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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第四十三話 一杯のお茶』 「佐伯克哉」

 克哉が心の世界から戻って来て、意識を覚醒してから16時間程が
経過しようとしていた。
 昨日目覚めた時から身体が殆ど動かなくなってから、ずっと意識はウツラウツラと
眠りと覚醒を繰り返し…せっかく現実に帰って来たにも関わらず、相変わらず…
夢の世界を彷徨っているような状態なのは皮肉だった。

(あぁ…もう、朝なんだな…)

 窓の向こうに広がる空が、朝焼けで赤く染まっているのを見て…そんな事を考えて
克哉はぎこちなく身体をベッドから起こしていく。
 ベッドの傍らには、太一が…腕を組んだ状態で顔を伏せて眠りこけていた。
 …こちらが心配で付きっ切りでこうして傍にいてくれたらしい。
 それを見て胸がジィンとしたが…起こしたくないので、出来るだけ大きな音を
立てないように配慮して、洗面所まで向かっていった。

「…昨日に比べれば、自力で…動かせるようになっただけ…マシ、だな…」

 昨日の時点では殆ど満足に動かせなくなって…結局、入浴も用を足すことも
太一の介助なしには満足に出来なくて。
 それでいやらしい事まで仕掛けられた訳ではないが…頭から湯気が出そうな
くらいに恥ずかしくて、つい…思い出して顔を赤らめてしまっていた。

(何を思い出しているんだ…オレは…)

 それでも全身に力が入らないし、身体の半分はまるで麻痺をしているような
現状は何一つ変わらない。
 夢の終わりでは全力疾走を繰り返していたのが嘘のようだ。
 身体は鉛のように重く、自分の身体でなくなってしまったような感覚さえする。
 色んなものに縋り付き、凭れ掛かりながら…どうにか洗面所まで向かい、用を
足して手と顔を洗って…喉の奥に冷たい水を流し込んでいく。
 たったこれだけの動作が、大変に思うくらい…自分の身体の自由が効かなく
なっている事に、愕然となりそうだった。

(…まあ、あれだけショックを受けるような事が立て続けに起これば…無理もない
かも知れないけれど…)
 
 自分の胸の中に、楽園や奈落…そしてもう一人の自分が占めていた部分が
ぽっかりと空洞が出来ているような、逆に均されて画一化されてしまったような
奇妙な感覚を覚えていく。
 恐らく、精神世界の急激な変化に…身体の方がまだついていけていないのだ。
 少しずつでも肉体は回復しているし…起きた時に比べれば良くなっている。
 だが…お世辞にも、元通りとは言い難い状態だ。
 深い溜息を突くと同時に…部屋中に自分の携帯電話のアラーム音が響き
渡っていった。

「うわっ…早く、止めないと…太一が、目を覚ましてしまう…!」

 部屋の入り口の辺りに纏めてあった自分や太一の荷物の中から…携帯電話を
探し出して慌てて止めていく。
 時計の時刻は朝の六時半。
 そして…アラームが鳴るのは平日の朝だけだ。
 土日は休日出勤が入らない限りはこの時間に鳴らないようにしてあるので…
それでやっと、会社に行かなくてはいけない…という現実を認識していった。

「そうだ…今日は…会社、行かないと…行けない、んだっけ…」

 こんな体調で満足に働けるかどうか判らない。
 一瞬…休んでしまおうか、という思いも浮かんだが…結局、彼は行く事にした。

『生きろ…!』

 そう、もう一人の自分に背中を押されて…自分は戻って来た。
 だからこの麻痺も、自分が負うべき負債のようなものなのだ。
 いつになったら回復するのかメドはまったく立たないけれど…それでも、働くことを
放棄したり…簡単に休んだりそういう事はしていけない気がした。

「御免…太一、オレ…会社に行って来るね…」

 眠っている愛しい相手に向かって、小さく呟いていくと…太一が予め用意してくれて
いたスーツとYシャツの換えを身に纏い…ネクタイを改めて締め直していく。
 赤いネクタイだけは…金曜日の夜から変わっていないがその辺を指摘されない事を
願うばかりだった。

(まあ…土日を挟んであるから大丈夫だとは思うけれど…)

 そして…携帯と財布をスーツのズボンに放り込んで、彼は部屋を後にしていく。
 その足取りは相変わらずぎこちないが…だが、彼は足を止めなかった。
 ホテルの外に出ると…克哉は、ホテル内のタクシー乗り場へと真っ直ぐと向かい…
そのままキクチ・マーケーティング社内へと向かい始めていった。

 流れていく窓の外の景色を目で追っている内に、15分程で会社に付いていく。
 朝七時。会社に来るには若干早い時間帯だ。
 だが…彼は、少し…一人になりたい心境だった。
 身体の自由があまり効かないせいか…ロビーを通り過ぎてエレベーターに乗り込み
八課の部屋に行くだけでも普段の三倍以上の時間が掛かってしまう。
 自分のディスクに辿り着く頃には…7時15分を回ろうとしていた。

(何か…いつも、身体を使うことなんて当たり前のように感じていたけど…
こういう時に、自由が効くって素晴らしい事だったんだなって実感する…)

 まるで高熱を出して、関節の類がギシギシと言っている時のように…自分の
四肢は今、ぎこちなくなってしまっている。
 深く息を吐いていきながら…携帯電話からメールを開き、震える指先を
どうにか抑えながら…太一に短い文章を打っていく。

『今日は会社があるので…一応、出勤します。今…自分の会社にいるから
心配しないで。どうかその間…太一も身体を休めて、ゆっくりしていて下さい。
オレは…大丈夫だからね…』

 そう、自分がいたら…太一は絶対にこちらを世話を焼くことを優先して…
身体を休められないだろうから。
 だから克哉は決断して…こうして会社に出勤してきた訳だが…この有様で本当に
満足に働くことが出来るのだろうか。
 その無意識下の不安がまた…彼の身体の自由を緩やかに奪っているのだが…
そう簡単に負の感情が消えてくれる訳ではなかった。
 暫くすると…就業時間まで少し間があるので…克哉はそのまま、ディスクに
突っ伏して少し休んでおく事にした。
 身体を使ったおかげで…疲れていたのか、すぐに意識は浅い眠りへと落ちていき…
そして静かな口調で声掛けられていた。

「佐伯君…おはようございます…。起きていますか…?」

 時計の針が八時を回った頃…八課の中で一番出勤してくるのが早い片桐が
穏やかな声で克哉に語りかけていく。

「…あっ、片桐…さん…おはようございます…」

 どこか寝ぼけながら応対すると…スっとその身体が離れていき…すぐに
お盆の上に二つの湯のみが乗せられて来た。

「ふふ…まだ、佐伯君とても眠そうですね…。良かったら眠気覚ましに…熱いお茶の
一杯でも如何ですか?」

 それは…八課ではいつものワンシーンのようなものだ。
 この課の中では片桐は一番偉い責任者であるにも関わらず…彼はこうして
毎朝、みんなに暖かいお茶を淹れて振舞ってくれる。
 昨日まで非現実過ぎる状況下に置かれ続けていたせいか…いつもは当たり前の
ように感じて流している日常の光景が酷く暖かく感じられて。
 気づけば…どこか強張っていた顔が少し緩んで、こちらも穏やかに微笑みながら
頷いていた。

「えぇ…是非、頂かせて貰います。片桐さん…ありがとうございます…」

「いいえ、大した事ではありませんよ…では、どうぞ…」

 そうして、緑茶をそっと目の前に差し出されていく。
 どこかぎこちない指先を動かして…火傷しないように気をつけてお茶を喉に流し
込んでいく。
 …その時、自分の身体がどれだけ強張って…冷え切っていたのかを思い知った気がした。
 たった一杯のお茶。
 いつもは当たり前のように飲んでいるもの。
 それがどれだけ…片桐の暖かい気持ちが込められたものなのか…いつもよりも深く
感じられて。
 思わず…たったそれだけの事で泣きそうになっていく。
 その時になって…やっと、実感出来たのだ…。

(あぁ…オレは、帰って来れたんだ…この、日常の中に…現実、に…)

 やっと自分の日常だった光景に触れられて、麻痺していた心が…安堵を覚えている
事を実感していく。
 そうして…やっと強張っていた心が解れて、自分の身体が自由になっていくような
気持ちになった。

「さ、佐伯君! どうしたんですか…! 熱かったんですかっ!」

 泣いている自分を見て、片桐は慌てふためいていく。
 そんな彼の反応すら、今は懐かしくて…微笑ましかった。
 だから…克哉は、柔らかく笑みながら答えていく。

「いえ…色々あったので、この一杯を飲んで…凄くほっとしたんです。そうしたら…
気づいたら、泣いてしまっていただけですから…」

「そう、なんですか…。まあ…そういう事もありますよね。…じゃあ、もう一杯…
如何ですか? 佐伯君…」

 片桐もまた、優しく笑みながら…急須を持ってきてくれてそう問いかけてくれていた。
 その声に向かって、克哉は小さく頷き。

「えぇ…是非、お願いします…」

 そうして…日常に戻ってこれた喜びを深くかみ締めながら…おかわりの
お茶をもう一杯、喉に流し込んでいったのだった―

 
 
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「第四十二話 楽園の崩壊」 「眼鏡克哉→佐伯克哉→五十嵐太一 三者視点」


 彼は自分の身体がゆっくりと、闇の中に落ちていく感覚を味わっていた。
 奇妙な浮遊感すら感じながら…彼は深い、奈落の底へと堕ちていく。
 不思議と…自分の心の中に、後悔は何もなかった。
 むしろ…最後の最後で、過ちを犯さずに済んだという…ある種の清々しささえも
あった。

 叫び声が聞こえる。
 もう一人の自分の声。
 それを聞きながら苦笑し…眼鏡はゆっくりと瞼を閉じていった。

(…これで良かったんだ…だから、もう泣くな…)

 そう一言、直接言ってやれたら…という気持ちはあるが、もう自分の気持ちも声も
相手に伝える術はない。
 どれくらいの時間、そうやって自分は穴の底へと落下していたのだろうか。
 次第に…自分と言う存在の意識の境界線が曖昧になっていった。
 ―ついに、眠りに落ちる瞬間が…訪れようとしていた。

(まったく…悔いがないと言ったら嘘になるがな…)

 だが、自分はこのまま…この闇の中に自分を完全に溶かしてやるつもりなどない。
 必ず帰ってくると、アイツとも約束した。
 自分はあくまで、自分の犯した罪の清算をする為に…そしてこの傷ついた心を
一時休める為だけに…堕ちる決断を下しただけなのだから。

 そう自分の罪を自らの手でこうやって正したのなら…何年後、何十年後になるか
判らないが…次に目覚めた時に眼鏡は罪悪感でもう、心を痛める事はないだろう。
 過ちは犯してしまう事、それ自体が罪ではない。
 やってしまった事から目を逸らしたり…自らの手で正そうとしなかったり…次に
その経験を生かそうとしない、そういう姿勢こそが真の罪なのだ。
 
 逃げ続けていた時、彼の心は切り裂けそうになっていた。
 だが…土壇場で彼は、ようやく自らの罪を認めて…それを贖った。
 この闇は…心の死ではなく、安息を彼に確実に齎す事だろう。
 ―彼は、癒す為に眠りに落ちるのだから…。

 走馬灯のように、今まで自分が関わってきた人間の顔が…瞬く間に沢山浮かび上がり
通り過ぎていく。
 そしてある人物の顔を浮かべた時…闇の中に、鮮烈な光が放たれる。

「―っ!」

 それはまるで、宇宙空間に北極星や…太陽が燃え盛っているかのような鮮やかな焔。
 もしくは、彷徨える旅人に道標を示してくれる一番星のように光り輝いていた。
 …眼鏡にはその光が、まるで…その人物が自分に戻って来いと訴えかけているように
すら感じられていた。
 そう、それは彼が感じているように…今、思い浮かべた人物が心の底から願っている
祈りの気持ちの象徴。
 眼鏡と二度と会えないなんて御免だっ! と願っている人物達の気持ちの結晶が
闇の中を強烈に照らし出していく。

(あぁ…必ず、戻ってくる…だから、お前も…)

 その日まで、祈っていてくれるのだろうか…?
 もし自分が目覚めるその日が来るまで…この光が輝いていてくれているのならば…
自分は必ず、この穴から這い上がり…もう一度、戻って来れる事だろう。
 そして彼が最後に浮かべたのは…太一と、克哉の事だった。

 ―その時、お前達は俺を果たして笑顔で出迎えてくれるだろうか…?

 そんな未来が訪れてくれれば良いと、都合の良い事を考えながら…もう身体の
感覚が遠くなっていくのを感じられた。

―凄く、単純な事だったんだな。…お互いいがみ合うんじゃなくて、好意を持って…
笑顔で接することが出来てさえいれば…俺達は、ここまで抉れる事はなかった。
そんな簡単なことに、やっと気づいたんだな…俺は…。

 どこかでもう一人の自分を取られてしまう嫉妬めいた気持ちがあると同時に…
酷く羨ましいと望む羨望の感情も潜んでいた。
 お前達のように、お互いに愛し愛される関係を…俺も、誰かと築きあいたかった。
 だが…自分と克哉の身体は、共有されているし…意識は二つあっても、肉体は「一つ」
しか存在しない。
 だから片方が誰かを選べば…もう片方は、それを諦めるしかない。それが摂理だ。
 
(ずっと…俺の方も身体を持つ事が叶って…アイツと幸せになれれば良いのに…)

 あの謎めいた男の力を用いれば、自分も限られた時間だけもう一つの肉体を
得る事が出来るのはすでに実証済みだ。
 だが…あの男は言っていた。短い時間なら、自分だけの魔力で済むが…ずっと
自分に身体を与え続けるには相応の「対価」が必要だと。
 その内容を聞いて…無理だと、思った。そこまで自分以外の誰かに期待するのは
図々しいとも感じた。
 眼鏡は、だから期待しなかった。その対価を…誰か他の人間が払う事までは…。
 だが…最後の瞬間、剥き出しの純粋な願いを心に浮かべていく。

―俺にも、<オレ>にも…それぞれ、大事な人間が出来て…全員が…笑顔を
浮かべている未来が存在して…欲しかった…。
 そうすれば…俺と太一はきっと…ここまでいがみ合う事なく、せめて…
友人くらいにはなれたのかも知れない。
 他愛無い話をしながら…笑い合える…そんな関係も、在り得たのかも知れない…。

(マヌケだな…ここまでいがみ合うくらいだったら…せめて、アイツと友人になりたかったと…
それが、俺のささやかな願いだった…なんてな…)

 そんな本心に苦笑しながら、彼の思考はブラックアウトしていく。
 だが、それは…最後の瞬間に浮かべた小さな希望そのものであった。
 叶うことがないと判っていても、せめて夢見たい…そんなささやかな望みを胸に
抱きながら彼は落ち続けていく。

 その瞬間、彼自身は楽園を閉ざす決意をしていく。
 もう自分達に…逃避する為の場所などいらないのだから。
 余計なエネルギーを消費しない為にも、心の中にもう一つの世界などいらない。
 もう自分達は子供ではないのだ。
 …今の克哉には、太一がいる。
 かつて…この楽園を作った頃の自分のように、一人ではない。
 だから楽園そのものを壊して…そして、深く開いてしまった奈落を塞ごうと…
主人格である彼自身が決意する事により、大きく世界そのものが揺らぎ始めていく。

 眼鏡の身体も、鮮烈な光そのものへと変わっていく。
 この深い闇の底までも照らし出す程の閃光。
 全てを一つへと戻そうと…世界が変革を始めて胎動していく。
 それは楽園も、奈落も…全てを壊して溶かして…もう一人の自分が生きられるエネルギー
へと変える為の行動。
 これをやる為に、自分は奈落へと落ちた。
 それでも…男は諦めない。自分は…まだやるべき事があるのだから。
 だから己の残された精神力の全てを燃やし尽くして、穴の底から…楽園を揺るがして…
その地盤を破壊していった。
 全てを終えたその時、彼はようやく深い眠りに落ちていく…。
 
 ―自らの魂に負った深い傷を癒す為の安息へと―
 その顔は己のやるべき事をやった満足感に満ちていたのだった―

                              *

 激震が地面中を走り抜けるのと同時に、どこかから轟音が響き渡っていた。
 その音から少しでも遠ざかる為に佐伯克哉は全力で走り続けていた。
 突然の事態に混乱しながらも、足元に大きな亀裂と断裂が走る中…どうにか足を
動かし続けて其処から克哉は逃れ続けていた。

「一体これ…何だって言うんだよっ…!」

 もう一人の自分が落ちた事で、もう死にそうなくらいに泣きたい心境だというのに…
すぐにこんな事態に襲われたのでは、泣いている暇すらなかった。
 むしろ…そんな悠長な真似をしていたら、亀裂の中に飲み込まれてしまうのがオチ
だろう。
 
「うわぁ! …良く、映画とかそういうので…クライマックスのシーンで…建物とか
大地が崩壊するっていうのあるけど…まさか、それと一緒なの、かな…っ?」

 そうだとしたら、自分は出口まで全力で走らなければならないのだが…ざっと周囲を
見回しても、それらしきものはまったく見えない。
 どちらの方向に逃げれば良いのか道標すらなく、こんな事態に巻き込まれて克哉は
パニックに陥っていた。
 顔中には涙の痕がくっきりと残って目元も赤く腫れていたが…今は最早、そんな事を
構っている暇すらない。
 全力でせめて亀裂に足を取られないように、逃げ続ける以外の術はなかった。

「くそっ…! どっちに逃げれば良いんだ…! このままじゃ…逃げ切れないっ…!
出口は、どこにあるんだよっ! <俺>!」

 恐らく、この崩壊は…もう一人の自分が引き起こしているに違いないと半ば確信しながら
思わず叫んでしまっていた。

「確かに…もう、俺達に逃げる場所なんて…いらないって気持ち判るけど、ぶっ壊すなら
オレがここを出てからにしろよっ! オレはスタントマンでも、役者でも何でもない…
しがないサラリーマンにしか過ぎないんだからなっ!」

 全身全霊を込めてもう一人の自分に対して文句を言い放ちながら、定期的に
大きく揺れ続ける大地を駆け続ける。
 時折起こる大きな揺れに足を取られて、思わず転んでしまったり…大地に大きく走って
いく断裂に飲み込まれそうに何度もなりながらも、彼は諦めることなく…脱出出来る場所が
どこかにないか…探し続けていった。

「うわっ!」

 突然、足元が裂けて…克哉の右足が其処に飲み込まれていく。
 全身で踏ん張って、土に爪すら立てながら…己の身体を支えて踏ん張って…ギリギリの
処で落下を免れる。

「諦める…もんかぁ! 絶対に…オレは太一の処に戻るんだぁ!」

 そう強い意志を持って叫んだ瞬間、灰色の雲の向こうに…光の柱が現れていった。
 一目見て、確信していく。
 あれこそが…恐らく、この世界から出る為の…出口そのものである事を…。

「あそこかっ…?」

 その光は、もう一人の自分が示してくれているような気がした。
 落下する寸前、彼はあれだけ…強い意志を込めて自分の背中を押してくれていたのだ。
 それなら…あの光が罠である筈がないと感じられた。
 だから克哉は迷わず、光に向かって…歯を食いしばりながら走る。走り続ける。
 こんな楽園の崩壊に巻き込まれて堪るかっ! という…最後の意地を胸に抱きながら―

 その瞬間…最大の大きな揺れが地面を襲い…光の柱の手前の地面が、大きく
割れてしまい…其処に至るまでの道筋が壊されてしまっていた。
 このままでは…とても通る事など出来ない。
 それがまさに、克哉に立ち塞がる…最後の難関となっていった。

「…冗談、だろ…?」

 余りの事態に、一瞬どうすれば良いのか立ち尽くしていく。
 だが…あまり長い時間、こうしている訳はいかない。
 このままただ待っているだけでは…いずれ崩壊に巻き込まれて、自分自身も
断裂に飲み込まれてしまうのがオチだろう。
 それでは…何の為にもう一人の自分が代わりに落ちてくれたのか…判らなくなる。

(うわっ…でも、凄い深い…! けど…今なら、全力で走って飛べば…向こう岸に
渡れる範囲かも知れない…!)

 裂けたばかりの大地は、ゆっくりと遠ざかっているが…まだ、距離的には
2メートル行くか行かないかくらいだ。
 だが…躊躇っていては、その距離はゆっくりと広がり段々と飛び越えるには
厳しくなっていくだろう。
 自分はかつて、運動部に所属していたし…体力もジャンプ力もソコソコある。
 自信さえ持って挑めば、確実に飛べる距離だ。
 だが失敗を恐れて身を竦ませれば…確実に落ちてしまう距離とも言えた。

(迷っている暇はないのは判っているけど…怖い、な…)

 目の前に広がる穴の深さをうっかり見てしまい、ゴクンと息を呑んでいく。
 あまりに心臓に悪すぎる光景だった。
 だが…その瞬間、鮮烈に天空中に…声が響き渡った。

『―克哉さん』

 その一言を聞いた時、思わず涙が出そうになってしまった。
 太一の、声だった。
 彼が…心から、自分を呼んでくれていた。
 克哉は…太一からの呼びかけを聞いて、己の迷いは晴らしていく。
 もう…立ち止まる訳にはいかなかった。

(逃げて堪るか…っ! ここで負けたら、何の為にもう一人の俺が…オレに生命力を
与えてくれたのか判らなくなるし…! 何より、太一に逢えなくなるなんて…嫌だっ!)

 そう決意し、キッっと対岸を見つめて…克哉は一旦後ろへと下がり…全力で助走を
付けてその断裂を飛び越えようと、踏み出していく。

「いっけぇぇぇ!!」

 ありったけの勇気を振り絞っての跳躍は…その瞬間、心臓が壊れてしまうんじゃないかと
いうくらいに荒い鼓動を刻んでいた。
 喉はカラカラで、全身が震えてしまいそうだった。
 だが…全力を出して彼は宙を飛んでいく。そして…無事、飛び越えていく!

「よしっ!!」

 片膝をつきながら、対岸に着地していく。
 若干、地面に膝が擦れたが今は最早そんな痛みに拘っている暇などない。
 すぐに光の柱を目掛けて走り抜けていくと…もう一度、鮮明に…太一の声が聞こえていった。

『克哉さん! 起きてよっ! 貴方の声が聞きたいんだっ!』

 それは心からの太一の叫び、そして望み。
 克哉は彼の想いに応えるべく、走り抜けて…その光の中に身を躍らせていく。
 その瞬間、己の身体が熔けるような…不思議な感覚を覚えていった。

(あぁ…オレは帰るんだ…この世界を後にして…現実、へと…)

 フワリ、と浮遊感を感じながら…彼の身体はゆっくりと空へ上昇していく。
 そして…彼は見た。
 かつて楽園といわれていた場所が…崩壊し、荒廃していく様を…。

 それは、この世界を作り出した眼鏡自身が望んだ事。
 かつては…深い森に包まれ、清浄な水を湛えた泉と…美しい花畑で構成されていた
楽園と呼ばれる場所は、今では草木の一本すら生えない剥き出しの赤土の地面を晒し、
所々に大きな裂け目が刻み込まれていた。
 それももうじき…完全に壊れ、そして…跡形もなく消える事だろう。

 彼は…その場所が壊れる様を、消えていく様を…網膜に焼き付けていく。
 ここは…そう、自分が生まれた場所なのだから。
 小さかった、主人格である彼が…望み、自分を生み出した…云わば故郷に近い場所。
 その崩壊を呆然と眺めながら…彼は、意識が遠ざかっていくのが判った。

 この世界から…彼の存在が消えていく。
 それはすなわち、現実に意識を帰していくのと同義語。
 ようやく…彼は帰っていく。
 もう一人の自分に強く背中を押されて「生きろ!」と言われ、心に生きる意志を
強く宿した状態で…愛しい相手の元へと。
 そして…彼の身体もまた、光と同化して…その輪郭を失っていったのだった―

                            *

 五十嵐太一は…受話器を置いていくと…険しい表情を浮かべていた。
 克哉の着替えと、食料の類を購入し終えた直後…彼は覚悟を決めて、自分の
母親に電話をしたからだった。
 …太一の母は巨大な企業やグループを総括して動かしているぐらいに…
表、裏世界…共に名が知れ渡っている大物である。

 子供の頃から、どれくらい…自分はこの人に手玉に取られて来たか最早…
数え切れないくらいだった。
 そんな相手を、一世一代の大芝居を打って…自分はダマし通したのだ。
 自分がまさか…克哉の為なら、そこまで勇気を持ってやれてしまえた事に…
彼は脱力しながら…ベッドの上に、ヘナヘナと腰を掛けていった。

「はは…やった。親父なら…ともかく、あの母さんに…はっきりと逆らった上で…
嘘の情報を掴ませるなんて、俺…かなり、頑張った、よな…」

 太一は今、自分はヤクザの跡目にも…母親の後継者になる事もきっぱりと断った上で
母親に遠回しに…本来向かうべき方角と逆の場所に行くように仄めかしたのだ。
 立場上、嘘を嗅ぎ分ける能力が鋭い母を過去に太一が騙せた経験は殆どない。
 大抵は確実に見破られるだけだ。

 だが…彼はそうしなければ、母や父を欺いて…克哉の周辺に付けられている追っ手達を
どうにかしない事には普通の生活を送らせてやる事も、都内から逃げ出す事も容易では
なくなるだろう。
 だから騙した。彼は本来は…都内から南に下って羽田空港から…海外に抜け出すルートを
導き出していた。
 だが…母には、遠回しに…他の交通機関を使って、北を目指すとも取れる発言をして…そして
曖昧に濁したままで受話器を下ろせたのだ。
 母は恐らく、自分は…「私に対しては嘘をつけない」という印象を長年抱いていた筈だ。
 だから、その情報を元に全力で捜索をするだろう。
 
 あの非合法の裏サイトを作っていたのも…自分が自由を得る為だと誤魔化していたけれど
突き詰めれば…極道をやっている祖父や、経済界の大物をやっている偉大な母親に逆らう
事が出来なかった弱さがあったから…言いなりになっていたに過ぎなかった。
 そんな彼が、祖父や母の意思に逆らい…自分の意思を貫く為に行動するというのはまさに
一種の革命的行為に等しいことだった。
 そこまでしてでも、太一にとって克哉と離れる事は耐え難い事だった。
 どんな事をしても、結果的に母や祖父を怒らせる事になっても…もう二度と、言いなりになった
状態で夢を諦めるようなみっともない事を…太一は、したくなかったのだ。

「やれば…出来た、んだな…。眼鏡掛けた克哉さんに問い詰められた時は…俺の
事情なんて知らない癖に…って反発してた、だけだったけど…。今なら、判る。
俺は…逃げていた、だけだったんだな…」

 出来たのに、やらなかった。
 今…行動を起こしてみて、彼ははっきりと…その自分のみっともない姿を直視する事となった。
 それはとても怖くて…耐え難いことだったけれど、この先…夢を元に未来予想図を描く為には
欠かせない工程でもあった。
 いつもの克哉も、眼鏡を掛けた克哉も…同じ一人の人間であると思うよりも、別人とか…
まったく違うものとして切り離していた方が判りやすかったから、一人の人間を…「二人」いる
ように解釈していたり。
 ただ逃げ回って捕まらないようにしているだけで…具体的な行動を何もしないで40日以上も
過ごしていたのも…結局は彼の弱さから起因していた。

「克哉さん…俺、やっと判った。…あの時、克哉さんが…俺を本気で怒った
意味を…。ここまで間違えて…遠回りして、やっと…少しだけ…理解出来てきたよ…」

 そう眼鏡が過ちを犯していたように、彼自身もまた…事態を悪化させるだけの行動や
態度しかしてこなかった。
 それが…愛しい方の克哉を追い詰めてしまっていた現実を…逢えなかった40日もの
期間中に…ようやく気づけたのだ。
 失くすかも知れない。二度と会えないかも知れない。
 それはその現実を前にして…やっと見えた解答だった。

 彼はベッドサイドに腰を掛けながら…シーツの上に横たわる愛しい人を見つめていく。
 …克哉はまだ、目覚めない。
 もう彼が意識を失ってから12時間以上が経過するのに…目覚める気配を見せない彼に
向かって小さくキスを落としていく。

「克哉さん…」

 大きな声で呼び掛けて、その寝顔を見つめていく。
 その瞬間…ビクっとその身体が反応したように見えた。
 …太一は、自分の声が彼に伝わっているように感じられて…今度ははっきりとした
声で気持ちを伝えていく。

「克哉さん! 起きてよっ! 貴方の声が聞きたいんだっ!」

 そう叫んだ時…彼の身体は、大きくシーツの上で跳ねていった。
 急激な変化に戸惑いながら…太一は暴れる克哉の身体を強く抱きしめて…
自分の意思を、体温を必死に伝えていく。

「起きて! 克哉さん! 俺は…俺は…貴方がいなければ…ダメなんだっ!
 もう失いたくない! だから…起きてくれっ!」

 強い願いを込めて、想いを告げていく。
 その瞬間…長く閉ざされていた克哉の睫毛が揺れて…その青い綺麗な
瞳がゆっくりと開かれていった。

「克哉さんっ!」

 心からの喜びを込めて、相手に微笑んでいく。
 克哉もまた…微笑んでいく。
 唇が…自然と重なり合い、お互いの瞳を覗き込んでいった。
 胸に広がる幸福な気持ち。
 それだけで…満ち足りた気持ちになり…笑顔で告げていく。

「お帰り…克哉さん…」

「ただいま…」

 クスっとお互いに笑いながら…克哉が身体を起こそうとした刹那。
 その笑顔が…固まっていった。

「あれ…どうしたの? 克哉さん…?」

 その問いかけに、克哉の表情が固まっていく。
 ふいに空気が硬直していくのを感じて…太一が、怪訝そうな顔を浮かべいくと…。

「…御免、オレ…身体が動かないみたい…なんだ…」

 どこか悲しそうな顔を浮かべながら、ようやく観念して克哉は告げていく。
 そう…半身を失い、楽園が崩壊した強烈なショックのせいで…彼は今、心と身体の連結に
大きな支障を来たしてしまっていて…指の一本も満足に動かせなくなっていたのだった―
 

 …昨日遅くに書いてみて、納得いかなくて…朝の時点で見直した時点で
やっぱり書きたかったイメージと違うものになったので、昨晩書いた分は
潔く全部ボツにします。
 42話は自分の中で重要なので…妥協したくないので、今日もう一回
テンションを上げて挑ませて貰います。

 …一日掛かりでテンション上げて、書く! と決めていた時に来客が
来たおかげで…タイミングがズレて鮮明にイメージある時に書けなかったのが
響きましたです…(泣)
  お待たせしてしまいますが…もう少しだけ、宜しくお願いします。
 では…。

『第四十一話 最後の矜持』 「眼鏡克哉」

― 幻想とは何故産まれるのだろう
 
 
それは狂気に堕ちる程、傷付き病んだ人間の為の救い
 
 
かつて大切な人間に裏切られた彼は絶望した彼は自らの心に救いの場所を紡ぎ出す
 
 
この楽園と奈落を造り出したのはそう幼い頃の彼だった
 
『心配いらないよ。君はずっと眠っていて構わない。オレは君を護る為に
生まれたのだから
 
 
ようやく思い出す。
 
遠い夢の彼方に存在していた記憶を
 
そして知る。
 
自分達の本来課せられていた役割を
 
  眼鏡は全力で、逃げ続けるもう一人の自分を追い続けていた。
 罪悪感によって蝕まれた状態では、足を動かすのも辛かったけれど…ここで彼に
追いつけずに食い止める事が出来なかったら、恐らく自分の魂は一生掛けて、生き
腐れていくような気がした。

 アイツを追い詰めたのも、全ての不幸を招いたのは…他人の都合も思惑も、何も
慮る事なく。
 自分が欲望のままに行動した結果だった事実を…この土壇場になって彼はようやく
認めていく。
 己の罪を、認める事は苦しかったし…最初はみっともないと思った。
 だが…人は、罪を犯して罪を知る。
 大切な人間を傷つけたり、泣かせたり…追い詰めて、ようやく人間は…自分のやって
しまった行動の重さを…間違いを思い知らされるものなのだ。

(…このまま…お前を犠牲にして、俺の方がノウノウと生き延びたら…それこそ、救いようの
ないクズと成り果てる…!)

 そんな人生は御免だと思った。
 目覚めてからずっと襲い続けていた胸の痛みは、彼の良心の叫び。
 太一と…もう一人の自分を不幸に陥れ、その事実から目を逸らして…自分を守ろうと
した結果だった。
 自分にそんな甘っちょろいものが存在し、心が引き裂かれてしまうなど…笑い話にも
ならないと最初は思ったが。
 最後にアイツが泣きながら自分に想いを告げて、立ち去った瞬間…もうそんな事など
言っていられなくなった。

―俺はお前を犠牲にしたくない。

 俺の罪を許し、一言も詰りもしなかった時…初めて男は、自分がやってしまった浅慮な
行動の数々を心から悔いた。
 だから…死ぬような思いで走り続けて…どうにか奈落に続く穴の手前で…もう一人の
自分に追いついた時…彼は、迷わなかった。
 …ここで躊躇するような、情けない振る舞いは…どうしてもしたくなかったから―
 
  永い永い接吻を施して、自分の残された命を譲渡していく。
 それは…己の中に存在している、マグマにも似た…生命の滾りを相手の中に
注ぎ込む為の行為だった。
 火酒でも飲むように…己の中から熱いものを、克哉の口内に流し込み。
 炎の塊を相手の喉の奥に嚥下させるような感覚だった。

「んっ…ぁ…や、め…ろっ…! 何、を…!」

 腕の中の相手が必死になってもがき続ける。
 だが逃がしてやらない。
 残された全ての力を掛けて、抱きしめて…己の腕の中に拘束し続ける。
 それは…命を掛けて施す、人工呼吸。
 今は愛された直後で一時的に元気なように見えるが…その相手に生命力を
注ぎ込んで安定させる為に…自分に残されていた命の全てを送り込む為に
施す、命懸けの行為だった。

「黙って…受けていろ…!」

 恐ろしい形相で、もう一人の自分を睨み付ける。
 その瞬間の眼鏡の鬼気迫る表情に…克哉は、立ちすくんでいく。
 強引に顎を捕まれて、熱い舌と同時に…喉を灼いていくような…熱すぎる感覚が
流れ込んでくる。
 それはまるで、マグマを飲み込んでいるよう。
 …ドロドロと煮え滾る熱い血潮を口移しで飲み込まされているような…甘さなど
何一つないキスだった。

 そして…眼鏡の方は今にも倒れそうなくらいに蒼白になり。
 代わりに注ぎ込まれた克哉の方は、己の内側から気力が漲るような感覚を覚えて
ぎょっとなっていく。
 それで…今、施されたキスが…どういう意図でされたものなのかを理解して…
克哉は気づけば泣き叫んでしまっていた。

「ど、うして…何で! お前は…こんな事を…するんだよっ!」

 瞳に涙を溜めていきながら、克哉は訴えていく。

「…覚えて、ないのか…?」

 問いかけに、眼鏡は消え入りそうな声で逆に…尋ねてくる。

「何をだよっ…!」

「…十年近く前に、この場所で起こった事を…」

「…お前、何を言って…いる、んだよ…」

 いきなり予想もしていなかった事を口走られて、克哉はどうして良いか…
戸惑いの表情を浮かべていく。

「…今、お前を必死に…なって、追いかけていたら…フイ、に思い出したんだ…。
この楽園が何故…生まれたのか、あの奈落の穴がどうして出来たのか…。
そして俺達がどうして…『二人』になったのか…その原因、を…」

「だから、何をお前は…言いたい、んだよ…?」

 話についていけず、克哉は肩を震わせながら呟く。
 目の前の眼鏡は…今にも倒れてしまいそうなぐらいに…弱々しくなっていて…
口元にはうっすらと赤いモノがこびり付いていた。

「…全ては、俺が望んだんだな…。アイツに…かつての親友に裏切られていたと
いう事実を知った時に。あの男から銀縁眼鏡を与えられて…深い眠りに就く事に
なった時に…全て、俺自身が望んで…生み出した、モノ…だった事を…ようやく…
思い出した、よ…」

 楽園は、傷ついた魂を守る為に。胸に宿った憎しみを純度な状態で保つ為に。
 奈落の穴は、深い絶望を知った事によって生まれ。
 そして…もう一人の自分は、眠る自分の代わりに…現実を生きて貰う為に
作り出した、無防備な状態の彼を守る為の番人。
 何度か、自分たちは夢の中で逢っていた。
 そして…アイツは、眠っている俺に向かって…いつもバカみたいに同じ言葉
ばかりを繰り返していた。

『良いよ…君は…とても傷ついているんだから。だから…オレが代わりに
生きるから。だから…君はここで眠っていて…良いんだよ…』

 その記憶を思い出した時、彼は…覚悟を決めたのだ。
 …かつて自分を守ると言った<オレ>の為に…今度は自分が、彼を救う
番だな、と…ごく自然に思ったから。だからこうした。
 昔の記憶を思い出し、その事を…克哉に告げていくと…彼の目は大きく
見開かれて唇を震わせていた。

「…あぁ、お前も…その記憶…思い出して、しまったんだ…」

「…そうだ。だから…今度は、俺が…お前を守ってやる…」

「どう、やって…?」

「…さあな。それは…後で知った方が…驚ける、だろう…?」

 そして眼鏡は…不敵に笑う。
 そのまま…強く克哉の身体を抱きしめていった。
 最初は強張っていた相手の身体も…暫くすると少しだけ柔らかくなっていって。
 オズオズと…どこかぎこちなく、もう一人の自分の身体を抱きしめていく。

 ―自分たちの中に在る想いは、どこまでが他者を想うような感情で。
 どこまでが…自己愛の延長なのだろうか。
 愛しているのか、どこまでがナルシストチックな感情なのか…その境目が判らず。
 そこに肉親のような感情まで入り混じっているから本当に複雑で。
 太一を想っている時のような甘さも、情熱もない。けれど紛れも無く…自分たちは
己の半身を…今、大切に想い…愛していた。

「…お前が、生きろ…<オレ>。太一は…お前の方を強く望んでいる…」

「嫌だ、よ…。お前が…オレを作ったんだ。お前が…主人格の筈だろ…?
それなのに後から作り出された方が生き延びるなんて…おかしい、よ…。
オレは…その為にいるんじゃ…なかったのか…?」

「どちら、でも良い…どちらも…『佐伯克哉』なのだから…。俺は…お前のように、
誰かと愛し愛されるような関係を…築けなかった、から…」

 一瞬だけ、秋紀の顔が想い浮かんだが…すぐに振り払っていく。
 向こうが本気で想ってくれていたのは判っていたが…一度も自分から愛しているとも
好きだとも言った事はなかった。
 それは…太一を想っていた時も同じ、だった。
 先程…この二人が結ばれていた時のように、想いを告げて確認しあうような行為は
自分は結果的に一度も経験する事なく。
 同時に、自分と太一は…お互い、嫌いじゃないのだろうが…恋愛関係を取り結ぶ事
は出来ないとも感じていた。

「…それに、あいつと…俺じゃあ、『恋』は…出来ない。…アイツはお前しか見えて
いないし…俺も、お前をアイツに取られる嫉妬みたいな感情を…抱いて、いるから…」

 そう…やっと判った。
 太一と自分は…克哉を挟んで、取り合っているライバルみたいなものだった。
 だから克哉の想いが流れ込んで…いつしか想うようになっていても。
 彼に…一番に愛されることは決してない。
 太一は、本当に本当に純粋にもう一人の<オレ>だけを真っ直ぐ見つめていて。
 眼鏡の中には…この二人のような関係になりたかったと望む気持ちと同時に…
もう一人の自分をコイツに取られて憤っている相反する感情が存在していたから。

「…あいつ、の…恋人は、お前だけだ…。そして…俺は…自分のした、事で…
散々お前たちを…追い詰めて、不幸にした…。それで自分だけ…幸せになろうと…
する、なんて…そんな、浅ましい真似…絶対にプライドが…許せない、だけだ…」

 損とか得とか、そういう話ではなく。
 気づいてしまった以上、もう…克哉は自らの行いの落とし前を…自分自身で
付けなければ気が済まない心境になっていた。
 自分自身に誇りを抱く為に。
 真っ直ぐに見据えて生きる為に…彼は、自らの方を奈落の穴に沈ませる覚悟を
すでに決めていた。
 
「オレだって…同じ、気持ちだって…言った、だろ…!」

 自分たちは、バカだなと想った。
 お互いが…相手の為に自分を投げ打っても良いという気持ちを抱いていたのだと
いう事を…この最終局面を迎えるまでまったく気づいてもいなかったのだから…
本当に滑稽なくらいだった。
 克哉はポロポロと涙を零して…眼鏡の身体に縋り付いていく。

「嫌だよ…っ! オレは…一人、になんて…なりたく、ない…! お前と…
もう二度と話せなくなる…なんて、嫌…なんだっ! 本当は…オレもお前も
どちらも飛び込まないで助かる方法があれば良いって…どれだけ、望んでいたと
思っているんだよ…馬鹿野郎っ!」

 恥も外聞もなく、克哉は己の本心を吐露しながら…痛いぐらいの力を込めて
自分の半身を抱きしめていく。
 …自分たちは、あの日からずっと…意識しなくても、同じ身体を共有して…「二人」で
存在していた。
 今は、その事実を知ってしまっているし…執着のようなものも抱いてしまっていた。
 その別離の瞬間が、もう間近に迫ってきている。
 この世界が揺れ始め、ゆっくりと足場も…狭まってきている。
 奈落の穴は…時間の経過と共に徐々に広がり、この世界を巻き込んでいく。
 
 この穴は誰の心の中にも存在する。
 …誰でも人生に絶望し、傷ついて打ちしがれる時はあるだろう。
 そういう時に…心の穴は大きく広がり、絶望に染め上げて…その人間の
心を食いつくし、『自殺』に追いやっていく。
 もう自分は生きる価値などないのだと…自己嫌悪に陥らせ。
 胸の痛みを完全に打ち消すために…永遠の安息を望む、そんな時に…
これは広がっていく。
 『死にたい』『消え去りたい』と望む…人の心に呼応するように―

 だが…同時に、魂が休息を求めている時…自らの中にある死に飛び込む事に
よって人は救われる。
 死は絶望と同時に救いを齎し。
 本当に心が苦しくて仕方ない罪人にとっては…それは心を救う為には必要な
安息となる。
 そして…休息を本当に望んでいるのは―罪を犯した眼鏡の方なのだから…。

「…二度と、会えないと…決まっている訳では、ない…。この穴の奥で
眠って…回復したら、俺は絶対に…這い上がって、くるさ…。だから…信じて、
待っていろ…」

「そんなの、無理だよ…! オレに…さっき、生命力を流し込んだ癖に…!
それで、飛び込んだりしたら…お前が、本当に…消えて、しまう…」

「…俺は、そんなにお人よし…じゃあない。まだ…生きる事に、執着がある…。
だから何年か、眠るだけだ…。そうじゃなければ…飛び込んでやったり、なんか…
しない。俺を…信じろ、よ…」

 そして、苦しそうな呼吸を繰り返しながらも…男は不適に笑う。
 何故、この土壇場で…こんなに傲慢で、自信に満ち溢れている表情など…
浮かべられるのだろうか。
 それは彼が…強情っぱりであり、強い意志を持っているから。
 最後の最後で…もう一人の自分を前にして、みっともない真似や態度を取る
事を良しとしない…強い矜持が今…彼を支えていた。

「…判った、信じる…から…! だから…絶対に帰って来い、よ…。そのまま…
消えたり、したら…承知…しない、からな…っ!」

 泣き叫びながら、克哉は…やっと、眼鏡の身体から腕を放していく。
 同時に男は、口元に笑みを刻み。
 真っ直ぐにこちらを見据えていきながら…背面に向かって身体を傾けて、
深い穴の方へと投げ出していく。
 
 ゆっくりと、彼が落ちていく。
 無意識の内に手を差し伸べていたが、眼鏡は決して腕を自ら伸ばそうとしなかった。
 そして…克哉の指先も届かない位置に身体が辿り着いた時に…今更になって、
彼は己の本心を口にしていく。

「…俺も、お前を…愛していた…。だから…生きろ…!」

 そして…どうか願わくば、幸せになってくれ。
 俺が後一歩で引き裂いてしまいそうだった…太一との絆をしっかりと握り締めて。
 ここから現実に戻っても…お前が笑ってくれているように。
 最後の願いを込めて…彼は、言葉を告げていく。
 瞬間…克哉は耐え切れないとばかりに顔を大きく歪ませて…大粒の涙を
浮かべて…彼が消えた穴を覗き込んでいく。

 徐々にその姿が遠くなり、動作の全てがスローモーションのようにゆっくりと
映っていく。
 そして…30秒も過ぎた頃には完全に深い闇の底に彼の身体は呑み込まれて。
 堰を切ったように…克哉は、慟哭の声を喉の奥から迸らせる。

「あっ…うぁ…! うぁぁぁぁっー!」

 抑えようとしても、声は留まってくれなかった。
 感情のままに泣き叫び、口の中がカラカラになるくらいに…声が溢れ続けていた。
 覚悟はしていたつもりでも、ショックの余りにその場にへたり込んで…尻餅を
突いていき。全身から、指先まで…ガタガタガタ、と小刻みに震え続けていく。

 その次の瞬間…穴の底から…眩いまでの光が競り上がって来て…
 楽園の地を揺るがす程の激震が、一気に襲い掛かっていった―

『第四十話 自己犠牲』「佐伯克哉」



 こちらから触れる程度の口づけを落として…そっと顔を離していくと、もう一人の
自分が目を見開いていた。
 いつも自信満々で、マイペースを貫いている筈の彼をそんな顔にさせていると思うと
少しだけ優越感のようなものに浸れていく。
 それから、すぐに顔を離していった。

「さよなら…<俺>」

 泣きながら、それでもどうにか…懸命に笑みを刻んで、彼の腕の中から素早く
抜け出していった。
 すぐに全力で…奈落に向かって走り始めていく。
 間もなくして、正気に戻った眼鏡がこちらを追いかけ始めていった。
 そして始まる、鬼ごっこ。
 自分を冥府に繋がる深い穴に突き落とそうとする人間と。
 それを引きとめようと足掻く人間との一騎打ち。

 捕まる訳にはいかなかった。
 自分がこうしなければ…もう一人の自分が、奈落に落ちなければいけなくなるから。
 こんな己を強く想ってくれた太一の事を考えれば、胸が痛くなってしょうがなかったけれど…
自分にとっては、太一も…眼鏡も、どちらも大事なのだ。

 太一が自分にとって、愛し愛される関係の大切な人なら…。
 眼鏡は、気になる存在であると同時に…もう一人の自分自身なのだ。
 それは肉親にも似た感情が伴っている。家族に抱く気持ちに似ているのかも知れない。
 太一と眼鏡を天秤に掛ける事はイコール…恋人と肉親のどちらかを選ばないといけない
のに…凄く似ているのかも知れない。
 
 どちらも克哉にとっては…「愛している」存在なのだ。
 だから、彼らのどちらかを犠牲にしなければ自分が生きられないというのなら…
克哉は躊躇い無く「自分」を殺す結果になっても惜しくない。
 それくらい…彼にとっては二人ともかけがえの無い存在なのだから。

(…おかしい、よね…。あんなに好き勝手に俺を抱いて…ぶっきらぼうで、本心が
良く判らない奴の事を…オレはいつの間にか好きになっていたんだから…)

 決定打は、この楽園内でのやり取りだったのかも知れない。
 風を切るぐらいの勢いで、必死に足を進ませている最中…前回にこの場所で
最後に顔を逢わせた日のやり取りを思い出していく。

―あの日の自分は、彼に散々…容赦のない事実を突きつけられて、ボロボロの
状態だった。
 …今思い返せば、あれは…自分を挑発して怒りを引き出して生きる気力を持たせようと
していたのかも知れなかったが…当時の自分は、自己嫌悪が酷くて…痛いぐらい図星を
突かれていても、怒る気力すら持てなくなっていた。

『…おい、どうした…<オレ>…』

 何も言い返せずにぐったりと倒れ込んだ自分を…彼はふいに抱き上げて、顔を
覗き込んでいた。
 その眼差しは真剣で…真摯で、何故コイツがこんな顔を自分に対して向けているのか
最初は驚いたぐらいだった。

『…チッ…軟弱な奴だな。いたぶり甲斐もない…』

 すると眼鏡は克哉を肩に担いで…この楽園の奥にある森林地帯の方に足を踏み入れて…
そのまま自分を泉の前まで運んでいった。
 目的地に辿り着くと同時に、勢い良く泉の中に放り込まれた。
 最初はびっくりして…水の中でもがきまくったが、現実と違って…水の中でも呼吸をするのに
支障はなかった。
 むしろ…澄んだ水中はどこか暖かく懐かしい気持ちにすら感じていた。

『…暫く其処で寝ていろ。…俺が12年程、寝ていた寝床だ。その中で大人しくさえ
していれば…少しは消耗を抑えられるかも知れないからな…』

―どうして、オレを殺さないんだ…? もしくは…あちらの穴の方にさっさと
放り込まないんだ…?

 あの一件が起こった時点では、この場所で…二人同時に生き続ける事は命取りだと
薄々感じ始めていた。
 自分たちの生命力そのものが弱ってきている状態で、二つの意識を持ち続けることは
電気を本来は一軒分しか供給出来ないのに、無理に二軒分に送り続けるようなものだ。
 一時的ならともかく、その状況が続けば必要以上に無理をする形になる。
 自分は…ぐったりして、すでに気持ちの上では生きる気力も失くしている…負け犬だ。
 そんな状態なら、幾らでも眼鏡はこちらを好きなように扱う事が出来ただろう。
 だが…彼はそうしなかった。

『自分自身を、そうあっさり殺せるか…バカ。お前は確かに鈍いしトロいし…見てて
イライラするが…それでも、もう一人の<オレ>である事は事実なんだ。
 自分が生き残りたいから、と言ってあっさりと…お前を殺して自分だけ、という
浅ましい真似を俺が平気でやると思っているのか…?
 …それは最終手段だ。ギリギリまで…お前と俺が両方助かる道を模索してやる。
だからお前は其処で眠って…無駄な消耗を抑えていろ。
 …俺が必ず、どうにかしてやる…信じろ…』

―う、ん…判った…

 その時、眼鏡の表情は今まで見た事がないくらいに真剣なものだった。
 不覚にも…『どうにかしてやる…信じろ』と言われた事に、胸が何故か…落ち着かなく
なっていた。
 その勢いに押されて…つい頷いてしまっていた。

『良い子だ…じゃあ、大人しく待っていろ…。どうやら、そろそろ…身体を起こさないと
いけない時期みたいだからな…。最後の最後まで…諦めるな。お前はもう一人の<オレ>
なのだから…もう少しぐらい生きる事に執着してみろ。そうしなければ…太一に…俺が
また酷い仕打ちするかも知れないぞ…?』

―そんなの、絶対に…許すもんか! 太一は凄く…良い奴なのに…どうしてお前は
酷いことを言うんだよっ…!

『…その意気だ。俺を止めたければ…足掻いてみろ。お前自身が放棄した事を…
俺にやって貰おうなどと決して甘えるな。太一が大事なら…な。じゃあ…俺は
そろそろ行く。良い子に寝ていろよ…』

―えっ…?

 その瞬間、克哉は思わず呆けてしまった。
 最後に泉の中を覗き込んだ彼の表情は…とても優しげだったから。
 克哉はその顔を見て…言葉を失っていく。
 そして間もなく…彼の顔も姿も、見えなくなっていった。
 最後の最後で、自分に特大の爆弾を投げかけて…眼鏡の身体は遠ざかり…そして、目の前
から完全に消えていった。

 あいつの口からそう言われた瞬間…もう太一を傷つけるのは嫌だ、と思った。
 だから…どれだけ太一が良い奴だったか…自分にとってかけがえの無い存在だったのか
判って貰おうと思って…今まで、彼の方に流れ込まないように無意識の内に守っていた記憶の
数々を…強引に流し込んで、彼にも太一を好きになって貰おうと…無謀な事を考えて
実行に移してしまった。
 …そのせいで、眼鏡の方を酷く苦しませてしまった訳なのだが…。

 あの日、あいつは自分に対して…初めて「情」みたいなものをぶつけた。
 …だから、自分も…いつしか、こいつを犠牲にしてまで…という気持ちが無くなって
しまった。運命を受け入れようと…心構えをし始めるようになった。
 太一に対して、一度だけでも想いを告げて…もう一人の自分に、「大切だからお前が
生きて欲しい」という二つの言葉を伝えられれば…それで、悔いはないと思った。

 だから克哉は走り続ける。
 後ろから引きとめようとする眼鏡を振り切るぐらい全力を振り絞って、苦しくても
足を動かし続けていく。

―お前を犠牲になんか、したくないから…それくらいなら…オレが落ちた方がずっと良い…!

 それに奈落の穴に落ちても、死ぬ訳ではない。
 いつ目覚めるか判らないが…眠るだけなのだ。
 傷が癒えて、身体と魂に気力が戻れば…いつの日か目覚める。
 それが半年後か、一年後か…五年後か、十年後か…もしくは何十年も先になるのか
判らないというだけの話なのだ。
 
―太一、御免。けれど…いつ目覚めるか判らない状況下でお前を縛れないから。
 だからどうか…夢を叶えて幸せになってくれ…

 もしかしたら、自分が何年かして目覚めた時には…太一の傍には他の人間がいるかも
知れない。だが…それでも、歌手になりたいという夢を果たしている彼の姿を見られたら
良い…と密かに願いながら、克哉は…ようやく目的地に辿り着いていく。

 其れはどこまでも深い…地獄にも通じていそうな深く暗い断裂。
 それを目の当たりにして、この一ヶ月掛けて作り上げた覚悟が少しだけグラリと
揺らいでしまうような錯覚を覚えていく。

(やっぱり…深い、な…怖い、かも…)

 ここに落ちたら、もう自分は何年も戻って来れないかも知れない。
 そう考えると…足が竦みそうになるし、やはり怖かった。
 だが…そうしなければ、後数日の内に…自分たちはオーバーヒートを起こして…
二人とも、また起きれなくなってしまうかも知れない。

 …二人でここに居続ければ、意識が現実に二度と戻らなくなってしまう可能性が
あるのだ。
 この楽園も…いつ消えてしまうのか判らない。
 もう…刻限は、間近に迫っているのは感じ始めているのだから…!
 
(もう迷っている暇なんてないんだ…!)

 ギュっと両手を握り締めて、飛び降りようとした。
 身を乗り出して…其処に身体を傾けようとした刹那…ふいに強い力で腕を捕まれて
引き寄せられていく。

「…どう、にか…間に合った…っ!」

 眼鏡は、苦しげだった。
 それでも死ぬ気で克哉を捕まえようと…彼は追いかけ続けて、穴の手前で迷っている間に
どうにか追いついたのだ。
 強引に抱き寄せられて、そのまま射殺されそうなくらいに強い眼差しで見つめられて…
心臓を鷲掴みにされたような感覚が走っていく。

「この…バカ、が…」

 心底、憎々しげに呟かれると同時に…。
 克哉は、噛み付くように激しく…深く、唇を彼に塞がれたのだった―

 

 『第三十九話 貴方が目覚めたら…』 「五十嵐太一」


 五十嵐太一は、深い溜息を突きながら…ベッドの傍らの椅子に腰掛けていた。
 時計の針は朝八時をすでに指しているが、何度懸命に起こしても克哉が起きる
気配がなかったので…結局、もう一泊する手続きをしたばかりだった。

 結ばれた直後に意識を落としてしまった克哉は、それから朝を迎えても…一向に
目覚める気配はなかった。
 最初は、それだけ克哉を悦くしてしまったのかなと自惚れたり…無理をさせてしまったの
だろうかと不安になったり、一喜一憂していたが…これだけ長い時間、意識を失った
ままだと…昏睡状態になっていた時の事を思い出してやはり不安になる。

「克哉さん…もしかしたら、また…暫く眠ってしまうのかな…」

 そうなるかも知れない可能性がふと過ぎって、彼は…自分がした事に深く後悔を
覚え始めていた。
 …久しぶりに穏やかな方の克哉と出会えて、結ばれた方ではない。
 もう一人の克哉に対して…行ってしまった行為についてだ。
 
(…幾ら、アイツの方に無理矢理ヤラれたからって…同じ事をしたら、俺も同じ穴の
ムジナになるって事なんだよな…。計画した時は、頭に血が昇っていて…そんな
事、考える余裕がなかったけれど…)

 …克哉と会えて、結ばれる幸福を感じる事が出来たからこそ…やっと自分の心に
余裕のようなものが出来て、己のした事を客観視出来た。
 父親の暗殺道具を隠した時に手に入れた例の薬は、万が一何かあった時用に…
念の為持ち歩いていたものだった。

 量的には数時間で効能が切れる範囲までしか用いなかったが…あの薬は、一般には
流通していない非合法なものである。
 ただでさえ…40日程前に刺されたばかりで、本多の話ではまだ安定していない時も
ある克哉に服用させてしまったのは…浅慮過ぎたのではないだろうか。
 その事実に思い至って…彼は、深い自己嫌悪を覚えていた。

「ほんっと…俺、克哉さんに会いたくて会いたくて…半ば、狂っていたみたいだ…。
こんなみっともない真似…しちまう、なんて…」

 目覚めてから、何度目になるか判らない深い溜息を繰り返しながら…室内を
見回すと…大雑把にたたんでおいた克哉のスーツやYシャツが…かなり汚れて
ボロボロになっている事に改めて気づいた。
 この部屋に来た時から少し痛んでいたが、その上で更に無理矢理…眼鏡の方を
抱こうとした時に力任せにやってしまったので…ボタンやジッパーの部分が危うい事に
なってしまっていた。

「…十時過ぎになれば、この近くの店も開き始めているかな…。そうしたら、やっぱり…
克哉さんの着替えとか買って来て上げた方が良いよな…。
 それにホテルのルームサービスも高いし…ある程度、食料の類も…明日の朝の分
くらいまでは買って来た方が良いよな…」

 正直、ここ一ヶ月働いていないし…バンドの方に入って来た金の大部分はつぎ込んで
いたので…太一の懐事情は相変わらず厳しいものだった。
 それでも、変な話…何十万かくらいは…過去に親戚一同から貰ってきたお金を
溜め込んであるので、そこまでケチケチしなくても急に日干しになったりはしない。
 それでも温存しているのは…いざという時に、海外にも逃亡出来るようにだ。
 自分の実家から…どれくらいの期間、国内で逃げ回る事になるか…今の時点では
未知数な為に、収入の充てのない今は…幾ら倹約しても、しすぎる事などないだろう…。

(ホテル代と、克哉さんのスーツ代の出費はそれでも痛いけどね…)

 けど好きな人の為にお金を使えるのなら、気分はむしろ嬉しいくらいだ。
 あまり高い物を買って来る事は出来なくても…安い予算でも、克哉に似合いそうな
スーツやネクタイを揃えてやるくらいなら可能だろう。
 その時、克哉は急に苦しげに眉を寄せて荒い呼吸を繰り返し始めていた。
 彼の突然の急変に、血相を変えて…太一は駆け寄っていく。

「克哉さん大丈夫っ? 俺はここにいるよ…!」

 克哉の手をしっかりと握り締めていきながら、声を掛けていくが…暫くはその
もがくような動作が続いていた。
 だが…太一の必死の祈りが通じたのだろうか…間もなくして、克哉の状態は
落ち着いて…少し穏やかなものになっていく。

(克哉さん…お願いだから、どうか…目覚めて…)

 心の中に描くのは、優しく微笑む方の克哉の顔。
 もう一度…自分は、彼に会いたい。
 そして…改めて、今後…自分の事情とか、どうしていきたいか…この気持ちをはっきりと…
彼にキチンと伝えたいのだ。

(俺には…貴方しか、いないのだから…)

 彼に伝えていない、彼に捧げる為のラブソング。
 それも…今すぐは無理だけど、いつかは…克哉に伝えたいと願っているから。
 眠る彼の唇に、あの時のように口付けていく。
 
 ―どうか、今度目覚める時は…あの人の方でありますように…。

 それは眼鏡を掛けた方の彼からしてみれば、残酷すぎる願いだと判っている。
 だが…もう己の心を偽る事など出来ない。
 …その希望こそ、彼の紛れもない本心であるのだから―

 



『NO ICON』 「第三十八話 告白」 「三人称視点」」

 こうして顔を合わせていると、過去に起こった出来事が喚起されていく。
 あれはあの男から、自分を解放する銀縁眼鏡を受け取って間もない頃だった。
 自分を否定する男と仲良くし、一向に自分の存在を認めようとしない<オレ>に
苛立って、夜のオフィスで仕事を手伝ってやるという口実をつけて犯してやった
時の事だった。
 あの夜の快楽によって、乱れている<オレ>の姿とそのやりとりを
思い出していく。

もう前だって、俺を求めて臨戦態勢じゃないか

あっあぁあぁっ

認めろよ。お前は男好きのナルシストだってな

ちがうっ違う

 そんな風に嫌がっていた癖に最後には自分から腰を振って強請ってさえいた。
 淫乱で淫らな<オレ>。
  その夜に自分は、ギリギリまで<オレ>を焦らした時、こう告げた。

俺とお前には決定的な違いがある。それは何だと思う? 自分の欲望に忠実かどうか、だ
だから、自分の欲望を認めないお前は何も得られない

 間違いなくそう告げた。そして自分を欲しいとようやく口にした<オレ>を
存分に何度も犯してやった。
 あの時はただ、ようやく欲望に正直になった<オレ>の狂態を見て満足し自分も
存分に愉しんだだけだった。その時点では、それだけの意味しか成さない行為だった。
 だが、今彼は想い知らされている。
 その出来事もまた、大きく歯車を狂わせてしまっていた一因になっていた事を

(ちっこんな事を思い出して、今更何になる

 さっきまで、コイツは太一に抱かれていたせいだろう。どうしてもあの夜のコイツの痴態を
思い出してしまう。
 睦言も、好意を告げる事なくただ快楽だけを追い求めて身体を重ねた夜。
 太一にも、コイツにもどちらかにでも、「好きだ」という本心を告げる事さえ出来たなら
このような結末は、回避できていたのだろうか

鎖に繋がれた自分を見下ろす、<オレ>の姿は…自分が知っているよりも
自信を持っているように映った。
 最初にこうやって向き合った時は確か…Mr.Rや太一と出会った頃よりも
少し経った頃だろうか。
 かつてコイツが禁断の果実を口にした時に、自分を良いように犯した男が…
鎖に繋がれている姿を見て…彼は果たして何を想っているのだろうか。
 暫し互いに見つめあい…そして。

「その鎖、どうにかならないの…?」

「…どうにか出来るなら、とっくの昔にやっている…」

「そう。けど…お前がそんな状態じゃマトモに話せない気がする。ちょっと我慢
していて…」

 そうして…彼は眼鏡の傍らに跪いて、叫んでいく。

「解けろっ!」

 これが現実ならば、決してこんな言葉だけで何本もの鎖がどうかなったり
しないだろう。
 だが…克哉自身もここは自分の夢の世界であるという事は自覚している。
 彼がそう告げると同時に…あれだけ強固だった鎖は氷が割れるようにピキピキッと
音を立てながらひび割れて、そして砕けていった。
 眼鏡はあれだけ外そうと試みてもビクともしなかった鎖を、たった一言で壊された
事実に呆然となっていく。

(…もしかして、この世界の主導権は…もうコイツに移されているのか…?)

 そうかも知れない可能性を考えて、チッ…と小さく舌打ちしていく。
 だがそんな苦々しさを表情には浮かべず…いつもと同じ取り澄ました態度を取って…
もう一人の自分と向き合っていった。
 両者とも、真っ直ぐに相手を言葉もなく見据えていく。
 ―暫しの睨み合いの後、先に口を開いたのは…克哉の方だった。

「…こうやって、お互いに向き合うのって凄く…久しぶりだよね。…実際の時間から
したら、一ヶ月程度の事なんだろうけど…うんと遠くの事のように感じられる…」

「そうだな…お前が、俺の存在に気づいてから…大体四ヶ月近く、といった処だな。
…で、何で此処まで降りて来たんだ…。やっと表に出て、念願の愛しい太一に再会
する事が出来たんだろう…? それなら、どうして…結ばれた直後にこんな処に
わざわざ来たんだ…?」

「…あの穴を、塞ぎに来たから…だよ…」

 その一言を聞いた瞬間、眼鏡は瞠目していった。
 あまりに予想外の言葉だったからだ。
 信じられないような目を見るような眼差しを…もう一人の自分に向けていったが…
彼は儚く微笑むだけでそれ以上、何も言わない。

「…お前は、バカかっ! どれだけ…太一がお前を望んでいたのか、ついさっきまで
散々教えられただろうに…! その直後に何故そんなバカな事を考えるんだっ!」

「じゃあ…お前の方をあの穴に突き落とせっていうのかよっ! いつ目覚めるのか
判らない奈落の底にっ? それこそ…オレには出来ないよっ!」

「どうしてだっ! お前が太一と幸せになるのなら…それこそ、俺の方を突き落として
お前が生きれば良いだけの事だっ! 俺はお前に主導権を奪われて…あの鎖に
繋がれた時、肉体の主導権を乗せた天秤はお前の方に傾いたと覚悟していた。
それなのに…どうしてお前は、そんな馬鹿げた事を言っているんだっ…!」

「それ、は…」

 その瞬間、克哉は口ごもって…俯いていく。
 彼の表情は酷く惑い、自分自身でも良く判らない…という色を濃く宿していた。
 暫く…互いの間に沈黙が落ちていき、そして…信じられない一言を呟かれた。

「オレは…お前も、愛して…いる、から…」

「な、に…?」

 その一言に、眼鏡は驚愕していく。
 今…コイツは何を言ったのだろうか…と我が耳を疑ったが、彼は…自嘲的な笑みを
浮かべて…もう一度、その言葉を繰り返していく。

「…聞こえなかった? …だから、オレは…お前の事もいつの間にか…好きに
なっていたんだ…。最初は、オレ自身だって信じられなかった。けど…お前に、
現実で…二度ばかり、抱かれた事があっただろ…。あの日から、何故だか…
オレは…お前を忘れる事が出来なかった…」

 泣きそうな顔を浮かべながら、彼は訥々と…己の気持ちを告げていく。
 眼鏡の方は呆然としている。
 そんな事など、考えた事もなかったからだ。
 …コイツは、太一だけを想っているのだと…そう思い込んでいた。
 俺に抱かれて、あれだけ悦んでいた癖に…徐々に他の男を想い…愛していく
コイツに苛立って、そして…その無意識下の憤りが…太一を弄りながら犯した
あの事件へと繋がっていたのだろうか…?

「…お前、自分が何を言っているのか…判っているのか…?」

「…勿論、判っているよ。ずっと…眠っている間…自問自答していた。そんな風に
想っている自分の本心を何度も疑ったよ。だから…オレには、太一を想う資格なんて
ないと感じていた。特に…マスター…いや、太一のお父さんに刺された時は…自己嫌悪
が酷かったよ。あぁ…お前を止めなかった事で、オレは太一をそこまで傷つけてしまった
んだって…その現実を受け止めて、だから…消えようとした。
 …好きな人間傷つけておいて、その傷つけた張本人をも…想っているような人間が
太一と寄り添う事なんて…許される訳がない、と…思っていたから…」

 その気持ちこそ、刺された直後…彼を絶望へと陥らせた…最大の原因だった。
 自分自身を愛せない人間は、他人も愛せないという言葉があるが…自分と、眼鏡を掛けた
方の自分の関係は…それに当てはまらないような気がして。
 ポロポロと…泣きながら、切々に…己の想いを語る克哉の姿を見て…眼鏡は茫然自失
状態になっていた。
 
「…だが、太一は…お前だけを求め続けていた。俺の事など…素通りして、な。
あいつの目は…決して俺には向けられなかった。向けられた感情は「憎しみ」だけだっ!
 それなのに…俺を生かして、自分を消すというのか…ふざけるのも大概にしろっ!
そんなの…太一を絶望に突き落とすだけだぞ…! それを…俺の中から見続けていた
んじゃないのか…! それでも、そんな戯言を言うのか…お前は…!」

「その台詞、お前にそっくり返してやるよ…! それなら…どうしてオレが弱りきって
いた時期に…お前は自らの手でオレを殺して、生命力を奪ったり…あの奈落の穴に
突き落とそうとしなかったんだ? 浅い処でオレの意識を留めておけば…お前自身を
徐々に蝕んで弱っていくだけだったのに…何故?
 お前は…ずっと、一度…オレとこの世界で話してからは…オレをどうにかしようと
した事はなかった。夢を自由に見させておいて…それ以上の介入をしようとしなかった。
 それは…お前を生かそうとするオレの心理と、同じものが働いているんじゃないのか…っ?」

「…うるさい! 黙れっ!」

 その瞬間、眼鏡は激昂した。
 克哉の指摘は、図星だったからだ。
 瞬く間に彼の瞳に怒りの感情が宿り、爛々と輝いていく。
 そして…楽園の土の上に、克哉は組み敷かれていった。

「それ以上…ふざけた事を言うな…!」

「ふざけてなんか…いない。…事実、なんだろ…ねえ、<俺>…」

「言うなっ…それ、以上は…」

 怒りを押し殺した表情から、一転して泣きそうな表情に変わっていく。
 至近距離で、互いを見詰め合う。
 吐息を感じ合えるくらい、近くに相手の顔がある。
 …そういえば、身体を二度も繋げたことがある癖に…一度も、自分たちは
キスをした事がなかったな…とふと、そんな事を繋げた。

「…その割には、泣きそうな顔しているよ…<俺>…」

 そうして、克哉は…眼鏡の身体を強く抱きしめていく。
 心の中の世界だから、はっきりと鼓動とか体温とかを常に現実と同じように
感じる訳ではない。
 それでももう一人の自分の身体は温かく感じられていた。

「…お前が、オレの事を…どう想っているかなんて…判らないけれど。
…オレは、お前を好きだよ…<俺>…」

 彼がどれだけ、太一に素っ気無い態度を取り続けて傷つけたか。
 この…太一の父親に刺される、という絶望的な流れを引き起こしたのも…
もう一人の自分の愚かな行為に結果だと判っている。
 それを恨んだり、正直…憎もうとしたけれど、結局それは果たせずに…
こんな事を告げる自分は、本当にバカなのだろう。

「…お前は、どうして…」

 こんな俺を好きだと告げて、優しく抱きしめたりするのだろうか…。
 そうされる事で、責められるよりも遥かに強く…己の罪を思い知らされる。
 詰らせるよりも時に赦される方が辛い時がある。
 今の眼鏡の状態は…まさに、それだった。

「…大好き、だよ…。こんなオレに…太一に愛される資格なんて、やっぱり…
ないんだよ。だから…」

 そして、身体が折り重なっている状態で…うっすらと涙を浮かべながら、とても
儚い表情で…克哉が微笑んでいく。
 その顔を見た時、このまま…胸が張り裂けてしまうかと思った。
 それくらいのやりきれなさが…心中に生まれ、そして告げる。

「だから…オレが穴に落ちるよ。どうか…生きて…<俺>…」

 そして、初めて…フワリと自分たちの唇が重なった。
 夢の世界なのに…何故か、そのキスは涙の味がして…どこか塩辛くて…
切ない味がしていた―
 

 31日分は、これから書きます(現在時刻23時30分前後)
 やっと…一番書きたい場面に辿り着けたので、何度も何度も反芻して…
これ! とはっきり道筋やメッセージを定めるのに慎重になって
この時間まで掛かりました。
 
 やや掲載のリズムが、最近は乱れていますが…出来る限り、休まずに
これから終了まで突き進ませて頂きます。
(体力の限界の日は流石に仕方ないですけどね…)
 とりあえず全部で45~50話内…には収まりますかね。
 予定よりプラス10話内で済めば御の字ですね。

 他の場面では主に眼鏡が、こっちの想定していないアドリブを大量にかましてくれて…
(死ぬほど寸止めでも受け身やらされるのが嫌だったらしく、全力で逆らいまくってくれました…
私に眼鏡受けは書けないと完膚なきまでに思い知らされたよ…涙)本気でここまで辿り
着けるのか! と不安になった事は何度かありますが…やっとここまで漕ぎ付けられた!

 こんな黒くて暗い話に、ここまで付き合って下さっている方々…感想を下さっている人達、
どうもありがとうございます。
 それでは執筆して参ります。では…また。

 P・S 今現在は佳境なので、拍手の返信等は一段落がついた時点でさせて頂きます。
 返信によって、今後の展開ネタバレしたくないもので…ご了承下さい(ペコリ)

 『第三十七話 楽園での邂逅』 「眼鏡克哉」


 彼は自らの心の中にある楽園に、繋がれていた。
 己の四肢には鎖が繋がれ…殆ど身動き一つ取れなくなってしまっている。
 その締め付けと拘束は、時間が経つ程に強まり、眼鏡の自由を徐々に奪っていった。

(止めろ…俺に、もう…見せ付けるな…!)

 彼がどれだけ心の中で叫んでも、もう一人の<オレ>に声はもう届かない。
 今の彼は…どんな事があっても…『愛しい人間と触れ合う時間』を死守したいと
願っている。
 だから…どれだけ訴えても、語りかけても…今は強固な心の壁が生じて…聞こえる
事はないのだろう。
 その状況で…相手の感情だけ、流れ込んでくる状況は…一種の拷問に近かった。

「くっ…ぁ…!」

 もう一人にとっては心を蕩かすぐらいの『幸福』は、今の彼にとっては精神を蝕む
猛毒に過ぎない。
 何故ならもう一人の自分が、太一に愛されている事を幸せに思えば思う程…自分の
入り込む隙間などない現実を突きつけられて。
 
 ―そして思い知らされるからだ。自分がどれだけ、この二人を阻む邪魔者に
過ぎなかった事を。

『愛している…克哉さん…』

 その一言が、太一の唇から…今、表に出ている克哉の耳元に囁かれる度に…
この四十日、彼を苛み続けた「胸の痛み」が、眼鏡の心を切り裂かんばかりに
激しく走り抜けていく。

『オレ、も…オレ、も…大好き、だよ…太一…』

 もう一人の自分が、涙を流しながら…やっと薬が抜けて少し動かせるようになった腕を
必死に太一の身体に巻きつけながら、伝えていく。
 幸せな幸せな―恋人たち。
 今、想いをようやく交し合い…確かめ合う彼らの瞳には、お互いの姿しか存在しない。

 …眼鏡の事など、カケラもこの瞬間…存在していなかった。
 否、もう一人の自分も太一も…意識から排除している。
 彼が犯した罪により、二人の歯車は狂い…思いもよらぬ方向に運命は廻り始め。
 自分たちの片方が、永い眠りに就かなければ…恐らく回復しない程、深い傷を魂自体に
追う事となったのだから―

(全ては…あの時から、始まっていたんだな…)

 克哉を追い詰めたもう一つの事件は…Mr.Rから…銀縁眼鏡を受け取ってから
そう経っていない時期に起こっている。
 彼は…あの一件があったからこそ、自分に太一を想う資格などないと思い込む事に
なり…そして紛れもなく、その事件もまた、眼鏡が原因を作っていた。

 だが…克哉は、太一と眼鏡の身体を悲しいすれ違いの果てに、もう二度と繋がせたくないと…
強く望み、自分を押しのけて現実へと戻っていった。
この瞬間、太一をようやく…全身全霊で受け入れたもう一人の自分の姿は、まるで…
あの時とは違っていて。
 身体の快楽だけでなく、心まで充足している彼は…満たされ、快楽よりも深い充足感を
太一に抱かれて…味わっている。
 熱い吐息、荒い鼓動。汗ばむ肌…快楽により、絶え間なく震える身体。
 克哉は愛し愛され…お互いの気持ちを確認しあう、至上の幸福を今…知ってしまった。

 それは…眼鏡自身が、決して味わった事のない禁断の果実にも等しいモノ。
 心まで結ばれている恋人たちの姿を、心の内側にある世界の中から見せ付けられて…
自分が信じ込んでいた価値観が、粉微塵に砕かれていく。

 欲しければ、心のままに望んで欲しがれば良いと思っていた。
 それをしない、やろうともしないもう一人の自分を愚かだと思った。
 正直、苛立っていたし…見下していた部分があった。
 だが…いつの間にか自分が心から欲しいと思っていた太一の心は…
もう一人の自分だけに向けられていて。
 欲望のままに彼を抱いた自分に向けられた感情は…そう、『憎悪』と
呼ばれる類のものだけだったのだ―。
 
『大好き…大好き、だよ…』

『ん、オレも…愛、してる…』

 彼らは聞いていて、砂を吐きそうなくらいに甘い言葉をストレートに伝えて
気持ちを確かめ合っていく。
 その度に、心の世界は大きく震えて…『歓喜』を滲ませて…緩やかに大気に
乗って広がり始めていく。
 心の中に閉じこもっていた克哉と、自分自身の心が弱り始めていた頃はすぐに
でも朽ちかけようとしていた『楽園』は…彼が悦ぶ度に、幸せになる度に再び緑を
生い茂らせて…息を吹き返していく。

 楽園に光が差し込む。
 愛する人に、愛される喜びにより。
 死に掛けていたもう一人の自分が、活力を取り戻していく。
 望んでいた人の腕にやっと飛び込む事が出来て…。
 そして…最初は生命力に満ち溢れていた自分は…猛毒により心を
深く蝕まれ…徐々に弱り続けている。

 それでも…緑溢れる楽園と対照的に…断崖の向こうに広がる『奈落の底』は
眼鏡の中の絶望と連動して、徐々に広がり続けていく。
 愛される喜びが楽園を活気付け。
 憎まれる絶望が、死へと続く奈落への穴を更に深めていく。
 楽園が奈落を塞ぐ方が先か。
 死の穴が…光溢れる場所を屠って破壊しつくすのが先か。

 一人の人間に抱く、両者のそれぞれの愛情と憎しみの感情は…
互いに反発しあい…彼らの精神世界を深く切り裂いていく。
 もう…崩壊の時は、間際に迫っている。
 どちらかが眠らなければならないというのは…片方がこの穴に入らない限りは
互いの心は衝突を続けて、世界に亀裂を生み続けるからだ。
 負った傷が深いからこそ、魂は休息を求めている。
 其処まで…もう一人の自分を追い詰めた罪を…この瞬間、彼は自覚をさせられていた。

「…くそっ…! ここで…俺は、自分のした事に目を背けたら…それこそ、タダの
クズじゃないか…!」

 久しぶりに降りてきた楽園の荒廃を最初に見たからこそ、息を吹き返したその
姿を見て…彼は、罪責感を覚えていく。
 更に罪悪で紡がれた鎖で雁字搦めになり、身動きが取れなくなる。
 息すらもそのまま出来なくなりそうなくらいの圧迫感すらした。
 
 その瞬間…世界が真っ白い、眩いばかりの光に包まれていく。
 愛しい相手に抱かれて、もう一人の自分が…絶頂に達したからだ。
 目を開いている事すら困難な、余りに鮮烈な光の洪水が天を覆いつくし…
それからグラリ、と世界が揺らめいて…瞬く間に蒼い闇に包まれていく。

 どれくらい…そうしていただろうか。
 締め付ける鎖の与える苦痛すら、麻痺をして遠くなり始めた頃。
 まどろみに落ちた…もう一人の自分の意識がゆっくりとこの世界で形作り。

『久しぶりだね…<俺>』

 彼を不幸に叩き込んであろう、最大の罪人に対して…もう一人の自分は
穏やかな声で語りかけてくる。
 目を開けば、其処に…いつものように儚く微笑んでいる<オレ>が立っている。

「あぁ…そうだな…<オレ>」

 弱っている姿を見られたくなくて、それでも…胸が苦しみ、鎖で繋がれて自由が
効かなくとも…彼は気丈に笑っていく。
 
 言葉に乗せて、自分の本心を伝える事が苦手で。
 想いをぶっきらぼうにしか伝える事が出来ず。
 愛していても照れくさくて冷たい態度しかいつも取れず。
 弱みを晒せないが故にいつも不適に笑って己を守っている。

 そんな彼と、素直で愚直な性格の…もう一人の自分は、この心の中に作られた
仮初の楽園で『最後』の邂逅を果たしていく。
 作り物のような、仮面のような笑顔を浮かべ。
 だが、決して相手から目を逸らさずに強い瞳でお互いを見つめ続けていく。
 
 そしてこの滑稽なまでの悲劇の物語は、最終局面を迎えようとしていた―

『第三十六話 想い』 「佐伯克哉」

―彼は久しぶりに、表に出ていた。

(…こんな、状況下でも…間に合った…)

 彼は滂沱の涙で顔をぐっしょりにしながら…それでもどうにか笑おうとしていた。
 だが、どうしても…泣いているせいで変な顔に歪んでしまって上手くいかない。
 そして震える声で、愛しい相手の名を呼んでいく。

「太、一…」

 それは、眼鏡の方が呼び掛けるものとはまったくトーンが違う…柔らかく感情が
込められた声。

「克哉、さん…?」

 自分の顔を見て…太一は呆然としていた。
 まさに狐につままれたような…という表現がぴったりだろう。
 無理もない。先程の自分たちの様子は…尋常ではなかったという自覚ぐらいは
克哉自身にもあったから。
 あの態度の豹変は…自分の意識と、もう一人の自分の意識がせめぎあって対立
し続けていたからだ。
 
 決して抱かれるまいと頑なだった<俺>と。
 絶対にもう一人の自分の方が先に彼に抱かれる事など許せないと思う<オレ>と。
 今回だけは何が何でも、許したくなかった。見過ごしたくなかった。
 銀縁眼鏡に頼ったせいで…以前は<俺>に太一を犯される事を許してしまったが
今度ばかりは嫌だった。

 自分の好きな人に先に抱かれる方まで…<俺>に取られたくなかった。
 そして…さっき、どちらを望むのかという問いに…太一ははっきりと、自分の方を
求めてくれていた。
 その想いと答えが…深層意識で眠りに就いていた克哉に、自分の殻を突き破らせる活力を
与えて…そして、およそ40日ぶりに…彼は外界に出れたのだ。

「そ、うだよ…<オレ>、だよ…」

 四つんばいの格好で、両手を後ろで拘束されたみっともない格好でも…どうにか精一杯の
愛しさを込めて頷いていく。
 この体勢は惨めで情けないものだったけれど…それ以上に、彼とこうして会えて言葉を
交わせる喜びの方が勝っていた。
 だから彼は、涙で頬を濡らしながらも…嬉しそうに、口元に笑みを刻んでいた。

(オレには本当は…こんな事を想う資格すら、ないんだけど…)

「本当に、本当に…克哉、さんなんだ…。って待ってて…! 今、腕を解くから…! 
あいつの方ならともかく…克哉さんの方に酷いことをする理由なんてないしっ…!」

 その笑顔で正気に戻ったのだろう。
 太一は慌てて…克哉の腕を解いて、戒めを解いていく。
 それでも…薬に侵された状態では、シーツの上に力なく腕は落ちて…指の一本すら
満足に動かせないくらいだった。

「…はは、どうしよう…動かせ、ないや…」

「ほんっと、御免! その薬…マスターが嫌な客が来た時用にビールとかコーヒーに
忍ばせて暴れないようにする痺れ薬の一種なんだけど…後、一時間くらいで抜けると
思うから…もう少し待ってて!」

(何か太一…さっきまでと全然雰囲気、違う。オレが良く知っている…太一のまま、だ…
本当に、良かった…)

 必死に拝まんばかりにこちらに謝り倒す太一の姿を見て…克哉はどこかほっとした
ような表情を浮かべていく。
 もう一人の自分の目を通して見た先程の太一はどこか冷たくて…敵意に満ち溢れて
いたけれど。
 今、目の前にいる彼からは…以前と同じような純粋な好意だけが伝わって来ていた。

「…普通の喫茶店、に…痺れ薬…なんて、ない…と思う、んだけど…」

「あ、ウチの親父…ぶっちゃけカタギじゃないもんで…って、ヤバ!」

「…親父? って…えぇ! マスターと太一って…親子、だったの…っ?」

 その一言に克哉は心底、驚いたらしい。
 目を見開いて、驚愕の表情を浮かべていた。

「…あっちゃ~…一応、変に情を絡ませたくないから…って親父に釘を刺されて
いたんだけど…つい口、滑らしちゃったな…はは…」

 そうやって苦笑する太一の姿は、自分の良く知っている彼のままで。
 それに安堵している自分がいる反面、ふいに腰から臀部周辺に掛けてスースー
している事にようやく、意識が向いていく。

(うわっ…そういえば、さっき太一に下着とズボンを下ろされていたんだっけ…)

 それを自覚した瞬間、克哉の顔が一気に赤く染まっていった。
 …自分の好きな相手を前に、こんな恥ずかしい格好を晒す羽目になっているという
羞恥心がいきなり溢れて来て、カァーと耳まで熱くなるようだった。

「…克哉さん、どうしたの…? って…そ、そういえば…」

 暫く克哉の顔だけ真っ直ぐ見て会話をしていたから、失念していたが…そういえば
ズボンを下ろしたままだったという事実をようやく思い出して…だが、その白い尻に
目を奪われてしまって…ゴクリ、と息を呑んでいった。

(うわっ…うわっ! 何かさっきまでと…何か全然、精神的にクるものが違う…!)

 さっきまでの克哉と…あまりに反応が違いすぎるせいか…胸に迫る感情がまったく
異なってしまっていた。
 さっきまでの興奮が、怒りに因るものなら…今、ゆっくりとジーンズの下で反応し始めて
いるのは…克哉の可愛すぎる反応故だ。

「…太一! お願いだから…見るなよっ! 早く…隠して貰える…っ?」

 うつ伏せの状態で、うっすらと涙で目を潤ませながら…モジモジと身を捩らせる
克哉の姿は、今の太一には反則級に可愛らし過ぎて最早どうにもならない。

「い、いや…克哉さん。その体制で…そんな可愛い事を言うのは…反則…」

「誰が、可愛い…ん、だよっ! お願いだから…早く、隠して…! こんな体制じゃ、
冷静に、なんて…話せない、からっ…!」

 殆ど別の意味で泣きそうになりながら、克哉が一気に訴えていく。
 だが…太一は動いてくれない。
 剥き出しに晒された白い臀部を食い入るように見つめながら…暫く場の空気が
硬直していく。

「…俺は、冷静になんて…話したく、ない…」

 ふいに、太一の目に…熱い情欲が灯っていくのに気づいた。
 それは…二人きりでいる時に、時々…彼の目の奥に宿っていたもの。
 その…情熱的な眼差しを真っ直ぐに向けられて、つい…克哉は早鐘を打つように
己の鼓動を早めていった。

「えっ…や、ちょっと待って…ダメ、だって…太一っ!」

 ふいに…白い臀部を両手で揉みしだくように愛撫されて…背筋から、怪しい感覚が
一挙に走り抜けていく。
 そのまま両方の肉を押し広げられて…自分のもっとも見られたくない秘部が…相手の
眼前に晒されて、いっそ憤死したいくらいの羞恥を覚えていく。

「うわっ…克哉さんの、ここ…エロい。何かヒクヒク蠢いてる…」

「やっ…だ…お願い、だから…太一! そんな、処…見るな、よ…」

 半分、泣きそうになりながら克哉が訴えていくが…その希望が聞き遂げられる
気配などなかった。

「嫌だね…こんなに、可愛い克哉さんを前にして…冷静でなんて、いられないし…
何もしないでなんて…いられ、ないよ…」

 ふいに背後に覆い被さられて…耳元で、太一が熱っぽく囁いていった。
 そのまま…蕾の周辺に、太一の熱いペニスが直接…宛がわれているのを
感じ取って、ぎょっとなった。
 彼の先端が、先走りによってたっぷりと濡れている感触が伝わってきて…
克哉もつい、ゴクリ…と息を呑んでいく。

(うわっ…うわうわっ…!)

 この体制では太一の顔を見る事は叶わないけれど、同時に自分の顔を見られる
事もなかった。
 信じられないくらいに顔が火照り、全身が熱くなっていく。
 太一が、自分を相手にメチャクチャ興奮してくれているのが伝わって…背筋が
ゾクゾクしてくる。
 何度も蕾にこすり付けられていくと、こちらの欲望も高まって…どうしようもなく
なっていく。
 太一が、欲しい…と心の底から思った瞬間、ふと…もう一人の自分に対して
どうしようもない罪悪感を覚えたのも事実だけど…。

(御免…今だけでも、オレはもう…譲りたくなんて、ない…!)

 太一を、取られたくなかった。
 自分には彼を想う資格などもうないと想って、一度は諦める決意をしたけれど…
だが、ダメだった。自分の心は正直過ぎたのだ。
 自分は、太一が好きだ。もうその気持ちから目を背ける事など出来ない。
 だから自ら腰を揺らめかして…彼が欲しいのだという気持ちを、淫らに伝えて…
意思表示していく。

「あっ…やっ…た、いちぃ…」

 欲しい、と思ったら…止まらなかった。
 お互いの腰が揺れる度に、ネチャネチャと厭らしい水音が周辺に響き渡っていく。
 その度に両者とも、相手に対しての欲望が高まり…荒い呼吸を繰り返していた。

「…くぅ…! 克哉さん…御免、もう…俺、我慢出来そうに、ない…」

 初めて男に抱かれるとは思えぬ、克哉の痴態ぶりに…太一の方もすでに理性を
蕩かせきってしまっている。
 もう…眼鏡を掛けた方の克哉への怒りなど、今…こうしてこの人が自分の腕の中にいる
幸福によって吹き飛んでしまっている。
 ただただ、純粋に克哉が欲しくて仕方なくて…制御すら出来なくなっていて。
 太一は、そのまま…腰をぐっと突き進めて狭い肉路を掻き分けて…愛しい人の際奥へと
自分の分身を侵入させていく。

「克哉、さんっ…! 凄い…好き、だっ…!」

 背後から強い力で抱きしめながら、叫ぶような声音で太一が気持ちを伝えていく。
 この人がまた自分の腕をすり抜けていかないように…必死の想いを伝えながら、太一は
克哉の中に入っていく。
 その圧迫感ときつさに耐えながら…それでも克哉は、その感覚に耐えて…大好きな人を
受け入れていく。

「うん…俺も、大好き…だよ。太一…お、ねがい…キス、を…」

 こちらを振り返りながら…震える声で、克哉が懇願してくる。
 その切なげで苦しそうな顔に、また…自分の心は強く煽られていった。

「御免…順序、逆になっちゃったね…」

 相手に指摘されてやっと、キスするよりも早く…身体を繋げてしまっていた自分の性急さに
気づいて、太一は思わず苦笑していく。

「ううん、良い…やっと、こうして…太一を…感じられた、から…」

 この熱さを、愛しさを一生知らずに過ごしていた事を思えば…順序が逆になった事ぐらい
何てことはない。
 お互いの視線が絡み合う。
 真っ直ぐにぶつかり合って…自然と顔を寄せられていく。

「克哉、さん…」

 心からの愛しさを込めて、大好きな人の名を歌うように口ずさんでいく。
 それを聞いて、本当に嬉しそうに克哉は微笑んで…。

 二人の唇は自然と重なり合っていた―

 
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プロフィール
HN:
香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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