鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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※ この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(クライマックスその1)
最後の日の朝は、静かに訪れた。
昨晩の猛吹雪など嘘のように空は晴れ渡り、白く澄んだ大気がどこまでも広がっていた。
空にはすでに太陽がほぼ昇り切ろうとしていた。
朝焼けの中、その淡く白い光を浴びて…雪原そのものが白銀に輝いている。
その中を、眼鏡は克哉を腕に抱き…一歩一歩、慎重に歩いて進んでいく。
腕の中の克哉は、子供のように安らかな顔をしていた。
この点に関してだけ、ここが夢の世界で本当に良かったと思える。
触覚も味覚も快楽も何もかもがしっかりと存在している世界だが、肉体の重さまでは
そこまでリアルでなかったらしい。
おかげで自分と同体格の男でも、こちらが運ぼうと思えばさほど苦もなく運べるのは
良い方での誤算だった。
「子供みたいな顔しているな…お前…」
そんな事を呟きながら、雪原の真ん中まで辿り着く。
八日目の朝に見えた光は、自分達のロッジから300メートルほど離れた雪原の中心に
今朝は現れていた。
太陽とは別に、空から眩いばかりの一条の光が降り注がれて…そこだけ鮮やかに
白く浮かび上がっている。
恐らくこれが…十日目に現れる、現実へ繋がる扉である事は間違いなかった。
腕の中で克哉が眠っている内に、さっさと放り込んでしまおうと思った。
しかし…クークーと穏やかな顔して、自分の腕の中で眠っている姿を見ると
ほんの少しだけ名残惜しくなって…コメカミにキスを落としてしまう。
そのまま…頬や鼻先、唇を軽く啄ばんでいくと…克哉の睫が軽く震えて…
瞼が開かれていった。
「…兄さん?」
「…起きたか…」
眼鏡は内心で少し舌打ちしながらも、いつもと変わらぬ余裕たっぷりの笑顔を浮かべて
相手を見つめていく。
「…ここ、どこ? 何か凄く眩しいんだけど…」
まだ起きたばかりで目が慣れていない状態で、この光は眩しいらしい。
目を何度も擦りながら問いかけてくると、眼鏡はあっさりと答えた。
「…雪原の真ん中。お前が帰るべき扉が現れている場所だ…」
どうせ、目が慣れたら現状を理解するだろうと思ったから正直に告げた。
それを聞いた途端、克哉は驚愕に目を見開かせていた。
「…ど、うして…。昨晩、聞いていなかったんですか…! オレは…帰りたくなんてない!
貴方とずっと一緒にいたいって…ちゃんと言ったのにっ…!」
克哉が腕の中でもがいて、自分の足で大地に立ち始める。
両足で地面を踏み締めると同時に眼鏡に食って掛かり…その白いセーターの
襟元を引き掴んでいった。
「あぁ、ちゃんと聞いている。だから…俺はお前に帰って貰いたい。お前はこの夢の
世界が…何を代償にして成り立っているのか、判っているのか…?」
「…だ、いしょう…?」
「…お前の所有している時間と、未来だ。この世界にお前が留まる続ける限り…現実の
俺たちの身体はずっと沢山のチューブに繋がれたまま…眠り続ける羽目になる。
お前か…俺か、どちらかがこの光の中に入って…現実に戻らない限り、佐伯克哉は
決して目覚める事なく…生きたまま、死んだのと同然の存在に成り果てる。
当然…病院の入院費その他は、俺たちの親か…御堂のどちらかが払い続ける事と
なるだろうし…生きているだけで負担を掛けるだろう。俺はそんな人生は…御免だ」
「…生きているだけで、負担に…?」
克哉の唇が、小刻みに震える。あまりにそれは衝撃的過ぎる内容だったからだ。
眼鏡は短い間だけ、現実に意識を浮上させたせいで…その事を把握しているのに対し
克哉はずっとこの十日間、この世界だけでしか生きていなかった。
事実を告げることで、二人の間にあった…認識の食い違いが、静かに埋まっていく。
「そうだ。俺たちは眠り続ける限り、自分が生きる為の糧を自ら稼ぐ事も出来ない。
誰かの世話に、いつまであるか判らない好意や情とやらを当てにして生きる事となる。
そんなみっともない生を送ることになるのなら…俺はこの世界の終焉を望む」
「そん、な…! けれど…オレは、貴方から…離れたく、ないのに…!」
眼鏡の言っている事は、理性では理解して判っていた。
けれど、感情がまだついていかない。
確かに誰かに負担を掛けて生きることなど、自分だって御免だ。
しかし…今、克哉は紛れもなくこの人を愛している。
泣きながら、この人の腕の中に飛び込んで全身全霊を掛けて抱きついて
その気持ちを伝えていく。
そんな克哉を、眼鏡はふわりと抱きとめて…瞳を覗き込んで告げた。
「…お前が現実に帰っても、俺たちは離れる事はない。…俺はここに残り
お前を…見守っていてやる。お前の中で生きて…お前が生を終えるその時まで
ずっと…な…」
その言葉に、克哉は瞠目していく。
「…お前が現実に帰ったら、俺たちを二つの意識に隔てている原因を取り除く。
そうすれば…俺はお前の中に溶けて、本来あるべき形へと戻るだろう…。
…これなら、離れず…ずっと一緒にいられるだろう…?」
「…本当に、そんな事が…出来る、の…?」
「…俺が出来ない事を、口にすると思うか? 俺は口先だけの奴は大嫌いだと
いう事ぐらい…お前も記憶を思い出したのなら判っていると思うんだが…?」
自信満々にそう言うと、克哉はようやく…おかしくて笑い始めた。
うっすらとまだ涙は浮かんでいる状態だが、その表情は最初の頃に比べて
随分と穏やかになっている。
「…そう、だね。貴方は…言った事は必ず実行するような…そういう人だった
ものね。そのやり方は多少…強引、だったけれど…」
「…まあ、その辺は否定しないけどな…」
そうして、クスクスと笑いあいながら…唇を寄せていく。
白い光の注ぐ傍らで、最後の口付けを交わしていった。
強く強く、何度も力を込めて相手の身体を抱きしめて。
本当に愛しいと思いながら、深く互いを求めた。
気が済むぐらいに…相手の口腔を貪ると、やっと二人は身体を離し…
涙で潤んだ瞳で、克哉は真っ直ぐに相手を見つめていく。
「…貴方の言葉を、信じます。必ず…ずっと、一緒にいて…くれるんですよね…?」
「…あぁ、信じろ。俺はこういう処では嘘をつかない正直者だからな…?」
「貴方がそういう言い方すると、余計に嘘っぽく感じるけどね…」
そうして…やっと覚悟を決めて、克哉は白い光の方へと向き直っていく。
この光の中に飛び込めば…この人とこうして、二度と触れ合う事は出来ないだろう。
それは本当に悲しくて…切ない事だったけれど、あの現実の話を聞いて…誰かに
負担を掛けながら、この世界の継続を望む気持ちはすでに彼の方にもなかった。
「…兄さん、この十日間…本当に、ありがとう…。最初、何も覚えていない時は
不安でしょうがなかったけれど…俺は貴方の傍にいられて、幸せでした。
それだけは…ずっと、忘れないでいて下さい…」
そう、言葉を紡いでいる間…克哉の瞳からは、真珠のような瞳が何粒も
頬を伝っていた。
それでも…最後にこの人に見せる顔が、泣いてクシャクシャになったものなんて
嫌だから…意地でどうにか笑ってみせた。
「あぁ…俺は忘れないさ。だが…」
そうして、眼鏡はぎゅっと抱きしめながら…克哉の瞳を深く覗き込んで
心の奥まで犯していくかのように…凝視していく。
「お前は俺の事を、暫く忘れていろ…!」
低く、呟きながら…いきなり克哉の中に手を侵入させていく。
突然の事に克哉は驚きを隠せなかった。
(兄さんの手が…オレの身体の中にっ…!)
それは、現実では決して在り得ない光景。
しかし…克哉が驚きで硬直している間に、眼鏡の手は克哉の胸の内側を彷徨い
キラキラと輝く何かを取り出して、代わりに一つの透明な水晶のカケラを埋め込んでいった。
「…にい、さん…何、を…」
痛みは、なかった。
しかし…瞬く間に意識が霞んでいくのが判った。
キラキラと輝く何かを奪い取られた途端に、この十日間の記憶がうっすらとしたものに
変わっていく。
代わりに…先程まで嫌悪していた、御堂孝典という…現実の自分の恋人の記憶が
怒涛のように押し寄せて、克哉を一気に飲み込んでいった。
「…お前から、この十日間の記憶の結晶を奪って…代わりに、お前が最初に
持っていた…御堂の記憶の結晶を…返した、だけだ…」
眼鏡の脳裏に、Mr.Rから克哉を押し付けられた日のことが蘇る。
水晶の中から解放した際…彼の手の中には一つの水晶のカケラがしっかりと
握り込まれていたのだ。
最初は何だ、と思っていたが…朝日に透かして見た時だけ…御堂の顔や
部屋の光景が浮かび上がっていたのだ。
昨夜、克哉が…結ばれた後の御堂の記憶だけ取り戻していない事で
これがやっと…何だったのか眼鏡は気づいたのだ。
佐伯克哉はあの水晶で自らを覆うことで、二つではなく三つのものを
壊れないように守っていたのだ。
己と、眼鏡の魂と…そして、御堂孝典との幸福な記憶を結晶に変えて―
その三つをしっかりと守る事を代償に、克哉はそれ以外の記憶を一時失っていた。
ようするに決して失いたくものを壊さずに守る為にあの水晶の檻は生まれた。
眼鏡は…あの日からこっそりと持っていた彼の記憶のカケラを、本来
あるべき場所へと戻し…そして、克哉の身体を思いっきり光の中へ
突き飛ばしていった。
「うっ…あぁぁぁぁ!!」
克哉の身体に、衝撃が走り抜ける。
結晶化して守っていた大切な記憶の数々を思い出して、耐え切れずに
叫ぶしかなかったのだ。
こんなに、こんなに自分自身が愛していて…相手も愛してくれた人を忘れていた事に
罪悪感を覚えていく。
しかしそんな葛藤も、瞬く間にまどろみの中に溶けていく。
御堂の記憶が蘇れば蘇るだけ、この十日間の記憶がどんどん遠くなり…そして
消えていった―
それでも、忘れたくなくて…完全に消えうせる寸前、やっとの思いで叫んでいく。
「兄さぁぁぁぁんっ!!」
必死になって手を伸ばしてくる克哉の手を、眼鏡からも握り返していく。
一瞬だけ強い力で結ばれた手と手。
しかし…瞳を伏せて、ぎゅっと強く握り込んだ直後に…眼鏡はその手を離し
切なげに微笑を浮かべていった。
「…泣くな。お前の中で…俺はずっと見守っていてやると約束しただろう…?」
そう、泣きじゃくる子供をあやすような…思いがけず優しい口調で諭していく。
…それを聞いて、涙を止めて…子供のような無防備な顔を浮かべていた。
ふと、思い出す。自分は最初…こいつを前にしている時は子守りをさせられているような
心境に陥っていた事を―
(…本当にお前は、最後まで手間が掛かる奴だったな…)
しみじみとそう思いながら、克哉の身体が真っ白い光の中に溶けて…完全に
見えなくなるまで見守っていく。
最後の最後に、眼鏡の気持ちが伝わったのか…克哉はどうにか笑っていく。
それは口元を微かに上げただけの儚いものだったけれど―
そして克哉は現実へと還っていく。
真っ白い雪原には…眼鏡ただ一人だけが、残されていた―
十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(クライマックスその1)
最後の日の朝は、静かに訪れた。
昨晩の猛吹雪など嘘のように空は晴れ渡り、白く澄んだ大気がどこまでも広がっていた。
空にはすでに太陽がほぼ昇り切ろうとしていた。
朝焼けの中、その淡く白い光を浴びて…雪原そのものが白銀に輝いている。
その中を、眼鏡は克哉を腕に抱き…一歩一歩、慎重に歩いて進んでいく。
腕の中の克哉は、子供のように安らかな顔をしていた。
この点に関してだけ、ここが夢の世界で本当に良かったと思える。
触覚も味覚も快楽も何もかもがしっかりと存在している世界だが、肉体の重さまでは
そこまでリアルでなかったらしい。
おかげで自分と同体格の男でも、こちらが運ぼうと思えばさほど苦もなく運べるのは
良い方での誤算だった。
「子供みたいな顔しているな…お前…」
そんな事を呟きながら、雪原の真ん中まで辿り着く。
八日目の朝に見えた光は、自分達のロッジから300メートルほど離れた雪原の中心に
今朝は現れていた。
太陽とは別に、空から眩いばかりの一条の光が降り注がれて…そこだけ鮮やかに
白く浮かび上がっている。
恐らくこれが…十日目に現れる、現実へ繋がる扉である事は間違いなかった。
腕の中で克哉が眠っている内に、さっさと放り込んでしまおうと思った。
しかし…クークーと穏やかな顔して、自分の腕の中で眠っている姿を見ると
ほんの少しだけ名残惜しくなって…コメカミにキスを落としてしまう。
そのまま…頬や鼻先、唇を軽く啄ばんでいくと…克哉の睫が軽く震えて…
瞼が開かれていった。
「…兄さん?」
「…起きたか…」
眼鏡は内心で少し舌打ちしながらも、いつもと変わらぬ余裕たっぷりの笑顔を浮かべて
相手を見つめていく。
「…ここ、どこ? 何か凄く眩しいんだけど…」
まだ起きたばかりで目が慣れていない状態で、この光は眩しいらしい。
目を何度も擦りながら問いかけてくると、眼鏡はあっさりと答えた。
「…雪原の真ん中。お前が帰るべき扉が現れている場所だ…」
どうせ、目が慣れたら現状を理解するだろうと思ったから正直に告げた。
それを聞いた途端、克哉は驚愕に目を見開かせていた。
「…ど、うして…。昨晩、聞いていなかったんですか…! オレは…帰りたくなんてない!
貴方とずっと一緒にいたいって…ちゃんと言ったのにっ…!」
克哉が腕の中でもがいて、自分の足で大地に立ち始める。
両足で地面を踏み締めると同時に眼鏡に食って掛かり…その白いセーターの
襟元を引き掴んでいった。
「あぁ、ちゃんと聞いている。だから…俺はお前に帰って貰いたい。お前はこの夢の
世界が…何を代償にして成り立っているのか、判っているのか…?」
「…だ、いしょう…?」
「…お前の所有している時間と、未来だ。この世界にお前が留まる続ける限り…現実の
俺たちの身体はずっと沢山のチューブに繋がれたまま…眠り続ける羽目になる。
お前か…俺か、どちらかがこの光の中に入って…現実に戻らない限り、佐伯克哉は
決して目覚める事なく…生きたまま、死んだのと同然の存在に成り果てる。
当然…病院の入院費その他は、俺たちの親か…御堂のどちらかが払い続ける事と
なるだろうし…生きているだけで負担を掛けるだろう。俺はそんな人生は…御免だ」
「…生きているだけで、負担に…?」
克哉の唇が、小刻みに震える。あまりにそれは衝撃的過ぎる内容だったからだ。
眼鏡は短い間だけ、現実に意識を浮上させたせいで…その事を把握しているのに対し
克哉はずっとこの十日間、この世界だけでしか生きていなかった。
事実を告げることで、二人の間にあった…認識の食い違いが、静かに埋まっていく。
「そうだ。俺たちは眠り続ける限り、自分が生きる為の糧を自ら稼ぐ事も出来ない。
誰かの世話に、いつまであるか判らない好意や情とやらを当てにして生きる事となる。
そんなみっともない生を送ることになるのなら…俺はこの世界の終焉を望む」
「そん、な…! けれど…オレは、貴方から…離れたく、ないのに…!」
眼鏡の言っている事は、理性では理解して判っていた。
けれど、感情がまだついていかない。
確かに誰かに負担を掛けて生きることなど、自分だって御免だ。
しかし…今、克哉は紛れもなくこの人を愛している。
泣きながら、この人の腕の中に飛び込んで全身全霊を掛けて抱きついて
その気持ちを伝えていく。
そんな克哉を、眼鏡はふわりと抱きとめて…瞳を覗き込んで告げた。
「…お前が現実に帰っても、俺たちは離れる事はない。…俺はここに残り
お前を…見守っていてやる。お前の中で生きて…お前が生を終えるその時まで
ずっと…な…」
その言葉に、克哉は瞠目していく。
「…お前が現実に帰ったら、俺たちを二つの意識に隔てている原因を取り除く。
そうすれば…俺はお前の中に溶けて、本来あるべき形へと戻るだろう…。
…これなら、離れず…ずっと一緒にいられるだろう…?」
「…本当に、そんな事が…出来る、の…?」
「…俺が出来ない事を、口にすると思うか? 俺は口先だけの奴は大嫌いだと
いう事ぐらい…お前も記憶を思い出したのなら判っていると思うんだが…?」
自信満々にそう言うと、克哉はようやく…おかしくて笑い始めた。
うっすらとまだ涙は浮かんでいる状態だが、その表情は最初の頃に比べて
随分と穏やかになっている。
「…そう、だね。貴方は…言った事は必ず実行するような…そういう人だった
ものね。そのやり方は多少…強引、だったけれど…」
「…まあ、その辺は否定しないけどな…」
そうして、クスクスと笑いあいながら…唇を寄せていく。
白い光の注ぐ傍らで、最後の口付けを交わしていった。
強く強く、何度も力を込めて相手の身体を抱きしめて。
本当に愛しいと思いながら、深く互いを求めた。
気が済むぐらいに…相手の口腔を貪ると、やっと二人は身体を離し…
涙で潤んだ瞳で、克哉は真っ直ぐに相手を見つめていく。
「…貴方の言葉を、信じます。必ず…ずっと、一緒にいて…くれるんですよね…?」
「…あぁ、信じろ。俺はこういう処では嘘をつかない正直者だからな…?」
「貴方がそういう言い方すると、余計に嘘っぽく感じるけどね…」
そうして…やっと覚悟を決めて、克哉は白い光の方へと向き直っていく。
この光の中に飛び込めば…この人とこうして、二度と触れ合う事は出来ないだろう。
それは本当に悲しくて…切ない事だったけれど、あの現実の話を聞いて…誰かに
負担を掛けながら、この世界の継続を望む気持ちはすでに彼の方にもなかった。
「…兄さん、この十日間…本当に、ありがとう…。最初、何も覚えていない時は
不安でしょうがなかったけれど…俺は貴方の傍にいられて、幸せでした。
それだけは…ずっと、忘れないでいて下さい…」
そう、言葉を紡いでいる間…克哉の瞳からは、真珠のような瞳が何粒も
頬を伝っていた。
それでも…最後にこの人に見せる顔が、泣いてクシャクシャになったものなんて
嫌だから…意地でどうにか笑ってみせた。
「あぁ…俺は忘れないさ。だが…」
そうして、眼鏡はぎゅっと抱きしめながら…克哉の瞳を深く覗き込んで
心の奥まで犯していくかのように…凝視していく。
「お前は俺の事を、暫く忘れていろ…!」
低く、呟きながら…いきなり克哉の中に手を侵入させていく。
突然の事に克哉は驚きを隠せなかった。
(兄さんの手が…オレの身体の中にっ…!)
それは、現実では決して在り得ない光景。
しかし…克哉が驚きで硬直している間に、眼鏡の手は克哉の胸の内側を彷徨い
キラキラと輝く何かを取り出して、代わりに一つの透明な水晶のカケラを埋め込んでいった。
「…にい、さん…何、を…」
痛みは、なかった。
しかし…瞬く間に意識が霞んでいくのが判った。
キラキラと輝く何かを奪い取られた途端に、この十日間の記憶がうっすらとしたものに
変わっていく。
代わりに…先程まで嫌悪していた、御堂孝典という…現実の自分の恋人の記憶が
怒涛のように押し寄せて、克哉を一気に飲み込んでいった。
「…お前から、この十日間の記憶の結晶を奪って…代わりに、お前が最初に
持っていた…御堂の記憶の結晶を…返した、だけだ…」
眼鏡の脳裏に、Mr.Rから克哉を押し付けられた日のことが蘇る。
水晶の中から解放した際…彼の手の中には一つの水晶のカケラがしっかりと
握り込まれていたのだ。
最初は何だ、と思っていたが…朝日に透かして見た時だけ…御堂の顔や
部屋の光景が浮かび上がっていたのだ。
昨夜、克哉が…結ばれた後の御堂の記憶だけ取り戻していない事で
これがやっと…何だったのか眼鏡は気づいたのだ。
佐伯克哉はあの水晶で自らを覆うことで、二つではなく三つのものを
壊れないように守っていたのだ。
己と、眼鏡の魂と…そして、御堂孝典との幸福な記憶を結晶に変えて―
その三つをしっかりと守る事を代償に、克哉はそれ以外の記憶を一時失っていた。
ようするに決して失いたくものを壊さずに守る為にあの水晶の檻は生まれた。
眼鏡は…あの日からこっそりと持っていた彼の記憶のカケラを、本来
あるべき場所へと戻し…そして、克哉の身体を思いっきり光の中へ
突き飛ばしていった。
「うっ…あぁぁぁぁ!!」
克哉の身体に、衝撃が走り抜ける。
結晶化して守っていた大切な記憶の数々を思い出して、耐え切れずに
叫ぶしかなかったのだ。
こんなに、こんなに自分自身が愛していて…相手も愛してくれた人を忘れていた事に
罪悪感を覚えていく。
しかしそんな葛藤も、瞬く間にまどろみの中に溶けていく。
御堂の記憶が蘇れば蘇るだけ、この十日間の記憶がどんどん遠くなり…そして
消えていった―
それでも、忘れたくなくて…完全に消えうせる寸前、やっとの思いで叫んでいく。
「兄さぁぁぁぁんっ!!」
必死になって手を伸ばしてくる克哉の手を、眼鏡からも握り返していく。
一瞬だけ強い力で結ばれた手と手。
しかし…瞳を伏せて、ぎゅっと強く握り込んだ直後に…眼鏡はその手を離し
切なげに微笑を浮かべていった。
「…泣くな。お前の中で…俺はずっと見守っていてやると約束しただろう…?」
そう、泣きじゃくる子供をあやすような…思いがけず優しい口調で諭していく。
…それを聞いて、涙を止めて…子供のような無防備な顔を浮かべていた。
ふと、思い出す。自分は最初…こいつを前にしている時は子守りをさせられているような
心境に陥っていた事を―
(…本当にお前は、最後まで手間が掛かる奴だったな…)
しみじみとそう思いながら、克哉の身体が真っ白い光の中に溶けて…完全に
見えなくなるまで見守っていく。
最後の最後に、眼鏡の気持ちが伝わったのか…克哉はどうにか笑っていく。
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
鬼畜眼鏡にハマり込みました。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
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