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―眼鏡が借りているマンションは、大地震が起こった時でも建物内の
被害が最小限に抑えられる設備が数多く設置されていた。
重要な部分には、振動を分散する行動になっている金属を。
建物自体も、一定以上の振動を受けると土台を固定している金具が
一旦外れて建物全体がスライドしてその揺れを逃がすという構造に
なっていた為に室内は大きな被害を被らずに済んでいた。
それでもTVをつければ、数多くの地震に関しての報道や緊急速報が
告げられていた。
御堂の危篤を告げる電話が鳴ったのは、そんな頃だった。
受話器を受け取って御堂の家族からその報を告げられた時…瞬く間に
眼鏡の顔は蒼白になり、気丈そうに振る舞っていたが…その手は青白く
なって大きく震えていた。
―嘘でしょう? 御堂が…危篤だ、なんて…!
受話器を受けとって、相手に挨拶を交わして少ししてから…眼鏡が耐え切れずに
叫んでしまった一言が、克哉の耳にはくっきりと残っている。
眼鏡はその後、すぐに表面上は普通に振る舞っていたが…その様子から見て
大きなショックを受けている事は明白だった。
普段ならば整った字を書く筈の男の手が、震えてヨレヨレの線になっている。
だが眼鏡は…懸命に御堂の家族から、搬送先の病院の住所と電話番号を
尋ねてそれをメモしていった。
(凄い真剣な顔しているな…『俺』…)
傍らで見ているだけで、それが伝わってくる。
一言一句でも、決して聞き逃さないように耳を澄ませて…彼は必要な情報を
家族から聞き出していった。
―はい、これくらいで結構です。そちらもご子息がこんな事態になってしまった
中で…早急にこちらに連絡を下さって有り難う御座いました。
私の方も出来るだけ早くそちらに駆けつけます。ご子息は…私めにとっても
大切な右腕であり、我が社にとっても重要な存在です。
それではこの辺で失礼します…
いつもの傲岸不遜な口調と違い、丁寧な応対をしながら…眼鏡は受話器を
下ろしていった。
男はすぐにこちらを振り返ると、真っ直ぐに克哉を見据えていく。
「御堂が、事故に巻き込まれて危篤状態だそうだ。俺はこれから搬送先の
病院の方へと向かう。お前はここの留守を…」
「嫌だ、オレも一緒に向かう。お前の体調だってまだ万全じゃないんだ…!
こんな時に黙ってここで一人で待っているなんて冗談じゃない。オレも
絶対に行くからなっ!」
克哉にしては強気な態度ではっきりと告げていった。
「俺たちが二人一緒にいる処を第三者に見られるのは…面倒な事、この上
ないけどな…」
「それなら、オレの事は里子に出された生き別れの双子の兄弟とでも
言っておけば良いだろ? 双子なら同じ顔をしていたって誰も不思議に
思ったりはしないからな。本田とか御堂さんとか、藤田くんとかが相手じゃ
なければ充分にそれで通じると思う。行こうよ…! グズグズしている
暇なんてないだろうっ!」
「あぁ、確かに時間の無駄だ。判った…好きにしろ」
そういって承諾していくと…二人は素早く、着慣れたスーツ姿に着替えて
タクシーを手配していく。
素早く身支度を整えている間、ずっと無言のままだった。
マンションの外で少し待って、合流していくと…挨拶もそこそこに大急ぎで
車内に乗り込んで運転手に行き先の病院名を記したメモを手渡す形で
行き先を告げていった。
「判りました…この住所ですな。今から急いで向かいますよ」
壮年を迎えた、黒髪をしっかりと押さえつけたヘアスタイルをしている運転手は
短くそう告げていくと…素早く車を発進していった。
克哉と眼鏡は、後ろの座席に連れ立って腰を掛けていた。
(…やっぱり、凄い険しい顔をしている…。無理もないよな。最愛の恋人が危篤、
だなんて知らせを受けたら…冷静でなどいられる訳がない…)
眼鏡の表情は、酷く張り詰めていて…一見すると感情の乱れは何もないように
さえ見えてしまう。
だが…克哉は瞳の奥に大きな感情の揺らめきがある事に気づいていた。
その瞳の輝きが、彼がどれだけ…この残酷な現実に対して憤っているのかを
如実に示していた。
タクシー内が…緊迫した空気で満たされていく。
最初は他愛無い会話や挨拶を投げかけていた運転手も、気づけば何も
言わなくなっていた。
行き先が病院である事と、彼のその態度から何かを察したのだろう。
重い沈黙が訪れる中…克哉はただ、必死になって祈り続けた。
(この地震は…誰の責任がある訳じゃない。自然現象だ…数多く怪我する人が
いる中に今回は御堂さんも含まれてしまっている。それだけの話なのに…
危篤、だなんて…。一体どれだけの大怪我を…)
眼鏡の方は、御堂の状態を詳しく聞いたのかも知れないが…克哉は一切
その情報を知らされていない。
その分だけ、モヤモヤと不安が湧き上がって叫びたくなってしまう。
運命とは時に理不尽な結果を齎す。
同じ震度5弱の地震が襲った地域にいても…自分達がいたマンションは殆ど
揺れる事がなく、怪我一つないというのに…この違いは果たして何だというのか。
(オレが…代わりになれれば良かったのに…! どうせ、一週間しか現実に
いる事が出来ない奴が無傷でピンピンとしているのに…あいつにとって
誰よりも大切な存在である…御堂さんが、どうして…!)
煩悶しながら、ふと視線を隣に座っている相手の方に向けると…眼鏡の
手が小さく震えていた。
顔に出さないように努めていても…身体は、今は制御しきれなくなって
いるようだった。
その様子を見て、ハっとなっていく。
出来もしなかった事を後悔するよりも…今、自分がしなければならない事は
何か…それを見て、気づいていく。
(…せめて、傍にいてお前を支えよう。そして…御堂さんが助かることを
心から祈ろう…! オレにはきっと、それくらいしか出来ないんだから…)
そう決意して、克哉は…眼鏡の手に自分の手を重ねてぎゅっと両手で
包み込んでいく。
「大丈夫だよ…あの人は、御堂さんはきっと助かるから…! そう信じよう…!」
自分の温もりを与えるように、励ましの言葉を口にしていく。
そう…こんな形であの人を失ってしまうなんて信じたくない。
だから、この瞬間…克哉は前向きな言葉を紡ぐ事にした。
もしそれでも、相手を失うことになったら下手な希望を持たせただけに
なってしまうかも知れない。
その状況下で希望的観測を口にするのは、非常に勇気がいる事だ。
だが…それを承知の上で克哉は、伝えて…ギュっとその手を握り締めていった。
「あぁ…そうだな。御堂が…死ぬ訳が、ない。あいつなら…きっと、最後まで
諦めずに足掻く筈だからな…」
そう告げた眼鏡の表情は、いつもの自信満々の様子とは裏腹に…酷く
儚げなものだった。
この男に、こんな顔をさせてしまうくらい…御堂孝典という存在は、
彼にとって重要な人である事を再認識していく。
(余計な事を考えるな…オレが今、コイツにしてやれる事だけを考えろ…!)
ズキン、と軋む胸を必死に意識の外に追いやりながら…強く強く、
相手の手を握り締めていく。
そしてようやく…目的地に辿り付くと同時に、二人は急いで代金を支払い。
御堂が収容されている集中治療室の方へと駆けて向かっていった―
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。