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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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  『片桐稔』


 あの不幸な一件から、二週間以上が経過したある日。
 病院側から連絡を受けて、僕と本多君は通常業務を終えると真っ直ぐに
彼が入院している病院へと駆けつけました。
 二週間ぶりに起きている佐伯君の姿を見て…色んな意味で、嬉しくて…助かって
良かったと心から思えて…気付いたら、僕も本多君も涙ぐんでいました。
 そんな僕らの様子を見て、佐伯君は凄く呆れたような…驚いているような複雑な
表情をしていましたけどね。
 
「…お前たち、俺が助かったぐらいで泣く程の事か…?」

「…当然だろ! お前が刺されたって知らされた日から…俺と片桐さんが
どれだけ心配し続けたと思っているんだ! 馬鹿が…!」

 本多君は怒ったような顔をしながら佐伯君に食って掛かっていましたけれど…
その目元が微かに微笑んでいた事は確かでした。
 …本当に良かった。佐伯君は今では…我が八課に欠かすことが出来ない
重要なエースですからね。
 彼がいたからこそ、プロトファイバーのメチャクチャな営業目標を達する事が
出来たのだと僕は信じています。

 …確かにこの一件で強引なやり方をしていて、一部で彼が反感を買ってしまって
いるという良くない噂も幾つも耳にしましたけれど。
 ですが…僕にとって、どんな佐伯君でも…この三年間を共に過ごしてきた
かけがえない部下であり、仲間なんです。
 …何となく以前と雰囲気が変わったな~と思う事は最近多くなりましたけどね…。

「…そうか、お前達は…『俺』が目覚めても…喜んでくれるのか…」

 その瞬間、フッと…佐伯君の顔が大きく翳ったように見えました。
 僕の気のせいでなければ…とても、悲しそう…な表情に映ったんですが…
気のせいなんでしょうか。

「…そんなの、当然じゃないですか…僕にとって…君は大事な仲間であり、
部下なんですから…」

「…あんた、本当におめでたい男なんだな。良くそんな恥ずかしい事を…照れも
せずに真正面から言えるもんだな…」

「克哉っ! お前…片桐さんに対して何て連れないことを言っているんだ!
片桐さんは本当に…お前の事を心配し続けていたんだぞ!」

 本多君が佐伯君に食って掛かりますが、彼の方は涼しい顔して受け流しています。
 …何か久しぶりにこんな彼らを見て、ほっと出来る部分がありました。

「良いんですよ…本多君。きっと佐伯君も照れくさくて…そんな事を言って
いるんでしょうから…」

 ニッコリ笑いながら言うと、本多君はしぶしぶと言った感じで佐伯君から
手を離しましたけどね。
 肝心の佐伯君の方は…微妙そうな顔をしていました。
 …そんなに場に似つかわしくない発言をしてしまったんでしょうかね…僕は。
 次の瞬間、本多君の携帯電話が鳴り響き…彼はディスプレイに表示される
番号を見てぎょっとなっていました。
 
「あっ…ヤバイ! 取引先からの電話だ…! 片桐さん、すみません…俺は
そろそろ向こうに直接赴かないと間に合いそうにないんで…先に失礼します!」

「はい…どうぞ。僕に気にしないですぐに向かって下さい。本日はそのまま
直帰しても構いませんから…」

「ありがとうございます! じゃあお言葉に甘えて…あっ、克哉。後でお前の方にも
メールするから…絶対返信しろよ! じゃあな!」

 そう残して…本多君はそのまま凄い勢いで病室を駆け出していきました。
 若い人って本当に元気ですよねぇ。

「…あいつ、ここが病院だっていう事を失念しているんじゃないのか…? 携帯を
マナー設定にもしていないし…。それに俺は今朝まで意識を失っていたんだから…
携帯も電池切れ起こしている上に、充電器すらないんだぞ…。それでどうやって
返信しろというんだ…?」

「…あ~…まあ、それは…本多君、ですから…」

 本多君って行動的で営業マンとしては確かに有能なんですけど…時々、そういう点で
気が利かない部分があるのは事実なので…僕もフォローしきれませんでした。

「佐伯君…そういえば、身体の方は大丈夫ですか? 今朝まで…二週間ほど
眠り続けたままだったんですし…起きているの、そろそろ辛くないんですか…?」

「…いや、まだ大丈夫です。…こんな中途半端な時間に寝たら、後で眠れなくなりそう
ですし…」

「…本当に、ですか? 何か疲れているように見えるんですけどね…」

 そう、僕の見る限り…本多君がいなくなった直後から…彼の顔に色濃い疲労の
ようなものが感じられました。

「久しぶりに人と長く話していたから…でしょう。片桐さんもそろそろ…帰られたら
どうですか? 俺みたいな病人と話しても…退屈でしょうから。この二週間眠り
続けていたせいで…話題にも少し乏しくなっている部分がありますしね」

「…そんな事、はないですよ。僕は…佐伯君と久しぶりに話せただけで…
充分に嬉しいですから…」

 本心からそう言うと、佐伯君は苛立ったような…こちらの言葉を信じられないと
訴えるような疑うような眼差しを向けて…そして押し黙りました。
 何となくその姿が痛々しく感じられた次の瞬間…彼は辛そうに眉根を顰めて…
胸を押さえて、苦しそうに息を乱していったのです。

「佐伯君っ!!」

「くっ…うぅ…!」

 もしかして、傷口が傷んだのでしょうか…?
 やはり目覚めたばかりの彼に無理をさせてしまったんでしょうか…?
 暫くオロオロしていると、ふと奇妙な事実に気付きました。
 …彼は腹部を刺された筈なのに、今…押さえているのは胸元なのです。
 そのズレに違和感を覚えながらも…苦しそうにしている彼の元に駆け寄り、
必死になって呼びかけました。

「佐伯君! 佐伯君…! 辛いのならすぐにお医者さんか…看護婦さんを呼んで
きますよっ!」

「…いや、良い。…大した、事じゃない…から…。単なる、忌々しい…発作、みたいな
ものだ…。時間が経てば…落ち着くから、騒ぎ立てないでくれ…」

 そう言う…彼の顔にはうっすらと冷や汗すらも滲んでいて…とても平気そうには
見えませんでした。

「発作って…佐伯君、持病…何か、ありましたっけ…?」

「あぁ…一応、な。それが起こると…こうやってたまに胸が引き攣れるみたいに
苦しくなってくるんだ…。古傷が痛む…ようなものだ。あんたにも…思い出したくない過去や
辛い記憶があるだろ…? それが溢れてくるような…ものだ。だから…言うな」

 そう聞いて、納得しました。
 …確かに僕にも、そうやって堪らなく胸が苦しくなったり痛くなったりする時があります。
 そして彼は…それを僕の前で出してしまったからこそ…こんなに忌々しそうにしているのだと
いうのも何となく察しました。

「大丈夫、ですか…?」

「頼むから…向こう、行っててくれ。こんな姿を…他の奴に見られたくない…!」

 そういって、怒りを宿しながら…彼は僕を拒絶する態度と言葉を放ちました。
 ですが…こんな風になっている佐伯君を放っておける筈がありません。 
 手負いの獣…と言った感じの刺々しい雰囲気の佐伯君にそう言うのは
かなりの勇気がいりました。
 怒っているような鋭い眼差しを向けてきましたが…こちらも怯える訳にも
引くわけにも行きません。
 ぎゅっと彼の手を掴んで…真っ直ぐに瞳を睨んでいきました。

「…ちっ! 体調さえ万全なら…こんな真似されたら、目にモノを
見せてやれるのに…!」

 こちらの態度に、明らかに佐伯君は怒っていました。
 ですが…不安そうな顔を浮かべて、強がっているような人を
放っておける訳がないじゃないですか…!
 寂しい時は、誰かがいた方が…安心出来るものじゃないんですか?
 仲間って…こういう時に手を差し伸べる為にいるんじゃないですか?
 僕は…確かに頼りないけれど、傍にいて…手を握って一緒にいる
くらいの事は出来ます。
 だから…僕は暫く…手を握った状態のまま、佐伯君の傍に
ずっと居続けました。
 …やっと彼の呼吸とか、態度が落ち着いた頃…グラリとその身体が
思いっきりベッドの上に崩れ落ちたのには本当にびっくりしましたけどね…。

「わわわっ! 佐伯君っ!」

 ベッドの外に落下しそうになる彼を寸での処で支えて、どうにか苦労して
寝かしつけてあげると…やはり彼は、どこか苦しそうな顔をしていました。

(何があったんですか…? 佐伯君…?)

 何となく僕の知っている佐伯君と、時々態度が違っている事が最近は
何度かありましたが…今の彼は何か、辛い事を必死になって一人で
堪えているような…そんな痛々しさがありました。

 そういえば…さっき、この病室に向かう途中…エレベーターの中で一緒になった
看護婦さん達が声を潜めて噂話をしていたんですが…本日の午前中に、佐伯君の
病室に誰かが侵入してちょっとした騒ぎになったそうなんです。
 …どうやら、誰かの叫び声が聞こえたと同時に…どこに隠れていたか判らないんですが
黒服の男性達が一斉に彼の病室に飛び込んで来た…とか。

 其処で何か大きな騒ぎが起こった訳ではないんですが…威圧感がある男性たちが
何人も物陰から現れたとの事で患者達がびっくりしてしまい…少々問題になってしまった
ようなのです。
 面会時間外に誰かが尋ねて来た事も、強面の男性達が病院内に潜んでいたというのも…
どちらも病院側としては頭が痛い問題ですよね。
 お医者さんや…看護師さんたちに深く同情してしまいますよ。

 それ以前に…腹部を刺されてしまった事と言い、佐伯君が何か…大きな事に
巻き込まれてしまったんじゃないか。
 その不安が…ずっと、あの日から僕の中に渦巻いていました。

「…僕じゃやっぱり、頼りなくて…相談に乗る気なんて…起こらない、ですよね…」

 その事実が悲しくて、彼の寝顔を眺めながらつい…ぼやいてしまいました。
 ほんの少しでも…君の心の負担を軽くする事が出来れば良いのに。
 僕に手助け出来ることがあれば良いのに…。
 そんな事を思いながら、彼の呼吸が落ち着く頃まで…傍らで、そっと見守り
続けました。
 
 ねえ佐伯君…どうして、君はそんなに苦しそうな顔を浮かべているんですか…?
 いつか僕に話してくれる日が少しでも楽になってくれたら良いのに…。
 そんな事を考えながら、僕は…完全に日が暮れるまで…病室で一緒に
過ごしたのでした…。
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はじめまして
はじめまして、妙島浩文です。
一ヶ月前にキチメガにはまったものです。

それにしても、現在連載中のアイコン小説ですが、一つの物事を色んなキャラクターの角度で描かれてていて、とても、面白いですね。
とても楽しみにしています。
妙島浩文 URL 2008/03/03(Mon)00:15:26 編集
返信遅れましたが…
 妙島さんこんにちは、初めましてです。
 返信の方遅れてしまいましたが…コメントの方、残して下さってありがとうございました(ペコリ)
 アイコン小説の方を褒めて下さってありがとうございますv
はい…色んな視点が絡み合って展開していくのがこの方式の連載の特徴です。
 面白いと言って下さって、凄い励みになりました。返信こそ遅かったですが…この方式の連載、読み手の人にとって面白いのかな…と迷っていた時期だっただけに嬉しかったです。これからも頑張って書かせて貰いますね。では失礼致します(ペコリ)
香坂 幸緒 2008/03/17(Mon)23:44:31 編集
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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