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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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  先日の絵チャット、お付き合いして頂いた方たちメッセージ&コメント
ありがとうございます!
 今は丁寧に返信している時間がないので取り急ぎ用件だけ。

 お二人ともリンクはOKですよ! こちらも暇を見て貼り返させて
頂きます!
 詳細の返信は明日の夜辺り、時間取れたらしますね!
 メッセージとコメント、どうもでした!
 …平日は朝の一時間しか、基本的にPC触れる時間ないので返信等、毎度
遅い奴ですみません(汗)
 では今日の分の更新してきます!
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  ―この恋は自覚した時にはすでに終焉を迎えていた。

  監禁して、陵辱し尽したのも。
  全てを奪って、自分の腕の中に堕ちてくるように仕向けたのも。
  ただあの人に憧れて、焦がれて…魅了されたからだとようやく思い知った時。
  御堂孝典は見る影もない程、弱々しく哀れな存在になりかけていた。

 ―あんたを解放するよ

  そう、手放す決意をしたのは…生まれて初めて誰かを愛してしまったから
  おかしなものだ。愛したと自覚した途端、離れるのを決意するなんて。
  だけどそれが最良だと思った。
  今後一切、彼の人生に自分が介入しない事。
  恐らく御堂の人生内において、もっとも屈辱的な日々に関わっている自分が
  二度と目の前に現れない事が、一番だと思った。

  それなのに自分の心の中に、今もあんたを求めて嘶く(いななく)部分がある。
  未練がましいと、自分でもつくづく呆れる。
  けれど、俺はまだ…正直言ってあんたが欲しくて堪らない。
  誰も並ぶものなんていらないと思っていたけれど、あんたに双肩を並べて
  欲しいとか、そんな事を考えていて

 ―そんな事を思う度、俺にそんな資格がない事を思い知る…
  
  なあ、御堂。あんたは今でも元気でやっているのか?
  俺がいなくなって…元のあんたに戻れたのならそれで良い。
  傲慢で、冷徹で…力強くて誰よりも綺麗だった御堂。
  その輝きに、俺は誰よりも魅せられてしまったのだから―

  だけど、どこかであんたの姿を見てしまったら俺はきっと冷静でなんか 
  いられなくなるだろう。
  二度とあんたの前に現れない、妨げになるような真似はしないと誓っているのに…

―この獣のような衝動は、傍に寄れば必ずあんたを切り裂くだろう

 それは羊に恋した、狼の気持ちのよう
 愛しく思う限り、それは魅惑的な香気を放ち…狼の食欲を刺激し続ける
 けれど思われた子羊は、傍に寄れば喰われてしまう
 嗚呼、俺は狼みたいなものだな

―愛しく思えば思うだけ、この鋭い牙は近くに寄ればあんたを食い尽くすだろうから

 …俺は決して、あんたの傍には近寄れない。
 この愛を、思いを自覚してしまった…今となっては―

                              *

 佐伯克哉が、その朝…いつもの最寄り駅と違う駅の構内にいたのは単なる
偶然の筈であった。
 出先での会談が思いの他白熱して、長引いてしまい…合理的な判断として
少しでも早く宿を確保して休んだ方が良いと思い…仕事を持ち込みながらも
契約先の会社の近くのビジネスホテルを取った。

―現在の彼の住居からなら、朝のこの時間にこの駅にいる事は在り得ない。

 自宅からも、MGN本社に行くにしても…その往路の範囲から外れた駅。
 其処で彼は予想外のものに遭遇してしまった。

 都内の駅は…朝7時を迎えれば、どの駅でも多くの人間が行き交い人波が
生まれていく。
 その狭間で…彼は見つけてしまったのだ。
 心の中でずっと逢いたいと望んでいた人物を。
 しかしその足取りを追う事すら…自分には資格がないと思っていた。
 自分が解放してから、どうなったのか。
 元通りのあの人に戻れたのか気になって、気になって仕方なかった人を…

「御堂…」

 御堂は、克哉の存在に未だ気づいていない。
 自分の記憶にある通り、怜悧な印象の表情を讃えながら早足でどこかの
路線に向かっていく。
 それを追いたいと思ったが…驚きのあまり、足がその場に縫い付けられたように
なって満足に動かない。
 まるで鉛になったよう。金縛りにあってしまったかのようだった。

 カツカツカツカツ…。

 駅構内に無数のサラリーマンの革靴の音が木霊していく。
 その中に埋もれるように、誰よりもエリートであった男は歩いてどこかに
向かっていく。

「…あいつは車で出勤しているんじゃなかったか…?」

 早朝のこんな時間に、自家用車で出勤している人間が…駅の中にいるのは
不自然だった。
 だが、自分が御堂の存在を見間違える筈などなかった。
 どれだけ人の波に紛れていても…恋焦がれて止まなかった存在を取り違えるような
真似を自分がしでかす筈がない。
 あまりの衝撃に…克哉は、自分の身体が震えるのを感じていた。

「…御堂」

 だが、雑踏と騒音に塗れた駅構内ではそんなか細い呟きは誰の耳にも
届く事はなかった。
 事実、御堂は克哉に気づく事はなかった。
 其処に自分がいる事など決して視界に入っていないかのように…顔色一つ変えずに
御堂は早足で通り過ぎていこうとしていく。
 遠くに存在していた御堂の姿が、自分のすぐ脇を通り過ぎようとしている。
 思わず振り返る。だが、それでもその背中は遠ざかる一方だった。

「…御堂部長っ!」

 少しだけ、大きな声を出してつい呼びかけてしまった。
 だが…目的地があるのだろうか。
 御堂は真っ直ぐ前だけを見据えて、克哉に気づく事なく…離れていく。
 その姿がそして見えなくなった頃…気づけば、克哉は口元を覆ってその場に
立ち尽くしていた。

(まさか…こんな処であんたに、会ってしまうなんて…っ!)

 心臓がバクバクバク…と荒く脈動を繰り返している。
 知らない間に呼吸すら大きく乱れてしまっていた。
 もう、どれだけ目を凝らしても…御堂の姿を見つけることは出来なかった。
 広がるのはただ…多くの人間が生み出す、とりとめのないざわめきのみ。

「…そうか。あんたは…どこかで元気にやっているんだな…」

 自嘲めいた笑みを浮かべながら呟いていく。
 あの日から…そろそろ十ヶ月が過ぎようとしていた。
 季節はすでに秋の終りを迎えて…冬を間近に控えている頃。
 偶然にも、克哉は…この世でただ一人、心から愛してしまったと自覚した
存在に再会してしまった。

―二度とあいつの前に現れる資格なんてない

 そう思う反面で。

―せめて遠くからでも、あいつの姿を見て元気でやっているかだけでも知りたい

 そんな欲望が渦巻いてしまっていた。
 携帯電話を眺めて、時間帯を確認していく。
 そして…心に、その時刻を刻みつけていった。

(ほんの僅かでもこの時間帯に、この駅に来れば御堂を見る事が出来る可能性が
あるというのなら…)

 それは克哉の本来の通勤事情では、かなりの負担となる行為。
 だが…それでも、構わなかった。
 二度と顔向けが出来ないのならば…せめて、遠くから見るだけでも…

 そんな欲が、克哉の中に生まれていく。
 偶然とは言えその顔を見なければ生まれなかった想い。
 本当はダメだと判っているのに…一度、その顔を見たら留まってくれなかった。

「御堂…」

 また、知らずに唇がその人の名を呟いていく。
 あまりにも切迫した余裕のない、表情。
 そんな切ない顔を自分が浮かべている事すら気づかずに…
 佐伯克哉は、ただ…愛しい人の事だけを考えていく

―その想いが、もう一人の自分の心すらも大きく揺るがしてしまったことに
未だに気づかずに…

 そして運命の輪は回る。
 狼はすでに牙を得てしまっている。
 欲望が膨れ上がった時に、その牙が愛しい人を傷つけないで済む為には
 自分が狼である事を捻じ曲げることだけだろう―

 知らない間に整えられた悲劇の舞台。
 その果てに…彼らはどんな結論を導き出すのだろうか―


『いってらっしゃい…』
 
その月の最初の月曜日の朝を迎えて…克哉は眠そうにベッドの上から
身体を起こしていった。
 昨日夜遅くまで起きて身体を動かし続けていたせいか…全身がギシギシと
悲鳴を上げているような気がする。
 というか、肌はさっぱりしているが…やはり身体が重い。

「うぅ…あいつは、まったく…幾ら結婚したからと言っても…少しは加減するって
ことを覚えて欲しいよなぁ…」

 奇妙なことに、もう一人の自分と結婚してから…すでに数ヶ月が
経過していた。
 何故こんな流れになったのか、克哉自身にも判らない。
 けど数ヶ月前…いきなりもう一人の自分とMr.Rが現れて目隠しをされて
強引に連れ去られて、そのまま教会で挙式するついでに抱かれてから…
一緒に気づいたら自分が「奥さん」の立場で、同居するようになっていた。

 結婚してから眼鏡はキクチに勤務するようになり、克哉は家で家事を
しながら夫の帰りを待つ新妻の立場になったのだ。
 …もう一人の自分の事は好きだから、疑問は多々ありつつも…現状に
克哉はそこまで不満はない。ただ一つ困ったことがあるとすれば…。

(毎晩のように抱かれているって事だよな…。しかも結構、夜遅くまで…)

 今朝もおかげで…身体はだるいわ、寝不足だわで…ロクな状態じゃない。
 けれどそれでも、克哉は必死になって身体を起こしていった。
 どうにかYシャツ一枚だけを身に纏った状態でリビングの方に向かっていくと
其処にはすでに全ての準備を整えて、ピシっとした背広に身を固めた…眼鏡の
姿が其処にあった。

「…起きたか。身体の方は大丈夫か…?」

「あ、うん…。とりあえず起きれるようにはなったよ。…今朝も、その…朝食の
準備とか出来なくて御免…」

 一応、自分の方が妻の役割なのだ。
 他の家事の類ならともかく…朝食の準備とか、眼鏡の着替えの用意とか
そういうのは結婚してから数えるぐらいしか出来た試しがない。

「…いつも気にするなと言っているだろう。その代わり…お前を散々抱いて、
こちらは夜の生活は満足させて貰っているからな?」

「…っ! ってそういう事を平然と言うなって何度も言っているだろ…!
本当にそういう処はお前って変わらないんだな…!」

 相手の意地悪な物言いに、拗ねたような表情を浮かべていく。
 そんな克哉を愉しげに見つめていきながら…眼鏡は喉の奥で笑っていたので
余計に腹立たしいものを感じた。
 すると唐突に、間合いを詰められていく。
 身構えるよりも早く…耳元に唇を寄せられて、囁きを落とされた。

―お前のそういう怒った顔も…そそるぞ。この場で犯したくなるくらいな…?

「~~~~~~~」

 低くて甘さを帯びた声音で、こんな事を囁かれたら堪ったものじゃない! 
 ビクン、と背中を震わせながら…慌てて身体を離して、眼鏡から身を離していった。
 
「ほんっと…お前って意地悪だよなっ!」

 克哉がそう叫ぶと同時に、八時を告げる携帯の時計のアラームが鳴り響いていく。
 これは…せめて、朝の儀式だけでもこなせるようにセットしてある保険だった。
 それが鳴り響くと同時に…眼鏡は愉しげな笑みを浮かべていく。

「…お前とこういうやりとりをする時間も悪くはないが…そろそろ出勤せねば
ならない時間帯のようだ。…いつもの、は今朝はしてくれないのか…?」

「…っ!」

 ふいに背中から腰の辺りを撫ぜ擦られて、ゾクっと肌が粟立っていくような
感覚を覚えていった。
 今朝も相手の掌の中で踊らされているような気がして…克哉は大いに拗ねて
しまっていたけれど、小さく頬にキスを落とされてしまうと…その怒りもどうしても
持続しなくなってしまう。

「…バカ、ちゃんとするよ。朝の準備を殆どしていないのに…その、儀式まで
しなかったら…それこそオレ、奥さん失格な気がするし…」

 半分呆れながらも、頬を赤く染めて克哉が呟いていくと…眼鏡は満足そうな
笑みを浮かべていく。
 そのまま腰を抱かれながら玄関の方まで連れ立って向かっていくと…
眼鏡は強気な笑みを浮かべながら、克哉を正面向きの体制で抱き寄せていく。

「…行って来るぞ」

「…ん、行ってらっしゃい…『俺』…」

 眼鏡がそっと顔を寄せていくと…克哉も、その首に静かに腕を回しながら
唇に小さくキスを落としていく。
 克哉の方からは、いつも触れる程度の優しいキスしか施さない。
 けれど…唐突に背中を強く掻き抱かれて、舌を差し入れられていく。



「んんっ…!」

 息が苦しくなるぐらいに激しいキスを施されて、必死になって克哉は
相手の背中にしがみついていく。
 だが、それでも眼鏡は容赦しない。
 口腔全体を激しく舌先で刺激して…克哉の性感を煽りまくっていく。

「っ…はっ…ぁ…! んんっ…!」

 毎朝の事とは言え、抱いて貰ってこの後に身体の熱を鎮められる訳では
ないのに…こんなキスをされるのはちょっとした嫌がらせに近かった。
 それでも懸命に応えて、そのキスを受け止めていく。

「あっ…んっ…」

「ふっ…」

 お互いにキスの角度を変えようと唇を僅かに離した間に悩ましい声を
静かに零していく。
 そうしている間に眼鏡の手がそっと克哉の臀部の方へと伸ばされて
妖しく蠢き始める。
 弾力に富んだ尻肉を執拗なまでに揉みしだかれて…克哉は堪えきれずに
強請るような腰つきになっていった。

(そんな事、されたら…!)

 我慢しきれなくなってしまう。
 危機感を覚えながら腰を引いていくが…眼鏡は強く押さえつけて決して
逃してはくれなかった。

「ふぅ…んっ…」

 こんな濃厚なキスをされながら、尻肉を掴まれたりしたら堪ったものではない。
 なのに…決して容赦はして貰えない。
 耐え切れずに頭を振っていくと、駄々を捏ねている克哉を制する為に…眼鏡の
太股が足の間に入り込んでいった。

「っ…!」

 硬くなり始めたモノを太股で刺激されて大きく身体を震わせていく。
 深いキスのおかげですっかり硬く張り詰めたものを弄られたら、理性なんて
粉々に砕け散ってしまいそうだ。
 けれど退路を絶たれてしまった克哉は…その行為を享受する以外になかった。

 そしてきっかり五分…甘美な攻めを続けられていくと…ようやく解放され
互いの口元から銀糸が伝っていった。

「…今朝も、良い味だったぞ。それじゃあ…行ってくるぞ。…良い子で
夜まで待っていろよ…」

「もう…判っているよ…。いってらっしゃい…『俺』…」

 そういって、そっと身体を離しながら軽やかに踵を返して…眼鏡は
そのまま出勤していく。
 克哉の方は半分腰が砕けて…耳まで真っ赤にしながら、その場に
尻餅を突いていった。

「…バカ。こんなキスされて、夜まで一人で待てって…本当に、もう…」

 今朝もまた、口元を押さえていきながら…つい、そんな文句が
零れていってしまう。
 それでも…恐らく、自分は今日ももう一人の自分が帰って来るのを
心待ちにするのだろう。

―これだけ克哉の心も身体も熱くさせるのはもう一人の自分だけだから

 だから、跳ねる鼓動をどうにか落ち着くまで…その場に座っていきながら
克哉はただ…もう一人の自分の事だけを考えていく。
 本当に惚れた弱みというのは厄介だと実感させられた。

―今日もまた、克哉にとって長い一日が始まろうとしていた…
 

 9月6日分、十分ぐらい超過しましたが…どうにかアップ致しました。
 …予定より、長くなってしまったんで…はい、時間内に上げられなかったのが
敗因でございます(汗)

 …カウントダウン眼鏡TVの第二弾を聞いて、夫婦漫才な感じの
二人にときめいたのでちょっとだけその要素を足してみたり(てへv)
 そのせいで2P分は長くなったのは秘密さ…(ふっ)

 とりあえず無事に夏の残影は終わりましたので…9月7日から
新連載を開始します。

 が…予定通り、メガミドカツをやるかはまだ未定。
 …この一週間ぐらい何本かネタが浮かんだので、その中で…
今の自分が一番書きたいと思うもの、鮮明に話が思い浮かぶものを
持ってくると思います。
 とりあえず一日、よ~く考えてみます。

 …私の場合、同時に抱えられる話は二本から三本が限界で…
今はオフ本の方ですでに一つ抱えていられるから、その何本かの
ネタの中で書き出せるのは恐らく1~2本です。
 そしてネタは、書き出している話以外は一ヶ月もすると引き出せなく
なってしまうので…・(細部が読み取れなくなってしまう)

 一番、書きたいものを書く。
 これが一応…10ヶ月このブログを続けて来た基本原理なので。
 7日はギリギリまで考えていると思います。
 それでは…7日の夜にまたお会いしましょう(ペコリ)
※この話は7月いっぱいに連載していた『在りし日の残像』の後日談に当たる話です。
  その為、克克の夏祭りのお話でありますが…その設定が反映された会話内容と
描写になっています。
 それを了承の上でお読みください(ペコリ)

―花火が終わってからも、二人は何度も求め合った。
 お互いの心臓が破裂するのではないかと思えるくらいに激しく。
 相手の事以外、身体を重ねあっている瞬間だけでも考えられない
くらいに夢中に。
 両者とも、どれくらいの数…その間に果てたのか、すでに途中から
数えることすら忘れてしまっていた。

 そして、力尽きるようにしてまどろみの中に落ちてからどれくらいの
時間が経ったのだろうか…?
 気がつくと克哉は、少しだけさっぱりとした感じで…布団の中に収まって
もう一人の自分の腕の中に包み込まれていた。
 例の屏風の内側にあった、布団一式の中に…屋形船の縁側の部分で
抱き合った後に運び込まれていたらしい。
 清潔でフカフカの感触がする薄手の布団に包まれているおかげで…
裸の状態でも、寒いとはまったく感じずに済んでいた。

(…いつの間に布団の中に入ったんだろう…?)

 その記憶がすでに克哉の中では定かではなくなっている。
 花火が終わってからも、激しく抱かれ続けていたのは辛うじて覚えているが
それからどれくらいの時間が過ぎたのか、すでに間隔が判らなくなっていた。

「…何か、あのまま腹上死でもするかと思った…」

 寝ている間に、眼鏡の方が肌だけでも拭っておいてくれたのだろうか。
 内部にはまだ残滓が残っている感覚があるけれど、あれだけ行為の最中に
汗だくになっていた割には、爽快な気分だった。
 そういえば昔…記憶を失って、あの別荘地の屋敷で目覚めた直後も…
意識を失うまで抱かれ続ける事はしょっちゅうあったような気がする。

―お互いの想いを確認して、眼鏡の様子が落ち着いてからはそんな事は
殆どなくなっていたけれど…。

「…けど、あの頃も…意識を失って翌朝目覚めると、一応…こちらを介抱して
くれていたんだよな。ふふ…懐かしいな…」

 …三年前、一緒にいた頃の記憶は正直、苦いものも多かった。
 あの一件を機に、克哉は太一と決別したからだ。
 記憶が無くて不安で、空白の一年間の間に何があったのか判らなくて
凄く苦しかった。
 …けれど、その時期があったから…今、こうして眼鏡と一緒にいる事を
選択したのもまた事実だった。

「…お前の寝顔も、あの頃はまったく見れなかったもんな…」

 懐かしむように瞳を細めて、自分のすぐ側で安らかな寝顔を浮かべている
眼鏡の顔を見つめていく。
 …今、思えば…三年前の眼鏡はいつだって張り詰めた顔をしていた。
 いつ、五十嵐組の追っ手が飛び込んでくるのか判らない状況では無理が
なかったとはいえ…そのおかげで、眼鏡はいつも克哉よりも遅く寝て…早朝に
起きて、銃の訓練や戦闘訓練を欠かしていなかった。
 そんな殺伐とした日々も、すでに遥か遠い過去のこととなりつつある。
 こんな風に二人で抱き合っていても、何の心配も抱かなくて良い。
 克哉は、その事実に…感謝していた。

(…オレ達の身辺も、平和になったよな…。あの時、毎日のように…
オレを守る努力をしてくれていて…ありがとうな、『俺』…)

 愛しげに、眼鏡の頬を撫ぜていきながら…小さくその頬にキスを落とそうと
した瞬間…ぎょっとなった。

「なっ…?」

 起きてから暫くは、頭がボーとしていたから無理がないとは言え…いつの間にか
克哉の左手の薬指にはシルバーのリングが嵌め込まれていた。
 こんな物、克哉には買った覚えもなければ、つけた記憶すらない。
 呆然となりながら…自分の指に輝く指輪を眺めていると…。

「…気に入ったか?」

 ふいに…自分の傍らでもう一人の自分の声が聞こえていった。
 慌てて振り向いていくと…いつの間にか眼鏡の方は意識を覚醒させていたらしい。
 愉しげな笑みを浮かべながら、腕の中の克哉を見つめていた。

「こ、これって…お前、が…?」

「あぁ、俺達の結婚指輪だ」

「へっ…?」

 突然、思ってもみなかった事を口走られて克哉は呆けた声を漏らしていく。
 しかし…そんな克哉の反応はすでに予測済みだったらしい。
 可笑しそうな顔を浮かべながら…眼鏡は平然と言ってのけた。

「…さっきも言っただろう? お前に今夜…花火大会に行きたいと誘われてから
一週間も時間があった。その間に…俺が何も準備をしないでいると思ったか…?」

「あっ…」

 そう言われて、合点が言った。
 この男はそれで…二人きりになれるように、この屋形船をMr.Rに言いつけて
用意しておいた方の周到ぶりだったのだ。
 確かに…一週間という時間があれば、指輪の一つぐらいは…この男なら
準備するくらい訳ないだろう。
 しかも、指輪のサイズも確認する必要もない。
 何故なら、自分達は同一人物なのだから…この男のぴったりなサイズの物を
用意すればそれで事足りるのだから…。

「…もしかして、その期間の間に…これ、を…?」

「あぁ、そうだ。俺達は…養子縁組という形で、籍を入れるという訳にも行かない
間柄だからな。せめて…指輪ぐらいは用意して、区切りぐらいはつけておいて
やりたかったからな…」

「…そう、なんだ…」

 現在、日本国内では同性同士の婚姻は認められていない。
 だが…養子縁組をするという形で、同籍に入るぐらいの事は出来る。
 しかし彼ら二人の場合、同一人物である為…眼鏡の方には自分の戸籍と
いう物が存在しない。
 公の場や、何かあった場合は…「佐伯克哉」の戸籍を共有して使っていく
以外に方法がないのだ。
 結婚するという手段も、籍を一緒にするという事も出来ない関係。

 けれどそれでも…少しでも証を残してやりたくて眼鏡はこっそりと…この指輪を
用意したのだ。
 …いつまでこうして、二人で一緒にいられるかは誰にも判らない。
 それでも、万が一終わりが来てしまったとしても…その記憶が、想いを少しでも
残しておきたくて…形となるものを贈っておきたかったのだ。

「…本当に、これを…オレ、に…?」

「…あぁ、本気だ。そうじゃなければ…わざわざ、こうして対になるものを
俺もつけたりはしないさ…」

「…あっ…」

 眼鏡がそっと自分の左手を、克哉の目の前に突きつけていく。
 其処には同じデザインの指輪が、光を放っていた。
 それを見て…克哉の胸は締め付けられて、思わず涙ぐみそうになった。
 嬉しかった。彼の気持ちが。
 …自分だけが、この男を好きな訳じゃない。
 彼もまた…自分を想ってくれている。その証を目の当たりにして…
克哉は思わず、その指輪にそっと触れていた。

「…嬉しい。凄く…嬉しいよ。ありがとう…『俺』…」

「そうか…」

―その瞬間、眼鏡はとても優しく笑っていた

 …それが愛しくて、仕方なくて。
 克哉は吸い寄せられるように顔を寄せて、そっと唇を重ねていった。
 何度も、何度も啄ばみあうように…優しいキスを繰り返していって。
 上質の酒を飲んだ時のような、甘い酩酊感を覚えて…頭の芯すらも、
ボウっとなっていきそうなくらいだった。

「…お前が喜んでくれるなら、こちらも準備した甲斐があったな…」

「…うん、今までの人生の中で一番嬉しい贈り物かも知れない…。
ありがとう…『俺』…」

 そういわれて、眼鏡は少しだけ複雑な顔をしていった。
 …そうして、難しい顔をして考え込んでいく。

「…どうしたの? 『俺』…?」

「…ふと思ったんだが、こういう時…『オレ』とか『俺』と呼び合うのが…
少し虚しいと思ってな…?」

「えっ…? でも、オレ達の場合は…それ以外に何て呼び合えば良いんだよ…?」

「…難しい問題だがな。…よし、克哉。俺に名前をつけろ…。お前のネーミング
センスと服装のセンスの悪さはよ~く知っているが…俺が許す。今から…
俺に相応しい名前をつけてみろ」

「えええっ~!?」

 指輪を贈られただけでもびっくりなのに、いきなり命名しろと言われて
本気で克哉は叫び声を挙げていく。
 だが、眼鏡の目は本気だった。

「…こうして、二人で存在している以上…俺達は「二人」だ。それなら…
個別の名前を持っていたって良いだろう? …この世界で、お前だけが…
俺をその名で呼ぶんだ。いわば…真名(マナ)をつけるようなものだ。
そう考えれば…悪くない提案だろう…」

「…そ、それはそうなんだけど…責任、重大だよね…」

「あぁ、変な名前をつけたら即効で却下させて貰おう。せいぜい…
俺にぴったりな名前をつけて貰おうか…?」

 幸福感から一転して、人生最大ともいえる難題をつきつけられて…克哉は
ともかく困惑するしかなかった。
 もう一人の自分に、命名?
 そんなとんでもない事態が襲ってくるなど予想もしてなかったから…半ば
混乱寸前だ。
 だが、彼が自分を「克哉」と呼ぶ以上…彼だって恐らく、同じように自分に
名前を呼んでもらいたいから…そんな提案をしたっていうのは判っている。

(こいつにぴったりな名前…え~と…もう一人の俺って言ったら傲慢で、
強気で…何が何でも勝ちに行こうとする性格で、どんな事でも器用にこなせて…
負けず嫌いで、頑固で…意地悪で、残酷で…)

 恐らく、彼から連想出来る要素や単語を必死に頭の中で考えていきながら
克哉は良い名前をつけようと考え続けていく。
 だが…ポロリと、考えを零すように呟いてしまっていた…。

「…俺、様…?」

 それは、その性格や性分を考えたら…『俺』に様をつけるぐらいが
丁度良いんじゃないか…という単なる思い付きだったのだが、それを耳にした
途端、盛大に眼鏡の額に青筋が浮かんでいった。

「…ほう? それが…お前が俺につける名前だというのか…?」

「うわっ! 違う…違うってば! だからそんなに怖い目でオレの事を見ないで
くれ~! 目だけで本気で殺されそうだから…!」

「…だったら、もう少し真面目な名前を考えろ! 幾らなんでも…『俺様』は
無いだろうが! 『俺様』は…!」

「ご、御免! 本気でオレが悪かった…! だからそんなに怒らないでくれってば!」

 こんな間近に顔を寄せ合っている状態で、射すくめられそうな強烈な眼差しを
向けられたらそれだけで失禁してしまいそうなくらいに怖い。
 機嫌を直して貰いたくて、必死に瞳を潤ませながら…克哉は謝り続けていく。

「…御免。今度こそちゃんと考えるから…怒らないでくれ。突然、そんな
提案をされたからこっちもびっくりしてしまって…まだ、考えが纏まって
いないだけだからさ…?」

 そういって、チョンと克哉から唇にキスを落としていくと少しだけ眼鏡の溜飲は
下がっていったようだった。
 少しだけ瞳が柔らかくなったのを確認していくと…ホっと安堵の息を吐いていきながら
克哉は改めて考え始めていく。

(…っ! そうだ、これなら…)

 彼のイメージと、ぴったりの名前が唐突に閃いていった。
 確かに自分のネーミングセンスは限りなく悪い。
 過去に知り合いのディエット名の案を考えろと言われて「オレザイル」なんて
提出したら思わず失笑を買ってしまった過去すらあるぐらいだ。
 だが…これなら、きっと…気に入ってくれるという確信があった。
 
「ねえ…『俺』。この名前は…どうかな…?」

 克哉は優しく微笑みながら、たった今…閃いたその名前を彼の
耳元で囁いていく。

―…………と、言うのはどうかな…?

 負けん気の強い、向上心が強い彼にぴったりの漢字を使ったその名前を
静かに囁いていく。
 それは…「克哉」という名前にも少し意味が被っていて、対になっている。

「…お前にしては、悪くない命名だ。気に入った。今度から…俺の事を
ちゃんと、そう呼べ…。世界でただ一人、お前だけが呼ぶ…俺の名前
なのだからな…」

「うん…」

 相手が気に入ってくれたのを確認して、克哉は幸せそうに微笑んでいく。
 慈愛に満ちた空気が、部屋中を満たしていく。
 そして静かに顔を寄せ合って…。

―お互いの名前を静かに呼び合っていった。

 心の底から幸せそうな笑顔を浮かべながら…二人は改めて、相手の身体を
抱き締めあって、その温もりを感じ取っていった―

 そうして…その日を境に、一つの季節が過ぎ去っていく。
 それは夏の終わりの、二人の思い出のカケラ。

 どれ程辛い日々も、輝ける日々も…その瞬間が過ぎ去ってしまえば
まるで残影のように儚く、遠いものになっていく。
 それでも…印象深いこと、大切な記憶となって何度も再生されていくものは
どれだけ長い月日が流れてもその人の心で決して色褪せる事なく輝き続けていく。

 この日、克哉に贈られた銀色の指輪は…眼鏡の気持ちが、間違いなく
自分に向けられている事を示してくれていた。
 それは永遠の誓いの証。実際に永遠に続く関係など存在しない事は
承知の上でも…一日でも長く、お互いが寄り添い会える事を。
 こうして二人でいられる事を願って贈る、繋がりの印を眼鏡が…
自分の為に用意してくれた。
 その事実だけでも、克哉にとっては充分だった。

 出来るなら、ずっとこうして傍に…。
 死が再び、二人を分かつ日まで。
 こうして寄り添って時を過ごしていける事を…。
 心から望んでいきながら、一つの季節が過ぎ去っていく。

 数多の苦難を乗り越えて結ばれた二人の指には…
これからも、想いの証が輝き続けるだろう。
 こうして…二人で、一緒にいる限り…ずっと―
※この話は7月いっぱいに連載していた『在りし日の残像』の後日談に当たる話です。
  その為、克克の夏祭りのお話でありますが…その設定が反映された会話内容と
描写になっています。
 それを了承の上でお読みください(ペコリ)



  ―克哉の中に入った時、ジワリと何かが滲んでいった。

(まだだ…)

 眼鏡の心に、何とも形容しがたい焦燥感が広がっていく。
 目の前で克哉はよがっている。
 自分を求めて、余裕なく身体全体を震わせて…求めている。
 それなのに、この飢餓感は消えてくれない。

―あれから三年も経つ。こいつは俺を選択した事も判っている。
なのに…太一への嫉妬心が未だに消えないな…

 克哉の四肢、手首や足首の周辺には…あの頃よりも随分と薄く
なったが…未だに心を闇に落とした頃の太一につけられた陵辱と
監禁の痕跡が残されている。
 どれだけ自分の所有の証を刻もうとも…過去にこいつが他の誰かの
モノになっていた事実だけは変えられない。

 愛しくなればなるだけ。
 想いが強くなればなるだけ…。
 過去にコイツの身体を散々抱いて、求めていた男が他にいたという事実に
胸が焼け焦げそうになる。

 コイツの初めてだって、自分ではない。
 その相手は太一で…数え切れないくらいに抱かれていた事を知っている。
 何故なら…眼鏡は、苛立ちながら克哉の内側でそれを全部、
見ていたのだから―

「…くっ…!」

 だからその激情を全て叩き込んでいくかのように強く激しく、克哉の内部を
擦り上げていく。
 コイツの中には、太一への想いがまだ潜んでいる。
 それは…今、プロになってメジャーデビューしたばかりの太一を…
一ファンとして見守るような行為でも…!

(お前が、他の男にほんの僅かでも…心を向ける事を許せない…)

 だが、それは眼鏡のプライドに掛けても…口に出す事はない真意。
 ギリギリの処で太一を許して、海に落ちた克哉。
 三年間、誰に身を任せることもなく…ただ自分だけを思って真摯に
待っていた克哉。
 同じ人間であるだけに、克哉の記憶や想いもまた…ある程度は眼鏡の
知る事となる。
 仲間を大切に想い、片桐や本多、そして意外にも御堂とも最近は
連絡を取るようになっている。
 今の職場のメンバーとも…克哉は、良好な関係を保って何人か
飲み友達もいるようだった。

―独り占めをしたい想いが、胸の中に湧き上がっていく。

 克哉は、自分の存在のことを誰にも話していない。
 恋人がいる…という事は匂わせているが、眼鏡の事を紹介していないし
はっきりと明言する事もない。
 だから周囲の人間の中には、男女問わず…克哉を狙っている奴がいる事も
眼鏡は知っている。

 周囲に示せない。籍も入れられない。
 身体は二つに分かれていようとも…自分達は同一人物で、戸籍も何も…
眼鏡の方には存在しない。
 その事実に…どれだけ、戻って来た眼鏡が焦れているかなど…恐らく、
克哉はまったく気づいていないだろう…!

(…お前はきっと、俺のこんな気持ちに気づく事はないだろう…)

 克哉の内部をグチョグチョに掻き回しながら、自分の中の激しい
嫉妬心と焦燥に苦笑したくなる。
 他の誰かに何て…渡したくない。
 お前のこんな媚態を知るのも…喉が嗄れるぐらいに啼く姿も…
俺以外の人間に絶対に知らせたく、ない。

 背後に覆い被さりながら…胸の突起を弄り上げて…ただ、衝動の
ままに腰を突き入れ続けていく。
 克哉の内部は激しくうねり…痛いぐらいに眼鏡の性器を締め上げて
快楽を与えてくる。

「んっ…あぁ…はっ…どう、しよ…『俺』…! 凄く、イイ…! あぁ…!」

 もう、克哉は忙しなく呼吸をしながら、喘ぐことしか出来ない。
 目の前の花火もロクすっぽ見えていないだろう。
 眼鏡の方も余りに性急に腰を使い続けたせいか…最初の限界は
すぐに訪れていった。

「くっ…! イクぞ…!」

 ドクン、と荒く内部で脈打ちながら最初の精を解放していく。
 雄々しく起立して、克哉の中で暴れていたモノが勢い良く…その際奥に
熱い滾りを解放していって、ビクビクと克哉は震えていった。

「あっ…はぁ…んんっ…」

 克哉が悩ましげな声を漏らしながら、ズルリと屋形船の窓際、その畳の
上へと崩れ落ちていく。
 克哉の纏っていた浴衣は乱れまくっていて、まだ辛うじてついている帯の
おかげで脱げ切っていない状態だった。
 
「んっ…熱い、まだ…」

 克哉の肌は先程の行為の余韻で、朱へと赤く染まり…まだ艶かしい
雰囲気を漂わせていた。
 その中で、時折…放たれる花火の閃光が船内を照らし出し、眩い
光が…克哉の身体を染め上げていく。

パァン、ドン! ドン、ドォン!

 そろそろ…花火も終盤を迎えている頃だった。
 一発一発、上げられていた花火が…次第に数を増して、音にも
迫力が出始めている。
 そんな最中、眼鏡は…そのまま内部からペニスを引き抜かないまま
再び克哉の胸の周辺を弄り上げながら、抽送を開始していく。

「えっ…! ちょっと…! 『俺』…!」

「黙っていろ…まだ、俺は満足して、いない…」

「そ、そんな…むぐっ…!」

 そのまま荒々しく唇を塞ぎながら、眼鏡は容赦なく克哉の体を
再び揺すり上げ始めていく。
 まだ快楽の余韻を色濃く残していた身体は、再び火が灯るのもあっと
いう間であった。
 さっき、眼鏡が達すると同時に放たれて硬度を失っていた克哉の性器も
再び内部を擦り上げられてば瞬く間に張り詰めていく。
 今度は背後から強引に口付けられて苦しい体制を強いられながらの
行為に…ともかく、忙しく克哉は喘ぎ始めていく。

 大声で嬌声を上げたくても、口腔内を激しく舌で犯されている
おかげでくぐもった声しか零れなかった。
 呼吸すら、ままならなくて…苦しかった。
 その癖与えられる快感は半端ではなくて…。
 克哉はただ、それに躍らされるしか術はなくなっていた。

(…他の男が入り込む隙間なんて、お前に二度と与えない…)

 克哉の手を、手首にうっすらと監禁の痕跡の残したその手を
背後から掬い取って口付けていく。
 そして上書きをするように、其処にも吸い付いて…赤い痕を
散らしていった。
 指を、そのまま深く絡め合って…手の甲にもキスを落としていく。

―その仕草に、何よりも眼鏡の真意が現れていた

 胸を焦がす嫉妬も、克哉に対する熱い想いも…全てが。

「はっ…大丈夫、だよ…」

 何かを察して、克哉は…うわ言のように呟いていく。
 背後から貫いているこの体制では、克哉には…相手の顔を伺い見る事は
出来ない。
 けれど慈しみを込められたその仕草から、眼鏡の想いみたいなものは…
確実に伝わって来て、優しい口調で…告げていった。

「…オレは、お前の…傍を、離れないから…。好き、だよ…」

 まるで、眼鏡が不安を感じている事を察しているかのように…欲しかった
言葉を克哉は紡いでいく。
 それを聞いて…最初は、瞠目し。
 その後…確かに優しく微笑んでいた。

 克哉にはその顔を見る事は叶わなかったけれど…フワリ、と…
眼鏡の纏う空気が変わった事に気づいていく。
 背後から覆い被さる肌が、お互いに磁力を帯びてぴったりとくっつき
あっているかのようだ。

 グチャグチャグチャグチュ…グプッ…!

 お互いが繋がり合う音が、部屋の中に響いて淫靡な雰囲気が漂う。
 窓の外に光る花火もクライマックスを迎えているようだ。
 
―沢山の色合いの花火が夜空に百花繚乱を作り上げている

 一瞬だけ輝く儚い花々が、人の心に美しい軌跡を築き上げていく。
 そして…最後の金色の大柳が、夜空いっぱいに広がって…柳のような
儚く、優美な痕跡を描き上げて…スウっと消えていった。

―それと同時に克哉たちは同時に上り詰めていく。

 克哉が、啼いていく。
 眼鏡もまた…強く抱き締めて、その身体を閉じ込めていった。
 お互いに苦しい息を繰り返していきながら…二度目の絶頂を迎えて…
夢心地のまま、克哉がポツリと…呟いていった。

「…凄く、綺麗だな…」

「…あぁ」

 短く相槌を打ちながら、眼鏡は答えていく。
 そして…克哉が柔らかく微笑みながら振り返っていくと…眼鏡は
どこまでも優しいキスを唇に与えてくれたのだった―


 
 ※この話は7月いっぱいに連載していた『在りし日の残像』の後日談に当たる話です。
  その為、克克の夏祭りのお話でありますが…その設定が反映された会話内容と
描写になっています。
 それを了承の上でお読みください(ペコリ)


 ―船上であるせいか、床がフワフワと不安定に揺れているような
感覚がしていた。
 
 与えられる感覚に、ボウっとなってすぐに夢心地になっていく。
 屋形船の窓の向こうには、漆黒の水面と鮮やかな色彩で瞬く
無数の花火。
 あまりにも非日常過ぎて、これが現実なのか…実感が薄い。

―そもそも、彼が本当に帰って来てくれたこと自体が、克哉にとっては夢の
ような出来事だったのだ…

「克哉…」

 甘く掠れた声音で、眼鏡がこちらの名前を呼んでいく。
 首筋に何度も何度も、所有の痕を刻み込まれる。
 熱い吐息に、もう一人の自分が欲情して求めてくれているのを感じられて…
ジィン、と胸が甘やかに痺れていった。

「はっ…ん…『俺』…」

 背後にいる男に触れたくて、手を掲げて背後に回すような形で…クシャ、と
その髪に触れていった。
 もう一人の自分の、胸を弄り上げる手が一層、執拗に…情熱的なものとなる。

「…んんっ…あっ…」

 ただ、背後から胸を甚振られているだけだ。
 それだけなのに…すでに嬌声が口を突いて止まらなくなっている。
 浴衣越しとは言え…自分の臀部に、すでに硬く張り詰めた相手のモノを
感じ取って、それだけで期待に息を呑み、背筋にゾクゾクしたものが走り抜けていった。

「…くくっ。お前の突起は…まるで俺の指に吸い付いているみたいだな。こんなに
硬くなっているのに、歓喜に震えているみたいだ…」

「…バカ、言うなよ。それに…何で、そこばかり…」

「あぁ、せっかくお前の肌に映えている浴衣を着ているんだ…。全裸より、どうせなら
残しておいた方が赴きはあるな…」

「えっ…あっ…」

 そのまま浴衣を大きく肌蹴けさせられて…浴衣の袖から腕を引き抜かれていく。
 だが帯だけは残されていて、腰の真ん中ぐらいで辛うじて肌に引っ掛けられて
いる状態にさせられていった。
 裾だってすでにこんなに大きく捲り上げられていては…却って着衣が残って
いる方が恥ずかしいぐらいだった。
 片方の袖を抜かれただけでも…克哉の背中は大きく露出して、その白い肌を
晒していく。
 目の前の手すりに必死に縋り付いて、尻を相手に突き出す形で四つんばいに
なっている克哉の姿は、傍から見て相当に扇情的だった。

「…良い、格好だ。見ていて非常に…そそるな」

「…っ! 本当、に…お前、趣味…悪いぞ…!ひっ…」

「うるさい口だ…? こちらの口を弄って…少し黙らせた方が良いな。
…どうせなら、こういう時は文句ではなく…甘く啼く声を聞きたいからな…」

「ひゃあ…! んんっ…!

 こちらは、ほんのりとした淡い照明が灯っている中でこんな挑発的なポーズを
取らされているだけでも羞恥の余りに死にそうになっているのだ。
 だから眼鏡の意地悪な物言いに、本気で拗ねそうになった。
 だが…自分の蕾に、たっぷりとローションを塗りつけられて…其処を何度も
指を抜き差ししながら擦り上げられてまともに言葉を紡げなくなる。
 
―すでに男は、克哉の感じる部位を知り尽くしている。抗える筈がない

 ヒクヒクヒクと…早くも内部が蠕動して、浅ましく眼鏡を求めているのが
自分でも嫌でも判ってしまう。
 滑らかに眼鏡の指が出入りを繰り返し、その度に克哉の全身は大きく震えて
次第に興奮で、朱に肌を染めていった。

「あっ…やっ…! そこ、ばかり…弄る、なよ…! も、先に…オレ、が…
おかしく、なって…しまう、から…っ!」

「ダメだ…。忘れられない一夜にしてやる、と言ったのを忘れたか…?」

 意地悪に、そして甘い色を帯びながら眼鏡が耳元で熱っぽく囁く。
 耳の後ろや首筋に、沢山強く吸い付かれながら…気が狂いそうになる
くらいに蕾ばかりを攻められていく。

「やだぁ…其処、ばかり…弄る、なよぉ…!」

 早く眼鏡が欲しくなって堪らないのに、求めているものが与えられずに…
代わりに指でばかり攻められて克哉はともかく…もどかしくて啼く事しか
出来なかった。
 その間、眼鏡は…背中にも執拗に吸い付いて、ともかく無数の赤い痕を
刻み付けていく。
 もう、感じすぎて…与えられる鈍い痛みに全て気づく余裕すらない。

「くくっ…綺麗だぞ」

「なっ…何が…?」

 唐突にそう囁かれて、克哉が驚きの声を零していく。
 その様子を見て、眼鏡は可笑しそうに笑っていった。

「…お前の背中に、今…花火みたいに赤い花が咲かせたぞ。…存外、良く
似合うな…」

「オレ、の…背中に…?」

 そんなに沢山、吸い付かれたのだろうか…? 
 もう発狂するのではないかと思うくらい…前立腺ばかりを攻められて
いたので記憶すら定かではなかった。

「…あぁ、お前が俺のものである証を…な。今、たっぷりと刻み付けた…」

 ねっとりとした声音で、低く耳元でそう囁かれると…フイに、克哉の
胸に嬉しさがこみ上げていく。
 それはこの一時が夢ではない証。
 …その痕こそが、紛れもなく今ここに、もう一人の自分がいるという証でも
あったのだ。

 痛み交じりでも良い。
 一方的過ぎる快楽を与えて、どれだけ泣かされても良い。
 もう二度と…いなくならないで欲しかった!
 だから、克哉はすでに掠れ始めた声で、呟いていく。

「…嬉、しい…」

 目の前に、幾つも花火が舞い散っていく。
 こんな体制を取らされているので…克哉の方から、眼鏡の表情を
伺うことは出来ない。
 けれど…背中全体に、包み込まれるような暖かさが感じられる。
 その温もりすら、愛しくて幸せで…。
 だから余計に、相手が欲しくなってキュウ…と強くその指を
食い締めていってしまった。

「…随分と、貪婪に俺の指を締め付けてくるな…」

「…当たり、前だろ…! もう、欲しくて…気が狂いそう…なんだか、ら…!」

 耐え切れずに克哉が、相手の方に振り返っていくと…その瞳は
快楽に甘く濡れて、潤み始めている。
 アイスブルーの瞳が、まるで宝石のようにキラキラと輝いて…こちらを
心底求めている色合いを帯びているのを目の当たりにして…眼鏡の忍耐も
ついに限界に達していた。

(…こいつがこちらを強く求めて、懇願するまで追い詰めたかったが…そろそろ、
俺の方も限界だな…)

 その目を見て、男はついに観念するしかなかった。
 もっと追い詰めて…こちらが欲しいと泣いて、懇願して訴えてくるまで追い詰めて
泣かせなかった。
 だが、そんな欲望も諦めざるを得ない程…今の眼差しは破壊力があって
眼鏡の心を激しく煽っていった。

「入るぞ…お前の、中に…」

 熱っぽくそう囁きながら、相手の蕾に熱い塊を押し当てて…そのままズブズブと
蕩けきった肉路を割り開いていく。

「あっ…あぁぁ…っ!」

 ―その瞬間、克哉の全身は大きく震えて、唇から歓喜の嬌声が零れ始めていった―
 せっかく在りし日~の後日談をやっているので、本日の深夜に
ようやく「はじめに」のページから閲覧しやすいように『在りし日の残像』の
リンクを繋ぎました。
 月曜日か、火曜日中に…と言っていたのに遅くなってすみません。

 これで現在の時点で、連載が完了した話は大体アップしたかな?
 一話で終わっている関係のものの収録がまだ終わっていませんが
それも時間取れたら近い内にやりますね。
『夏の残影』は今週中には完結予定の短めの話ですが、終りまで
良かったら付き合ってやって下さいv
 ※この話は7月いっぱいに連載していた『在りし日の残像』の後日談に当たる話です。
  その為、克克の夏祭りのお話でありますが…その設定が反映された会話内容と
描写になっています。
 それを了承の上でお読みください(ペコリ)


―屋形船の中で佐伯克哉は非常に緊張していた。

(ど、どうしよう…意識するなって言われても、この状況で無理だよな…)

 目の前には、二人分にしては相当に豪勢な料理が立ち並んでいる。
 鳥の唐揚げに、焼き鳥盛り合わせ。枝豆に揚げ出し豆腐、それにタイやマグロ、
ホタテ、ヒラメ、トビウオなどを盛り込んだ刺身の盛り合わせに…サーモンが乗った
シーザー風サラダ。
 どの料理も見た目が綺麗なら、味も抜群なのだが…自分の前にこれだけの
品が並んでいても、眼鏡の事を意識しまくっている克哉には普段の半分も
味覚を堪能することが出来ないでいた。
 
 元々小型の屋台舟であった為、宴会場の広さは12畳程度といった感じだ。
 それでも5~10人分の宴会をするのなら充分な広さがあった。
  両側の障子は開け放たれていて、その上に祭を感じさせる朱色の提灯が
ぶら下がって室内を暖色系の明かりで照らしてくれている、
 宴席の卓は部屋の中央に設置されていたので…少し移動すれば、窓際から
花火を楽しむ事が出来る状況はなかなかの贅沢だ。

―だが克哉を其処まで緊張させている要因は他にあった。

 部屋の隅の方に、流麗な柳の絵が描かれた屏風で覆われているスペースがある。
 そこには恐らく…一応隠されているが、先程のMr.Rと眼鏡の会話から察するに
寝具、ようするに布団が敷いてあるに違いない。
 その先の展開をどうしても想像してしまい…嫌でもソワソワしてしまう。

(あぁ…もう! こんなんじゃまるで新婚みたいじゃないか…!)

 眼鏡に抱かれる事を想像して、こんなに落ち着かなくなって。
 悶々としながら一人で百面相をしているなんて…凄く恥ずかしくて居たたまれない。
 しかしそんな克哉の葛藤を知ってか知らずか、こちらをやきもきさせている張本人は
シラっとした顔をしながら、悠々とお猪口で酒を楽しんでいた。
 黒い生地の、粋な浴衣を着ている今の彼には…そんな仕草も妙に様になっていて、
それが悔しい事に格好良いから余計に克哉は腹が立った。

「…どうした? さっきから落ち着かない感じだが…?」

「…べ、別に…何でもないよ…」

「…嘘をつくな。今から…俺に抱かれる事を想像しているんじゃないのか…?」

「…っ! 判っているなら、聞くなよ」

 図星を突かれてしまって…克哉はプイ、と拗ねたような顔を浮かべてソッポを
向いていく。
 今の火照っている顔をどうしても、直視されたくなかった。
 だが…眼鏡が喉の奥で笑っている気配を感じるとどうしてもムッとしたくなる。

(…こんなんじゃ、オレばかりが…あいつを好きみたいじゃないか…)

 こういう男だっていうのは、今までにも散々思い知らされている。
 眼鏡の意地悪な部分は、時々ムカっと来る事もあるけど…それが同時にこちらを
誰と応対するよりもハラハラドキドキさせるのも、判っている。
 けれど…こっちがこれだけ意識しているのだから、向こうも少しくらいは…緊張
している素振りを見せたって良いのではないか?

「…心配しなくても、後で存分にお前を可愛がって…沢山、啼かせてやるさ…」

「…っ! だから…そういう恥ずかしい事をシレっと言うなってば…!」

 今の一押しで、完全に克哉は拗ねモードに入ってしまったらしい。
 だが、眼鏡はどこまでも面白そうにこちらを眺めてくる。
 それが余計に癪に障って…克哉は一旦立ち上がり、窓際の方へと移動していった。

「…夜風に当たってくる!」

 しかしすでに屋形船は動き始めてしまっている。
 この狭い船内において、克哉が逃げられる場所も…身を隠せる処もない。
 それを承知の上でも…良いようにからかわれているのが悔しくて、少しでも
離れたくて…克哉は左側の、開け放たれている縁側に移動していった。
 
―その時、丁度最初の花火が打ちあがっていった。

「あっ…」

 食事を食べている間に、どうやら七時半を回ったようだ。
 夜空に鮮やかな花火が広がっていく。
 最初の一発目は…鮮やかな赤。
 そして、緑、青、紫…金色と、まずは小さい華が紺碧の空に広がっていく。

「綺麗、だ…」

 花火をこうやってゆっくり見るのなど久しぶりで…克哉はつい、それに
視線と意識を奪われていく。
 本人は気づいていないが、その横顔はとても綺麗で…見ている人間の
心を大きく煽っていく。

「………」

 だからいつの間にか、眼鏡が同じように宴席から立ち上がってこちらに忍び寄って
いた事など気づいていなかった。
 そして…唐突に背後から、強い力で抱きすくめられていく。

「っ…!」

 克哉が声を詰まらせていくと…ふいに首筋に暖かく柔らかい感触を感じていった。
 そして間もなく、鈍い痛みがそこに走っていく。

「あっ…ぅ…」

「…相変わらず、イイ声だ…」

「そ、んな事…な、い…! うぅ…」

 そのまま脇の下に両腕を通されて、浴衣の合わせ目から手を差し入れられていく。
 眼鏡の指先が、克哉の胸板全体を的確に撫ぜ擦り…微かに色づいていた胸の突起を
探り当てていく。

「…触れる前から、硬くなっているな。早くも…俺の指を弾き返している…」

「…バカ。言うなよ…」

 そう反論していくも、その抵抗は弱々しい。
 男の指先が執拗に尖りを弄り上げて…左右同時に快楽を与えられていくと
早くも小刻みに克哉の肩は震え始めて、唇から甘い吐息が零れ始めていく。

「あっ…はっ…」

 たった、それだけの刺激。
 しかし克哉の身体を熱く疼かせるにはそれで充分だった。
 身体の奥に、早くも火が灯り始めていく。
 相手の腕の中に抱きすくめられて、胸を弄られる。
 それしきの愛撫でも…下肢を硬く張り詰めさせるには充分で…。

「…花火を見ながら、お前を抱くのも一興かもな…」

「ふっ…」

 耳朶に舌を這わされながら、熱っぽく囁かれて…ゾクンと震えた。
 そのまま、窓際の木製の手すりを掴まされる格好で…眼鏡に背後から
覆い被さられていった。

「…忘れられない一夜にしてやろう…」

 そう告げながら、眼鏡は背後から…克哉の顎を捉えて、強引に振り向かせていくと
熱いキスを交わし始めていった―
 
 ※この話は7月いっぱいに連載していた『在りし日の残像』の後日談に当たる話です。
  その為、克克の夏祭りのお話でありますが…その設定が反映された会話内容と
描写になっています。
 それを了承の上でお読みください(ペコリ)
 
  ―遠くで祭囃子が聞こえる中、闇の中を二人で歩く。
 
 人気のない道のりを、眼鏡に強い力で手を引かれながら進んでいく。
 あまり舗装されていない、生い茂った雑草を掻き分けるようにして
歩き続ける。
 そうしている内に…水音が、近くでしている地点まで辿り着いた。
 
 先程の閑散とした神社の裏側に比べて…川べりはこれから始まる
花火を観覧するのに最適なスポットだ。
 チラホラと人影が見える。それが克哉には少し恥ずかしかった。

(…オレ達二人は、他の人にはどう映っているんだろう…)

 大の男二人が、手を繋ぎながら風を切るように歩いているのは…
どう映っているのかが少し気になってしまった。
 だが、自分の手を引く眼鏡の足取りに迷いはない。
 その自信に満ち溢れた背中に…はあ、と一つ溜息をつきながら克哉は
観念するしかなかった。

(…本当に、惚れた弱みとはこの事だよな…)

 さっき、彼に触れられた唇が火照っているように感じられた。
 あんな風に自信ありげで、ともすれば傲慢とも取れるような態度を久しぶりに
見て…心臓がバクバク言っている。
  手を引かれている自分の頬が、こんなにも赤くなっている事を誰かに
悟られないか…気が気じゃなかったが、そんな事を逡巡している内に…
いつの間にか、また人気がない地点に辿り着いていた。

 其処は先程の神社に負けず劣らず、人気がなさそうな場所だった。
 夏の間に生い茂った樹木が処狭しと天を覆い隠してしまっているので…
この辺りには殆ど人はいなかった。
 傍から見ても到底…花火を観るのに相応しい場所とも思えなかった。

(…どうして『俺』は…こんな処に連れて来たんだろう…?)

 克哉の中で疑問が次第に浮かんでくると…。

「用意は済んでいるか」

 生い茂った黒い木々の奥を進んでいくと…其処は随分と前に、人々に
打ち捨てられた木で出来た船着場のようだった。
 どことなく漂う朽ち果てた気配は、不気味な気配を漂わせている。
 その中心で眼鏡が立ち止まって…そんな事を口にしていくと…やや強い
風が吹きぬけて、周囲の樹木がザワザワザワと葉擦れ音を立てていく。
 
―次の瞬間、船着場の端に一人の男の人影が立っていた。

「えぇ、こちらの方に万全に整えてあります。お待ちしておりました…
我が主。こうしてまた、貴方にお会い出来てお役に立つことが出来たことを
光栄に思いますよ…」

「Mr.Rっ…!」

 オペラの役者のように、歌うように話すその口調を聞いて克哉が驚きの
声を上げていく。
 漆黒の衣装に、長い金色の髪をおさげで纏めてある…眼鏡の男。
 傍から見てここまで胡散臭い雰囲気を漂わせている人物などそうそう
お目に掛かれないだろう。
 其処にいたのは紛れもなくMr.Rと名乗る謎多き男。
 克哉の運命を大きく変えた銀縁眼鏡を手渡し…そして三年前の一件では
影ながらに自分達に援助をしてくれた人物だった。

「あぁ、お久しぶりですね…。佐伯克哉さん。貴方とこうしてお会いするのは
三年ぶりになるでしょうか。お元気なようでなりよりです」

「あっ…はい、ありがとうございます…」

 躊躇いがちに克哉が答えても…相変わらず黒衣の男は瞳を細めながら
ニコニコと笑うのみだ。
 いつ見ても作り物のような笑顔だと思う。
 一見すると人懐こく見えるのに…同時に仮面のようにすら思える時があって
そのせいでこの男の真意が見えた試しがない。

「…長々とした挨拶は良い。そろそろ案内を頼めるか…?」

「はい、仰せのままに。我が主…」

 眼鏡が焦れたように呟くと、男は恭しく頭を下げていきながら…
踵を返していく。
 夜の川は…まるで、一つの生き物のようにさえ感じられる。
 一定のリズムを持って波打つ水面は…街灯が殆ど存在しない藍色の
帳の中ではどこか怖いものさえ感じられていく。
 其処に向かって…Mr.Rがこちらを誘導していく様は…再び、この男に
非日常へと誘われているみたいで…克哉は少し緊張した。
 
―だが、そんなこちらの心中を読み取ったかのように…眼鏡が強く
克哉の手を握り込んできた。

「っ…!」

 その思いがけない指先の強さに、ハッとなって隣に立つ男の顔を
見つめていく。
 すぐ目の前に…心配するな、と訴えているような眼鏡の笑顔がある。
 それを見て…克哉はようやく安堵の息を零していった。

「…行くぞ。モタモタしていたら、せっかくの花火のを見そびれて
しまうからな…」

「…うん、御免。…行こう」

 そうして再び歩み始めていく二人に向かって、川風がゆるやかに
吹き上げて…身に纏う浴衣の袖や裾を靡かせていく。
 目の前に広がる、水面の闇に…少し怖いものを覚えたけれど、こうして
傍にもう一人の自分がいてくれるなら、怖くなかった。
 繋がった手から…相手の温もりと鼓動が感じられる。
 克哉の方からも、強く握り込んでいくと・・・それに応えてくれるように、
眼鏡も握り返してくれた。

(…凄く、幸せだな…)

 この関係を不毛と思う時期は、とうに過ぎていた。
 誰を傷つける事になっても、何でも…克哉は三年前にこの手を取る事を
すでに選んでいる。
 ただ、手を繋ぐだけ。こうしてお互いに寄り添っているだけでも…今の克哉は
とても幸せで、ふとした瞬間に涙ぐみそうになる。

―この手を永遠に失わないで済んだ事を、ただ感謝した。

 ゆっくりと古びた船着場を歩いていくと…ふいにMr.Rがこちらを向き直って
高らかに告げていった。

「貴方様が所望なされた物は…こちらにございます」

「…ご苦労だったな。飲食出来る物も用意してあるか…?」

「はい。簡単なものでございますが…貴方達が好みそうな酒や肴の類は
取り揃えてあります。…良い一時をお過ごし下さい」

(何があるんだ…?)

 その会話が成されている間…後ろを歩く、克哉にはまだ川辺に用意された品が
見えていなかった。
 だが、眼鏡がその手前に立って…ようやく、薄暗い中に浮かんでいる物を
確認していくとぎょっとなった。

「こ、これ…! どうしてこんな処に屋形船がっ!?」

「…我が主が望まれましたので、こちらで特別にチャーターさせて頂きました。
夜明けまで貴方達二人の貸切ですので…お好きなようにお過ごし下さい。
当然、寝具の方のご用意もさせて頂いてありますから」

「っ…!」

 寝具、という単語の指す意味を察して、克哉の顔が真っ赤に染まっていく。

「ほう…? 気が利くな」

「えぇ、愛し合うお二人がお過ごしになるのでしたら…必須になると思いまして」

(平然とそんな内容を話し合うな~!)

 今更、この男にそんな隠し事をしても無駄だというのは判りきっているが…
それでも自分達の関係が筒抜けである事は火が吹きそうになる程、恥ずかしい
ものがあった。
 だが、そんな克哉の心の叫びは目の前の二人に届く事はない。

「ほら、行くぞ」

「あっ…うん」

 そして、迷いのない手つきで…眼鏡に手を引かれていく。
   だが屋形船の手前に辿り着くと一旦、手を離されて先に眼鏡が軽やかな
足取りで船へと渡り、克哉の方に振り返っていった。

「…もうじき、花火が始まるぞ…。時間が勿体無いから早くついて来い」

「…うん、判った」

 相変わらずの、ぶっきら棒な物言い。
 だけど…どれだけ暗くても克哉には判ってしまった。

―今、目の前に浮かべられている笑顔がとても優しいことに

 それに気づいて…克哉は神妙に頷きながら、向こう岸から差し出された手を
そっと取っていく。
 …眼鏡の手は、相変わらずとても暖かかった―
 
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香坂
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女性
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派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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