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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『NO ICON』 「三人称視点」


―彼は深い夢の中に落ちていた。

 漆黒と藍色が入り混じった不安定な空間の中に…ゆっくりと自らの身が
沈んでいくような感覚がしていた。
 それはどこまでも優しい安らぎのようにも、死を思わせる静寂とも解釈出来る
場所であった。

(ここに…あまり戻って来たくなかったんだがな…)

 目覚めるまでの一ヶ月間、二人の克哉の意識は…この混沌とした空間の中で
揺らめいていた。
 暗闇の中に、幾つかのカケラが光輝き…まるで夜空に光る星のように瞬いている
光景は…一見すると幻想的に映るだろう。
 だが、その宝石の原石のようにも、鉱石のカケラのように見える一つ一つが…
佐伯克哉という人間の記憶を象徴しているものだった。

 天に昇って輝くカケラがあれば…地に深く埋まって中々掘り出せないカケラもある。
 自分にとって重要な記憶は天に昇り、いらないと判断された情報や記憶は…地に
埋められて忘却の彼方へと送られていく。
 だが…自分の足元に埋められた黒曜石を思わせる石に気づいて…眼鏡を掛けた方の
克哉は苦々しげに舌打ちをしていった。

「…ちっ…こんな記憶、残っていても…何の意味も成さないんだがな…」

 だが、彼は何気なくそれを手のひらに収めて先に進んでいく。
 埋めても埋めても、表に出て来てしまう苦い記憶だったが…どうしても忘れられないの
ならば背負っていくしかない、と半ば開き直ったからかも知れなかった。
 足元が時々激しく揺れているのは…もう一人の自分の意識が目覚めているからだろう。
 それも彼を酷く苛立たせている要因の一つだった。
 どこまであの二人は…自分を憤らせれば気が済むのだろうかと…憎らしく思えてきた。

(…お前達はどこまで、俺を惑わせて苦しませるんだ…?)

 天に輝く星―輝く程、彼らの中で大切に思う記憶は…殆どが、もう一人の自分の方が
所有している記憶のカケラだった。
 それに比べて、自分の思い出の中に…星に昇華する程、大切な記憶など何一つ存在
していなかった。
 …普段はまったく自覚していなかった事だが、夢の世界に堕ちて…その事実を何故か
酷く歯痒く感じてしまっていた。
 顔を上げて、星を見ているだけで…もう一人の自分の想いが流れてくる。
 
 どれだけ太一を特別に想っていたのか。
 八課の仲間を必要としていたのか。
 中学高校時代の友人との思い出を価値のあるものと感じていたのか。
 知りたくない内容のものまで…勝手に流れ込んで、どうしてここまで強く自分が
敗北感を覚えていくのか…理由が判らないまま、彼は苛立っていた。

『太一…』

 もう一人の自分が、泪を流しながら…今日も、そっと名を呼んでいく。
 どこまでも哀切な声の響きの中に…相手への強い想いを感じ取り。
 その声を聞いて…また、眼鏡は怒りを感じていく。

(どうして、お前は…!)

 そこまで彼に執着していながら、あっさりと…自ら奈落の底に堕ちる事を
受け入れようとするのか…理解出来なかった。
 自分とて、そこまでお人好しではない。黙って…自分の方の意識を…もう一人の
<オレ>の為に消してやれる程、自己犠牲的な精神は持ち合わせていない筈だ。

『太一…太一…』

 歌うように、彼は名を呼び続ける。
 それは一種、哀れにすら映る…滑稽な光景でもあった。
 そして…また、閃光のように星が光って…自分の中にその思い出が刻み込まれていく。
 これは眼鏡にとって…一種の暴力にすら等しい行為だった。

『止めろっ…! これ以上、お前の想いを…記憶を、俺に流すな…!』

 だが、起きている時ならばともかく…『両者』の意識が同じ深層世界に存在している
時は、向こうから流出してくる記憶の奔流に逆らう術は存在しない。
 意図せずに流れてくる記憶の波に、眼鏡は必死になって抗おうとする。
 だが…幾ら拒もうとしても…駄目だった。
 そして今夜も…繰り返し思い出される、『克哉』にとって…キラキラと光る記憶の
カケラの中身を見せ付けられていく。

「ち、くしょう…!」

 それは、もう一人の自分にとっては大切な大切な記憶の結晶。
 けれど…それを見せられる度に眼鏡は強い敗北感を覚えさせられていた。
 悔しくて、妬ましくて…つい、唇を噛み切りそうになる。
 だが夢の世界では痛覚はあっても限りなく鈍くしか感じられない為に…意識を
覚醒させるまでには、その痛みは至らなかった。それもまた辛かった。

「もう…良い! 判ったから…それ以上、アイツのその顔を…俺に、見せるな…!
みじめに…なるからっ!」

 自分は本来なら、もっと冷酷な人間の筈なのに。
 太一など、無理やり犯した時点では…何とも思っていない、「もう一人のオレ」に
まとわり付くうっとおしい奴程度の認識しかなかった筈なのに…。

 『笑顔』というのは時に大きな力を持ったり、人を惹きつける魔力を秘めている。
 そう…皮肉な、話だった。
 刺された日から…自分達の肉体の主導権は交替されて、<オレ>の方が眠りに就いて
夢を見る事となった。

 その夢は…繰り返し繰り返し再生されて、いつしか…眼鏡の意識すらも緩やかに変えていく
力があったのだ。
 『克哉』に向けられたひまわりのように生命力に満ち溢れた明るい太一の笑顔は…何度も
反芻される事で彼も接する形となっていた。
 そのせいで…気づいた時には、自分の心は大きく変えられてしまっていたのだ。

「…決して、俺にアイツはそんな笑顔を向けてくれないのに…見せ付けないでくれっ!
お前の夢が流れてくる度に…どうしてか、その事実が胸を締め付けてくる…から、な…」

 そう、佐伯克哉という器が急速に衰弱しているのは…このアンビバレンツな気持ちが
同位しているからだ。
 眠っている方の克哉が強く純粋に「太一」という存在を求めているのに対し…眼鏡の方は
その気持ちを決して認めたくない想いがあった。
 そして太一から向けられる感情も<オレ>の方は彼に世界で一番愛されているのに対して…
眼鏡の方は、むしろ忌み嫌われている。
 
―それが自分の胸を切り裂いている事実など、知りたくなかった。

 目を逸らして気づきたくなかった真実の気持ちを…<オレ>の意識が浮かび上がって
記憶が流れていく度に思い知らされる気持ちだった。

「止めろ…もう、夢など…幸せだった頃の記憶なんて、これ以上再生するな…」

 ぎゅっと黒曜石のような…忌々しい記憶を握り締めながら、克哉は…もう一人の
自分に訴えかけていく。
 だが…それでも止まらない。止む事はない。
 何故なら…克哉の方もまた、自分に残された時間がそんなにないという事を
すでに判っているからだ。
 だから…せめて記憶だけでも抱いて眠れるように、彼は反芻を繰り返して…
心の準備を積み重ねていく。

(せめて…夢くらい、見させて…くれよ…)

 もう一人の自分は、眠りに就いた状態で強く訴えかけていく。
 不毛すぎるやり取りだった。ある種、虚しくさえあった。
 それでも、容赦なく…思い出の中にだけある「彼の笑顔」をまた…見せ付けられていく。
 …その度に掻き毟られるような胸の痛みを、この世界でも覚えさせられていった。

 どうして、もう一人の自分は…。
 これほど強く強く、人を愛して執着していながら…自らを落とされる運命を
受け入れられるのだろうか。
 これほどまでに強く、彼に愛されている癖に。
 自分には…ただの一度も、その笑顔が向けられた事すらもないのに…。

『認めたくない…』

 それでも、ここは心の世界。
 普段は押し殺して目を逸らし続けている己にとっての真実の想いが
白日の下に晒されて暴かれる場所。
 『ひまわりのような笑顔』は…目覚めてから、自分の方に向けられた事は一度もない。
 いつも向けられるのは…彼の否定的な眼差しと、失望の表情。
 そして…今にも泣き出しそうな、切なげな表情ばかりだった。

『お前は…俺がどれだけ望んでも得られないものをすでに持っている癖に…』

 自分の方が仕事も、何もかもが勝っている筈だった。
 だが…今の眼鏡は優越感など、起きた日から殆ど感じられた覚えがなかった。
 何故なら…その夢の記憶を見ている内に…自分にとって一番欲しいと思える
存在がいつの間にか変わってしまっていたからだ。
 
 (どれだけ欲しても、あいつは俺に笑いかける事など…ないんだぞ…!)

 そんな眼鏡の苦しみと葛藤は、より深い階層にいるもう一人の自分には
決して届く事はない。
 だから彼は…誰かに必死に呼びかけられて起こされる瞬間まで…その
記憶の奔流に襲われ続けていた。

 ―愛しても愛しても、決して届く事は有り得ない想い

 そんなモノを抱いて、相手に拒否されるくらいなら…『無い』ものとして
振舞ったほうがプライドだけは守る事が出来た。
 だから目を逸らしていたのに…どうしても、それに徹しきれない。
 それが…彼の心を苛み、痛めつけ続けていた。

『もう…止めて、くれ…!』

 ガラにもなく、眼鏡は…苦しげに訴えていく。
 その瞬間…彼は…。
 自分の手を必死になって握り締めてくれていた誰かの手の暖かさに…
初めて、気づけたのだった―


 
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プロフィール
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香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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