鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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須原秋紀が、愛しい人と涙を飲んで決別した陽から10ヶ月余りが経過して
再び新しい春が訪れようとしていた。
本日は秋紀の通っていた学校で、卒業式が行われていた。
秋紀が通っていた成城学園はお金持ちのお坊ちゃんばかりいて…寄付金さえ
積めば、やりたい放題な処があってあまり好きな学校ではなかった。
だが…それでも無事に卒業出来たとなれば感慨深いものがあった。
今、秋紀が着ているのは…制服ではなく、克哉が着ていたようなダークグレイの
スーツに、落ち着いた赤のネクタイだった。
秋紀はとりあえず…なりたい職業も、夢もなかったので…一先ず、大学にでも
通ってサラリーマンになってみようかな、と思っていた。
あの人がやっていた事を何となく、自分も追ってみたい気になったから。
そのおかげで秋紀は…学校も真面目に通い、それなりに勉強するようになって
夜遊びも余りしなくなった。
必死にガリ勉をした訳ではないので…有名で競争率の高い大学には落ちてしまって
いたが…ソコソコのレベルの処には滑り込めた。
この10ヶ月、それなりに努力してきた自信があった。
だから…彼は、あの日から一切立ち寄らなかった…克哉のアパートへと向かう
ことにしていた。
(…本当はこれって、女々しい行為だって事は自覚しているんだけどね…)
自分の恋は、去年の春に終わっている。
それは承知の上だ。
だが…あの日決別して以来、克哉がどうしているか…秋紀はまったく知らなかった。
二日間だけずっと一緒に過ごしていたが…結局携帯電話の番号も、メルアドも
交換しないままだったので…連絡手段がなかったからだ。
何度か、それでも逢いたいと思った事があった。
しかし…克哉には大切な人がいる。
それを言い聞かせて…何度も踏み止まった。
だが、どうしても…あれから眼鏡を掛けた方の克哉が幸せでいるかどうかが気になって
しまって、本日…卒業式という節目を迎えた事をキッカケに…秋紀は、克哉のアパートを
訪ねる決意を固めたのだった。
10ヶ月、という月日が過ぎたせいで…アパートの位置の記憶も曖昧になってしまって
少し迷ったが…どうにか辿り着いていく。
久しぶりに訪れると、つい懐かしくて少し涙ぐみそうになった。
(うわ…僕、格好悪いよな…。あの人に関わる事になると…どうしてこんなに…みっともなく
なっちゃうんだろ…)
それは真剣に恋をした為なのだが、克哉が初恋の相手である少年には…その事に
気づけるだけの恋愛経験がまだ、なかった。
階段を上がって、克哉の部屋があるフロアに辿り着くと…彼の部屋は開け放たれて
外には沢山のダンボールとか、タンス…分解されたベッドの類が置かれていた。
「えっ…?」
最初、家具の類が沢山外に出されて置かれている光景にびっくりした。
これではまるで…引越しする直前みたいではないか。
そんな事を思いながら、その場に立ち尽くしているとひょいと…部屋の中から
眼鏡を掛けた克哉が顔を出した。
「…克哉さんっ?」
まさか、眼鏡を掛けた方の彼にこんなにあっさりと会えるとは想定外だった為に
本気で秋紀は驚いて…大声で相手の名を呼んでしまっていた。
Yシャツ姿にジーンズというラフな格好をした長身の男に…秋紀の視線は釘付けに
なっていく。
声を掛けられて、ようやく克哉は秋紀の存在に気づいたらしい。
ゆっくりとこちらの方を向いて…そして両者の視線が、重なり合っていく。
「…お前か。久しぶりだな…」
「は、はい…克哉さんの方こそ、元気そうで…良かった、です…」
久しぶりに対峙する大好きな人の前に、心臓がドクンドクンと荒く脈動している。
あぁ…もう、自分の中でこの人の恋人になりたい、という強い気持ちはないつもりだった。
諦めているつもりだった。
それでも意思に反して、これだけ胸が高まっている事に…秋紀は苦笑したくなっていた。
「あの…克哉さん、引越し…されるんですか…?」
「あぁ…今、付き合っている奴から…不経済だからそろそろ一緒に暮らそうと切り出され
たんでな…。それで今、荷物を整理してその準備に当たっている…」
ズッキン。
その一言を聞いた時、秋紀の胸は大きく軋んでいった。
あぁ…やはり、今でもこの人は恋人と続いていたのだと、その事実を知って…秋紀は
自分の中にあった微かな望みをすぐに捨て去る事にした。
「そ、う…なんですか。良かったですね…恋人さんと、上手く…行っているんですか…?」
「あぁ…まあ、な。一応それなりに…上手く行っていると俺は思っているがな。…俺の方が
出るといつも過剰な反応してくるし、すぐ動揺したり…叫んだりしてくるが、最近は週末に
俺の方が出ていても…文句を言わなくなってきたからな…」
(…あの克哉さんと、交互に出たり出なかったりしているのかな…?)
穏やかそうな面立ちの、もう一人の克哉を何となく思い出していく。
「じゃあ…克哉さんは、今…幸せ…ですか?」
精一杯の勇気を振り絞って、一番気に掛かっていた…その質問を投げかけていく。
その一言を聞いた瞬間…眼鏡は、ふっと瞳を細めて微笑んでいった。
「…見れば、判らないか…?」
その顔はとても満ち足りて穏やかで…この人にこんな顔も出来たのだと…驚愕を
秋紀に齎していった。
十ヶ月前にこの人と二日間を過ごした時は…眼鏡の方は本当に苦しそうな顔を
時折浮かべていて、見ているこちらの方が辛いくらいだった。
だが…目の前の克哉は、穏やかな雰囲気と瞳になっていて…今、この人が
幸せである事が見ているだけで伝わってくる。
(あぁ…僕の入る隙間なんて、やっぱり…無かったんですね…)
今日、ここに来た時…少しだけ、期待していた部分があった。
しかしそんなのは結局、自分の勝手な願望でしかなかった事実を受け入れていく。
胸はツキン、と少し痛んだが…それを顔に出さないようにして、背筋をシャンと伸ばし…
大好きだった人の顔を真っ直ぐに見据えていく。
「…今日、僕…高校を卒業しました。この春から…大学生になります…」
「…ほう、頑張ったな。以前のお前からしたら…大学に行くなど、夢のまた夢って感じ
だったがな…」
「えぇ、僕自身もそう思います。以前の僕だったら…貴方に逢わなかったら、大学にでも
行ってサラリーマンになろうとも…真面目に学校に通って卒業しようとも思わなかったで
しょうから…」
それは、紛れもなく事実だった。
颯爽と仕事をしている雰囲気の克哉に憧れて、今もその印象が秋紀の中に残っているから
それを目指してサラリーマンになりたいと思ったし。
克哉がとりあえず学校には通っておけ…と、あの二日間に言ってくれてなかったら、それなり
に努力して大学に通おうと思ったり、今日…卒業する事もなかっただろう。
克哉に出会ったばかりの頃は…世の中は何て退屈だ、と思い…甘く見ていたか、今は
良く判っていた。
目標もなく暇をただ闇雲に潰して無為に過ごしていた日々は…今となっては、
恥ずかしくなる程のものに秋紀の中では変わっていた。
「…良く、頑張ったな。…一応、褒めてやる…」
そうして…克哉の方から一歩間合いを詰めて…少年の頭をクシャ、と撫ぜていった。
まるで愛猫を撫ぜるような…そんな仕草と手つきが懐かしくて…それだけで秋紀は
泣きそうになっていく。
この人が大好きだった。
吹っ切ったつもりでいても…まだどこか諦め切れなくて、結局…他の人間に眼を
向けたりは未だに出来ないままでいた。
けれど…この人は今、恋人と上手く行っているのなら…これ以上の我侭を言って
困らせたくない。
どうにかその意地を発揮して…抱きつきたい衝動を押さえ込んでいった。
「…ありがとう、ございます。貴方にそう言って貰えるのが…一番、僕にとっては
嬉しいですから…」
それで、泣きそうになるのを寸前で堪えて…初恋の人を見遣っていく。
その眼はどこまでも優しかった。
本当に…この人なのか、と疑いたくなるくらいの変貌に…結局自分の出る幕は
ないのだと…その現実を受け入れて、秋紀は一歩…下がっていった。
「僕…貴方のような立派なサラリーマンになります。…結局最後まで、僕の片思いに
過ぎなかったけれど…やっぱり克哉さんは僕の憧れで…格好良いなって、今でも
思っていますから。だから…貴方のように、なりたい。
それくらいは…目標にして、良いですよね…?」
「…あぁ、構わない。どうせ目指すなら…俺を追い越すつもりでやれ。待っていて
やるよ…」
その一言が、秋紀を奮い立たせていく。
「えぇ…貴方に勝つなんて、凄い大変そうですけど…ね。僕、頑張りますから…!」
そう相手に告げて、全力で秋紀は踵を返していった。
瞳からは…涙が溢れそうになって…これ以上向かい合っていたら、相手の前に
泣き顔を晒すことになってしまうから。
それだけはみっともない…とそう自分に言い聞かせて、秋紀は克哉から
背を背けていった。
「お元気で! 克哉さん!」
精一杯の明るい声と表情を作って、それだけ言って…秋紀はその場から
立ち去っていく。
克哉がこれから、どこに引っ越すのか住所も知らず、連絡手段もない。
ここで聞き出さなければ、克哉との接点は失われることは承知の上で…それでも
全力で少年はその場から離れて、駆け出していった。
あの人が幸せなら、自分が入る余地などなく。
自分の手で、あの人の幸せを壊すはしたくないと。
そういう意地の方が…寸での処で勝ったからだ。
大好きだった。
あの人さえいれば…他のものは何もいらないとすら思えるくらい、大切な人だった。
だが…それでも、少年は決別を決意して…アパートを後にしていく。
後はもう…無我夢中で走り続けた。
どこまで走り続けたか、もう秋紀には判らなかった。
ただ自分の中の未練が働く余地のないくらいに遠くまで…その一心で
秋紀は走り続けていった。
そして…気づけばどこかの公園に辿り着き、荒い息を突いていく。
「はあ…はあ…」
どうにか呼吸を整えて、うっすらと額に滲む汗を手の甲で拭い…周囲を見渡していった。
何気なく…周囲を見渡していくと、公園には…木蓮の花や、冬の間は…地中に潜って
姿を消していた草花の類が沢山芽吹いていた事に気づいた。
「あっ…」
退屈だ、と毎日を過ごしていた時は…こんなささやかな春の気配になんて
まったく気づいていなかった。
樹木の鮮やかな色彩と、微かな良い匂いに…慰められるような気持ちになった。
空はどこまでも澄み渡って青く…吹き抜ける風は心地よい。
恋を諦めることは辛い経験であるけれど…同時に、ある種の清々しさを…
秋紀の心の中に齎していた。
「はは、こんなに…公園の中の花って、綺麗に見えるもんなんだ…」
失恋の経験が、少年の中で…今まで見えなかった視点を見出させていく。
それは切なくて辛い事であったけれど…紛れもなく彼を成長させてくれる
キッカケになっていった。
「…気持ち良い…」
涙を、流しながら…吹き抜ける風に身を委ねていく。
春の気配をここまで…暖かい気持ちで迎えた事など、初めての出来事だった。
(さよなら…僕の初恋…)
事実を認めて、少年は春の光が降り注ぐ中…微笑んだ。
その時、秋紀はひどく大人びて…綺麗な表情を…浮かべていた。
そんな彼を祝福するように…柔らかい風は、そっと…大地に吹き抜けて…
少年の身体を、包み込んでいったのだった―
再び新しい春が訪れようとしていた。
本日は秋紀の通っていた学校で、卒業式が行われていた。
秋紀が通っていた成城学園はお金持ちのお坊ちゃんばかりいて…寄付金さえ
積めば、やりたい放題な処があってあまり好きな学校ではなかった。
だが…それでも無事に卒業出来たとなれば感慨深いものがあった。
今、秋紀が着ているのは…制服ではなく、克哉が着ていたようなダークグレイの
スーツに、落ち着いた赤のネクタイだった。
秋紀はとりあえず…なりたい職業も、夢もなかったので…一先ず、大学にでも
通ってサラリーマンになってみようかな、と思っていた。
あの人がやっていた事を何となく、自分も追ってみたい気になったから。
そのおかげで秋紀は…学校も真面目に通い、それなりに勉強するようになって
夜遊びも余りしなくなった。
必死にガリ勉をした訳ではないので…有名で競争率の高い大学には落ちてしまって
いたが…ソコソコのレベルの処には滑り込めた。
この10ヶ月、それなりに努力してきた自信があった。
だから…彼は、あの日から一切立ち寄らなかった…克哉のアパートへと向かう
ことにしていた。
(…本当はこれって、女々しい行為だって事は自覚しているんだけどね…)
自分の恋は、去年の春に終わっている。
それは承知の上だ。
だが…あの日決別して以来、克哉がどうしているか…秋紀はまったく知らなかった。
二日間だけずっと一緒に過ごしていたが…結局携帯電話の番号も、メルアドも
交換しないままだったので…連絡手段がなかったからだ。
何度か、それでも逢いたいと思った事があった。
しかし…克哉には大切な人がいる。
それを言い聞かせて…何度も踏み止まった。
だが、どうしても…あれから眼鏡を掛けた方の克哉が幸せでいるかどうかが気になって
しまって、本日…卒業式という節目を迎えた事をキッカケに…秋紀は、克哉のアパートを
訪ねる決意を固めたのだった。
10ヶ月、という月日が過ぎたせいで…アパートの位置の記憶も曖昧になってしまって
少し迷ったが…どうにか辿り着いていく。
久しぶりに訪れると、つい懐かしくて少し涙ぐみそうになった。
(うわ…僕、格好悪いよな…。あの人に関わる事になると…どうしてこんなに…みっともなく
なっちゃうんだろ…)
それは真剣に恋をした為なのだが、克哉が初恋の相手である少年には…その事に
気づけるだけの恋愛経験がまだ、なかった。
階段を上がって、克哉の部屋があるフロアに辿り着くと…彼の部屋は開け放たれて
外には沢山のダンボールとか、タンス…分解されたベッドの類が置かれていた。
「えっ…?」
最初、家具の類が沢山外に出されて置かれている光景にびっくりした。
これではまるで…引越しする直前みたいではないか。
そんな事を思いながら、その場に立ち尽くしているとひょいと…部屋の中から
眼鏡を掛けた克哉が顔を出した。
「…克哉さんっ?」
まさか、眼鏡を掛けた方の彼にこんなにあっさりと会えるとは想定外だった為に
本気で秋紀は驚いて…大声で相手の名を呼んでしまっていた。
Yシャツ姿にジーンズというラフな格好をした長身の男に…秋紀の視線は釘付けに
なっていく。
声を掛けられて、ようやく克哉は秋紀の存在に気づいたらしい。
ゆっくりとこちらの方を向いて…そして両者の視線が、重なり合っていく。
「…お前か。久しぶりだな…」
「は、はい…克哉さんの方こそ、元気そうで…良かった、です…」
久しぶりに対峙する大好きな人の前に、心臓がドクンドクンと荒く脈動している。
あぁ…もう、自分の中でこの人の恋人になりたい、という強い気持ちはないつもりだった。
諦めているつもりだった。
それでも意思に反して、これだけ胸が高まっている事に…秋紀は苦笑したくなっていた。
「あの…克哉さん、引越し…されるんですか…?」
「あぁ…今、付き合っている奴から…不経済だからそろそろ一緒に暮らそうと切り出され
たんでな…。それで今、荷物を整理してその準備に当たっている…」
ズッキン。
その一言を聞いた時、秋紀の胸は大きく軋んでいった。
あぁ…やはり、今でもこの人は恋人と続いていたのだと、その事実を知って…秋紀は
自分の中にあった微かな望みをすぐに捨て去る事にした。
「そ、う…なんですか。良かったですね…恋人さんと、上手く…行っているんですか…?」
「あぁ…まあ、な。一応それなりに…上手く行っていると俺は思っているがな。…俺の方が
出るといつも過剰な反応してくるし、すぐ動揺したり…叫んだりしてくるが、最近は週末に
俺の方が出ていても…文句を言わなくなってきたからな…」
(…あの克哉さんと、交互に出たり出なかったりしているのかな…?)
穏やかそうな面立ちの、もう一人の克哉を何となく思い出していく。
「じゃあ…克哉さんは、今…幸せ…ですか?」
精一杯の勇気を振り絞って、一番気に掛かっていた…その質問を投げかけていく。
その一言を聞いた瞬間…眼鏡は、ふっと瞳を細めて微笑んでいった。
「…見れば、判らないか…?」
その顔はとても満ち足りて穏やかで…この人にこんな顔も出来たのだと…驚愕を
秋紀に齎していった。
十ヶ月前にこの人と二日間を過ごした時は…眼鏡の方は本当に苦しそうな顔を
時折浮かべていて、見ているこちらの方が辛いくらいだった。
だが…目の前の克哉は、穏やかな雰囲気と瞳になっていて…今、この人が
幸せである事が見ているだけで伝わってくる。
(あぁ…僕の入る隙間なんて、やっぱり…無かったんですね…)
今日、ここに来た時…少しだけ、期待していた部分があった。
しかしそんなのは結局、自分の勝手な願望でしかなかった事実を受け入れていく。
胸はツキン、と少し痛んだが…それを顔に出さないようにして、背筋をシャンと伸ばし…
大好きだった人の顔を真っ直ぐに見据えていく。
「…今日、僕…高校を卒業しました。この春から…大学生になります…」
「…ほう、頑張ったな。以前のお前からしたら…大学に行くなど、夢のまた夢って感じ
だったがな…」
「えぇ、僕自身もそう思います。以前の僕だったら…貴方に逢わなかったら、大学にでも
行ってサラリーマンになろうとも…真面目に学校に通って卒業しようとも思わなかったで
しょうから…」
それは、紛れもなく事実だった。
颯爽と仕事をしている雰囲気の克哉に憧れて、今もその印象が秋紀の中に残っているから
それを目指してサラリーマンになりたいと思ったし。
克哉がとりあえず学校には通っておけ…と、あの二日間に言ってくれてなかったら、それなり
に努力して大学に通おうと思ったり、今日…卒業する事もなかっただろう。
克哉に出会ったばかりの頃は…世の中は何て退屈だ、と思い…甘く見ていたか、今は
良く判っていた。
目標もなく暇をただ闇雲に潰して無為に過ごしていた日々は…今となっては、
恥ずかしくなる程のものに秋紀の中では変わっていた。
「…良く、頑張ったな。…一応、褒めてやる…」
そうして…克哉の方から一歩間合いを詰めて…少年の頭をクシャ、と撫ぜていった。
まるで愛猫を撫ぜるような…そんな仕草と手つきが懐かしくて…それだけで秋紀は
泣きそうになっていく。
この人が大好きだった。
吹っ切ったつもりでいても…まだどこか諦め切れなくて、結局…他の人間に眼を
向けたりは未だに出来ないままでいた。
けれど…この人は今、恋人と上手く行っているのなら…これ以上の我侭を言って
困らせたくない。
どうにかその意地を発揮して…抱きつきたい衝動を押さえ込んでいった。
「…ありがとう、ございます。貴方にそう言って貰えるのが…一番、僕にとっては
嬉しいですから…」
それで、泣きそうになるのを寸前で堪えて…初恋の人を見遣っていく。
その眼はどこまでも優しかった。
本当に…この人なのか、と疑いたくなるくらいの変貌に…結局自分の出る幕は
ないのだと…その現実を受け入れて、秋紀は一歩…下がっていった。
「僕…貴方のような立派なサラリーマンになります。…結局最後まで、僕の片思いに
過ぎなかったけれど…やっぱり克哉さんは僕の憧れで…格好良いなって、今でも
思っていますから。だから…貴方のように、なりたい。
それくらいは…目標にして、良いですよね…?」
「…あぁ、構わない。どうせ目指すなら…俺を追い越すつもりでやれ。待っていて
やるよ…」
その一言が、秋紀を奮い立たせていく。
「えぇ…貴方に勝つなんて、凄い大変そうですけど…ね。僕、頑張りますから…!」
そう相手に告げて、全力で秋紀は踵を返していった。
瞳からは…涙が溢れそうになって…これ以上向かい合っていたら、相手の前に
泣き顔を晒すことになってしまうから。
それだけはみっともない…とそう自分に言い聞かせて、秋紀は克哉から
背を背けていった。
「お元気で! 克哉さん!」
精一杯の明るい声と表情を作って、それだけ言って…秋紀はその場から
立ち去っていく。
克哉がこれから、どこに引っ越すのか住所も知らず、連絡手段もない。
ここで聞き出さなければ、克哉との接点は失われることは承知の上で…それでも
全力で少年はその場から離れて、駆け出していった。
あの人が幸せなら、自分が入る余地などなく。
自分の手で、あの人の幸せを壊すはしたくないと。
そういう意地の方が…寸での処で勝ったからだ。
大好きだった。
あの人さえいれば…他のものは何もいらないとすら思えるくらい、大切な人だった。
だが…それでも、少年は決別を決意して…アパートを後にしていく。
後はもう…無我夢中で走り続けた。
どこまで走り続けたか、もう秋紀には判らなかった。
ただ自分の中の未練が働く余地のないくらいに遠くまで…その一心で
秋紀は走り続けていった。
そして…気づけばどこかの公園に辿り着き、荒い息を突いていく。
「はあ…はあ…」
どうにか呼吸を整えて、うっすらと額に滲む汗を手の甲で拭い…周囲を見渡していった。
何気なく…周囲を見渡していくと、公園には…木蓮の花や、冬の間は…地中に潜って
姿を消していた草花の類が沢山芽吹いていた事に気づいた。
「あっ…」
退屈だ、と毎日を過ごしていた時は…こんなささやかな春の気配になんて
まったく気づいていなかった。
樹木の鮮やかな色彩と、微かな良い匂いに…慰められるような気持ちになった。
空はどこまでも澄み渡って青く…吹き抜ける風は心地よい。
恋を諦めることは辛い経験であるけれど…同時に、ある種の清々しさを…
秋紀の心の中に齎していた。
「はは、こんなに…公園の中の花って、綺麗に見えるもんなんだ…」
失恋の経験が、少年の中で…今まで見えなかった視点を見出させていく。
それは切なくて辛い事であったけれど…紛れもなく彼を成長させてくれる
キッカケになっていった。
「…気持ち良い…」
涙を、流しながら…吹き抜ける風に身を委ねていく。
春の気配をここまで…暖かい気持ちで迎えた事など、初めての出来事だった。
(さよなら…僕の初恋…)
事実を認めて、少年は春の光が降り注ぐ中…微笑んだ。
その時、秋紀はひどく大人びて…綺麗な表情を…浮かべていた。
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
鬼畜眼鏡にハマり込みました。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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