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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第四十五話 夕焼けと笑顔』 「五十嵐太一」



 朝にホテルで目覚めて、克哉からのメールを見た彼は大きくショックを受けていた。

 同時に動かない身体で無理して出勤した彼を本気で心配したし、どうしてという
想いもあった。幾ら社会人だからって、そんな時まで真面目でなくても良いのにと。

 だが昼過ぎ頃に、本多から克哉の状態を伝えるメールを貰った頃には
太一の心中も少しは落ち着いていた。
 やはり本日の克哉は、仕事が出来る状況ではないと判断されて医務室で
休んでいると教えて貰った時は安堵した。
 それから色んな事を考えた。
 どうして、結ばれてから克哉がまた暫く目を覚まさなかったのか。
 何故、昨日から続いていた麻痺が残っている状態で克哉が、出て行ったのか
その意味を。

(やっぱり薬とか盛った俺に対して、不信感があったのかな。あの症状も
もしかしたら、俺が使った親父の秘薬の影響だったかも知れないし。眼鏡を掛けた
克哉さんの方を俺が嫌い続けた、から?)

 ホテルの中で、何度も煩悶した。
 自分の方にも後ろ暗い事があると、余計な不安が生まれ続ける。
 だが、生来の太一は暗い事やウジウジした事が大嫌いな性分である。
 夕方近くまで考え抜いた頃には、最早否定的な事を考え続けるのも面倒くさいという心境になり
別の思考回路が生まれていった。
 もうこうなったら正面突破以外の方法などない、と。
 自分と克哉との間に壁が出来ているのなら、ぶち壊す。
 溝が出来ているのなら、埋めていくしかない。
 散々悩んだ末に出た答えの中で、その二つ以上に最良のものなど存在しないように…
思えた。

もう! グルグルと考え続けても仕方ないな。まず、俺のこの気持ちを
もう一回克哉さんに伝えるっきゃ、ない!」

 信じて貰えないのなら、信じて貰えるまで。
 不安を抱かせてしまったのなら、不安なんて粉々に砕けるまで。
 自分は克哉が欲しいと思った。今でも心から愛しているとはっきりと言い切れる。
 正直、眼鏡に対しての負の感情は今も拭い切れない部分がある。
 だがそれを遥かに上回るくらいに、克哉を想う気持ちがあるのならもう自分は
迷いたくない。

 自分は、音楽と克哉の存在だけは絶対に失くしたくないものなのだ!
 それに気づいた太一は、克哉にメールしていた。
 そろそろ就業時間の17時を迎える頃だ。今日の克哉は体調不良だから絶対に
残業させられたり、残らされる事はない。
 そう判断してキクチ・マーケティングとこのホテルの中間の位置にある大きな公園を
指定していった。

『克哉さんへ 今日絶対に貴方に話したいことがあるから仕事終わったら
克哉さんの会社の付近にある大きな公園の中で待ってて貰える? 自販機とベンチが
ある付近でね。俺、待っているからじゃあ、また後でね!』

 そう文章を綴って、送信していく。
 そして彼はホテルを後にして公園の方へと向かっていった。
                                  
                                  *

 結局、定時まで医務室のベッドにお世話になっていた克哉はタクシーを呼んで
指定された公園までどうにか辿り着く事が出来た。
 昼間に大笑いをして、心が少し軽くなってからはまた、少し身体の状態は
楽になっていた。

 どうやら自分の麻痺症状は、今までもう一人の自分を失ってしまった事による
精神的なものから来たらしかった。
 だから、起きた当初は指一本動かなかったものが太一の気持ちや、片桐本多、
そして八課のメンバーに心配されたり、思い遣られたりする事で少しずつ回復していった。
 眼鏡の方も含めて、八課のメンバーは最近自分の事を心配してくれていた事を
出勤したからこそ、実感出来た。

 これ以上足を引っ張りたくない、しっかりしなくてはと休む事を快く許してくれる
仲間に囲まれたからこそ、強く感じている事だった。
 それがぎこちなくなった身体を再び動かしていく原動力になっていく。
 一人になる時間も出来て、片桐に話を聞いてもらって別の視点を与えて貰えた事で
心の整理もついて随分と迷いも晴れていた。

 今朝、ホテルから逃げるように出勤した時に比べて克哉は真っ直ぐに
太一と向き合える心境になれていた。
 だから、足取りこそはゆっくりだが重くはなく、確実に一歩、一歩足を踏みしめていきながら
指定された場所に向かっていった。

 鮮やかな夕暮れが辺り一面を赤く染め上げていく。
 その中に彼は立っていた。
 赤い夕日を背後に讃えて、強い意志を秘めた眼差しをしながら柔らかく微笑んで、
こちらに手を振ってくれていた。

「あっ

 その時の彼の髪の色が、凄く鮮やかな真紅に見えて凄く綺麗に見えた。
 元々、太一は明るい髪の色をしている。
 それがまるで紅玉のようにキラキラと煌いていて不覚にも胸が大きく高鳴っていた。

(何でだろ太一が、凄く格好良く、見える

 それは、彼の心にも迷いがなくなったから。
 そして克哉の心にあった否定的な感情や想いを、意識の上に上らせて整理を
したからこそ昨日、一日顔を突き合わせていた時よりも素直に相手の表情や心の
動きを感じ取れるようになったからだ。
 人は時に、好きだからこそ相手の前で、相手に対して否定的な感情やネガティブな
気持ちを封じて、良い顔をしようと無理をしてしまう。

 だが好きな相手だからこそ、身近に感じる相手だからこそ時に、否定的な感情を
抱いてしまうのは仕方ない事なのだ。
 それを無理に押さえつけて「臭いものに蓋」をするように自分の気持ちから目を逸らして
しまうと抑えるのに必死になって、相手の心を素直に信じられなくなる。
 昨日、克哉が目覚めたばかりの頃の二人がまさにそれだった。

 一人になって考えて自分の中にある感情を見据えて、時に正直になる事も。
 第三者に自分の心情や弱みを伝えて、聞いてもらう事も気持ちに余裕を作ったり、
相手を客観的に見る為には欠かせない過程なのだ

「克哉さん!」

 目いっぱい手を振りながら太一が駆け寄ってくる。
 そしてそのまま、迷いない動作で強く抱きしめられていった。
 こんなまだ日がある時間帯に誰が通りかかるのか判らない公園の敷地内で、こんな
振る舞いをされて克哉は一瞬、ぎょっとなったが太一は尚も腕に力を込めて彼を
逃さないように閉じ込め続けていく。

 一切の迷いのない抱擁に、克哉は驚いていく。
 それから…すぐに唇を塞がれた。
 誰に見られているのか判らないのに、という感情が湧く暇もないくらいに…自然な
口付けで、それから…ずっと見る事が出来なかった以前の太一のひまわりのような笑顔が…
目の前にあった。

「太、一…どう、して…?」

「…俺が克哉さんに、こうしたいと思ったから。貴方が大好きだから…」

 一切の逡巡もなく、ストレートに太一は言ってのける。
 余りの臆面のなさに…克哉の方が、びっくりしてしまったぐらいだ。
 浮かんだ笑顔は、あの…自分が刺される以前までは良く見慣れていた明るい笑顔で。
 それを久しぶりに…見る事が出来て、懐かしさと…愛しさが込み上げていく。

(あぁ…思い出せた気がする…)

 自分は、この太陽のような…彼の笑顔にいつの間にか惹かれていたのだという事実を。
 全身で、こちらを大好きと態度で伝えて来てくれて…そんな彼の傍らを、心地よいと
いつしか自分も感じるようになった。
 その笑顔こそ…自分の想いの原点だと、やっと…思い出せた。

「大好きだよ、克哉さん…大好き…!」

 男同士だとか、色んなしがらみも事件も今は関係ない。
 もう一人の克哉に対しての嫉妬や…憤りも、今は捨てる。
 ただ…自分の中に存在している、一番強い想いだけを…真っ向からぶつけて、
自分たちの間に出来た壁や溝を取り除きたかった。
 
 ―全身全霊を掛けて、貴方に…想いを伝えよう!

 今の太一は、それしか考えなかった。
 克哉を失いたくなかったから。
 この瞬間…己の腕にいる愛しい人を絶対に離したくなどなかった。
 人目も、何も関係ない。
 …今はただ、この情熱と気持ちだけを…相手に、ぶつけたかった。

「太一…」

 恥ずかしいから、止めて欲しい…という言葉は、喉の奥に消えていった。
 今の太一の腕の中からジンワリと伝わる、暖かさと…強い気持ちに、そんな言葉さえも
遮られていく。

「俺、克哉さんと…音楽だけは、絶対に捨てられないし…手放したくない。
それだけをキチンと伝えたかった。だから…呼び出したんだ…」

 瞳を真っ直ぐ覗き込みながら、簡潔に伝える。
 余計な言葉などいらない。
 直球過ぎる気持ちはそのまま…克哉の中に沁み込んでいく。
 その瞬間…やっと、もう一人の自分の最後の言葉の意味を理解した。

(あぁ…オレは、こんなに…太一に、想われていたんだ…だから…)

 アイツは、行けと…送り出したのだ。
 土壇場で自分の代わりに落ちたのも…何もかも、太一のこの強い気持ちがあったから。
 それを思い知った眼鏡は…だから、自分の方を生かす選択をしたのだ。
 今日は一体、何度泣いているんだろうか…。
 アイツの事を想って、そして太一の気持ちを強く感じて…涙腺がまるで完全に壊れて
しまったかのようだった。
 ポロポロポロポロと…涙が零れて止まらない。
 その涙を、太一は優しく拭ってくれている。
 動作や、表情の一つ一つに…こちらへの感情が込められていて、切なくなって。
 …だから、克哉は…覚悟を決めた。

(さようなら…<俺>…)

 やっと、自己愛も混ざっていた…もう一人の自分への想いを捨てる覚悟を決めていく。
 この真っ直ぐな気持ちに対して…両方への想いを抱くような中途半端な真似をしたくないと。
 今でも…幸せになる事を願っている。
 大切だと想う気持ちは残っている。
 けれど…もう一人の自分に対しての「恋心」だけは…もう抱くまいと決めた。
 これだけ強く強く…自分を求めて、愛してくれている人の対して…不実な事はしたくない。
 そしてそれが…眼鏡の願いでも、あったのだから…。

 いつか会える。
 彼が目覚めた頃に。
 その時に…自分は太一の手を取って、その傍らで笑っていようと決めた。
 この…直球の想いと、大好きだった笑顔を久しぶりに見れた…この時に。

 夕焼けが燃えるように赤く輝いている。
 太一の髪が、まるで…炎のように真紅に燃えているその瞬間を…自分は恐らく、
一生忘れないだろうと思った。

「…ありがとう、太一…。こんなオレを…凄く、愛してくれて…」

「こんなオレ、じゃないよ…。俺にとって克哉さんはマジで…一番大切な人だから…。
だからそんな自分を卑下するような言い方はしないで…ね?」

「ん、判った。オレも…大好き、だよ…」

 一昨日の夜、抱き合った時は…もう一人の自分に対しての想いを抱いていて、
どこか後ろめたさを覚えていたけれど…太一が、朗らかな笑顔を浮かべながら言って
くれた事で…ようやく、素直な心境で気持ちを伝える事が出来た。

 想いと想いは響きあう。
 素直な言葉は、素直な感情を引き出し。
 後ろめたさや、嘘…そして負の感情を抑えての言葉は、同じ暗さを相手の心から
引き出していってしまう。
 けれど…太一が迷いを捨てた事で、克哉もようやく…迷いを捨てて、原点の気持ちに
気づく事が出来た。
 それは間違い続けた自分たちがどうにか土壇場で掴めた…真実の気持ち。

『好きだよ』

 シンプルなその一言。
 けれど、すれ違った状況ではなかなか口にする事が困難になる言葉。
 それでも…伝える事が出来るならば…。
 全ての状況をひっくり返す、魔法の言葉にもなりうる…メッセージ。

 どちらが先に言ったのか、判らない。
 その一言は、同じタイミングで重なって…つい、クスクスとおかしくて…お互いに
夕暮れの中、笑ってしまう。
 見つめあい、抱き合い…そして。

 赤々と燃える太陽を背に…二人のシルエットはもう一度、重なり合う。
 触れる唇、温かい吐息。荒い鼓動に…伝わる温もり。
 相手の全てを感じ取り、やっと二人は…幸福と充足感を味わっていく。
 この手に…愛しい人をようやく…収める事が出来た喜びを―
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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