予想していないだろう。
 
「…う~ん…最近、見つからないようにひっそりした生活していたからな…。結構この
スロープを登るの…しんどい、かも…」

 目的の三階に辿り着く頃には、ちょっとだけ息を切らせながら呟いていく。
 車椅子で昇り降りすることを想定する場合、一階分を上るだけでも階段でなら20~25段
で済む処を…スロープに戻す場合は途中で折り返し地点を作った上で20~30メートル
前後のなだらかな坂道になるのだ。
 最近、日中は克哉の部屋に篭り気味であった事とラッシュに揉まれた事で太一は苦しそう
にスロープを登っていったが…どうにか防火扉で区切られている出入り口を抜けて
三階へと降り立っていく。

「317号室って書いてあったよな…」

 昨晩の謎のメールに書いてあった部屋番号を復唱していきながら…太一は三階のフロアを
ゆっくりと歩き始めていく。
 朝九時という時間帯の平日の病院は、結構な喧騒に包まれている。
 受診の為に移動に向かう為に移動していたり、自力で動ける患者はランドリーに行って
洗濯物を干したり、お互いの病室を行き来して他愛無い会話を楽しんでいたり…意外に
活気に満ち溢れている事が意外に感じられた。

(病院って陰気な印象しかなかったけど…昼間の病院って、こんなに賑やかなモン
なんだな…)

 当然、入院している患者の層によってフロアの空気は全然異なってくる。
 内科系の病棟の場合は…特に重病の患者が多く入院している場合はかなり物静かな
ものだが…克哉が現在入院しているとされるフロアは、基本的に外傷を負って短期入院
している人間が殆どなのである。
 そういう場合…皆、ギブスで固定されていたり、傷口の縫合を受けて様子を見ていたり
松葉杖や他者の介助を受ければ動ける人間が殆どなので、活気があるのだ。
 病室の番号を目で追っていき…317号室がある方向を何となく探り出して、そちらに
向かって進んでいく。
 大部屋がある区域から、個室や二人部屋が並ぶ辺りに差し掛かると…先ほどまでの
賑やかさが嘘のように静まり帰っていく。

「…317号室、ここだな…」

 ゆっくりと部屋番号を眺めて、間違いがない事を確認していく。
 キョロキョロと落ち着きなく辺りを眺めていって…特に看護婦や、五十嵐組の人間らしき
者が周囲にいないか見渡していく。

「…いないみたいだ。今の内に…」

 それから、やっとドアノブを回して…部屋の中に入っていった。
 一瞬、眩いばかりの光に目を焼かれるかと思った。
 南向きの方角に窓が設置されている部屋はこの時間帯は日当たりが良く…電気を
点けなくても部屋の中は充分に明るかった。
 まるで克哉を象徴しているみたいだった。

 太一にとって…おっとりした方の克哉は陽だまりを連想される存在だった。
 実家がヤクザや、危ない事に手を染めていて…幼い頃から、人の裏側や汚い部分を
見て育ってきた太一にとって…克哉の存在は、そんなものにはまったく縁のない…
日の当たる場所だけ見て育ってきた人間特有の暖かなものを感じさせてくれていた。
 パンを咥えながら、全力で走る姿を見た時に…可愛いと思った。
 知れば知るだけ…自分と育ってきた世界の違いを感じさせるのに、好きな音楽だけは
共通している克哉の存在はいつしか自分の中で随分と大きくなっていた。

「克哉さん…」

 ベッドに眠っている人の姿を見て…涙が出そうになった。
 刺されたと聞かされた日から、どれだけこの人に会いたいと焦がれてきたのだろうか。
 …自分の父がこの人を刺した、と電話越しに聞かれた日から…どうか助かって下さいと
心から願い続けていた。
 白いシーツの上で安らかに眠り続ける克哉の姿を見て…太一は、知らず…涙を
零していた。

(克哉さん…本当に、助かって良かった…)

 この人を永遠に失う事になっていたら、自分はどれだけ強い絶望を味わう事と
なったのだろうか。
 恐らく…気が狂ってしまうに違いない。
 そんな事を考えながら眠り続ける克哉の元に歩み寄り、声を掛けていく。

「克哉さん…本当に、本当に…貴方が、助かって…良かった…」

 その顔を覗き込んでいく。
 知らぬ間に…相手の頬に、涙が一粒…零れ落ち、そのまま滑らかな頬を伝っていった。
 克哉の頬に手を掛けて、その存在を確認していく。
 その感触と暖かさが…生きている証のように感じられて、愛おしかった。
 胸の奥から込み上げる強い衝動。
 今まで目を背けて、自覚しないようにしていた気持ち。
 けれど…もう、太一は誤魔化せなかった。
 自覚せざる得なかった。
 
「…克哉さん、俺は…」

 まさかな…と思いつつも、今…こうして克哉と顔を合わせた瞬間にじんわりとした
幸福感が満ちていった。
 これは恋心に間違いない、と思った。
 だから勇気を込めて、眠れる相手に告げていく。

「貴方に恋しています…だから、目を覚まして下さい…」

 まだ、克哉の意識が戻っていないという話はネットの掲示板の…看護婦達の
噂話が乗っているスレッドで情報は得ていた。
 だが…我侭だと承知の上でも、そう告げて…口付けて、おとぎ話の中みたいに
この人が目覚めてくれるのを心から願っていった。
 柔らかく相手の唇に、己の唇を重ねて…念を込めていく。
 重く閉ざされた瞼が開かれて…彼の綺麗な蒼い瞳を見たいと心から願いながら…。

「ん…」

「…っ! か、つや…さん?」

 願いが通じたのか、克哉が微かな呻き声を漏らしていく。
 その瞬間から太一の胸の鼓動は大きく高鳴り、今にもはち切れんばかりになった。
 克哉が目覚める。
 もう一度…その綺麗な瞳を間近で見る事が出来る。
 たったそれだけで青年の胸は張り裂けそうなくらいに嬉しくて…瞳がまた、
潤み始めていった。

「……ぅ…ぁ…」

 克哉が、呻く。
 部屋中に満たされる明るい陽光がまるで耐えられないとばかりに…手を目元で
覆い、深い溜息を突いていった。

「克哉さんっ!」

 目覚めた彼に向かって、泣きそうな声で呼びかけていく。
 次の瞬間…太一は凍りつくしかなかった。

「うるさい…黙れ。大声でそんなに喚くな…」

 それは、低くて不機嫌そうな声音だった。
 自分の知っている克哉の声は穏やかで…聞いているだけで心地よかった筈なのに、
これは…聞いているだけでゾっとなった。

(嘘、だろ…この声って…まさ、か…)

 一度だけ、克哉がこんな声になったのを聞いた事がある。
 しかも最悪の状況下で。
 その現実を太一は認めたくなかった。
 だが…無常にも相手の身体は起き上がり、閉ざされていた瞼が開かれた瞬間に
戦慄を覚えながらも…認めるしか、なかった。

「か、つや…さ、ん…」

 太一が、力なく呟くと同時に…ベッドの脇に崩れ落ちていく。
 こんな結果が待ち受けているとは…予想もしていなかっただけに青年の落胆は
かなり大きく…呆けた表情を浮かべていた。
 そんな太一を、克哉は冷酷な眼差しで見つめていく。
 眼鏡は掛けていない。
 だが…その冷たく切れ上がった瞳は、見覚えがあった。
 見間違えようがなかったのだ。
 
 コレハ…オレヲオカシタホウノ…カツヤサンダ…

 壊れた機械のようにノイズ交じりに、自分の頭の中で認めたくない現実を
囁き始めていく。

「な、んで…あんたの方が…! どうして…あの人じゃないんだよっ!!」

 知らず、叫んでいた。
 信じたくなかったから。
 だが男はそんな太一をあざ笑いながら、冷酷な事実を告げていく。

「…残念だったな。お前の逢いたい佐伯克哉は…もうこの世にはいないぞ…」

「な、んだって…? も、う一度…言ってみろ、よ…?」

「あいつは…お前に合わせる顔がないと…その罪悪感に結局負けて、俺を
押しのけて出ることが出来なかった。だからもういない…それが事実だ…」

「だから…あ、んた…一体、何を言っている、んだよ…。そんなの…信じられる
訳が…」

 シンジラレルワケガナイダロ? オレハコンナニ…アノヒトヲスキダッテジカクシタ
バカリナノニ…

 まるで頭の中は壊れたしまったコンピューターのようにあの人の笑顔ばかりを
再生していく。
 あぁ…俺ってこんなに、克哉さんの事を好きだったんだね。
 なのにあの時、本当の事をいえなくて…強情張って、克哉さんを怒らせてしまって
御免なさい。
 謝るからさ…貴方に親父がとんでもない事をした事だって認めるし、一生掛かっても
それは償っていくよ。だからだから…。

「…往生際の悪い奴だな。アイツはもういない…。お前の雇い主が殺そうとしたおかげ
でな…感謝するぞ。おかげで俺は…こうして表に出られたのだから…」
 そうして、強気な悪意に満ちた笑顔を向けてきた。
 それは俺の大好きな克哉さんなら、絶対に浮かべない表情。
 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…!
 こんなの、こんなのって…ない!
 俺はこの二週間…あの人の笑顔を見れる事を願ってずっと…過ごしていたのに。

『嘘だぁぁ―!!』

 現実を認めたくなくて、青年は慟哭と呼べるくらいの悲しみに満ちた叫び声を
喉の奥から搾り出していった。
 それは…悲しい運命を告げる序章の調べ。
 お互いに想いあっていた。
 好きだった、かけがえのない大切な存在になりつつあった。
 なのに歯車が狂い…それで彼は大切な存在を、「肉体だけは生きている状態で」失う
結果となってしまった。
 
 そんな彼を…愛しい筈の存在は―。
 硝子球のように澄み切って、何の感情も浮かべない蒼い瞳で。
 どこまでも冷酷に、こちらを興味なさそうに眺めて、いた―

   『五十嵐太一』


 


 「う~目が疲れる…」

 俺は暗い部屋の中で、ベッドの上に横たわりながらパソコンを使って、今夜も
情報収集作業を続けていた。
 あの馬鹿親父が克哉さんを刺した日から二週間。
 その翌日から…四国に俺を連れ戻そうとする親父に反発して、最低限の身の回りの
物だけ持ってアパートの方を飛び出したんだ。
 それで俺は今、絶対に親父が探しに来ないだろう盲点の場所に隠れていた。

「…部屋に明かりを付けてパソコンを使えるなら、こんな目が痛い思いをしなくて
良いんだろうけどね。…この部屋じゃあ、今は使えないからな…」

 日当たりの良い部屋だから…昼間は太陽の明かりが差し込んでまったく問題
ないんだろうけどね。夕暮れ時期までは全然OK。
 けど夜になると…ノートパソコンのライトで画面を見る事は出来るけど…部屋が
暗いせいで余計に目に負担が掛かっているんだよね。

 えっ? 何で夜に明かりをつけられないのかって? だって…ねぇ、この部屋の
住人は今…入院中でね。
 ニュースが放映されたおかげで、アパート中の人がこの部屋には今…人がいない
事を良く知っている。ご近所の人だって同様だと思う。
 その中で必要以上に電気系統の類を使ったら、一発で不法侵入がバレるじゃん。
 …ここまで言えば判るよね? 俺…考えた末に、あの翌日から克哉さんのアパートに
潜伏しているんだよ。

 まさか親父も、自分が刺した男の部屋に息子が転がり込んでいるなんて…
予想出来ないだろうからね。
 そういう盲点を突く意味でも…ここは俺の考えられる限り、最高の場所だった。
 水道、電気の類は生きているし…トイレ、風呂、洗濯機もついている。
 音を立てないように細心の注意を払う必要があっても…手持ちの現金が乏しい
俺としては…最小限のお金で滞在出来るココは最適だった。
 一旦パソコンの画面から目を離して、ゴロンとベッドの上に仰向けになり…目薬を
点眼しながら、深い溜息を突いた。

(あ~あ…克哉さん、今…どうしているんだろ…)

 あんな酷い目に遭わされたというのに、俺の頭の中は…ずっと克哉さんの事で
一杯だった。
 …うん、思い出すとロイドの中であの人に良いようにされた事は…今思い返すと
ハラワタが煮えくり返りそうだけどね。
 けど…あの翌日、親父に介抱してもらった時…マジで、怖い目をしててさ。
 殺気って奴を瞳に漲らせて、憤る姿を見たら…克哉さんがヤバイって何か
思っちまって。気付いたら高熱に浮かされて苦しかった時に…親父の仕事道具を
隠していたんだよね。

 螺旋の刻まれた、細い針みたいな銀色の棒。一見するとバーベキューの串とか
針治療に使うんじゃないの? という感じなんだけど…これは立派に人を殺せる
道具なんだ。家を出た時についでに持って来ておいたんだけどね。
 これを胸に…心臓に突き刺す事によって、出血とかを最小限に抑えながら
確実に相手を仕留める事が出来る。

 俺は…大学に通うために東京の方に出て来て、一緒に働いている内に…親父の
裏の顔みたいなのを知ってしまった。
 その腕前があるから、あんな閑散とした喫茶店でも俺の給料を出しながらやれて
いたんだな…と。
 …まあ、知った時はショックだったけど…元々五十嵐の家自体が普通の一般家庭に
比べれば随分と変わった家だな、って自覚ぐらいあるし。

 …あのじーさんの下にいた時は、親父もその腕前を振るう必要性があったんだろ…と
言う事ぐらいは判るしな。
 けど俺は…土壇場で克哉さんを殺されたくないな、と思った。
 だからこれは…親父の手に当分戻すつもりはなかった。

「…ん~まだ、克哉さんらしき人は…入院中だっていう情報だけは入って来るん
だけどね。…都内の病院ってだけで、まだどこに搬送されたのか…特定出来て
ない状態なんだよね。本当、やりにくい時代になったな…」

 目の状態が落ち着いてから、俺はネットサーフィンを再開していった。 
 現在閲覧中のサイトは、某大手掲示板の…病院関係の記事スレッドだった。
 看護婦とか、医者とかのちょっとした噂話や…愚痴、不満。表立って言えない改善案とか
そういう類の話で成り立っている場所だ。

 其処に克哉さんのニュースが流れた翌日から、「結構美形の人がお腹を刺されて、うちの
病院に搬送されてきたんだけど…助かるかしら?」みたいな文章が書かれていたので
俺は一応、ここを一日一回はチェックするようにしていた。
 HNとかはない状態だけど、この女性の看護士さんと思われる人物は時々…克哉さんと
推測される人物の状態をここに書き込んでくれているので、どうにか…あの人が「一命だけは
取り留めたが…現在も意識不明状態」である事だけは知る事が出来ていた。

(本当…俺のパソコンを使えるなら、もっと情報収集の類はスムーズなのにな…)

 克哉さんは当然、一般人だし…あの人の雰囲気からして、俺みたいに危ない事や
非合法の事には手を出しそうにないから…仕方ないんだけどね。
 普通のパソコン以上の機能も、情報収集に役に立つ裏プログラムの類がインストール
されていないのでいつもの半分以下の速度でしか情報を拾えなかった。
 あれさえあれば…都内の病院関係の端末内に入り込んで、情報を一気に吸い出したり
出来るのに…。
 けれど俺のアパートはとっくの昔に五十嵐組の人間がマークをしているだろうから
戻れば一発で捕まる事は目に見えていた。
 だから俺は…歯痒い気持ちを抑えて、このパソコンで情報を集めるしかなかった訳だ。

(まあ…特定出来なくても、ここで待ってさえいれば…いつかは会えるんだろうけど…)

 眼鏡を掛けて、別人のようになった克哉さんに…俺は、犯された。
 あの時の事を思い出すとまだ腹が立つ。それでも…ふとした瞬間に思い出すのは
いつもの克哉さんの、あの…人の良さそうなぽややんとした笑みだった。

(会いたい…な…)

 親父に刺された、という事実を知ってから…飛び出して。
 少し落ち着いた頃に感じたことは、ただそれだけだった。
 もう一度…あの人に会ってちゃんと話をしたいと思った。
 だから…俺は、親父が四国に連れ戻そうとした時に全力で反発した訳だし…。

「会いたい、よ…克哉さん…」

 眼鏡を掛けた貴方じゃなくて、俺が気になって気になって仕方ない…放っておけない
雰囲気を持っている方の克哉さんに。
 あんなに酷い克哉さんと最後に会ったきり、俺の好きな方の克哉さんと会えないまま
終わる事だけは嫌だった。

 心の中にあるのは、「克哉さんに会いたい」という一心だけ。
 ―何かおかしいよね。これってまるで…恋みたいに、強くて…純粋な感情だ。
 それだから、俺は一日も早く知りたかった。
 あの人が今、どこの病院にいるのかを。
 見つけても…現在も意識不明状態が続いて、会話も出来ないかも知れない。
 でも、顔だけでも一目見たかった。
 
(…ちくしょう、今日もまた…収穫がないのか…?)

 目が悲鳴を上げるぐらいに必死に検索を続けても、今日も病院を特定出来る
情報は手に入らなかった。
 もう二週間以上経過している。そろそろ苦しい時期に差し掛かっていた。

(…克哉さん…!)

 強く強く…あの人の事だけを考え続けていたその時。
 いきなり俺のメールアドレスに…一通のメールが送信された。

「っ!」

 タイミングがタイミングだから、少しびっくりしてしまった。
 …あ、一応…俺が以前から使っているMSNのフリーメールの方ね。
 これは世界中どこの国からでもログインが出来るってメリットがあるんだけど…
まったく知らない宛先からの物だったので不気味に感じてしまった。

「…何々、え~と…「五十嵐様へ 貴方の望む情報をどうぞ Rより愛を込めて」…だって。何これ、
うっさんくさ…」

 題名だけ見て、凄い胡散臭さ大爆発のメールだった。
 何かファイルが添付されているみたいだったけど…もしかしたらパソコンウイルスの
類も一緒に入っているかも知れない。
 最初はそう考えて…さっさとスルーしようとした。
 だが…添付ファイルのタイトルを見て、誘惑に駆られてしまった。

『病室内の写真です』

 …今、俺が追い求めているのは病院の情報だった。
 だから人のパソコンでそんな怪しいメールを開くのはマナー違反だって事は
自覚があった。
 だが…俺は、何かに魅入られたかのようにそのメールを開いてしまっていた。

「…嘘、だろ…」

 俺は驚愕に目を見開くしかなかった。
 其処に記されていたのは病院名と住所、電話番号だけ。
 そしてそのファイルには…夜の病室に、ベッドの上で静かに眠り続けている
克哉さんの写真だった。

 ドクンドクンドクンドクン…!

 凄く怪しい写真と情報だった。
 何かの罠のようにすら感じられた。
 だが…克哉さんの写真がこうして添えられている時点で、俺に無視する事など
出来る訳がなく…散々、悩んだ末に俺は…この病院に一度、行って見る事にした。
 その先に待ち受けているものが、どんな結果なのか…まったく予測する事すらも
出来ないまま―に。

 朝起きたら風邪の予兆(鼻づまりと扁桃腺の軽い腫れ)が出たのと…
本日も二時間残業あるので、無理しない方が良いと判断しました。
 こじらせる前に本日は一回休んで…体調整えます。
 …鼻詰まって、集中力が散漫になっているのもあるので。
 少々、お待たせしますが…ご了承下さい。
 バッドコンディションを長く引きずって、以後の話に影響を出すより
一回スパっと休んで早めに直した方が良いと思ったんで。
 それでは…また明日、お逢いしましょう(ペコリ)



 「NO ICON』      「マスター」

 俺は喫茶店の扉に「CLOSE」という札を掛けていくと…ここ最近の心労も
祟ったのか…椅子の上に座って、深く溜息を突いた。

(まったく…あの馬鹿息子。一体どこに隠れていやがるんだ…)

 あの日から、完全に足取りが判らなくなってしまった不肖の息子の顔を
脳裏に思い浮かべて、大きく舌打ちしていった。
 太一が失踪してから、そろそろ二週間近くが経過していた。
  …確かに冷静になれば、あの時の俺がやった行動は頭に血が昇っていて
行き過ぎだったのは認める。

 だが…本当に「親の心、子知らず」という諺は本当だな。
 どれだけアイツ自身が、あの男を慕っていたかを知っていても…可愛い息子に
あんな仕打ちをされて、どうして…親が黙っていられるというんだ?
 
 …本当は確実に仕留めたかったのに、な。
 被害者である太一にあそこまで食い止められるとは思っていなかった。
 そこまであんな男がアイツは好きなのか?
 確かに人の良さそうな奴だったのは認めるが…途中でどんな話し合いや
言い争いがあったが知らないが…テーブルの足にネクタイで縛られて
体液やミルク、そして血液で全身ベタベタの上に…泣き腫らした顔をした太一を
発見した時、俺は今まで密かに抱いていた好印象など完全に吹き飛んでいた。

 あんな男に二度と、太一を合わせたくなかった。
 だから…数日間の間…太一がショックで高熱を出して寝込んでいる間に
アパートの契約と、大学も退学手続きを取らせて四国の五十嵐の本家の
方に連れ戻す準備を始めていた。
 正直…俺はあの家の敷居にはあまり跨ぎたくないがな。
 息子を守る為なら止むを得ない。
 そう決意した上での行動だった。

 ―そして、二度とあの男に会う事がないように…処分をするつもりだった。
 だが、太一の奴…俺がやろうとしていた行動を悟っていたのか…愛用の得物を
キッチリと隠しやがった。
 おかげで…一撃で仕留めそこなったし、出血も通常より派手になって…発生から
数時間で大勢の人間に知られる結果になった。
 …俺はあれで一撃で殺すのは得意でも、サバイバルナイフで仕留めようとしたことは
なかったからな。
 あのまま捻って空気を入れてやれば確実に仕留められたんだが…そのタイミングで
太一の奴から電話が掛かって来て…結局断念したからな。
 佐伯、という男は一命を取り留めたらしい。
 そしてその翌日から…太一は俺の前から、完全に姿を消してしまった。

(あのやかましいのがいないと…こんなに、この喫茶店は…静かだったんだな…)

 明かりを落とし、静まり返った店内を眺めながらしみじみと呟いていく。
 …元々、落ち着いた雰囲気の喫茶店を経営してみたくて始めた趣味の店だ。
 だが、こっちの大学に通いたい! と転がり込んできた馬鹿息子のせいで…正直
俺が目指していた方向性とはまったく違うベクトルの空気がいつも蔓延していた。
 それがいつもならうっとおしくもあり…少しぐらい大人しくなったらどうだ…とイライラ
していたのだが…。

「早く…帰って来い…」

 俺はただ、そう祈るように呟くしか出来なかった。
 一応…手を借りるのは癪であったが、太一の失踪の件は今は母さんにも
伝言し…五十嵐組の人間の手を借りて全力で捜索に当たっているそうだ。
 俺が知っている範囲での太一の交友関係…大学の友人、バンドの仲間…
そしてあいつが住んでいたアパートの周辺の住民、そしてあの男が現在
収容されている大病院にも何人か…見張りをつけている。
 それなのに…どこにも引っかからず、まったく音沙汰がないまま…二週間近くが
経過しようとしていた。だから俺も…不安、だった。

 いつも息子がどうしているのか知らなければ不安定になる程…俺は子離れが出来て
いない親ではない。
 だが…どこにいるのか判らず、手がかりもない状況がこれだけ長い期間続けば
流石に無事なのかどうか気がかりになってくる。

「…ったく、あの馬鹿は一体どこに消えたんだか…」

 何度目になるのか最早数えるのも面倒なくらい、この間から何度も繰り返されている
この言葉を呟いていた。
 …お前は、五十嵐組にとっては最有力の跡取り候補だからな。
 …だから、俺は不安でしょうがない。
 俺や母さん、じいさんの組の人間の目が及ばない場所で生きる場合…常に「誘拐」や
「暗殺」される可能性を常に太一は帯びているのだからな。
 
 ボーンボーンボーン…。

 喫茶店の片隅に設置してある置時計の一つが23時の時刻を鐘で告げていく。
 …携帯の画面を確認しても、あれ以後は一通もメールも電話も来ないままだった。
 アイツの足取りはいつになったら、判るのだろう。
 俺の知っている範囲の場所は全部当たったのに…太一の影すらも掴めないままだ。

「…お前に望む事は、もう…一つだけだ。どうか無事に…帰って来てくれれば
それで良い…」

 もうそれ以上、俺に望むことなど何もない。
 どうか…あの馬鹿みたいに明るくて飄々とした笑顔を、この喫茶店で再び見る事が
叶うのなら…それ以外の欲求は特になかった。

―あいつの犬コロみたいな無邪気で人懐こい笑みが…どれだけ得難いもので
あったのか。
 俺はこんな事態に陥ったからこそ…その有り難味を深く噛み締めていた。

(太一…)

 どうか、元気でいてくれ。
 最後に見たお前の姿が…犯されて呆然と虚ろになった顔と…高熱を出して
苦しそうに歪んでいるものだなんて、冗談じゃないからな。
 俺は…お前が笑っていてくれればそれで良い。
 だから帰って来てくれと…心からの祈りを込めながら、俺は椅子の上を立ち上がり…
裏口からそっと店の外に出て―ゆっくりと帰路についていった。
 『眼鏡克哉』


  延々と、今日も本多の暑苦しい友情論を夢現に聞かされていた。
  …俺はまだ意識を覚醒出来ない状況だというのに、枕元でそんなに不愉快なものを
聞かせられ続けるのは一種の嫌がらせに近かった。

(本当に暑苦しい男だな…)

 毎日、こいつが来る度に苛立たせられる。
 だが同時に…その怒りの感情があるおかげで日増しに俺の方の意識が強くなり
はっきりとしてきたのも事実だった。
 逆にもう一人の自分の方は…日増しに弱まっていた。
 俺の目の前で…アイツは、鎖に縛り付けられて戒められている。
 この鎖は罪悪感によって生じたもの。
 こいつの中には今…自分を責める感情しか存在していなかった。

(まったく…滑稽なものだな…)

 本多が暖かい言葉とやらを掛ける度に、こいつは自分にはこんな言葉を
受け取る資格などないと日々追い込まれていく。
 本当に本多という男は人の気持ちを推し量ったり…推測したりする能力が
欠落している奴だと思う。
 …まあ、今回に関してはあの男ばかりを責められないがな。
 実際に刺された日から二週間。
 ただの一度も俺達は覚醒して、誰かと会話したりする事すらなかったのだから―

「なあ…<オレ> 聞こえているか…?」

 今日も俺は罪悪感に囚われているコイツに語りかけていってやる。
 誰かが声を掛ける度に、ビクビクと震える姿はある意味…哀れでもあった。
 そういえば人間を一番縛り付けて臆病にさせる感情は「罪悪感」だと、どこかで
聞いた事があったな…。
 コイツは今、罪の意識に囚われて身動き取れなくなっている。
 あの時…眼鏡を掛ける事を選択して、俺を出さなければ…ずっとそうやって
自らを責めて、ズタズタに自分の心を切り裂いていた。

「…相変わらず、反応が薄い奴だな。もう…まともに言葉を紡ぐ気力すらも…
お前には残されていないのか…?」

 侮蔑すら込めた口調で、もう一人の俺に語りかけていく。
 こんなのでは…俺達の生存競争は比べるまでもない。
 俺側の圧勝で終わりだ。
 片方しか生き残れない状況だというのに…コイツはこの二週間、ずっと覇気の
ないままで幾ら言葉を掛けても反応一つ返さない。
 
「…せっかく俺が慈悲の心を持って、お前が回復するまで待ってやって
いるのに…足掻く真似すらしないのか? お前は…?」

 そう…俺がこの先にある出口まで向かった時点で…外界への扉は閉ざされて
恐らくこいつは何年も意識を表に出ることは叶わなくなるだろう。
 それを判っていながら、逃げるような事しか考えていないコイツが心底
腹立たしかった。
 どこまで偽善に走れば気が済むのだろう…と思った。

「お前がそのままでいるのなら…俺はそろそろ出るぞ。反応のない奴と押し問答を
続けていても…退屈なだけだからな…」

 挑発的な言葉を続ける。
 だが、相変わらずこいつは瞼を開く事もしない。
 退屈な獲物。
 せめて俺を睨むぐらいの反応くらい返せば…まだ楽しみようがあるのだがな。
 これだけ意識がはっきりとしてきたのなら、俺がこのまま表に出ても問題はない
だろう。だが…こんな弱りきった奴に生存競争で勝っても何の楽しみを齎さない。
 だから、最後に挑発してやった。
 今のコイツにとって…もっとも見過ごす事が出来ないであろう一言を、今までの
出来事を検索した上で導き出していき…ボソリと小声で伝えていってやる。
 
『――――――――――』

 それは良く耳を澄まさねば聞こえないくらいのごく小さな言葉で、告げた
最終通牒のつもりだった。
 だが、その言葉だけは流石に見過ごせなかったらしい。
 今まで無反応だったコイツの瞳が、カっと見開き…俺を睨んでくる。

(相変わらずおめでたい奴だ…)

 コイツを嬲る言葉を幾ら吐いても反応がなかったくせに、他人の事となると…
これだけ熱くなれるお人好しっぷりには正直腹立たしい気持ちになった。
 他人など、そんなに信じて何になるというんだ?
 腹立たしい気持ちになりながら、踵を返して…俺は出口の方に向かっていく。

『待てぇぇぇ! 行くな! 彼を…傷つけたら…!』

 掠れた、ガラガラの声でもう一人の俺は必死に声を掛けて…自ら生み出した
鎖を引き千切ろうと必死になってもがいていく。
 
(あぁ…それで良い…)

 俺は挑発的な笑みを浮かべながら、一旦立ち止まっていってやる。
 やっとコイツが活きが良くなってくれた事で、もう少しだけ退屈を紛らわせられそうだ。
 勝負が判り切っている出来レースよりも…全力で屈服させる勝負の方が心を
踊らされるからな。
 だから、俺は限りない慈悲の心を持って…もう少しだけ表に出るのは待ってやった。
 さあ…最終的に、表に出るのは…俺とコイツのどちらなんだろうな?

 コイツが本気で憤り、全力で抗ったのなら…結果が判り切っている勝負も
少しは引っくり返ったりするかもな…ククククッ…!
  『本多憲二』

  二週間前、片桐さんから深夜に連絡受けた時は…聞かされた内容が
最初は現実に起こった事なのか、信じられなかった。
 だって、嘘だとしか思えなかった。

 確かにその日、克哉が定時になっても連絡一つ寄越さないで…キクチ本社の
方に戻ってこなかったのはおかしいな…と思っていた。
 けど、あいつはこの一ヶ月間…引き上げられたプロトファイバーの目標値を
達成しようと人一倍頑張っていたからな。

 だから連絡がないのも、どっかの会社で…必死になって交渉を粘り強く続けて
いたからだと、俺と片桐さんは納得して…折り返し連絡しようと思っていなかった。
 大学を卒業してから三年、ずっとあいつを見てきたんだ。
 黙ってサボったり、手を抜いたりする奴じゃない事ぐらいは知っているからな。

 なのに…実際は、俺達も予想もしていなかった出来事が起こっていた。
 どうしてあいつが…白昼堂々と、大公園のど真ん中で腹部を刺されて危篤状態に
なんてならなければいけなかったんだ?
 一体、誰が克哉を刺したんだよ! 
 絶対にその犯人を見つけたら、俺はぶん殴ってやろうと心に決めた。

 俺が病院に駆けつけた時には…片桐さんはすでに集中治療室の前で待っていて。
 それから一晩…帰る事も出来ずに俺達はその前で待ち続けていた。
 幸い、金曜日の夜だったから…翌日は会社は休みだったからな。
 俺と片桐さんはそのまま…翌日も面会も叶わない状況の中…克哉の容態が
安定する事を祈り続けていた。

 御堂が顔を出したのは土曜日の夕方の事だった。
 …俺達は病院から離れなかったので知らなかったが…克哉が刺されたという
ニュースは当日の深夜と、翌日の早朝に一回ずつ大手のニュースサイトで放送されて
プロトファイバーの営業の関係で知り合った取引先に何人も問い合わせの電話が来たから
片桐さんに連絡をし、一応顔を出しに来たようだった。

 胸くそ悪くなる事に、片桐さんがせめて克哉が退院するまでは期限の延長を求めて
土下座までしたのに、あいつは平然とそれを撥ね付けやがって!
 御堂の奴、暖かい血は通っていないのかよ!
 片桐さんは泣きそうな顔をしていたのに…克哉は死にそうになっている状態なのに
延長を認めてくれなかった事は俺はハラワタが煮えくり返るくらいに憤った。
 本当にあそこまで冷たくなれるあいつという存在が信じられなかったぜ。 
 …ま、それも翌日にとんでもない数の受注を受けて目標値を達成したことで
多少は溜飲が下がったけどな。

 それから…四日目にして、克哉は個室の病室に移されて直接の面会が可能に
なった。克哉の意識は相変わらず戻らないままだったけれど…沢山のチューブに
繋がれて痛々しい姿ではあったけれど。
 穏やかな顔で眠り続けているあいつの姿を見れただけでも…俺は、あぁ…こいつの
命は助かってくれたんだなと実感出来て嬉しかった。
 高校時代に、良いリベロがいるな~とチェックをした事から…もう八年かな?
 大学中は三年生の始めの時にあいつがバレー部を辞めたことになって疎遠に
なっていたけど…三年も八課で一緒に過ごした大事な仲間だしな。
 こいつが死なずに済んだ事が、心から嬉しくて仕方なかった。
 助かってくれた事に、本気で神様仏様辺りにでもに感謝したい心境だった。

 それから二週間が経過して…今日も営業の帰りにフラリと立ち寄って克哉の
病室を訪ねていった。
 克哉の意識はまだ、目覚めないから…会話も出来ない状態ではあったけれど…
うん、あいつが安らかに寝ている姿を見れるだけでも安心出来たからな。
 それで十分くらい…傍にいて、すぐにキクチ本社の方に戻るつもりでいた。
 だが…俺は其処で、とんでもない光景に遭遇してしまった。

「…嘘、だろ…?」

 扉を少し開いた状態で、飛び込んできた場面に…俺はその場で硬直するしか
なかった。
 克哉の処にあんなに冷たい事を言い放っていた御堂が見舞いに来ていただけでも
驚きなのに…どうして、克哉とキスなんてしているんだ?
 
(ちょっと待て…何で御堂が、男の克哉にキスなんてしているんだよ…!)

 叫び声を上げたい心境だった。
 それでも…驚愕のあまりに声を出す事も忘れて、そのとんでもない情景から
目を離せずにいた。

 ドックンドックンドックンドックン…。

 心臓がまるで壊れてしまったかのように、荒い鼓動を刻み続けていた。
 それは…俺が今まで、考えた事もない現実だった。
 あんなにイヤミな御堂が、優しい顔をしながら…克哉を見つめていく。
 信じられなかった。
 御堂は克哉を嫌っていたんじゃなかったのか? 
 今までの振る舞いや態度は、俺の目から見てもそうだとしか思えなかったのに…
たった今見たモノは一体なんだというんだ?

「…っ!」

 その瞬間、俺の胸ポケットに収めていた携帯がバイブ設定で
振動を始めていく。
 ヤバイ! このままじゃ御堂に見つかる…! とやっと正気に戻れて
慌てて扉の前から立ち去っていった。
 そのまま全速力で病室の前から立ち去って…俺は携帯を取っていく。
 電話の相手は、片桐さんだった。

(今は仕事時間中だ…! 頭をしっかりと切り替えてなきゃ…な…)

 自分にそう言い聞かせて、今見た光景を一旦…頭の隅に追いやっていく。
 それでも…片桐さんと話している最中、俺の心臓の音はずっと荒く乱れ
続けたままだった―
 
 

 

 
  23日の夜に開催された秋乃さん宅の絵茶の方に参加させて貰いました~。
 …参加表明したからには一番に参加せなあかんやろう!
 無駄に使命感に燃えつつもストーカーのように見張り、21時59分にリンク繋がれ
22時ジャストに勢い良く飛びこまさせて貰いました!

 …そして語られるめくるめくみどかつワールド!
 
 っていうか、ノベルスの萌える場面をお互い語り巻くっていたら…気付いたら
途中からエネ〇〇〇の話題になり…。
初っ端からエライ濃ゆい時間が流れました。
 キチメガジャンルでの絵茶には何度か過去に参加した事ありますが…
こんなにスタートから地が出捲くったの初めてでございました…(ホロリ)
(普段はもうちょい大人しく…つか、場を乱さんように目立たないように振舞ってます)
 も~最初からこんな会話飛び交ったら、怖いモンないですね。
 私も秋乃さんも凄いテンションで30~40分くらい語りまくって、ふと…こんな絵を
描いてあったら新しい参加者ドン引きする! と思い至り慌てて消した直後に
リリンさん参上~。ふう、間一髪でした…(やれやれ)

 私が23日分の小説の更新している20~30分程度の間に
リリンさんと秋乃さんで「ミドダコ」から発生したキチメガ海洋物語を画面いっぱいに
展開していました。
 リリンさんは実に可愛らしいチマ絵を描いて下さって、かちゅや(克哉)にチューチューと
吸い付く御堂タコさんと、そんな彼をライバル視する本多ウツボとのほんのりと傍目には
可愛らしいラブバトルが展開。見てて微笑ましくなりました…。
 
 更新完了後は、秋乃さんと合作でみどかつ描きましょ~! と申し出て…
リリンさんは小部屋でちまちました絵でみどかつ 正しい接待編を連載。
 その横で二人で私がN克哉、秋乃さんが攻め御堂さん描き描きしました。
 リリンさんの方は最終的にインコ付きの片桐さんを描いて下さってそれが格好良かったので
「是非色塗って下さい!」と頼み込み、黒い片桐さん仕上げて下さいましたv  ラブ!
 絵の方は許可貰ったらここにリンク貼ります。
 現在の時点(24日正午)ではお二人に許可貰っていないのでアップは控えさせて
貰いますね。
 秋乃さんとの初合作、とても楽しかったですV 絡み絵~! 絡み絵~!!

 一時前後から、ノベルス購入出来なかったけど勇気を持って飛び込んで来られた
chie子さん参加。
 リリンさんは残念ながら明日が仕事との事で入れ違いになってしまわれました。
 四人での合作…時間があったら是非やりたかったのに…!(悔やし涙)
 残された絵描き三人でいつの間にか学園もので太一×克哉+眼鏡の『太一両手に花計画』が
描く事が決まった時にせつかさんがいらっしゃられて…chie子さん事情によりちと沈黙。

 その間、私と秋乃さん、せつかさんで結構腹黒いトーク大展開。
 御免、あたい…鬼畜な本性が出巻くっていましたよ…。
 せつかさん…貴方は本当に素敵でしたよⅴ
 この夜、本当に壊れていましたね。妙にテンション高くて…(汗)
 …いや、お逢いしたのも会話したのもせつかさんとは初めてでしたが…(名前は巡回先の
拍手コメ等で覚えていましたけど)共感出来るもの多くて一方的に慕わせて貰いました。
 会話楽しかったです。またどこかでお逢いしましたら構ってやって下さいV
 
 chie子さんが戻って来られたのは結構遅かったので…その間に、自分の分だけでも
完成させねば! と眠気と戦いながら…眼鏡だけは描き上げておきました。
 秋乃さんとchie子さんは学園もので熱いトークを二人で展開させていましたが…
この時点で参加して五時間経過していたので、すでに頭がピヨっていました。
 そのまま…午前4時頃くらいに、絵を完成させると同時に力尽きてしまいました…。
 その後、お二人で午前六時くらいまでキチメガトークに花を咲かせていた模様でした。
 くうぅ…残念。是非お二人の絵が完成させる処までは起きていたかったのに…(T△T)

 起きた頃(朝八時半前後)には…お二人はすでに退室されて、秋乃さんからの
置き土産(番人の眼鏡つきメッセージ)が残されていて、ジーンとしている間に
お絵かき掲示板から警告文が…。

「8時30分より定期メンテナンスに入ります。一旦全ての方が強制退室状態になります
…後10分」

 …みたいな文がシステムの方から送信されておりまして。
 時間見たら、後3分しかないやんの!!
 慌てて置き土産を保存して、ワタワタやっていたら…8時半丁度に強制退室!
 まさに危機一髪の処でございました…(あう)

 …何か全体的に過去最大にはっちゃけてしまいましたが…非常に楽しい
一時でございました。
 構ってくださった皆様、ありがとうござます。
 そして場を提供して下さった秋乃さんありがと~! 大好き。
 またどこかで会いましたら宜しくです。では…今回はこれにて!(逃走)
 
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香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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