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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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  ―例の駅の構内で御堂から声を掛けられた日、佐伯克哉は
悪夢にうなされていた。

―どうせお前みたいな奴には判らないんだっ! 絶対に一生…
わかりっこない!

 友人がそう訴えながら泣いている。
 こちらを嘲っている筈なのに、苦しそうで悲しそうで。
 嫉妬と言う感情に負けて、こちらを影で裏切るような行為をした事で
こちらに意趣返しをした筈なのに、その涙だけが彼の本心を
示しているような気がした。

―泣くなよ

 心のどこかで、そう思った。
 そこまで知らない内に親友を追い詰めてしまっていたなんて
まったく気づいていなくて。
 そんなに苦しませてしまったのが…自分の存在である事を
最初は認めたくなんて、なかった。

―俺がどんなにがんばっても出来ないことを、お前はいとも
簡単にやりやがって…!

 吐き捨てるように、そんな言葉を放った親友。
 その裏切りを知った時、自分の中には強い憎しみの感情が
吹き荒れて、悲しくて痛くて仕方なかった。
 いっそ、同じ報復をしてやろうとも思った。
 痛めつけてやりたい。傷つけて…この胸の痛みと同じ感情を
あいつに、叩きつけてボロボロにしてやりたい!
 
―大好きな親友と思っていたからこそ、その反動も大きかった。

 殺してやる、一瞬そんな恐ろしい考えまで…過ぎったくらいだ。
 けれど、その裏切りを知ったからと言って自分達の過ごした時間の
全てが消えてなくなった訳じゃない。
 小学校の高学年になってから、自分をいじめたクラスメイト。
 その出来事の、裏の糸を引いていたのがあいつであったからと言って
それ以前の思い出や時間までが嘘だった訳じゃないのだ。

―どうして、俺が俺のままでいて…いけないんだよっ!

 それは悲痛な叫び。
 どんな事も、誰よりも簡単にこなせてしまうのは…色んな物事の
流れや要点を、彼に見る力が生まれつき備わっているせいだ。
 簡単に読めない凡庸な友人達を羊に例えるなら、彼はその中に
紛れ込んでしまった毛色の変わった狼のようなものだろう。
 羊は、風の動きも…微かな葉擦れも、獲物の息遣いも読めない。
 けれど狼はそれが獲物を狩るのに必要だから…生まれつき、本能で
備わっている。

 生まれつき備わっている素質の違い。
 それを責められても、どうしろというのだ。
 自分は自分のままでいてはいけないのか!
 出来るからと言って、それで妬まれて…何故このような仕打ちを受け
続けなければならなかったのか!
 そう、言いたくて堪らないのに…夢の中の親友の幻影は、ただ…
泣き続けるばかり。

―お前のことを好きだからこそ、憎かったんだ…

 最後の涙は、そう訴えているようにも感じられた。
 それは…気のせいだったかも知れない。
 自分の都合の良い解釈に過ぎないかも知れなかった。
 けれど、あの涙が克哉から…親友に対する、報復の感情を
奪っていった。

―俺の存在が、其処までお前を追い詰めるなら…

 そんな心が生まれた時、何かがパキン…と割れた音がした。
 それは自分の心の中で生まれた音。
 …その中から、もう一つの心が生まれていく。

―…誰も傷つけないように、俺は…

 羊の中に狼が一人。
 それがそんなに羊を脅かすというのなら…。
 狼は、羊の皮を被って生きる方が良い。
 自分が持っている狩りの才能も、風や吐息を読み取る力も…この鋭い牙も。
 全てを封じて、狼である事を捻じ曲げる。
 それ以外に…方法はないというのだろうか?

―オレを使えば良い

 それは、その日に生まれたもう一つの仮面(ペルソナ)
 凡庸で弱くて、自信が持てないどうしようもない弱い『オレ』
 けれど…その仮面を被ることで、この痛みと苦しみから逃れられると
いうのなら…。
 だから、自分は…!

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

 夢の中で、過去のトラウマそのものに襲い掛かられて、眼鏡はともかく
苦しげに吼えていった。
 自室のベッドで本気で苦しげにのたうちまわり、胸を掻き毟るようにして…
ただその苦痛の記憶に耐えていく。

「御堂…御堂っ…!」

 知らない間に、今…もっとも想う人間の名を口にしていた。
 はぁ、はぁ…と苦しげに荒い呼吸を繰り返しながら…男の意識は微かに
覚醒していった。

「…俺、は…」

 あんたを、傷つけた。
 眼鏡を掛けて覚醒した俺は、まさに狼そのものみたいなものだった。
 欲望のままにあんたを犯して、追い詰めて…持っているものを全て奪って。
 監禁して陵辱して、あんたを壊す寸前まで追い詰めた。
 
―けれど彼は気づいてしまった。

 人を初めて愛したからこそ、自分が持っている牙を恐れてしまった。
 これ以上あの人を傷つけないように。
 追い詰めないように。
 そう願って…一度は手放した筈だったのに。

―こんなにも激しく、御堂孝典という存在を求めて吹き荒れる凶暴な心がある

 あの存在を喰らい尽くしたいと願うほど、強烈な欲望。
 それは…今の克哉にとっては恐怖を覚える程のものだった。

「あんたを…二度と、傷つけたくなんて…ない、のにっ…!」

 その声はあまりに悲痛だった。
 あの人の人生に二度と関わりを持つまい! と誓った筈だった。
 偶然に御堂を見かけたあの駅の構内。
 あそこで…彼に気づかれずに、遠くで顔を見れていればそれで良いと
思っていた筈、なのに…。
 顔を見て、声を聞いてしまったらその想いは溢れて止まらなくなって…
猛烈な勢いで彼の心を苛み始めていく。

―あんたが、欲しい!

 その欲望が止まらない。
 けれど、この感情のままに彼を貪ったら…きっと同じ事態が起こってしまう。
 それが…怖くて、怖くて…その感情が、彼の長らく閉ざしていた過去の記憶の
扉を抉じ開けて、耐えようもない苦しみを齎してしまっていた。

 暗い部屋の中。
 窓の外には透明で白い月が静かに浮かんでいる。
 月には人の心を狂わす魔力と、本心を映し出す力があるという。
 ふと夜空を見上げると…最後の、力ない御堂の表情が浮かんでいく。

―二度とあいつを、あんな姿にしたくない。

 焦がれて、生まれて初めて誰かをあんなに強い気持ちで欲しいと望んだ。
 守りたい、傷つけたくない。
 そんな殊勝な感情を…自分が、抱くなんて信じられなかった。
 けれど、それが事実だったのだ。

 獣は愛を知ってしまった。
 愛というのは人を強くする一面もある。
 だが…それは信頼、という絆で相手と結ばれている場合だけだ。
 疚しいことをした場合、愛は人に強烈な罪悪の意識を植え付けてしまう…
辛い一面も持っている。
 御堂孝典という存在に対しては、佐伯克哉は…強烈な罪の意識を
抱いてしまっている。
 それが遠くから見ている内に、思い出してしまったのだ。

―もし直接、もっと早く言葉を交わしあい…お互いに両思いである事を
確認しあっていたのなら

 彼は罪の意識に呑まれることなく、それを強さに変えて…この世の中を
変えるぐらいの力を示すことが出来ただろう。
 だが彼はまだ、御堂と話せていなかった。
 その相手が自分と同じ気持ちを抱いている事すら未だ知らずに…
ただ、苦しみうなされながら、耐え難い夜を過ごしていく。

―そんな彼が、ほんの一時でもその苦痛を紛らわす為に…
誤った道を進み始めてしまうのを誰が責められようか

 その間違いもまた…彼が人を愛してしまったが故に起きてしまった
悲劇から発生しているのだから。

―そして眠れぬ夜を過ごした佐伯克哉は、翌日…ある歓楽街へと
狩りへと出かけていく。

 それが間違いだと判っていても。
 …己の欲望が膨れ上がって、あの人を傷つけるよりはマシだと思った。
 この牙がもう一度、愛しいものを傷つけるぐらいなら…他の羊を犠牲にしてでも
その存在を守る方が良いと思った。
 そして一週間もしない内に…夜の街で、克哉の存在は脚光を浴びる
ものとなる。
 全ては…思いの寄らない方向へと突き進んでいこうとしていた―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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