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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第四十話 自己犠牲』「佐伯克哉」



 こちらから触れる程度の口づけを落として…そっと顔を離していくと、もう一人の
自分が目を見開いていた。
 いつも自信満々で、マイペースを貫いている筈の彼をそんな顔にさせていると思うと
少しだけ優越感のようなものに浸れていく。
 それから、すぐに顔を離していった。

「さよなら…<俺>」

 泣きながら、それでもどうにか…懸命に笑みを刻んで、彼の腕の中から素早く
抜け出していった。
 すぐに全力で…奈落に向かって走り始めていく。
 間もなくして、正気に戻った眼鏡がこちらを追いかけ始めていった。
 そして始まる、鬼ごっこ。
 自分を冥府に繋がる深い穴に突き落とそうとする人間と。
 それを引きとめようと足掻く人間との一騎打ち。

 捕まる訳にはいかなかった。
 自分がこうしなければ…もう一人の自分が、奈落に落ちなければいけなくなるから。
 こんな己を強く想ってくれた太一の事を考えれば、胸が痛くなってしょうがなかったけれど…
自分にとっては、太一も…眼鏡も、どちらも大事なのだ。

 太一が自分にとって、愛し愛される関係の大切な人なら…。
 眼鏡は、気になる存在であると同時に…もう一人の自分自身なのだ。
 それは肉親にも似た感情が伴っている。家族に抱く気持ちに似ているのかも知れない。
 太一と眼鏡を天秤に掛ける事はイコール…恋人と肉親のどちらかを選ばないといけない
のに…凄く似ているのかも知れない。
 
 どちらも克哉にとっては…「愛している」存在なのだ。
 だから、彼らのどちらかを犠牲にしなければ自分が生きられないというのなら…
克哉は躊躇い無く「自分」を殺す結果になっても惜しくない。
 それくらい…彼にとっては二人ともかけがえの無い存在なのだから。

(…おかしい、よね…。あんなに好き勝手に俺を抱いて…ぶっきらぼうで、本心が
良く判らない奴の事を…オレはいつの間にか好きになっていたんだから…)

 決定打は、この楽園内でのやり取りだったのかも知れない。
 風を切るぐらいの勢いで、必死に足を進ませている最中…前回にこの場所で
最後に顔を逢わせた日のやり取りを思い出していく。

―あの日の自分は、彼に散々…容赦のない事実を突きつけられて、ボロボロの
状態だった。
 …今思い返せば、あれは…自分を挑発して怒りを引き出して生きる気力を持たせようと
していたのかも知れなかったが…当時の自分は、自己嫌悪が酷くて…痛いぐらい図星を
突かれていても、怒る気力すら持てなくなっていた。

『…おい、どうした…<オレ>…』

 何も言い返せずにぐったりと倒れ込んだ自分を…彼はふいに抱き上げて、顔を
覗き込んでいた。
 その眼差しは真剣で…真摯で、何故コイツがこんな顔を自分に対して向けているのか
最初は驚いたぐらいだった。

『…チッ…軟弱な奴だな。いたぶり甲斐もない…』

 すると眼鏡は克哉を肩に担いで…この楽園の奥にある森林地帯の方に足を踏み入れて…
そのまま自分を泉の前まで運んでいった。
 目的地に辿り着くと同時に、勢い良く泉の中に放り込まれた。
 最初はびっくりして…水の中でもがきまくったが、現実と違って…水の中でも呼吸をするのに
支障はなかった。
 むしろ…澄んだ水中はどこか暖かく懐かしい気持ちにすら感じていた。

『…暫く其処で寝ていろ。…俺が12年程、寝ていた寝床だ。その中で大人しくさえ
していれば…少しは消耗を抑えられるかも知れないからな…』

―どうして、オレを殺さないんだ…? もしくは…あちらの穴の方にさっさと
放り込まないんだ…?

 あの一件が起こった時点では、この場所で…二人同時に生き続ける事は命取りだと
薄々感じ始めていた。
 自分たちの生命力そのものが弱ってきている状態で、二つの意識を持ち続けることは
電気を本来は一軒分しか供給出来ないのに、無理に二軒分に送り続けるようなものだ。
 一時的ならともかく、その状況が続けば必要以上に無理をする形になる。
 自分は…ぐったりして、すでに気持ちの上では生きる気力も失くしている…負け犬だ。
 そんな状態なら、幾らでも眼鏡はこちらを好きなように扱う事が出来ただろう。
 だが…彼はそうしなかった。

『自分自身を、そうあっさり殺せるか…バカ。お前は確かに鈍いしトロいし…見てて
イライラするが…それでも、もう一人の<オレ>である事は事実なんだ。
 自分が生き残りたいから、と言ってあっさりと…お前を殺して自分だけ、という
浅ましい真似を俺が平気でやると思っているのか…?
 …それは最終手段だ。ギリギリまで…お前と俺が両方助かる道を模索してやる。
だからお前は其処で眠って…無駄な消耗を抑えていろ。
 …俺が必ず、どうにかしてやる…信じろ…』

―う、ん…判った…

 その時、眼鏡の表情は今まで見た事がないくらいに真剣なものだった。
 不覚にも…『どうにかしてやる…信じろ』と言われた事に、胸が何故か…落ち着かなく
なっていた。
 その勢いに押されて…つい頷いてしまっていた。

『良い子だ…じゃあ、大人しく待っていろ…。どうやら、そろそろ…身体を起こさないと
いけない時期みたいだからな…。最後の最後まで…諦めるな。お前はもう一人の<オレ>
なのだから…もう少しぐらい生きる事に執着してみろ。そうしなければ…太一に…俺が
また酷い仕打ちするかも知れないぞ…?』

―そんなの、絶対に…許すもんか! 太一は凄く…良い奴なのに…どうしてお前は
酷いことを言うんだよっ…!

『…その意気だ。俺を止めたければ…足掻いてみろ。お前自身が放棄した事を…
俺にやって貰おうなどと決して甘えるな。太一が大事なら…な。じゃあ…俺は
そろそろ行く。良い子に寝ていろよ…』

―えっ…?

 その瞬間、克哉は思わず呆けてしまった。
 最後に泉の中を覗き込んだ彼の表情は…とても優しげだったから。
 克哉はその顔を見て…言葉を失っていく。
 そして間もなく…彼の顔も姿も、見えなくなっていった。
 最後の最後で、自分に特大の爆弾を投げかけて…眼鏡の身体は遠ざかり…そして、目の前
から完全に消えていった。

 あいつの口からそう言われた瞬間…もう太一を傷つけるのは嫌だ、と思った。
 だから…どれだけ太一が良い奴だったか…自分にとってかけがえの無い存在だったのか
判って貰おうと思って…今まで、彼の方に流れ込まないように無意識の内に守っていた記憶の
数々を…強引に流し込んで、彼にも太一を好きになって貰おうと…無謀な事を考えて
実行に移してしまった。
 …そのせいで、眼鏡の方を酷く苦しませてしまった訳なのだが…。

 あの日、あいつは自分に対して…初めて「情」みたいなものをぶつけた。
 …だから、自分も…いつしか、こいつを犠牲にしてまで…という気持ちが無くなって
しまった。運命を受け入れようと…心構えをし始めるようになった。
 太一に対して、一度だけでも想いを告げて…もう一人の自分に、「大切だからお前が
生きて欲しい」という二つの言葉を伝えられれば…それで、悔いはないと思った。

 だから克哉は走り続ける。
 後ろから引きとめようとする眼鏡を振り切るぐらい全力を振り絞って、苦しくても
足を動かし続けていく。

―お前を犠牲になんか、したくないから…それくらいなら…オレが落ちた方がずっと良い…!

 それに奈落の穴に落ちても、死ぬ訳ではない。
 いつ目覚めるか判らないが…眠るだけなのだ。
 傷が癒えて、身体と魂に気力が戻れば…いつの日か目覚める。
 それが半年後か、一年後か…五年後か、十年後か…もしくは何十年も先になるのか
判らないというだけの話なのだ。
 
―太一、御免。けれど…いつ目覚めるか判らない状況下でお前を縛れないから。
 だからどうか…夢を叶えて幸せになってくれ…

 もしかしたら、自分が何年かして目覚めた時には…太一の傍には他の人間がいるかも
知れない。だが…それでも、歌手になりたいという夢を果たしている彼の姿を見られたら
良い…と密かに願いながら、克哉は…ようやく目的地に辿り着いていく。

 其れはどこまでも深い…地獄にも通じていそうな深く暗い断裂。
 それを目の当たりにして、この一ヶ月掛けて作り上げた覚悟が少しだけグラリと
揺らいでしまうような錯覚を覚えていく。

(やっぱり…深い、な…怖い、かも…)

 ここに落ちたら、もう自分は何年も戻って来れないかも知れない。
 そう考えると…足が竦みそうになるし、やはり怖かった。
 だが…そうしなければ、後数日の内に…自分たちはオーバーヒートを起こして…
二人とも、また起きれなくなってしまうかも知れない。

 …二人でここに居続ければ、意識が現実に二度と戻らなくなってしまう可能性が
あるのだ。
 この楽園も…いつ消えてしまうのか判らない。
 もう…刻限は、間近に迫っているのは感じ始めているのだから…!
 
(もう迷っている暇なんてないんだ…!)

 ギュっと両手を握り締めて、飛び降りようとした。
 身を乗り出して…其処に身体を傾けようとした刹那…ふいに強い力で腕を捕まれて
引き寄せられていく。

「…どう、にか…間に合った…っ!」

 眼鏡は、苦しげだった。
 それでも死ぬ気で克哉を捕まえようと…彼は追いかけ続けて、穴の手前で迷っている間に
どうにか追いついたのだ。
 強引に抱き寄せられて、そのまま射殺されそうなくらいに強い眼差しで見つめられて…
心臓を鷲掴みにされたような感覚が走っていく。

「この…バカ、が…」

 心底、憎々しげに呟かれると同時に…。
 克哉は、噛み付くように激しく…深く、唇を彼に塞がれたのだった―

 

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香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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