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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 『第四十七話 陰日向に咲く花のように』 「Mr.R」
あれから、三年が経過しました。
 いやいや感服致しました。
 人の心は移ろいやすいというのが私が長らく人を観察していて、達した結論
なのですが実にあのお二人方は心からあの人を求めていたらしい。
 だからその心に免じて私は、傍観者の立場ではなく魔法や奇跡と呼ばれる
類の事を一つだけ起こして差し上げる事にしました。
 私にとってもそのままもう一人のご自分の影にあの人が隠れて、自分を押し殺して
生きていくのなど退屈ですからね。

 だから、一度だけ貴方達が紡いだ悲劇の物語。その観客席から手を差し伸べて
あげましょう。
 幸福とは儚いもの全力でその手に掴み取らなければ、スルリと零れ落ちてしまう
泡のような代物。
 その僥倖を一生のものにするか、またもや悲劇を招いて破壊してしまうかは
貴方達の心がけ次第なのですから

                            *

 目を開けると、視界には鮮やかなまでの赤ばかりが飛び込んできた。
 独特のエキゾチックな香りと雰囲気。
 怪しいBGMが流れる室内其処に設置されている豪奢な真紅のソファの上に
眼鏡は横たわっていた。

(ここは一体、どこだ?)

 しかもしっかりと、肉体を伴っている感覚があった。
 どうしてだろうか? 自分はすでに、その所有権をもう一人の自分に譲渡して
深い眠りに就いた筈だ。
 だがしっかりと身体が動いているのに、もう一人の<オレ>の気配らしきものは
感じられなかった。

(アイツはどこに、いったんだ?)

 真っ先に心配したのは、それだった。
 何故自分はこんな処にいるのだろうか?
 それを疑問に思った次の瞬間誰かに、抱きつかれていた。

「克哉さんっ!」

 最初は、誰なのだろうかと一瞬、感じた。
 自分にしがみ付いてくる人物の身体はしなやかで記憶に残っている誰の
身体情報と一致しない。
 だがこちらの顔を覗き込んでくるその表情に面影は確かに残っていた。
 自分の覚えている容姿よりもずっと成長していて四肢も随分と延びている。
 幼さが完全になりを潜めて随分と大人びた顔つきになっていた。

まさか、秋紀か?」

うん、そうだよ。僕だよ克哉、さん

 秋紀は隠す事なく、ポロポロと大粒の涙を浮かべながら上半身だけ
赤いソファの上で起こしている克哉の上に覆い被さって抱きついていた。
 その温もりは長らく眠りについていた克哉には温かく、心地よく感じられて
状況の判断が出来ないまでも暫し、その感覚に身を委ねていく。

お久しぶりですね。目覚めの気分は如何でしょうか?』

 久しぶりに聞く、歌うような艶めいた口調。
 そちらに視線を向けると其処にはやはり、Mr.Rが立っていた。
 三年という月日で随分と成長していた秋紀と対照的にこの男の方は記憶に
残っている姿と何一つ変わった処がない。
 まるで年月などの影響など何も関係ないとでも言わんばかりだ。

悪くは無い。だが一体、ここはどこだ?」

何度か貴方様は立ち寄っていらっしゃるでしょう。ここは私が運営している
クラブRですよ。幾らなんでも貴方様をそこら辺の道端で目覚めさせる訳には
参りませんから一応、寝床ぐらいは用意しておきましたけどね

それは判った。だがどうして、ここに秋紀がいるんだ?」

『今夜に限り私がお招き致しました。貴方を呼び起こすには傍に、今も
強く想っている存在がいた方が形と成りやすいですからね

 そして、男はニコリと胡散臭く、綺麗に笑んでみせる。

『秋紀様は三年という年月が過ぎたにも関わらず、貴方への想いを一点も
曇らせずに貫き続けました。移ろいやすく、壊れやすいのが人の心の常ならぬ
事なのにそれでも、もう一人の貴方とこの秋紀様は貴方を強く想い続けて
その意思を貫かれました。
 ですからその心に免じて、貴方様にこうして、身体を差し上げた訳です。
 その身体はもう一人の貴方と、秋紀様のある程度の年月の寿命を
代価として作り上げられています。本当に、貴方は愛されているんですね
流石、と言った処でしょうか

「寿命、だと? あいつも秋紀も、俺の為に命を投げ打ったと言うのか?」

「うんだって、僕にとっては幾ら長生きしても克哉さんに再会出来ないまま
よりも少しぐらい寿命が無くなってしまっても貴方と会える方がずっと
良かったから。だからその、克哉さん気にしないで?」

『はい本来なら、もう一人の貴方から半分程、寿命を頂いてそれを代価に
肉体を紡ぎ上げる予定でしたけどね。同じ想いの秋紀様がこうしていらっしゃった
訳ですから、大体お二人とも本来生きれる時間の三分の一程度の犠牲で
済んでいらっしゃいます。
 人の本来の寿命が最大で百年から120年と換算すれば三分の一程度なら
削れてしまっても、十分な時間生きれるでしょう。
 後は喫煙とか飲酒とか、身体に悪い習慣を止められさえすれば天寿は
全う出来ますよ』

「無理だな。タバコも酒も止めるつもりはない。俺にとってあれは、人生の
貴重な楽しみだからな

 眼鏡が即答すると同時に秋紀は思いっきり彼に食って掛かった。

もう! 克哉さん。そういうの止めてとは言わないけど程々にはして
おいてよねっ! せっかくこうして、克哉さんいられるようになった訳だし

「あぁ身を持ち崩すほど、酒やタバコに依存するつもりはない。あくまであれは
楽しみの一環だ。だから拗ねるな

 そうして、しがみ付いてくる秋紀の背中をそっと撫ぜてあやしていってやる。
 まるで甘えん坊の猫の背を撫ぜてやっているような光景だった。
 謎めいた男はそんな二人の様子を微笑ましげに眺めていたが、ふいに
間合いを詰めて眼鏡の近くへと歩み寄っていく。
 そして、囁きを落としていった。

『斯して貴方はこうして解き放たれました。これからの人生は
もう一人の貴方や、五十嵐様の事に囚われずにご自分の心のままに
生きても何の問題もありません。こうして佐伯様から、その心はすでに
三年前から頂いておりましたけれどね。
 これさえあれば、貴方は問題なく市民権や色々な手続きに必要な身分は
証明出来ると思います。さあどうぞ

 そうしてMrが手渡したのは<オレ>の写真がついた免許証と
銀行のカードだった。
 電車をメインに生きていた奴だったので車は殆ど乗らずに実質ペーパー
ドライバーだったのだが身分を証明する上ではこの国ではもっとも重要な
ものだった。
 
これ、は?」

「佐伯様が貴方の為に残された身分証明書と、幾許かのお金ですよ。
免許証の方は私が更新しておきましたから、今でも問題なく使えます。
それさえあれば貴方様なら、ご自分の力で後は生きていかれるでしょう
もう一人の貴方の心が篭った品を確かに、お渡し致しましたよ

 そうして眼鏡は、呆然となりながらそれを見遣っていく。
 こうして蘇った自分宛に残された免許証と銀行のカードは克哉の気持ちが
確かに強く宿っていた。
 それを手のひらに収めながらつい生じてしまった素朴な疑問を投げかけていく。

これは確かに在り難く受け取らせて貰うがどうやって、免許の更新を
お前がやったのか非常に気に掛かるんだが

「さあ? どうでしょうね。それは企業秘密とさせて頂きましょう」

 ニッコリと楽しげに微笑みながらMr.Rは言い切った。
 トコトンまで謎が多すぎる男であった。

『…それよりも、佐伯様。お伝えしておきたい事がありますから…お耳を貸して
頂けますか? あぁ…須原様は少々、離れていて貰えますか? えぇ…そんな顔を
なさらなくても、すぐに済みますよ。これだけお伝えしたら…二人きりにして差し上げます…』

 そういって、不満そうな顔を浮かべている秋紀を尻目に…男は眼鏡の傍らに立ち…
そっと甘く歌を口ずさむかのような口調で囁きを落としていく。

『―佐伯様。今の貴方は…人の想いを持って生きている実に不安定な状態です。
貴方様が須原様を裏切って…他の方を選ばれるなら、須原様が差し出した代価は
速やかに持ち主の下に戻り…その分、貴方が生きれる時間は減るでしょう。
 それを拒みたいのなら…須原様自身をこれで…殺めなさい。
 その代わり発覚すれば…貴方の人生は殺人者として終わりますけどね。
 …貴方を現実に具現化させるくらいの強い想いも…貴方が受け入れようとなさらな
ければ…ただの重荷にしかならないでしょう? 
 ですから…これは、須原様からも離れて…自由になりたい場合の最後の選択肢と
なりますけどね…』

 そして男は一本の銀色に輝く小さな折り畳みナイフをそっと…眼鏡のスーツの
内ポケットへと収めていく。
 ヒヤリとした冷たい感触に…ゾっと背筋が凍る思いがした。
 それは…ようやく訪れたハッピーエンドに、大きな黒い影を落としかねない…悲劇に
導く悪魔の囁きのような…恐ろしい言葉だった。
 だが…それを口にした直後の男は相変わらずいつものように飄々と…かつ、悠然と
微笑を浮かべ…僅かな動揺の色さえも見せようとしない。

「…俺がそんな馬鹿な真似をするとでも…思っているのか?」

 この身体を得られて、こうして存在出来る事…それ自体が大きな僥倖だと思っている。
 その恩を忘れて…相手の想いを邪魔に感じて、殺めるなど…それこそ犬畜生にも
劣る振る舞いそのものだろう。
 その言葉を聴いて…眼鏡は強い不快感と憤りを表に表していく。
 それを実に楽しそうに…怪しい男は見つめていった。

『あぁ…やはり貴方様は、怒った顔さえも…随分と魅力的ですよ。それでは…私が
伝えたい事は大体、言い終えましたのでそろそろ退散致しますね…。
 それでは、再会したばかりの甘い時間帯を…どうかお楽しみ下さいませ…』

 そう告げると…その場には眼鏡と秋紀だけが残されていった。
 目が痛くなるような赤で覆われた室内。
 其処のソファの上に…二人は腰を掛けて、そっと見詰め合う。
 
「克哉さん…」

 心から、愛しいという気持ちを込めて…秋紀は眼鏡の頬を優しく撫ぜていく。
 その表情には…一片の曇りもない。
 労わるような、慈しむような優しい手つきに…眼鏡は、そっと身を委ねていった。

「…どうして、お前は…待っていたんだ。あれから…どれくらいの月日が流れた…?」

 目覚めたばかりの眼鏡には、どれくらいの時間が過ぎたのか把握出来ていない。
 自分が負った、あれだけ深かった魂への傷も…癒えるくらい、となったら…2~3年は
最低すぎているだろう。
 秋紀の容姿がウンと大人びてしまっているのも、その推測の大きな裏づけとなっていた。
 あの子供そのものだった少年が…立派な青年へと変化するくらいの、長い時間。
 たった一夜…気まぐれに抱いただけの相手だった。
 それが…これだけ長い時間、自分を想い続けるなんて…予想もして、いなかった―

「貴方と最後に会ってからは…もう三年以上、かな…。僕自身も…凄い馬鹿だなって
思ったけどね。想い続けても…貴方に会える保証なんてないし、何度も諦めようかと
考えた事はあるよ。けれど…どんな形でも結局、貴方とケジメつけない限りは…僕は
この気持ちを捨てる事なんて…出来なかった、から。そうしたら…こんなに過ぎちゃって
いたけどね…けど、やっと…こうして会えたから…」

 瞳を潤ませながら、今は青年となった相手が微笑む。
 その感情は…嘘偽りなく、眼鏡に会えて嬉しいと伝えてくれている。
 言葉よりも何よりも雄弁に…こちらを必要とし、求めていてくれた気持ちが感じられる。
 それで思い出す。…自分はこんな、ささやかな物を欲していたのだという事実を。

(そうか…俺は結局…)

 あの病室で、必死になって縋るように…少年だった頃の秋紀に口付けた日の記憶が
蘇っていく。
 俺は…必要とされたかった。愛されたかった。
 他ならぬ、<オレ>に…そして、太一に。
 けれど…自分が浅慮で犯した罪によって…太一から、こんな風に微笑まれたり気持ちを
伝えられる事は決して、なかった。
 だからそんなものは欲しくない。そんな態度を貫いていたけれど…。
 こうして向けられて初めて判った。自分の心がどれだけ…こういう温かなものに飢えて
いたのか。欲していたのかも…。

「…お前は、馬鹿…だな…」

 呆れたように、感心したように…いや、両方が入り混じった笑顔を向けながら…己を
想い続けてくれた青年の身体をそっと引き寄せていく。

 
  ―あの奈落に落ちた瞬間、もう二度と帰って来れないという恐怖も抱いていた。
 戻って来ても…誰にも必要とされないのだろうか。
 そう不安を当時は覚えていた。
 だからこそ…こうして向けられる感情は酷く心地よくて…嬉しくて。
 ごく自然に…眼鏡の胸の中に染み渡り、じんわりと…暖かなものが浮かび
上がってくる。

「ん…そうだね。僕は…馬鹿だよ。たった一度…僕を抱いた、初恋の人を…
ずっと忘れられなかったんだから…」

 あっさりと認めながら、秋紀はそっと唇を寄せる。
 克哉の髪を穏やかに梳いていきながら…頬に口付けて、嬉しそうに微笑んだ。
 それは…三年前当時には気づこうとしなかった、強い想い。
 あの時は自分の胸の痛みしか…感じられなかった。
 罪悪感と後悔と…苦い想いばかりが心を満たしていた時は…ここまで深く
相手の想いが沁み込んでくる事は無かった。

 それは目立たない陰日向にそっと咲くような密やかな想い。
 克哉自身も…当時はここまで強く、この青年が想ってくれていた事実に
気づいていなかった。
 自分を縛っていた全ての戒めから解放されて…自由になれたこの時だからこそ、
初めて感謝をする事が出来た。

「…だが、そうしてお前が…待ち続けてくれたからこそ、俺は戻って来れた。
感謝する…」

 以前の自分だったら、こんなに素直に相手に礼を告げたりはしなかっただろう。
 だが…今、こうして微笑んでくれる秋紀を前にだったら…照れくさくて絶対に
軽々しく言えそうにない言葉すら、言えてしまえるのが不思議だった。

 そう…好意の笑顔は…時に頑なな相手の態度と心をも解していく。
 まるで童話の中の…北風と太陽の、太陽のように。
 人の心を暖めるような…純粋な好意と、想いを向ければ…自然と心は通い、
暖かなものが生まれるものなのだ―

 そして…眼鏡は、青年を抱き寄せて…優しい声音で告げた。

『ありがとう―』

 たった一言の、短い言葉。
 けれど…そう言って貰えた瞬間…秋紀は嬉しくて嬉しくて…この瞬間に死んでも構わないと
想う程、喜びが胸を満ちていくのを感じていった。
 幸せすぎて、泣けるなんて…今まで知らなかった。
 ここまで…強い幸福感を覚えたことなど、決してなかったから―

「克哉さん…」

 ぎゅうっと強く抱きついていきながら…秋紀はその歓喜をしっかりと噛み締めていく。
 想い続けて良かった。
 この人にもう一度会えて良かった。
 こうして…自分の想いを邪魔に思わずに、受け入れて貰えて良かったと…。
 色んな想いが、己の中で交差して…溢れんばかりの熱い雫が目元からポロポロと
零れ落ちていく。

『大好き、だよ…』

 それは…今、抱きついている克哉を肯定し、必要としている気持ちを伝える…
真っ直ぐな一言。
 眼鏡は…その言葉を聞いて、自信満々の表情を浮かべていき…そして、そっと
唇を重ねていく。

 その想いは誰に知られる事なくても、秘めやかに…彼の胸の咲き続けていた。
 そしてようやく実りの日を迎えて…満開になっていく。
 大好きな人とようやく…再会出来た幸せを感謝しながら…。
 秋紀は、その幸福に…静かに身を委ねていったのだった―

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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