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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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―俺はあんたを抱きたいと思っている。御堂孝典…そんな俺を怖いと
思うなら…逃げても構わない。その自由があんたにはある…

 自分自身と対峙して、彼の存在を享受した翌朝。
 克哉の意識が夢現になっている時…もう一人の自分は携帯を片手に持って
留守番電話に、そう簡潔にメッセージを残し…通話を切っていく。

 それは眼鏡の方の嘘偽らざる本心。
 御堂が克哉を心から愛しいと思って抱くように。
 もう一人の自分が心から愛している男を、いつしか眼鏡の方も好意を持ち…
いつしか『抱きたい』という気持ちに発展していった。
 その気持ちを一言、相手に告げて…もう一人の自分もまた再び…深い
眠りの淵へと落ちていく―
 
 窓から差し込む、陽の光だけが…酷く眩しく感じる朝だった―

                             *
 日曜日の夕暮れ。
 眼鏡の方の意識を受け入れて、二日目を迎えていた克哉は深い溜息を突きながら
キッチンに立って夕食の準備を始めていた。

もう、日曜日の夕方だ。オレが提示した週末が終わろうとしている。やっぱり御堂さん
とってオレ達は重すぎたのかな

 週末、受け入れてくれるつもりがあるならこの部屋まで来て下さい。
 来ないようだったらこの恋を諦めるつもりです、と彼に提案したのは自分自身だ。
 覚悟はしていたつもりだった。
 なのに実際に御堂が今まで訪れて来なかった事実は、思いっきり克哉の気持ちを
沈み込ませていた。
 夕暮れの茜色に染まった陽光が…玄関側の窓から微かに差し込んで来ている。
 その扉はまだ、開かれる気配はなかった。

「御堂、さん…」

 知らず、愛しい人の名を呟きながら…ベッドの傍らでうずくまって…無為な時間を
過ごしていく。
 そういえばそろそろ夕食の準備をしなければならない時間帯に差し掛かっていたが
落ち込んでいるせいか、まったく空腹感がない。
 昼間にラーメン一杯を食べたきり…固形物は口にしていないが、それでも明日の
朝までは大丈夫そうなくらいに今の克哉は食欲が湧かなかった。

(…何か、ご飯を用意したり食べたりするのも…もう、億劫な感じだな…)

 だが克哉の意思と反して…お腹はグウ、と音を立てていく。
 身体は正直とは、本当の事のようだ。
 意識では食べたくないと思っていても…肉体の方は空腹を訴えて、何かを
胃に入れろとせっついて来る。
 それでも克哉は動く気になれないでいた。

『おい…いつまでヘコんでいるんだ。お前がそんな空腹でいると…俺までその苦痛を
感じなくてはいけないから、非常に迷惑なんだが…』

 そんな自分の姿に焦れたのだろう。
 頭の中に…もう一人の自分の声が響き渡っていく。
 口調からしてかなり不機嫌そうな感じだった。

(…そんな事言っても、食欲が湧かないんだから…仕方ない、だろ…。
今は何も…したくないんだ…)

『ちっ…情けない奴だな。俺が少し…手を貸してやる。それで動いてみろ…』

 ふいに、自分の中に…もう一人の自分の意思が混ざっていくような感覚を覚えた。
 意識は紛れもなく自分の方なのに…身体が何かに操られているように…勝手に動いて
キッチンのと方まで向かい…戸棚を空けて何種類かの穀物やドライフルーツが配合された
シリアルを取り出して、深いガラスの中に放り込んでザカザカと冷たい牛乳を掛けていく。
 それは所要時間1分以内で出来る、最短の食事の用意である。
 
『…それくらいは食べておけ。ただでさえ気持ちが沈んでいる時に…空腹の状態で
いたら、もっと気持ちが沈んでいくぞ…まったく…』

「あ、うん…ありがとう<俺>…」

 そう一言、もう一人の自分に礼を言いながら…スプーンを片手に持って自室に戻り
シリアルをゆっくりと食べ始めていく。
 意識の上では、ご飯などいらないと思っていた。
 だが実際にこうやって食べてみると…いかに自分の身体が食べ物を要求していたかを
思い知らされた気分だった。
 ザクザク、と小気味の良い音を立てながらシリアルを咀嚼して胃の奥へと流し込んで
行くと…身体に少し、気力が戻って来たような気分になった。

「…ん、ご馳走様。用意してくれてありがとうな…」

『…それくらいで礼を言われる言われはない。お前が空腹のままだと…俺までそれを
味わう羽目になるからやったまでだ…』

(ん、判った…そういう事にしておくよ…)

 もう一人の自分の物言いがおかしくて、ついクスクスと笑ってしまうと…思いっきり眼鏡の
方はムクれてしまったようだった。
 一時繋がっていた意識が再び途切れて、彼の声と気配は…克哉の中から消えていって
しまった。

(…あ~また、照れて…拗ねたな。まったく…意外に照れ屋だったんだな、あいつって…)

 あの日から眼鏡の意識が克哉の方を認めてから、自分達の在り方は大きく変化
していた。
 時々、ふっとした時にもう一人の自分の意識とパスが繋がってお互いの意思の
疎通が出来るようになっていた。
 最初はこのような状況になった時にびっくりしたが二日目を迎えて、克哉の方も
徐々にこの状態に適応していた。
 元々、いる事は判っていたのだ。今更この状況に驚いても仕方が無い。

まあ、少しうるさいのが玉に傷だけど四六時中、声が聞こえる訳じゃないしね

 眼鏡の意識も気まぐれで、自分が話したいと思った時にしかこちらも声が聞こえない。
 相手の考えが判らないでモヤモヤしているよりはマシ、と克哉の方もあっさりと
状況を受け入れる事にしていた。

(それに…今の状況じゃあ、一人で黙って待っているよりもずっとマシだしね…)

 静寂を讃えた自室で、一人で御堂がいつ来るかを待っている状況で…それでも
克哉が沈み切らずに済んでいた理由は、眼鏡の方が…こうして時折、こちらを心配して
ぶっきらぼうにだが…声を掛けてくれていた事も大きかった。
 時に親父じみた、セクハラ発言が飛び出す事もあったが…昨日、散々やられた時に
以前に本多がお土産で買って来たセンスが最悪のシャツを着てやる! と脅す事で
どうにか主導権を得ていたおかげで…今日はその類の意地悪な言葉を聞かされずに
済んでいた。

 シリアルを食べ終えて、調理場の洗い桶の中に食器を突っ込んでいく。
 キッチンの窓から差し込んでくる赤みを帯びた夕日の光は…今日という一日が
終わる事を世界に告げている。
 今週末、は…今日で終わりだ。
 昨日一日もやきもきしながら過ごしていたが…本日はそれ以上の気持ちを抱えていた。

「…やっぱり、オレみたいな奴とは…これ以上、付き合えません…よね…」

 その現実を受け入れて、御堂を諦めるように自分に言い聞かせようとした
次の瞬間―この二日間、まったく鳴らなかった…御堂専用の着信音が部屋中に
響き渡っていた。

「…っ!」

 その音を聞いて、脱兎の勢いでベッドの傍のガラステーブルの上に置いてあった携帯に
駆け寄り…通話ボタンを押していく。
 繋がると同時に、バタン! と自動車のドアか何かが勢い良く閉められて、コツコツコツと
上質の革靴が硬い床を歩く音が微かに聞こえていた。
 …どうやら、移動しながら電話を取っている状態のようだった。

「もしもし…!」

『…克哉か。良かった…繋がった。…この二日間、元気だっただろうか…?』

 電話の向こうから聞こえる声は、紛れもなく愛しい相手のものであった。
 それを耳にして…克哉はジィン、と痺れるような幸福感で一杯になっていく。

「はい、どうにか…オレの方は元気にやっていました…孝典さんの方こそ、どうでした…?」

『それを君が…聞くのか? 意地が悪いな…。そうだな…君たちの事ばかり考えて
ずっとグルグルと頭の中が回って身動きが取れない感じだったかな…』

「っ…!」

 その一言を聞いた瞬間、御堂に申し訳なくて…つい肩を竦めていってしまう。
 痛そうな顔を浮かべている間も…恋人からの言葉は受話器越しに続けられていった。

『…昨日の朝、もう一人の君からの留守電を聞いて…私は今までの人生で
一番、と言えるくらいに…凄く悩んだ。悩み続けた。
 …私にとって、君がとても大事な人なのは変わらない。だが…私を抱きたいと
言っているもう一人の君まで私は許容する事が出来るのだろうか…と。
 その一件で、自問自答を繰り返していたよ…』

「…そんなに、悩ませてしまったんですね…すみません…」

『…いや、君が謝ることではない。確かに…困惑はしたが、好きでそうなって
しまった訳じゃない事は…何となくは判るからな…』

「はい…ありがとう、ございます…」

 御堂の言葉を聞いて、克哉はずっと恐縮するしかなかった。
 その緊張を相手の方も感じ取ったのだろう。
 ふいに…フっと…相手が笑っているような、そんな気配を受話器越しに感じた。

『…まったく、君は…本当に生真面目なんだな。其処まで今更…私の前で畏まらなくて
構わないのだがな…』

 唐突に…先程までの硬質な声から…柔らかいトーンのものへと変化していく。
 
『克哉…私には、君が必要だ。散々悩んだ末に…出た結論は、結局…それだった。
君を失いたくない。傍にいて欲しい…それが、この一件を経た後で導き出した…
私の率直な気持ちだ…』

 その一言を聞いた途端に…克哉の涙腺は、制御を失って壊れてしまったかの
ように…頬に涙を伝らせていく。
 一度、堰を切ったら…もう止まらなかった。
 最初は滲んでいた程度のものが、次第に大きな粒になり…とめどなく克哉の頬を
濡らし始めていく。
 後はもう…止める事など、出来なかった―

「た、かのり…さ、ん…」

 あまりに嬉しくて、喉の奥が震えて…声が掠れていく。

『…正直、もう一人の君に抱かれる処までは…怖くない、と言ったら嘘になる。
しかし…私は、彼にも正直、惹かれる部分はあったからな…。初めてうちの会社に
来てプロトファイバーの営業権を勝ち取った時は何と傲慢で…やり手の男だ、と反発心が
湧いたが…今思えば、それも…強烈な関心の裏返しだったかも知れないしな…』

 そう、愛しいという感情こそ…まだないが、もう一人の克哉の存在が…御堂の心の中で
強く印象に残っていたのは事実だった。
 この一件より前に、御堂が彼の姿を見たのはその一回だけしかない。
 だが…そのただ一度だけの邂逅は極めて印象的で、御堂の中で決して色褪せる事は
なかったのだから…。

「ほ、んとう…に、もう一人の…<俺>の方まで…受け入れて、貰える…んですか?
それで…孝典、さんは…良い、んですか…?」

 たどたどしい口調で、涙声になりながらも…懸命に言葉を紡いで…御堂に語り
掛けていく。
 そんな克哉に優しく諭すように…男は返答していった。

『あぁ…本気だ。今、君の部屋の前まで来た…。疑うのなら…扉を開けて、私が
本当にいるかどうかを…見て確認してくれ…』

「えぇ!」

 それと同時に、声と一緒に聞こえていた靴音もピタリと止まっていく。
 事実かどうかを疑って…ゴクリ、と克哉はその場で息を飲んだ。

 トクトクトクトクトク…。

 普段より若干忙しなくなっている自分の鼓動の音が、うるさいくらいだった。
 携帯電話をさりげなく切り、机の上に置いてから…ゆっくりと玄関の扉の方へと
克哉は向かっていった。
 夕焼けがもっとも赤みを帯びて輝いている時間帯。
 克哉は…玄関に立ち、その扉を…慎重に開いていった。

「あっ…」

 其処に、紛れもなく…御堂は、居た。
 逆光のせいで…顔の表情は良く判らなかったけれど、間違いなく…その服装も
シルエットも愛しい人のものだった。
 それに気づいた瞬間、克哉は…御堂の胸に自ら飛び込んでいた。

「孝典さんっ!」

 つい、知らず…声は相手の名前を叫んでいた。
 それに応えるように…御堂もまた、克哉の身体を強く強く抱きしめていく。
 お互いに痛いぐらいに相手の身体をしっかりと抱きしめ…その存在を確認し合っていた。

迎えに来るのが、遅くなってすまない。ギリギリまで、迷っていたから

「いえ良い、んです。貴方がこうして、来てくれただけでそれだけで、オレには
十分ですから

 このまま来てくれずに、この恋を諦めてしまう結末よりも。
 どれだけ遅くてもこの人がこんな自分たちを受け入れてくれた事実の方が
幸せだから
 そう言い聞かせて、ギュウっと強く力を込めていく。
 それは痛いぐらいの抱擁だったけれど二人とも、まったく腕の力を緩める
気配はなかった。
 それだけで言葉を聞かなくてもお互いに答えは伝わっていた。

「ありがとうございます。孝典、さん! こんなオレ達を受け入れて、下さって!」

 本気で、嬉し涙が瞳から溢れて止まらなくなっていった。
 顔はクシャクシャになっていたが今の克哉はそれを止める事など出来ない。
 頬に涙を大量に伝らせている恋人の姿に、胸が詰まるような感情を覚えて御堂は
ゆっくりと、貪るように唇を重ねていった。

 お互いに気持ちが蕩けそうなくらい心地よく、幸せな口付け。
 日が完全に沈み、夜の帳が舞い降りる頃ようやくキスを解いていく。
 その頃には、本当に嬉しそうな笑みを克哉は浮かべていた。
 そして強い覚悟と決意を秘めながら、こうして来てくれたのなら伝えようと
思っていた言葉を、口に上らせていく。

『孝典さん…オレは、貴方を一生…貴方を愛しぬきます

 それは克哉の中の強い想い。
 こんな複雑な事情を抱えている自分を、丸ごと全部受け入れてくれた人に
最大級の感謝の気持ちを込めて、克哉はそう伝えていった。
 その言葉を聞いて、御堂もまた嬉しそうに微笑んでいく。

『あぁ私も、君達を二度と他の誰かに渡すつもりはない。覚悟、しておくんだな

 そうして、二人の影がゆっくりと重なり合う。
 繋がれた手と手が、お互いの想いを伝えていく。
 ようやく、散々迷って苦しんだ末に二人は、不安定な関係から絆を芽生えさせる。

 御堂がこの扉を開けた瞬間に…今までの『二人』の関係は終わりを告げて
新しい関係が始まろうとしていた。
 
 今まで克哉にとって…もう一人の自分の存在を知られる事が怖かった。
 それが露見すれば、御堂を失ってしまうのではないか。
 その恐れが二人の間から安定や信頼を奪い、不安定なものしか築けないでいた。
 だが…今は、違った。

 御堂は彼の罪も…複雑な事情を全て踏まえた上で…佐伯克哉という人間を
もう一つの人格と共に受け入れていく。
 いつもの彼とまったく異なる、別個の意思を備えた有能な能力を持った存在。
 自分を抱きたいと、率直な欲望を伝えてくる傲慢な男。
 その存在を込みの上で…彼らは『三人』で新たな関係をスタートさせていく。

 それに不安がない、と言ったら…嘘になる。
 だが、克哉はもう揺らぐつもりはなかった。
 この人の手を自ら離すつもりもない。
 もう一人の自分の存在も、二度と否定するつもりもなかった。

 自分の人生や、これから先の幸せは…この二人を抜きにしては有り得ない。
 そう確信していたから。
 だから強く強く、克哉は御堂の身体を抱きしめて…己の想いを必死に伝えていく。
 今、この瞬間…御堂の腕の中にいて、誰よりもこの人の近くに在れることに心から
感謝しながら…克哉は、愛しい人間にそっと…身を委ねていったのだった―
 
 

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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