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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 夜の街の中を秋紀は必死になって逃げ続けていた。
 息が切れても、心臓が破れそうな程になっても…必死になって足を動かし続ける。
 かつての悪友達から立ち昇る気配は、嫌なものだったからだ。
 夜のオフィス街を彷徨うようになってから何度も晒された、品定めをするような…
こちらを欲望の対象にして淀んでいたり、変にギラついていたりする…そんな眼差しを
していたから。

 だから秋紀は本能的に察して、彼らの元から飛び出した。
 捕まったら恐らく、ただでは済まない。
 元々自分の中でも…彼らに対して好意がある訳じゃなかった。
 退屈だったから、何となくつるんでいた程度の人間達だ。
 自分に対してそんな事はしない、と言い切れる程の信頼感も友情も何もなかった。

(絶対…あいつらに何て捕まりたくない…! 僕に触れて良いのは…克哉さんだけだっ!)

 この九ヶ月、どれだけ格好良い人間に誘われても…秋紀はあの日のように、他の
人間に付いて行くような真似はしなかった。
 酷い目に遭わされそうになった事も、何度もあった。
 それでも運良く、最初の頃は誰かが助けてくれたおかげで…寸での処で助かった。
 おかげで今では護身用にスタンガンくらいは携帯するようになっていた。
 しかし…一対一ならともかく、追いかけてくる悪友達は全部で4人。
 秋紀一人で応対するにはかなり分が悪い上に…全員が秋紀よりも体格的に
勝っている男達ばかりだ。

(どこかに…身を隠せる場所があれば良いのに…!)

 オフィス街にある公園から、ここがどこか判らずに無我夢中で走るだけだった。
 いつの間にかどこか見知らぬ路地裏に自分は紛れ込んでいた。
 土地勘がない為に、身を隠してやり過ごせるような場所をなかなか見出せず、
その間に四手に分かれた男達がどんな処からやってくるのかを予測すら出来なく
なっていた。

「どうしよう、このままじゃ…捕まっちゃう…! そんなの、絶対…嫌、なのに…!」

 秋紀は絶望的な気持ちで呟く。
 あんな奴らに好き放題にされるのなんて、死んでも御免だ!
 そう思うのに…今の自分は、活路を見出せないでいる。
 どうすれば良いのか判らず、秋紀はその場に立ち尽くすしかない。
 脳裏にはただ…会いたいと望む、ただ一人の男性だけが浮かび続けていた。

「克哉さん、貴方以外の奴に…何て、僕は…嫌だぁ…!」

 殆どそれは、懇願だった。
 自力では状況を打破する能力を持たないものの、悔し涙。
 瞳から透明な涙がポロポロと零れ落ち、走り続けて乱れた呼吸の合間から
搾り出された、どこまでも切ない願い。
 その瞬間、バタン! と大きく扉が開く音がした。

「何っ?」

 それは…まるで闇の中にいきなり、扉が現れたような感覚だった。
 先程まで壁しかなかった場所に…突如、木製の立派な扉が現れて…両扉が
開いて…秋紀を招いていた。

「…あんな処に、扉なんて…なかった筈、なのに…」

 呆然としながら、秋紀はその扉の奥を凝視し続けていく。
 扉の奥には赤いビロードのカーテンが…まるで赤い舌先のように靡いて…
フワリフワリと風に揺られていた。
 その奥に何があるのか…この位置からは、計り知れない。
 妙にそれが不気味で…秋紀は立ち尽くすしかない。
 しかし…次の瞬間、耳に聞こえた声に…覚悟を決めた。

『秋紀ぃ! どこにいるんだぁ? この辺りにいる事は間違いないんだろ?いい加減…
観念したらどうだぁ?』

 それは自分を追いかける男達の、厭らしい呼びかけ。
 このまま…ここに立ち尽くしているだけでは、いずれ捕まってしまう。
 捕まりたく、なかった。あいつらに見つかりたくはなかった。
 あの男達に追いかけられている時とは別の警鐘が頭に鳴り響いていく。
 だが、同時に…あの扉に逃げ込めば少なくともあいつらを撒けそうだった。

(克哉、さん…っ!)

 脳裏に描いた、大切な人の面影が秋紀に勇気を与える。
 そして…次の瞬間、その得体の知れない扉に…彼は飛び込んでいった。
 赤いカーテンは少年の身体をふんわりと包み込むように纏わりついた。
 秋紀が飛び込んだ瞬間、扉は壁からゆっくりと姿を消して…見えなくなっていく。
 勢い良く赤い絨毯の上に転がり、あちこち身体をぶつけていった。

「っ…! ここは…?」

 部屋中にエキゾチックな香りが満たされていた。
 こうして…匂いを嗅いでいるだけで頭の芯がボウっとなりそうになるくらいに濃密で
蟲惑的な薫りが…その室内には漂っていたのだ。
 全てが赤に満たされた異様な空間に…秋紀は魅入られる。

「いらっしゃいませ…須原秋紀様。クラブRにようこそ…」

 いきなり、歌うような軽やかな口調で…フルネームで呼びかけられていく。
 ぎょっとなってその方向を見遣ると其処には長い金髪をした…黒衣の男が悠然と秋紀に
微笑みかけていた。

「貴方、は…? どうして、僕の名前を知っているんですか…?」

 秋紀が驚愕の表情を浮かべながら問いかけても、それも最初から予測済みだったと
ばかりに…平然とした態度で答えていく。

「…それは、貴方の心の奥底にある欲望の声を聞いて…今夜私が、貴方を主賓として
お招きしたからですよ…?」

 黒衣の男は楽しげに笑いながら、秋紀をじっと見つめていく。
 底の知れない不気味な眼差しだった。
 それなのに笑顔だけはまるで能面のようにその顔に張り付いている。

「僕の…欲望の、声…?」

 男の眼差しに、見透かされそうだった。
 そう…自分には確かに一つの強い欲望がある。
 なのに…初対面の人間がそれを知っている筈が…。

「…貴方は佐伯克哉さんにお逢いになりたい…。違いますか?」

「どうして…! 貴方が克哉さんの名前をっ?」

 自分が望んでいるただ一人の名を、正確に言い当てられて…秋紀は信じられない、と
いう眼差しを男に向けていく。

「…佐伯克哉さんもまた、当店のお客様の一人ですからね…。良く存じ上げて
おります…」

「…ならっ! 教えて…! あの人は今…どこにいるのっ? 僕…ずっとこの半年…
克哉さんを探し続けていたんだっ! 知っているのなら…お願いだから、教えてよっ!」

 この男は得体の知れない人物だった。
 信用してはいけない。そう頭の隅では警鐘が鳴り続けていた。
 しかし…やっと得る事が出来た、あの人への手がかりを前に…秋紀の理性は一時
吹き飛んでいた。
 目の前の謎多き男に、必死に縋り付きながら…愛しい人の所在を聞き出そうと
していた。
 それはまるで…飼い主を捜し求めている愛玩動物を彷彿させる。
 少なくとも…黒衣の男には、今の秋紀の姿はそう映っていた。

「困りましたねぇ…一応、当店にはお客様に対してのプライバシーの保護というものが
ありまして…。いきなり聞かれてもそう簡単にお答えする訳にはいかないのですよ…」

「そ、んな…けど、知っているのなら…ヒントだけでも、ダメ…なんですか…?」

 男の言葉に、秋紀は愕然としながら…ショックを受けたような顔になっていく。
 それでも簡単には引き下がらずに…少しでも情報を得ようとしていた。
 
「…ですが、私のお願いを聞いて下さるというのなら…貴方に佐伯克哉さんがどこで
どう過ごしているか…教えても構いません? そんな取引はどうですか…?」

 男は、誘惑の囁きを口にしていく。
 今の秋紀が…その言葉を飲まないでいられる訳がなかった。

「判ったっ! 聞くよ…! あの人に繋がるというのなら…僕はどんな事だって
するつもりだっ!」

 内容を聞かずとも、迷いない口調で秋紀が答えていく。
 その言葉に…黒衣の男は心から楽しそうに笑みを浮かべていた。

「…良い覚悟です。それなら…お聞き下さい…。貴方に頼みたい事は…」

 そうして、男は秋紀の耳元で…自分の「願い事」を口にしていく。
 この日…秋紀の魂は確かに、闇の中に落ちていく。

 ただ一人を求める愚鈍なまでの欲求が、彼から物事の善悪や…疑う心を
奪い…悪魔のように甘い誘惑の言葉を鵜呑みにさせていく。

 その日から数日間…秋紀の姿は、夜のオフィス街から…静かに消えていった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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