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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 佐伯克哉が、夜の街を彷徨うようになってからすでに一ヶ月が
経過していた。
 一定の睡眠時間を確保するようには心がけていたが、それ以前の
生活に比べて睡眠時間が常に1~2時間足りない生活を続けていれば
身体に負担が来てもおかしくはなかった。
 MGNの企画部長室。
 かつて御堂が在籍していた頃は、彼が使っていた部屋で…克哉は
一年近く仕事を続けている。
 正式にキクチからMGNに移籍した時期から、藤田と言う青年が
補佐役につけられていた。
 藤田は裏表が無く、良く言えば誠実な人柄…悪く言えば人の裏を読んだり
策を巡らすのが苦手そうな性格の持ち主だった。

 その日の克哉は顔色がどこか悪く、血の気が失せていた。
 青白い顔をしながら険しい表情で仕事をこなしている姿はどこか
鬼気迫るものがあった。
 
「…あの、佐伯部長。体調が優れないようなら…早退なさった方が
良いのでは…ないでしょうか?」

 部下の藤田が恐る恐る、こちらの顔色を伺うようにこちらに声を
掛けてくる。
 それに対して、冷たく一瞥を返しながらきっぱりと告げた。

「…問題はない。軽い頭痛がしているだけだ…」

「それなら…」

「すでに新しいプロジェクトの準備期間は始まっている。それをただ…
軽い頭痛ぐらいで滞らせろというのか?」

「…それは、その通りですが…」

 自分の上司が言う言葉は正論だ。
 社会人である以上、己の体調管理もまた仕事の一環である。
 部長という役職に就けば当然、一般の平社員に比べて圧し掛かってくる
責任は段違いに重いものがある。
 多少の頭痛や腹痛ぐらいで早退したり、休んだりするなど…言語道断
以外の何物でもない。
 それぐらいのことは藤田にだって判っていた。

(…俺だって、この人にそんな事を言うなんておこがましいという
自覚ぐらいはあるさ…。けど、佐伯部長…最近、見てられないっていうか…
放っておいたら、怖いことになりそうで…)

 藤田が密かに尊敬していた上司、御堂の突然の無断出勤。
 連絡もなく、足取りも掴めず…上層部は何枚も何十枚も御堂の自宅に
FAXを送ったり、秘密裏に探偵を雇って足取りを掴もうとしたが…連絡を
突然絶った御堂がどこに消えたのか何ヶ月も判らないままだった。
 その後、他者から引き抜かれた佐伯克哉という…藤田とそう歳の変わらない
青年が御堂の後釜として抜擢されて、自分の直属の上司となった。

 最初から部長待遇でこの会社に来ただけあって…彼は本当に有能で、
強気で自信に満ち溢れている男だった。
 だが、ここ一ヶ月ほど…克哉の様子は随分と変化してしまったように
感じられた。
 溜息を突いていたり、遠い目をしてぼんやりとしている事が多くなったり…
かと思えばいきなり丁寧語になって、酷く優しい表情を浮かべてこちらに
声掛けて来たりして…様子がおかしい、と思える事が多々あった。
 何があったのか…? そう疑問に思う心が渦巻いているが、素直に聞いても
克哉は決して答えてくれなかった。

「…俺ごときが、貴方にそんな事を言うのはおこがましいっていうのは
重々承知しています。けど…傍で見ていても最近の部長は、ボーとしている事や
お疲れの様子である事が多いように見受けられますので…つい言わずには
いられませんでした…それ、に…」

 克哉の様子が変わり始めた時期とほぼ重なる頃。
 社内には信じがたい一つの噂が立ち上っていた。
 確かに上司として、その傲慢さが鼻に突いたり反発を覚えたりもした事は
何度もあったが、藤田にとって克哉は尊敬出来る上司であった。
 だからこそ信じたくない。そう願っていたのだが…。

「それに、なんだ…?」

「…最近、部長がいかがわしい場所に出入りしている…と。そういう噂が
流れていますので…。あまり睡眠不足だったり、体調が優れない状態が
続かれるようですと…その噂が事実、だと信じる輩も出てくるかも…知れない
ですから。だから…身体には、どうか気をつけて下さい。
…俺は、貴方を尊敬出来る上司だと思っていますから…」

 その言葉を聞いた時、佐伯克哉は黙り込んだ。
 能面のような無表情になって黙り込むと同時に…不意に、口角を上げて
強気の笑みを浮かべていた。

「…そんな噂が流れていたのか?」

「…はい。信じ難いことですが…」

 神妙な顔をしながら、藤田が頷いていく。
 その顔は悔しそうなものだった。

「…判った。それなら…今度からはもう少し人目がつかないように
遊ぶことにしよう」

「…っ! 部長っ…?」

 たった今、放たれた言葉を信じたくなくて藤田は瞠目し…唇をワナワナと
震わせながら大声を上げていく。
 だが、克哉は疲れたような皮肉的な笑みを浮かべて…短く、そう答えていった。

「…俺とて、男だ。そういう慰めを欲する時期もある…」

「ぶ、部長…」

 …そう言われたら、藤田とて…それ以上反論は出来なかった。
 ただ心底悔しそうに唇を噛み締めていく。
 噂が事実である事よりも、たった今…放たれた言葉で、克哉がとても
傷ついているのを彼は察してしまったのだ。
 けれど、自分には何も出来ない。
 そして部長もまた期待していない。
 その事実が悲しくて悔しくて…今にも泣きそうな顔を浮かべていく。

「…そんな顔をするな。…MGNの評判を落とすような振る舞いはしない。
特にこれから動かすことになるプロジェクトは大きなものになるからな。
それに対して支障は出ないようにする…」

「…判りました。それなら、表沙汰にならない限りは…こちらはその件に
対して口を噤むことにします…」

 不承不承、藤田は頷いていった。
 そして…克哉の顔を見ないように、切なげに顔を背けていく。

(情けないな…)

 自分の部下に、そんな顔をさせている己が歯痒かった。
 同時に…新宿二丁目の界隈を彷徨い歩いているのを、MGNの人間に
すでに目撃されてしまっている事に苛立ちを覚えていた。
 …気持ちに余裕をなくして、そんな事の配慮すら失念していた自分自身に
心底腹が立つ。
 だが、あの日…御堂を見た日から燻り続けている『何か』が…彼から
本来の冷静さを奪い、焦燥に駆らせていく。

―目の前で泣いている藤田に、唐突に牙を向けたくなる

 だが、寸での処でそれを抑え込んで…唇を噛み締めていく。
 ここ暫く、御堂に対しての気持ちを自覚してから…性衝動が半端じゃなく強くなり
定期的に発散させなければ、理性のコントロールすらも出来ない状態に…
克哉は陥ってしまっていた。
 こんな状態は冗談じゃないと思う。
 けれど、押さえ込もうとすればするだけ…制御出来なくなり、内側でいつ爆発
するかわからない状況に成り果てるのだ。

―どうして、こんな想いなど存在するのだろう

 向けても、相手を困らせるだけの気持ちなら、いっそなくなってしまえば
良いのに。
 御堂を再び、傷つけて追い詰めてしまう可能性があるのなら…いっそ
凍り付いて何も感じなくなった方が良いのに。
 いや、この気持ちだけ失くせば良いのではない。
 あれだけあの人を追い詰めて傷つけた自分自身なんてなくなれば
良いのに。そんな自分らしくない殊勝な考えすら浮かんでくるくらい…
克哉の中には御堂の存在が強く息づいてしまっていた。
 会えなければ会えない時間が積み重なるだけ積もる想い。

 それが知らぬ間に佐伯克哉という人間を侵食し、追い詰め始めていく。
 溜息を突きながら…窓の外に目を向けていく。

 曇天の空にすら、一瞬だけ…御堂の面影を見るぐらい、今もあの人の
事ばかり考え続けている自分に…本気で、克哉は舌打ちしたくなった。

 ―あんたを愛している

 決別して、これだけの時間が経過した後で…そんな自分の気持ちに
嫌でも気づかされることになるなんて、滑稽以外の何物でもないと思った―


  
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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