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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第四十三話 一杯のお茶』 「佐伯克哉」

 克哉が心の世界から戻って来て、意識を覚醒してから16時間程が
経過しようとしていた。
 昨日目覚めた時から身体が殆ど動かなくなってから、ずっと意識はウツラウツラと
眠りと覚醒を繰り返し…せっかく現実に帰って来たにも関わらず、相変わらず…
夢の世界を彷徨っているような状態なのは皮肉だった。

(あぁ…もう、朝なんだな…)

 窓の向こうに広がる空が、朝焼けで赤く染まっているのを見て…そんな事を考えて
克哉はぎこちなく身体をベッドから起こしていく。
 ベッドの傍らには、太一が…腕を組んだ状態で顔を伏せて眠りこけていた。
 …こちらが心配で付きっ切りでこうして傍にいてくれたらしい。
 それを見て胸がジィンとしたが…起こしたくないので、出来るだけ大きな音を
立てないように配慮して、洗面所まで向かっていった。

「…昨日に比べれば、自力で…動かせるようになっただけ…マシ、だな…」

 昨日の時点では殆ど満足に動かせなくなって…結局、入浴も用を足すことも
太一の介助なしには満足に出来なくて。
 それでいやらしい事まで仕掛けられた訳ではないが…頭から湯気が出そうな
くらいに恥ずかしくて、つい…思い出して顔を赤らめてしまっていた。

(何を思い出しているんだ…オレは…)

 それでも全身に力が入らないし、身体の半分はまるで麻痺をしているような
現状は何一つ変わらない。
 夢の終わりでは全力疾走を繰り返していたのが嘘のようだ。
 身体は鉛のように重く、自分の身体でなくなってしまったような感覚さえする。
 色んなものに縋り付き、凭れ掛かりながら…どうにか洗面所まで向かい、用を
足して手と顔を洗って…喉の奥に冷たい水を流し込んでいく。
 たったこれだけの動作が、大変に思うくらい…自分の身体の自由が効かなく
なっている事に、愕然となりそうだった。

(…まあ、あれだけショックを受けるような事が立て続けに起これば…無理もない
かも知れないけれど…)
 
 自分の胸の中に、楽園や奈落…そしてもう一人の自分が占めていた部分が
ぽっかりと空洞が出来ているような、逆に均されて画一化されてしまったような
奇妙な感覚を覚えていく。
 恐らく、精神世界の急激な変化に…身体の方がまだついていけていないのだ。
 少しずつでも肉体は回復しているし…起きた時に比べれば良くなっている。
 だが…お世辞にも、元通りとは言い難い状態だ。
 深い溜息を突くと同時に…部屋中に自分の携帯電話のアラーム音が響き
渡っていった。

「うわっ…早く、止めないと…太一が、目を覚ましてしまう…!」

 部屋の入り口の辺りに纏めてあった自分や太一の荷物の中から…携帯電話を
探し出して慌てて止めていく。
 時計の時刻は朝の六時半。
 そして…アラームが鳴るのは平日の朝だけだ。
 土日は休日出勤が入らない限りはこの時間に鳴らないようにしてあるので…
それでやっと、会社に行かなくてはいけない…という現実を認識していった。

「そうだ…今日は…会社、行かないと…行けない、んだっけ…」

 こんな体調で満足に働けるかどうか判らない。
 一瞬…休んでしまおうか、という思いも浮かんだが…結局、彼は行く事にした。

『生きろ…!』

 そう、もう一人の自分に背中を押されて…自分は戻って来た。
 だからこの麻痺も、自分が負うべき負債のようなものなのだ。
 いつになったら回復するのかメドはまったく立たないけれど…それでも、働くことを
放棄したり…簡単に休んだりそういう事はしていけない気がした。

「御免…太一、オレ…会社に行って来るね…」

 眠っている愛しい相手に向かって、小さく呟いていくと…太一が予め用意してくれて
いたスーツとYシャツの換えを身に纏い…ネクタイを改めて締め直していく。
 赤いネクタイだけは…金曜日の夜から変わっていないがその辺を指摘されない事を
願うばかりだった。

(まあ…土日を挟んであるから大丈夫だとは思うけれど…)

 そして…携帯と財布をスーツのズボンに放り込んで、彼は部屋を後にしていく。
 その足取りは相変わらずぎこちないが…だが、彼は足を止めなかった。
 ホテルの外に出ると…克哉は、ホテル内のタクシー乗り場へと真っ直ぐと向かい…
そのままキクチ・マーケーティング社内へと向かい始めていった。

 流れていく窓の外の景色を目で追っている内に、15分程で会社に付いていく。
 朝七時。会社に来るには若干早い時間帯だ。
 だが…彼は、少し…一人になりたい心境だった。
 身体の自由があまり効かないせいか…ロビーを通り過ぎてエレベーターに乗り込み
八課の部屋に行くだけでも普段の三倍以上の時間が掛かってしまう。
 自分のディスクに辿り着く頃には…7時15分を回ろうとしていた。

(何か…いつも、身体を使うことなんて当たり前のように感じていたけど…
こういう時に、自由が効くって素晴らしい事だったんだなって実感する…)

 まるで高熱を出して、関節の類がギシギシと言っている時のように…自分の
四肢は今、ぎこちなくなってしまっている。
 深く息を吐いていきながら…携帯電話からメールを開き、震える指先を
どうにか抑えながら…太一に短い文章を打っていく。

『今日は会社があるので…一応、出勤します。今…自分の会社にいるから
心配しないで。どうかその間…太一も身体を休めて、ゆっくりしていて下さい。
オレは…大丈夫だからね…』

 そう、自分がいたら…太一は絶対にこちらを世話を焼くことを優先して…
身体を休められないだろうから。
 だから克哉は決断して…こうして会社に出勤してきた訳だが…この有様で本当に
満足に働くことが出来るのだろうか。
 その無意識下の不安がまた…彼の身体の自由を緩やかに奪っているのだが…
そう簡単に負の感情が消えてくれる訳ではなかった。
 暫くすると…就業時間まで少し間があるので…克哉はそのまま、ディスクに
突っ伏して少し休んでおく事にした。
 身体を使ったおかげで…疲れていたのか、すぐに意識は浅い眠りへと落ちていき…
そして静かな口調で声掛けられていた。

「佐伯君…おはようございます…。起きていますか…?」

 時計の針が八時を回った頃…八課の中で一番出勤してくるのが早い片桐が
穏やかな声で克哉に語りかけていく。

「…あっ、片桐…さん…おはようございます…」

 どこか寝ぼけながら応対すると…スっとその身体が離れていき…すぐに
お盆の上に二つの湯のみが乗せられて来た。

「ふふ…まだ、佐伯君とても眠そうですね…。良かったら眠気覚ましに…熱いお茶の
一杯でも如何ですか?」

 それは…八課ではいつものワンシーンのようなものだ。
 この課の中では片桐は一番偉い責任者であるにも関わらず…彼はこうして
毎朝、みんなに暖かいお茶を淹れて振舞ってくれる。
 昨日まで非現実過ぎる状況下に置かれ続けていたせいか…いつもは当たり前の
ように感じて流している日常の光景が酷く暖かく感じられて。
 気づけば…どこか強張っていた顔が少し緩んで、こちらも穏やかに微笑みながら
頷いていた。

「えぇ…是非、頂かせて貰います。片桐さん…ありがとうございます…」

「いいえ、大した事ではありませんよ…では、どうぞ…」

 そうして、緑茶をそっと目の前に差し出されていく。
 どこかぎこちない指先を動かして…火傷しないように気をつけてお茶を喉に流し
込んでいく。
 …その時、自分の身体がどれだけ強張って…冷え切っていたのかを思い知った気がした。
 たった一杯のお茶。
 いつもは当たり前のように飲んでいるもの。
 それがどれだけ…片桐の暖かい気持ちが込められたものなのか…いつもよりも深く
感じられて。
 思わず…たったそれだけの事で泣きそうになっていく。
 その時になって…やっと、実感出来たのだ…。

(あぁ…オレは、帰って来れたんだ…この、日常の中に…現実、に…)

 やっと自分の日常だった光景に触れられて、麻痺していた心が…安堵を覚えている
事を実感していく。
 そうして…やっと強張っていた心が解れて、自分の身体が自由になっていくような
気持ちになった。

「さ、佐伯君! どうしたんですか…! 熱かったんですかっ!」

 泣いている自分を見て、片桐は慌てふためいていく。
 そんな彼の反応すら、今は懐かしくて…微笑ましかった。
 だから…克哉は、柔らかく笑みながら答えていく。

「いえ…色々あったので、この一杯を飲んで…凄くほっとしたんです。そうしたら…
気づいたら、泣いてしまっていただけですから…」

「そう、なんですか…。まあ…そういう事もありますよね。…じゃあ、もう一杯…
如何ですか? 佐伯君…」

 片桐もまた、優しく笑みながら…急須を持ってきてくれてそう問いかけてくれていた。
 その声に向かって、克哉は小さく頷き。

「えぇ…是非、お願いします…」

 そうして…日常に戻ってこれた喜びを深くかみ締めながら…おかわりの
お茶をもう一杯、喉に流し込んでいったのだった―

 
 
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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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