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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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    『Mr.R』

  
 ―あの方が意識不明の重態になられて、病院に搬送されてから一週間ほどが
経過したでしょうか。
 …最初はかなり危険な状態だったそうですが、やはりあの方は…「もう一つの命」を
持っていただけありますね。
 幸い、片方の魂だけは生き延びる事が出来たようです。

 本当に生命力が強い方で安心しました。
 あの方に―こんなにあっさりと亡くなられてしまったら、私は再び退屈な日々を
送る羽目になっていたでしょうから…ね。

 深夜の病院とは、濃厚な死と闇の気配が漂う空間ですよね。
 多くの病んだり、死に近づいている人達が収容される施設。
 その冷たいリノリウムの床を歩いて進んでいくと…そのもっとも奥深い部屋で
あの人は静かに眠りに就いていました。

 危篤状態から脱した克哉さんは、今は集中治療室から…個室の方へと
移されていました。
 窓の向こうには藍色の深い闇と静かな銀月が浮かんでいました。
 どこまでも冴え渡るように冷たい一夜。
 克哉さんはまるで…良く出来た人形のように静かにベッドの上に横たわり
眠り続けていました。

「…こんばんは、佐伯克哉さん。…お久しぶりですね」

 声を掛けながら、克哉さんの頬をそっと撫ぜていきます。
 その感触は暖かくて柔らかいのに、彼の人はまったく目を覚ます気配がありません。
 無理もありませんよね。
 今、この人はとても深い眠りに就いてしまっている。
 佐伯克哉さんは現在、冥府に片足を突っ込んでいるのに近い状況ですからね。
 この一週間…たたの一度も、この方は目を覚まさなかったそうですから。

「…しょうがないですね。あの時…貴方は罪悪感という強い感情によって
心も殺されたに等しいのですから…」

 心からの慈しみと侮蔑を込めて、克哉さんの頬からオトガイ、首筋のラインを
優しく撫ぜて差し上げました。
 愛情を込めて愛撫をする時のような手つきになっていたのかも知れませんね。
 それでもこの人は少し睫を揺らして見せただけで…目を開く気配はまったく
感じられませんでした。

「今…どんな心境ですか? 生きているのも辛くて…胸がつぶれて、呼吸も
出来ない程苦しんでしょうかね…? 仕方ありませんよね。
貴方は先日…大切な人を傷つけて、あまつさえに…一生その人に対して
顔向けが出来なくなるような真似をしてしまった。
 貴方は…人に嫌われるのを極度に恐れる方ですからね。
 しかもそれが…今、一番強い好意を抱いている相手だったとしたら…とても
辛い事でしょうね…。だから…貴方は目覚めないんでしょうかね…」

 今、この人の肌は陶器のように白く透き通り。
 触れて暖かい事を確認しなければ、とても生きている事が信じられないくらい
皮膚は病的な白さを誇っていました。
 換気の為でしょうか?

 僅かに開かれた窓の隙間から…冷たい風がそっと吹き込んでいきます。
 …ただ眠り続けているだけなら、観賞用には耐えられるでしょうが…やはり私は
この方の目がどこまでも獰猛に輝き、不敵な笑みを口元に刻む姿が見たくて
仕方がありませんでした。

『あぁ…私の王よ。今、貴方はここで眠られていらっしゃるのですね…』

 私の心の中に浮かぶのは、ただ一人の存在だけでした。
 かつて…友の裏切りに遭い、深く魂を傷つけられた…高潔で傲慢な魂を持った
一人の少年。
 私はこの人に眼鏡を与える事によって…奥深くに封じられていた彼の本質を
呼び覚ます予定でした。
 ですが…この定められた三ヶ月間、克哉さんは最初の頃に何度か使用したっきり
眼鏡を掛ける事は殆どありませんでした。
 このままでは…13年も待った私の努力は全てフイになります。
 そんなのはバカらしい…と思いました。
 
『貴方のような素晴らしい方が…このまま生きた屍のようになり、目覚める事なく
内側に閉じ込められて生きる事になるなど…大いなる損失です。
 ですから、貴方が其処から出られますように…一つのお手伝いをさせて
頂きますね…』

 そうして…虚空の闇の中から、例の銀縁眼鏡を生み出して…掌の上に
転がしていきました。
 眼鏡のツルの部分を耳元に掛けても、やはり克哉さんは呻き声を漏らす気配すら
ありません。
 そっと銀縁眼鏡を掛けさせて、子守唄のように甘い声音で…私は克哉さんに
囁きかけました。

 どちらの克哉さんなのか…気になりますか?
 当然…私の主となるべき素質を持ち合わせている方…ですよ。
 それは優しい励ましの言葉とは程遠い…挑発と呼べるものでしたね。

『さあ…貴方はいつまで、其処でそうして眠っていられる愚を犯し続けているので
しょうか? …ほんの少しだけ手を貸して差し上げましたから…望むのでしたら
そのまま、突き破ってこの世界で再び産声を上げられるのも良いと思いますよ。

 一度、死の間際に誘われたことによって…現在の貴方達の生命力では
「一人」が深い眠りに就いて温存しなければ…もう一人も目覚める事が出来ない
状況になっています。

 このまま手をこまねいて…無為に時間を過ごしますか?
 それともその殻を突き破り、この世界で貴方の意思の方が生きますか?
 どちらを選ばれるのも貴方の自由です。
 どうぞ…気持ちのままに選択下さいませ…』

 そっと克哉さんの唇を指先で辿り…歌うような口調で耳元で囁いて差し上げると
ビクン! と大きくその身体が跳ねていきました。
 
 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!

 こちらまで聞こえてくるぐらいに激しく…鼓動を繰り返し、その度に指先が
ビクビクと小刻みに震えていきます。
 
(あぁ…貴方が憤っているのを感じられます…さあ! どうぞ…その怒りのままに
殻を破り、この世界に躍り出て下さいっ…!)

 部屋中を満たす濃密な怒りの気配は…純粋な怒りと憎しみを持ち合わせる
あの人のものに間違い在りませんでした。
 それを傍らから見守り、己の鼓動が忙しなくなっていくのを感じました。
 歓喜の感情を持って、その様子を見守り…あの人の目覚めを心待ちにしていましたが
次の瞬間、炎が一瞬で掻き消されるように…ふっと怒りの感情が霧散していく気配が
感じられました。
 それを見て…私は、深い落胆に襲われる事となりました―

「…やはり、まだ…機は熟していないようですね…」

 少々残念でしたが、まだ…克哉さんの生命力は、意識を回復出来る程には
戻っていないようでした。
 …まだ、挑発してあの人の怒りを煽っても…無駄なようです。
 ようするに今のこの方は断線したコンセントのようなものですね。
 下手に電気を流せば漏電する状態に近いですね。
 腹部を刺されたことで、そこから気を抜くと生命力が抜け続ける状態では無意識の内に
意識のブレーカーを落として…己を守っているみたいでした。

 丁度その頃、靴音がコツコツと近づいてくる気配を感じられました。
 病院を見回りに来ている看護婦かなんかでしょう。
 患者の容態が悪化したり、変わった処がないかを巡回して確認しているのでしょう。
 見つかると厄介ですので…今夜はこの辺でお暇する事に致しました。

「…今夜は残念でしたが、また…何度でも試させて頂きますよ。
どちらの貴方になっても構いませんから、目覚める日までは…こうしてチョコチョコ
顔を出させて頂きますね…佐伯克哉さん」

 そうして、一旦…この人の顔から眼鏡を外していくと…そのままテレビ台の脇に
置いて…踵を返していきました。

 さあ…私はこれから、何度かあの方の方に呼びかけを続けていくつもりです。
 その状況でもいつもの克哉さんが…あの人を押しのけて、果たして生きる事を
主張出来るのでしょうかね。
 ―本当に大事な人とすれ違い、大きな溝を作ってしまったばかりの方が…。

 どちらの貴方でも構いません。
 いずれまた…起きている貴方とお逢い出来る日を心待ちにさせて頂きます。
 それでは御機嫌よう。
 どうか一日も早く…貴方がその深い眠りから目覚める日が来る事を心よりも
待ち望んでいますよ。
 ねえ…佐伯、克哉さん?

 そうして私は静かに微笑みながら…
 夜の闇の中にそっとその身を溶かしていきながらその場をしました。
 これから起こるであろう、最早喜劇に限りなく近い狂乱を伴った悲劇の結末をそっと
予想していきながら―
 

 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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