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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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  御堂に、もう一人の自分を込みで…受け入れてくれるかどうか、問いかけをしてから
すでに三日が過ぎようとしていた。
 今夜も自室で…銀縁眼鏡をしっかりと握り締めていきながら、洗面所の鏡の前で
克哉は深い溜息を突いていた。

「…どうしよう」

 もし、受け入れてくれるあのなら週末にこの部屋に来て下さいと、彼に言った。
 それまでにどうにかもう一人の自分と話して結論つけておくとも…だが、今の克哉は
それを何一つ果たせずに無為にこの三日間を送る羽目になっていた。

「…これだけ、オレが問いかけているにも関わらず…全然、あいつの方から
返答がない。眼鏡を掛けても…あいつの方が出る気配もないし…」

 もう一度、鏡の前で眼鏡を掛けて…自分の顔を凝視していくが、まったく人格が変わる
兆候すら感じられなかった。
 眼鏡を掛けても、自分は自分のままだし…今までに何度も感じていた、あの気が遠くなる
ような…頭がどこまでも冴え渡っていくような感覚は訪れてくれない。
 ただ眼鏡を掛けた、いつもの自分の顔が…鏡の中に映っているのみだ。

「…やっぱり、あの時…暗い穴の中にあいつの意識を放り込んでしまった事が
影響があったのか…?」

 月曜日の朝に…あいつが出ていた時。今にも御堂を犯そうとしていた時は、無我夢中だった。
 阻止する事以外、何も考えられなかった。
 だから勘定のままに相手から主導権を奪って、あいつを…奈落の底へと突き落としていって
やり過ごしたが…そのおかげが、この数日間…何を考えて、訴えかけようと…もう一人の
自分からまったくの返答がないままだった。
 すでに秋紀との間には、けじめがつけられている。
 後は…彼の言葉を聞いて、これからどうしていくか。
 それを問いかけたいのに…もう一人の自分の気配すら、今の心の中には感じられない。
 その事実に克哉は本気で歯噛みしたくなった。

「…どうして、まったく答えてくれないんだよっ! お前の事を…オレはちゃんと、今度からは
認めていきたいのに…! どうしてここまで、何も言ってくれないんだよっ!」

 眼鏡を外して、それを強く握り締めていきながら…克哉が叫んでいく。
 だがそれでも、部屋の中には重い沈黙が落ちていくのみだった。
 あいつの孤独をすでに知ってしまった。
 あれだけ心を凍えさせたのは、自分が彼の存在を認めようとしないで否定し続けたから
だという現実をすでに克哉は受け入れている。
 だからあんな孤独は二度と味あわせない。
 そう強い決意の元に、この三日間ずっと彼に心の中で訴えかけて続けているのに…
一言も言わず、気配も感じられない状態は…切なかった。
 そこまで自分は、彼に今は拒絶されているのだという現状を突きつけられている感じだった。

「くそっ…!」

 鏡を思いっきり叩いて、悔しげな表情を浮かべていく。
 手が痛くなるぐらいの力を、とっさに込めてしまっていた。

「どうして…! お前は何も言ってくれないんだよ…<俺>!」

 ついに堪えきれずに、克哉は叫んでしまう。
 いつまでも沈黙を保ち続けているもう一人の自分に、心底苛立ちを覚えながら―

―そんなにも強く、あの方を望んでいるのでしたら…お助けしましょうか?

 ふいに部屋中に、歌うような軽やかな声が響き渡っていく。
 その声だけが反響して、一瞬にして室内の空気は一変していった。

「…Mr.Rっ…?」

―えぇ、お久しぶりですね…佐伯克哉さん。お元気そうで何よりですよ…

 とっさに周囲を見回して、リビングの方までざっと視線を張り巡らせていったが…
声はこれだけはっきりするにも関わらず、謎の男の気配はまったく感じられなかった。

―どうやら、貴方はもう一人のご自分を今はどこまでも強く求めていらっしゃるようですね。
あまりにけなげな姿でしたので…少しだけ手助けをする気になったんですよ。
 …本当に、もう一人のご自分と対面なさりたいと…そう願うのなら、どうぞ…それを
一口齧りなさいませ…。甘美な味と体験を…貴方に齎すでしょう…

 まるで決められた演目の中の台詞を述べていくように、スラスラスラとまったく言いよどむ
気配も見せずに…男は軽やかに告げていく。
 その瞬間、克哉の目の前がボワっと淡い光を放っていき…陽炎のような揺らめきが短い
間だけ生じて、消えていく。
 そして…赤い柘榴の実が、其処に浮かび上がって…しっかりと存在していた。

「…柘榴が…?」

 あまりの不思議な光景に、つい克哉は息を呑んで…その果実を凝視していく。

―さあ、どうぞ。その実を齧れば…貴方が望む方との対面を果たせますよ…?

 迷う克哉を前に、謎の男は更に促していく。
 突然の事態に、惑い…混乱しながら、鼓動が随分と荒く忙しいものへとなっていく。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…。

 自分の心臓の音がいつもよりもはっきりと強く自覚出来る。
 気づけば喉はカラカラで、強く握りこんだ掌には汗すらうっすらと滲み始めている。
 まさか…こんな形でもう一人の自分との会話が実現する事になるとは、克哉の予想の
範疇を超えていて…躊躇う気持ちの方が最初は強かった。

「…だけど、これ以上迷っていてもしょうがない…! 何よりのチャンスだと思って…
受け入れよう…!」

 キッっと鏡の中の自分を睨んでいきながら、決意して…その突然目の前に現れた
赤い果実を握り込んでいく。
 パクリと割れている断面から、思い切り一口…実を齧っていくと…鮮烈なまでの
酸味が、脳髄にまで駆け抜けていった。

 瞬間、ぐにゃり…と世界が歪んでいくような錯覚と感覚が…克哉を襲っていった。
 これは何度か、経験があった。
 その時、今まで意識の底に封じ込められていた記憶の数々が喚起されて…脳裏に
蘇って、克哉は愕然となっていた。

「この記憶は…そ、んな…!」

 だが叫び声が零れると同時に、体中から力が抜けていく。
 意識が、瞬間…遠くなり、洗面台の前で彼の身体は崩れ落ちていった。
 何も考えられない、指一本動かすのも…少しの間、億劫になっていく。

『おい…いつまでそんな処にヘタりこんでいるんだ…<オレ>』

 ふいに、聞き覚えのある声が…背後から聞こえてくる。
 ノロノロした動作でどうにか…相手の方を向き直っていくと…そこには、
スーツをきっちりと着込んでいたもう一人の自分の姿が…確かに、鏡に映って…
しっかりと、自分の後ろに存在していたのだった―

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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