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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『Mr.R』

 目の前にはどこまでも白い花畑と、澄んだ青空が広がっておりました。
 それは…まるで、人々の間で語り継がれた天国―又は楽園をそのまま体現したかの
ような美しい光景でした。
 柔らかな風が吹き抜けると同時に、ヒラヒラと白い花びらが舞い散ります。
 ほら…見て下さい。
 この地に降り注ぐ太陽の光もどこか優しくて…非常に過ごしやすい気温でした。
 
「まさに…楽園と言った感じですね…」

 感心したように呟きながら、私は花畑の中を掻き分けて進みます。
 一歩歩く度に、花を踏み荒らしてしまいましたが…暫くすると、それは瞬く間に復元し
元通りになって…何事もなかったかのように再び咲き誇ります。
 …これはとても、現実では有り得ない光景ですよね。
 同時に…それだけ、この夢の主が…この世界を維持しようとする心が強い事を
現しておりました。
 そう、ここは…ある方が紡ぎだした楽園。
 自らを守る為に紡ぎだした、どこまでも慈愛に満ちた…怠惰と罪の象徴とも
呼べる場所。

(進んでも進んでも…同じような色彩ばかりが並んでいますと、飽きますね…)

 白い花に、萌えるような緑の草原。そしてどこまでも蒼い空に…白い雲。
 人の心を和ませるには良いのかも知れませんが…私のような人種にとっては
五分も眺めれば充分です。
 せめて燃え盛るような真紅に、毒々しい黒、高貴な紫に…闇を思わせる藍色とか
そういう好ましい色彩が織り込まれていれば…私もそんなに退屈せずに眺めて
いられるんでしょうけどね…。

「こんなのが…貴方にとっての理想の楽園とはね…意外に月並みだったんですね…」

 クス、と嘲るような笑みを浮かべながら永遠に続くのでは…と疑いたくなるような
花畑の奥へと向かっていきます。
 芳しい花の香りも、やはり十分も嗅いでいれば逆に鼻に突きます。
 私の店で使っているような蟲惑的な代物でしたら…何十分嗅いでいても一向に
構いませんけど。
 …まあ、他者との趣味の違いを語っても仕方がありませんね。
 私の目的は、ただ…あの方の様子を伺いに来ただけですから…ね。
 
 どれくらいの時間…私は花畑を歩き続けたでしょうか。
 暫く進んでいくと、次は…打って変わって、深い森の入り口へと辿り着きました。
 高く聳え立つ針葉樹と、木々に絡まっている沢山の茨。
 それ以外にも枯れ木や…舗装されていない石や、鋭い葉を持った植物が
生い茂った獣道など…強固に侵入者を拒んでおられるように感じられます。

「…嗚呼、貴方はきっと…この森の奥にいらっしゃられるんですね…」

 どれもこれも、人を傷つけるような植物や障害物ばかりでした。
 それが何よりも…今の、この世界の主の心境を如実に表していました。
 誰も傷つけたくないというお優しい心の具現が、先ほどまでの白い花畑ばかりが
続く楽園を生み出し。
 誰にも傷つけられたくないという防御本能が…この刺々しくも深い森を
生み出していらっしゃられるようです。
 …人の心とは面白いものですね。
 このように相反するものを、同時に生み出して存在させるのですから―

「まさに…おとぎ話の中にある眠り姫のようですね。イバラの森の奥には…
貴方のようにお美しい方が眠られていらっしゃるのですから…」

 私はイバラに切り裂かれるのも覚悟の上で、その森へと足を踏み入れました。
 時折、鋭い葉や枝が私の衣服や肌を裂き、赤い鮮血を皮膚の上に滲ませて
いきます。
 それでもまったく怯まずに…奥へと進み続けます。
 道を切り開くための剣とか、鉈とか斧があれば宜しかったんですけどね。
 人の夢の中でそのような無粋な物を振り回すのは私の美学に反しますし…
今回だけは甘んじて、その鋭い刃をこの身に受けるとしましょうか…。

「やっと…辿り着けましたね…」

 イバラと針葉樹だらけの深い森の奥。
 一箇所だけ眩いばかりの光が差す、美しい泉のほとりが存在しました。
 その泉の底で…死んだように眠る、佐伯克哉さんの姿が在りました。
 泉の傍らには一本の大きな二股の木が存在しています。
 ですが…片方の幹は鋭く切り落とされ、大きな断面図だけが痛々しく
その木に刻み込まれておりました。

 この木は…二つの心を持つ、佐伯克哉さんを象徴するものです。
 二つに分かれていようとも…二人は根っこの部分は共有して存在している。
 ですが…強い罪の意識を覚えながら…大切な人間の身内に、命を絶たれそうに
なった衝撃で、穏やかな気質の克哉さんの魂は深い傷を負い…そのまま、
深い眠りに就かれる事を選ばれたようです。

 必死になって抗ったようですが…この状況になれば、幹が再生されるまで
二人の意識が同時に出れる事はありませんでしょうし。
 あの方の意識が強くなっていけば…弱い方の克哉さんの意識を完全に飲み込んで
しまうという事態も充分に起こりうる訳です。
 
「こんにちは~起きていられますか~?」

 明るい口調で声を掛けてみましたが、返答がありません。

「克哉さん…朝ですよ~。そろそろ一度くらい目を覚まされたらどうでしょうか…?」

 優しく優しく、声を掛けますが…やはり泉の底に沈んでいるあの人は眉一つ
動かさずに安らかに眠られているだけです。
 余りの眠りの深さに…それだけ、この人の意思が弱っていることを実感
させられました。
 …私は、確かに眼鏡を掛けて欲望に忠実になった貴方を美しいと思っています。
 ですが…眼鏡を掛けていないいつもの貴方も、充分に気に入っているんですよ。
 出来れば…このまま淘汰されて消えてしまうような事態だけは、勿体無いから
回避したいんですけどね。
 今の状態では…まだ、揺さぶり起こしたり語りかけたりする事すらも
出来ないくらいに…弱られてしまったようです。

「まったくあの方は…加減なく、もう一人のご自分を嬲りすぎですよ…。
ウンともスンとも言わなくなってしまわれたじゃないですか…」

 溜息を突きながら、泉の底に眠る麗しき「眠り姫」殿を眺めていきます。
 やれやれ…この仮初の楽園の中で、彼はどのような幸せな夢を
見続けるのでしょうか…?

 この楽園は恐らく…彼が目覚めるその日まで、在り続ける事でしょう。
 その夢の中で深い深い眠りに就き…失われてしまった幸せな日々の
記憶を繰り返し再生し続けるんでしょうかね。
 本当に人というのは愚かなものです。
 己の犯した罪に、過去に縛られて…時に未来に約束されていた幸運すらも
自ら手放してしまうのですから―

 さあ…貴方はいつまで、この楽園で夢を見続ける日々を送るのでしょうね…
 私はせいぜい、傍観させて頂きますよ。
 そろそろ…今日は帰りますね。
 またいずれ、立ち寄らせて頂きますよ。
 御機嫌よう…弱い方の「佐伯克哉」さん―

 そして―私は退屈な「楽園」を後にしたのでした―
  
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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