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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第四十四話 希望があるだけ…』 「片桐稔」

 ―お茶を飲んでから、出勤してきた本多の顔を見た辺りで…やはり本日は
満足に働けるコンディションじゃないと片桐からも判断されて、結局克哉は…午前中いっぱいは
医務室のお世話になる事となった。
 100人規模のソコソコ大きな会社な為に、一応…仮眠室と半分兼任した形で医務室は
存在していた。
 克哉はその部屋のベッドに横たわりながら…深い溜息を突いていた。

(医務室なんて…厄介になるの学生時代の頃以来だな…)

 さっきまで一応医務室の奥に待機していた保険医は…昼休み間近だったので
昼食を買ってくる…とこちらに一言断って、外出していた。
 今、そこそこ広い室内にいるのは…克哉一人だけだった。
 一度は帰宅する事を薦められたが、何となく…アパートにも、太一が滞在しているで
あろうホテルにも戻る気になれずに…半ば甘える形で、ここに来たのだが…。

(何か色んな感情がグルグルして、定まっていないよな…)

 朝方までずっと長い時間…眠り続けていたせいだろうか。
 浅い眠りを繰り返しながら、すっきりしない心中を持て余していく。
 浮かぶのは…もう一人の自分の事と、太一の事。
 …あれだけ逢いたいと思っていた太一。自分の意識が目覚めた事を心から喜んで
くれていた彼の顔を…今は、少し見たくないと思ってしまうのは…。

(あいつの方の感情が…流れてしまったからだろうな…。あの時に…)

 もう一人の自分から、マグマを飲み込まされるようなキスを施された時…剥き出しの
彼の感情も一緒になって流れ込んで来たのだ。
 その胸に秘められていたもう一人の自分の…太一に対しての複雑な心中を…
知った為に、どうして良いのか…克哉は判らなくなってしまった。
 太一の事は愛している。けれど…悲しい。
 理由は…もう一人の自分を、太一が忌避している事実を知っているからだ。
 確かに彼が…眼鏡の方を嫌う理由や事情は判っている。
 無理矢理犯されて、冷たい態度ばかりを取られて…嫌うな、と言う方が無茶だと
いう事も理解している。それでも…。

「オレにとっては…どっちも大切だったから…。だから、いがみ合って欲しくなかった…。
そっか…ずっと、無意識の内にオレはそう感じていたんだ…」

 太一の傍にいると、今は居たたまれないような気持ちになるのは…だからだ。
 アイツは土壇場に、自分の背中を押してくれた。
 お前の事を太一は望んでいるんだから…お前が生きろ、と。
 そう言ったもう一人の自分の事を思い出すと…何度も、「貴方の方が戻って来て良かった」
と繰り返している太一に苛立ちのようなものさえ感じていた。

 彼が嫌っているもう一人の自分が…自分に生きるように発破を掛けてくれた事など…
話していないのだから、太一が知る由もない。
 でも…あぁ、そうだ。今朝…ホテルを黙って抜け出して来てしまったのは…こうやって
自分の心を整理したかったから、なのだ。
 …やっと、一人になれて…克哉は自分の心を理解出来たのだった。
 太一が常に昨日から傍にいてくれて…嬉しかったのと同時に、どこか煩わしいと
感じてしまっていたのは…こうやって、一人になって考える時間が欲しかったからだ。

 どれだけ愛しい相手でも、時に自分の心を覗き見て…整理する為に一人になりたいと
望む時には、うっとおしく感じる時もある。
 克哉はまず…心の世界で起こった出来事を自分の中で整理して、納得する時間が…
自分は欲しかっただという事を理解した。
 それは…好きな相手だろうと、立ち入れられない領域であるのだから…。

「あぁ…やっと、自分の気持ちが見えた気がする…。オレは…太一が…<俺>を
嫌っていた事や…オレが戻って来た事ばかりを大げさに喜んで…あいつの事なんて
どうでも良いという態度を取られていた事に…ムカムカしていたんだな…」

 それは…自分の家族や、兄弟が…好きな相手に良く思われなくて…板ばさみに
なってしまっている心境に良く似ていたのかも知れない。
 どちらも好きで…大切で、けど…その当人同士はすれ違っていてしまっていて…
仲良くして欲しいのに、お互いに好感を持って上手くコミュニケーションを取って貰いたい
のに…それが果たせなくて切ない…という感じだった。
 まあ、もう修復しようにも…眼鏡の方の意識は数年は戻って来れない。
 だから余計に…克哉はすっきりしない気持ちを抱くしかなかったのだった。

 それだけ理解すると、スっと気持ちが楽になったような気がした。
 すると同時に…ドアをノックする音が何度か響いて…扉が開けられていく。
 その向こうに立っていたのは…片桐だった。

「佐伯君…こんにちは。具合の方は如何ですか…?」

「あっ…はい、少しは…良くなりました…」

「あぁ…無理に身体を起こさなくても構いませんよ。今日の佐伯君は…体調が
芳しくないという事は判っていますから。どうかそのままの体制でいて下さい…」

「お気遣い、有難うございます…」

 そういって貰えたのは正直、有難かった。
 原因不明の麻痺状態は…まだ、軽く続いていたからだ。
 身体を動かせないまでではないが…今はどこかかったるくて…身体を動かすのも
どこか億劫な状況が続いているので片桐の心遣いに内心、感謝していく。

「…お昼、一応…外でサンドイッチとおにぎりを佐伯君の分も買って来たんですが…
如何ですか?」

「あ、その…今はまだちょっと食欲が湧かないので…後で貰う形で…良いですか?」

「えぇ…当然、構いませんよ。これは佐伯君の分ですから…君の好きな時にでも
食べてやって下さい」

 そうしていつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながら…片桐はニコニコと
微笑んで、傍らに置いてあった椅子に腰掛けていた。
 自分を心配して、ここに来てくれたのだろう。
 片桐は上司として、覇気がないのが玉に傷だが…克哉は彼のこういう優しさに
以前から何度も救われた事があった。
 だからだろうか…ふと、こんな事を…口にしてしまったのは…。

「あの…片桐さん。少し…尋ねても、良いですか…?」

「はい…良いですよ。僕に答えられる範囲の事だったら、喜んで答えさせて
貰いますよ…?」

 優しい口調でそういって貰えて、つい…気が緩んでしまっていた。
 これは甘えの感情が含まれている事は自覚していた。
 けれど…今、問い尋ねたい気分だったのだ…。

「あの…例えば、自分にとって…大事な人間を失ってしまった時って…
一体どうすれば良いんでしょうか…。もう、次に逢えるのは…何年後か
十何年後になるのか…判らない時って、一体…どう、すれば…」

 終わりの方は不覚にも言葉にならなかった。
 …嗚咽が混じってしまったからだ。
 その大事な人間は…もう一人の自分の事を指している。
 眼鏡を嫌っている彼の前では…決して言えない問い。
 けれど今…誰かに、答えを貰いたくて聞きたいと願っていた問いを口に
上らせて…ポロリ、と感情が零れてしまっていた。

「わわっ…大丈夫ですかっ! そんなに…辛い事が…あったんですか…?」

 泣き始めてしまった自分を前に…片桐は今朝と同じように少し動揺の色を
見せていたけれど…すぐにこちらの頭をポンポンと叩いてくれていた。

「はい…メドは立っていないんです…。下手をすれば…もう逢えないのかも
知れないと思うと…どうすれば良いのか、判らなくて。みっともないんですけど…
そういう場合…片桐さんならどうするのか…聞かせて貰って良いですか…?」

 すると…片桐は暫く口を噤んで考え始めていった。
 そして…次に放たれた言葉は、克哉が予想もしていなかった視点だった。

「…待っていて、逢える可能性があるだけ…とても幸せだと思います。僕は…
逢いたいと望む存在には、もう二度と会える事はないですから…」

「っ!」

 思っても見なかった視点を言われて、克哉はハッとなった。

「…佐伯君に僕の話ってあまりした事なかったですけど…僕は、まだ若かった
時分…君とそう年が変わらなかった頃に…結婚して、子供が一人いたんですよ。
僕にとって…あの子はとても大切な存在でした。けれど…事故で亡くなって
しまいましてね…。あの時は…どれ程悔やんだか、もう一度…生きているあの子と
逢えれば良いのに…と願ったか判りませんでした…」

 そう語る片桐の口調はどこか淡々としていて。
 けれど長い年月の果てに…自分の心を整理して、どうにか折り合いを付けてきた
ような…そんな雰囲気を持っていた。
 当然、事故で子供を亡くしてしまったを後悔しなかった日はなかったのだろう。
 静かな声で自分に言い聞かせるように語る片桐を見ていると…どこか切なげで。
 けれど…同時に、その悲しみにばかり囚われていない強さのようなものも…
感じ取れた。

「…片桐さんに、そんな過去があったなんて…知りませんでした…オレ、は…」

「えぇ…あまり人にベラベラとしゃべる事ではないですからね…。けれど…佐伯君の
大切な人は…ウンと遠い未来になってしまうかも知れなくても、まだ…逢える可能性は
残されているのでしょう? それなら…僕は、亡くして二度と会えなくなってしまうよりは…
とても幸せだと思いますよ。そう考えた方が…良くありませんか…?」

 それは実際に、家族を失くした経験がある者だからこそ…言葉に重みがあった。
 
「そうですね…望みを捨てなければ、まだ…アイツとは、逢える可能性が…残されて
いるんですよね…。そう考えれば、二度と逢えないよりも…確かに、幸せ…ですよね…」

 今の片桐の言葉に、天啓を得たような想いがした。
 そうだ…逢える可能性が残されているだけ、幸せなのだ。
 二度と会えないとまだ決まっていない。
 もう一人の自分は…まだ、永遠に失われた訳じゃない。
 そう考えられるだけで…スッと心が晴れていくようだった。

『お~い、克哉! 大丈夫かっ!」

 その次の瞬間、医務室のドアの外から本多の声が聞こえて来た。
 どうやら…克哉を心配して、外回りの帰りに…大急ぎで帰って来てこちらの様子を
伺いに来てくれたらしい。

「本多…」

「こんにちは本多君。おかえりなさい…」

「ただいま戻りました、片桐さん! で…ほら、お前の分の昼食。体調悪いならやっぱり
身体に活を入れた方が良いと思ってな…これ買って来た!」

 そうして…ビニール袋に入った何かをベッドの傍らに置かれる。
 其処から漏れる独特の芳香に克哉は思いっきり顔を顰めていった。

「本多…これ、もしかして…カレー?」

「あぁ…しかも特大大盛りカツカレーだ! 身体に力が入るぜっ?」

「…あの、本多君。佐伯君は一応…病人なんですから、身体に優しいものを買って来て
あげた方が良かったんじゃないですか…?」

 そう言われて、本多はハっとなったらしい。
 どうも自分自身を基準にして買って来られたようだった。

「…あの、もしかして…その事をまったく考慮していなかったのか…?」

 恐る恐る、こちらが尋ねていくと…本多は微妙に…気まずそうな表情を浮かべた。
どうやら図星だったらしい。
 その様子を見て…つい克哉は吹き出してしまっていた。
 本多らしい、ピントのズレまくった気遣いを見て…つい面白すぎて、克哉は笑いたい
気分になってしまったのだ。

「は、ははははっ…!」

 その瞬間、克哉は思った。
 自分は本当に…良い仲間に恵まれていたのだと言う事を。
 さっきの片桐の言葉を聞いて。
 本多のズレているが…こっちを気遣ってくれているのを実感して…胸に暖かさな
想いが満ちてくるのを感じていた。

(オレは…ここに戻って来れて、本当に良かった…)

 それはもう一人の自分と何年も会えなくなる悲しさと背中合わせだったけれど…。
 仲間の暖かい気持ちに触れて、やっと引け目なく…その喜びを克哉は噛み締める
事が出来たのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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