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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第四十六話 決断』 「佐伯克哉」

 太一の告白を受け入れてから一ヶ月半が過ぎようとしていた。
 あの夕焼けの中で想いを告げた日を境にようやく、克哉は太一の家庭の複雑な事情や
悲劇の発端となった、裏サイトを運営していた理由を聞く事が出来た。
 それは正直、克哉にとって想像もしていなかった内容ばかりで驚いてばかりだった。
 だが自分は、彼の想いを受け入れたのだ。
 だからそういった複雑な背景も含めて、克哉は彼を愛する事にした。

 事情を聞いてからも二人で二週間程、話し合った末にキチンと克哉がキクチ・
マーケティングを退社した後でアメリカに渡って、音楽活動をする事に決めた。
 楽園が崩壊した直後から起こった、身体の麻痺現象は…時々発作のように起こって
時に身体の自由が効かなくなる事があったからだ。
 太一は今すぐにでも一緒に駆け落ちして、海外に渡りたがったけれど克哉のその
身体事情や、迷惑を掛けたキクチ・マーケティングの人達に少しでも迷惑を掛けたくないと
いう意見はお互い一致したのである程度の期間を設ける形に落ち着いていた。

  結局、太一の方は克哉が正式に退社するまでの一ヶ月の間は平日は片桐、本多の
家に
交互に泊まらせて貰い、週末になるとこっそりと克哉の家に来て貰って一緒に
出来るだけ過ごすようにしていた。
 時々、身体の自由が効かなくなる克哉を…太一は良く気遣っていた。
 甘い時間の中に潜む後悔と、苦い想い。
 だがお互いにその負の感情を表に敢えて出さないようにして…初めて恋人らしい時間を
彼らは共に過ごしていた。

 片桐と本多には、自分たちが恋人になったという話と、太一の実家がヤクザである事
だけは
伏せたがそれ以外の、太一は本気で海外で音楽活動に打ち込みたいという夢を
持っていて
克哉はそれを手伝いたいと思うから、退社したいという旨はキチンと
伝えてあった。

 最初は二人共寂しがっていたが克哉の意思が固いと知ると、二人はこちらの気持ちを
汲んで
協力を惜しまないでくれていた。
 自分は本当に、良い仲間に恵まれていたのだと。
 こんな状況に陥って初めて克哉は強く実感し、その有り難味を噛み締めたまま旅立ちの
前日を迎えようとしていた。

 克哉の自室は、すでにここ数日で大きな荷物の殆どは、リサイクルショップや知人に
引き取って貰っていたので今、部屋の中にあるのはベッドとガラステーブル、そして
パソコンと小さな衣類タンスぐらいの物だった。
 残った家具も、数日中に本多が引取りに来て処分してくれる話になっている。
 部屋の片付けも殆ど終わったのでそろそろ、入浴でも済ませて普段着からパジャマに
着替えようとした頃、克哉は溜息を突きながら部屋中を見回していた。
 
(本当に今日で、日本を発つんだな

 そう考えると、寂寥感が心中をゆっくりと満たしていく。
 この一ヶ月太一の手を取った事に迷いがまったく生じなかったと言ったら嘘になる。
 だが過去を振り返っても仕方ない。
 そう考えてもう一人の自分に関しての事は、殆ど考えないようにしていた。
 
多分、今日が最後だ。約束の期日は随分と過ぎてしまったけれど

 そして、彼はタンスの上にあった銀縁眼鏡をゆっくりと手に取っていった。
 これはもう一人の自分の形見のようなものだ。
 かつて、自分の中にはっきりと息づいていた意識を解放するキッカケとなった
不思議なアイテム。
 それを手に取ってそっと呼び掛ける。

遅くなりましたけど、これを貴方にお返しします。其処にいらっしゃるんでしょう?」

 銀縁眼鏡を軽く握り締めながら、語りかける。
 これを自分に手渡した、謎めいた男に向かって

『おやおや私がいる事に気づかれておりましたか。やはり貴方は感覚が鋭敏な
方のようですね

 久しぶりに聞く、歌うように話す男の声。
 
「えぇ貴方は絶対に、今日来ると思いましたから。オレが刺されてしまったから随分と
本来の期日よりも延びてしまったけれど
この眼鏡は貸すだけだ、と最初に言っていました
からね
。だから、一度は回収する為にオレの前に現れると、そんな気はしてたから

『なかなかの洞察力ですね。感服致します。確かにこれは、貴方に差し上げたもの
もう一人の貴方様自身を解放する為に必要な、触媒のような代物です。
 ですがもう一人の貴方は深く眠ってしまわれた。その眼鏡を幾ら掛けようとも
呼び掛けようとも
決して目覚めない深い眠りに。それなら、確かに貴方にとって、すでに
この眼鏡は
必要ないものなのかも知れませんね…』

「えぇオレには必要ないです

 きっぱりと、強い意志を持って言い返す。
 そして彼はこう続けた。

『それはもう一人の<俺>が掛けるべき物ですから

 迷いない口調で克哉がそう言うとMr.Rは面白そうな笑みを浮かべていった。
 その言葉の真意をゆっくりと探っているようだった。

『ほう? その言葉の真意をお聞かせ願っても構いませんでしょうか?』

 怪しい男がクスクスと笑っていく。
 克哉の表情も真摯なものへと変わっていった。
 暫しの睨み合いの末にようやく克哉が告げた言葉は

貴方が、オレの前に現れてくれたら一つ、お願いしたい事がありました。貴方なら、
もう一人の俺に身体を与えられるのでしょう? 二度もそうしてあいつはオレの前に
現れた事がありましたからね。 それが出来るならどうか、<俺>に身体を与えて
やって下さい。このままじゃあいつの方が、余りに割を食い過ぎてしまっていますから

確かに、私には貴方ともう一人の貴方様を同時に存在させる力があります。
ですがそれは一夜で儚く消える夢のようなもの。一晩だけならば私の力だけで十分に
出来ますが、ずっと存在させるとなると、『代価』が必要になります。
 それは魔法と呼ばれる領域の行為となりますが魔法や、魔術というのは必ず、
危険と代償を支払う事によって初めて成り立ちます。
 さて貴方は、私にどんな代償を支払って下さいますか?』

オレの命の半分を。アイツとオレは一つの身体を共有している。それでオレばかりが
好きな人間と一緒になって、幸せになるのなんて不公平すぎるから。
 流石に今のオレには大切な人間がいます。だからこの命を捨ててでも、あいつを存在
させたいとは口が裂けても言えない。
 けれど寿命なら、自分の残された時間の半分くらいまでならあいつの為に差し出しても
構わないとそれくらいの覚悟はあります」

 迷いがない口調で、きっぱりと克哉は言い放つ。
 そんな彼に向かって、愉しげな笑みを浮かべながら悪魔のように甘く、蕩けるような
滑らかな
口調で男は告げる。

『それ程大切な存在なら、逆に手放さない方が宜しいのでは? 確かに、貴方の命の
半分を代価としてあの方に注げば…確かにこの世にずっと存在出来るでしょう。
ですがそれは、貴方の中からあの方がいなくなる事を意味しています。貴方達二人は
いわば天秤のようなもの。片方の受け皿にそれぞれの意思が存在している。その受け皿の
片方と
一生、別離する事になっても構わないと貴方は言われるのですか?』

「はい。オレが太一の手を取ったのは、アイツに背中を押されたからですが同時に、
このままオレの中に<俺>を閉じ込めたままではアイツは不幸にしかならないから。
それに、最後の瞬間アイツの記憶が流れて来て、あの秋紀っていう子の事を
<俺>も憎からず想っていた事を知りました、から
 アイツにも愛してくれる存在がいるのなら、オレは幸せになって欲しい! オレばかりが
幸せで、あいつが不幸にならなきゃいけないなんて御免なんです。
 太一の事は愛している。けれど恋心を捨てたからと言ってもオレはアイツを大切なのは
変わらないんです! だからどうかお願いします!」

 もう一人の自分の事は、あまり深く考え過ぎないようにしていた。
 マトモに考えたら、太一をどこかで恨んでしまいそうだったから。
 けれど同時に、考え続けていた。
 どうやったら皆が幸せになれるだろうか。その道を
 そして、考え抜いた末に克哉が下した結論はもう一人の自分に身体を作って貰って、
生きて貰うという事だった。

 普通だったら荒唐無稽。
 叶えられる筈のない願い。
 だがこの不思議な眼鏡を与えてくれた、謎めいた男なら出来るかも知れない奇跡に、
克哉は掛けてみる事にしたのだ。
 自分がもう一人の自分に恋心を抱くキッカケとなった二つの事件は恐らく、この男が深く
絡んでいる事はもう思い出していたから

『…本当に、ご自分の生きられる寿命の半分を投げ打っても後悔なさらないんですね?』

「はい短くなってしまったのならばそれなら、その時間を精一杯大切に生きる事に
しますから。それにどれだけ長い寿命があったとしてももし、事故に遭ったり災害に
巻き込まれたりすれば一瞬で消えるものです。
 オレは運良く太一の父親に刺されていた時に命拾いしたけれど、本来ならあの時に
死んでいてもおかしくなかったんです。
 それなら、今こうして生きていられる事、それ自体がラッキーなんです。<俺>が
オレに命を与えてくれなかったらこの時間そのものが存在しなかった。
 そう考えれば奇跡みたいなものでしょう? だから良いんです」

 そして、克哉ははっきりと告げた。

「どうかアイツに身体を与えて下さい」

 しっかりと淀み一つない口調で、克哉は告げていった。
 それを聞いて…男は楽しげに笑う。
 とても面白いものを見れた…とでも言うかのように。
 その冷たさを孕んだ…綺麗な笑顔に、克哉は背筋が凍るような想いがした。
 だが一歩も引く気配を見せないようにした。
 ここで…自分が怯んだ様子を見せる訳にはいかない。そんな気がしたから…。

『判りました…あの方が、貴方の中でその魂の傷を癒されたその時…私はもう一度、
貴方の前に現れましょう。佐伯克哉さん…。
 それが数年以内か、五年後か…十年後になるかは私にも判りかねますが…
その時まで貴方の気持ちが変わらないようでしたら…私は、貴方の願いを叶えて…
あの方に…肉体を与えて差し上げましょう…』

「…本当、ですか…?」

 自分自身でも一か八かの頼みごとだっただけに…あっさりと男が承諾してくれた事に
却って拍子抜けしたくらいだった。
 ほっとした顔を浮かべる克哉と対照的に、男はただ…楽しげに怪しく笑い続けていた。
 それを見ているこちらの方が…妙に落ち着かない気分になってしまう。

『…しかし、それまで…良く考えて下さいね。本当に…あの方と永遠に袂を分かつ事に
なっても構わないのか。確かに…貴方が選ばれた方は、あの方を酷く嫌悪したり…複雑な
感情を抱いていらっしゃる。ですが…人の心とは変わるもの。
 年月が過ぎ去れば、貴方の方と上手く行っていれば…その負の感情も変質して…三人で
上手く行くかも知れない未来も生まれ得るかも知れません。
 …五十嵐様が、あの方の存在を受け入れて下さった場合でも…ご自分の寿命を犠牲にして…
あの方との決別を望まれるんですか…?』

 それは、非常に意地が悪い問いかけでもあった。
 克哉がこの決断を下した理由の一つは…太一と眼鏡とのすれ違いがあったからだ。
 複雑な感情を抱いているからこそ…上手くいくのは難しいだろうと思った。
 この決断を下した最大の理由はそこにある。だが…それが解消した場合はどうするのか…?
 男はその問題点を、率直に克哉に投げかけていた。

「それは…! …そうですね、その問いかけは…その時になってみないと判りません。
 確かに…太一が、あいつの存在も受け入れてくれた時には…無理に決別をする必要性は
ないと思います。ですが…それは、あいつが目覚めた時の状況次第で決める事です。
今は判断するべき時ではないと考えます…」

『…それが貴方の問いですか。判りました…。実際にそれを実行に移すかどうかは…
状況次第で…という形で構いません。私も…貴方達二人が、一番良い形になるように…
収まって頂きたいですからね。では…今宵は私もそろそろ失礼致しますよ…。
あぁ…そういえば、実行に移す事になった時には…一つ、貴方から譲り受けておきたい物が
ありましたね。…これを一枚、失敬しますよ』

 そういって…男は貴重品やら何やらが入っていたカバンの方に近づいていくと…銀行の
カードや身分証明書が纏められている束の中から…一枚のカードを取り出していった。

『…これは貴方には、実質…無くても大丈夫な物でしょうから…構いませんでしょう?
外国で入用になった時はまた新しく取り直せば済むものでしょうからね…』

「えぇ、それがあいつと身体に分けた時に必要となるのなら…持って行っても構いません。
どうせ今のオレには…意味の無い代物ですからね…」

 『…快く協力して下さってありがとうございます。おかげで私の方もその方が作業が楽に
なってやりやすくなりますからね…。それでは…そろそろ、ごきげんよう佐伯克哉さん。
貴方のこれから歩む道筋に幸があらん事を…願っていますよ…』

 そう告げて…一枚のカードを手に持ちながら…男の姿はあっという間に夜の闇に紛れていく。
 克哉はMr.Rを見送ると同時に…フっと気が抜けてその場に崩れ落ちていった。
 膝が笑っている。
 何度も男に問い返された時に…自分でもこれで良いのか、迷っていた部分があったから…
身体にそれが思いっきり現れたのである。

「…本当に、それで…構わないんですか…か…」

 迷っていない、と言ったら嘘になる。
 実際に…心の中に存在していた『楽園』を失い…もう一人の自分の気配をどこにも
感じられないだけで…こんな麻痺状態が起こってしまっているくらいなのだ。
 それでも…それが寂しいとか、辛いと思っても…克哉は、彼に幸せになって欲しいと…
強く願ったのだ。

 もう一人の自分は…太一と、自分が幸せになる事を祈って…己が身を奈落に落とした。
 だから…今度は、自分が代価を払う番だと…素直に思ったのだ。
 自分だけが幸せになるなんて…耐え切れない事だから。
 二人共幸せにならなきゃ、嘘だ…と。そう感じたから克哉は決断したのだ。
 それが…永遠に、一つには戻れなくなる事だと…理解した上で。

(…離れる、のは…怖いよ。けれど…アイツにだって…想ってくれる人がいるのなら…。
これが…最良、だと…思ったんだ。オレには…もう、太一がいるんだから…)

 あの夕焼けの瞬間、自分は眼鏡に関しての恋心は捨てる事を決意した。
 恋心とは…いわば、執着心だ。
 相手の心を手に入れて、もっと近づきたいと願う純粋な欲望。希求する感情。
 だが…克哉はその感情を捨てた。
 代わりに…手放すことになっても、離れても…彼が自由に生きてくれる事を。
 眼鏡を心から愛してくれる存在と寄り添える可能性がある道を…選んだのだ。
 胸を引き絞られそうになっても…。

―どうか、幸せになって下さい。自由に生きて下さい

 願うのはただ…これだけ。
 今の状態のままでは…自分が生きている限り、もう一人の自分を閉じ込めて…
我慢をさせているようなものだから。
 アイツが自分の中から…いなくなると思うとぽっかりと空虚な気持ちになりそうだけれど…
克哉は辛くても、彼を解き放つ道を選択した。
 
 彼の感情は、あの瞬間に大量に流れ込んで知っていたから。
 どれだけ自分や太一への複雑な想いで苦悩し、罪悪感を抱き続けていたのか…すでに
判っているから。
 もう苦しまないで欲しいのだ。自分たちから離れて…彼を解き放ち。
 そして…罪の意識で心を切り裂かれているような彼ではなく…自分が良く知っている
自信満々に、傲慢に微笑む彼に戻って欲しいと…そう願ったから。

「目覚めた時に…オレや、太一に囚われないで…欲しい、からな…」

 だから決めた。
 この結末を。
 そして…克哉は月を仰ぐ。
 日本を発つ前日…彼が最後に見た月夜はとても綺麗だった。
 それに心を洗われるような想いを抱きながら…克哉は一滴の涙を頬に伝らせていく。

 ―愛しているよ…<俺>

 恋心は捨てたとしても、自分の中には…その気持ちだけは今も強く残っている。
 その気持ちだけは…決して、誰にも消せない。
 …自分を犠牲にしてでも、こちらの幸せを願ってくれた奈落に落ちる事を選択した…
彼の姿を、自分は一生…忘れる事など出来ないのだから。

 だから…この命の半分を、お前に。
 オレは残された命で、その人生を全うするから。
 強く強く…克哉は願う。

 いつか彼が目覚めたその時…その傍らに、彼を本当に強く思って大事にしてくれる
存在が寄り添ってくれている事を―

 
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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