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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 『第二十一話 優柔不断』 『


  卵の中には一人分しか孵す栄養しかありません。
  けれどその中に二つの黄身が入っています
  殻の中にあるのは、一人を満足に生育する分だけ
  さあ…二人が満足な状態で殻を突き破る方法などあるのでしょうか?

(出来ない…)

 夢を見る合間に、克哉が呟く。
 あの日…もう一人の自分にこの泉に放り込まれた日から、ずっと克哉は
迷い続けていた。
 自分が取るべき道は一つしかないって判っているのに…その手段を選びきる
事も出来ずにグズグズしている事に、克哉自身も焦燥を感じていた。

(…俺には、どちらの道を取る事も出来ないよ…)

 本当なら、こんな夢を見るくらいに浅い場所ではなく…もっと深い処。
 誰の心の中にも空いている、精神の奥に潜む奈落の穴。
 弱っていたり、苦しんでいたりする時に断裂を広げて。
 夢をみる事さえもない…深い眠りに誘う場所。
 今の自分はそちらの方に向かわないといけないのに、そちらに
飛び込む勇気すら持てずに一ヶ月の月日が経過していた。

(…本当に情けないよな、俺って…だから今…表に出ているのは
あいつの意識になってしまっているんだよな…)

 傲慢で自信に満ち溢れているもう一人の自分。
 例えるなら…刺される前まで自分たちには100の力があった。
 それだけあれば二つの意識を所有していても何の問題なく身体を
動かせたし、片方が浅い場所にいても支障なかった。
 だがあの時に、自分たちの生命力は一旦…50、半分程度に
まで落ちてしまったのだ。

 …50の場合、もう一つの意識にまで回す力がない。
 自分の身体を動かし、生命を維持するのが精一杯で…これが
ゼロになれば、精神はどちらも『死』にもっとも近い状態になる。
 肉体はそういう時、生きる力が満ちている方を選ぶ。

 だから片方の意識をシャットアウトして…眼鏡というキーアイテムを
掛けたり外したりしなくても、一つの意識だけが出る状態を選択し…
余分な力を消耗しないようにしていったのだ。
 それでも、深い場所に行かない限りは…少しずつでも、毎日…
消耗していく。
 なのに、何故…もう一人の<俺>は自分がここにいる事を
許してくれているのか、その理由が判らなかった。

(…二人が生き延びる道を選ぶなら、本来ならもっと早くに…
決断しなければ、ならなかったのに…)

 自分が、奈落の底に飛び込まない限り…少しずつ、彼の方にまで
消耗が及んでいく。
 だが…そうすれば、いつ目覚めるか判らなくなる。
 自分が元に戻れるまで…どれくらいの月日、何年か十何年か…
もしくはもっと掛かってしまうのか、それすらも読めない。
 それを承認すれば、徐々にでも回復していく。
 だが…そうなれば。

(もう太一には会えなくなる…)

 それだけが心残りで、決断し切れなかった。
  彼と言葉の一つを交わす事も出来ずに…底に飛び込む事だけは
どうしても出来ずに、ここに留まり続けている。

 たった一言でも良い。
 彼に対して直接謝って…この想いをせめて伝えておきたい。
 そうすれば…いつ起きれるか判らない死にもっとも近い夢を見る事に
なっても…悔いは残さないで覚悟を決められる。
 だが…彼に会えないままなのは、嫌だったのだ。
 それが自分の我侭だと判っていても…みっともないと承知の上でも
克哉は…受け入れる事が出来なかったのだ。

(けれど…オレにはもう一つの選択肢を選ぶ勇気すらない…)

 歯噛みしながら、克哉は泣いていく。
 深い泉の底で…泪を溢れんばかりに溢して…その現実に
胸が引き絞られそうだった。
 たった一つ…この事態を覆す方法は、存在する。
 だが…それは、もう一人の自分の生命力を奪って…彼を
代わりにこの奈落の穴に叩き込む事だ。

 この精神の世界では二人同時に存在する。
 その彼から生命力を無理やり奪う事は、彼を殺す事に等しい。
 そして奈落の穴に代わりに叩き込めば、相手の方を…いつ目覚めるか
判らない眠りに追い込む事になる。

 この克哉の心は優しかった。
 佐伯克哉という人間の、「誰も傷つけたくない」という感情から生まれた人格。
 そんな彼に、どうして…自分の為に「人を傷つけたり、殺めたり」する事など
出来ようか。

 優しいという事は、優柔不断でもある。
 人を傷つけることを承認出来る者は、同時に決断力を持っているという事でもある。
 己のエゴの為に、もう一人の自分を殺す。
 そうしなれば…状況をひっくり返して、代わりに今の彼が…『今すぐ』に表に出る
手段は存在しない。
 だから彼は泣き続ける。

 今の自分がどれだけ情けなくてみっともないか…自覚はあっても。
 一番大好きな人と、もう一人の自分自身を天秤に掛けて…片方だけを選ぶ事は
この段階ではどうしても…出来なかった。

 たった一度で良い。
 どうかどうか…太一と言葉を交わす機会を下さい。
 それさえ叶ってくれれば…。
 自分は奈落の底に堕ちても構いませんから-

 そう願いながら、彼は今も眠る。
 狂おしいまでの…後悔の念と、強い恋慕に身を焦がしながら…。
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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