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最近、更新ペースは乱れまくってて本当に
すみませんです(汗)
何でこんなに身辺がいつまで経っても落ち着かないんじゃ~と
雄叫びの一つもあげたくなりますが…もう、こういう時期なんだと
潔く割り切る事にします。
後、連載中の話は…私の中で最初に生まれた通りの
結末をそのまま貫きます。
三人一緒にするか、決別させるか…実は最後まで迷いましたが
(更新速度が45話から一気に遅くなったのはその迷いのせい)
私は克哉と眼鏡を決別させる選択しました。
決別させた理由と考えは48話で述べます。
後、三話。最終話まで時間が掛かっても…完結するまで頑張ります。
48話は明日の早朝アップを目標に頑張ります。
…で、原稿をどうやってやるか…ここ暫く必死に考えていたんですよ。
電車の中にPCを持ち運んでやれば結構執筆時間は出来るんですが…
万が一落下させて壊してしまったら、今の自分にはもう一台パソコンを買う
資金的余裕はとてもありません。
けど、移動中以外に…原稿をやる時間は捻出出来そうにない。
んじゃ携帯でやってみるか…?
という事で本日、オフ本(眼鏡×御堂)の冒頭に当たる部分を実際に
携帯電話で打ち込んで執筆してみました。
以下にそれを貼り付けて…最初の部分だけ閲覧出来るようにしてみました。
まあ、携帯小説というジャンルもあるんだし…昨今、携帯使って小説書くぐらいは
珍しくないでしょうけどね。
オフ原稿を…携帯でやろう、という人間はあまり見かけないが…今はパソコンが
壊れるという危険を犯せない時期だからしゃあないかと。
という訳で今日…一時間20分くらい掛けて、打ち込んでみました。
…これを本日分の更新とさせて貰います。
それではまた明日!
夜桜幻想(冒頭部分)
それは出張先で大きな取引きを一つ終えたばかりの頃の話だった―
佐伯克哉が独立して自分の会社を興してから早くも三ヶ月目を迎えようとしていた。
彼の経営手段はかなりのもので、設立してからまだ日が浅い新会社であるにも関わらず、
すでに二人では回しきれないくらいの多くの仕事を担当するくらいまでになっていた。
最近ではMGNから御堂を慕って移籍した…藤田を始めとする何人かの元部下を登用して、
大きなプロジェクトを担当するくらいまでになっていた。
季節は四月の始め。都内では地域によっては桜の満開の時期が訪れようとしている。
神奈川県鎌倉市。鶴岡八幡宮の周辺を車で走りながら御堂は深い溜め息をついていた。
「…そろそろ桜が見頃を迎えようとしているな…」
ハンドルを握りながら自分がそう呟くと助手席から克哉が書類を眺めながら相槌を打っていく。
「あぁ、そうだな。あんたは花見でも楽しみたいのか…?」
…一応、自分達は仕事上のパートナーであると同時に恋人同士でもある。それなのにこの
そっけなさはどうかと…御堂は感じた。
「あぁそうだな。最近は誰かさんがこっちを濃き使ってくれるから正直、風景を楽しむ余裕すらない。
ここで一つ太っ腹な処を見せて是非良く働く従業員を労って欲しいものだがな…」
「…それなら問題ない。今夜は桜をたっぷりと愛でられるようにこの近くの宿を手配してある。
そこで自然を楽しむくらいは幾らでも出来るぞ」
「な、何だとっ?」
皮肉たっぷりに言い放った次の瞬間、予想もしてなかった答えが返ってきた。
つくづく自分はこの男に振り回される星の元に生まれているのかと疑いたくなってしまった。
「何をそんなに驚いている? …俺にとってはあんたは愛しい大事な恋人だからな。
これくらいの気遣いは当然だろう?
それともあんたは色気なく東京の方にトンボ帰りをしたいのか?」
「…っ!そ、そんな訳…ないだろ!で、件の…お前が手配した宿というのはどこにあるんだ?
場所が詳しく判るならナビで指定してくれると有難いのだが…」
「あぁ、メモに書いてあった住所だと大体この辺だな。また近くなったら周辺を拡大表示して
改めて指示する。まずはこの付近まで車を走らせてみてくれ」
二人が社用で頻繁に使用している車には高性能のだがなナビゲーションシステムが
取りつけられていた。
たった今、克哉が指示した場所は鎌倉の外れの方に位置していた。
それでもこの周辺なら前会社に所属していた頃に何度も走っている。
大まかな位置を指定されるだけで迷いなく御堂は現地に向かい始めていった。
「…本当に今日は楽しみだな…」
悠然と微笑みながらそう呟く克哉に少しムッとなりながらも御堂はおとなしく目的地に
向かって運転を続けていった。
観光名所が集まっている処と違い、人の気配もあまりなくひっそりとした佇まいを見せていた
人家の姿もあまり無く、辛うじて舗装されている道路を進みながら御堂は呟いていく。
「随分と閑散とした場所ばかり続いているが佐伯。本当にこの道で良いのか?」
「あぁ、道はちゃんとあっている。俺を信じろ」
(…どうしてコイツはいつだってこんなに自信満々でいられるんだ…?)
相手のあまりに自信に満ち溢れた態度に内心でツッコミを入れつつ、
小さく頷いてみせる。
この付近には手付かずになっている古くからある原生林がも多い。
都会で生活している身としては四方八方どこを見ても樹海を思わせる光景は
圧巻されると同時に馴染みが無さすぎて。そればかり続くと少し不安を覚えるくらいだ。
「そんな不満そうな顔をするな行けばお前もきっと気に入るだろうからな」
「…以前から常々思っていたんだが、君のその自信は一体どこから発生しているんだ?
先ほどから随分と決めつけが多いように感じられるのだが…?」
「決めつけじゃない。確信しているから言っている。一度下見にこの辺りまで
来ているからな。それで気に入って一番のお薦めの時期であるこの時期に、
三ヶ月前から予約して部屋を押さえたんだからな」
さも当然とばかりに言い放つ相手の態度を運転席からチラリと眺めて。
その相手の言葉の意図を察して、つい顔を赤らめそうになり照れ隠しに
心持ち克哉から顔を背けていく。
(三ヶ月前から?それでは私と再会してから間もない時期から、すでに予約
していたというのか…?)
しかも新会社を設立して社長の立場に就いてからの克哉は多忙を極めている。
それは彼の片腕として働き、ずっと見続けていたから良く知っている。
なのにその最中で下見までして部屋を確保していたという事は、御堂と一緒に
過ごしたいと願っている彼の気持ちを如実に示している。
御堂はそれに気付いたからこそいたたまれないくらいの気恥ずかしさを覚えていた。
「何だ、照れているのか?」
「っ!だ、誰が!」
唇から反論の言葉が溢れようとした途端、視界が急に開けて一軒の大きな旅館の姿が
現れていく。
年期の入った木造の建築物に圧倒されそうだ。
深い深い森林の奥にそびえる建築物を前にして御堂が言葉を失っていくと克哉が
傲然と告げていった。
「俺が予約した旅館はここだ。知る人ぞ知るという場所だ。ここから見える桜はかなりの物と
聞いている。ここでゆっくりと二人で花を愛でようじゃないか。行くぞ、孝典…」
そうして御堂が駐車場に自家用車を停めた途端に先に克哉から車から降りていった。
「先に降りて宿泊手続きしてくる。あんたはゆっくりと後から来ると良い」
そう告げて、克哉の姿はあっという間に消えていく。
その後ろ姿を見送ってから本日何度目になるか判らない、深い溜め息をついていった。
「…あいつは、どこまで私のペースを乱せば気が済むんだ…」
トコトン苦々しく呟きながら、御堂は車を完全に停車させて彼の後に続いていった―
―あれから、三年が経過しました。
いやいや…感服致しました。
人の心は移ろいやすいというのが…私が長らく人を観察していて、達した結論
なのですが…実にあのお二人方は心からあの人を求めていたらしい。
だからその心に免じて…私は、傍観者の立場ではなく…魔法や奇跡と呼ばれる
類の事を一つだけ起こして差し上げる事にしました。
私にとっても…そのままもう一人のご自分の影にあの人が隠れて、自分を押し殺して
生きていくのなど…退屈ですからね。
だから、一度だけ…貴方達が紡いだ悲劇の物語。その観客席から…手を差し伸べて
あげましょう。
幸福とは儚いもの…全力でその手に掴み取らなければ、スルリと零れ落ちてしまう
泡のような代物。
その僥倖を…一生のものにするか、またもや悲劇を招いて破壊してしまうかは…
貴方達の心がけ次第なのですから―
*
目を開けると、視界には鮮やかなまでの赤ばかりが飛び込んできた。
独特のエキゾチックな香りと雰囲気。
怪しいBGMが流れる室内…其処に設置されている豪奢な真紅のソファの上に
眼鏡は横たわっていた。
(ここは…一体、どこだ…?)
しかも…しっかりと、肉体を伴っている感覚があった。
どうしてだろうか…? 自分はすでに、その所有権をもう一人の自分に譲渡して
深い眠りに就いた筈だ。
だが…しっかりと身体が動いているのに、もう一人の<オレ>の気配らしきものは
感じられなかった。
(アイツは…どこに、いったんだ…?)
真っ先に心配したのは、それだった。
何故自分はこんな処にいるのだろうか?
それを疑問に思った次の瞬間…誰かに、抱きつかれていた。
「克哉さんっ!」
最初は、誰なのだろうか…と一瞬、感じた。
自分にしがみ付いてくる人物の身体はしなやかで…記憶に残っている誰の
身体情報と一致しない。
だが…こちらの顔を覗き込んでくるその表情に…面影は確かに残っていた。
自分の覚えている容姿よりもずっと成長していて…四肢も随分と延びている。
幼さが完全になりを潜めて…随分と大人びた顔つきになっていた。
「…まさか、秋紀…か?」
「…うん、そうだよ…。僕だよ…克哉、さん…」
秋紀は隠す事なく、ポロポロと大粒の涙を浮かべながら…上半身だけ
赤いソファの上で起こしている克哉の上に覆い被さって抱きついていた。
その温もりは…長らく眠りについていた克哉には温かく、心地よく感じられて
状況の判断が出来ないまでも…暫し、その感覚に身を委ねていく。
『…お久しぶりですね。目覚めの気分は如何でしょうか…?』
久しぶりに聞く、歌うような艶めいた口調。
そちらに視線を向けると…其処にはやはり、Mr.Rが立っていた。
三年という月日で随分と成長していた秋紀と対照的に…この男の方は記憶に
残っている姿と何一つ変わった処がない。
まるで年月などの影響など何も関係ないとでも言わんばかりだ。
「…悪くは無い。だが…一体、ここはどこだ?」
『…何度か貴方様は立ち寄っていらっしゃるでしょう。ここは…私が運営している
クラブRですよ。幾らなんでも貴方様を…そこら辺の道端で目覚めさせる訳には
参りませんから…一応、寝床ぐらいは用意しておきましたけどね…』
「…それは判った。だが…どうして、ここに秋紀がいるんだ…?」
『今夜に限り…私がお招き致しました。貴方を呼び起こすには…傍に、今も
強く想っている存在がいた方が…形と成りやすいですからね…』
そして、男は…ニコリ…と胡散臭く、綺麗に笑んでみせる。
『秋紀様は…三年という年月が過ぎたにも関わらず、貴方への想いを一点も
曇らせずに貫き続けました。…移ろいやすく、壊れやすいのが人の心の常ならぬ
事なのに…それでも、もう一人の貴方と…この秋紀様は貴方を強く想い続けて…
その意思を貫かれました。
ですから…その心に免じて、貴方様に…こうして、身体を差し上げた訳です。
その身体は…もう一人の貴方と、秋紀様の…ある程度の年月の寿命を
代価として…作り上げられています。…本当に、貴方は愛されているんですね…。
流石、と言った処でしょうか…」
「寿命、だと…? あいつも…秋紀も、俺の為に…命を投げ打ったと言うのか…?」
「うん…だって、僕にとっては…幾ら長生きしても…克哉さんに再会出来ないまま
よりも…少しぐらい寿命が無くなってしまっても…貴方と会える方がずっと…
良かったから…。だから…その、克哉さん…気にしないで?」
『はい…本来なら、もう一人の貴方から…半分程、寿命を頂いて…それを代価に
肉体を紡ぎ上げる予定でしたけどね。同じ想いの秋紀様がこうしていらっしゃった…
訳ですから、大体…お二人とも本来生きれる時間の三分の一程度の犠牲で
済んでいらっしゃいます。
人の本来の寿命が最大で百年から120年と換算すれば…三分の一程度なら
削れてしまっても、十分な時間生きれるでしょう。
後は喫煙とか…飲酒とか、身体に悪い習慣を止められさえすれば…天寿は
全う出来ますよ』
「無理だな。タバコも酒も止めるつもりはない。…俺にとってあれは、人生の
貴重な楽しみだからな…」
眼鏡が即答すると同時に…秋紀は思いっきり彼に食って掛かった。
「…もう! 克哉さん。そういうの止めてとは言わないけど…程々にはして
おいてよねっ! せっかく…こうして、克哉さん…いられるようになった訳だし…」
「あぁ…身を持ち崩すほど、酒やタバコに依存するつもりはない。あくまであれは
楽しみの一環だ。だから…拗ねるな…」
そうして、しがみ付いてくる秋紀の背中をそっと撫ぜて…あやしていってやる。
まるで甘えん坊の猫の背を撫ぜてやっているような光景だった。
謎めいた男は…そんな二人の様子を微笑ましげに眺めていたが、ふいに
間合いを詰めて眼鏡の近くへと…歩み寄っていく。
そして、囁きを落としていった。
『斯して…貴方はこうして解き放たれました。これからの人生は…
もう一人の貴方や、五十嵐様の事に囚われずに…ご自分の心のままに
生きても何の問題もありません。こうして…佐伯様から、その心はすでに…
三年前から頂いておりましたけれどね。
…これさえあれば、貴方は問題なく市民権や色々な手続きに必要な身分は
証明出来ると思います。さあ…どうぞ…」
そうしてMrが手渡したのは…<オレ>の写真がついた免許証と
銀行のカードだった。
電車をメインに生きていた奴だったので…車は殆ど乗らずに実質ペーパー
ドライバーだったのだが…身分を証明する上ではこの国ではもっとも重要な
ものだった。
「…これ、は…?」
「佐伯様が…貴方の為に残された身分証明書と、幾許かのお金ですよ。
免許証の方は…私が更新しておきましたから、今でも問題なく使えます。
それさえあれば…貴方様なら、ご自分の力で後は生きていかれるでしょう…?
もう一人の貴方の心が篭った品を…確かに、お渡し致しましたよ…」
そうして…眼鏡は、呆然となりながら…それを見遣っていく。
こうして蘇った自分宛に残された免許証と…銀行のカードは…克哉の気持ちが
確かに強く宿っていた。
それを手のひらに収めながら…つい生じてしまった素朴な疑問を投げかけていく。
「…これは確かに在り難く受け取らせて貰うが…どうやって、免許の更新を
お前がやったのか…非常に気に掛かるんだが…」
「さあ? どうでしょうね…。それは企業秘密とさせて頂きましょう」
ニッコリと楽しげに微笑みながらMr.Rは言い切った。
トコトンまで謎が多すぎる男であった。
『…それよりも、佐伯様。お伝えしておきたい事がありますから…お耳を貸して
頂けますか? あぁ…須原様は少々、離れていて貰えますか? えぇ…そんな顔を
なさらなくても、すぐに済みますよ。これだけお伝えしたら…二人きりにして差し上げます…』
そういって、不満そうな顔を浮かべている秋紀を尻目に…男は眼鏡の傍らに立ち…
そっと甘く歌を口ずさむかのような口調で囁きを落としていく。
『―佐伯様。今の貴方は…人の想いを持って生きている実に不安定な状態です。
貴方様が須原様を裏切って…他の方を選ばれるなら、須原様が差し出した代価は
速やかに持ち主の下に戻り…その分、貴方が生きれる時間は減るでしょう。
それを拒みたいのなら…須原様自身をこれで…殺めなさい。
その代わり発覚すれば…貴方の人生は殺人者として終わりますけどね。
…貴方を現実に具現化させるくらいの強い想いも…貴方が受け入れようとなさらな
ければ…ただの重荷にしかならないでしょう?
ですから…これは、須原様からも離れて…自由になりたい場合の最後の選択肢と
なりますけどね…』
そして男は一本の銀色に輝く小さな折り畳みナイフをそっと…眼鏡のスーツの
内ポケットへと収めていく。
ヒヤリとした冷たい感触に…ゾっと背筋が凍る思いがした。
それは…ようやく訪れたハッピーエンドに、大きな黒い影を落としかねない…悲劇に
導く悪魔の囁きのような…恐ろしい言葉だった。
だが…それを口にした直後の男は相変わらずいつものように飄々と…かつ、悠然と
微笑を浮かべ…僅かな動揺の色さえも見せようとしない。
「…俺がそんな馬鹿な真似をするとでも…思っているのか?」
この身体を得られて、こうして存在出来る事…それ自体が大きな僥倖だと思っている。
その恩を忘れて…相手の想いを邪魔に感じて、殺めるなど…それこそ犬畜生にも
劣る振る舞いそのものだろう。
その言葉を聴いて…眼鏡は強い不快感と憤りを表に表していく。
それを実に楽しそうに…怪しい男は見つめていった。
『あぁ…やはり貴方様は、怒った顔さえも…随分と魅力的ですよ。それでは…私が
伝えたい事は大体、言い終えましたのでそろそろ退散致しますね…。
それでは、再会したばかりの甘い時間帯を…どうかお楽しみ下さいませ…』
そう告げると…その場には眼鏡と秋紀だけが残されていった。
目が痛くなるような赤で覆われた室内。
其処のソファの上に…二人は腰を掛けて、そっと見詰め合う。
「克哉さん…」
心から、愛しいという気持ちを込めて…秋紀は眼鏡の頬を優しく撫ぜていく。
その表情には…一片の曇りもない。
労わるような、慈しむような優しい手つきに…眼鏡は、そっと身を委ねていった。
「…どうして、お前は…待っていたんだ。あれから…どれくらいの月日が流れた…?」
目覚めたばかりの眼鏡には、どれくらいの時間が過ぎたのか把握出来ていない。
自分が負った、あれだけ深かった魂への傷も…癒えるくらい、となったら…2~3年は
最低すぎているだろう。
秋紀の容姿がウンと大人びてしまっているのも、その推測の大きな裏づけとなっていた。
あの子供そのものだった少年が…立派な青年へと変化するくらいの、長い時間。
たった一夜…気まぐれに抱いただけの相手だった。
それが…これだけ長い時間、自分を想い続けるなんて…予想もして、いなかった―
「貴方と最後に会ってからは…もう三年以上、かな…。僕自身も…凄い馬鹿だなって
思ったけどね。想い続けても…貴方に会える保証なんてないし、何度も諦めようかと
考えた事はあるよ。けれど…どんな形でも結局、貴方とケジメつけない限りは…僕は
この気持ちを捨てる事なんて…出来なかった、から。そうしたら…こんなに過ぎちゃって
いたけどね…けど、やっと…こうして会えたから…」
瞳を潤ませながら、今は青年となった相手が微笑む。
その感情は…嘘偽りなく、眼鏡に会えて嬉しいと伝えてくれている。
言葉よりも何よりも雄弁に…こちらを必要とし、求めていてくれた気持ちが感じられる。
それで思い出す。…自分はこんな、ささやかな物を欲していたのだという事実を。
(そうか…俺は結局…)
あの病室で、必死になって縋るように…少年だった頃の秋紀に口付けた日の記憶が
蘇っていく。
俺は…必要とされたかった。愛されたかった。
他ならぬ、<オレ>に…そして、太一に。
けれど…自分が浅慮で犯した罪によって…太一から、こんな風に微笑まれたり気持ちを
伝えられる事は決して、なかった。
だからそんなものは欲しくない。そんな態度を貫いていたけれど…。
こうして向けられて初めて判った。自分の心がどれだけ…こういう温かなものに飢えて
いたのか。欲していたのかも…。
「…お前は、馬鹿…だな…」
呆れたように、感心したように…いや、両方が入り混じった笑顔を向けながら…己を
想い続けてくれた青年の身体をそっと引き寄せていく。
戻って来ても…誰にも必要とされないのだろうか。
そう不安を当時は覚えていた。
だからこそ…こうして向けられる感情は酷く心地よくて…嬉しくて。
ごく自然に…眼鏡の胸の中に染み渡り、じんわりと…暖かなものが浮かび
上がってくる。
「ん…そうだね。僕は…馬鹿だよ。たった一度…僕を抱いた、初恋の人を…
ずっと忘れられなかったんだから…」
あっさりと認めながら、秋紀はそっと唇を寄せる。
克哉の髪を穏やかに梳いていきながら…頬に口付けて、嬉しそうに微笑んだ。
それは…三年前当時には気づこうとしなかった、強い想い。
あの時は自分の胸の痛みしか…感じられなかった。
罪悪感と後悔と…苦い想いばかりが心を満たしていた時は…ここまで深く
相手の想いが沁み込んでくる事は無かった。
それは目立たない陰日向にそっと咲くような密やかな想い。
克哉自身も…当時はここまで強く、この青年が想ってくれていた事実に
気づいていなかった。
自分を縛っていた全ての戒めから解放されて…自由になれたこの時だからこそ、
初めて感謝をする事が出来た。
「…だが、そうしてお前が…待ち続けてくれたからこそ、俺は戻って来れた。
感謝する…」
以前の自分だったら、こんなに素直に相手に礼を告げたりはしなかっただろう。
だが…今、こうして微笑んでくれる秋紀を前にだったら…照れくさくて絶対に
軽々しく言えそうにない言葉すら、言えてしまえるのが不思議だった。
そう…好意の笑顔は…時に頑なな相手の態度と心をも解していく。
まるで童話の中の…北風と太陽の、太陽のように。
人の心を暖めるような…純粋な好意と、想いを向ければ…自然と心は通い、
暖かなものが生まれるものなのだ―
そして…眼鏡は、青年を抱き寄せて…優しい声音で告げた。
『ありがとう―』
たった一言の、短い言葉。
けれど…そう言って貰えた瞬間…秋紀は嬉しくて嬉しくて…この瞬間に死んでも構わないと
想う程、喜びが胸を満ちていくのを感じていった。
幸せすぎて、泣けるなんて…今まで知らなかった。
ここまで…強い幸福感を覚えたことなど、決してなかったから―
「克哉さん…」
ぎゅうっと強く抱きついていきながら…秋紀はその歓喜をしっかりと噛み締めていく。
想い続けて良かった。
この人にもう一度会えて良かった。
こうして…自分の想いを邪魔に思わずに、受け入れて貰えて良かったと…。
色んな想いが、己の中で交差して…溢れんばかりの熱い雫が目元からポロポロと
零れ落ちていく。
『大好き、だよ…』
それは…今、抱きついている克哉を肯定し、必要としている気持ちを伝える…
真っ直ぐな一言。
眼鏡は…その言葉を聞いて、自信満々の表情を浮かべていき…そして、そっと
唇を重ねていく。
その想いは誰に知られる事なくても、秘めやかに…彼の胸の咲き続けていた。
そしてようやく実りの日を迎えて…満開になっていく。
大好きな人とようやく…再会出来た幸せを感謝しながら…。
秋紀は、その幸福に…静かに身を委ねていったのだった―
今週からプチオンリーに向けての準備も合間に行いますのでやや変則的な
掲載が続きます。ご了承下さい。
一応朝に最低一時間は執筆時間を取るようにしますが…これからの47~50話までの
間は一話一話が長いので、恐らく二日に一度くらいの掲載ペースになっていくと思います。
今週から、一月に発行した本の再版作業もやっていきます。
…今から少しずつでもやっておかないと後で辛くなるでしょうしね。
後、オフは諦めました。 代わりにコピーで新刊は二種類用意させて頂きます。
ちゃんと完成していれば、当日は再版した分も合わせて四種類、机の上に並んでいるかと。
それを目標に頑張ります。
…しっかし、一家四人とも4~6月までに掛けて、会社が倒産したり…閉鎖になったりと、
転職を余儀なくされる事態が舞い込んでおります…。
ここまで来るともうネタにしかならんですな(汗)
…私も六月いっぱいまでは、今の職場にいても良いかな~と言う感じなのですがね。
そっちも考えなきゃいけない状況なんでちと、いや~んな感じです。
という訳で状況は相変わらずバタバタしてます。
…ま、ペース落ちても最後まで諦めないでやりますがね。
47話掲載は15日の早朝頃になると思います。(順調なら)
んじゃ今宵はこの辺で~。
P.S マガビの5月号は萌えさせて頂きました…。 ご馳走様っす。
…これを糧に頑張りますわ…(ドキドキ)
私は眼鏡をやっぱり愛しているんだと自覚しましたわ…。
太一の告白を受け入れてから一ヶ月半が過ぎようとしていた。
あの夕焼けの中で想いを告げた日を境に…ようやく、克哉は太一の家庭の複雑な事情や
悲劇の発端となった、裏サイトを運営していた理由を聞く事が出来た。
それは正直、克哉にとって想像もしていなかった内容ばかりで…驚いてばかりだった。
だが…自分は、彼の想いを受け入れたのだ。
だから…そういった複雑な背景も含めて、克哉は…彼を愛する事にした。
事情を聞いてからも…二人で二週間程、話し合った末に…キチンと克哉がキクチ・
マーケティングを退社した後でアメリカに渡って、音楽活動をする事に決めた。
楽園が崩壊した直後から起こった、身体の麻痺現象は…時々発作のように起こって
時に身体の自由が効かなくなる事があったからだ。
太一は…今すぐにでも一緒に駆け落ちして、海外に渡りたがったけれど…克哉のその
身体事情や、迷惑を掛けたキクチ・マーケティングの人達に少しでも迷惑を掛けたくないと
いう意見はお互い一致したのである程度の期間を設ける形に落ち着いていた。
結局、太一の方は…克哉が正式に退社するまでの一ヶ月の間は…平日は片桐、本多の
家に交互に泊まらせて貰い、週末になると…こっそりと克哉の家に来て貰って一緒に
出来るだけ過ごすようにしていた。
時々、身体の自由が効かなくなる克哉を…太一は良く気遣っていた。
甘い時間の中に潜む後悔と、苦い想い。
だがお互いにその負の感情を表に敢えて出さないようにして…初めて恋人らしい時間を
彼らは共に過ごしていた。
片桐と本多には、自分たちが恋人になった…という話と、太一の実家がヤクザである事
だけは伏せたが…それ以外の、太一は本気で海外で音楽活動に打ち込みたいという夢を
持っていて…克哉はそれを手伝いたいと思うから、退社したい…という旨はキチンと
伝えてあった。
最初は二人共寂しがっていたが…克哉の意思が固いと知ると、二人はこちらの気持ちを
汲んで…協力を惜しまないでくれていた。
自分は…本当に、良い仲間に恵まれていたのだと。
こんな状況に陥って…初めて克哉は強く実感し、その有り難味を噛み締めたまま…旅立ちの
前日を迎えようとしていた。
克哉の自室は、すでに…ここ数日で大きな荷物の殆どは、リサイクルショップや知人に
引き取って貰っていたので…今、部屋の中にあるのは…ベッドとガラステーブル、そして…
パソコンと小さな衣類タンスぐらいの物だった。
残った家具も、数日中に…本多が引取りに来て処分してくれる話になっている。
部屋の片付けも殆ど終わったので…そろそろ、入浴でも済ませて…普段着からパジャマに
着替えようとした頃、克哉は溜息を突きながら…部屋中を見回していた。
(本当に…今日で、日本を発つんだな…)
そう考えると、寂寥感が心中をゆっくりと満たしていく。
この一ヶ月…太一の手を取った事に迷いがまったく生じなかったと言ったら嘘になる。
だが…過去を振り返っても仕方ない。
そう考えて…もう一人の自分に関しての事は、殆ど考えないようにしていた。
「…多分、今日が最後だ。約束の期日は随分と過ぎてしまったけれど…」
そして、彼は…タンスの上にあった銀縁眼鏡をゆっくりと手に取っていった。
これは…もう一人の自分の形見のようなものだ。
かつて、自分の中に…はっきりと息づいていた意識を解放するキッカケとなった…
不思議なアイテム。
それを手に取って…そっと呼び掛ける。
「…遅くなりましたけど、これを貴方に…お返しします。其処に…いらっしゃるんでしょう…?」
銀縁眼鏡を軽く握り締めながら、語りかける。
これを…自分に手渡した、謎めいた男に向かって―
『おやおや…私がいる事に気づかれておりましたか。やはり…貴方は…感覚が鋭敏な
方のようですね…』
久しぶりに聞く、歌うように話す男の声。
「えぇ…貴方は絶対に、今日…来ると思いましたから。オレが刺されてしまったから…随分と
本来の期日よりも延びてしまったけれど…この眼鏡は貸すだけだ、と最初に言っていました
からね…。だから、一度は回収する為に…オレの前に現れると、そんな気はしてたから…」
『なかなかの洞察力ですね。感服致します…。確かにこれは、貴方に差し上げたもの…。
もう一人の貴方様自身を解放する為に必要な、触媒のような代物です。
ですが…もう一人の貴方は深く眠ってしまわれた。その眼鏡を幾ら掛けようとも…
呼び掛けようとも決して目覚めない深い眠りに…。それなら、確かに…貴方にとって、すでに
この眼鏡は…必要ないものなのかも知れませんね…』
「えぇ…オレには必要ないです…」
きっぱりと、強い意志を持って言い返す。
そして…彼はこう続けた。
『それは…もう一人の<俺>が掛けるべき物ですから…』
迷いない口調で克哉がそう言うと…Mr.Rは面白そうな笑みを浮かべていった。
その言葉の真意を…ゆっくりと探っているようだった。
『ほう…? その言葉の真意をお聞かせ願っても構いませんでしょうか…?』
怪しい男がクスクスと笑っていく。
克哉の表情も…真摯なものへと変わっていった。
暫しの睨み合いの末に…ようやく克哉が告げた言葉は…。
「…貴方が、オレの前に現れてくれたら…一つ、お願いしたい事がありました…。貴方なら、
もう一人の俺に…身体を与えられるのでしょう…? 二度もそうして…あいつはオレの前に
現れた事がありましたからね…。 それが出来るなら…どうか、<俺>に…身体を与えて
やって下さい。このままじゃ…あいつの方が、余りに割を食い過ぎてしまっていますから…」
『…確かに、私には…貴方ともう一人の貴方様を同時に存在させる力があります。
ですがそれは…一夜で儚く消える夢のようなもの。一晩だけならば私の力だけで…十分に
出来ますが、ずっと…存在させるとなると、『代価』が必要になります。
…それは魔法と呼ばれる領域の行為となりますが…魔法や、魔術というのは…必ず、
危険と代償を支払う事によって…初めて成り立ちます。
さて…貴方は、私にどんな代償を支払って下さいますか…?』
「…オレの命の半分を。アイツとオレは…一つの身体を共有している。それで…オレばかりが
好きな人間と一緒になって、幸せになるのなんて…不公平すぎるから。
流石に…今のオレには大切な人間がいます。だから…この命を捨ててでも、あいつを存在
させたいとは…口が裂けても言えない。
けれど…寿命なら、自分の残された時間の半分くらいまでなら…あいつの為に差し出しても
構わないと…それくらいの覚悟はあります」
迷いがない口調で、きっぱりと克哉は言い放つ。
そんな彼に向かって、愉しげな笑みを浮かべながら…悪魔のように甘く、蕩けるような
滑らかな口調で男は告げる。
『それ程…大切な存在なら、逆に手放さない方が宜しいのでは…? 確かに、貴方の命の
半分を代価として…あの方に注げば…確かにこの世にずっと存在出来るでしょう。
ですが…それは、貴方の中から…あの方がいなくなる事を意味しています。貴方達二人は…
いわば天秤のようなもの。片方の受け皿にそれぞれの意思が存在している。その受け皿の
片方と…一生、別離する事になっても構わないと…貴方は言われるのですか…?』
「はい。…オレが太一の手を取ったのは、アイツに背中を押されたからですが…同時に、
このまま…オレの中に<俺>を閉じ込めたままでは…アイツは不幸にしかならないから。
…それに、最後の瞬間…アイツの記憶が流れて来て、あの…秋紀っていう子の事を…
<俺>も憎からず想っていた事を…知りました、から…。
アイツにも愛してくれる存在がいるのなら、オレは幸せになって欲しい…! オレばかりが…
幸せで、あいつが不幸にならなきゃいけないなんて…御免なんです。
太一の事は愛している。けれど…恋心を捨てたからと言っても…オレはアイツを大切なのは
変わらないんです! だから…どうかお願いします!」
もう一人の自分の事は、あまり深く考え過ぎないようにしていた。
マトモに考えたら、太一をどこかで恨んでしまいそうだったから。
けれど…同時に、考え続けていた。
どうやったら…皆が幸せになれるだろうか。その道を…。
そして、考え抜いた末に克哉が下した結論は…もう一人の自分に身体を作って貰って、
生きて貰うという事だった。
普通だったら荒唐無稽。
叶えられる筈のない願い。
だが…この不思議な眼鏡を与えてくれた、謎めいた男なら…出来るかも知れない奇跡に、
克哉は掛けてみる事にしたのだ。
自分がもう一人の自分に恋心を抱くキッカケとなった二つの事件は…恐らく、この男が深く
絡んでいる事はもう思い出していたから―
『…本当に、ご自分の生きられる寿命の半分を投げ打っても…後悔なさらないんですね?』
「はい…短くなってしまったのならば…それなら、その時間を精一杯大切に生きる事に
しますから。それにどれだけ長い寿命があったとしても…もし、事故に遭ったり災害に
巻き込まれたりすれば…一瞬で消えるものです。
オレは運良く…太一の父親に刺されていた時に命拾いしたけれど、本来ならあの時に…
死んでいてもおかしくなかったんです。
それなら、今こうして…生きていられる事、それ自体がラッキーなんです。<俺>が…
オレに命を与えてくれなかったら…この時間そのものが存在しなかった。
そう考えれば…奇跡みたいなものでしょう? だから良いんです」
そして、克哉は…はっきりと告げた。
「どうか…アイツに身体を与えて下さい」
しっかりと…淀み一つない口調で、克哉は告げていった。
それを聞いて…男は楽しげに笑う。
とても面白いものを見れた…とでも言うかのように。
その冷たさを孕んだ…綺麗な笑顔に、克哉は背筋が凍るような想いがした。
だが一歩も引く気配を見せないようにした。
ここで…自分が怯んだ様子を見せる訳にはいかない。そんな気がしたから…。
『判りました…あの方が、貴方の中でその魂の傷を癒されたその時…私はもう一度、
貴方の前に現れましょう。佐伯克哉さん…。
それが数年以内か、五年後か…十年後になるかは私にも判りかねますが…
その時まで貴方の気持ちが変わらないようでしたら…私は、貴方の願いを叶えて…
あの方に…肉体を与えて差し上げましょう…』
「…本当、ですか…?」
自分自身でも一か八かの頼みごとだっただけに…あっさりと男が承諾してくれた事に
却って拍子抜けしたくらいだった。
ほっとした顔を浮かべる克哉と対照的に、男はただ…楽しげに怪しく笑い続けていた。
それを見ているこちらの方が…妙に落ち着かない気分になってしまう。
『…しかし、それまで…良く考えて下さいね。本当に…あの方と永遠に袂を分かつ事に
なっても構わないのか。確かに…貴方が選ばれた方は、あの方を酷く嫌悪したり…複雑な
感情を抱いていらっしゃる。ですが…人の心とは変わるもの。
年月が過ぎ去れば、貴方の方と上手く行っていれば…その負の感情も変質して…三人で
上手く行くかも知れない未来も生まれ得るかも知れません。
…五十嵐様が、あの方の存在を受け入れて下さった場合でも…ご自分の寿命を犠牲にして…
あの方との決別を望まれるんですか…?』
それは、非常に意地が悪い問いかけでもあった。
克哉がこの決断を下した理由の一つは…太一と眼鏡とのすれ違いがあったからだ。
複雑な感情を抱いているからこそ…上手くいくのは難しいだろうと思った。
この決断を下した最大の理由はそこにある。だが…それが解消した場合はどうするのか…?
男はその問題点を、率直に克哉に投げかけていた。
「それは…! …そうですね、その問いかけは…その時になってみないと判りません。
確かに…太一が、あいつの存在も受け入れてくれた時には…無理に決別をする必要性は
ないと思います。ですが…それは、あいつが目覚めた時の状況次第で決める事です。
今は判断するべき時ではないと考えます…」
『…それが貴方の問いですか。判りました…。実際にそれを実行に移すかどうかは…
状況次第で…という形で構いません。私も…貴方達二人が、一番良い形になるように…
収まって頂きたいですからね。では…今宵は私もそろそろ失礼致しますよ…。
あぁ…そういえば、実行に移す事になった時には…一つ、貴方から譲り受けておきたい物が
ありましたね。…これを一枚、失敬しますよ』
そういって…男は貴重品やら何やらが入っていたカバンの方に近づいていくと…銀行の
カードや身分証明書が纏められている束の中から…一枚のカードを取り出していった。
『…これは貴方には、実質…無くても大丈夫な物でしょうから…構いませんでしょう?
外国で入用になった時はまた新しく取り直せば済むものでしょうからね…』
「えぇ、それがあいつと身体に分けた時に必要となるのなら…持って行っても構いません。
どうせ今のオレには…意味の無い代物ですからね…」
『…快く協力して下さってありがとうございます。おかげで私の方もその方が作業が楽に
なってやりやすくなりますからね…。それでは…そろそろ、ごきげんよう佐伯克哉さん。
貴方のこれから歩む道筋に幸があらん事を…願っていますよ…』
そう告げて…一枚のカードを手に持ちながら…男の姿はあっという間に夜の闇に紛れていく。
克哉はMr.Rを見送ると同時に…フっと気が抜けてその場に崩れ落ちていった。
膝が笑っている。
何度も男に問い返された時に…自分でもこれで良いのか、迷っていた部分があったから…
身体にそれが思いっきり現れたのである。
「…本当に、それで…構わないんですか…か…」
迷っていない、と言ったら嘘になる。
実際に…心の中に存在していた『楽園』を失い…もう一人の自分の気配をどこにも
感じられないだけで…こんな麻痺状態が起こってしまっているくらいなのだ。
それでも…それが寂しいとか、辛いと思っても…克哉は、彼に幸せになって欲しいと…
強く願ったのだ。
もう一人の自分は…太一と、自分が幸せになる事を祈って…己が身を奈落に落とした。
だから…今度は、自分が代価を払う番だと…素直に思ったのだ。
自分だけが幸せになるなんて…耐え切れない事だから。
二人共幸せにならなきゃ、嘘だ…と。そう感じたから克哉は決断したのだ。
それが…永遠に、一つには戻れなくなる事だと…理解した上で。
(…離れる、のは…怖いよ。けれど…アイツにだって…想ってくれる人がいるのなら…。
これが…最良、だと…思ったんだ。オレには…もう、太一がいるんだから…)
あの夕焼けの瞬間、自分は眼鏡に関しての恋心は捨てる事を決意した。
恋心とは…いわば、執着心だ。
相手の心を手に入れて、もっと近づきたいと願う純粋な欲望。希求する感情。
だが…克哉はその感情を捨てた。
代わりに…手放すことになっても、離れても…彼が自由に生きてくれる事を。
眼鏡を心から愛してくれる存在と寄り添える可能性がある道を…選んだのだ。
胸を引き絞られそうになっても…。
―どうか、幸せになって下さい。自由に生きて下さい
願うのはただ…これだけ。
今の状態のままでは…自分が生きている限り、もう一人の自分を閉じ込めて…
我慢をさせているようなものだから。
アイツが自分の中から…いなくなると思うとぽっかりと空虚な気持ちになりそうだけれど…
克哉は辛くても、彼を解き放つ道を選択した。
彼の感情は、あの瞬間に大量に流れ込んで知っていたから。
どれだけ自分や太一への複雑な想いで苦悩し、罪悪感を抱き続けていたのか…すでに
判っているから。
もう苦しまないで欲しいのだ。自分たちから離れて…彼を解き放ち。
そして…罪の意識で心を切り裂かれているような彼ではなく…自分が良く知っている
自信満々に、傲慢に微笑む彼に戻って欲しいと…そう願ったから。
「目覚めた時に…オレや、太一に囚われないで…欲しい、からな…」
だから決めた。
この結末を。
そして…克哉は月を仰ぐ。
日本を発つ前日…彼が最後に見た月夜はとても綺麗だった。
それに心を洗われるような想いを抱きながら…克哉は一滴の涙を頬に伝らせていく。
―愛しているよ…<俺>
恋心は捨てたとしても、自分の中には…その気持ちだけは今も強く残っている。
その気持ちだけは…決して、誰にも消せない。
…自分を犠牲にしてでも、こちらの幸せを願ってくれた奈落に落ちる事を選択した…
彼の姿を、自分は一生…忘れる事など出来ないのだから。
だから…この命の半分を、お前に。
オレは残された命で、その人生を全うするから。
強く強く…克哉は願う。
いつか彼が目覚めたその時…その傍らに、彼を本当に強く思って大事にしてくれる
存在が寄り添ってくれている事を―
休養に宛がいましたら…ある程度、体力気力回復しました。
という訳でこれから書きます。
ご心配掛けて申し訳ない。
現在連載中のは今週中に完結させるのを目標にやっていきます。
という訳でこれから執筆です。
…良く考えたら、このブログ開いてから二日連続で休んだのは
今回が初めて…ですね。
そんだけ生き急ぐように五ヵ月半も書き続ければ、まあ…息切れを
起こしても仕方ないかしら…とちとツッコミたくなりました。
つ~訳で日付ギリギリか、ちょい越えくらいを目標に46話の続きを
書いて参ります。もうちょっとだけお待ち下さい。
したかったんですが、今週は微妙に体調不良続いていて…
(お腹壊したり、軽く微熱あったり)それでも休むもんか! と
踏ん張って働いておったら…家に帰った途端に眠りこけて…。
16時間程、眠りこけていました…(汗)
よっぽど疲れていたんだな~と思い知ったので、本日(12日)は
夕方ぐらいまで身体を休めるのを優先します。
今週は火曜日辺りに大雨と強風で傘が二本、壊れまして…
ずぶ濡れになって帰った辺りから…そんな感じでした。実は(汗)
話の佳境に入っていて休みたくなかったから平日は気張って
どうにか時間ない中…書いていたんですが、身体から強制終了
喰らって、どれだけ疲れていたか思い知ったので、正直に現状言って
今日くらいはゆっくりと休む事にします。
これからは眼鏡側の救済に入ります。
…この話は、私自身がやってしまった大きな失敗、トラウマに
なっている出来事を土台にして生まれています。
そして…それは、全員が救われない結末に終わりました。
何年も前から、それは大きく自分の中で燻っていまして…物語の
中だけでも、少しは皆を幸せにしたい想いで…ここまで続けて
来ました。
読んでいる方も大変、と誰かが言っていましたが…書いている方も
途中で何回も倒れました(ヲイ)
自己満足も良い所です。けど…私は誰に何を言われようとも、この
話だけは重症のスランプに陥っている時でも書き上げたいと思いました。
この話に最初から付き合っていて下さった方々、感謝します。
拍手だけでも叩いて下さっていた方達も有難う。
とりあえず今日くらい休んで、コンディションが整ったらまた続き書きます。
ゴールまで後、少し。もうちょいだけお付き合い下さいませ。では…。
これも長くなったので…夜、帰ってから書きます。
…40話代になってから、長い話ばかりで…ヒーヒー言いながら書いてて
一話分を、二日掛けて書いたり…朝、夜に分けて書いたりばかりですが…
最後までちゃんとやりますよ~。
…自分なりに、全員にそれなりの救いを与えるつもり。
全員にとって全てが最良を得る事が出来ないのは現実でも一緒ですが…
その中で、どうにか…各人が出来るだけ良い結果になるようにはします。
こんな暗い物語で、ラストに皆の救いがなかったら…最悪過ぎるから。
だから拙い頭で必死に考え抜いた話を…書いていきます。
本当にこれで良いのか、自問自答を繰り返しながら書いていましたが…
ゴールまでは後、少しです。
もう少しだけお付き合い下さいませ。では…(ペコリ)
『第四十五話 夕焼けと笑顔』 「五十嵐太一」
朝にホテルで目覚めて、克哉からのメールを見た彼は大きくショックを受けていた。
同時に動かない身体で無理して出勤した彼を本気で心配したし、どうして…という
想いもあった。幾ら社会人だからって、そんな時まで真面目でなくても良いのに…と。
だが…昼過ぎ頃に、本多から…克哉の状態を伝えるメールを貰った頃には…
太一の心中も少しは落ち着いていた。
やはり本日の克哉は、仕事が出来る状況ではないと判断されて…医務室で
休んでいると教えて貰った時は安堵した。
それから…色んな事を考えた。
どうして、結ばれてから…克哉がまた暫く目を覚まさなかったのか。
何故、昨日から続いていた麻痺が残っている状態で…克哉が、出て行ったのか…
その意味を。
(やっぱり…薬とか盛った俺に対して、不信感があったのかな…。あの症状も…
もしかしたら、俺が使った親父の秘薬の影響だったかも知れないし…。眼鏡を掛けた
克哉さんの方を…俺が嫌い続けた、から…?)
ホテルの中で、何度も煩悶した。
自分の方にも後ろ暗い事があると、余計な不安が生まれ続ける。
…だが、生来の太一は暗い事やウジウジした事が大嫌いな性分である。
夕方近くまで考え抜いた頃には、最早否定的な事を考え続けるのも面倒くさいという心境になり…
別の思考回路が生まれていった。
もうこうなったら正面突破以外の方法などない、と。
自分と克哉との間に壁が出来ているのなら、ぶち壊す。
溝が出来ているのなら、埋めていくしかない。
散々悩んだ末に出た答えの中で、その二つ以上に最良のものなど存在しないように…
思えた。
「…もう! グルグルと考え続けても仕方ないな…。まず、俺のこの気持ちを
もう一回…克哉さんに伝えるっきゃ、ない…!」
信じて貰えないのなら、信じて貰えるまで。
不安を抱かせてしまったのなら、不安なんて粉々に砕けるまで。
自分は克哉が欲しいと思った。今でも心から愛しているとはっきりと言い切れる。
…正直、眼鏡に対しての負の感情は…今も拭い切れない部分がある。
だが…それを遥かに上回るくらいに、克哉を想う気持ちがあるのなら…もう自分は
迷いたくない。
自分は、音楽と…克哉の存在だけは絶対に失くしたくないものなのだ!
それに気づいた太一は、克哉にメールしていた。
そろそろ就業時間の17時を迎える頃だ。今日の克哉は体調不良だから…絶対に
残業させられたり、残らされる事はない。
そう判断して…キクチ・マーケティングとこのホテルの中間の位置にある大きな公園を
指定していった。
『克哉さんへ 今日…絶対に貴方に話したいことがあるから…仕事終わったら
克哉さんの会社の付近にある大きな公園の中で待ってて貰える? 自販機とベンチが
ある付近でね。俺、待っているから…じゃあ、また後でね!』
そう文章を綴って、送信していく。
そして彼はホテルを後にして…公園の方へと向かっていった。
*
結局、定時まで医務室のベッドにお世話になっていた克哉は…タクシーを呼んで
指定された公園までどうにか辿り着く事が出来た。
昼間に大笑いをして、心が少し軽くなってからは…また、少し身体の状態は…
楽になっていた。
どうやら…自分の麻痺症状は、今まで…もう一人の自分を失ってしまった事による
精神的なものから来たらしかった。
…だから、起きた当初は指一本動かなかったものが…太一の気持ちや、片桐…本多、
そして八課のメンバーに心配されたり、思い遣られたりする事で少しずつ回復していった。
眼鏡の方も含めて、八課のメンバーは最近…自分の事を心配してくれていた事を
出勤したからこそ、実感出来た。
これ以上…足を引っ張りたくない、しっかりしなくては…と休む事を快く許してくれる
仲間に囲まれたからこそ、強く感じている事だった。
それが…ぎこちなくなった身体を再び動かしていく原動力になっていく。
一人になる時間も出来て、片桐に話を聞いてもらって…別の視点を与えて貰えた事で
心の整理もついて…随分と迷いも晴れていた。
…今朝、ホテルから逃げるように出勤した時に比べて…克哉は真っ直ぐに
太一と向き合える心境になれていた。
だから、足取りこそはゆっくりだが…重くはなく、確実に一歩、一歩足を踏みしめていきながら
指定された場所に向かっていった。
鮮やかな夕暮れが…辺り一面を赤く染め上げていく。
その中に…彼は立っていた。
赤い夕日を背後に讃えて、強い意志を秘めた眼差しをしながら…柔らかく微笑んで、
こちらに手を振ってくれていた。
「あっ…」
その時の彼の髪の色が、凄く鮮やかな真紅に見えて…凄く綺麗に見えた。
元々、太一は明るい髪の色をしている。
それが…まるで紅玉のようにキラキラと煌いていて…不覚にも胸が大きく高鳴っていた。
(何でだろ…太一が、凄く…格好良く、見える…)
それは、彼の心にも迷いがなくなったから。
そして…克哉の心にあった否定的な感情や想いを、意識の上に上らせて整理を
したからこそ…昨日、一日顔を突き合わせていた時よりも…素直に相手の表情や心の
動きを感じ取れるようになったからだ。
人は時に、好きだからこそ…相手の前で、相手に対して否定的な感情や…ネガティブな
気持ちを封じて、良い顔をしようと無理をしてしまう。
だが…好きな相手だからこそ、身近に感じる相手だからこそ…時に、否定的な感情を
抱いてしまうのは仕方ない事なのだ。
それを無理に押さえつけて…「臭いものに蓋」をするように…自分の気持ちから目を逸らして
しまうと…抑えるのに必死になって、相手の心を素直に信じられなくなる。
―昨日、克哉が目覚めたばかりの頃の二人が…まさにそれだった。
一人になって考えて…自分の中にある感情を見据えて、時に正直になる事も。
第三者に…自分の心情や弱みを伝えて、聞いてもらう事も…気持ちに余裕を作ったり、
相手を客観的に見る為には欠かせない過程なのだ―
「克哉さん!」
目いっぱい手を振りながら…太一が駆け寄ってくる。
そして…そのまま、迷いない動作で強く抱きしめられていった。
こんなまだ日がある時間帯に…誰が通りかかるのか判らない公園の敷地内で、こんな
振る舞いをされて…克哉は一瞬、ぎょっとなったが…太一は尚も腕に力を込めて…彼を
逃さないように閉じ込め続けていく。
一切の迷いのない抱擁に、克哉は驚いていく。
それから…すぐに唇を塞がれた。
誰に見られているのか判らないのに、という感情が湧く暇もないくらいに…自然な
口付けで、それから…ずっと見る事が出来なかった以前の太一のひまわりのような笑顔が…
目の前にあった。
「太、一…どう、して…?」
「…俺が克哉さんに、こうしたいと思ったから。貴方が大好きだから…」
一切の逡巡もなく、ストレートに太一は言ってのける。
余りの臆面のなさに…克哉の方が、びっくりしてしまったぐらいだ。
浮かんだ笑顔は、あの…自分が刺される以前までは良く見慣れていた明るい笑顔で。
それを久しぶりに…見る事が出来て、懐かしさと…愛しさが込み上げていく。
(あぁ…思い出せた気がする…)
自分は、この太陽のような…彼の笑顔にいつの間にか惹かれていたのだという事実を。
全身で、こちらを大好きと態度で伝えて来てくれて…そんな彼の傍らを、心地よいと
いつしか自分も感じるようになった。
その笑顔こそ…自分の想いの原点だと、やっと…思い出せた。
「大好きだよ、克哉さん…大好き…!」
男同士だとか、色んなしがらみも事件も今は関係ない。
もう一人の克哉に対しての嫉妬や…憤りも、今は捨てる。
ただ…自分の中に存在している、一番強い想いだけを…真っ向からぶつけて、
自分たちの間に出来た壁や溝を取り除きたかった。
―全身全霊を掛けて、貴方に…想いを伝えよう!
今の太一は、それしか考えなかった。
克哉を失いたくなかったから。
この瞬間…己の腕にいる愛しい人を絶対に離したくなどなかった。
人目も、何も関係ない。
…今はただ、この情熱と気持ちだけを…相手に、ぶつけたかった。
「太一…」
恥ずかしいから、止めて欲しい…という言葉は、喉の奥に消えていった。
今の太一の腕の中からジンワリと伝わる、暖かさと…強い気持ちに、そんな言葉さえも
遮られていく。
「俺、克哉さんと…音楽だけは、絶対に捨てられないし…手放したくない。
それだけをキチンと伝えたかった。だから…呼び出したんだ…」
瞳を真っ直ぐ覗き込みながら、簡潔に伝える。
余計な言葉などいらない。
直球過ぎる気持ちはそのまま…克哉の中に沁み込んでいく。
その瞬間…やっと、もう一人の自分の最後の言葉の意味を理解した。
(あぁ…オレは、こんなに…太一に、想われていたんだ…だから…)
アイツは、行けと…送り出したのだ。
土壇場で自分の代わりに落ちたのも…何もかも、太一のこの強い気持ちがあったから。
それを思い知った眼鏡は…だから、自分の方を生かす選択をしたのだ。
今日は一体、何度泣いているんだろうか…。
アイツの事を想って、そして太一の気持ちを強く感じて…涙腺がまるで完全に壊れて
しまったかのようだった。
ポロポロポロポロと…涙が零れて止まらない。
その涙を、太一は優しく拭ってくれている。
動作や、表情の一つ一つに…こちらへの感情が込められていて、切なくなって。
…だから、克哉は…覚悟を決めた。
(さようなら…<俺>…)
やっと、自己愛も混ざっていた…もう一人の自分への想いを捨てる覚悟を決めていく。
この真っ直ぐな気持ちに対して…両方への想いを抱くような中途半端な真似をしたくないと。
今でも…幸せになる事を願っている。
大切だと想う気持ちは残っている。
けれど…もう一人の自分に対しての「恋心」だけは…もう抱くまいと決めた。
これだけ強く強く…自分を求めて、愛してくれている人の対して…不実な事はしたくない。
そしてそれが…眼鏡の願いでも、あったのだから…。
いつか会える。
彼が目覚めた頃に。
その時に…自分は太一の手を取って、その傍らで笑っていようと決めた。
この…直球の想いと、大好きだった笑顔を久しぶりに見れた…この時に。
夕焼けが燃えるように赤く輝いている。
太一の髪が、まるで…炎のように真紅に燃えているその瞬間を…自分は恐らく、
一生忘れないだろうと思った。
「…ありがとう、太一…。こんなオレを…凄く、愛してくれて…」
「こんなオレ、じゃないよ…。俺にとって克哉さんはマジで…一番大切な人だから…。
だからそんな自分を卑下するような言い方はしないで…ね?」
「ん、判った。オレも…大好き、だよ…」
一昨日の夜、抱き合った時は…もう一人の自分に対しての想いを抱いていて、
どこか後ろめたさを覚えていたけれど…太一が、朗らかな笑顔を浮かべながら言って
くれた事で…ようやく、素直な心境で気持ちを伝える事が出来た。
想いと想いは響きあう。
素直な言葉は、素直な感情を引き出し。
後ろめたさや、嘘…そして負の感情を抑えての言葉は、同じ暗さを相手の心から
引き出していってしまう。
けれど…太一が迷いを捨てた事で、克哉もようやく…迷いを捨てて、原点の気持ちに
気づく事が出来た。
それは間違い続けた自分たちがどうにか土壇場で掴めた…真実の気持ち。
『好きだよ』
シンプルなその一言。
けれど、すれ違った状況ではなかなか口にする事が困難になる言葉。
それでも…伝える事が出来るならば…。
全ての状況をひっくり返す、魔法の言葉にもなりうる…メッセージ。
どちらが先に言ったのか、判らない。
その一言は、同じタイミングで重なって…つい、クスクスとおかしくて…お互いに
夕暮れの中、笑ってしまう。
見つめあい、抱き合い…そして。
赤々と燃える太陽を背に…二人のシルエットはもう一度、重なり合う。
触れる唇、温かい吐息。荒い鼓動に…伝わる温もり。
相手の全てを感じ取り、やっと二人は…幸福と充足感を味わっていく。
この手に…愛しい人をようやく…収める事が出来た喜びを―
そろそろ色々と成就する過程にある話なので…時間掛けて、丁寧に
書きたいので…帰宅したらまた続き書きます。
そろそろ5月のイベントのオフ本の作業とかも入らないとアカン頃なので
マジで時間ないっす…(汗)
平行しながら、頑張ります。
…一応もう一冊、出来ればコピー本も新刊作る予定。
今回の新刊は…克克と、メガミドか…?
(ロイドは夏コミ合わせにしようか…今現在検討中。すでにこっちで
掲載してある物だしね…)
んじゃ、また夜に上がって来ます。ではでは~。
―お茶を飲んでから、出勤してきた本多の顔を見た辺りで…やはり本日は
満足に働けるコンディションじゃないと片桐からも判断されて、結局克哉は…午前中いっぱいは
医務室のお世話になる事となった。
100人規模のソコソコ大きな会社な為に、一応…仮眠室と半分兼任した形で医務室は
存在していた。
克哉はその部屋のベッドに横たわりながら…深い溜息を突いていた。
(医務室なんて…厄介になるの学生時代の頃以来だな…)
さっきまで一応医務室の奥に待機していた保険医は…昼休み間近だったので
昼食を買ってくる…とこちらに一言断って、外出していた。
今、そこそこ広い室内にいるのは…克哉一人だけだった。
一度は帰宅する事を薦められたが、何となく…アパートにも、太一が滞在しているで
あろうホテルにも戻る気になれずに…半ば甘える形で、ここに来たのだが…。
(何か色んな感情がグルグルして、定まっていないよな…)
朝方までずっと長い時間…眠り続けていたせいだろうか。
浅い眠りを繰り返しながら、すっきりしない心中を持て余していく。
浮かぶのは…もう一人の自分の事と、太一の事。
…あれだけ逢いたいと思っていた太一。自分の意識が目覚めた事を心から喜んで
くれていた彼の顔を…今は、少し見たくないと思ってしまうのは…。
(あいつの方の感情が…流れてしまったからだろうな…。あの時に…)
もう一人の自分から、マグマを飲み込まされるようなキスを施された時…剥き出しの
彼の感情も一緒になって流れ込んで来たのだ。
その胸に秘められていたもう一人の自分の…太一に対しての複雑な心中を…
知った為に、どうして良いのか…克哉は判らなくなってしまった。
太一の事は愛している。けれど…悲しい。
理由は…もう一人の自分を、太一が忌避している事実を知っているからだ。
確かに彼が…眼鏡の方を嫌う理由や事情は判っている。
無理矢理犯されて、冷たい態度ばかりを取られて…嫌うな、と言う方が無茶だと
いう事も理解している。それでも…。
「オレにとっては…どっちも大切だったから…。だから、いがみ合って欲しくなかった…。
そっか…ずっと、無意識の内にオレはそう感じていたんだ…」
太一の傍にいると、今は居たたまれないような気持ちになるのは…だからだ。
アイツは土壇場に、自分の背中を押してくれた。
お前の事を太一は望んでいるんだから…お前が生きろ、と。
そう言ったもう一人の自分の事を思い出すと…何度も、「貴方の方が戻って来て良かった」
と繰り返している太一に苛立ちのようなものさえ感じていた。
彼が嫌っているもう一人の自分が…自分に生きるように発破を掛けてくれた事など…
話していないのだから、太一が知る由もない。
でも…あぁ、そうだ。今朝…ホテルを黙って抜け出して来てしまったのは…こうやって
自分の心を整理したかったから、なのだ。
…やっと、一人になれて…克哉は自分の心を理解出来たのだった。
太一が常に昨日から傍にいてくれて…嬉しかったのと同時に、どこか煩わしいと
感じてしまっていたのは…こうやって、一人になって考える時間が欲しかったからだ。
どれだけ愛しい相手でも、時に自分の心を覗き見て…整理する為に一人になりたいと
望む時には、うっとおしく感じる時もある。
克哉はまず…心の世界で起こった出来事を自分の中で整理して、納得する時間が…
自分は欲しかっただという事を理解した。
それは…好きな相手だろうと、立ち入れられない領域であるのだから…。
「あぁ…やっと、自分の気持ちが見えた気がする…。オレは…太一が…<俺>を
嫌っていた事や…オレが戻って来た事ばかりを大げさに喜んで…あいつの事なんて
どうでも良いという態度を取られていた事に…ムカムカしていたんだな…」
それは…自分の家族や、兄弟が…好きな相手に良く思われなくて…板ばさみに
なってしまっている心境に良く似ていたのかも知れない。
どちらも好きで…大切で、けど…その当人同士はすれ違っていてしまっていて…
仲良くして欲しいのに、お互いに好感を持って上手くコミュニケーションを取って貰いたい
のに…それが果たせなくて切ない…という感じだった。
まあ、もう修復しようにも…眼鏡の方の意識は数年は戻って来れない。
だから余計に…克哉はすっきりしない気持ちを抱くしかなかったのだった。
それだけ理解すると、スっと気持ちが楽になったような気がした。
すると同時に…ドアをノックする音が何度か響いて…扉が開けられていく。
その向こうに立っていたのは…片桐だった。
「佐伯君…こんにちは。具合の方は如何ですか…?」
「あっ…はい、少しは…良くなりました…」
「あぁ…無理に身体を起こさなくても構いませんよ。今日の佐伯君は…体調が
芳しくないという事は判っていますから。どうかそのままの体制でいて下さい…」
「お気遣い、有難うございます…」
そういって貰えたのは正直、有難かった。
原因不明の麻痺状態は…まだ、軽く続いていたからだ。
身体を動かせないまでではないが…今はどこかかったるくて…身体を動かすのも
どこか億劫な状況が続いているので片桐の心遣いに内心、感謝していく。
「…お昼、一応…外でサンドイッチとおにぎりを佐伯君の分も買って来たんですが…
如何ですか?」
「あ、その…今はまだちょっと食欲が湧かないので…後で貰う形で…良いですか?」
「えぇ…当然、構いませんよ。これは佐伯君の分ですから…君の好きな時にでも
食べてやって下さい」
そうしていつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながら…片桐はニコニコと
微笑んで、傍らに置いてあった椅子に腰掛けていた。
自分を心配して、ここに来てくれたのだろう。
片桐は上司として、覇気がないのが玉に傷だが…克哉は彼のこういう優しさに
以前から何度も救われた事があった。
だからだろうか…ふと、こんな事を…口にしてしまったのは…。
「あの…片桐さん。少し…尋ねても、良いですか…?」
「はい…良いですよ。僕に答えられる範囲の事だったら、喜んで答えさせて
貰いますよ…?」
優しい口調でそういって貰えて、つい…気が緩んでしまっていた。
これは甘えの感情が含まれている事は自覚していた。
けれど…今、問い尋ねたい気分だったのだ…。
「あの…例えば、自分にとって…大事な人間を失ってしまった時って…
一体どうすれば良いんでしょうか…。もう、次に逢えるのは…何年後か
十何年後になるのか…判らない時って、一体…どう、すれば…」
終わりの方は不覚にも言葉にならなかった。
…嗚咽が混じってしまったからだ。
その大事な人間は…もう一人の自分の事を指している。
眼鏡を嫌っている彼の前では…決して言えない問い。
けれど今…誰かに、答えを貰いたくて聞きたいと願っていた問いを口に
上らせて…ポロリ、と感情が零れてしまっていた。
「わわっ…大丈夫ですかっ! そんなに…辛い事が…あったんですか…?」
泣き始めてしまった自分を前に…片桐は今朝と同じように少し動揺の色を
見せていたけれど…すぐにこちらの頭をポンポンと叩いてくれていた。
「はい…メドは立っていないんです…。下手をすれば…もう逢えないのかも
知れないと思うと…どうすれば良いのか、判らなくて。みっともないんですけど…
そういう場合…片桐さんならどうするのか…聞かせて貰って良いですか…?」
すると…片桐は暫く口を噤んで考え始めていった。
そして…次に放たれた言葉は、克哉が予想もしていなかった視点だった。
「…待っていて、逢える可能性があるだけ…とても幸せだと思います。僕は…
逢いたいと望む存在には、もう二度と会える事はないですから…」
「っ!」
思っても見なかった視点を言われて、克哉はハッとなった。
「…佐伯君に僕の話ってあまりした事なかったですけど…僕は、まだ若かった
時分…君とそう年が変わらなかった頃に…結婚して、子供が一人いたんですよ。
僕にとって…あの子はとても大切な存在でした。けれど…事故で亡くなって
しまいましてね…。あの時は…どれ程悔やんだか、もう一度…生きているあの子と
逢えれば良いのに…と願ったか判りませんでした…」
そう語る片桐の口調はどこか淡々としていて。
けれど長い年月の果てに…自分の心を整理して、どうにか折り合いを付けてきた
ような…そんな雰囲気を持っていた。
当然、事故で子供を亡くしてしまったを後悔しなかった日はなかったのだろう。
静かな声で自分に言い聞かせるように語る片桐を見ていると…どこか切なげで。
けれど…同時に、その悲しみにばかり囚われていない強さのようなものも…
感じ取れた。
「…片桐さんに、そんな過去があったなんて…知りませんでした…オレ、は…」
「えぇ…あまり人にベラベラとしゃべる事ではないですからね…。けれど…佐伯君の
大切な人は…ウンと遠い未来になってしまうかも知れなくても、まだ…逢える可能性は
残されているのでしょう? それなら…僕は、亡くして二度と会えなくなってしまうよりは…
とても幸せだと思いますよ。そう考えた方が…良くありませんか…?」
それは実際に、家族を失くした経験がある者だからこそ…言葉に重みがあった。
「そうですね…望みを捨てなければ、まだ…アイツとは、逢える可能性が…残されて
いるんですよね…。そう考えれば、二度と逢えないよりも…確かに、幸せ…ですよね…」
今の片桐の言葉に、天啓を得たような想いがした。
そうだ…逢える可能性が残されているだけ、幸せなのだ。
二度と会えないとまだ決まっていない。
もう一人の自分は…まだ、永遠に失われた訳じゃない。
そう考えられるだけで…スッと心が晴れていくようだった。
『お~い、克哉! 大丈夫かっ!」
その次の瞬間、医務室のドアの外から本多の声が聞こえて来た。
どうやら…克哉を心配して、外回りの帰りに…大急ぎで帰って来てこちらの様子を
伺いに来てくれたらしい。
「本多…」
「こんにちは本多君。おかえりなさい…」
「ただいま戻りました、片桐さん! で…ほら、お前の分の昼食。体調悪いならやっぱり
身体に活を入れた方が良いと思ってな…これ買って来た!」
そうして…ビニール袋に入った何かをベッドの傍らに置かれる。
其処から漏れる独特の芳香に克哉は思いっきり顔を顰めていった。
「本多…これ、もしかして…カレー?」
「あぁ…しかも特大大盛りカツカレーだ! 身体に力が入るぜっ?」
「…あの、本多君。佐伯君は一応…病人なんですから、身体に優しいものを買って来て
あげた方が良かったんじゃないですか…?」
そう言われて、本多はハっとなったらしい。
どうも自分自身を基準にして買って来られたようだった。
「…あの、もしかして…その事をまったく考慮していなかったのか…?」
恐る恐る、こちらが尋ねていくと…本多は微妙に…気まずそうな表情を浮かべた。
どうやら図星だったらしい。
その様子を見て…つい克哉は吹き出してしまっていた。
本多らしい、ピントのズレまくった気遣いを見て…つい面白すぎて、克哉は笑いたい
気分になってしまったのだ。
「は、ははははっ…!」
その瞬間、克哉は思った。
自分は本当に…良い仲間に恵まれていたのだと言う事を。
さっきの片桐の言葉を聞いて。
本多のズレているが…こっちを気遣ってくれているのを実感して…胸に暖かさな
想いが満ちてくるのを感じていた。
(オレは…ここに戻って来れて、本当に良かった…)
それはもう一人の自分と何年も会えなくなる悲しさと背中合わせだったけれど…。
仲間の暖かい気持ちに触れて、やっと引け目なく…その喜びを克哉は噛み締める
事が出来たのだった―
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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