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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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「お疲れ様でした…初めての勝利、おめでとうございます…」

  勝利の余韻に浸っていた二人に、黒衣の人物が歌うような軽やかな口調で
声を掛けていく。

「貴方は…はい、その…ありがとうございます…」

『これくらいは勝って当然だがな。たかが模擬戦で…二人掛かりで勝てなかったら
これから先どうやって戦略を立てていけば良いのか迷う処だったからな…』

「うわっ!」

 いきなり、夜の闇の中にセレニティ・眼鏡の立体映像が浮かび上がって…太一は
本気で驚いているようだった。
 怜悧な眼差しをした眼鏡の大の男が…白いヒラヒラしたドレスを身に纏い、腕を
組んでふんぞり返っている姿などそうそうお眼に掛かれるものではないだろう。

「…って、何であんた…克哉さんにそんなそっくりなんだよ! そのドレスはあんた
よりも絶対克哉さんの方に似合う筈なのに!」

「…君、それ論点絶対違う気がする。…そういえば、まだ君の名前…聞いてなかった
気がする。…オレの方はすでに知られているけどね…?」

「…あ、言われてみればそうだよね。…何か今更って感じだけど…俺は五十嵐太一って
言います。今の趣味はソフトダーツ、好きな物はラーメン! って感じで!」

「…何か自己紹介っぽくなって来たね。えっと…俺は佐伯克哉って言うんだ。
趣味は…音楽を聴きながら散歩する事、かな…?」

『…お前らの名前だの趣味だなんて、俺にはどうでも良いがな…』

 二人の間に和やかな空気が流れつつあったのを、あっさりとセレニティ・眼鏡はたった
一言でばっさりと断ち切っていた。

『それよりも模擬戦程度で、あれだけ苦戦している自分達の能力の低さをもう少し
反省したらどうだ…。特に、お前…。殆ど戦う間もなく…捕まりやがって。こいつが
たまたま戦う能力がある仲間だったから良かったようなものの…本番になったら
その様でどうするつもりなんだ…?」

「…それは、確かにそっちの言う通りなんだけど…。けど、さっきから模擬戦とか
本番だって言っているのは一体…?」

「あぁ…先程の植物は、私が所有しているペットの一つですから。これから貴方達が
戦う事となる冥界の住人達とは異なるものですよ」

『『えぇぇぇぇっ!』』

 長い金髪おさげの人物が、笑顔であっさりと言ってのけると太一と克哉はほぼ同時に
ハモって驚いていた。

「ペ、ペットって…! あんなのをあんたは飼っているの? すっげぇ、それって
胡散臭すぎじゃんか!」

 太一が男に食って掛かって、襟元に掴みかかっていても…相手は動揺する様子
一つ見せずに平然と言ってのける。

「いえいえ、安全なものですよ…。あの子はせいぜい、人を捕獲して好きなように
弄繰り回して強烈な快楽を与える程度ですから。これから戦う…人の生命力(エナジー)を
吸い取り回るような輩に比べれば、随分と可愛いものだと思いますけどね…」

「…いや、絶対…あんなのを可愛いもの、とかほざくあんた…根本的に間違っているから」

「…はい、オレも…太一と同意見…です」

 克哉が挙手しながら、自己主張していく。

『…いつまでも脇道に逸れているんじゃない。いつになったら…俺は本題に入れるんだ』

「あぁ…麗しきセレニティ・眼鏡様。いつまでもお待たせして申し訳ありません。どうぞ…
貴方の話の方に入って下さいませ…」

(セレニティ・眼鏡っていうんだ…俺と同じ顔のあいつって…)

 克哉が心の中でこっそりと呟くのを尻目に、ようやく本題へと移っていく。

『…あぁ、そうさせて貰おう。今…この近辺ではダーク・キングダムって名乗る非常に
怪しい奴らが活動して…住民の生命力を奪っている。
 今はまだ生かさず殺さずの小規模な活動だが…このまま放置して、奴らが力を
蓄えていけば…必ず厄介な事になる。
 お前らの当面の使命は…奴らが派手な動きをした時に片っ端から叩き潰して
殲滅していく事だ。一応…俺がサポートしてやるから…宜しく頼んだぞ」

 ものすっごいやる気がなさそうに、セレニティ・眼鏡が言い放っていく。

「…あの、オレたちに拒否権は…」

『ないぞ? 俺がそんなのは許さん』

 あっさりと、言い放たれた。克哉はそれを聞いて…項垂れるしかなかった。

「…これからもこの格好をして、オレ…戦っていくのか。どうか…全国ネットとかで
間違っても放映されませんように…」

「だ、大丈夫だって克哉さん! 俺も一緒だからさっ!」

「…う、うん…! そうだよね…! オレは一人じゃないんだもんね!」

 もし一人で25歳の大の男がこんなヒラヒラした格好で戦う羽目になっていたらと
思うと、眩暈すらしてくる。

「そうそう! 男…五十嵐太一! 微力ながら克哉さんと一緒に戦って助けて
あげるからさ。だから落ち込まないで?」

 太一の本音としては、こんなセレニティ・眼鏡の指令の通りに戦うなんて癪だし
この街の平和などはっきり言ってどうでも良い。
 けれど…こんなに可愛らしい反応ばかりしている、克哉の傍にいられるなら…
悪くはないかな、と思っていた。
 以前から、店の前を通りかかるこの人がどうしても気に掛かっていたのは事実だ。
 こんな馬鹿げたことでも…一緒にいられる口実になるのなら、この話に乗っても
構わないかな…と。それが正直な太一の感想だった。

『…話は、済んだか? それなら…お前に方に、今度は足手まといにならないように
これを渡しておく。これはお前にしか使えないものだが…くれぐれも敵に奪われない
ようにな…』

 そうして克哉は、一本のキラキラしたペンのような形状の物を手渡されていく。
 子供番組向けの変身物のヒロインが愛用しそうな感じの代物だ。

「…これは、一体…?」

「それを持って『ムーン・ヒーリング・エスカレーション! と叫ぶと生命力を奪われた
一般人や、戦いで傷ついた奴を回復させたり出来る。お前ははっきり言って戦闘能力は
『最弱』だが、回復能力は他の奴には出来ない役回りだ。
 それを意識して…今度から、戦いに臨め。…アキ」

 ふいに、一言…セレニティが名前を呼んでいくと…闇の中に白い優美な形のネコが
浮かび上がってくる。額には三日月形のアザがある、愛らしい猫だった。
 しかし、猫がいきなり…人語をしゃべって答えたものだから二人は驚くしかなかったが…
黒衣の人物は平然と眺めていた。

「なぁに? セレニティ様」

「…とりあえず今後はお前もこいつらをサポートしてやれ。お前が傍にいた方が
俺の言葉が正確にこいつらに伝わりやすくなるからな…」

「はぁい。えっと…克哉さんだっけ? 僕…アキって言います。宜しくお願いしま~す」

「はぁ…うん。宜しく…」

 いきなり変身する羽目になるわ、謎の植物に襲われるわ…自分と同じ顔した奴に
偉そうに指図されるわ、終いには猫がしゃべって挨拶してくるわ…。
 今までごく平凡な日常を送っていた克哉にとってはすでに許容量を超える事態が
起こりまくっていたが…あんまり非日常に突入すると、あまり驚く事もなくなるらしいと…
知りたくもなかった事実を思い知らされる気がした。

「うっわ! この白い猫…すっごい可愛いっ! ねえねえ…俺の処にはこの子、
来ないの?」

「…五十嵐様への指令に関しては、私め…このMr・Rがお傍で見守って手助け
させて頂きます。そのような形で宜しいですか?」

「うへっ! 何それ…! 絶対却下させてくれる? 俺だってあんなみたいな胡散臭い
奴よりも…可愛い猫の方が絶対良いのに!」

『…お前ら、いつまでくだらない事をベラベラと続けるつもりだ…?』

 雑談に逸れていた空気を、不機嫌そうなセレニティの声が戻していく。
 そこら辺に統治者としての威厳や能力が思いっきり発揮されていた。

『…ともかく、お前には…この街の平和を守ってもらう。このまま放置しておけば…
それなりに大変な事になるからな…面倒だが、協力して貰おう…。お前とて、自分の
上司や同僚の命が奪われたら…嫌な思いになるだろう…?」

 上司や、同僚…という言葉を聞いて、真っ先に浮かぶのは片桐部長や、本多。
 そして今…自分が所属している八課の仲間達だ。
 …その言葉を聞いた時、及び腰だった克哉ははっとなっていく。
 こんな格好をして戦うのなんて冗談ではないが…それが、自分の大切な人たちを
守る事に繋がっていくのなら…良いかな、と。ふと克哉は思い始めていった。

「…当然だよ。みんなが…そんな得体の知れない奴らの餌食になるなんて…
冗談じゃないからね…」

「なら、協力しろ。…心配するな。俺が必ず勝たせてやる。…お前達はただ、
怯まずに敵と対峙すれば良い…」

 そう言われて、初めて…この不遜なもう一人の自分の言葉を嬉しく感じていた。

「うん…宜しく。…まあ、死ぬほど恥ずかしいけどね…」

『…話は纏まったな。それじゃ俺はそろそろ休む…じゃあな』

 いきなり話を切っていくと…急にセレニティの姿と、Mr.Rの姿が闇の中に
消えていった。
 其処に残されたのは太一と克哉、そしてアキと呼ばれていた…白い猫だけと
なった。
 嵐のように速い展開に、頭がはっきりいってついていっていないが…どうにか
へたりこまずに、太一の方へと向き直っていく。

「…はは、何か…とんでもない事に…巻き込まれちゃったね。お互い…」

「…ん~まあ、確かに、ね。けど…滅多にない経験で良いんじゃないすか?」

 太一があっさりと言い切る姿を見て、正直克哉は感心した。
 自分にはこのポジティブ思考は絶対に持てないからだ。

「…そ、うだね。…けど、本当に…一緒に戦ってくれるの? 多分…危険な事に
なると思うよ。それでも…?」

「な~に、水臭い事言ってるんだよ克哉さん! 俺がここで断ったら…克哉さんが
一人で危険な目に遭うんでしょ? それくらいだったら一緒に戦って…貴方を
助けたり、守れた方が俺にとってはずっと良いし。気にしなくて良いってば!」

「えっ…あ、うん。そういってもらえると…恥ずかしいけど、嬉しいよ。…ありがとう
太一…君」

「うっわっ! 一緒に戦った仲なのにすっごい他人行事っすね。俺の事は太一って
呼び捨てにして構わないよ。克哉さんにならさ…」

 人懐こく笑いながら、あっさりと言い切られて克哉は最初あっけに取られたが
すぐに柔らかく笑っていく。
 最初はこんな事態に巻き込まれてどうしようかと思った。
 けれど…自分は一人じゃないし、こうして…運良く、快く手伝ってくれる仲間にも
こうして恵まれた。
 そう思えば…悲観的になる事もない。克哉はそう考え直す事にした。

「うん、判った…太一…これからも、どうも宜しくね…」

 そうして、克哉は彼の方に手を差し伸べながら、心からの笑顔を浮かべていく。
 それを見て、太一は照れくさそうに握り締めて…挨拶していく。

「うん! これからも宜しく! 克哉さん!」

 太一の明るい笑顔が、今の克哉にとって本当に救いだった。
 こんな事態に巻き込まれても、傍に支えてくれる人がいる。
 そう思えば、少しは心強かった。
 天に真っ白い月が浮かぶ中…二人は強く手を握り合って握手していく。
 これから生まれる信頼関係を、確かめるように。
 共に戦っていく仲間だと、心に刻んでいくように。

 そうして…二人は再び出会い、関わりが生まれた。
 この月が降り注ぐ…蒼い大地の上で―

 そうしてこの夜、この街の中で平和を守る二人の戦士が
静かに生まれたのだったー

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  謎の巨大植物の蔓がまるでタコかイカの足のように、うねうねと不気味に
うねり続ける。
 それを素早い動作でかわしていると、ふいに頭の中にセレニティ・眼鏡の
指令が響き渡った。

『とりあえず…こう叫べ。エアロ・ハリケーンと…それで攻撃出来る筈だ』

「判った! エアロ! ハリケーン!」

 太一が必殺技名を叫ぶと同時に、地面から空気が巻き上がり…小規模な竜巻と
なって辺りに吹き荒んでいく。
 それは鋭い空気の刃となって、蔓を幾度も切りつけて…克哉の周辺に巻きついていた
不埒な蔓を何本か排除していった。

「今だ! 克哉さん! 逃げて!」

「う、うっ…んっ…はっ…判った…」

 結構な時間、蔓に良いように乱されていたので…頬をほんのりと上気させながら
克哉が逃れようと足掻いていく。
 しかしすぐに他の蔓が一斉に巻きつき、もがいてももがいても逃れられそうにない。

「くっ…まだ、駄目か! もう一丁! エアロ・ハリケーン!!」

 かなり意識を集中しながら叫ぶと、風の刃の一つ一つの軌跡が判ってくる。
 克哉の身体だけは傷つけないように細心の注意を払いながら叫んでいくと…再び
風刃が大気を踊り狂う!
 蔓が必死になって太一の方に振り下ろされていくが、この装いは…見た目はかなり
ふざけているが、彼の身体能力を極限まで引き上げてくれているせいか…
さっき捕まった時に比べて、振り下ろされる速度はゆっくりして見える。
 おかげで余裕でかわせていた。

「よっ! ほっ…! こんなのろい動きで、俺を捕まえられる訳ないっしょ!」

 余裕の表情を浮かべながら、太一はかわし続ける。

「…凄い。オレなんかより…よっぽどまともに戦えてる…」

 それ以前に、こんな格好をさせられていて…まったく照れる様子も微塵も見せずに
当然のように戦い続けているその精神力に克哉は感心していた。 
 克哉は単なるサラリーマンだが、太一は普段からライブハウスで人前で歌ったりして
舞台度胸のようなものがついているのが理由であった。
 そのおかげで目立つような真似も、奇抜な格好も太一の方は慣れているので…克哉と
違いスカートを幾らヒラヒラさせようとも羞恥のカケラもない。

「エアロ! ハリケーン!! 克哉さん! 今度こそ! さあ…手を!!」

 三度目の風刃の嵐を巻き起こすと同時に、太一は敵の懐に踏み込んで克哉の
方に必死の形相で手を差し伸べていく。

「うっ…判ったっ!」

 こちらも懸命に相手の方に手を差し伸べていく。
 指を指を絡めるようにして握り合いながら、太一が耳まで真っ赤になるぐらいに
渾身の力を込めて、その身体を引いていく。

「おりゃあ!! いい加減克哉さんを離せ! このエロ植物めー!!」

 かなり個人的な憤りも混ぜていきながら叫んでいくと、ようやく克哉の身体が
植物の魔手から逃れていく。
 先程の克哉が太一を助けた時のように、その身体を抱きかかえて、少し離れた
位置に着地して体制を整えていく。

「克哉さん、大丈夫? 無駄に疲れてない?」

「…ん、うん。とりあえず…大丈夫。君が…助けてくれた、し…」

 笑顔で頷き合うと、つい可愛い笑顔に太一は微笑みたくなる。
 その瞬間…隙が生じて、蔓が鋭い一撃を繰り出そうとしている事に気づくのが
遅れて、反応が遅くなる。

「危ない!」

 それに気づいて、克哉が叫んだが…もう遅い。
 もう駄目だ! と無意識の内に太一の身体に抱きついて…せめて代わりに
敵の一撃を身に受けようとしたその時。
 
 真っ黒いタキシードとマントに身を包んだ謎の人物が、二人を庇ってくれていた。

「…大丈夫か?」

 それは壮年に差し掛かった男の低い声だった。

「は、はい…大丈夫、です…」

「…もしかして、あんた…。いや、まさかな…」

 太一が口元を押さえながら、もごもごさせている内に…克哉は謎の人物と
言葉を交わしていった。

「なら、良い。止めを刺すなら…今だぞ! 二人とも!」

「えっ…?」

 ふと見ると…謎の人物が光り輝くと同時に、敵も同じように発光して…
その動きを止めていた。
 薄闇の中、白く淡い光が…静かに浮かび上がっていく。

「…こちらは攻撃は出来んが、少しの間…動作を抑えるぐらいの真似は
出来る。さあ! 今の内に!」

 タキシードの人物が告げると同時に、セレニティ・眼鏡の声が再び
脳裏に響き渡る。それを憎々しげに太一は聞いていった。

『…確かに絶好の機会だ。…とりあえず、緑の奴。お前に次の技を授けてやろう。
こちらは一撃必殺…という奴だ。あんまり多用すると消耗が激しいから…ちゃんと
考えて使っていけよ。シュープリームサンダー…と叫んでモーションしろ』

「って…あんた、本当に偉そうだな。声しか聞こえないけど、どんな顔しているのか
一度拝んでやりたいぜっ…!」

(…オレと同じ顔しているんだけどな~)

 克哉の方は、先程一瞬だけ…その顔を見ているので非常に複雑だったが
太一にその心境を察する術はない。

(…そういえば、オレ…さっきから一つしか技を授けてもらってないような…?)

 ふと、二つ目の技を伝授してもらっている姿を見てそんな事に思い至ったが…変身して
真っ先に捕まるような奴なので呆れられたのだろうか。
 そう思うとちょっぴり寂しかったが…敢えて顔に出さずに太一の行動を見守っていく。

「いくぜ! シュープリーム…! サンダァァ!!」

 渾身の気合を込めていきながら、太一が頭上に両手を掲げて叫んでいく。
 その瞬間、雷雲が立ち込めて…鋭い雷が大気を走り、敵に向かって振り下ろされていく!
 まさにこれは一撃必殺! と呼ぶに相応しい派手な攻撃だ。
 辺りが真っ白に輝き、そして…敵はようやく…動きを止めていった。

「よっしゃあ!! 完全勝利って奴だね。決めっ!」

 ノリノリの様子で太一がその場で勝利のポーズを決めていった。
 ここら辺のノリの良さは、克哉は少し見習いたい気持ちになった。

(やっぱり若いって凄いなぁ~)

「ばっかもん! 幾ら戦いが終わったからと言って、気を緩めるんじゃない!」

 タキシードの人物は、浮かれている太一に向かって思いっきり拳骨を
一撃食らわしていった。

「あてっ! 何するんだよ! オッサン! 俺の親父みたいな真似しやがって!」

「うるさい! お前の親父さんに代わって…愛の鞭を与えてやっただけだ。…じゃあ
そろそろ俺は行くぞ。くれぐれも…正義の味方としての自覚を失わないようにな…」

「説教くさいオッサンだな~。イイ年して、そんな格好している奴にあれこれ
言われたくないね」

「…君、格好に関しては今のオレたちが…何か言えた義理じゃないと
思うんだけど…」

 トホホ、と肩を落としていきながら…克哉が冷静に呟いていく。
 あまりにも緊張感のカケラもない展開に、常識人の方である克哉は真剣に
頭を抱えたくなった。

「あの…すみません。助けてもらって本当にありがとうございました…。良かったら
貴方の名を伺わせて…頂けますか?」

「…人は私を、タキシードマスターと呼んでいる。まあ…見ての通り、単なる
通りすがりのお節介者だ。では…またな!」

 そうして、黒いマントを翻していきながらどこからか取り出した赤いバラを加えて
謎の人物は跳躍し…闇の中に消えていく。

「…一体何者だよ、あのオッサン。あんな跳躍とか普通にするなんて…ありえない
気がするんだけど…何か妙にウチの親父に似ている気するし…」

「まあまあ…おかげでオレたち、助かったんだしさ…。無事に戦い終わって、
良かったよね」

 そうして、克哉が心から嬉しそうに太一に向かって微笑みかけていく。
 それを見て…つい、顔を赤らめたくなった。

(この人…こんな可愛い顔も出来るんだ…何か、すっげぇ…新鮮…)

 その笑顔を見て、もっと見ていたいな…と感じたら、こちらの方もごく自然に
笑みを浮かべていた。
 胸が小さく、トクントクンと高鳴り始めている。
 もっとこの顔を見続けたい、という暖かい気持ちが…太一の心の奥から
静かに湧き上がっていた。

 そうして…彼らにとっての初めての戦闘は、勝利という形で終結したのであった―
 
 

   五十嵐太一は、植物の蔓に巻き取られながら…必死になってもがき続けていた。
  父親の経営している喫茶店を、軽い気持ちでサボって公園にブラリと足を向けたら
何故か変な植物に襲われて、うねうねと滑った蔓で全身を撫ぜ回されて、怖気が
走っていた。
 しかし太一が逃れようと足掻いた処で、この謎の植物をどうにか出来る訳でもない。

(くっ…俺、一体どうなってしまうんだ…?)

 普段、ヘラヘラと笑っている事が多い彼が…ようやく切羽詰った表情を浮かべた頃
救いの主は―現れた。

「その人を離せ! えっと…ムーンティアラ! アクション!!」

「な、何だっ!」

 いきなり現れた人物は、ヒーロー物や特撮物くらいにしか出て来ない必殺技っぽい事を
叫びながら、光り輝いていた。
 そして…その人の顔と格好を見て、眼を見開いていく。

(あ、あの人は…!)

 その人物に見覚えがあった。確か…いつも自分の勤めている喫茶店の前を、毎朝通っていく
顔立ちの整ったサラリーマン…の筈だった。
 しかし今の彼は…ヒラヒラしたセーラー服っぽいのに身を包んで顔を真っ赤にしながら
必殺技なんぞを繰り出していた。
  克哉が自分のティアラを手に持って、技名を叫んだその時…ティアラはエアディスクの
ような綺麗な軌跡を描いて…太一の身体に絡んでいた蔓を一網打尽に切り裂いた。

「どわっ!!」

 急に太一の身体が宙に浮き、地面へと落下していこうと…していた。
 しかし…救いの主はそんな太一の元へと駆け寄り、その身体を受け止めて…こちらが
地面に投げ出されるのを防いでくれた。
 そのまま謎の植物から大急ぎで離れて、二人で安全な場所へと避難してから…太一を
地面に安全に下ろしてくれていた。

「だ、大丈夫…っ?」

 一生懸命な顔をしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。
 いつも遠くから見ていた。その時から顔立ちが整った人だな…とは感じていた。
 しかし…こんな装いをして、自分を救おうと必死になってくれている姿を見て…太一は
凄く可愛いな…と思ってしまった。

「えっ…うん。いちお~大丈夫っす。その…助けてくれて…ありがとう。克哉さん」

「へっ…何で、俺の名を…?」

「…やばっ! いや…その、たまたま偶然…以前に俺の勤めている店の前でおっきい
身体の人が『克哉』って呼んでいるの聞いていたの覚えていただけだから! 
気にしないで!!」

「…おっきい身体…? あ、もしかして…本多、かな…け、けど…俺の名前を知っている
人に…こんな格好を見られるなんて…死ぬほど、恥ずかしい…」

(って、何でこの人…こんなに可愛いんだよ! 反則じゃん!)

 本当は太一が克哉の名前を知っていたのは…毎朝、喫茶店の前を通っていく克哉が
どうしても気になって…自分が持っているスキルを総動員して…彼のことを最低限
調べたから…が真相である。
 流石にプライベートな情報まではまだ知らないが…克哉のフルネームと、どこの会社に
勤めているか程度までは頭に入っていたのだ。
 だからつい、克哉さんと呼んでしまったのだが…こちらはすでに彼のことを知っていたので
まだ正式に知り合ってなかった事は失念していた…が真相であった。

「あ、俺…あんまり気にしてないから! 今の克哉さんの格好…マジで可愛いって思っているし
似合っているからさ!」

「…25歳の男がこんな格好して、似合うって言われても複雑なんだけど…」

「…あの、もしかして…止め刺しちゃったのかな…? 俺…」

 克哉のあんまりしょげている姿を見て、余計に太一はどう言えば良いのか迷ってしまっていた。

 シュル!!!

 その時、まるで鞭を振り下ろす時のような鋭い音が…周囲に響いていく。
 先程、克哉の手によって蔓を切り落とされた謎の植物が…再び自分の獲物を取り戻そうと
蔓を伸ばして、再度太一を捕獲しに来たのだ。

「うわぁ! また来たっ! ほっんと…しつこい!」

 慌てて太一は身を翻して、蔓から逃れようと地面を転がっていく。
 
 シュル!! ヒュッ!! シャッ!!!

 逃げている合間に何本もの蔓が容赦なく振り下ろされていく。
 一本程度なら逃げ切れても、間髪いれずにこんな鋭い一撃を繰り広げられたら
こちらは一溜まりもない。
 捕まる! と観念したその時、思いっきり太一は突き飛ばされていた。

「克哉さんっ?」

 ドン、と鈍い音をしながら…自分の代わりに克哉が蔓に捕らわれていく。

「あっ…!! はぁぁぁ…!!」

 自分が捕まっている時と違い、蔓は克哉の身体を…いやらしく弄り始めていた。
 くねくねと蠢きながら太股や二の腕の辺りを何本もの蔓が絡んで…ゆっくりと性感を
引きずり出していく。
 両腕は纏められて頭上に掲げられて…手首の辺りに細い蔓が絡んで…拘束されていた。
 服の上から胸の突起や…下肢を淡いタッチで擦り上げられて…克哉の顔が、高潮して
先程とは別の意味で顔が赤く染まっていった。

「…お願い、だから…逃げて、くれ…! あ…ぅ…!」

 スカートを捲くられて…太股やその中身の部分が露になっていく。
 その様子を…呆気に取られながらつい見入ってしまう。
 眺めている太一の方が赤くなってしまうような光景だ。

(…やばっ! この人…凄く、エロいっ…)

 助けてくれた人物がこんな事になっている時に…こんな事を考えるのが不謹慎だな、とは
判っていたが…眼をどうしても離せない。
 同時に、ムカムカしてきた。
 こんなに可愛い人が、あんな良く判らない植物に良いように弄られて…感じさせられている。
 その事実が、何故だか非常に腹が立った。

「どうして…俺を助けてくれた克哉さんを見捨てて逃げれるって言うんだよ! 無茶
言わないでくれよっ!」

「け…けど、君は…戦う術…なんて、持ってないんだし…っ! だから…! あっ…」

『戦う手段くらいなら、与えてやっても良いけどな…』

 二人が押し問答をしていたその時、同時に脳裏に一人の男の声が聞こえて来た。
 さっきムーンティアラアクションを克哉に命じてから、沈黙を守っていた…ドレスを
纏ったもう一人の自分の声に間違いなかった。

「な、何だ? いきなり…声が?」

『そんな瑣末な事はどうでも良い。で…どうする? お前が望むというのなら…一応
この俺が戦う為の力を与えてやっても良い。いきなり初っ端から…こいつが敵に
拉致されて幻の銀縁眼鏡が敵の手に渡るのは…俺にとっても好ましくないからな…』

「…何言っているか判らないけど、あんたの言っていることに頷けば…戦う力とやらを
与えてくれるって言いたい訳?」

 太一は、蔓から逃げ回りながら、セレニティ・眼鏡の言葉に答えていく。

『その通りだ。俺からの手助けを受け取るつもりなら…右手をかざして、こう叫べ。
ムーンプリズムパワーメイクアップ、とな…』

「迷う訳ないだろ! 克哉さんを助ける為なら…! いくぞ! ムーンプリズムパワー!
メイクアップっ!!」

 太一は一寸の迷いもなく、その恥ずかしい発言と動作をして…戦いの為の装い、
メイクアップを始めていく。
 その身体は光り輝き、克哉が青いスカートと赤いリボンだったのに対して…太一の
色彩は赤いリボンと淡いライトグリーンのスカートだった。
 基本的な格好は同じだが、微妙にティアラやブーツのデザインが異なっているのが
心憎い演出だった。

(な~んか昔の漫画にあったよな。俺の場合だと…こういう場合、何になるのかな…
あ、そうだ…!)

 ふと思いついて、太一は決めのポーズを決めていく。
 そして高らかに叫んでいた。

「美青年戦士、セーラーロイド見参!! 」

 太一の方は克哉と違って、思いっきりこの事態を楽しんでいるようだった。
 そうして、太一は敵と向き合っていく。 
 自分を助けてくれた克哉を救出する為に、黒い巨大な植物と対峙し、戦いの
構えを取っていった―
 
  夜空に真白い月が輝いていた。
  空を仰げば、自分と同じ顔をした眼鏡の青年が白いヒラヒラしたドレスを纏い
ゆっくりと月からその幻影が舞い降りてくる。
 あまりに非現実な光景に、克哉は凍りついたが…眼鏡の人物は勢いを止める
様子はなかった。
 そして…こちらの胸を射抜くように、その幻影が…こちらの身体に重なった瞬間
声が聞こえ始めた。

『やっと繋がったか…今生では初めまして、だな…<オレ>』

「…って、何を言っているんだ? 一体…お前は…?」

 事態についていけず、克哉はただひたすら混乱するしかない。しかし幻聴を
齎す相手の方は良い言い方をすれば落ち着いていて…悪い言い方をすれば
やる気のカケラも見えない様子で答えてくる。

『…お前の疑問に答えてやる時間は、今はない。とりあえずあの小物を
どうにかしたいんだろ? なら…俺が言う通りに叫ぶんだ。
ムーンプリズムパワーメイクアップ!! とな…』

「…正気、か…?」

 良く子供番組の変身物とかで、主人公が敵が現れると何か決めセリフを
言いながら変身するシーンとかがあるが…まさにそんな感じである。
 十代の時ならともかく、25歳の立派な大人になってからそんな事態が
舞い込んで来るなんて何の冗談かとも思った。
 そう迷った瞬間、木々が薙ぎ倒される轟音が辺りにもう一度響き渡る。

―誰か、助けてくれ~~!!!

 遠くの方から、先程の若い男の声がもう一度聞こえてくる。
 それを聞いて克哉は覚悟を決める。
 目の前の黒衣の人物も、突然聞こえる幻聴も胡散臭い事、この上ない。
 しかし…このままの自分では助ける事など到底無理なのだ。
 それなら試すだけ試してみよう…そう思い、銀縁眼鏡をつけたまま
克哉は盛大に叫んでいく。

「ムーンプリズムパワー…! メイクアップ!!」

 やけくそになりながら、右腕を天にかざして叫んでいく。
 その瞬間、克哉のスーツが光に包まれて霧のように消えていく。
 何とも心地よい感覚に包み込まれながら…メイクアップ、そう…戦う為の
装いへと変化していった。
 額にV字型のティアラが、胸に大きなリボンが、腰の辺りにはヒラヒラした
スカートが、そして二の腕まで伸びる白い手袋に、赤のロングブーツ。
 25歳の成人男子が纏うにはあんまりにもあんまりな装いではあるが…
眼を開いたその時、変身は終了した!

(ツッコんではダメだ…! ツッコんではダメだ…!)

 ものすっごい嫌な予感がしたので、敢えて今の自分の格好に関して
意識しないように努める、がそんな克哉の努力を黒衣の男はたった一言で
あっさり無駄にしてくれた。

「あぁ…その装いを身に纏った貴方は本当に美しい…! さあ、私の目の前で
是非見せて下さい。貴方が敵を前にして舞い、乱れる様を…!」

「オレのどこか美しいんですか! それに何ですか! 舞い、乱れる様をって!!」

 顔を真っ赤にしながら反論していくが、長い金髪をおさげに結っている謎の男は
うっとりと酔いしれて自己陶酔に陥っていた。

『…無駄な時間を費やすのは、それくらいにしたらどうだ…? お前が
そんな真似をしている内に…襲われている男は死んでしまうかも知れないぞ…?』

「うっ…ん、そうだな。敢えて…これ以上は考えないようにする。で…オレは
どうしたら、良いんだ?」

 頭の中で、自分と同じ顔をした人物の声が響き渡るなどどんなファンタジーだろうかと
思ったが、今は敢えてこれも追及しない。
 どうやら事態が自分よりも見えているらしい相手に向かって質問を投げかけていく。

『…面倒だが、今回は俺が指示を出してやる。その通りに動けば…お前の
勝利は間違いなしだ。良かったな…<オレ>』

「判った! じゃあ…黒い影に向かうぞ!!」

 闇の中…克哉は黒い巨大な植物の影の方へと向かっていく。
 戦うと心に決めて―
 そうして、戦いの火蓋は切って落とされた―
 
  ある初秋の夜。
  仕事で大きな失敗をして、同僚の本多に励まされながらも帰路を別にし
公園のベンチに座りながら、白く輝く満月を克哉は眺めていた。

 こんなに綺麗な月の夜は、何故か一瞬だけ過ぎる夢がある。

『……くら、い…ちゃん、と……呼…・だ、ら…どう、だ…?』

 端正な男の顔が歪み、泣きそうな顔になっている。
 しかしその面影はいつもはっきりせず、どんな顔立ちをしているのか
詳細は良く判らない。
 ただその男は自分にとっては身近な存在であった事だけは何となく
感じていた。

『…う、して…こんな、事に…なった、んだ……い、さ、ん…』

 ボロボロになった衣類を身に纏いながら自分が力なく呟いていく。
 この夢の中の自分はいつも大粒の涙を流している。

『…そ…れ、が…俺たちの…運命…だった、からだ…』

 荒い息を零しながら、男は己の胸を押さえていく。
 指の隙間から、生命の証である血潮が溢れ続けている。
 この男はもう、絶命寸前であり…手を掛けたのは紛れも無く自分だ。
 その罪の意識に耐え切れず、切なげに自分は呼ぶ。

『エン、ディミオン…』

 夢はいつも、そこで終わる。
 その記憶が一瞬のさざ波のように押し寄せては、瞬く間に掻き消えていく。

「…また、この夢か。…子供の頃から繰り返し見るけど、一体これは
何だっていうんだ…」

 そう呟きながら、佐伯克哉は…手に持っていたビールの缶を持ち直して
一気に全部煽っていった。
 仕事に失敗した事も、八課の仲間達に迷惑掛けてしまった事も全てを忘れ去って
しまえれば良いのにと切実に思う。

 けれど蒸留酒とか、強い酒を日ごろから飲み慣れている克哉にとっては
一本のビール程度ではそこまで酔えない。
 先程の飲み会でも、それなりの量を飲んでいるにも関わらず、だ。
 その現実に深い溜息を突いて、空を仰ぐ。
 月はいつものように、傲慢なほどに煌々と輝き続けていた。

 頭の中を過ぎるのは、自分の上司の片桐部長の先程の悲しそうな顔や
無理に明るく振舞おうとする本多の態度だ。
 それを思う度に自己嫌悪に陥り、酒を更にまずくさせていく。
 マイナス思考に陥っていた克哉の耳に、澄んだ靴音が飛び込んでくる。

「ビールは美味しくありませんか…?」

 月光を背に黒尽くめの男がいつの間にか傍らに立っていた。

「先程から、全然進んでいないようですね。…心の内に抱えている悩みが大きすぎて
せっかくのアルコールの味も楽しめないようですね…」

「どうして、そんな事を…?」

「見れば判りますよ。何をお悩みなんですか? 恋愛…それとも、仕事でしょうか?
・・・まあ、どちらも有り得ませんよね。貴方ほど能力も魅力も有る方がそんな
ささいな事で深く悩まれる事など…」

「…失礼ですが、貴方にどれだけ…オレの事が判っているというんですか?」

「…えぇ、貴方のことは私は良くご存知ですよ。今となっては長い付き合い―
ですからね」

 その言葉を聞いて、瞠目していく。 
 自分とこの男は紛れもなく初対面の筈なのだ。
 それなのに黒衣の男は自信たっぷりにそう言い切っていく。
 信じられない、という眼差しで相手を見つめれば…男は愉しげに
微笑んでいく。どこか禍々しいくらいに綺麗な…笑みだった。

「どうしました? …私に興味がありますか?」

「えっ…いや、その…」

「私は…貴方に興味がとてもありますよ。そうして悩んでいらっしゃるのなら…
出来るだけの事をしてあげたいと思うほどにね…」

 あまりにもきっぱりと言い切られて、克哉はどう返答して良いのか
答えに詰まっていく。
 見知らぬ男の筈だ。
 どこかで会った事がもしかしたらあるのだろうか…? 

 そう考えて、マジマジと顔を見つめていくが…やはり名前などはまったく
思い当たらない。
 しかし…不思議な事に、こうして話していると確かに初対面ではなく
以前にも会った事があるような錯覚を覚えた。
 それは一体、どこの事だったのか…?
 そう考えていた時、いきなり轟音が周辺に響き渡った。

 メキメキメキ…バキッ!!!


 木が荒々しく薙ぎ倒されていく音が、耳に届いた。
 そちらの方を咄嗟に見遣ると、克哉はぎょっとなる。

「ひいっ!!」

 少し離れた位置で…闇の中に、何か黒い触手だか、植物の蔓のような
ものが蠢いている。
 それが周辺の木々やベンチなどに伸びて、縦横無尽に捉えて…
振り回したり、締め付けたりの動作を繰り返していた。
 その黒い影の巨大さと不気味さに…克哉は恐怖で凍り付いていく。
 
「おや…貴方ともあろう方が、あの程度の小物が恐ろしいんですか…?」

 しかし目の前の黒衣の男はまったく動じる気配がない。
 それが余計に信じられない上に、恐ろしかった。

「あ、当たり前ですよ…! あんなの遭遇したら…!」

「貴方には、あの程度のものをあっさり蹴散らす事が出来るくらいの
力が備わっていらっしゃるのに…ですか?」

「…! 冗談は止めて下さい! オレに…あんな、あんなに恐ろしいものを
撃退する能力なんてある訳がないじゃないですか!」

 25年間、一応平凡に生きて…今ではしがないサラリーマンでしかない自分に
あんな物を倒す能力などある筈がない。
 そう確信して言い返すが、黒衣の男はまったく意に介してないようだ。

「…信じてらっしゃらないようですね。それなら…これを一度、掛けてみたら
どうですか…?」

 そうして、男は掌にキラリと反射して輝く銀縁眼鏡を乗せて…こちらに
差し出していく。

「…これ、は…?」

 何故、こんな時に眼鏡など差し出されるのだろうか?
 訝しい顔をして男を睨み返すが、相手はまったくこちらのきつい眼差しなど
気にしていないようだった。

「…これは貴方の本来持っている能力の全てを引き出す事が出来る…そう
ラッキーアイテムのようなものだと思って下さい。これを掛ければ…貴方の力なら
あの程度の小物なら物ともしないでしょう。試されてみては如何ですか…?」

「そ、んな…訳…」

 いきなり、そんな事を立て板に水の勢いで並べられても、思考がついてくる
訳がない。
 信じられない、という顔を浮かべている時…誰かの悲鳴が闇の中に響き渡る。

―うわぁぁぁぁぁ!!!!

 それは若い男の声のようだった。
 切羽詰った声を聞いて、何かとんでもない事が起こっている現実を認識していく。

(…迷っている暇はない。どこの誰だか知らないけれど…もし、オレに本当に
力があって、あの不気味なものを撃退する力があるというのなら…ここで試しも
しなかったら、オレは人を…黙って見捨てた事になるんだ…!)

 誰かの悲鳴を聞いた時、克哉の覚悟は決まった。
 手を震わせながら…黒衣の男に手を伸ばし、銀縁眼鏡を受け取っていく。
 迷いながら、それを己の顔に掛けたその時―。

「……っ!」

 月から眩く輝く白い影が、克哉の方に向かって飛び込んで来た。
 その瞬間克哉の身体は、眩いばかりの光に包み込まれたのだった―
 
 
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HN:
香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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