鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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薬を盛られて、鈍重になった身体に歯噛みしながら必死になってベッドの上で
身を捩って、懸命に抵抗を試みていく。
「くそっ はな、せ…っ!」
薬によって、身体の自由を奪われていたせいか…声すらも途切れ途切れで掠れて
しまっているのが情けなかった。
太一は背後から、克哉の背中に圧し掛かり…克哉のシーツを半ば乱暴にボタンを
引き千切って脱がせていくと…それで手首を拘束しようとしていた。
だが克哉とて、黙って大人しく好きにさせておく程…甘くはない。
全力で相手に蹴りを入れたり、頭突きをかましたり…爪を立てて相手の肌の露出
している部分を引っ掻きまくったり形振り構わずに反撃し続けていた。
そのおかげで…すでに太一はあちこち、傷だらけの状態になっていた。
「…それは、こっちのセリフだよ…! くそ…本当にあんた、一筋縄じゃいかないな…!
少しぐらい大人しくしたらどうなんだよっ…!」
太一の方も苛立ちを隠せない様子で舌打ちしながら、それでも…どうにかして
克哉の拘束に成功していく。
だが…相手の目は決して、この不利な状況下においても…負けていない。
こちらを今にも射殺しそうなくらいに鋭い眼差しで、真っ直ぐに見つめていく。
「…あんた、本当にこの状況が判っていないみたいだな…。少しぐらい、しおらしい
態度の一つでもしたら…どうなの?」
「お、こと…わり、だ…! お前に、気持ちまで…屈して、やる…もの、か…!」
すでに克哉の身体は、ずっと続く原因不明の消耗と…太一が盛った薬の効能に
よって…満足に動かせる状態などではなかった。
それでも気力で痺れる身体を動かし、言葉を紡いでいく。
「へえ…ほんっと、あんたって強情だよね…。その強がりが…どこまで持つか…
試させてもらうよ…」
―あの人と同じ顔と声をしている癖に、可愛げがない態度ばかりを取る…
眼鏡に、本気で太一は苛立ちを覚えていた。
拘束した相手をシーツの上で四つんばいにさせて…シャツを剥いで剥き出しに
なった胸肌を…背後から両手を使って摘まんでいく。
「くっ…」
「少しぐらい…色っぽい声、出したら…? せっかく…俺が、あんたがしてくれたように
…してやろうって思っているんだから…さ…?」
酷薄な笑みを浮かべながら、太一は眼鏡の耳朶を甘噛みして…熱い吐息を耳奥へと
吹き込んでいく。
胸の突起を執拗に弄られると、反射のせいだろうか。
瞬く間に硬く張り詰めて…相手の指を押し返していく。
「へえ…嫌そうな顔している癖に、もう反応しているじゃん…。俺の指をこんなに
強く弾き返しているぜ…?」
「や、め…ろっ…!」
口を必死に食いしばって、甘い声など漏らすまいと…必死の想いで抵抗を
続けていく。
だが…そんな克哉の口の中に片手を突っ込んでいくと…歯列や舌を指先で
弄び始めていく。
口腔をまさぐられる嫌悪感と紙一重の怪しい感覚に…克哉は歯を立てて
噛み付く事で反抗の意思を示そうとした。
だが…自由の効かない身体では、その噛み付く力すらも…普段より遥かに
弱々しいものとなってしまっていた。
(…このまま、ヤラれて…堪るかっ…!)
基本的に自分は、相手を抱く方が性分に合っているのだ。
なのに…こちらが太一ごときに良いようにされて犯される羽目になるなど
冗談ではないと思った。
力の入らない顎に、どうにか力を込めて…やっと歯型がうっすらとつけられた。
それぐらいともなれば、相手も痛みを感じるらしい。
口から指を引き抜いていくと…憎々しげに言葉を吐いていった。
「…っ! へえ…? そこまで俺に逆らうんだ…? それなら…お仕置きして、
今の自分の立場って奴を思い知らせてあげるよ…っ! 克哉さん…っ!」
ふいに太一に、下着ごとズボンを引き摺り下ろされてぎょっとなった。
克哉の日に焼けていない白い臀部と太股が、蛍光灯の光に照らされて露出
させられていく。
ふいに…まだ柔らかさを残している茎を握り込まれてぎょっとなった。
「…よ、せっ…! やめ、ろ…っ!」
「俺の時は、幾ら止めてって言っても…あんたは止める気配なんてカケラも
見せなかっただろ…? こういうの、自業自得っていうんだよ。知ってた…?」
その時の太一の表情は…普段の人懐こい彼の態度と笑顔を知っている人間
なら一瞬我が目を疑うぐらいに冷酷なものだった。
相手の首筋に色濃く、何度も口付けていく。
その度に眼鏡の身体は反射的に震えるが…その身体の硬さから…決して彼は
この行為を受容していない事を思い知らされる。
背中から、肩甲骨…首の付け根から肩口に至るまで…何度も何度も、執拗な
くらいに赤い痕を刻み込み…所有の証をつけていく。
(こんな事で…克哉さんが手に入る訳じゃないって…判っているけれど…)
それでも、他の誰かに取られたくない。
己の中にメラメラと燃える、その感情だけは紛れもなく真実のものだった。
どちらの克哉でも、他の誰かと…キスしていたり、抱き合っている姿など見たくない。
数日前にそれを自覚させられたばかりだ。だが…。
(この腕の中にいるのか…俺の大好きな方の克哉さん、だったら…?)
ふと…相手を無理やり縛りつけながら、犯そうとする自分に疑問を覚えた。
もし、自分の良く知っている…穏やかで優しく笑う克哉が目の前にいたのなら…
自分はきっとどこまでも優しくする。
あんな事をされた事も水に流せる。
…そして、恐らく自分はどこまでも…相手を慈しむように触れて、抱いて…。
「…お前、一体…何を、考え…て、いる…?」
その想いが過ぎった瞬間、相手を扱く手は止まってしまっていた。
そして部屋中に、眼鏡の掠れた低い問いかけが響いていく。
薬に侵されて、指一本動かすのも辛いであろう状況下で…それでも男は必死に
こちらを振り向き、気丈な眼差しで見つめていく。
―蒼い双眸には、強い怒りの感情が瞬いていた。
(見透かされている…?)
射抜くような清冽な視線に、一瞬太一の方が呑まれていく。
身体の自由を奪われる薬を飲まされ、両手を拘束されて…ベッドの上で獣のように
四つんばいにさせられた状態でも、決して…眼鏡は屈する意思を見せなかった。
確かに…この男への想いを、自覚はさせられた。
だが…その気持ちと、不当な行為に対しての憤りは彼の中では別だった。
確かにこれは…彼に以前行った行いに対しての反撃なのかも知れない。
しかし…大人しく、ヤラれてやる気持ちなど毛頭なかった。
例え、犯される現実がこの状況では覆せないとしても気持ちだけは負けてなるものか!
そんな強い想いが、その眼差しには…はっきりと込められていたのだ。
…そのような眼鏡の態度が、余計に太一を苛立たせる結果となっていたのだが…。
「…お前、もし、かして…もう一人の<オレ>の事、を…考えて、いた、んじゃ…
ない、のか…?」
図星を突かれた瞬間、こちらの心臓が凍りつくかと思った。
相手の弱い場所を探ろうとする不埒な手が、思わず止まっていく。
その動揺を悟られたのだろう…。
追い上げられて、息を乱しつつも…男の目はどこまでも冷徹にこちらを見上げて
―嫣然と微笑んでいく。
「ひ、どい…男、だ…。こ、うして…俺に触れて、おきながら…別の、奴の…事を
…考えて、いる…なんて、な…」
「違う! どっちも…同じ、あんた…だろうっ!」
―気づけば、形成は逆転されていた。
手を止めた瞬間に、眼鏡は相手の意図を察したのだろう。
絶体絶命とも言えるこの状況下で…屈するのを良しとしない心意気が…相手の
弱点を正確に見出し、的確に指摘させている。
身体の自由は最早、効かない。
最初は全力を振り絞れば、抵抗が出来たが…薬の効能が全身に及んでしまっている
今は…頭と目と口先ぐらいしか、克哉の自由に出来る場所は存在しなかった。
だから男は容赦せずに続ける。
相手を論破して打ち負かす唯一の綻びを見逃さずに…!
「…ほ、う…? お前が…以前に、言ったんじゃ…ない、のか…? 『違う、こんなの
克哉さんじゃない! あんた一体誰なんだよ…!』って、な…」
「そ、それは…!」
克哉は一言一句、間違う事なく…正確に以前に自分が太一を犯した時に
彼自身がのたまった台詞を口に上らせていく。
太一の表情に…動揺が走っていく。
そのまま…思いっきり相手の方に口を寄せて…噛み付くように口付けてやった。
「っ…!」
うめき声を漏らしたのは太一の方だった。
口の端から血の味が、口腔中に滲んで広がっていった。
声の振動が伝わるぐらいの至近距離で…男は絶望的な言葉を囁いていった。
『俺は…佐伯克哉、だ…。いい加減…その、現実を…認め、ろ…!』
「嘘だっ!」
咄嗟に、太一は叫んでしまっていた。
男が告げた残酷な現実を否定するように。
自分の中にくっきりと今も浮かび上がる…愛しい人の面影を打ち消されないように…
瞳から涙を浮かばせながら、キッと強い眼差しで睨み上げていった。
その瞬間…自分の本心はどこにあるんだろうか…と太一はつい自問してしまっていた。
佐伯克哉という人間を愛しいのか、憎んでいるのか。
相手を抱きたいのか、痛めつけて思い知らせてやりたいのか。
果たして好きなのか…嫌いなのか、どちらなのか…一瞬、判らなくなった。
思考回路が支離滅裂になる。
自分の感情が、思考が…全てがグチャグチャになって、本心がどこにあるのか…
自分ですら判らなくなっていた。
一つ、確かなことは…自分は、もう一人の克哉の事を行為の最中に思い出した事で…
相手に付け入る隙を生み出してしまったという事だった。
「あんたなんて…俺の克哉さんじゃない!!」
彼の唇から泣きながら…目の前の男を否定する言葉が残酷に放たれていく。
その瞬間…彼は優位に笑っているように見えて、実際は深く心を痛めている事など…
強すぎる想い故に盲目になっている彼には気づく筈がない。
「太、一…」
「…っ?」
そう呼び掛けた声音は一瞬、自分が良く知っている克哉の方の声に似ている気がした。
おかげで余計に訳が判らなくなる。
次の瞬間、目の前の男から感情の色が消えていく。
そして無機質な声で、問いかけられた。
―オマエガアイスルカツヤハ、イッタイドチラナンダ…?
それは作り物の、合成ボイスか何かだと疑うくらいに…感情が込められていない声音。
太一はその声に呆然となっていた。
だが残酷な問いかけは更に続けられていく。
―オマエハ、ドチラノカツヤニ…イキノコッテホシインダ…?
先程までこちらを射殺せる程に強かった眼差しに、混沌が宿っていく。
優しさと猛々しさ、両方が入り混じった不思議な色合いの眼差しが…太一を、どこか
虚ろに見つめていく。
余計に彼は唖然となり…彼の態度の豹変振りに付いていけなくなっていた。
「あんた、は…一体…何、を…!」
―コタエロ
それは、冷然と言い放ち…太一に答えを求めてきた。
その瞬間…克哉の目はガラス玉のように澄み切り、整った顔立ちはまるで人形のように
無表情へと変わっていく。
―ホカナラヌオマエガ…コタエロ!
抗う事すら出来ない程、強い強制権を持って…男は太一に命じていく。
自分は一体、何を抱こうとしていたのだ?
先程まで感じていた憎しみ、憤怒、嫌悪、嫉妬、黒い感情の全てが吹き飛ばされる
ぐらいに驚愕し、目の前の非現実な光景に呆気に取られていく。
拘束して、薬を盛って…それが卑怯な手段であった事など百も承知だった。
なのにどうして…このような流れとなり、事態となるのかが…理解出来ない。
初めて眼鏡を掛けた克哉と会った時と同じだ。
あの穏やかで優しい人の中に…果たしてどれくらいの顔が存在して、こちらを
驚かせれば気が済むのだろうか…。
(今の克哉さん…怖い! 何か…鬼気迫るものすら…感じるっ!)
先程まで痛いぐらいにジーンズの下で張り詰めていた欲望は…克哉の態度が
豹変したのと同時にすっかり萎えてしまっていた。
おかげで頭の血がすっかり下がり…呼吸と心拍数も、普段の状態になっていく。
怖かった。心臓が凍り付いてしまうかと思った。
だが…相手の問いかけに真っ先に浮かぶのは…やはり、穏やかに儚げに笑う…
克哉の方だった。
だから太一は答えていく。
恐怖を覚えながらも…真っ直ぐ相手の目を見つめて、声高に叫んでいく…!
―俺が…愛しているのは……の、克哉さん、の…方だっ!
そう叫んだ瞬間、能面のようだった相手の顔が…ぐにゃりと奇妙な感じで
歪んだような気がした。
それは今にも泣きそうな顔にも…満面の笑顔を浮かべているようにも、どちらとも
解釈出来るような…不思議な表情だったからだ。
次の瞬間、膝を突いて半ば上半身を浮かせ気味だった克哉の身体が…支えを
失ったかのようにいきなりベッドシーツの上に倒れこんでいく。
「克哉さんっ!」
その様子が余りに唐突だったので、慌てて太一は…何も考えずに克哉の傍へ向かい
身体を起こしに掛かっていく。
肩に手を掛けて…その顔を覗き込んでいくと。
「えっ…?」
其処に浮かんでいた彼の表情を見て、太一は呆然となった。
それはあまりに…予想もしていなかったものであったから。
そのまま…克哉の顔を凝視しながら…青年は暫し、その場で固まり…その全身を
忙しなく震わせ続けていた―
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祝! 新婚第一位! と個人的には凄い萌えているのに
本日は…え~35話執筆で半ば泣き入っている香坂です。
こんばんは!(ヤケ気味)
…今日、何回もあ~でもない、こ~でもないと過去最大の
書き直ししまくっています。
…という訳で本日(28日分)の更新…日付ギリギリになるか
もしくは超えるかも知れません…。
黒太一がリードしようにも、眼鏡が死んでも譲らんので
恐ろしいぐらいの難航ぶり発揮しやがっています。
この男、薬使っても惚れていると自覚していても…自分の
ポジションは決して譲ろうとしません。
…所詮、私が書くと太一も眼鏡も攻め気質なのは変わらんので
攻めVS攻めにしかならないって思い知らされました…。
…それでも、とりあえず今晩中には形にします(T○T)
…ここまで話の上で必須になるから仕方なくとは言え…
眼鏡の受け場面を書くのに苦戦を強いられるとは思わなかったっす…。
私の中の眼鏡は、絶対的に攻めです…。
他の人の眼鏡受けは抵抗なく読める癖に…自分で書くとここまで眼鏡が
反発して思い通りに動かなくなるとは…(そして予想外の行動ばかり取られる…)
…つか、眼鏡…何故ここまで可愛くならないんだろう…。
書いてて本当に自分でも不思議でしょうがないっす。がう…。
ただ、もうじき…自分の本当に書きたいと思っている場面まで間近なので
頑張って書いていきます。もうちょいお待ち下さい…(ペコリ)
本日は…え~35話執筆で半ば泣き入っている香坂です。
こんばんは!(ヤケ気味)
…今日、何回もあ~でもない、こ~でもないと過去最大の
書き直ししまくっています。
…という訳で本日(28日分)の更新…日付ギリギリになるか
もしくは超えるかも知れません…。
黒太一がリードしようにも、眼鏡が死んでも譲らんので
恐ろしいぐらいの難航ぶり発揮しやがっています。
この男、薬使っても惚れていると自覚していても…自分の
ポジションは決して譲ろうとしません。
…所詮、私が書くと太一も眼鏡も攻め気質なのは変わらんので
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…それでも、とりあえず今晩中には形にします(T○T)
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私の中の眼鏡は、絶対的に攻めです…。
他の人の眼鏡受けは抵抗なく読める癖に…自分で書くとここまで眼鏡が
反発して思い通りに動かなくなるとは…(そして予想外の行動ばかり取られる…)
…つか、眼鏡…何故ここまで可愛くならないんだろう…。
書いてて本当に自分でも不思議でしょうがないっす。がう…。
ただ、もうじき…自分の本当に書きたいと思っている場面まで間近なので
頑張って書いていきます。もうちょいお待ち下さい…(ペコリ)
『NO ICON』 「三人称視点」
―それは秋紀が克哉の病室を訪ねる少し前の事だった。
一日、殆ど眠りながら病室で過ごしていた克哉を目覚めさせたのは…太一専用の
メールの着信音だった。
電話の音でも、メールの着信音でも…彼だけがその曲を使用されているので
聞けば一発で、太一から来たものと判ってしまうのだ。
そのメールの本文には、簡潔にこう記されていた。
―この近くにあるセントラルホテル 1017号室で待っている。 太一より
その短い一文を見て…暫く考えた末に、眼鏡は…身体を起こして、やや覚束ない
足取りで病室を抜け出し…ここから徒歩十分以内の圏内にある…セントラル
ホテルへと足を向けたのだった。
丁度克哉の病室から見えるこのホテルは、都内の夜景を一望出来るスポットと
して有名であり…タクシーや、この周辺の道行く人に尋ねても大抵は皆、知っている
くらいである。
ホテルのロビーに辿り着けば、「五十嵐の連れだ」と係の人間に告げて…
1017号室への行き方を説明して貰う。
エレベーターで十階まで向かい、扉を出て右側の通路を進んでいけばすぐに
見つかると教えて貰い、人前に出ている間だけでも…気力を振り絞って、シャンと
した足取りで向かっていた。
(かなり…身体がキツイ、な…)
克哉の消耗は、昨日…唐突に太一と顔を合わせた時から一気に進んでいた。
久しぶりに顔を見ただけで…暫く大人しかったもう一人の自分がざわめき始めて…
それから、体中から力が抜ける感覚が抜けてくれなかった。
だが、それでも…黒服の男たちに囲まれた時点ではどうにか、こちらからも応戦して
辛うじて逃げる事が出来たが…今の自分が襲われでもしたら、とても太刀打ち出来なく
なっている事だろう。
その事実に気づいて…克哉は目的のフロアに降り立った時…つい苦笑してしまっていた。
(こんな様で…あいつと顔を合わす羽目になるとはな…)
いっそ、ここから引き返してしまおうか…という想いが一瞬過ぎったが…明朝に…
自分の本心に気づいてしまったせいだろうか。
…厄介な事に、太一からのメールを無視する事が出来なくなってしまっていた。
こちらの無様な姿を見て、果たしてどんな反応をするのか…歯噛みしたくなったが
廊下を歩いている間に、気持ちを整えて…平静を取り繕っていった。
程なくして、1017号室は見つかった。
扉の上部を何度かノックして、外からそっと声を掛けていく。
「俺だ…太一。開けろ」
限りなく横柄とも言える態度で声を掛けていくと、すぐにカチャという開錠する音が
聞こえて内側からドアが開かれていった。
「…どうぞ」
隙間から覗く太一の顔は、相変わらずどこか…不機嫌そうだった。
笑顔で歓迎される事など端から諦めていたので…今更傷つくこともなかったが…
人を呼びつけておいてその態度をされるのはやはり不快だった。
「入るぞ」
こちらも短くそう答えて、室内に入り込んでいく。
二人して部屋の中心に移動して…面を向かって対峙していく。
その瞬間から室内中に息が詰まるような緊張感が漂い始める。
両者とも、瞳の奥に剣呑な光を宿しながら睨み合っていく。
先にその沈黙を破ったのは…太一の方からだった。
「そろそろ…来る頃だと思った。このホテル、克哉さんがいた病院からそんなに
遠くないし…多分、迷わずに来れるだろうと踏んでいたから」
「あぁ…一応、ここは病室から見えるからな。…それで、どうしてこんな処に
俺を呼び出した? また…俺に可愛がって欲しいのか…?」
不遜な態度でこちらがそう挑発していくと…一瞬、太一の顔に…怒りのような
ものが滲み始めていく。
だが…そっぽを向いて、こちらから背を向けていくと…ミニキッチンを使用して
淹れておいたコーヒーの入ったマグカップをこちらに手渡していく。
「…そんな訳、ないだろ…っ! はい…コーヒー。多分長い話になるだろうから…
飲んでおいてっ!」
そういって、太一から…コーヒーを受け取っていった。
珈琲特有の濃厚な香りが鼻を突いていく。
…それで思い出す。そういえば太一は…喫茶店ロイドのアルバイトをやっていた事を。
(そういえばあいつと…太一は、あの喫茶店で知り合ったんだったな…)
ふと、そんな事を考えながら…黒い水面に視線を向けていく。
その瞬間…何故か違和感を覚えた。
太一の顔が、酷くこわばっているにも関わらず…ぎこちなく笑顔を浮かべようとして
いたからだ。
(何を企んでいる…?)
暫く顔を合わす事も、言葉を交わす事もなかったせいで…ここ最近に関しての
相手の情報を克哉は殆ど持っていなかった。
おかげで、相手の意図がまったく読む事が出来ない。
だが…躊躇いながらコーヒーに一口、口をつけた瞬間に…自分が覚えていた
違和感の正体にやっと気づいていく。
―何故、こいつは俺があの病院に入っていた事を知っていたんだ…?
昨晩、意識不明状態になってから…ついさっきまで、克哉の意識は途切れ途切れに
なっていて…誰にも連絡など取る事が出来なかった。
それなのに、来た早々に「そろそろ来る頃だと~」と太一は言っていた。
このホテルを選んだことからして、最初から…克哉があの病院に入っている事を
事前に知っていなければ辻褄が合わないのだ。
「…なあ、どうして…お前は俺があの病院に入っていた事を…知っていたんだ?」
相手を鋭い眼光で睨み付けながらそう問いかけていくと…太一の表情も、作り笑いから
一変して…強い憤りを宿した顔へと豹変していく。
「…本多さんから連絡があったんだよ。それで俺も…大急ぎで駆けつけただけだよ」
「嘘だな」
太一の返答に、克哉は確信を持って一刀両断するように否定していく。
「…俺は昨日から今日に掛けて、誰にも…自分から連絡して、あの病院に入っていた
事など…連絡していない。だからおかしいんだ…。どうしてお前が、あそこに俺がいる事を
知っているんだ…?」
「誰にも…? へえ…それなら、アイツは何? 克哉さんの病室に朝方に堂々と居座って
いた奴。…どうして、俺にも本多さんにも連絡がなかった癖に…他の人間が、克哉さんの
病室に…あんな時間帯にいた訳? しかも…やらしい事をしながらさ…!」
「…っ!」
太一の一言を聞いた時、克哉の方が驚愕してしまった。
今、太一が言った言葉は…紛れもなく秋紀がいた時の情景をそのまま口にしていたからだ。
それで符号が一致する。
今朝方、扉を叩きつけられるような音で…行為は中断されてしまった。
…その音を立てた犯人は、恐らく太一だと克哉は確信しながら言葉を続けていった。
「見ていたのか…お前。人のお楽しみを…邪魔するのはヤボじゃないのか…?」
「…てめえっ! 人を無理やり犯しておきながら…あっさりと…他の奴を平気で抱いたり
するのかよっ…! ほんっと、あんたって最低だなっ!」
「昨日は抱いてないぞ…。どっかの誰かさんが、思いっきり邪魔をしてくれたからな…」
平然とした顔で言葉を続けていく克哉に、太一の方はペースを乱されまくっていく。
相手からの容赦ない言葉がぶつけられる度に、青年の胸には…グルグルと怒りのような
感情が湧き上がっていった。
相手がドンドン、憤っていく姿が愉快で…優位に立っているのは自分だと、眼鏡は油断して
しまっていた。
だから…最初は警戒していたコーヒーにも、話が進む間に…喉がカラカラだった為に…
つい口に流し込んでしまっていたのだ。
怒りの感情を瞳に浮かべながら、太一は…憎々しげに克哉を見遣っていく。
…克哉は、それで良いと思った。
もう一人の自分を前にしたように…決して笑ってくれないのならば。
それなら…いっそ憎まれて、嫌われたりした方が…諦めがついて楽だったからだ。
だから、言葉が止まらない。
勢い良く、彼を挑発し…怒られる類の言語ばかりが口を突いて飛び出し続けていた。
「…あんな光景を目の当たりにして、俺が冷静でいられると…本当にあんたは
思っている訳?」
「…そちらこそ、俺を怒る権利などないだろうに…。別に俺とお前は、付き合っている訳でも
正式な恋人同士でも何でもない。俺が誰と寝ようと…恋愛しようと、太一…お前にこちらを
咎める権利などない筈だが…?」
心の底から愛しいと思っている存在と同じ顔と声で…こんな事を言われて
傷つかない人間などいないだろう。
冷たくそう言い放たれると同時に…太一は泣きそうな顔になっていく。
「…あんたが、それを…俺に、言う訳…?」
呆然としたような、今にも涙を零しそうな…そんな危うい表情で太一が呟く。
それを眼鏡は…冷然と肯定する。
「あぁ…そうだが?」
そう、眼鏡が返した瞬間…唐突に頭が真っ白になるような…身体中の
力が一気に抜けていくような感覚が襲い掛かってきた。
一気に背筋から凍るような悪寒がしたかと思えば…暫くすると、脊髄の
辺りからジワジワジワ…と妙な熱が競りあがってくる。
その感覚に、目を見開いていく。
「…な、んだ…これ、は…っ!」
いきなり、克哉が床に膝をつくような格好でその場に崩れていく。
その身体を…太一は、不適な表情を浮かべながら…支えていった。
「…やっと、薬が…効いて来たみたいだね…」
眼鏡が優位だった空気が、一気に形勢逆転していく。
その時の太一の表情を見て…克哉はぎょっとなった。
こんなに冷たく…獰猛な顔を浮かべている彼など、今までに一度も見た事が
なかったからだ。
「最初…克哉さんが警戒してコーヒーを飲んでくれなかった時には…正直
ヒヤヒヤしたけど…自分が優位になったと確信したら、やっぱり油断した
みたいだね…。そこら辺の読みは、俺の勝ちだったかな…」
「き、さま…!」
その一言を聞いて、克哉は本気で苦渋の表情を浮かべていく。
…万全の体制ならば、それくらいの事を予測出来た筈だったのだ。
だが…今の自分の詰めの甘さが、この事態を招いた事に気づいて…
悔しがったが、もうすでに…遅かった。
「…さあ、これからは…俺があんたをお仕置きしてやるよ。かつて…あんたが
俺にしたようにね…っ!」
そう克哉に向かって告げた太一の表情は、恐ろしいまでに冷たく…
猛々しいものだった。
そんな彼に…気持ちだけでも負けるまい、と。
眼鏡は…強い眼差しで相手を睨み付けていたのだった―
「須原秋紀」
須原秋紀は今夜も遅い時間帯に、克哉が今…入院している病院へと
向かっていった。
駅から歩いて夜のオフィス街を早足で抜けて、幾つかの横断歩道を
歩いて…危なっかしげに病院へ続く道筋を辿っていた。
(…昨晩は、何か…凄い慌しい一日だったなぁ…)
病院に向かう途中、公園で傷だらけの克哉に再会してからの事が…
一気に回想されていった。
あの時、克哉は意識が朦朧としていて…すでに苦しそうだった。
それから公園を勢い良く飛び出した時に、いかにもエリートサラリーマンと言った
風に男の車に撥ねられそうになり…そのまま、なし崩し的に病院に克哉共々…
車で搬送して貰う事になった。
御堂、と名乗った男は…そのまま、公園から程近い…以前に一ヶ月ほど克哉が
昏睡状態になっていた時に入院していた病院に自分たちを搬送してくれた。
彼の昏睡状態に関しては原因不明だったが、以前に怪我した時も同様の理由で…
一ヶ月程眠り続けていた事から、すぐに入院して再検査する事が決定し…御堂が全て
その代わりの手続きを受け持ってくれていた。
普通なら家族がやるべき事だが、以前の入院の際に…克哉の家族は他県に住んでいる
事は病院の人間も知っていた事だったので、最低限の手続きは彼が代行したのだ。
一見派手に見えた傷も…命に別状はないらしく、腹部の裂傷も今は完全に塞がっているので
外傷によって死に至る可能性は低い…との診断結果だけは、秋紀を安堵させてくれた。
御堂はその後、自分を車で送ってくれると申し出てくれたが…それを断り、ひっそりと
病院内に隠れて…頃合を見計らって、克哉の病室へと忍び込んだのだ。
それから秋紀は…途中、うつらうつらしながらも…ずっと傍らに居て、彼の手を
握り締めていたのだ。
眠っている克哉は、意識がないながらも…魘されていたようで…酷く苦しそうだった。
自分に何が出来るって訳ではなかった。
それでも…悪い夢から醒めて欲しい一心でずっと強く…手を握り続けていたら、
夜明け頃に…あの人の目が見開かれて、自分は…本当に嬉しかったのだ。
この気持ちは…以前に一夜、抱かれた時には気づかなかった。
けど…あの刺されたというニュースを聞かされて、ずっとやきもきして…どうしているのか
不安でしょうがない日々を送り続けて…やっと、克哉と言葉を交わせた瞬間に…自覚
せざるを得なかった。
…あぁ、自分はこんなに…この人が好きだったのだと。
自然と涙を溢れさせながら…気づかされたのだ。
克哉に引き寄せられて、キスされた時…秋紀は至福の心持ちだった。
幸せな気持ちに浸っていた自分と違って、触れている時の克哉の表情も…暗かったので
はっきりとは判らなかったけれど…苦しそうな、切なそうな顔をしていて。
少しでも…楽にしたいと思った。
だから…克哉が望むなら好きにして構わない、などと…そんな殊勝な想いを抱きながら…
身を委ねていた時に、扉が大きく鳴り響いて…ナースが駆けつけてくる気配を感じた為に
行為は中断されてしまった。
その為に…秋紀は身を隠してやり過ごした後、全力で病院を抜け出さなくてはいけなく
なり…一旦、家に戻ったのだ。
家に戻ったら、克哉が心配で…ずっと気を張り詰めながら殆ど寝ていなかったのが
いけなかったのだろう。
泥のように深く眠って、気づいたら一日が終わってしまっていた。
だから本音を言うと…せっかく土曜日で学校が休みだったのだから…もっと早くに
克哉のお見舞いに行きたかったのだが…身体の疲労だけはどうしようもなかった。
以前から、克哉が生きているのか…いないのか。
それすらも判っていなくてずっと不安を抱き続けていた…という精神的な疲れも
あったせいで…やっと会えた事で、少年も安堵して久しぶりに深く眠る事が出来たのも
理由に入っていた。
(あぁ…でも、克哉さんが生きている事だけでも…判って、良かった…)
そう、それだけは心から秋紀は喜んでいた。
もう二度と会えない事を思えば…顔を見れただけで十分であり。
ただお見舞いに行くだけの事で自分の心はこんなに弾んでいる。
後は…ほんの少しでも良い。
あの人の苦しみとか、切なさを…少しでも自分が緩和出来れば、もっと良いのだろうけど…。
そんな事を考えている内に、秋紀は病院にたどり着いて…裏口のスロープから、侵入
し始めていく。
其処が奇しくも、昨日…自分たちの邪魔をしてくれた人物の侵入経路でもあった事は
秋紀自身はまったく知らなかった。
三階まで上り、プレートを確認してから…音を極力立てないように慎重に扉を開閉して、
部屋の中に滑り込んでいくと…小声で秋紀は呼び掛けていく。
「克哉さん…来ました。今夜の体調はどうですか…?」
だが、部屋に入った時…部屋の明かりは点けられていなかった。
最初は単純に、すでに21時を迎えているから…就寝でもしているのかな、と思って
あまり気にしていなかったが…少し目を凝らして、秋紀は呆然となった。
「えっ…?」
目が暗闇に慣れてくると、ベッドの上には誰もいない事に気づいた。
…おかしい、と思った。
克哉は今日は検査だと言っていたし…部屋の外にプレートがあるのなら、絶対に
この時間にはベッドにいる筈なのだ。
それなのに、影も形もなかった。
布団を捲り上げて、シーツの上にも手を這わせてみたが…其処には克哉の温もりすらも
残されていなかった。
「克哉さん…こんな時間に、どこへ…?」
怪訝に思いながら、部屋中に視線を巡らせていく。
花とか、そういう物は室内に残されていたが…彼の痕跡らしきものはこの部屋に
『何も』残されていない。
病室のクローゼットにも、病院指定のパジャマは残っていたが…昨日彼が身に纏って
いたスーツの類は、すでに消えてしまっていた。
「…スーツも、何もかもがない…! どこに、行っちゃたんだよ…! せっかく…
貴方に、会えたのに…」
克哉にやっと再会出来た。
今夜も顔を合わせられる。
傍にいられる。
そんな少年のささやかな願いは無残にも打ち下されて、姿を消してしまった克哉が
どこにいるのか…秋紀には皆目見当がつかなかった。
「克哉、さんっ…!」
声を殺しながら、少年は冷たいリノリウムの床の上に…膝を付いて泣き崩れていく。
やっと会えた愛しい人は…また、自分の手をすり抜けて…姿を消してしまった。
その現実に、秋紀は呆然となり。
それでも…彼の胸の中に灯っている思いは…消える事なく、一層激しく…ただ一人だけを
強く求めていたのだった―
須原秋紀は今夜も遅い時間帯に、克哉が今…入院している病院へと
向かっていった。
駅から歩いて夜のオフィス街を早足で抜けて、幾つかの横断歩道を
歩いて…危なっかしげに病院へ続く道筋を辿っていた。
(…昨晩は、何か…凄い慌しい一日だったなぁ…)
病院に向かう途中、公園で傷だらけの克哉に再会してからの事が…
一気に回想されていった。
あの時、克哉は意識が朦朧としていて…すでに苦しそうだった。
それから公園を勢い良く飛び出した時に、いかにもエリートサラリーマンと言った
風に男の車に撥ねられそうになり…そのまま、なし崩し的に病院に克哉共々…
車で搬送して貰う事になった。
御堂、と名乗った男は…そのまま、公園から程近い…以前に一ヶ月ほど克哉が
昏睡状態になっていた時に入院していた病院に自分たちを搬送してくれた。
彼の昏睡状態に関しては原因不明だったが、以前に怪我した時も同様の理由で…
一ヶ月程眠り続けていた事から、すぐに入院して再検査する事が決定し…御堂が全て
その代わりの手続きを受け持ってくれていた。
普通なら家族がやるべき事だが、以前の入院の際に…克哉の家族は他県に住んでいる
事は病院の人間も知っていた事だったので、最低限の手続きは彼が代行したのだ。
一見派手に見えた傷も…命に別状はないらしく、腹部の裂傷も今は完全に塞がっているので
外傷によって死に至る可能性は低い…との診断結果だけは、秋紀を安堵させてくれた。
御堂はその後、自分を車で送ってくれると申し出てくれたが…それを断り、ひっそりと
病院内に隠れて…頃合を見計らって、克哉の病室へと忍び込んだのだ。
それから秋紀は…途中、うつらうつらしながらも…ずっと傍らに居て、彼の手を
握り締めていたのだ。
眠っている克哉は、意識がないながらも…魘されていたようで…酷く苦しそうだった。
自分に何が出来るって訳ではなかった。
それでも…悪い夢から醒めて欲しい一心でずっと強く…手を握り続けていたら、
夜明け頃に…あの人の目が見開かれて、自分は…本当に嬉しかったのだ。
この気持ちは…以前に一夜、抱かれた時には気づかなかった。
けど…あの刺されたというニュースを聞かされて、ずっとやきもきして…どうしているのか
不安でしょうがない日々を送り続けて…やっと、克哉と言葉を交わせた瞬間に…自覚
せざるを得なかった。
…あぁ、自分はこんなに…この人が好きだったのだと。
自然と涙を溢れさせながら…気づかされたのだ。
克哉に引き寄せられて、キスされた時…秋紀は至福の心持ちだった。
幸せな気持ちに浸っていた自分と違って、触れている時の克哉の表情も…暗かったので
はっきりとは判らなかったけれど…苦しそうな、切なそうな顔をしていて。
少しでも…楽にしたいと思った。
だから…克哉が望むなら好きにして構わない、などと…そんな殊勝な想いを抱きながら…
身を委ねていた時に、扉が大きく鳴り響いて…ナースが駆けつけてくる気配を感じた為に
行為は中断されてしまった。
その為に…秋紀は身を隠してやり過ごした後、全力で病院を抜け出さなくてはいけなく
なり…一旦、家に戻ったのだ。
家に戻ったら、克哉が心配で…ずっと気を張り詰めながら殆ど寝ていなかったのが
いけなかったのだろう。
泥のように深く眠って、気づいたら一日が終わってしまっていた。
だから本音を言うと…せっかく土曜日で学校が休みだったのだから…もっと早くに
克哉のお見舞いに行きたかったのだが…身体の疲労だけはどうしようもなかった。
以前から、克哉が生きているのか…いないのか。
それすらも判っていなくてずっと不安を抱き続けていた…という精神的な疲れも
あったせいで…やっと会えた事で、少年も安堵して久しぶりに深く眠る事が出来たのも
理由に入っていた。
(あぁ…でも、克哉さんが生きている事だけでも…判って、良かった…)
そう、それだけは心から秋紀は喜んでいた。
もう二度と会えない事を思えば…顔を見れただけで十分であり。
ただお見舞いに行くだけの事で自分の心はこんなに弾んでいる。
後は…ほんの少しでも良い。
あの人の苦しみとか、切なさを…少しでも自分が緩和出来れば、もっと良いのだろうけど…。
そんな事を考えている内に、秋紀は病院にたどり着いて…裏口のスロープから、侵入
し始めていく。
其処が奇しくも、昨日…自分たちの邪魔をしてくれた人物の侵入経路でもあった事は
秋紀自身はまったく知らなかった。
三階まで上り、プレートを確認してから…音を極力立てないように慎重に扉を開閉して、
部屋の中に滑り込んでいくと…小声で秋紀は呼び掛けていく。
「克哉さん…来ました。今夜の体調はどうですか…?」
だが、部屋に入った時…部屋の明かりは点けられていなかった。
最初は単純に、すでに21時を迎えているから…就寝でもしているのかな、と思って
あまり気にしていなかったが…少し目を凝らして、秋紀は呆然となった。
「えっ…?」
目が暗闇に慣れてくると、ベッドの上には誰もいない事に気づいた。
…おかしい、と思った。
克哉は今日は検査だと言っていたし…部屋の外にプレートがあるのなら、絶対に
この時間にはベッドにいる筈なのだ。
それなのに、影も形もなかった。
布団を捲り上げて、シーツの上にも手を這わせてみたが…其処には克哉の温もりすらも
残されていなかった。
「克哉さん…こんな時間に、どこへ…?」
怪訝に思いながら、部屋中に視線を巡らせていく。
花とか、そういう物は室内に残されていたが…彼の痕跡らしきものはこの部屋に
『何も』残されていない。
病室のクローゼットにも、病院指定のパジャマは残っていたが…昨日彼が身に纏って
いたスーツの類は、すでに消えてしまっていた。
「…スーツも、何もかもがない…! どこに、行っちゃたんだよ…! せっかく…
貴方に、会えたのに…」
克哉にやっと再会出来た。
今夜も顔を合わせられる。
傍にいられる。
そんな少年のささやかな願いは無残にも打ち下されて、姿を消してしまった克哉が
どこにいるのか…秋紀には皆目見当がつかなかった。
「克哉、さんっ…!」
声を殺しながら、少年は冷たいリノリウムの床の上に…膝を付いて泣き崩れていく。
やっと会えた愛しい人は…また、自分の手をすり抜けて…姿を消してしまった。
その現実に、秋紀は呆然となり。
それでも…彼の胸の中に灯っている思いは…消える事なく、一層激しく…ただ一人だけを
強く求めていたのだった―
『第三十二話 冷酷な衝動』 「五十嵐太一」
―克哉の事件が起こる少し前、彼はささやかな贈り物をしていた。
それは営業の成績が良くなるように…と願いを込めた緑の石が嵌められた携帯のストラップ
だったけれど…それが実はGPSで探知が可能だった発信機だった事を恐らく克哉は
気づいていないだろう。
…自分が同性の克哉に対して、本気になっていた事を自覚した時…自分の実家の
ゴタゴタに万が一彼が巻き込まれてしまった時の保険として渡しておいた物だった。
不本意ながら、男孫が自分一人しかいない為に…五十嵐組の後継者の筆頭に
祭り上げられた太一の身辺は、実家にいる間…お世辞にも穏やかとは言えなかったからだ。
…それがこんな形で役に立つなど、贈った時は予想もしていなかったけれど…。
(やっと…家を抜け出せた…)
嘆息しながら、夜中の3時半くらいに本多の家をどうにか抜け出して…太一は
自分の携帯のGPS機能を開いていく。
あれから、どうにか…追っ手を巻いて無事に二人で本多の家へと辿り着けたまでは
良かったが…元々人情に熱い(お節介とも言うが)本多は、必死になって…何故このように
なったのかを尋ねて来てこちらを心配して来たのだ。
幸いにも、「若」と呼び掛けられた事は耳に届いていなかったみたいだから…どうにか適当な
事を言って言い逃れは出来たが、その間…生きた心地がしなかったのは事実だった。
抜け出そうにも、心配され続けて…一旦、一緒に就寝するしかない状況に追い込まれたので
逸る気持ちを抑えてどうにか眠りにつき…目覚ましを使わないで先に起きて…そ~と抜け出して
やっと解放されたのである。
夜の住宅街は静まり返り、足音一つでさえも響いてしまいそうなくらい静かだった。
それから…太一はGPSを頼りに、徒歩で目的地に向かっていく。
…公共の交通機関周辺なら張られていても仕方ないが、こんな時間帯なら大手を振って
普通の道を歩いても問題ないだろう。
それに、今は電車が動いていない時間帯なので…歩いて向かうしかなかった。
おかげで…彼が一時間ほど歩いて目的地に辿り着いた時にはもうじき夜明けの頃を
迎えていた。
「…って、何でまた病院なんだよっ…! 克哉さん…もしかして、また怪我したのか…っ?」
其処は、克哉が一ヶ月入院していた病院と同じ場所だった。
だが…幸いな事に、以前に忍び込んだ事があるだけに…どこから入り込めば良いのか
熟知していた。
以前と同じく…車椅子用の非常用スロープの処から中に入り、外傷を負った患者が
入院する三階のフロアへと降り立っていく。
後は病室の前に患者のプレートが書かれている筈だから、それを確認して回っていけば
見つかる筈だ。そう思い、名前を確認していった。
「あった…以前と同じ、個室みたいだ…」
4人部屋と違い、個室は…キチンと扉で区切られていた。
まだ早朝である事を気遣って…そうっとドアノブに手を掛けて開いていくと…。
「えっ…?」
そこで、信じられない光景に遭遇する羽目になった。
(何、これ…?)
最初、それが現実である事を認識したくなかった。
だが自分の目の前で…予想もしていなかった展開が繰り広げられて…呆然と
太一は立ち尽くす事になる。
『んっ…ぁ…克哉、さん…ダメ…』
微かに空が宵闇から…太陽を覗かせて、青白く変わっていこうとしている頃。
まだ月はギリギリ…空に浮かび、夜と朝の狭間の気配が色濃い…朝焼けの光景を
背景にして、ベッドの上には二人分のシルエットが重なり合って、小柄な影の人物の方が…
絶え絶えになりながら、甘い声を漏らしていく。
『ダメじゃないだろう…もう、こんなにしている癖に…』
どうやら、もう一人の男の方は…服を捲り上げて胸の周辺を弄っている
らしい。硬くなった突起を弄り上げて、相手を煽り立てている。
(な、んで…克哉さんが病院にまたいるだけで…判らないっていうのに、どうして…
俺よりも先に、他の誰かがいるんだよっ…! しかも何で…そいつと、他の奴と
イチャついているんだよ…! 訳が、判らないっ…!)
その光景を目の当たりにして…胸がバクバク、と憤りによって荒ぶっていく。
この胸を焦がすのは嫉妬であり…怒り、だ。
自分の吐息すらも、そのまま焼け付いて炎となってしまうのではないかと疑うくらいに…
青年は、頭に血を昇らせていた。
(ふざけるなよ…! どれだけ俺が…心配、していたと…!)
昨日の夕方、声を上げて自分の前から姿を消した克哉をどれだけこちらが案じたと
思っているのか。組の人間に見つかって、彼が酷い目に遭っていないか…どれだけ
こちらが生きた心地をしていなかったのか…考えてもいないのだろう。
なのに、幾ら眼鏡を掛けた方の克哉とはいえ…他の人間を連れ込んで、イチャついて
いる場面に踏み込む事になって、太一は本気で…怒りたくなった。
同時に、嫌でも気づかされた。
自分の愛しい克哉さんとコイツは違う存在だと。
そう言い聞かせていたのに…この胸を焼け付かせるような感情は何だというのだ!
嫌でも、思い知らされた。
『自分はどちらの克哉であっても、他の人間になど取られたくない!』
そんな強烈な独占欲を…あちらの方の克哉にも抱いていた事を。
同時に…頭がスウッと冷え込んで…冷酷な思考回路が生まれていく。
他の人間とこれ以上、触れ合わせたくなどなかった。
だから…思いっきり扉を壁に叩きつけて大きな音を立てると同時に…太一は
駆け出して身を隠した。
バァァァァン!!
その瞬間、静寂を湛えていたフロア中にその音が響き渡っていく。
同時に不穏な空気を感じたのだろう。
ナースステーションから看護士が一斉に慌てて飛び出して、一室一室を
見て回って、音の出所はどこなのかを確認し始めていく。
(これで…これ以上、アイツとイチャついている事なんて…出来なくなったよね…)
それをいい気味だ、と思って愉快だった。
そうやって誘導すれば、克哉の部屋に看護士が踏み込んで確認を取っていくのも
時間の問題だろう。
そのまま太一は…非常口の方に駆け込んで、音を極力立てないように気をつけながら
素早くスロープを下っていく。
頭の芯はどこまでも冷えている。
…今までは、決して克哉の前では解放するまいと決めていた冷たい衝動。
それを…もう、今の太一には抑える事など出来なくなってしまっていた。
(…俺の気持ちを、思い知らせてあげるよ…! あんたが俺に…してくれたようになっ…!)
感情のタガが、今見た光景によってブチブチと壊れて外されていくのが判る。
それでも…もう、歯止めなど効かなくなってしまっている。
他の誰かにこのまま…眼鏡を掛けた方の克哉でも、取られる事など…自分には許せない!
もうその…自分の奥深くの欲望に、衝動に…青年は気づいてしまったのだから。
そうして彼は…その為の準備に奔走していく。
どこにいても、克哉が携帯を手放さない限りは…自分は彼がどこにいるかは
追えるのだから…。
己の本心に気づいたその時、彼の中にいた…『獣』は解放されたのだった―
―克哉の事件が起こる少し前、彼はささやかな贈り物をしていた。
それは営業の成績が良くなるように…と願いを込めた緑の石が嵌められた携帯のストラップ
だったけれど…それが実はGPSで探知が可能だった発信機だった事を恐らく克哉は
気づいていないだろう。
…自分が同性の克哉に対して、本気になっていた事を自覚した時…自分の実家の
ゴタゴタに万が一彼が巻き込まれてしまった時の保険として渡しておいた物だった。
不本意ながら、男孫が自分一人しかいない為に…五十嵐組の後継者の筆頭に
祭り上げられた太一の身辺は、実家にいる間…お世辞にも穏やかとは言えなかったからだ。
…それがこんな形で役に立つなど、贈った時は予想もしていなかったけれど…。
(やっと…家を抜け出せた…)
嘆息しながら、夜中の3時半くらいに本多の家をどうにか抜け出して…太一は
自分の携帯のGPS機能を開いていく。
あれから、どうにか…追っ手を巻いて無事に二人で本多の家へと辿り着けたまでは
良かったが…元々人情に熱い(お節介とも言うが)本多は、必死になって…何故このように
なったのかを尋ねて来てこちらを心配して来たのだ。
幸いにも、「若」と呼び掛けられた事は耳に届いていなかったみたいだから…どうにか適当な
事を言って言い逃れは出来たが、その間…生きた心地がしなかったのは事実だった。
抜け出そうにも、心配され続けて…一旦、一緒に就寝するしかない状況に追い込まれたので
逸る気持ちを抑えてどうにか眠りにつき…目覚ましを使わないで先に起きて…そ~と抜け出して
やっと解放されたのである。
夜の住宅街は静まり返り、足音一つでさえも響いてしまいそうなくらい静かだった。
それから…太一はGPSを頼りに、徒歩で目的地に向かっていく。
…公共の交通機関周辺なら張られていても仕方ないが、こんな時間帯なら大手を振って
普通の道を歩いても問題ないだろう。
それに、今は電車が動いていない時間帯なので…歩いて向かうしかなかった。
おかげで…彼が一時間ほど歩いて目的地に辿り着いた時にはもうじき夜明けの頃を
迎えていた。
「…って、何でまた病院なんだよっ…! 克哉さん…もしかして、また怪我したのか…っ?」
其処は、克哉が一ヶ月入院していた病院と同じ場所だった。
だが…幸いな事に、以前に忍び込んだ事があるだけに…どこから入り込めば良いのか
熟知していた。
以前と同じく…車椅子用の非常用スロープの処から中に入り、外傷を負った患者が
入院する三階のフロアへと降り立っていく。
後は病室の前に患者のプレートが書かれている筈だから、それを確認して回っていけば
見つかる筈だ。そう思い、名前を確認していった。
「あった…以前と同じ、個室みたいだ…」
4人部屋と違い、個室は…キチンと扉で区切られていた。
まだ早朝である事を気遣って…そうっとドアノブに手を掛けて開いていくと…。
「えっ…?」
そこで、信じられない光景に遭遇する羽目になった。
(何、これ…?)
最初、それが現実である事を認識したくなかった。
だが自分の目の前で…予想もしていなかった展開が繰り広げられて…呆然と
太一は立ち尽くす事になる。
『んっ…ぁ…克哉、さん…ダメ…』
微かに空が宵闇から…太陽を覗かせて、青白く変わっていこうとしている頃。
まだ月はギリギリ…空に浮かび、夜と朝の狭間の気配が色濃い…朝焼けの光景を
背景にして、ベッドの上には二人分のシルエットが重なり合って、小柄な影の人物の方が…
絶え絶えになりながら、甘い声を漏らしていく。
『ダメじゃないだろう…もう、こんなにしている癖に…』
どうやら、もう一人の男の方は…服を捲り上げて胸の周辺を弄っている
らしい。硬くなった突起を弄り上げて、相手を煽り立てている。
(な、んで…克哉さんが病院にまたいるだけで…判らないっていうのに、どうして…
俺よりも先に、他の誰かがいるんだよっ…! しかも何で…そいつと、他の奴と
イチャついているんだよ…! 訳が、判らないっ…!)
その光景を目の当たりにして…胸がバクバク、と憤りによって荒ぶっていく。
この胸を焦がすのは嫉妬であり…怒り、だ。
自分の吐息すらも、そのまま焼け付いて炎となってしまうのではないかと疑うくらいに…
青年は、頭に血を昇らせていた。
(ふざけるなよ…! どれだけ俺が…心配、していたと…!)
昨日の夕方、声を上げて自分の前から姿を消した克哉をどれだけこちらが案じたと
思っているのか。組の人間に見つかって、彼が酷い目に遭っていないか…どれだけ
こちらが生きた心地をしていなかったのか…考えてもいないのだろう。
なのに、幾ら眼鏡を掛けた方の克哉とはいえ…他の人間を連れ込んで、イチャついて
いる場面に踏み込む事になって、太一は本気で…怒りたくなった。
同時に、嫌でも気づかされた。
自分の愛しい克哉さんとコイツは違う存在だと。
そう言い聞かせていたのに…この胸を焼け付かせるような感情は何だというのだ!
嫌でも、思い知らされた。
『自分はどちらの克哉であっても、他の人間になど取られたくない!』
そんな強烈な独占欲を…あちらの方の克哉にも抱いていた事を。
同時に…頭がスウッと冷え込んで…冷酷な思考回路が生まれていく。
他の人間とこれ以上、触れ合わせたくなどなかった。
だから…思いっきり扉を壁に叩きつけて大きな音を立てると同時に…太一は
駆け出して身を隠した。
バァァァァン!!
その瞬間、静寂を湛えていたフロア中にその音が響き渡っていく。
同時に不穏な空気を感じたのだろう。
ナースステーションから看護士が一斉に慌てて飛び出して、一室一室を
見て回って、音の出所はどこなのかを確認し始めていく。
(これで…これ以上、アイツとイチャついている事なんて…出来なくなったよね…)
それをいい気味だ、と思って愉快だった。
そうやって誘導すれば、克哉の部屋に看護士が踏み込んで確認を取っていくのも
時間の問題だろう。
そのまま太一は…非常口の方に駆け込んで、音を極力立てないように気をつけながら
素早くスロープを下っていく。
頭の芯はどこまでも冷えている。
…今までは、決して克哉の前では解放するまいと決めていた冷たい衝動。
それを…もう、今の太一には抑える事など出来なくなってしまっていた。
(…俺の気持ちを、思い知らせてあげるよ…! あんたが俺に…してくれたようになっ…!)
感情のタガが、今見た光景によってブチブチと壊れて外されていくのが判る。
それでも…もう、歯止めなど効かなくなってしまっている。
他の誰かにこのまま…眼鏡を掛けた方の克哉でも、取られる事など…自分には許せない!
もうその…自分の奥深くの欲望に、衝動に…青年は気づいてしまったのだから。
そうして彼は…その為の準備に奔走していく。
どこにいても、克哉が携帯を手放さない限りは…自分は彼がどこにいるかは
追えるのだから…。
己の本心に気づいたその時、彼の中にいた…『獣』は解放されたのだった―
『第三十一話 気づきたくなかった…』 「眼鏡克哉」
彼は夜の病院の、病室のベッドの上で…目覚めた。
すでに夜はかなり深くなり…もう30分もすれば夜明けを迎える頃。
…誰かが自分の手をしっかりと握った状態で、ベッドの傍らでうとうととしている
ようだった。
目覚めたばかりなのと…辺りが暗かったので最初はそれが「誰」なのか判らなかったが
声を掛けられてすぐに把握していく。
「克哉さん…良かった、目覚めて…っ!」
「…どうして、お前が…ここに…?」
公園で倒れた筈の自分が、何故病院のベッドの上にいるのかも謎だったのに、
どうして…この少年が自分の手をそっと握って傍にいたのかが…余計に疑問だった。
「貴方が…心配だったからに決まっているでしょう…! あの御堂って人に今日は
帰れと言われたけれど…原因不明の昏睡状態だって、そう聞かされて…心配で
仕方なかった、から…」
だから秋紀は、御堂と離れた後に…こっそりと病院内に潜んでおいて…それから
克哉が収容された病室に、病院関係者に見つからないように忍び込んだのだ。
そうして、秋紀は…大粒の泪を臆面もなく零しながら安堵の表情を浮かべていく。
こちらを握る手に一層力を込められていく。
克哉は…その姿に困惑するしかなかった。
自分にとって…この少年は気まぐれに抱いた一夜の相手以上の存在では
なかったからだ。
(そういえば…意識を失う直前…誰かと顔を合わせていたような記憶がおぼろげに
あるが…あれが、コイツ…だったのか…?)
先程まで苦しみながら夢と現の狭間を彷徨っていた克哉は…お世辞にも状況を
理解しているとは程遠い状態だった。
だが…こちらの状態はお構いなしに、金髪の少年は…ポロポロと涙を流して
克哉が目覚めた事を心から喜んでいた。
「どうして…俺の、傍に…ずっと、いたんだ…?」
「貴方が、好きだから…。克哉さんが…一ヵ月半前に刺されたってニュースを
知った時から…貴方が生きているのか、死んじゃったのか…不安でしょうがなくて。
せっかく会えたのに…刺された場所と同じ処でようやく会えたと思ったら…あんなに
ボロボロで傷だらけで、これで…心配するなって方が…無理、だよ…」
秋紀の言葉はすでに支離滅裂に近い状態だった。
だが…それでも、整理されていない話の内容と口調から…どれだけ深く…
この少年が自分を案じてくれていたか、伝わってくる。
その気持ちが…自分の心の中に波紋のように広がり…ジワリ、と暖かい何かが
広がっていく。
「貴方が…起きてくれて、本当に…良かった…!」
ぎゅっと強く、強く…少年は手を握り締めていきながら…咽び泣いていく。
それは…こちらを想う強い気持ちに他ならなかった。
その…少年の感情に触れた時に、克哉は今まで気づきたくなかった…己の本心に
嫌でも気づかされてしまっていた。
(あぁ…そうか、俺は…)
一ヶ月間、昏睡状態に陥って…太一にキスされた時に目覚めた時。
自分は…彼に「嘘だぁ―!」などと叫ばれたくなかったのだ。
刺される直前まで、自分にとっては…太一は殆ど大した意味など持たなかった癖に。
もう一人の自分があんなに繰り返し…彼との思い出を夢になど見るから…
あいつ側の記憶と感情が勝手に流れ出て…あの時には、もう…自分は彼に同じように
恋をしてしまっていたのだ。
だから…あの太一が慟哭した瞬間、いつもと変わらない態度を貫いていたつもりだった。
だが…あの瞬間から、彼は傷ついていたのだ。
自分の部屋に居座っていた彼をにべもなく本多に押し付けたのも。
それから二週間…まったく自分から接点を持たないようにしていたのも。
…優柔不断で弱い方の自分だけを求められて、自分自身が拒否されるような態度を
太一に取られたくなかったからという…情けない理由を、この瞬間に…彼は思い知らされた。
自分と、太一との間には…もう一人の自分のように暖かく優しい思い出など何一つだって
ないのに。
顔を合わせた時に…ロクな対応をお互いしなかった癖に、それで…恋をしているなど
そんな事実、気づきたくなかった。知りたくなど…なかったのに…!
「克哉さん…どうしたの? 泣いて…いるの…?」
秋紀に指摘されて、はっとなった。
どうして…自分は、泣いているのだろうか。
…こんな、事…情けない上に滑稽な事…この上ないというのに。
涙は滂沱のように溢れて…止まってくれなかった。
顔を背けて、少年にその顔を見られないようにしたが…すぐにフワリ、と暖かい感触に
包み込まれていく。
知りたくない感情に気づかされて…心が軋み、悲鳴を上げている時にこの温もりは
反則に近かった。
その時に思い知った。どれだけ自分の心が…冷えて、痛み続けていたのかを。
「…泣いてなんか、いない…」
「ん…判った。けど…僕が…傍にいるから…」
否定した克哉の意図を察したのかそれ以上追求せずに…秋紀は必死の想いを込めて
彼の身体をぎゅっと抱きしめ続けていく。
それに安堵している自分に、克哉は酷く苛立っていた。
こうしていると…知りたくない気持ちに、更に気づかされそうで怖くて。
胸の中に湧き上がる憤りの出口を見出したくて…。
克哉は今度は自分から、少年の身体を強い力で引き寄せて…ゆっくりと顔を
寄せていったのだった―
彼は夜の病院の、病室のベッドの上で…目覚めた。
すでに夜はかなり深くなり…もう30分もすれば夜明けを迎える頃。
…誰かが自分の手をしっかりと握った状態で、ベッドの傍らでうとうととしている
ようだった。
目覚めたばかりなのと…辺りが暗かったので最初はそれが「誰」なのか判らなかったが
声を掛けられてすぐに把握していく。
「克哉さん…良かった、目覚めて…っ!」
「…どうして、お前が…ここに…?」
公園で倒れた筈の自分が、何故病院のベッドの上にいるのかも謎だったのに、
どうして…この少年が自分の手をそっと握って傍にいたのかが…余計に疑問だった。
「貴方が…心配だったからに決まっているでしょう…! あの御堂って人に今日は
帰れと言われたけれど…原因不明の昏睡状態だって、そう聞かされて…心配で
仕方なかった、から…」
だから秋紀は、御堂と離れた後に…こっそりと病院内に潜んでおいて…それから
克哉が収容された病室に、病院関係者に見つからないように忍び込んだのだ。
そうして、秋紀は…大粒の泪を臆面もなく零しながら安堵の表情を浮かべていく。
こちらを握る手に一層力を込められていく。
克哉は…その姿に困惑するしかなかった。
自分にとって…この少年は気まぐれに抱いた一夜の相手以上の存在では
なかったからだ。
(そういえば…意識を失う直前…誰かと顔を合わせていたような記憶がおぼろげに
あるが…あれが、コイツ…だったのか…?)
先程まで苦しみながら夢と現の狭間を彷徨っていた克哉は…お世辞にも状況を
理解しているとは程遠い状態だった。
だが…こちらの状態はお構いなしに、金髪の少年は…ポロポロと涙を流して
克哉が目覚めた事を心から喜んでいた。
「どうして…俺の、傍に…ずっと、いたんだ…?」
「貴方が、好きだから…。克哉さんが…一ヵ月半前に刺されたってニュースを
知った時から…貴方が生きているのか、死んじゃったのか…不安でしょうがなくて。
せっかく会えたのに…刺された場所と同じ処でようやく会えたと思ったら…あんなに
ボロボロで傷だらけで、これで…心配するなって方が…無理、だよ…」
秋紀の言葉はすでに支離滅裂に近い状態だった。
だが…それでも、整理されていない話の内容と口調から…どれだけ深く…
この少年が自分を案じてくれていたか、伝わってくる。
その気持ちが…自分の心の中に波紋のように広がり…ジワリ、と暖かい何かが
広がっていく。
「貴方が…起きてくれて、本当に…良かった…!」
ぎゅっと強く、強く…少年は手を握り締めていきながら…咽び泣いていく。
それは…こちらを想う強い気持ちに他ならなかった。
その…少年の感情に触れた時に、克哉は今まで気づきたくなかった…己の本心に
嫌でも気づかされてしまっていた。
(あぁ…そうか、俺は…)
一ヶ月間、昏睡状態に陥って…太一にキスされた時に目覚めた時。
自分は…彼に「嘘だぁ―!」などと叫ばれたくなかったのだ。
刺される直前まで、自分にとっては…太一は殆ど大した意味など持たなかった癖に。
もう一人の自分があんなに繰り返し…彼との思い出を夢になど見るから…
あいつ側の記憶と感情が勝手に流れ出て…あの時には、もう…自分は彼に同じように
恋をしてしまっていたのだ。
だから…あの太一が慟哭した瞬間、いつもと変わらない態度を貫いていたつもりだった。
だが…あの瞬間から、彼は傷ついていたのだ。
自分の部屋に居座っていた彼をにべもなく本多に押し付けたのも。
それから二週間…まったく自分から接点を持たないようにしていたのも。
…優柔不断で弱い方の自分だけを求められて、自分自身が拒否されるような態度を
太一に取られたくなかったからという…情けない理由を、この瞬間に…彼は思い知らされた。
自分と、太一との間には…もう一人の自分のように暖かく優しい思い出など何一つだって
ないのに。
顔を合わせた時に…ロクな対応をお互いしなかった癖に、それで…恋をしているなど
そんな事実、気づきたくなかった。知りたくなど…なかったのに…!
「克哉さん…どうしたの? 泣いて…いるの…?」
秋紀に指摘されて、はっとなった。
どうして…自分は、泣いているのだろうか。
…こんな、事…情けない上に滑稽な事…この上ないというのに。
涙は滂沱のように溢れて…止まってくれなかった。
顔を背けて、少年にその顔を見られないようにしたが…すぐにフワリ、と暖かい感触に
包み込まれていく。
知りたくない感情に気づかされて…心が軋み、悲鳴を上げている時にこの温もりは
反則に近かった。
その時に思い知った。どれだけ自分の心が…冷えて、痛み続けていたのかを。
「…泣いてなんか、いない…」
「ん…判った。けど…僕が…傍にいるから…」
否定した克哉の意図を察したのかそれ以上追求せずに…秋紀は必死の想いを込めて
彼の身体をぎゅっと抱きしめ続けていく。
それに安堵している自分に、克哉は酷く苛立っていた。
こうしていると…知りたくない気持ちに、更に気づかされそうで怖くて。
胸の中に湧き上がる憤りの出口を見出したくて…。
克哉は今度は自分から、少年の身体を強い力で引き寄せて…ゆっくりと顔を
寄せていったのだった―
『NO ICON』 「三人称視点」
―彼は深い夢の中に落ちていた。
漆黒と藍色が入り混じった不安定な空間の中に…ゆっくりと自らの身が
沈んでいくような感覚がしていた。
それはどこまでも優しい安らぎのようにも、死を思わせる静寂とも解釈出来る
場所であった。
(ここに…あまり戻って来たくなかったんだがな…)
目覚めるまでの一ヶ月間、二人の克哉の意識は…この混沌とした空間の中で
揺らめいていた。
暗闇の中に、幾つかのカケラが光輝き…まるで夜空に光る星のように瞬いている
光景は…一見すると幻想的に映るだろう。
だが、その宝石の原石のようにも、鉱石のカケラのように見える一つ一つが…
佐伯克哉という人間の記憶を象徴しているものだった。
天に昇って輝くカケラがあれば…地に深く埋まって中々掘り出せないカケラもある。
自分にとって重要な記憶は天に昇り、いらないと判断された情報や記憶は…地に
埋められて忘却の彼方へと送られていく。
だが…自分の足元に埋められた黒曜石を思わせる石に気づいて…眼鏡を掛けた方の
克哉は苦々しげに舌打ちをしていった。
「…ちっ…こんな記憶、残っていても…何の意味も成さないんだがな…」
だが、彼は何気なくそれを手のひらに収めて先に進んでいく。
埋めても埋めても、表に出て来てしまう苦い記憶だったが…どうしても忘れられないの
ならば背負っていくしかない、と半ば開き直ったからかも知れなかった。
足元が時々激しく揺れているのは…もう一人の自分の意識が目覚めているからだろう。
それも彼を酷く苛立たせている要因の一つだった。
どこまであの二人は…自分を憤らせれば気が済むのだろうかと…憎らしく思えてきた。
(…お前達はどこまで、俺を惑わせて苦しませるんだ…?)
天に輝く星―輝く程、彼らの中で大切に思う記憶は…殆どが、もう一人の自分の方が
所有している記憶のカケラだった。
それに比べて、自分の思い出の中に…星に昇華する程、大切な記憶など何一つ存在
していなかった。
…普段はまったく自覚していなかった事だが、夢の世界に堕ちて…その事実を何故か
酷く歯痒く感じてしまっていた。
顔を上げて、星を見ているだけで…もう一人の自分の想いが流れてくる。
どれだけ太一を特別に想っていたのか。
八課の仲間を必要としていたのか。
中学高校時代の友人との思い出を価値のあるものと感じていたのか。
知りたくない内容のものまで…勝手に流れ込んで、どうしてここまで強く自分が
敗北感を覚えていくのか…理由が判らないまま、彼は苛立っていた。
『太一…』
もう一人の自分が、泪を流しながら…今日も、そっと名を呼んでいく。
どこまでも哀切な声の響きの中に…相手への強い想いを感じ取り。
その声を聞いて…また、眼鏡は怒りを感じていく。
(どうして、お前は…!)
そこまで彼に執着していながら、あっさりと…自ら奈落の底に堕ちる事を
受け入れようとするのか…理解出来なかった。
自分とて、そこまでお人好しではない。黙って…自分の方の意識を…もう一人の
<オレ>の為に消してやれる程、自己犠牲的な精神は持ち合わせていない筈だ。
『太一…太一…』
歌うように、彼は名を呼び続ける。
それは一種、哀れにすら映る…滑稽な光景でもあった。
そして…また、閃光のように星が光って…自分の中にその思い出が刻み込まれていく。
これは眼鏡にとって…一種の暴力にすら等しい行為だった。
『止めろっ…! これ以上、お前の想いを…記憶を、俺に流すな…!』
だが、起きている時ならばともかく…『両者』の意識が同じ深層世界に存在している
時は、向こうから流出してくる記憶の奔流に逆らう術は存在しない。
意図せずに流れてくる記憶の波に、眼鏡は必死になって抗おうとする。
だが…幾ら拒もうとしても…駄目だった。
そして今夜も…繰り返し思い出される、『克哉』にとって…キラキラと光る記憶の
カケラの中身を見せ付けられていく。
「ち、くしょう…!」
それは、もう一人の自分にとっては大切な大切な記憶の結晶。
けれど…それを見せられる度に眼鏡は強い敗北感を覚えさせられていた。
悔しくて、妬ましくて…つい、唇を噛み切りそうになる。
だが夢の世界では痛覚はあっても限りなく鈍くしか感じられない為に…意識を
覚醒させるまでには、その痛みは至らなかった。それもまた辛かった。
「もう…良い! 判ったから…それ以上、アイツのその顔を…俺に、見せるな…!
みじめに…なるからっ!」
自分は本来なら、もっと冷酷な人間の筈なのに。
太一など、無理やり犯した時点では…何とも思っていない、「もう一人のオレ」に
まとわり付くうっとおしい奴程度の認識しかなかった筈なのに…。
『笑顔』というのは時に大きな力を持ったり、人を惹きつける魔力を秘めている。
そう…皮肉な、話だった。
刺された日から…自分達の肉体の主導権は交替されて、<オレ>の方が眠りに就いて
夢を見る事となった。
その夢は…繰り返し繰り返し再生されて、いつしか…眼鏡の意識すらも緩やかに変えていく
力があったのだ。
『克哉』に向けられたひまわりのように生命力に満ち溢れた明るい太一の笑顔は…何度も
反芻される事で彼も接する形となっていた。
そのせいで…気づいた時には、自分の心は大きく変えられてしまっていたのだ。
「…決して、俺にアイツはそんな笑顔を向けてくれないのに…見せ付けないでくれっ!
お前の夢が流れてくる度に…どうしてか、その事実が胸を締め付けてくる…から、な…」
そう、佐伯克哉という器が急速に衰弱しているのは…このアンビバレンツな気持ちが
同位しているからだ。
眠っている方の克哉が強く純粋に「太一」という存在を求めているのに対し…眼鏡の方は
その気持ちを決して認めたくない想いがあった。
そして太一から向けられる感情も<オレ>の方は彼に世界で一番愛されているのに対して…
眼鏡の方は、むしろ忌み嫌われている。
―それが自分の胸を切り裂いている事実など、知りたくなかった。
目を逸らして気づきたくなかった真実の気持ちを…<オレ>の意識が浮かび上がって
記憶が流れていく度に思い知らされる気持ちだった。
「止めろ…もう、夢など…幸せだった頃の記憶なんて、これ以上再生するな…」
ぎゅっと黒曜石のような…忌々しい記憶を握り締めながら、克哉は…もう一人の
自分に訴えかけていく。
だが…それでも止まらない。止む事はない。
何故なら…克哉の方もまた、自分に残された時間がそんなにないという事を
すでに判っているからだ。
だから…せめて記憶だけでも抱いて眠れるように、彼は反芻を繰り返して…
心の準備を積み重ねていく。
(せめて…夢くらい、見させて…くれよ…)
もう一人の自分は、眠りに就いた状態で強く訴えかけていく。
不毛すぎるやり取りだった。ある種、虚しくさえあった。
それでも、容赦なく…思い出の中にだけある「彼の笑顔」をまた…見せ付けられていく。
…その度に掻き毟られるような胸の痛みを、この世界でも覚えさせられていった。
どうして、もう一人の自分は…。
これほど強く強く、人を愛して執着していながら…自らを落とされる運命を
受け入れられるのだろうか。
これほどまでに強く、彼に愛されている癖に。
自分には…ただの一度も、その笑顔が向けられた事すらもないのに…。
『認めたくない…』
それでも、ここは心の世界。
普段は押し殺して目を逸らし続けている己にとっての真実の想いが
白日の下に晒されて暴かれる場所。
『ひまわりのような笑顔』は…目覚めてから、自分の方に向けられた事は一度もない。
いつも向けられるのは…彼の否定的な眼差しと、失望の表情。
そして…今にも泣き出しそうな、切なげな表情ばかりだった。
『お前は…俺がどれだけ望んでも得られないものをすでに持っている癖に…』
自分の方が仕事も、何もかもが勝っている筈だった。
だが…今の眼鏡は優越感など、起きた日から殆ど感じられた覚えがなかった。
何故なら…その夢の記憶を見ている内に…自分にとって一番欲しいと思える
存在がいつの間にか変わってしまっていたからだ。
(どれだけ欲しても、あいつは俺に笑いかける事など…ないんだぞ…!)
そんな眼鏡の苦しみと葛藤は、より深い階層にいるもう一人の自分には
決して届く事はない。
だから彼は…誰かに必死に呼びかけられて起こされる瞬間まで…その
記憶の奔流に襲われ続けていた。
―愛しても愛しても、決して届く事は有り得ない想い
そんなモノを抱いて、相手に拒否されるくらいなら…『無い』ものとして
振舞ったほうがプライドだけは守る事が出来た。
だから目を逸らしていたのに…どうしても、それに徹しきれない。
それが…彼の心を苛み、痛めつけ続けていた。
『もう…止めて、くれ…!』
ガラにもなく、眼鏡は…苦しげに訴えていく。
その瞬間…彼は…。
自分の手を必死になって握り締めてくれていた誰かの手の暖かさに…
初めて、気づけたのだった―
ここ暫くは、身内を亡くしてから初めてのお彼岸だったので
ちとしんみり…というか、ぶっちゃけ気落ち気味でした(汗)
ただ…まあ、祖父の好物のモン添えて手を合わせて…ゆったりと
夜まで過ごしたら引きずっていてもしゃあないと思ったんで…今日は
これから書きます。(現在23時超えていますが…)
最近、休んだり…掲載遅くなりがちですが…それでも書けそうな日は
日付を若干超える事になっても書いていく意思はあります(ペコリ)
という訳でお待たせしますが、これから書いてきます。
もう少しだけ待ってやって下さい。では…。
ちとしんみり…というか、ぶっちゃけ気落ち気味でした(汗)
ただ…まあ、祖父の好物のモン添えて手を合わせて…ゆったりと
夜まで過ごしたら引きずっていてもしゃあないと思ったんで…今日は
これから書きます。(現在23時超えていますが…)
最近、休んだり…掲載遅くなりがちですが…それでも書けそうな日は
日付を若干超える事になっても書いていく意思はあります(ペコリ)
という訳でお待たせしますが、これから書いてきます。
もう少しだけ待ってやって下さい。では…。
『御堂孝典』
御堂孝典は、夜のオフィス街を愛車で走り抜けていた。
夕暮れは裏道を通ってもかなり混雑しているが…午後七時くらいになれば
一通り交通状態は落ち着いてスイスイと抜けられるようになっていく。
都内在住で、自家用車を持って仕事でも移動する機会が多い御堂にとっては…
渋滞の類は苛立たせる最たるものだが、ここまで遅くなれば話は別だ。
(今日は…話し合いがやや長引いたのが、幸いしたかな…)
本日最後にアポを取っていた会社の役員は、向こう側のスケジュールが押して
こちらの待ち時間が長かったせいか…その引け目を逆手に、MGN側にとって
有利な条件で契約を勝ち取れる結果となった。
待たされた時間もこちらは持っていた書類に目を通して無駄がないように過ごして
いたので…御堂にとって待機時間は左程、苦痛ではなかった。
(これから直帰するとして…本日の夕食はどうするかな…)
一人暮らしの御堂にとって、特に彼のように忙殺されている事が多い人物に
とっては休日以外に自炊をする余裕などない。
結果、どこの店で何を食べるかが…平日の夕食の悩みとなる訳だ。
本日は週末の夜だし、ワインの類を少々飲みすぎても問題ないな…という考えが
ふと過ぎった時、彼の行き先は決まっていた。
「良し。あのワインバーに向かおうか…」
自分の大学時代の友人たちと集まるワインバーは店の雰囲気も良いし…
何より少々マイナーな銘柄や、希少な物でも集めて…こちらの希望に出来るだけ
沿おうとしてくれる姿勢に好感を持って、良く通っていた。
その店に向かおうと、公園の裏側の通りに入って…車を走らせていた時。
「なっ…!」
いきなり、公園の中から人影が飛び出して来て…大慌てでハンドルを切っていく。
エリート街道を突っ走る御堂にとっては、人身事故など冗談ではない。
万が一相手を轢き殺したりしたら、一生消えない汚点となって己の人生に刻まれてしまう。
それを拒むかのように飛び出してきた人物に当たらないように車体を移動させて…
公園の植え込みの壁に前面が突っ込んでいく轟音が周辺に響き渡った。
(ちっ…これは後で修理に出さないと傷が目立つな…)
出していたスピードがそんなに速くなかった事もあって、衝突の際の衝撃もあまり
強烈なものではなかった。
エアバックが作動しなかった事を見ても、ガラスが割れていない事から見ても…
その辺は間違いないが、確実に愛車の前面の部分はひしゃげてしまっているだろう。
ドイツ製のセダン。外車であるだけに…修理代はそれなりに嵩む事は避けられないだろう。
だがそんな現実的な算段よりも、確実に相手を避けられたのかが不安だった。
車から出て、今…ぶつかりそうになった人物に声を掛けていく。
「君っ! 大丈夫か…っ!」
人影はどうやら、高校生くらいの少年のようだった。
派手な金色の髪が夜の闇の中でも静かに浮かび上がり、顔の作りもかなり派手な
ものである事が判る。
赤いパーカーが…この少年には良く似合っていたが…彼は身体を震わせながら
目を見開いて、こちらを凝視してきた。
「あっ…は、はい! 僕は大丈夫…ですっ! けど、克哉さんが…克哉さんがっ…!」
少年はかなり混乱しているようだった。
その視線もどこか落ち着きが無いし、声も身体も激しく震えている。
そしていきなり、余裕のない表情でこちらに縋り付かれて時には…御堂もどうして
良いのか判らなくなっていった。
「君、頼むから落ち着け…怪我とか、本当にないのか…?」
内心の苛立ちを押さえながら問いかけていくと、少年はコクンと頷いて…そして
言葉を続けていった。
「はい…ちょっと打ち身とかすり傷が出来たくらいです。…あの、初対面の方にこんな
事を頼むのはどうかって判っているんですが…お願いです。公園で僕の大事な人が
大怪我をして…かなり苦しそうにしているんです。近くの病院に、大急ぎで搬送して
貰えますか…? 図々しいお願いだって判っているんですが…」
「…どれくらいの容態なんだ?」
「僕には詳しくは判りませんですが…アチコチに怪我していて、胸の辺りを押さえて
本当に苦しそうにしています…」
「…判った。それじゃあ…見た上で判断させて貰おう…」
正直、厄介ごとに巻き込まれて嘆息したい気持ちの方が強かった。
だが…こちらにはこの少年をもう少しで轢きそうになってしまったという負い目があるので
この申し出を突っぱねる事は、この状況ではやり辛かった。
例え相手側が飛び出してきた事が原因でも、事故が発生した場合は…轢かれた方が
被害者となってしまうのだ。
変に恨まれない為にも…加害者として訴えられるのを避ける為にも…出来るだけこの
少年に恩を売っておいた方が良い。
そう計算して…彼に案内されるままに公園の奥に進んでいくと…。
「えっ…?」
信じられないものを見た想いがした。
其処に倒れていた人物は、自分の良く知っている奴だったからだ。
さっき、克哉さん…とこの少年が言っていた時、単なる同名だろうと思って気にして
いなかったが…まさか、佐伯克哉本人であった事など予想もしていなかった。
「…かなり酷い状態、だな…」
「はい…」
途方に暮れた顔をしながら、少年は項垂れていく。
佐伯克哉の状態は思ったよりも酷い状態だった。
どこかでケンカか、暴力沙汰にでも巻き込まれたのか…スーツのあちこちが切れて
血とかホコリで薄汚れてしまっている。
何より…心臓発作でも起こしているのではないか、と疑うくらいに今の彼は苦しそうで
尋常ではない状態なのは伝わって来ていた。
「…君、手を貸してくれ。私一人だけでは…骨が折れる」
「はい! 当然です。僕の手で良かったら幾らでも使ってやって下さい。克哉さんを
…こんな状態で置いてはいけないですからっ!」
(この少年は…佐伯にとって、何なんだ…?」
友人、というには年が離れすぎているような気がする。
それに大事な人、と言っていたのも何か引っ掛かっていた。
一体どのような間柄なのか…つい邪推しそうになったが、思考回路を一旦止めて
彼の介抱作業を始めていく。
余計な事を考えるのは後だ。まずは彼を病院に搬送するのが先だと判断した。
そして…名前も知らない少年と二人で協力して、御堂は自分の愛車の後部座席に
佐伯克哉をどうにか押し込めて…助手席に少年を乗せて、この付近にある病院へと
車を走らせていく。
(この辺りで一番近い病院は…彼が入院していた、あの大病院だな…)
そうして、病院までの道筋を思い起こして…夜の街を通り過ぎていく。
その間…ただの一度も、佐伯克哉の意識は…目覚めないままだった―
御堂孝典は、夜のオフィス街を愛車で走り抜けていた。
夕暮れは裏道を通ってもかなり混雑しているが…午後七時くらいになれば
一通り交通状態は落ち着いてスイスイと抜けられるようになっていく。
都内在住で、自家用車を持って仕事でも移動する機会が多い御堂にとっては…
渋滞の類は苛立たせる最たるものだが、ここまで遅くなれば話は別だ。
(今日は…話し合いがやや長引いたのが、幸いしたかな…)
本日最後にアポを取っていた会社の役員は、向こう側のスケジュールが押して
こちらの待ち時間が長かったせいか…その引け目を逆手に、MGN側にとって
有利な条件で契約を勝ち取れる結果となった。
待たされた時間もこちらは持っていた書類に目を通して無駄がないように過ごして
いたので…御堂にとって待機時間は左程、苦痛ではなかった。
(これから直帰するとして…本日の夕食はどうするかな…)
一人暮らしの御堂にとって、特に彼のように忙殺されている事が多い人物に
とっては休日以外に自炊をする余裕などない。
結果、どこの店で何を食べるかが…平日の夕食の悩みとなる訳だ。
本日は週末の夜だし、ワインの類を少々飲みすぎても問題ないな…という考えが
ふと過ぎった時、彼の行き先は決まっていた。
「良し。あのワインバーに向かおうか…」
自分の大学時代の友人たちと集まるワインバーは店の雰囲気も良いし…
何より少々マイナーな銘柄や、希少な物でも集めて…こちらの希望に出来るだけ
沿おうとしてくれる姿勢に好感を持って、良く通っていた。
その店に向かおうと、公園の裏側の通りに入って…車を走らせていた時。
「なっ…!」
いきなり、公園の中から人影が飛び出して来て…大慌てでハンドルを切っていく。
エリート街道を突っ走る御堂にとっては、人身事故など冗談ではない。
万が一相手を轢き殺したりしたら、一生消えない汚点となって己の人生に刻まれてしまう。
それを拒むかのように飛び出してきた人物に当たらないように車体を移動させて…
公園の植え込みの壁に前面が突っ込んでいく轟音が周辺に響き渡った。
(ちっ…これは後で修理に出さないと傷が目立つな…)
出していたスピードがそんなに速くなかった事もあって、衝突の際の衝撃もあまり
強烈なものではなかった。
エアバックが作動しなかった事を見ても、ガラスが割れていない事から見ても…
その辺は間違いないが、確実に愛車の前面の部分はひしゃげてしまっているだろう。
ドイツ製のセダン。外車であるだけに…修理代はそれなりに嵩む事は避けられないだろう。
だがそんな現実的な算段よりも、確実に相手を避けられたのかが不安だった。
車から出て、今…ぶつかりそうになった人物に声を掛けていく。
「君っ! 大丈夫か…っ!」
人影はどうやら、高校生くらいの少年のようだった。
派手な金色の髪が夜の闇の中でも静かに浮かび上がり、顔の作りもかなり派手な
ものである事が判る。
赤いパーカーが…この少年には良く似合っていたが…彼は身体を震わせながら
目を見開いて、こちらを凝視してきた。
「あっ…は、はい! 僕は大丈夫…ですっ! けど、克哉さんが…克哉さんがっ…!」
少年はかなり混乱しているようだった。
その視線もどこか落ち着きが無いし、声も身体も激しく震えている。
そしていきなり、余裕のない表情でこちらに縋り付かれて時には…御堂もどうして
良いのか判らなくなっていった。
「君、頼むから落ち着け…怪我とか、本当にないのか…?」
内心の苛立ちを押さえながら問いかけていくと、少年はコクンと頷いて…そして
言葉を続けていった。
「はい…ちょっと打ち身とかすり傷が出来たくらいです。…あの、初対面の方にこんな
事を頼むのはどうかって判っているんですが…お願いです。公園で僕の大事な人が
大怪我をして…かなり苦しそうにしているんです。近くの病院に、大急ぎで搬送して
貰えますか…? 図々しいお願いだって判っているんですが…」
「…どれくらいの容態なんだ?」
「僕には詳しくは判りませんですが…アチコチに怪我していて、胸の辺りを押さえて
本当に苦しそうにしています…」
「…判った。それじゃあ…見た上で判断させて貰おう…」
正直、厄介ごとに巻き込まれて嘆息したい気持ちの方が強かった。
だが…こちらにはこの少年をもう少しで轢きそうになってしまったという負い目があるので
この申し出を突っぱねる事は、この状況ではやり辛かった。
例え相手側が飛び出してきた事が原因でも、事故が発生した場合は…轢かれた方が
被害者となってしまうのだ。
変に恨まれない為にも…加害者として訴えられるのを避ける為にも…出来るだけこの
少年に恩を売っておいた方が良い。
そう計算して…彼に案内されるままに公園の奥に進んでいくと…。
「えっ…?」
信じられないものを見た想いがした。
其処に倒れていた人物は、自分の良く知っている奴だったからだ。
さっき、克哉さん…とこの少年が言っていた時、単なる同名だろうと思って気にして
いなかったが…まさか、佐伯克哉本人であった事など予想もしていなかった。
「…かなり酷い状態、だな…」
「はい…」
途方に暮れた顔をしながら、少年は項垂れていく。
佐伯克哉の状態は思ったよりも酷い状態だった。
どこかでケンカか、暴力沙汰にでも巻き込まれたのか…スーツのあちこちが切れて
血とかホコリで薄汚れてしまっている。
何より…心臓発作でも起こしているのではないか、と疑うくらいに今の彼は苦しそうで
尋常ではない状態なのは伝わって来ていた。
「…君、手を貸してくれ。私一人だけでは…骨が折れる」
「はい! 当然です。僕の手で良かったら幾らでも使ってやって下さい。克哉さんを
…こんな状態で置いてはいけないですからっ!」
(この少年は…佐伯にとって、何なんだ…?」
友人、というには年が離れすぎているような気がする。
それに大事な人、と言っていたのも何か引っ掛かっていた。
一体どのような間柄なのか…つい邪推しそうになったが、思考回路を一旦止めて
彼の介抱作業を始めていく。
余計な事を考えるのは後だ。まずは彼を病院に搬送するのが先だと判断した。
そして…名前も知らない少年と二人で協力して、御堂は自分の愛車の後部座席に
佐伯克哉をどうにか押し込めて…助手席に少年を乗せて、この付近にある病院へと
車を走らせていく。
(この辺りで一番近い病院は…彼が入院していた、あの大病院だな…)
そうして、病院までの道筋を思い起こして…夜の街を通り過ぎていく。
その間…ただの一度も、佐伯克哉の意識は…目覚めないままだった―
本日(21日)分は潔く休みます。
これから誰の視点を使っていくか、最良なのを少々考えたいのと…
昨日の疲れ(身体使う作業だったので)が残っているので今朝は
体力回復の為にゆっくりと過ごしたもので。
…で、夜に書こうと思いましたが本日も身体使う系の仕事を連続で
割り振られたので普通に力尽きました。すみません。
…家族の明日のおかずを作った時点で頭がバカな状態になっていたので
今夜はもうそろそろ寝て明日に仕切り直させて貰いますね。
とりあえずリンク報告して下さった方がいらっしゃったのでこちらも
本日付で張り返させて頂きました~。
せつかさん今後とも宜しくですv
またどっかでお会いしましたらお話しましょうね~。
先日のチャットでは…私の方も貴方に相通じる何かを感じ取りました。
凄く話しやすくて楽しい一時でしたよ~v
拍手メッセージ&リンク報告嬉しかったです~。
後、そろそろ5月3日のイベントの作業にも入らんとあかん頃です。
一冊分の表紙&挿絵の約束は取り付けてすでに発行する事は決定済みですが
もう一冊をオフにするか、コピーにするか…もしくはCPを何にするか悩み中。
この連載も…多分三月末には終わりません。恐らく四月中旬に差し掛かると
思われます…(汗)
終了時期から、5月3日までは連載はお休みして…気力あったら短いSSを
ポツポツと書く&新刊情報を書いていくってスタイルにして…作業に専念出来る
ようにしようかな~と色々考え中です。
もう一冊の本、何にしようかな~。太克、克克はすでにコピーで出しているから…
メガミドか、ミドカツのどっちかかな~とかちと考え中っす。がう。
これから誰の視点を使っていくか、最良なのを少々考えたいのと…
昨日の疲れ(身体使う作業だったので)が残っているので今朝は
体力回復の為にゆっくりと過ごしたもので。
…で、夜に書こうと思いましたが本日も身体使う系の仕事を連続で
割り振られたので普通に力尽きました。すみません。
…家族の明日のおかずを作った時点で頭がバカな状態になっていたので
今夜はもうそろそろ寝て明日に仕切り直させて貰いますね。
とりあえずリンク報告して下さった方がいらっしゃったのでこちらも
本日付で張り返させて頂きました~。
せつかさん今後とも宜しくですv
またどっかでお会いしましたらお話しましょうね~。
先日のチャットでは…私の方も貴方に相通じる何かを感じ取りました。
凄く話しやすくて楽しい一時でしたよ~v
拍手メッセージ&リンク報告嬉しかったです~。
後、そろそろ5月3日のイベントの作業にも入らんとあかん頃です。
一冊分の表紙&挿絵の約束は取り付けてすでに発行する事は決定済みですが
もう一冊をオフにするか、コピーにするか…もしくはCPを何にするか悩み中。
この連載も…多分三月末には終わりません。恐らく四月中旬に差し掛かると
思われます…(汗)
終了時期から、5月3日までは連載はお休みして…気力あったら短いSSを
ポツポツと書く&新刊情報を書いていくってスタイルにして…作業に専念出来る
ようにしようかな~と色々考え中です。
もう一冊の本、何にしようかな~。太克、克克はすでにコピーで出しているから…
メガミドか、ミドカツのどっちかかな~とかちと考え中っす。がう。
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
鬼畜眼鏡にハマり込みました。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
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