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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『NO ICON』        『三人称視点』


 翌朝、五十嵐太一は…通勤ラッシュの時間帯を狙って、行動を開始した。
 朝早い上に、電車が込み合っている頃ならば…そう簡単には見つからないだろうと
踏んでの判断だった。
 実際にその通りで、幸いな事に…潜伏先である克哉のアパートを出てから、目的の
病院に辿り着くまでの間に…五十嵐組の息が掛かった連中に見つかる事なく…
辿り着く事が出来た。
 だが、一つ困った事があった。

 受付の処で面会を申し出たが、一般病棟の面会可能な時間帯は平日の場合は午後13時
から20時までの間だけだというのだ。
 午前中は患者が検査や、受診等をする可能性がある為にどこの病院でも緊急の場合を
除いては面会は午後からの場合が多い。
 その説明を受けて、太一はかなり悩んでいた。

 一応…明るい髪の色を帽子で隠して、色つきの眼鏡を掛けるぐらいの簡単な変装くらいは
している。だがパッと見くらいなら誤魔化せても、顔見知りまで欺けるレベルの代物ではない。

(…面会許可時間まで待っていたら、組の人間に見つかる可能性があるかも…)

 下っ端の人間ぐらいはどうにかなるかも知れないが…この病院に実際に克哉が入院
しているのなら…自分の顔を良く知っている人間が配備されていても少しもおかしくはない。
 とりあえず受け付けの女性に、後でまた来ます…と当たり障りのない返答をしてから…
太一は病院の裏手に回って、出入り口を隠し始めた。

 すると…幸いな事に、非常口として設置されている車椅子用のスロープを発見する事が
出来た。
 一応正面玄関の方に車椅子の患者用にエレベーターが3つ設備されているが…この
一階から最上階の6階までを繋ぐ長い長いスロープは…緊急時の避難用として
設置されていて普段は利用者は滅多にいない。
 それに非常口設定されている為に、どの階でも施錠の類はされていない。
 こっそり病院に忍び込むのに、ここまで最適な場所はなかった。
 恐らく…組の人間もこんな早朝にここから自分が入って克哉に面会に行こうとは
予想していないだろう。
 
「…う~ん…最近、見つからないようにひっそりした生活していたからな…。結構この
スロープを登るの…しんどい、かも…」

 目的の三階に辿り着く頃には、ちょっとだけ息を切らせながら呟いていく。
 車椅子で昇り降りすることを想定する場合、一階分を上るだけでも階段でなら20~25段
で済む処を…スロープに戻す場合は途中で折り返し地点を作った上で20~30メートル
前後のなだらかな坂道になるのだ。
 最近、日中は克哉の部屋に篭り気味であった事とラッシュに揉まれた事で太一は苦しそう
にスロープを登っていったが…どうにか防火扉で区切られている出入り口を抜けて
三階へと降り立っていく。

「317号室って書いてあったよな…」

 昨晩の謎のメールに書いてあった部屋番号を復唱していきながら…太一は三階のフロアを
ゆっくりと歩き始めていく。
 朝九時という時間帯の平日の病院は、結構な喧騒に包まれている。
 受診の為に移動に向かう為に移動していたり、自力で動ける患者はランドリーに行って
洗濯物を干したり、お互いの病室を行き来して他愛無い会話を楽しんでいたり…意外に
活気に満ち溢れている事が意外に感じられた。

(病院って陰気な印象しかなかったけど…昼間の病院って、こんなに賑やかなモン
なんだな…)

 当然、入院している患者の層によってフロアの空気は全然異なってくる。
 内科系の病棟の場合は…特に重病の患者が多く入院している場合はかなり物静かな
ものだが…克哉が現在入院しているとされるフロアは、基本的に外傷を負って短期入院
している人間が殆どなのである。
 そういう場合…皆、ギブスで固定されていたり、傷口の縫合を受けて様子を見ていたり
松葉杖や他者の介助を受ければ動ける人間が殆どなので、活気があるのだ。
 病室の番号を目で追っていき…317号室がある方向を何となく探り出して、そちらに
向かって進んでいく。
 大部屋がある区域から、個室や二人部屋が並ぶ辺りに差し掛かると…先ほどまでの
賑やかさが嘘のように静まり帰っていく。

「…317号室、ここだな…」

 ゆっくりと部屋番号を眺めて、間違いがない事を確認していく。
 キョロキョロと落ち着きなく辺りを眺めていって…特に看護婦や、五十嵐組の人間らしき
者が周囲にいないか見渡していく。

「…いないみたいだ。今の内に…」

 それから、やっとドアノブを回して…部屋の中に入っていった。
 一瞬、眩いばかりの光に目を焼かれるかと思った。
 南向きの方角に窓が設置されている部屋はこの時間帯は日当たりが良く…電気を
点けなくても部屋の中は充分に明るかった。
 まるで克哉を象徴しているみたいだった。

 太一にとって…おっとりした方の克哉は陽だまりを連想される存在だった。
 実家がヤクザや、危ない事に手を染めていて…幼い頃から、人の裏側や汚い部分を
見て育ってきた太一にとって…克哉の存在は、そんなものにはまったく縁のない…
日の当たる場所だけ見て育ってきた人間特有の暖かなものを感じさせてくれていた。
 パンを咥えながら、全力で走る姿を見た時に…可愛いと思った。
 知れば知るだけ…自分と育ってきた世界の違いを感じさせるのに、好きな音楽だけは
共通している克哉の存在はいつしか自分の中で随分と大きくなっていた。

「克哉さん…」

 ベッドに眠っている人の姿を見て…涙が出そうになった。
 刺されたと聞かされた日から、どれだけこの人に会いたいと焦がれてきたのだろうか。
 …自分の父がこの人を刺した、と電話越しに聞かれた日から…どうか助かって下さいと
心から願い続けていた。
 白いシーツの上で安らかに眠り続ける克哉の姿を見て…太一は、知らず…涙を
零していた。

(克哉さん…本当に、助かって良かった…)

 この人を永遠に失う事になっていたら、自分はどれだけ強い絶望を味わう事と
なったのだろうか。
 恐らく…気が狂ってしまうに違いない。
 そんな事を考えながら眠り続ける克哉の元に歩み寄り、声を掛けていく。

「克哉さん…本当に、本当に…貴方が、助かって…良かった…」

 その顔を覗き込んでいく。
 知らぬ間に…相手の頬に、涙が一粒…零れ落ち、そのまま滑らかな頬を伝っていった。
 克哉の頬に手を掛けて、その存在を確認していく。
 その感触と暖かさが…生きている証のように感じられて、愛おしかった。
 胸の奥から込み上げる強い衝動。
 今まで目を背けて、自覚しないようにしていた気持ち。
 けれど…もう、太一は誤魔化せなかった。
 自覚せざる得なかった。
 
「…克哉さん、俺は…」

 まさかな…と思いつつも、今…こうして克哉と顔を合わせた瞬間にじんわりとした
幸福感が満ちていった。
 これは恋心に間違いない、と思った。
 だから勇気を込めて、眠れる相手に告げていく。

「貴方に恋しています…だから、目を覚まして下さい…」

 まだ、克哉の意識が戻っていないという話はネットの掲示板の…看護婦達の
噂話が乗っているスレッドで情報は得ていた。
 だが…我侭だと承知の上でも、そう告げて…口付けて、おとぎ話の中みたいに
この人が目覚めてくれるのを心から願っていった。
 柔らかく相手の唇に、己の唇を重ねて…念を込めていく。
 重く閉ざされた瞼が開かれて…彼の綺麗な蒼い瞳を見たいと心から願いながら…。

「ん…」

「…っ! か、つや…さん?」

 願いが通じたのか、克哉が微かな呻き声を漏らしていく。
 その瞬間から太一の胸の鼓動は大きく高鳴り、今にもはち切れんばかりになった。
 克哉が目覚める。
 もう一度…その綺麗な瞳を間近で見る事が出来る。
 たったそれだけで青年の胸は張り裂けそうなくらいに嬉しくて…瞳がまた、
潤み始めていった。

「……ぅ…ぁ…」

 克哉が、呻く。
 部屋中に満たされる明るい陽光がまるで耐えられないとばかりに…手を目元で
覆い、深い溜息を突いていった。

「克哉さんっ!」

 目覚めた彼に向かって、泣きそうな声で呼びかけていく。
 次の瞬間…太一は凍りつくしかなかった。

「うるさい…黙れ。大声でそんなに喚くな…」

 それは、低くて不機嫌そうな声音だった。
 自分の知っている克哉の声は穏やかで…聞いているだけで心地よかった筈なのに、
これは…聞いているだけでゾっとなった。

(嘘、だろ…この声って…まさ、か…)

 一度だけ、克哉がこんな声になったのを聞いた事がある。
 しかも最悪の状況下で。
 その現実を太一は認めたくなかった。
 だが…無常にも相手の身体は起き上がり、閉ざされていた瞼が開かれた瞬間に
戦慄を覚えながらも…認めるしか、なかった。

「か、つや…さ、ん…」

 太一が、力なく呟くと同時に…ベッドの脇に崩れ落ちていく。
 こんな結果が待ち受けているとは…予想もしていなかっただけに青年の落胆は
かなり大きく…呆けた表情を浮かべていた。
 そんな太一を、克哉は冷酷な眼差しで見つめていく。
 眼鏡は掛けていない。
 だが…その冷たく切れ上がった瞳は、見覚えがあった。
 見間違えようがなかったのだ。
 
 コレハ…オレヲオカシタホウノ…カツヤサンダ…

 壊れた機械のようにノイズ交じりに、自分の頭の中で認めたくない現実を
囁き始めていく。

「な、んで…あんたの方が…! どうして…あの人じゃないんだよっ!!」

 知らず、叫んでいた。
 信じたくなかったから。
 だが男はそんな太一をあざ笑いながら、冷酷な事実を告げていく。

「…残念だったな。お前の逢いたい佐伯克哉は…もうこの世にはいないぞ…」

「な、んだって…? も、う一度…言ってみろ、よ…?」

「あいつは…お前に合わせる顔がないと…その罪悪感に結局負けて、俺を
押しのけて出ることが出来なかった。だからもういない…それが事実だ…」

「だから…あ、んた…一体、何を言っている、んだよ…。そんなの…信じられる
訳が…」

 シンジラレルワケガナイダロ? オレハコンナニ…アノヒトヲスキダッテジカクシタ
バカリナノニ…

 まるで頭の中は壊れたしまったコンピューターのようにあの人の笑顔ばかりを
再生していく。
 あぁ…俺ってこんなに、克哉さんの事を好きだったんだね。
 なのにあの時、本当の事をいえなくて…強情張って、克哉さんを怒らせてしまって
御免なさい。
 謝るからさ…貴方に親父がとんでもない事をした事だって認めるし、一生掛かっても
それは償っていくよ。だからだから…。

「…往生際の悪い奴だな。アイツはもういない…。お前の雇い主が殺そうとしたおかげ
でな…感謝するぞ。おかげで俺は…こうして表に出られたのだから…」
 そうして、強気な悪意に満ちた笑顔を向けてきた。
 それは俺の大好きな克哉さんなら、絶対に浮かべない表情。
 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…!
 こんなの、こんなのって…ない!
 俺はこの二週間…あの人の笑顔を見れる事を願ってずっと…過ごしていたのに。

『嘘だぁぁ―!!』

 現実を認めたくなくて、青年は慟哭と呼べるくらいの悲しみに満ちた叫び声を
喉の奥から搾り出していった。
 それは…悲しい運命を告げる序章の調べ。
 お互いに想いあっていた。
 好きだった、かけがえのない大切な存在になりつつあった。
 なのに歯車が狂い…それで彼は大切な存在を、「肉体だけは生きている状態で」失う
結果となってしまった。
 
 そんな彼を…愛しい筈の存在は―。
 硝子球のように澄み切って、何の感情も浮かべない蒼い瞳で。
 どこまでも冷酷に、こちらを興味なさそうに眺めて、いた―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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