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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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「須原秋紀」


 須原秋紀は今夜も遅い時間帯に、克哉が今…入院している病院へと
向かっていった。
 駅から歩いて夜のオフィス街を早足で抜けて、幾つかの横断歩道を
歩いて…危なっかしげに病院へ続く道筋を辿っていた。
 
(…昨晩は、何か…凄い慌しい一日だったなぁ…)

 病院に向かう途中、公園で傷だらけの克哉に再会してからの事が…
一気に回想されていった。
 あの時、克哉は意識が朦朧としていて…すでに苦しそうだった。
 それから公園を勢い良く飛び出した時に、いかにもエリートサラリーマンと言った
風に男の車に撥ねられそうになり…そのまま、なし崩し的に病院に克哉共々…
車で搬送して貰う事になった。

 御堂、と名乗った男は…そのまま、公園から程近い…以前に一ヶ月ほど克哉が
昏睡状態になっていた時に入院していた病院に自分たちを搬送してくれた。
 彼の昏睡状態に関しては原因不明だったが、以前に怪我した時も同様の理由で…
一ヶ月程眠り続けていた事から、すぐに入院して再検査する事が決定し…御堂が全て
その代わりの手続きを受け持ってくれていた。

 普通なら家族がやるべき事だが、以前の入院の際に…克哉の家族は他県に住んでいる
事は病院の人間も知っていた事だったので、最低限の手続きは彼が代行したのだ。
 一見派手に見えた傷も…命に別状はないらしく、腹部の裂傷も今は完全に塞がっているので
外傷によって死に至る可能性は低い…との診断結果だけは、秋紀を安堵させてくれた。
 御堂はその後、自分を車で送ってくれると申し出てくれたが…それを断り、ひっそりと
病院内に隠れて…頃合を見計らって、克哉の病室へと忍び込んだのだ。
 
 それから秋紀は…途中、うつらうつらしながらも…ずっと傍らに居て、彼の手を
握り締めていたのだ。
 眠っている克哉は、意識がないながらも…魘されていたようで…酷く苦しそうだった。
 自分に何が出来るって訳ではなかった。
 それでも…悪い夢から醒めて欲しい一心でずっと強く…手を握り続けていたら、
夜明け頃に…あの人の目が見開かれて、自分は…本当に嬉しかったのだ。

 この気持ちは…以前に一夜、抱かれた時には気づかなかった。
 けど…あの刺されたというニュースを聞かされて、ずっとやきもきして…どうしているのか
不安でしょうがない日々を送り続けて…やっと、克哉と言葉を交わせた瞬間に…自覚
せざるを得なかった。
 …あぁ、自分はこんなに…この人が好きだったのだと。
 自然と涙を溢れさせながら…気づかされたのだ。

 克哉に引き寄せられて、キスされた時…秋紀は至福の心持ちだった。
 幸せな気持ちに浸っていた自分と違って、触れている時の克哉の表情も…暗かったので
はっきりとは判らなかったけれど…苦しそうな、切なそうな顔をしていて。
 少しでも…楽にしたいと思った。
 だから…克哉が望むなら好きにして構わない、などと…そんな殊勝な想いを抱きながら…
身を委ねていた時に、扉が大きく鳴り響いて…ナースが駆けつけてくる気配を感じた為に
行為は中断されてしまった。
 その為に…秋紀は身を隠してやり過ごした後、全力で病院を抜け出さなくてはいけなく
なり…一旦、家に戻ったのだ。

 家に戻ったら、克哉が心配で…ずっと気を張り詰めながら殆ど寝ていなかったのが
いけなかったのだろう。
 泥のように深く眠って、気づいたら一日が終わってしまっていた。

 だから本音を言うと…せっかく土曜日で学校が休みだったのだから…もっと早くに
克哉のお見舞いに行きたかったのだが…身体の疲労だけはどうしようもなかった。
 以前から、克哉が生きているのか…いないのか。
 それすらも判っていなくてずっと不安を抱き続けていた…という精神的な疲れも
あったせいで…やっと会えた事で、少年も安堵して久しぶりに深く眠る事が出来たのも
理由に入っていた。

(あぁ…でも、克哉さんが生きている事だけでも…判って、良かった…)

 そう、それだけは心から秋紀は喜んでいた。
 もう二度と会えない事を思えば…顔を見れただけで十分であり。
 ただお見舞いに行くだけの事で自分の心はこんなに弾んでいる。
 後は…ほんの少しでも良い。
 あの人の苦しみとか、切なさを…少しでも自分が緩和出来れば、もっと良いのだろうけど…。

 そんな事を考えている内に、秋紀は病院にたどり着いて…裏口のスロープから、侵入
し始めていく。
 其処が奇しくも、昨日…自分たちの邪魔をしてくれた人物の侵入経路でもあった事は
秋紀自身はまったく知らなかった。
 三階まで上り、プレートを確認してから…音を極力立てないように慎重に扉を開閉して、
部屋の中に滑り込んでいくと…小声で秋紀は呼び掛けていく。

「克哉さん…来ました。今夜の体調はどうですか…?」

 だが、部屋に入った時…部屋の明かりは点けられていなかった。
 最初は単純に、すでに21時を迎えているから…就寝でもしているのかな、と思って
あまり気にしていなかったが…少し目を凝らして、秋紀は呆然となった。

「えっ…?」

 目が暗闇に慣れてくると、ベッドの上には誰もいない事に気づいた。
 …おかしい、と思った。
 克哉は今日は検査だと言っていたし…部屋の外にプレートがあるのなら、絶対に
この時間にはベッドにいる筈なのだ。
 それなのに、影も形もなかった。
 布団を捲り上げて、シーツの上にも手を這わせてみたが…其処には克哉の温もりすらも
残されていなかった。

「克哉さん…こんな時間に、どこへ…?」

 怪訝に思いながら、部屋中に視線を巡らせていく。
 花とか、そういう物は室内に残されていたが…彼の痕跡らしきものはこの部屋に
『何も』残されていない。
 病室のクローゼットにも、病院指定のパジャマは残っていたが…昨日彼が身に纏って
いたスーツの類は、すでに消えてしまっていた。

「…スーツも、何もかもがない…! どこに、行っちゃたんだよ…! せっかく…
貴方に、会えたのに…」

 克哉にやっと再会出来た。
 今夜も顔を合わせられる。
 傍にいられる。

 そんな少年のささやかな願いは無残にも打ち下されて、姿を消してしまった克哉が
どこにいるのか…秋紀には皆目見当がつかなかった。

「克哉、さんっ…!」

 声を殺しながら、少年は冷たいリノリウムの床の上に…膝を付いて泣き崩れていく。
 やっと会えた愛しい人は…また、自分の手をすり抜けて…姿を消してしまった。
 その現実に、秋紀は呆然となり。
 それでも…彼の胸の中に灯っている思いは…消える事なく、一層激しく…ただ一人だけを
強く求めていたのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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