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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 …一方その頃、眼鏡を掛けた佐伯克哉が夜の街に出歩いていた頃…
彼の内面ではもう一人の彼が、封じられた記憶を思い出して静かに
胎動を繰り返していた。

―其処は深い意識の深遠と呼ばれる場所。

 眼鏡を掛けて、本来の佐伯克哉が目覚めて完全に覚醒した日を境に…
彼の方の心は、ただ眠るだけの存在へと成り果てていた。
 そして今では遠くなってしまった記憶を、繰り返し繰り返し夢に見る事に
よって…過去を一つずつ、思い出していたのだ。
 そして今もまた、彼は一つの夢を通して…記憶を取り戻している
最中だった。

 ―それは佐伯克哉が小学校を卒業して二週間程、経過した日の事だった。

 自分の部屋の中で真新しい中学の制服を着て克哉は鏡の前に立っていた。
 成長期である事を考慮されて、現在の彼のサイズよりも若干大きめに
作成された制服はまだブカブカだったけれど…こうして身に纏うと、
輝かしい気分になっていった。

「…明後日には入学式か…」

 彼は少しワクワクした気分になりながら、呟いていった。
 新しい環境に行ける。
 今までと違う場所に身を置くことになる。
 どうして、ここまで心が弾むのか不思議な気持ちだったけれどそれが
少年の率直な気持ちだった。

「これから行く学校って…どんな場所なんだろう。そこで…オレは上手く
やっていけるかな…」

 それまでを生きて来た自分と、今の自分の心が違う存在である事。
 現在の佐伯克哉にはまだ、その事実を辛うじて認識はしていた。
 けれど…自分と切り替わる以前の記憶は、まるで深い霧に阻まれてしまって
いるかのように…全てが遠く感じられて。
 変な言い方をすれば、自分のものではない他人のもののようにさえ…
感じられてしまっていた。
 
 人格の交替劇は緩やかに、密やかに…小学校の卒業式から、中学の
入学式までの春休みの期間に行われていた。
 新しい環境の節目。
 終焉と始まりが交差する季節。
 それ以外の時期に、傲慢で何もかも出来た少年が…自信がなく、気弱で
他者を傷つける事を躊躇うような性格に切り替わった事を、彼の両親がごく自然に
受け入れられる時期はなかった。

―それに、実際は彼の親から見たら…息子は、クラスの中で孤立した辺りから
それ以前とは徐々に変質し始めていたのだから。

 人は変わる。特に少年期、思春期といった多感な時期では…大きな影響を受けた事や
衝撃的な体験をする事で暫し劇的な変化を遂げることがある。
 卒業式の日からぼんやりとして、夢見心地なトロンとした眼差しを浮かべていた
頃に比べれば…新しい環境に胸を躍らせて、瞳を輝かせている息子の方が余程、
家族には正常に見えただろう。
 だから、この頃には…それまでの性格と大きく異なってしまっても、両親はその
変化を、彼の心境が自然と変わったのだろうと納得するようになっていた。

―まさか、その人格が根本から変わってしまった事など思いも寄らずに…

 鏡の中で、彼は色んな表情を浮かべていた。
 下ろしたての服に身を包んでいるのが非常にくすぐったくて、悪くない気分
だったからだ。
 謎の男が渡した眼鏡を掛けたことによって、今まで心の世界で密かに生きていた
彼はこの世の中に肉体を伴って生きるようになった。
 内側の世界から、ガラス越しに覗いていた世界。
 その風も、存在感も感じる事が出来なかったのに…ある日、その世界に身を置く
ことになって…彼は毎日が新鮮で、キラキラ輝いているように感じられた。

 知らない間に押されたリセットボタン。
 卒業の日を境に、彼らは静かに切り替わったのだ。
 心の奥で生きる役割を与えられていた存在が、表に出て。
 外に出て万能を演じる役割を果たしている存在が、眠りについた。
 だから…今の克哉は、世界の全てが眩くすら感じられたのだ。
 遠くに見えていた世界を間近に感じられて、接することが出来て。
 薄い膜に阻まれてはっきりと見る事が出来なかった色彩と光が、洪水のように
鮮烈に彼の網膜に襲いかかってくるかのように。

―世界の全てが新鮮に感じられていた。

「今度は誰も傷つけないで…生きれたら、良いな…」

 それが、彼の望みだった。
 自分がこうやって表に出ることになった事件。
 まだこの時点では、彼の中にもその記憶はキチンと存在していたから。
 それが『彼』…自分という心を生み出した創造主とも言える少年が何よりも
望んだ願いだったから。
 そっと胸を押さえながら、囁いていく。

―其れが君の願いなら叶えるから…どうか安らかに眠っていて良いよ…

 鏡を覗きながら、もう一人の…今は深い眠りに就いている心に向かって
問いかけていく。
 あの一件で、彼は傷ついてしまったから。
 自分は、彼の存在を慰める為に生み出された心だから。
 その役割を…キチンと、果たそうと…そう誓った。

 ―そう望んだ瞬間、左右の瞳の色合いが変わった。

 右目は自分。
 左目は…もう一人の自分の心を映し出していた。

 彼を労わり柔らかい脆弱な光を放っている己の瞳と。
 深く傷ついて、悲しそうな瞳を浮かべているもう一人の自分の瞳。

『泣かなくて良いよ…』

 小さな子供をあやすように、克哉はもう一人の自分に問いかける。
 泣いているのなら、どうか眠っていて。
 オレはその間、代わりに生きて君を守る盾になるから…。
 その想いをそっと伝えていくと…スウっと左目の色合いが変わって
本来の自分の目へと戻っていった。

 ―克哉~そろそろ昼ごはんよ!

 この部屋から離れた位置にある台所の方から、自分の母の声が聞こえて
ハっとなった。
 そしてすぐに気持ちを切り替えて返事していく。

「うん! 判った…今すぐ行くよ!」

 そう応えて、まだ下ろしたばかりの制服を食べ零しとかで汚してはならないと
ハっと気づいて慌てて脱ぎ始めて…そこら辺に置いてあったTシャツとジーンズに
着替え始めていった。
 そして部屋を出る寸前、ふと振り返り…大きな姿見用の鏡を覗き込んでいく。

―其処には一瞬だけ、安らかな表情を浮かべて眠っているもう一人の自分の
幻影が映し出されていった

『君はここで眠っていて良いよ…』

 もう一度、祈るように呟いていった。
 傷ついたのなら、その傷が癒えるまでの間…その場所で眠り続けて良いから。
 君はオレを、その為に必要に思って生み出したのだから…その役割を
果たし終えるその日まで、君の代わりにこの世界を行き続けよう。

『オレが、君が目覚めるその日まで代わりに生きるから…』

 そして君が目覚めて、再びこの世界で生き始めるその日まで。
 自分は彼の望みを果たし、目立たないように…誰も傷つけないように
生きて、目覚めの日を待つだろう。

 ―それは13年後の例の眼鏡を渡される前の佐伯克哉が忘れていた
少年の日の記憶

 初めから、弱く心優しい彼は…傷ついてしまった少年の傷が癒える日を
迎えるまで、彼の代わりに生きる役割を背負って生み出された。
 そして…眼鏡を掛けて、本来表を生きる役割を背負った人格が目覚め、
彼が本来いる場所に帰った時、ようやく彼は思い出したのだ。

―この日の約束と誓いを…

 その記憶が深い意識の深遠にいる状態で喚起された時、静かに…
25歳の秋まで生きて来た佐伯克哉の意識は決意していく。

―自分の役割が、彼の心を守る為に生まれたものというのなら…
その役割を果たそうと

 そして、彼は…眼鏡を掛けた彼に一つの役割を新たに申し付けられていく。
 …最初は躊躇った。
 だが、結局…彼は受ける事にした。
 迷いはあった。恐らく、御堂を傷つけてしまうだろう…という危惧もあった。
 しかし…彼は、必死になって訴えたのだ。

―御堂を二度と傷つけたくないと

 だから、彼は受け入れていく。
 それが…あまりに切なく悲しい申し出でも。
 彼の望みなら、引き受けるしか自分には出来ないのだと…。

―そして、彼は蠢動を繰り返していく

 目覚めを迎えるその日まで…静かに、密やかに。
 その肉体の檻の中で、息を潜めながら―

 
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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