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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 最初、眼鏡から包丁を手渡された時はびっくりしたけれど…すぐに克哉は
冷静さを取り戻していった。
 これ見よがしに…手に持った凶器を相手の前に翳していくと…さも当然の
ようにあっさりとそれをベッドの上に放り投げていった。

「…それで、こんな事で…オレの決意が揺らぐと思っていたの? ねえ…<俺>」

 克哉は驚いてこそいたが…ほんの少しの未練もなく、眼鏡の持ち出した
提案を否定していく。
 ここまで躊躇いも見せずに断ってくるとは予想していなかっただけに…もう
一人の自分は呆気に取られていたようだった。

「…ちっ。先程までの世迷いごとも…本気で言っていたみたいだな。それは
認めてやる事にしよう…」

「…あははっ! 確かに…オレがさっきから言っていた事は…お前にとっては
世迷い事にしか聞こえてなかったかも知れないね。けど…オレは本気だから…」

 柔らかく微笑みながら、もう一人の自分の手に…そっと自分の手を重ねていく。
 春先だというのに…眼鏡の指先は、どこか冷たかった。
 いつもと変わらない、シニカルで冷静な態度。
 だが…今の提案をする事で、多少は彼も緊張していた。
 …克哉がもし、本気で包丁を持ち出して自分を殺す方を選択するか…迷いを
見せていたら、どうなっていたのだろうか。
 このどこか血の通っていない指先はもっと冷たいものになっていたんではないか。
 そんな事を…ふと、感じた。

「…本当に、お前ってさ。臆病…だよね」

「…何、だと…っ!」

 その一言は聞き捨てならなかったらしい。
 眼鏡の顔に再び怒りの感情が滲み出していく。
 だが…もう、克哉は彼が憤っている姿を見ても…殆ど慌てる事なく、真摯に相手の顔を
見据えていきながら言葉を続けていった。

「…今のは、オレの言葉が本気がどうかを試したかったんだろ? …お前はすぐに
人の言葉を疑って掛かるから…試さずにはいられなかった。
 甘い言葉にすぐ飛びついて…裏切られて、傷つけられるのは沢山だから。
 …アイツの時のように、表面は良い事ばかり言って親友面して…裏で、糸を引かれて
いたような。そんな真似を…されるのはもう嫌だ、と思っている。
 だからお前は…誰も信じない。オレさえも信じられない…そうじゃないのか…?」

「…お前は、アイツの事も…思い出したのか…?」

「…あぁ、もう誰も傷つけたくなかった。自分の持っている能力も才能も全てを
封じて目立たないように生きれば…もう二度とあいつみたいに誰も追い詰めたり
知らずに傷つけるような真似はしないで済むと思った。
 だからオレの方は…素質が同じでも、平凡な奴になってしまったんだろうけどね。
…けれど、お前を理解しようと思ったら…アイツの一件を抜きには語れない。
 違うかな…<俺>」

「…ちっ、そうだ。俺は誰も信じてない。…信じて痛い目に遭うのはもう沢山だからな。
 あれだけ心を寄せて、信じていたのに…あっさりと裏切る奴って影で笑って
いる奴がいる。そんな奴を親友だと思っていた。
 そんな馬鹿げた…道化のような立場になるのはもう御免だ。
 だから俺はもう誰も信じない。俺が信じるのは…『俺』だけだ…」

 その瞬間…眼鏡の顔は、12歳の時の自分の顔に重なった。
 
(やっぱり…コイツはあの一件を眠り続けていた事で…しっかりと覚えてしまって
いたんだ…オレが忘れる事を選んだ事を…)

 忘れる事を選択した自分とは違い、本当に大切な人を…知らずに追い詰めてしまって
いた苦い記憶を抱え続ける事で…もう一人の自分の人格は形成されてしまっていた。
 それが眼鏡の核の部分。
 誰も信じない、と…信じられるのは自分だけだ。
 そんな寂しい事を言う男の中に潜む…真実。

 やっと掴めた。
 ようやく…こいつの心の奥に踏み込む事が出来た。
 そう確信して…克哉は、目の前にいるもう一人の自分の身体に腕を伸ばして
もう一度…自分の方から強い力で抱きしめていく。
 その抱擁は…あの辛い記憶を抱きかかえて、今も…心の奥底で泣いている
子供の部分を残した…もう一人の自分の傷を癒す為のものだった。

「…ねえ、<俺> お前がオレを信じなくても…オレは、お前を信じて受け入れるよ…」

 とても優しく、穏やかな声で…諭すように伝えていく。
 それを聞いて、一瞬…眼鏡は瞠目して、その腕を突き飛ばす事が出来なかった。

「…オレは、本気だよ。…だって…お前は自分自身でもあるから。自分を信じられない
人間が…幸せになれるとは思えないから。
 このまま…誰も信じないでいれば、お前は…もうあの時のように傷つかなくても
済むかも知れない。けれど…決して、幸せにはなれないよ。
 …そんなの、せっかく生きているのに…悲しすぎないかな…?」

 信じる、という行為はリスクが伴う行為だ。
 信じている相手から裏切られた時の傷の痛みは、とてつもなく…時に人格に大きな
弊害を残す事すらある。
 だが…相手が信じているのに、こちらが疑って掛かれば…人の気持ちは離れていく。
 どんな人間でも自分が相手に疑われている、信じられていなければ…傷ついていつしか
傍から離れていく事だろう

 ―裏切られるかも知れない。そんな危険を冒してでも…時に、相手を信じるという行為を
通じてしか…人との絆など生まれはしない。
 今の克哉は、御堂という存在を経て…その真実を知っている。
 だから…もう一人の自分に優しく、子供に言い聞かせるように諭していく。
 …コイツにも、幸せになって貰いたいから。
 そんな無私の心で―

「…お前は、バカ…だな…」

「そうだよ、知らなかったの…?」

 お互いの顔を見つめ合っていく。
 気づけば…克哉の瞳は、軽く潤んでいた。
 そんなお人好し過ぎるもう一人の自分を見て…腹が立つのと同時に、少し羨ましい気持ちに
なったのが不思議だった。
 自分はコイツだけが幸せでいる事が不快だった。
 だからその幸福を壊してやるような行為を幾つも重ねて来た。
 その上でももう一人の自分は報復するような真似をせずに…自分の存在を受け入れて
あまつさえに、『信じる』という。
 それは到底、合理的な思考回路を持つ眼鏡には理解出来ない考え方だった。

 ―だが、そのせいで…自分の心が大きく変革したのも、事実だった。

「なら…お前は俺を裏切らないと。そう誓えるのか? お前がそう誓って…守り通すと
いうのなら…信じてやらん事もないが…どうする?」

「そんなの決まっている。誓うよ…オレはもう、お前の存在を蔑ろにするような真似は
絶対にしない。だから…オレを、信じて…」

 その問いに、克哉は一瞬の迷いも見せずに即答していく。
 …今夜は何度、コイツに自分は驚かされたか…眼鏡にはすでに判らなくなっていた。
 弱くて優柔不断な、どうしようもない奴だと思い込んでいた。
 それなのに…今夜のコイツはどうなのだろう。
 ほんの少しの迷いも見せずに、自分が出す無理難題をあっさりと看破して…ドカドカと
眼鏡の心の奥へと入り込んで来る。
 …その言葉を聞いて、やっと眼鏡も…決意していく。
 ここまで言われているのに、相手の言葉を撥ね付けるような真似をしたら…それこそ
みっともないだろうから―

「…判った、お前を信じて…やるよ…」

 そうして、眼鏡がゆっくりと…克哉の方に顔を寄せていく。
 その行動に思わずぎょっとなって、少し身を引いていくが…その腰をしっかりと
抱きかかえて決して逃がしてやらなかった。

「…って、ちょっと待って! 何でオレの方に顔を寄せてくるんだ…?」

「…誓う時は、キスするのが当たり前じゃないのか…?」

「それは結婚式の誓いだろっ! オレとお前はそんなんじゃ…」

「…これから先、一生…お前と一緒に歩んでいくんだから、意味としては
同じだろ? それとも…さっきまでの言葉の数々は…俺を騙す為の甘言だった
事を認めるか? それなら…それでも良いけどな?」

 意地悪な表情を浮かべながら、愉しげにそんな事を言ってのけるもう一人の
自分が恨めしかった。
 だが…こいつは、確かにこういった。
「これから先、一生お前を歩んでいくんだから…」と。
 その言葉の意味に気づいた時、克哉は渋々と言った感じで…受け入れていく。
 恋人は、御堂だけだ。
 けれど…こいつもまた、自分にとっては…人生の一部でもあるのだ。
 もう一人の自分の存在失くして、佐伯克哉という人間は完成しない。
 どれだけ性格が違っても、考え方が異なっていても…紛れもなく彼は…
自分の中から生まれ出た、もう一人の自分なのだから―

「誰が…認める、かよ…! オレは本気で言っているんだからっ! 
もう良い…お前の、好きにしろよ…。それでお前が…オレを信じてくれるなら…
安い買い物、だから…」

「あぁ…好きにさせて貰うぞ。喜べ…俺は義理堅いから、一度誓えば…決して
俺の方からは裏切ったりはしないさ…」

 クスクスと笑いながら、眼鏡がこちらの方へと唇を寄せてくる。
 月光が降り注ぐ藍色の室内で…二人の影が再び、重なり合う。
 それは触れるだけのささやかな口付けだったけれど…唇が重なり合った
瞬間…もう一人の自分の輪郭が…緩やかにぼやけ始めていった。

「んっ…」

 唇を離して、もう一人の自分を見遣る。
 涙を瞳に讃えていたせいかも知れないけれど…瞬く間に眼鏡の姿が
遠く感じられていく。
 その輪郭が曖昧になり…ゆっくりと半透明に変化していく。
 こんな不思議な光景に遭遇するのは…生まれて始めてで、最初はぎょっと
なったが…すぐにその現実を受け入れて、克哉は…穏やかな笑みを浮かべていく。

(…お前が、オレの中に…還って来ている…)

 目の前の自分の姿が、透明になればなるだけ…自分の中で欠けていた
部分が次第に埋まっていく。
 それで確信した。
 今の口付けで…眼鏡の意識は、克哉の中に戻る事を選んでくれた事を…。

 そして…瞬く間に、もう一人の自分の姿が…闇の中に溶けていく。
 同時に、酷く心は満ち足りていた。
 克哉は自分の胸元に…手をそっと宛がい、その存在を確かめていった。

(…間違いない。…確かに、お前は…ここに在る…)

 それを確信して、克哉は知らず…微笑んでいた。
 そして…もう一人の自分に向かって、優しく語り掛けていく。

『おかえりなさい…<俺>』

 そう告げた次の瞬間…
 もう一人の自分が不貞腐れて、舌打ちをする音が…聞こえたような気がした―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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