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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第二十八話 待ってて克哉さん!』 『須原 秋紀』


―僕はいつまで、こうやって待ち続けているのだろう…。

 須原秋紀は今夜も、儚い望みだという事を自覚していても…いつもの公園に
足を向けていた。
 夜の公園は寂しく、週末の夜には…一層閑散として人気がなかった。
 飲み屋とか、バーとかそういう店に皆、足が向かい…こういう静寂を湛える
場所からは遠のいてしまうからかも知れなかった。
 克哉がこの場所で刺された、と報道されてからおよそ40日が経過している。
 それでも少年は、此処に来ることを止める事が出来なかった。

(…あのクラブや、公園に幾ら通ったって…克哉さんに会える可能性なんて低いって
判っているのに…)

 それでも、彼がどんな会社で働いて…どこで生活しているか、携帯もメルアドも何も連絡
手段を持たない秋紀にとっては…待つ以外の方途はない。
 どれだけ…この40日間、あの一夜を明かした日の内に…彼の連絡先を聞かずに別れて
しまった事を悔やんだのか、すでに自分でも覚えていないくらいだった。

(せめて…会えなくても、元気でいる事だけでも確認出来たら良いのに…!)

 ニュースというのは一種の暴力だ。
 これだけこちらの胸を掻き毟るような大事件を一方的に報じておいて…その人がどうなった
のか、その後を放送してくれる事など滅多にないのだから。

 もう克哉はこの世にいないのかも知れない…。
 そんな不安に胸を焦がされた事は一度や二度では最早済まない。
 会いたくて、せめて無事だけでも確認したくて…どれだけ切なくて苦しい夜を過ごした事だろう。
 遊んでも、今の秋紀は心が晴れる事がない。

 だから…専ら、最近は…この公園の事件現場の付近で…ベンチに座って一人で過ごしている
事が多くなっていた。
 それが半ば、無駄な行動であることなど承知の上であったが…。

「克哉さん…会いたい、よぉ…」

 瞳にうっすらと泪を浮かべながら、憂い気な表情を浮かべて秋紀は呟いていく。
 こんなにも強く、誰かを想ったことなどなかった。
 たった一夜…共にしただけで、これだけ深く精神にその存在を刻み込まれてしまう事など…
彼に軽い気持ちで声を掛けた時には、まったく予想もしていなかった。
 それが初恋だったと気づいたのは…いつだったのだろうか。
 少年は…初めて覚える強い感情を持て余し、どうやってそれを宥めていけば良いのかすらも
判らずに…今宵も、ざわめく様な夜を過ごしていく。

「克哉、さん…元気、なのかな…。せめてそれだけでも…判れば、良いのに…」

 一目で、良い。
 あの人の姿が見れれば…それで構わない。
 そんな殊勝な事を考えた瞬間―

「えっ…?」

 遠くから、人影がゆっくりと近づいてくる。
 街灯に照らし出されてうっすらとしか見えなかった。
 夜目のせいで…最初ははっきりと据える事が出来なかった。
 だが…暫くして、ゆっくりとこちらの方に近づいて来るその人物が…自分が待ち望んでいる
人とそっくりな気がして…秋紀の胸は、大きく高鳴り始めていく。

「嘘…で、しょ…?」

 これが現実の事なのだろうか、と一瞬疑った。
 だがその人物は、まさに満身創痍といった体で…荒い呼吸を繰り返しながらヨロヨロと
頼りない足取りで歩み寄ってくる。
 何者かに襲われたのだろうか…上質そうな生地であしらわれたスーツは所々に汚れて
いる上に、破れてしまっていた。
 自分がたった一度だけ会った事がある克哉は…自信満々そうで、身なりもしっかりしてて
まさにエリートというか、出来る男といった雰囲気を纏っていた。
 だから一瞬、余りの惨めそうな姿だったので…秋紀は瞠目するしかなかったのだ。

「克哉、さんっ…!」

 それでも、愛しい男性のボロボロの姿を見て…躊躇う事なく、秋紀は駆け出して…
今にも倒れそうな彼を支えようとしていく。
 彼の目はどこか虚空を彷徨い…最初は焦点が合っていなかった。
 夢を見ているのか、意識が朦朧としているのか…秋紀には事情が判らないが、それでも
引き戻したくて必死になって抱きついて、呼びかけ続けていく。

「克哉さんっ! 克哉さんっ! 僕です…! 覚えていないかも知れないけど秋紀ですっ! 
一体…それはどうしたっていうんですかっ!」

 必死に声を掛けるが、それでも苦渋の表情を浮かべて…克哉は胸を押さえるだけだ。
 強い発作か何かを抑えているような、そんな雰囲気だった。

 はあ…はあ、はぁ…は、ぁ…!

 呼吸は断続的で、時々途切れ途切れな状態だった。
 ちょっと見ただけで尋常ではない気配を感じて…少年は猛烈な不安を覚えていく。
 訴えかけても、彼の目は…呆けていて力がない状態のままだった。 
 それに耐え切れずに少年は叫ぶように彼の名を呼び続けて…静寂の公園は一転して
不穏な空気へと変わり始めていく。

「克哉さんっ! 克哉さんっ! お願いですから…正気に戻ってっ! もう大丈夫
だから…! 僕が傍にいるからっ! 克哉さんっ!」

 必死に縋り付くようにその身体を支えていきながら、秋紀は訴える。
 すると…グラリ、と彼の身体が倒れ込み始めて、彼に比べれば小柄な体系である
少年には支えきれなくなり…二人で、その場に転倒していく。
 克哉は…うずくまるような体制になり、相変わらず苦しそうな感じだった。
 もう自分一人では対応出来る状態じゃない…!
 そう思い知らされた少年は、誰か助けを呼びに行こうと決意した。

(このまま…ただ僕がここにいたって、克哉さんを助けられない…! 誰か、誰かを
呼びにいかなきゃ…っ!)

 冷静な状態なら、ここで携帯電話を使って…救急車を呼べば良いとすぐに気づいた
だろうが…ようやく再会出来た、会いたくてあいたくて堪らなかった人物がこんな状態で
あった為に、秋紀はこの時…正常な思考回路ではなくなっていた。
 反射的に彼は駆け出し、まずは公園の入り口の方へと向かい始めていく。

「克哉さん、待ってて…! 今すぐ、助けを呼びに行ってきますから…!」

 そうして、少年は駆け出していく。
 大好きな人を一刻も病院に運んでやりたいという想いだけで一杯になって…
状況判断も何もせずに、衝動的に走り出してしまっていた。
 
(誰か、誰か…誰かっ!)
 
 懸命な表情を浮かべながら、公園の外に一歩出て…大通りの方へと向かおうと
走り出した瞬間に―

「―っ!」

 まるで怪物の目玉のような、大きな車のライトが…宵闇の中に浮かび上がり…
強烈に秋紀の視界に飛び込んでくるっ!

「うわぁぁぁ!」

 耐え切れずに、少年は悲鳴を上げた。
 同時に、クラクションの音と…大きなブレーキ音が鳴り響いた。
 そして程なく…。

 現場に、何かがぶつかるような衝撃音が…響き渡ったのだった―

 
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『第二十七話 捕まる訳には…!』 「五十嵐太一」

  太一と本多が、突然走り出した克哉を呆然と見送ったのと同時に、太一は
何者かにいきなり背後から羽交い絞めにされた。

「っ! 何だぁ!?」

 突然の事に必死にもがく太一の耳元に低い男の声が届いていく。
 それを聞いて、ビクっと背筋が凍る思いがした。

「やっと見つけましたぜ…若」

 その一言を聞いた瞬間、祖父の手の人間に自分が見つかったのだと
いう事実を一瞬で理解していく。
 そう…確かに五十嵐組の関係者にとっては、今…太一が居候している
本多の家はまったくノーマークで、その近所くらいなら幾ら歩き回っても
この二週間問題なかった。

 太一がアパートを飛び出してから、克哉の入院期間を合わせてもすでに
一ヵ月半が経過している。
 それで、一日だけ…克哉のお見舞いに行った時以外は見つかった試しが
なかっただけに…油断していたのだ。
 克哉が勤めているキクチ・マーケティングがすでに張り込みの対象に
なっていた事など、少し考えれば判った事なのに…!

「ぐっ…離せっ! 離せよっ! 俺は帰る気なんてまったくないんだかんねっ!」

 自分よりも遥かに体格が勝っている相手に対して、必死になって太一は
抵抗し続ける。
 その様子を見て、傍に立っていた本多は怒りに燃えた眼差しを…背後の
男に向けていく。

「おいっ! 人のダチに何やっているんだよっ! 太一を拉致とかしようとしているなら
容赦しねぇぞ!」

 人のダチに、という言葉に男は反応したのだろう。
 一瞬、太一の友人に手を出すのかどうかという迷いが…腕の力を緩ませていく。
 その隙を見逃す彼ではない!
 全力の力を振り絞って身を捩り、その腕から抜け出していった。

「よっしゃあ!」

 元気の良い掛け声を上げながら、やや腰を屈めた体制で本多の方へと駆けて
向かっていく。

「本多さん! 逃げようっ!」

「あ、あぁ! そうだな! 会社の前で…乱闘騒ぎなんざ、出来る訳がないからな!」

「そうっしょ? だから暴れるのはもう少し離れてからにしよう。本多さんを
懲戒免職にしちゃうのは俺の本意じゃないからねっ!」

 そういって太一は本多の手を掴んで全力で走り始める。
 元来、太一の逃げ足も結構なものだったが…流石、現在でも毎週のように
バレーボールの練習や試合などをこなし、運動を欠かす事のない本多の脚力も
大したものだ。
 あっという間にキクチ・マーケティングの前にいた男たちを引き剥がし、二人は
雑踏の中へと逃げ込んでいく。
 人ごみの中は、自分たちも速度が落ちてしまうが…葉を隠すなら森の中とまったく
同じ原理だ。
 身を隠すなら、人が多い中だ。特にこの時間帯は…本多だけなら十分に目立たせなく
させる力はある。

(あ~あ、でも俺の方がな…)

 久しぶりに眼鏡を掛けている方とは言え…克哉と会う、という理由のせいで、今の太一は
髪を下ろした状態で今時の若者らしいラフな格好で出て来てしまっている。
 オシャレで人目を引く服装であったが、オフィス街ではどうしても浮いてしまい…同時に
スーツ姿の人間ばかりの中では嫌でも目立ってしまう事、請け合いだ。

「本多さん、大丈夫? 疲れてないっ!?」

「あぁ、これくらいの走り込みなら日常的にやっているから気にするな! いざと
なったら加勢するから…全力で、行って構わないぞっ!」

「さっすが体育会系! 頼りになるねっ!」

 早くも息を切らせながら、太一は明るい笑顔で相槌を打っていく。
 その間も二人は足を止める事は決してなかった。
 手を繋ぎながら全力で走り…人ごみを必死の思いで駆け抜けていった。

 目指す場所は、キクチ社内よりもやや離れた位置にある地下鉄の入り口だ。
 最寄り駅から直接行ってしまうと…すぐに其処から沿線を調べられて、本多の
実家がある駅までは調べられてしまう恐れがあるからだ。

 五十嵐組のこういう組織力の強さを、太一は子供の頃から嫌という程…
思い知らされている。
 一度、発見されてしまったのなら…トコトン、慎重になった方が良い。
 だから二駅先の地下鉄入り口までは、わざと人ごみを抜けて…太一は向かって
いくつもりであった。 

(克哉さん…!)

 それでもふとした瞬間に思い描くのは、あの人の事。
 どうして、自分たちの元から駆け出していったのか。
 追いかけられなかった事実に歯噛みしたくなりながらも…太一は風を
切るように速く、速く人波の中をすり抜けていった。
 こんな状況では、すでに克哉の足取りを掴む事など…到底無理だ。

「あの手を…使う、しか…ないかな…」

「ん? 何だ?」

「ううん、大した事じゃないよ…! さっ、もうちょい頑張って本多さんっ!」

 そうしてぎゅっと手を握り締めて、更に加速していく。
 克哉の友人であるこの人に、必要以上に迷惑を掛けたくない。
 だから決して捕まる事など出来ないのだ。
 そう決意して、心臓がはち切れそうになりながらも…太一は足を動かし続けていた。
 
(克哉さんが…携帯を、持ってくれていれば…)

 病院にいた頃、克哉の意識がなかった事もあって…一時的に片桐が預かって
克哉の携帯は、社内の彼のディスクの中に収められていた事は…この二週間の内に
本多から聞かされていた。
 だから…あの時は、使っても意味がなかった。
 だが…今は克哉も目覚めて、仕事にも復帰している。
 なら…あの手が使える筈だ。

(それにはまず、無事に…本多さんの家に辿り着かないとね…!)

 キッっと口元を引き締めながら、太一は決意していく。
 後で絶対に克哉を見つけ出すと決心しながら…遮二無二、死ぬような苦しい
思いをしながら…彼は、夕暮れの街並みを走り抜けたのだった―
 『眼鏡克哉』


  ここ暫く、体調が悪いのを隠して…俺はどうにか普段と変わらないように
仕事をこなし続けていた。
 だが…日増しに、もう一人の自分から流れる感情と記憶の量は増え続けていて。
 俺自身も気づかない内に、その記憶にかなり呑み込まれていってしまっていた。

(何故だ…どうして、お前ごときの感情にこの俺が影響されなければならないんだ…)

 その事実に苛立ちながら、パソコンの前で検索作業を続けて…今、手元に持っている
資料の裏づけを取り続けていく。
 プロトファイバーの売り上げは、期限を越えてからも好調なままで。
 実際は俺達が担当する当初の期間は三ヶ月だったが、MGNの方からの正式な
要望もあり、今も…営業は続けていた。
 すでに国内でこの数字を叩き出した商品は存在しない領域での空前の大ヒット
商品になった事で、営業八課の評価もキクチ社内においては高まっていた。

 最初はあれだけ嫌味な態度を取っていた御堂も…今では俺達に一目を置くように
なったのか、最初の頃のように侮蔑して上から見下ろすような真似はしなくなった。
 そう、仕事は順調だった。それなのに…。

(どうして俺の胸の中から、言いようのない焦燥感が消えないんだ…?)

 パソコンの前で自問自答をしながら、胸の辺りを押さえていく。
 胸の痛みも、日ごとに酷くなっている。
 それでもどうにか…一日、気力を振り絞れば動ける範囲だが…毎晩、部屋に帰って
一人になった時の反動のようなものが増していった。

「…もう、潮時なのかもな…」

 決断を下さなければ、自分も巻き込まれる事ぐらいは承知していた。
 なのに…こんなに迷う事など、俺らしくなかった。
 だが…やらねばならない事を実際に行ったら…恐らくアイツ、は…。

「くっ…」

 想像しただけで、胸が引き連れる想いがした。
 …くそ、どうして…俺がこんな情に引きずられなければならないんだ。
 らしく無さ過ぎて、歯痒ささえ覚えていた最中…本多から能天気な口調で声を掛けられた。

「よお! 克哉…! 今晩時間取れるか?」

「…あぁ、一応…多少は取れるが。一体なんだ…? 飲みへの誘いか…? 悪いが…
今は身体を少しでも休ませたいから、あまり遅くまでは付き合えないがな…」

「そんなの判っているって! …今のお前、本気で忙しそうだもんな。だから…夜通しで
付き合えとかそんな無茶な要求は最初からするつもりはねえよ。…夕飯ぐらい、一緒に
食おうって誘いたかっただけだって」

「…あぁ、良いぞ。夕飯ぐらいなら俺も付き合える。それで…どこに食べに行く予定だ」

「ん~それは、その時の気分で決めても良いと思う。という訳で…夕方までには何を
食べたいか考えておいてくれなっ! それじゃ…俺は一旦、資料室の方で…色んな
データーの裏づけになりそうなファイルとか探して来る。じゃあ…夕方なっ!」

 言うだけ言って、本多はそのまま…全力で資料室の方へと向かっていった。
 こちらは溜息を突きながら、その様子を暫く眺めて…こちらも作業を再開していく。
 …アイツも最近は、デスクワークをやる機会が格段に増えたせいで…打ち込み速度が
それなりに早くなって使えるようになっていた。

 それ以前までのアイツは、正直…あまりに打ち込みスピードが遅すぎて効率が悪すぎた
ので<オレ>が黙って代わりにやっていたみたいだが…正直、俺はそんなに暇じゃない。
 人の分の仕事をやって、自分がやらなければならない事が出来なくなるのは馬鹿らしい
からな。
 だから俺は復帰してからもアイツの分の打ち込みをやるような真似はしなかった。
 そうしたら…ようやく、自分でやらなければ! という意識が芽生えたらしい。
 どうにかここ最近の本多は、デスクワークでも使えるようになって進歩していた。

「さて…今夜はどの店に行くかな…」

 そう考えながら、俺は夕方まで仕事に打ち込んでいく。
 美味い物のことを考えている間は…胸の痛みもさほど覚える事もなく。
 本日は非常に安定した状態で…就業時間を迎えていた。
 
 それから…アフターファイブの時間帯になると、週末という事もあって残業を
せずに本多と二人でタイムカードを押して退社していく。
 キクチ社内を出てから数分後、俺は…予想もしていなかった人物に遭遇していった。

「本多さ~ん、克哉さ~ん! こっちこっち!」

 ―こちらに駆け寄ってくる人影は、紛れも無く太一、だった。
 久しぶりに見るアイツの顔に…俺は驚愕に見開かれていく。
 先程の本多の誘いの中には、一言もアイツが来るなんて単語が含まれていなかったから
予想外のことでガラにもなく…動揺していく。

(ちっ…どうして、一言…太一が来ると言わなかったんだ…。知っていれば最初から
断ったのに…)

 正直、頻繁にもう一人の自分が見る夢の記憶が流れてくるようになってからは…
俺は太一の顔を見たくない気持ちでいっぱいになっていた。
 …アイツに関する夢を見る度に胸がざわめき、モヤモヤした気持ちでいっぱいになって
苛立つからだ。

「よおっ! 太一…どうにか迷わずに来れたみたいだな。んじゃ…三人でどの店に
食べに行くか早速決めようぜ!」

「そんなの決まっているじゃないですか! まずはラーメン! 何かこの辺りで最近
オープンしたばかりの新しいラーメン屋さんがあるらしいんで…俺、絶対に一回は
其処に行きたいって思っているんだよね~! という訳で…其処、良いっすか?」

「おう! 俺は構わないぜ。ラーメンは俺も好きだし…太一がこの間作ってくれた
奴もマジで美味かったしな。お前がそういう研究や新規開拓に余念がないっていうのは
もう知っているから…付き合うぜ!」

「やった! んじゃ克哉さんも…って、どうした…ん、すか…?」

 上機嫌で暫く本多とやり取りを続けた後、ふと…冷めた目をしながらこちらに
視線を向けて問いかけてくる。
 その一瞬の表情の変化に、何故か…胸がズキリ、と痛んでいく。

(また…胸の痛み、が…)

 それは、目覚めてからすでに馴染みになっている…アイツの領域が毒となって
侵食していく感覚だった。

「何でもない…俺に、構うな…」

 胸を押さえながら、どうにか普通の態度を保とうとしたが…駄目だった。
 太一の顔を久しぶりに見た途端に、通常よりも強い発作のような襲ってくる。
 そのせいで…気力を振り絞っても、取り繕うことすら出来ずに…俺は無様にも
その場に膝をついていった…。

「克哉! どうした…大丈夫か!」

「克哉さんっ…?」

 二人が慌てて駆け寄ってくるが…俺にはそう声掛けられる事も今は癪、だった。
 特に太一が俺の傍に寄って来た事に腹が無性に立った。
 だから恫喝して…寄せ付けないように試みていく。

「うるさい! 暫くすれば収まる…! だから俺に、構うな…!」

 我ながら、脂汗を流しながらそんな事を言っても説得力が何も無い事は判っていたがな。
 だが、今は太一の顔を見たくない気持ちで一杯だった。
 
「克哉、さん…」

 泣きそうな顔を、太一が浮かべていく。
 その瞬間に…胸の痛みは、最骨頂を向かえていく。

「ぐっ…うぁぁぁ!!」

 その瞬間。
 自分の身体が其処から裂けてしまうんじゃないかって思うぐらいの強烈な激痛が
胸から走り抜けていった。
 耐え切れずに俺の喉から声が零れ、その場に手をも突いて身体を支える事しか
出来なくなった。
 もう、我慢など出来ない。一刻も早く離れなければ、と思った。

 コノママ…ソバニイタラ、オレノココロハキットコワレル―

 その、支離滅裂な心の声に従って、気づいたら俺は駆け出していた。
 無意識の内に、全力の力を振り絞って。
 まさか…突然、俺がこんな行動を取るとは…二人も予想していなかったのだろう。
 奴らが呆けている間に俺は距離をどんどん稼いで。
 そのまま、夕暮れの街を全力で駆け抜けていく。

 少しでも太一から今は離れて…この胸の痛みを鎮める為に。
 命懸けで俺は、足を動かし続けていた―
「本多憲二」

 克哉の知り合いを預かってから二週間近くが経過しようとしていた。
 最初の頃こそ、ちょっと戸惑う事も多かったけれど…元々、人懐こい
性質なのか、克哉の写真を焼き増しした日以来…警戒心を解いて
くれたのか人懐こい笑みを浮かべてくれるようになっていた。
 俺は平日は恩恵に預かれないけれど、意外にラーメンとかサンドイッチとか
そういう類の料理が得意だそうでうちの親とかは昼飯作って貰えて助かって
いるんだとさ。
 
 あぁ…そういえば先週の土曜日に一回だけ、ラーメンを作ってもらって一緒に
食べたんだけど…それ、マジで美味くてびっくりしたんだよな!
 何か上京して以来…ラーメン屋巡りが趣味になっていたらしく、三年余りで
関東圏内のラーメン屋を百件以上回っているとか聞いた時には驚いたけどな。
 それでラーメンの味にはうるさくなったというか、拘るようになったらしい。

 鶏がらと昆布、鰹節…それと幾つか隠し味も使ってあったらしいけど…太一が
試行錯誤を繰り返したという力作のラーメンは本気で唸ってしまった。
 麺の茹で加減がちょっと柔らかすぎたかな…というのが残念な所だったけれど
スープの味は上々で、そのまま店を出しても通用するんじゃないかと思ったくらいだ
 面向かってそう褒めたら、照れくさそうな顔をして謙遜していたけどな。
 自宅でこれだけの味を食べれるとは予想外だったよ。

 その二件があったから結構親しくなれたし…突然、面識もない状態で一緒の
屋根の下で生活するようになった割には俺たちは良好な関係を築けたと思う。
 けれど…太一って時々、凄く寂しそうな目をしているんだよな。
 顔はいつも笑っているんだけど…憂いを帯びているっていうか。
 マジで切なそうな顔して、さ。
 克哉も…退院してから本調子じゃないのか、時々…仕事が終わった後とか
凄く苦しそうにゼイゼイやっている時、あるしな。
 
 …うん、克哉が今…体調悪い状態で必死になって山積みになっていた仕事を
消化している大変な時期だっていうのは承知している。
 だが…事情があって家出をしている太一を二週間近くも放っておくのは…俺は
正直、薄情すぎるなと思った。
 夢を追って上京して…それを貫く為に家出まで決行しているような奴を…殆ど
面識がなかった俺に押し付けてそのまま…というのは酷いんじゃないか?
 そう思ったから、俺は決めたんだ。
 太一と克哉が一緒に話せる機会の一つでも設けようと。

 だから…俺は、太一に週末の夜に直接キクチ・マーケーティングの方に来て
もらうように頼んだ。そのまま三人で夕食でも食べようという算段だ。
 どこにあるのか詳しく説明しようと思ったんだが、太一は元々…その周辺は
常連客の配達をやっていたおかげでそれなりに知っていたらしい。

 …どんな事情があるのか、二人ともまったく話してくれないので…俺は事情は
まったく判らない。
 けれど…何となく、太一が眼鏡を掛けてからの『今の克哉』の方を良く
思っていない事だけは判っていた。
 …大学時代の、穏やかなで控えめな克哉の方の話は積極的に俺から必死に
引き出そうとする癖に、俺が会社の近況話をすると…凄く辛そうな表情を
浮かべるんだよな。

 …何か友人とか、知り合いとか…仲間とか、そういう間柄でさ。
 わだかまりが生じてしまうのって、しんどくないか?
 俺もバレー部のかつての仲間たちと…大きな溝を作ってしまった時にその
辛さは身に沁みたけどな。
 …俺にとって、どっちの克哉でも大事な仲間だと思っているし…あいつが入院
してから抱えている苦しみみたいなのも、美味いもん食べて酒飲んで騒げば
少しは晴れるかな、と考えた。
 
 …その提案をした理由を話した時の太一の微妙そうな顔を思い出すと
もしかしたら余計な事をしちまったのかな、と少し不安を覚えたが。
 俺が太一に美味いラーメンを食わせてもらった事をキッカケに距離が縮まった
ように…美味しい物、というのは人の心の警戒心とかを解す力はあると思うんだ。
 二人がギシシャクしているようなら…少しでも仲直り出来るキッカケを作って
やるのも良いだろ?
 
 そう思っての提案だった。
 だが…まさか、あんな展開になろうとは…この時点では
俺はまったく予想もしていなかったのだった―

 

『第二十四話 命の砂時計』 『Mr.R』

  さて、あの人が刺された日から…およそ40日が経過しました。
  …予想よりも長く、あの方が保っておられる事に私は感嘆していました。
  私の見立てでは。恐らく今頃には…限界が来て、すでに身動きが取れない状態に
なっていてもおかしくないと思ったんですけどね。
 最初の二週間程は…どちらの意識も落ちたままだったのが幸いしたようですね。
 もう少しだけ…佐伯克哉さん達には時間が残されている模様です。

 ふふ、人とは面白いものですね。
  人を愛する余りに盲目になっている者。
 他愛無い日常を平穏に静かに送る者。
 何も変化に気づかずに、兆候が目の前にあっても見過ごしてしまう者。
 秘められた恋心を己で自覚する事なく、欲望を抑えてしまっている者。
 ただ一度の邂逅を忘れられず…僅かな縁に縋り付きながら待つ者。
 愛し合う恋人たちを必死に引き裂こうとする者。

 これらの多種多様な人達の思惑に包まれながら…あの方にはどのような
結末が待ちうけているんでしょうかね。
 ですが…色んな役割を演じるコマが立ち並んでいるのも、また…物語に
深みを出す為には必要な要素なのかも知れません。

 幸せな日常を送っている者が、絶望を感じている人と接触する事によって
災いに巻き込まれたり。
 逆に追い詰められて今にも死を選びたくなるくらいの心境の人間が…
平和な日常を送る人間の暖かさに触れて、生きる気力を取り戻す事もあります。
 思わぬ人と人との接点が、時に…異なる絵の具の色同士を混ぜ合わせて
新たな色彩が生み出されるように…予想もしていなかった展開を紡ぎだす事は
世の中には多々あることですからね…。

 …貴方が、もう一人の克哉さんを其処に留めたままで動ける期間は…後、
十日もないでしょう。
 それまでに貴方は決断を下さなければなりません。
 
 もう一人の克哉さんか、貴方かが…奈落の底に落ちて眠るのかの選択を。
 あぁ…ですが、私の良く知る貴方でしたら、もう一人のご自分を優先して…
自らが飛び込むような真似はなさらないでしょうね。
 …余程の事情が存在しない限りは。

 ですが…あぁ、やはり貴方の苦しみは…私にとっては極上の美酒に等しい。
 もっとも欲しいと願っている存在に、決して自分自身が必要とされる事はなく。
 自分の存在を通して、もう一人の自分だけを求められるその苦悩。煩悶。
 その想いが極まって、淀んだ欲望へと変質した時…果たしてどのようなドラマが
繰り広げられる事なのでしょうか?

 あぁ…五十嵐様。
 貴方も今の内に…せいぜい、己の気持ちを伝えておかれると宜しいですよ。
 …後、十日以内で…恐らく、貴方の愛する方は長い眠りに就かれるでしょう。
 今なら泣き叫べば、必死に訴えれば届く階層に身を置かていますが…深層意識の
方へと身を移された場合は…最低数年は、決して貴方の声は届かなくなりますから。

 えっ? 私はどのような立場でいるか…ですって?
 …判りませんか? 傍観者ですよ。
 この先に待っているのが悲劇でも喜劇でも、滑稽な結末でも衝撃的な終局になろうとも
ただ静かに最後まで見届ける観客席の一人に過ぎません。
 あぁ…でも、よりドラマチックな展開になるのでしたら…ほんの少しだけ、運命という舞台
演目の中で躍る彼らの為に力添えをするのも悪くないかも知れませんがね。

 我が主になりえるかも知れない御方は…どのようにして…この先のシナリオを
演じて下さるのでしょうね。
 まあ…あの方の事ですから、もしかしたら…私の思惑や予想とはまったく異なる
筋書きを無理やり紡ぎだす…なんてやるかも知れませんね。
 それまで、せいぜい…私を楽しませて下さい。

 この運命の砂時計の、残り時間を示す砂が…完全に落ち切るまでは―
  …この連載中にやろうとしていた事、その2を達成しました。
(その1はNO ICONのマスター描写)
 絶対に…ここでこのアイコンが来るとは誰も予想もしていないだろうと
踏んでいたので…意表を突いてやろうと開始した当初から目論んで
おりました…フフフフ(邪笑)

 20~21話辺りで相当にショッキングな事実を明かすから、22~24話
辺りで絶対に和みの場面を入れようと思いまして最初からこっそりと
企んでおったのですよ(笑)
 とりあえず…ネタバレになるから、この先どうするか…の話はまったく
出来ないですけれど。

 途中経過、これだけ暗くしておいて…最後まで暗いままにする気はないっすよ?
 長い期間かかって読んで貰った挙句に、後味悪いものだけは書く気はないですから。
 悲劇であったとしても…胸の中に何か残るものか。
 救いをどこかで見出せるような話を書きたい、って想いだけはありますので。
 この状況下で、どうやって救いを紡ぎだすのか…まあ、こっちの腕の見せ所なので…
信用しても良いと思う方は付き合ってやって下さい。

 これから…徐々に終盤に向かって、急展開が続いていくので…本日は一息突いて
下さい。この先は…色んな人の思惑が絡んでぶつかりあっていきます。
 んじゃこれから春コミに出発します。
 16日分は…帰ったら書きます。ではでは!
  『二十三話 良かったねご主人様』 『もんてん丸&静御前』

(本日はオカメインコ達の会話を翻訳してお伝えします。予めご了承下さい)

『ねえねえ、もんてん丸。今日…ご主人様、凄いご機嫌だよね~。何か楽しい事が
あったのかなぁ?』

『ん~最近、ずうっと…暗い顔ばかりしていたもんね~。こんなに嬉しそうなご主人様を
見れたの久しぶりだよねぇ、静御前』

 二匹がぴったりと寄り添ってさえずっていると、とても嬉しそうな顔を浮かべながら
片桐稔は二匹に餌をやり始めた。

「今日も遅くなってすみませんね~二匹共~。今日は君たちが大好きな新鮮な
小松菜を買ってきましたから許して下さいね~」

 何よりも愛情を注いで大切にしているせいか…片桐はオカメインコ達に与える食事に
関しては凄く気を使っていた。
 配合飼料や、市販のオカメインコ用の餌も組み合わせているが…出来るだけキャベツ、
レタス、ほうれん草、小松菜など生の野菜類も食べさせるように配慮を欠かさなかった。
 二匹は好物を用意されて凄く嬉しそうにカゴの中で飛び跳ねて、我先へと…野菜の方へと
飛んで向かっていった。

『わ~い! 僕の大好きな小松菜だぁ! って…何でキックしてくるんだよっ! 痛い…
痛いってば!』

『うるさいわね! 私だって小松菜大好きなのよ! あんた…普段私に餌の一つも
用意してくれない甲斐性なしなんだから…先に譲ってくれたって良いでしょ!』

『そんなぁ! 静御前が先に食べちゃったらお腹いっぱいになるまでいつも僕に
食べさせてくれなくなるじゃんか。僕だってこれは好きなんだから嫌だよ! 
せめて一緒に食べようよ…』

『ええぃ! うるさいわねっ! ただでさえ私はお腹が空いているのよっ!』

 もんてん丸がピーチクと鳴いて…静御前の理不尽な言い分に逆らっていくと
二匹のオカメインコは相手の顔をくちばしで突いたり、キックして威嚇したりと…
まったく譲り合う気配はなかった。
 人間でも鳥でも、好物に関しては拘ったり…より多く食べたがる所は一緒である。
 二匹の攻防は暫く続いたが…片桐はその様子を微笑ましげに眺めていた。

「二匹共、今日も仲良しさんですねぇ…。そんなに慌てなくても、足りないなら
小松菜のおかわりをあげますからケンカしなくても良いですよ…」

 それを聞いて、ちょっとだけ二匹は首を傾げる仕草をしていくと…大人しくなって
仲良く小松菜を啄ばみ始めた。
 どうやらケンカして相手を牽制しようという気持ちよりも…食欲の方が勝ったらしい。
 大好きなものを食べるとご機嫌になるのは鳥だって一緒なのだ。
 最初は牽制していた二匹も、いざ食べ始めてしまえば…すぐにそれに夢中になる。

「ふふ…今日は二匹とも、凄く沢山良く食べてくれますね。見ているだけで…嬉しく
なります…」

 自分の息子を幼い内に事故で亡くした事によって、妻にも離縁された片桐にとって…
この二匹のオカメインコだけが孤独を癒してくれる存在だった。
 もんてん丸と静御前が仲良く寄り添って、こうやって…美味しそうに自分の餌を食べて
くれる姿を見る事は、彼の元気の素でもあった。

「…ふふ、二匹共聞いてくれます? 佐伯君がやっと仕事に戻ってきて…八課も
抱えていた膨大な仕事が片付いたんですよ。僕たちが全力で取り掛かっても到底
片付かないぐらいの量だったのに…。眼鏡を掛けている時の彼は…以前とは別人の
ような時があるんですけど、本当にあの仕事ぶりは凄いなと感服しちゃいます。
 彼のような人が…八課にいてくれた事を、僕は誇りに思いますよ…」

 穏やかな顔をしながら、部下の事を語る口調は本当に穏やかで。
 逆に刺されてから克哉が退院するまでの期間は…落ち込みまくって、自分ばかり
責めている姿を見ていた二匹にとっては…その片桐の姿を見て、どこか安心したようだった。

『へえ~。何かご主人様が言っていた人…やっと戻って来たんだ。良かったねぇ~』

『そうだね~静御前。これであんまりご主人様の落ち込んだ顔、見なくて済むよね~』

『そうそう、私たちじゃ…落ち込んだ時、傍にいてあげるくらいしか出来ないしね。だから…
元気になってくれて本当に良かった~。私たち、ご主人様大好きだしね。ね? もんてん丸』

『うんうん、そうだよね。やっぱりご主人様が笑っている姿のが僕も好きだし』

 あらかた、小松菜を啄ばみ終えると…二匹は満足そうに餌の傍から離れて…代わりに
入り口のゲージ付近に近づいて、扉の端をクチバシで挟んで…上げ下げをするような
仕草をし始めていく。
 実際にクチバシで挟んで持ち上げた所で、鳥たちだけの力では逃げれる訳ではないのだが…
これは出たいから出してくれ、という彼らなりの意思表示であった。

「あぁ…二匹共、お外に出たいんですね。運動不足になっちゃうでしょうから…はい、
もんてん丸、静御前…どうぞ出て下さい」

 そうして、二匹のオカメインコを外に出していく。
 出た瞬間、バタバタバタと部屋中を飛び回り思いっきり羽を伸ばしていく。
 狭いカゴから解き放たれたばかりの鳥の姿は本当に壮観だ。
 自由に飛ばせると思いもよらぬ所にフンをしてしまったりと、案外大変だが…片桐は
短い時間だけでも家の中で好きなようにさせてやろうと、二匹を自由にさせていく。
 すると…暫く飛んだ事で満足したのか、ほぼ同時に二匹共…片桐の肩や腕に止まり、
頬ずりをするような仕草をして懐いていく。

「ん、静御前。くすぐったいですよ…今日は本当に甘えん坊さんですね…」

 自分の項の辺りにチョンチョン、という感じで啄ばんできて…そのくすぐったさについ
身を捩ってしまう。
 この一ヶ月、憂いを感じていた件がやっと落ち着いて…今の片桐は、愛すべき平和な
日常を感謝しながら過ごしていた。
 八課に克哉や本多がいて、プロトファイバーの売り上げの成果によって…リストラされる
のも時間の問題だった課が、今ではキクチ中の注目を集めるようになったエース的な
課にまでなった事で…今の片桐は非常に満足していた。
 主人の嬉しそうな顔を見て、オカメインコ達も嬉しくなったのだろう。
 ご機嫌の様子で片桐に懐き倒して、暫く暖かい時間が流れていく。

『良かったね、ご主人様』

『うん、笑顔が戻って来てくれて本当に良かった~』

 多分、鳥たちの気持ちは…片桐に正確に伝わる事はないだろうけれど。
 彼らがこちらの喜びを受け止めてくれている事だけは気配で察したのだろう。
 二匹の愛鳥を傍らに置いて、心底嬉しそうに彼は微笑んでいく。
 あの事件が起こったからこそ…こうやって平凡な日常をゆったりした気持ちで
送れる事に感謝しながら…。
 彼は、二匹の気が済むまで…部屋の中で自由に振舞わせていったのだった-
 

 
 14日分の掲載は夜に…と言っておきながら、昨晩は21時には疲れ果てて
バタンキュ~してしまったので遅れました。すみません(汗)
 父さんが4日前に自営業から、親戚の会社を手伝うようになってから
今まで父さんがやってくれていた、夕飯作り&買い物を担当し、車で送って
もらっていた30分の道のりを歩いて出勤する、という形に生活の
ペースが変わりました。
 その為、まだ身体がついてきていないので…ヘロっています。
 …一週間か、十日ぐらいで身体が慣れると思いますのでご心配なく。

 当面の悩みは…帰宅した時に、いかに短時間で…栄養がある物を
調理していくか。そのレシピのレパートリーを増やしていく事ですかね…。
 …何か主婦みたいな悩みになってきました…。
 短時間で作れる料理とか掲載されているサイトで良いのあったら…教えて貰えると
凄い助かります。(自分でも探しますが…)
 
 バタバタしているけど…この話はどうしても、最後まで書きたい! と思っているので…
これが完結するまでは出来るだけ毎日ペースで連載を続けていきます。
 気長に付き合って頂けると幸いです。
 お待たせしましたが…2月の中旬から本日までの拍手返信ですv
 …後回しにしまくってすみません。
 けどメッセージなくてもパチパチあるだけでも「やらなきゃ!」と踏ん張れて
いました。叩いてくれていた方々、ありがとうございました(ペコリ)

 chie子さん

 はい、三回目の当選者は貴方でした。…まあクジに当たらなくてもインテとかでお世話に
なっていますから、いずれ何かしらのお礼を最初からさせて貰うつもりでいましたけどね。
 いつもお世話になっています。10月までにこっそり家出ものを書いておきますね。
 それまで気長にお待ち下さいませ。この記事の一番下の所に、バトンのレスも書いて
おきます。これからも宜しくです。

 080219 21:31の方

 はい、色々考えた結果…第一話は、一番インパクトのある場面を持って来ようと
決心した結果、「克哉が刺されるシーン」を冒頭に持って来ました。
 ここからどのような結果が導き出されるのか楽しみに頂けると嬉しいですv

080225 9:06の方

 連載楽しんで下さってありがとうございます。CPの予測が付かれたみたいですが…
さあストレートに行くか、大どんでん返しが来るかぶっちゃけ…私も判りません(マテ)
 メインCPを最初に想定していても、実際に動かす事で思いもよらぬ展開になる事は
良くあるので(お話は生き物ですので)事実、今現在…私自身も予想もしていなかった展開に
頭の中ではなっています。そちらが予測したCPになるかどうかを見守ってやって下さいませv

 080226  20:47の方

 御堂さんが克哉にキスするシーンは、正直私もちょっと切ない感じがして
好きです。…何だかんだいって、御堂さんってどっちの克哉も意識しているっていうか
無自覚で好きなんだろうな~というのが、私の認識なので。

 せつかさん

 こんにちは! 先日は構って下さってどうもありがとうございました!
 私もせつかさんと秋乃さんと三人で話せた時間、凄い充実していました。
 私もせつかさんと話せて、凄い楽しかったですよ~! 何か話していて私も
似た部分多いよな~と凄い実感させられていたので。
 またどこかで会いましたら、構ってやって下さい~! いつも見ていて下さって
本当にどうもです! そしてメッセージ嬉しかったですよ~!

 mikaさん

 またメッセージありがとうございます。ハラハラワクワクして下さっているの
でしたら、幸いです。十話目でやっと眼鏡が目覚めて…話が動き始めました。
 さあ…これからどうこの設定で動かしていくのか、こっちの実力が問われていく
って感じですね。最後、読んでて良かったと思える作品に仕上がるように頑張りますねv

 080302  1:43の方

 「仮初の楽園」…あ~ノマ、起きれる状況なら…太一への執着でとっくの昔に
起きています。ただ…それを無理にやるとどうなるのか、が21話で書かれている通り
なので起きれないんです。生命力の問題で。
 何がなんでも眼鏡を押しのけても~て事態にならん限りは彼は起きれん状況が
続きます。…それまで気長に見守ってやって下され…(ペコリ)

 080303 0:09の方

 私もノマが起きるの願っているんですが…設定上、それは先になりそうです。
 ここで起こしたら話の趣旨がズレるので…。あう…凄いジレンマっす。

 080304 6:36の方

 ノマ、頑張って目覚めたいのです。起きれる状況ならば…。
 ネタバレになるので…詳しい筋を話す事は今は避けておきますが…
救いようのない結末にだけはしないです。現在(20話代までは)絶望が
色濃いですがね…(遠い目)

 080314 9:44の方

 応援ありがとうございます~! 最近ヘロヘロな事が多かったので…申し訳ない
気持ちでいっぱいでしたが、その一言が心に沁みました…。
 この連載が終わるまでは出来るだけ毎日書けるように頑張っていくつもりです。
 ひっそりと見守ってやって下さいませ~(平伏)

 と、どうにかほぼ一か月分溜まっていた拍手の返信完了です。
 
 この後は…chie子さんから渡されたバトンの返答です。

 
 【受け攻めバトン】

★1.貴女が好きになるのは受け攻めどちらが多いですか?

 基本的に好きCPはセットで好きになる事が多いけど
強いてあげるなら攻めの方が好き&感情移入しやすいので
移入出来る分だけ攻めキャラの方に愛情が傾きますv

★2.攻めで好きなタイプは、鬼畜or優しい

  一番好みなのはいつもは優しくて、エロの時だけ鬼畜タイプ。
 けど…う~ん、どっちが好きって言われたら鬼畜タイプ!
 眼鏡はその辺では不器用だけど結ばれるキャラによっては
優しい一面あるので理想に近い鬼畜。まあ…やり過ぎかな~と
思う部分はありますが…(汗)
 攻め御堂さんはあの不器用っぷりが愛しい。そしてあの意地悪
っぷりとエネ○使っちゃう辺りが素敵。
 黒太一はどこまでも突き抜けて下さい。あれは眼鏡さえも超えて
いる黒さだと思う…けど、好きなんだ~!! 
 優しいワンコのような彼も好きですが、黒い彼も大好きv
 …という訳でエロ時は鬼畜な男を愛しています。ほほほほ~。


★3.受けで好きなタイプは、淫乱or純白

 ん~純白なタイプを、徐々に調教して自分だけの淫乱に変えていく
ような展開が一番理想かな。
 最初から淫乱よりも、純白の方が好きです。
 …ク~そう考えると、ノマって理想に近い受けかも知れない。
 どのルートでも男に抱かれるのは初めての癖にあんなに乱れまくって…
メチャクチャ好みかも知れない。
 御堂さんも受ける方は初めてっぽい感じがして、新鮮で初々しくて
愛しています。
 秋紀にゃんも眼鏡が初体験という所ではポイント高し! あぁ…
本当に普通に幸せな結末送っていればもっと愛しているのに…(ル~)

★4.攻めで好きなキャラを3人あげて下さい。
眼鏡、攻め御堂、太一

★5.受けで好きなキャラを3人あげて下さい。
克哉、受け御堂、秋紀

★6.リバでもOK!だと思うCPを3組あげて下さい。

 すみません、書き手としてキチメガではリバでもOKなCPは…太一×眼鏡
(眼鏡×太一)以外のものはないです。
基本的にノマは受けでいて欲しいし…眼鏡は攻めで貫いて欲しいので…。
 …あ、でも読み手としてならあんまり拘りはなく…基本的にリバ物でも平気です。
 
★7.想いが強いのは受け攻めどちらが理想?

 攻めの想いのが深い方が私的には大好物です。
 もう相手が欲しくて溜まらない! と思い詰めて攻めの方が
行動を起こすような展開の方がムチャクチャ萌えますので・・・。
 お願いだから克克で、もうちょい眼鏡の方がノマを大好きだ~! と
感じさせてくれるような甘い展開やって下さい。
 「好きだ」の一言くらい、公式でも言ってくれる日が来る事を
心の底から待ちわびています。がふがふ…。

 次にバトンを回す人

 …ん~と、ここ一ヶ月で新しい人間関係殆ど構築されてないし
このバトン自体がせつかさん→chie子さんって回ってきているので…
今回は指定しない方向で。
(前回の人と被ってしまいますので…)
 もし拾ってやっても良いという管理人さんがいましたら…好きに拾って
答えてやって下さい。宜しくお願いします(ペコリ)
 
 んじゃ…今回はこの辺で失礼します。
 15日分の更新は夜になります。では…。

 

  
 

 『第二十二話 昔の克哉さん』 『五十嵐太一』


 

 本多さんの人に下宿をさせて貰って、五日程が経過した。
 最初、克哉さんにこの人の所に連れて来られた日に、丸ごとカレーの件で
二人が言い争いを始めた時には本気で上手くやっていけるかどうか不安を
感じまくったけど、ね。
 この人、暑苦しい部分もあるけど基本的に良い人だって事はその日の内に
判ったのでこちらも翌日には気軽に過ごせるようになった。
 ま、典型的な体育会系っていうのは否定出来ないけどね。

 本多さんの家族も、結構明るい感じで。
 俺としては予想外に過ごしやすい感じで助かっていた。
 まあ居候させて貰っている立場として何にもしないのは心苦しいので
朝早くに起きて本多さんの分のお弁当を作ったり、洗い物とか家事をチョコチョコ
手伝ったりして、結構重宝がられていた。

 木曜日の夜に帰宅した本多さんと一緒の時間に合わせてご飯を食べると
話題はやっぱり克哉さんの話になった。
 まあこの人と俺の場合共通ワードと言ったらやっぱりあの人の事以外になく。
 俺の事も結構聞かれたけど、実家の話をあんまりする訳にはいかないので
大学に通っていた事とバンドをやっている事。
 そして家出の理由は本格的にミュージシャンを目指しているのを実家に反対を
されたからという事にしておいた。
 この人をゴタゴタに巻き込むことは俺としても本意じゃないからね。

「ねえ本多さんって、克哉さんと大学一緒だったんでしょ? それなら昔の
克哉さんの写真とか持っていないっすか?」

ん? 持っているぞ。あいつ三年の初めにはいなくなってしまったし、あんまり
人付き合いも積極的な方じゃなかったからそんなにないけど。何枚かくらいなら
アルバムの方にあった筈だが」

「あ、それ見たい! 俺克哉さんと知り合ったのここ数ヶ月の事なものだから
それ以前のあの人の事は殆ど知らないもんで

「おう、良いぞ。それじゃメシ食ったら後で大学時代のアルバムを見せてやるよ」

「やったっ! 約束ですよ本多さん。絶対に見せて下さいね!」

 本多さんが写真を見せてくれる事を承諾してくれたので、すっごい嬉しかった。
 あ~あ、やっぱり俺って克哉さんに恋しちゃっているんだなって実感した。
 あの人の昔を知る事が出来るってだけでこんなに喜んじゃっているんだから。
 それで片付けを終えて、本多さんの部屋に行くとソファに一緒に腰掛けながら、
この人の大学時代の写真が収められたアルバムを4冊持ってきてくれた。
 本多さんってアクティブな人だったんだろうな。
 色んな場所に合宿行ったり、旅行していたらしく写っている風景も様々でバラエティに
富んでいた。

 その中で一際目を引いたのはどこか憂い気な表情を浮かべて、バレー選手の
ユニフォームに身を包んだ状態で膝を抱え込んでいる克哉さんの写真だった。

「うわっ! 本当に克哉さんバレーやっていたんっすね。けど、この写真の
克哉さん少し寂しそうな感じだ

「あぁ克哉って、リバロとしてのセンスも良かったし実力があったんだけどな。何か人に
遠慮するっていうか、人付き合いに対して積極的じゃない部分があってな
 こんな風にポツン、と一人でいる事も結構多かった。俺は高校時代にたまたま、あいつの
プレイを見ていてコイツは選手として一流だ。欲しいなと思っていたんだけどな。
 どうしても周りから少し浮いちまっていたせいで結局、仲間と上手くいかなくて
こいつの才能が目が出ないままだったのは本気で勿体無い、と思ったぜ

あ~克哉さんって本気でそんな感じですよね。人に配慮しすぎっていうか、考えすぎと
いうかマジでそんな感じで。
 俺も話聞いているとあの人の説明って判りやすいし、聞いてて楽しいから営業を
やる人として克哉さんって結構、良いんじゃないかな~と思っているんだけど当の本人は
凄く自信なさげなんだよね。俺もそこら辺は勿体無いって思っていたっす」

「おお! その通りなんだよなっ! あの自信がない部分が本気で克哉はもったいないな~と
以前から俺も感じていたんだよっ! まあ俺は結局、あいつと同じ会社にたまたま就職して
その後の付き合いも続いたから思う事なんだけど
 退院してからの克哉は結構自信がついてきたみたいで良かったと思っているがな」

 その言葉を聞いた時、ピクンと俺は震えた。
 退院してからの克哉さんは、あの眼鏡を掛けている方なのだ。
 それを良かったと言う本多さんに少し反発を覚えていく。

退院してからの克哉さんって以前と違うっていうか全然違う人みたいじゃないすか?
それでも本多さんはマジで良かったと思っているんですか?」

 この問いだけ、結構険を含んでいた。
 あぁでもこの本多さんって人はマジで鈍いというか、空気が読めない人なんだろうな。
 俺がそんな態度で尋ねたにも関わらず、相変わらず豪快な笑みを浮かべながら
答えていった。

「あぁたまにプレー中に、今のあいつのような部分がチラっと覗いていたからな。
あの克哉の姿も、以前から本来あったものだと俺は思っている。
 最初別人みたいになった時には違和感は俺も覚えたけどな。それでもそういう
一面もアイツの一部なんだから、俺は受け入れているけどな

「そう、なんですか

(まあこの人は俺みたく、人格変わった克哉さんに犯された訳じゃないだろうしな

 俺はそれ以上どう言葉を紡げば良いのか判らなくて、パラパラとアルバムのページを
捲っていく。
 すると一枚だけ、植え込みの前で綺麗に微笑んでいるものを見つける事が出来た。
 柔らかい表情を浮かべて、目元を細めて凄く優しい顔をしながら桜を眺めているものだ。
 それに目を留めた時、本多さんは楽しげに笑っていた。

「あぁその一枚、良いだろ? たまたま通りかかった時に珍しいなと思って撮影
してしまったんだがな。ま、克哉は恥ずかしいだろ! とかびっくりしたんだけどって
言って少し怒っていたがコイツがこういう顔をしていると、目を引くよな。
俺は結構その写真の克哉、気に入っているんだがな

「えぇ凄く可愛いなって。やっぱりこの人可愛いですよね。守ってあげたいって
いうか…あの、この写真を焼き増し出来ないですか? …どうしても、これは
欲しいんですけど…」

「ん? 構わないぞ? 確かネガがその辺にあったと思うから。ちょっと待ってろな…」

 そういってソファから立ち上がると…本多さんは収納庫の方に向かい…何やらゴソゴソと
探り始めていく。
 少しすると、大きな段ボール箱を抱えて俺の方に戻ってきた。

「確かこの箱の中に大学時代に撮影した写真のネガは全部纏めておいたと思う。
この中に…さっきの克哉の写真のネガもあったと思うが、どれがどれだか…まったく
探してみない事には判らんな…」

「うっわ…これ、凄い膨大な量あるっすね。…確かにこれは大変そうだけど、この中に
さっきの克哉さんの写真あるんですよね? それなら探しますよ」

 そういって、ネガを一枚手に取っていくと…フィルムに収められたネガを光に透かして
探し始めていく。

「…お前、そんなに克哉の写真欲しいのか。よっぽど仲が良いんだな」

「えぇ、俺…克哉さん大好きですから。だからあの人の写真は欲しいです」

 ちょっとストレート過ぎたかな、と思ったけど…別段、本多さんは変わった様子はなく
さっきまでと同じく、楽しそうに微笑んでいた。
 …反応からして、友人として好きだと思われているんだろうなと判ったので…ちょっとだけ
ほっとしていく。
 大学時代から一緒で、今も同じ職場に働いていて…少しその境遇に嫉妬を覚えたけど
この人が『そういう意味』で克哉さんを意識していないって、顔と表情を見れば判ったから。
 俺が必死になって探していると、本多さんも手伝ってくれた。
 そうやって30分くらい、反転して見づらい写真のネガと睨めっこしていると…。

「あっ! これだ! 構図からして…さっきの写真に間違いない! 後…その下の段に
膝抱えているのも一緒に映っている。これ…二枚とも下さいっ!」

「そっか! 良かったな! やっと見つかったか…! けど…探してみたけど、本当に
克哉の写真って少ないな。バレー部の全体集合写真とか、みんなで撮った奴なら…
それっぽいの結構映っているんだけど、あいつ単体で撮影した写真がこんなにないとは…」

「…同じ部活の仲間だったんですよね? それなのにどうしてこんなに無いんですか…?」

「…あぁ、その…これが理由だ」

 そういって、本多さんは二枚の写真を…定期入れから取り出して俺に見せてくれた。
 一枚はお互いにバレーのユニフォームに身を包んでいる姿で、もう一枚は…社会人に
なってスーツ姿で居酒屋らしき場所で肩を組んで映っている写真だった。
 ただ…どちらの写真も、本多さんはいつものように豪快な笑顔を浮かべているのに対し
克哉さんの方は困っているようなはにかんでいるような…笑顔というには程遠い顔を
浮かべていた。

「…何か本多さんの表情に比べて、克哉さん…浮かない顔しているっすね」

「あぁ…それは俺が頼んでどっちも、大学入学当初と、キクチに入社した時期の歓迎会で
撮影したモンなんだが…出来上がった時の克哉の表情見てな。
あまりこいつは写真とか得意じゃないんだな…というのが態度で判ったので、あんまり
克哉と写真を一緒に撮影するって機会がなかったんだ」

「そう、なんすか…」

 そういえば俺も、会社帰りの克哉さんとたまたま合流した時に…通りかかったゲーセンで
プリクラの一枚でも撮りません? と聞いた時に丁寧に断られたような気がする。
 携帯で…どうにか一枚、撮影させて貰ったけれど…その時も、はにかんだような…
そうだ、この本多さんが見せてくれた写真と、そっくりな顔をして映っていた気がした。

「そう考えると…この写真って、本当に貴重な一枚なんすね」

「そうだな…俺も克哉がそんな笑顔を浮かべている姿は、滅多に見た事ないからな。
…メチャクチャ貴重かもな」

「なら、絶対に焼き増しして下さいね! こんな顔した克哉さんは俺も…あんまり
見た事ないから、ね…」

「あぁ、明日出勤する時に出して来てやるよ…。おっ、今日はもうこんな時間か。
そろそろ風呂に入ったりしないと寝るのが遅くなってしまうんで…今日はこの辺でな。
克哉が戻ってきてくれた事で少しは楽になったが…まだまだ、やらないといけない仕事は
山積みの状態なもんでな…」

「えぇ…俺がアルバムとネガを片付けておきますので、本多さん…お風呂に行って来て
下さいよ」

「お、その言葉に甘えさせて貰うな。それじゃ宜しく」

 本多さんはそういうと、さっさと着替えを持って浴室の方へと向かっていった。
 そしてアルバムを戻していく最中に…例の二枚をそっと抜き取っていく。

(焼き増しした分を後でこっそりと戻しておけば問題ないよな…)

「へへっ…この克哉さん、本当に可愛い。あ~あ…同じ年で、一緒の大学に
通っていたなら良かったのにな…」

 現実的に克哉さんと俺の年って、四つは離れているから…どうやっても
同じ大学に通うことは…克哉さんが留年でもしてくれない限りは無理だし。
 ついでに専攻している学部とかそういうのも違うだろうから絶望的なんだけどね。
 でも…だから、一緒の大学で同じ部活で過ごしていた本多さんに…猛烈な嫉妬を
覚えてしまう。

「克哉さん…」

 会いたい、と強く思った。
 この写真のような笑顔を浮かべている貴方に。
 桜を眺めながら優しく微笑んでいる克哉さんの写真を眺めている内に…。
 何故か、俺の目から…一筋の泪が、そっと零れていったのだった―
 
 『第二十一話 優柔不断』 『


  卵の中には一人分しか孵す栄養しかありません。
  けれどその中に二つの黄身が入っています
  殻の中にあるのは、一人を満足に生育する分だけ
  さあ…二人が満足な状態で殻を突き破る方法などあるのでしょうか?

(出来ない…)

 夢を見る合間に、克哉が呟く。
 あの日…もう一人の自分にこの泉に放り込まれた日から、ずっと克哉は
迷い続けていた。
 自分が取るべき道は一つしかないって判っているのに…その手段を選びきる
事も出来ずにグズグズしている事に、克哉自身も焦燥を感じていた。

(…俺には、どちらの道を取る事も出来ないよ…)

 本当なら、こんな夢を見るくらいに浅い場所ではなく…もっと深い処。
 誰の心の中にも空いている、精神の奥に潜む奈落の穴。
 弱っていたり、苦しんでいたりする時に断裂を広げて。
 夢をみる事さえもない…深い眠りに誘う場所。
 今の自分はそちらの方に向かわないといけないのに、そちらに
飛び込む勇気すら持てずに一ヶ月の月日が経過していた。

(…本当に情けないよな、俺って…だから今…表に出ているのは
あいつの意識になってしまっているんだよな…)

 傲慢で自信に満ち溢れているもう一人の自分。
 例えるなら…刺される前まで自分たちには100の力があった。
 それだけあれば二つの意識を所有していても何の問題なく身体を
動かせたし、片方が浅い場所にいても支障なかった。
 だがあの時に、自分たちの生命力は一旦…50、半分程度に
まで落ちてしまったのだ。

 …50の場合、もう一つの意識にまで回す力がない。
 自分の身体を動かし、生命を維持するのが精一杯で…これが
ゼロになれば、精神はどちらも『死』にもっとも近い状態になる。
 肉体はそういう時、生きる力が満ちている方を選ぶ。

 だから片方の意識をシャットアウトして…眼鏡というキーアイテムを
掛けたり外したりしなくても、一つの意識だけが出る状態を選択し…
余分な力を消耗しないようにしていったのだ。
 それでも、深い場所に行かない限りは…少しずつでも、毎日…
消耗していく。
 なのに、何故…もう一人の<俺>は自分がここにいる事を
許してくれているのか、その理由が判らなかった。

(…二人が生き延びる道を選ぶなら、本来ならもっと早くに…
決断しなければ、ならなかったのに…)

 自分が、奈落の底に飛び込まない限り…少しずつ、彼の方にまで
消耗が及んでいく。
 だが…そうすれば、いつ目覚めるか判らなくなる。
 自分が元に戻れるまで…どれくらいの月日、何年か十何年か…
もしくはもっと掛かってしまうのか、それすらも読めない。
 それを承認すれば、徐々にでも回復していく。
 だが…そうなれば。

(もう太一には会えなくなる…)

 それだけが心残りで、決断し切れなかった。
  彼と言葉の一つを交わす事も出来ずに…底に飛び込む事だけは
どうしても出来ずに、ここに留まり続けている。

 たった一言でも良い。
 彼に対して直接謝って…この想いをせめて伝えておきたい。
 そうすれば…いつ起きれるか判らない死にもっとも近い夢を見る事に
なっても…悔いは残さないで覚悟を決められる。
 だが…彼に会えないままなのは、嫌だったのだ。
 それが自分の我侭だと判っていても…みっともないと承知の上でも
克哉は…受け入れる事が出来なかったのだ。

(けれど…オレにはもう一つの選択肢を選ぶ勇気すらない…)

 歯噛みしながら、克哉は泣いていく。
 深い泉の底で…泪を溢れんばかりに溢して…その現実に
胸が引き絞られそうだった。
 たった一つ…この事態を覆す方法は、存在する。
 だが…それは、もう一人の自分の生命力を奪って…彼を
代わりにこの奈落の穴に叩き込む事だ。

 この精神の世界では二人同時に存在する。
 その彼から生命力を無理やり奪う事は、彼を殺す事に等しい。
 そして奈落の穴に代わりに叩き込めば、相手の方を…いつ目覚めるか
判らない眠りに追い込む事になる。

 この克哉の心は優しかった。
 佐伯克哉という人間の、「誰も傷つけたくない」という感情から生まれた人格。
 そんな彼に、どうして…自分の為に「人を傷つけたり、殺めたり」する事など
出来ようか。

 優しいという事は、優柔不断でもある。
 人を傷つけることを承認出来る者は、同時に決断力を持っているという事でもある。
 己のエゴの為に、もう一人の自分を殺す。
 そうしなれば…状況をひっくり返して、代わりに今の彼が…『今すぐ』に表に出る
手段は存在しない。
 だから彼は泣き続ける。

 今の自分がどれだけ情けなくてみっともないか…自覚はあっても。
 一番大好きな人と、もう一人の自分自身を天秤に掛けて…片方だけを選ぶ事は
この段階ではどうしても…出来なかった。

 たった一度で良い。
 どうかどうか…太一と言葉を交わす機会を下さい。
 それさえ叶ってくれれば…。
 自分は奈落の底に堕ちても構いませんから-

 そう願いながら、彼は今も眠る。
 狂おしいまでの…後悔の念と、強い恋慕に身を焦がしながら…。
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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