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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『御堂孝典』

  第八課に課したプロトファイバーの販売期限がもう間近に迫っている頃。
  ―私はついに、佐伯克哉のお見舞いに一人で赴いてしまっていた。
  彼が事故にあった直後に…一度、顔を出して以来のことだった。

(…つい、足を向けてしまったな…)

 事故から二週間が経過した現在も、彼の意識は戻っていないままだった。
 会話が出来ない人間の処に見舞いに行っても、何の意味も成さない。
 それくらいは判っていたが…先日、起こった不可解な一件についての答えを
得たくて、私は取引先との会談の帰り…。
 車で近くを通りかかったという理由もあったが、彼が入院している大学病院に
辿り着いた。

「確か彼は…三階の奥の、個室に入院していた筈だな…」

 記憶を探り出し、受付の処で面会簿に記入をして…29と番号札が書かれていた
バッチを受け取り、それを胸に飾っていく。
 …病院特有の、強い消毒薬の匂いが鼻に突いた。
 最初は一瞬、不快だったが…すぐに慣れてスタスタと廊下を歩いていった。
 エレベーターを使った方が時間短縮にはなるが、最近はプロトファイバーの増産ラインの
為の打ち合わせに忙しくジムに通う時間すらも殆ど取れない。
 だから本日は階段を使って、三階まで向かっていった。
 多少は運動不足を解消出来るだろうからな…。
 317号室は、二畳ほどの広さの部屋だった。
 並んでいる病室の前のナンバープレートを目で追って…真っ直ぐに317号室を目指して
中に入っていくと…。

(…何だ?)

 何故か、彼のベッドの前に…強面のサングラスを掛けた黒服の男が立っていた。
 まるでドラマや映画とかで見る、「ヤクザ」や「暴力団」の典型のような風貌の
人物だった。
 どうして佐伯克哉の病室にこんな怪しい風体の男がいるのか、こちらがつい
訝しがっていると…男は何も言わずに、こちらに小さく会釈一つをして…そのまま
静かに立ち去っていった。
 こちらはただ、言葉を失ったまま…その様子を見送っていくしか出来なかった。

「何故…あんなに怪しそうな男が君を訪ねてくるんだ…? 佐伯…一体君は私の
知らない処で、何をしていたんだ…?」

 眠り続ける彼に、そう問いかけるが…やはり返答はない。
 重く瞼を閉ざしながら…ただ、安らかな吐息を漏らし続けるのみだった。
 ベッドの方に近づき…その傍らに何となく腰を掛けていく。
 こちらの体重が掛かって、ベッドの端が軽く沈んでも…彼は身じろぎ一つも
しなかった。

(意外に整った顔をしているんだな…君は…)

 今まで彼の顔をじっくり見る機会など殆どなかった為に気づかなかったが…
佐伯克哉の顔の造作はかなり整ったものだった。
 つい、その貌をマジマジと眺めて…頬をそっと撫ぜていってしまう。
 指先が軽く口の端に触れても…軽く身を震わせるだけで、目を開ける気配は
なかった。

「…今の君の問いかけても無駄だって事ぐらいは判っているけどな。だが…あれは
一体何なんだ。…君はどういう交際関係を持っていたんだ…?
 あまりに理解不能すぎて…私には、君という人間の底が伺い知れない…」

 そう、先日。
 プロトファイバーの営業権の期限が切れる寸前の話だった。
 佐伯克哉というエースを失った状態では、私が引き上げた営業目標を達する
事は決してない。
 片桐君は「せめて佐伯君が意識を取り戻すまでの間だけでも延長をお願いします…」
とこの病室の前で嘆願して訴えてきた翌日の事だった。

 昼間に腹部を正面から、刺されたというのは…顔見知りの犯行であった可能性が高い。
 …ようするに誰かに刺されるような人間関係を構築していた、という点で…私自身としては
片桐君にどう頼み込まれようとも、期限内に達しないようなら…予定通りの処置を
するつもりだった。
 だが、そこで予想外の出来事が起こったのだ。

 …誰もが知っている某大手グループのトップから直々に…膨大な量の追加注文を頼まれ、
絶対に届かないと思われていた目標値をはるかに超える形で、目標達成したのだ。
 何故そんな大物が…彼が刺された直後に動いたのか。
 そこまでの交際関係を佐伯が持っていた事も予想外のことなので…こちらはともかく
アッケに取られるしかなかった。
 それからずっと…私の中ではその謎がグルグルと渦巻いて、佐伯が気になって
仕方なくなっていた。

「君という男は…どこまで、謎めいているんだ…?」

 そうして漏れる言葉にはどこか力がなく、独白に近いものがあった。
 この佐伯克哉という存在は、初めて会った時から…私の予想の範疇を超える事ばかり
やり続けていた。
 眼鏡を掛けた瞬間に別人のような態度と口調になって…プロトファイバーの営業権を
こちらからもぎ取る事から始まり、当初の目標値をあれだけ短期間で達成した上に…
更に上乗せした分までも、この状況で消化してしまった。
 
「何も…答えないんだな。君は…」

 そんなのは、最初から承知の上だった。
 今の彼に何を問いかけたって、答えが返ってくる事などない事など。
 だが…夕暮れの光がそっと差し込む病室の中で、彼の色素の薄い髪がそっと
煌いているのが目に飛び込んで…胸が落ち着かなくなった。

(何故…私は彼の顔を見て、こんなに落ち着かない気分になっているんだろうか…?)

 そんな事を自問自答しながら、つい…もっと間近に見たい衝動に駆られて
顔を寄せていってしまう。
 …思いがけず、赤い夕日に照らし出された彼を綺麗だと感じてしまっていた。
何故…あの時、そんな事をしてしまったのか…私自身にもその時は自覚がなかったが、
気付いたら…眠っている彼の唇に、そっと自分のソレを重ねてしまっていた。

(意外に柔らかいな…)

 交わした口付けは乾いていたが、それでも柔らかく暖かかった。
 触れるだけの簡素なキスを暫く続けて…その頬を撫ぜて、顔を離していっても…
やはり彼は起きる気配などなかった。

「…何故、私はこんな事を…?」

 唇を離して、暫く経ってから…今、やった事が自分でも信じられない思いがした。
 何故、眠る彼を見て…口付けたいなどという衝動を覚えてしまったのか…自分でも
理由が判らなかった。
 初めて会った時から、彼を見ていると苛立たせられたり…癪に障る事の方が
多い筈だった。
 今、この瞬間も…彼に対してはすっきりしない、非常にモヤモヤした気持ちを抱いて
しまっている。
 その苛立ちの原因が何なのか、自分でも把握しきれていなかった。
 だから彼の顔など見たくない…視界にも入れたくないと思った事すらもあったが…
これでは、まるで…。

「私が彼に恋している…みたいじゃないか。そんな、馬鹿な…」

 そんな言葉を力なく呟いても、目の前にいるのに彼は決して答えない。
 重い瞼を閉じたまま…沈黙という形でこちらを拒絶し続ける。

「…おとぎ話か何かなら…今のキスで目覚めるんだろうがな。…現実はさすがに
甘くはないか…」

 溜息をつきながら、そっと顔を離した瞬間…ドアが開閉する音が聞こえて
慌てて顔を離していったが…すぐにその気配は立ち消えて、室内は
静寂で満たされていった。
 
「…一体誰が…?」

 もしかして、今の場面を見られたのか…と思うと蒼白の思いだったが、こちらを
現実に引き戻すかのように…メールの着信音が携帯から鳴り響いていく。

「…そろそろ時間だな。あまりここで無駄な時間を費やしていたら…これから先の
仕事に差し障りが出てしまう…」

 その着信音を合図に、思考を仕事モードに切り替えていく。
 今はこれ以上考えていても仕方がない。
 …一度、仕事の方に戻って…自分がやるべき事を片付けてきた方が良いだろう。
 そう判断して、一旦彼の病室を後にしていく。

 だが…結局、その日…途中で誰が尋ねて来たのか、私には判らず終いだった―
 
 
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 2月22日分、殆ど日付が変わる頃にアップしました。
 がう~! 今日、片桐さんの誕生日だったので一枚絵を描くぐらいは
やりたかったですが、そんな余裕は一欠けらもありませんでした(T〇T)

 わ~ん! 片桐さんハッピーバースデ~!
 
 とりあえずギリギリだけどそれだけ言い逃げして今夜は寝ます。
 連日残業で、今日は肉体労働系の作業割り振られました~。
 明日も出勤さ(ヤケ)

 …それでも体力温存して、出来るだけ夜まで持つように
やっていけるように頑張ります。
 片桐さん、一本ぐらい何か書いてあげたかったなぁ…。
 ウチのサイトでは基本的にそんなに出番がない分だけ余計に
残念です。あうあう。

 けど、身体はヘロヘロでも…雑誌掲載のメガミドとか、小説版とか…
公式サイトの克克バレンタイン絵とか、萌えの補給は沢山あったんで
気持ち的には萌えておりますよ。
 バレンタイン絵は鼻血噴くかと思った。
 あれは克克スキーには反則やねん! ホンマにもう…。
 それじゃ今夜は寝ますです。おやすみなさいませ~(ペコリ)
    『Mr.R』

  
 ―あの方が意識不明の重態になられて、病院に搬送されてから一週間ほどが
経過したでしょうか。
 …最初はかなり危険な状態だったそうですが、やはりあの方は…「もう一つの命」を
持っていただけありますね。
 幸い、片方の魂だけは生き延びる事が出来たようです。

 本当に生命力が強い方で安心しました。
 あの方に―こんなにあっさりと亡くなられてしまったら、私は再び退屈な日々を
送る羽目になっていたでしょうから…ね。

 深夜の病院とは、濃厚な死と闇の気配が漂う空間ですよね。
 多くの病んだり、死に近づいている人達が収容される施設。
 その冷たいリノリウムの床を歩いて進んでいくと…そのもっとも奥深い部屋で
あの人は静かに眠りに就いていました。

 危篤状態から脱した克哉さんは、今は集中治療室から…個室の方へと
移されていました。
 窓の向こうには藍色の深い闇と静かな銀月が浮かんでいました。
 どこまでも冴え渡るように冷たい一夜。
 克哉さんはまるで…良く出来た人形のように静かにベッドの上に横たわり
眠り続けていました。

「…こんばんは、佐伯克哉さん。…お久しぶりですね」

 声を掛けながら、克哉さんの頬をそっと撫ぜていきます。
 その感触は暖かくて柔らかいのに、彼の人はまったく目を覚ます気配がありません。
 無理もありませんよね。
 今、この人はとても深い眠りに就いてしまっている。
 佐伯克哉さんは現在、冥府に片足を突っ込んでいるのに近い状況ですからね。
 この一週間…たたの一度も、この方は目を覚まさなかったそうですから。

「…しょうがないですね。あの時…貴方は罪悪感という強い感情によって
心も殺されたに等しいのですから…」

 心からの慈しみと侮蔑を込めて、克哉さんの頬からオトガイ、首筋のラインを
優しく撫ぜて差し上げました。
 愛情を込めて愛撫をする時のような手つきになっていたのかも知れませんね。
 それでもこの人は少し睫を揺らして見せただけで…目を開く気配はまったく
感じられませんでした。

「今…どんな心境ですか? 生きているのも辛くて…胸がつぶれて、呼吸も
出来ない程苦しんでしょうかね…? 仕方ありませんよね。
貴方は先日…大切な人を傷つけて、あまつさえに…一生その人に対して
顔向けが出来なくなるような真似をしてしまった。
 貴方は…人に嫌われるのを極度に恐れる方ですからね。
 しかもそれが…今、一番強い好意を抱いている相手だったとしたら…とても
辛い事でしょうね…。だから…貴方は目覚めないんでしょうかね…」

 今、この人の肌は陶器のように白く透き通り。
 触れて暖かい事を確認しなければ、とても生きている事が信じられないくらい
皮膚は病的な白さを誇っていました。
 換気の為でしょうか?

 僅かに開かれた窓の隙間から…冷たい風がそっと吹き込んでいきます。
 …ただ眠り続けているだけなら、観賞用には耐えられるでしょうが…やはり私は
この方の目がどこまでも獰猛に輝き、不敵な笑みを口元に刻む姿が見たくて
仕方がありませんでした。

『あぁ…私の王よ。今、貴方はここで眠られていらっしゃるのですね…』

 私の心の中に浮かぶのは、ただ一人の存在だけでした。
 かつて…友の裏切りに遭い、深く魂を傷つけられた…高潔で傲慢な魂を持った
一人の少年。
 私はこの人に眼鏡を与える事によって…奥深くに封じられていた彼の本質を
呼び覚ます予定でした。
 ですが…この定められた三ヶ月間、克哉さんは最初の頃に何度か使用したっきり
眼鏡を掛ける事は殆どありませんでした。
 このままでは…13年も待った私の努力は全てフイになります。
 そんなのはバカらしい…と思いました。
 
『貴方のような素晴らしい方が…このまま生きた屍のようになり、目覚める事なく
内側に閉じ込められて生きる事になるなど…大いなる損失です。
 ですから、貴方が其処から出られますように…一つのお手伝いをさせて
頂きますね…』

 そうして…虚空の闇の中から、例の銀縁眼鏡を生み出して…掌の上に
転がしていきました。
 眼鏡のツルの部分を耳元に掛けても、やはり克哉さんは呻き声を漏らす気配すら
ありません。
 そっと銀縁眼鏡を掛けさせて、子守唄のように甘い声音で…私は克哉さんに
囁きかけました。

 どちらの克哉さんなのか…気になりますか?
 当然…私の主となるべき素質を持ち合わせている方…ですよ。
 それは優しい励ましの言葉とは程遠い…挑発と呼べるものでしたね。

『さあ…貴方はいつまで、其処でそうして眠っていられる愚を犯し続けているので
しょうか? …ほんの少しだけ手を貸して差し上げましたから…望むのでしたら
そのまま、突き破ってこの世界で再び産声を上げられるのも良いと思いますよ。

 一度、死の間際に誘われたことによって…現在の貴方達の生命力では
「一人」が深い眠りに就いて温存しなければ…もう一人も目覚める事が出来ない
状況になっています。

 このまま手をこまねいて…無為に時間を過ごしますか?
 それともその殻を突き破り、この世界で貴方の意思の方が生きますか?
 どちらを選ばれるのも貴方の自由です。
 どうぞ…気持ちのままに選択下さいませ…』

 そっと克哉さんの唇を指先で辿り…歌うような口調で耳元で囁いて差し上げると
ビクン! と大きくその身体が跳ねていきました。
 
 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!

 こちらまで聞こえてくるぐらいに激しく…鼓動を繰り返し、その度に指先が
ビクビクと小刻みに震えていきます。
 
(あぁ…貴方が憤っているのを感じられます…さあ! どうぞ…その怒りのままに
殻を破り、この世界に躍り出て下さいっ…!)

 部屋中を満たす濃密な怒りの気配は…純粋な怒りと憎しみを持ち合わせる
あの人のものに間違い在りませんでした。
 それを傍らから見守り、己の鼓動が忙しなくなっていくのを感じました。
 歓喜の感情を持って、その様子を見守り…あの人の目覚めを心待ちにしていましたが
次の瞬間、炎が一瞬で掻き消されるように…ふっと怒りの感情が霧散していく気配が
感じられました。
 それを見て…私は、深い落胆に襲われる事となりました―

「…やはり、まだ…機は熟していないようですね…」

 少々残念でしたが、まだ…克哉さんの生命力は、意識を回復出来る程には
戻っていないようでした。
 …まだ、挑発してあの人の怒りを煽っても…無駄なようです。
 ようするに今のこの方は断線したコンセントのようなものですね。
 下手に電気を流せば漏電する状態に近いですね。
 腹部を刺されたことで、そこから気を抜くと生命力が抜け続ける状態では無意識の内に
意識のブレーカーを落として…己を守っているみたいでした。

 丁度その頃、靴音がコツコツと近づいてくる気配を感じられました。
 病院を見回りに来ている看護婦かなんかでしょう。
 患者の容態が悪化したり、変わった処がないかを巡回して確認しているのでしょう。
 見つかると厄介ですので…今夜はこの辺でお暇する事に致しました。

「…今夜は残念でしたが、また…何度でも試させて頂きますよ。
どちらの貴方になっても構いませんから、目覚める日までは…こうしてチョコチョコ
顔を出させて頂きますね…佐伯克哉さん」

 そうして、一旦…この人の顔から眼鏡を外していくと…そのままテレビ台の脇に
置いて…踵を返していきました。

 さあ…私はこれから、何度かあの方の方に呼びかけを続けていくつもりです。
 その状況でもいつもの克哉さんが…あの人を押しのけて、果たして生きる事を
主張出来るのでしょうかね。
 ―本当に大事な人とすれ違い、大きな溝を作ってしまったばかりの方が…。

 どちらの貴方でも構いません。
 いずれまた…起きている貴方とお逢い出来る日を心待ちにさせて頂きます。
 それでは御機嫌よう。
 どうか一日も早く…貴方がその深い眠りから目覚める日が来る事を心よりも
待ち望んでいますよ。
 ねえ…佐伯、克哉さん?

 そうして私は静かに微笑みながら…
 夜の闇の中にそっとその身を溶かしていきながらその場をしました。
 これから起こるであろう、最早喜劇に限りなく近い狂乱を伴った悲劇の結末をそっと
予想していきながら―
 

 

 『須原秋紀』



 退屈、退屈…た~いく~つ~!
 …という訳で僕は今夜も、行き慣れたバーのカウンターの隅で暇を持て余していた。

(…克哉さん、今夜も来なかったな…)

 僕にとって、決して忘れられない人だったあの人は…あれからもう二ヶ月以上が
経過しているのに、一回だけ訪れてからは…一度もここに来てくれなかった。
 どうして、来てくれないんだろう…。
 あんな風に、僕を…した、癖に…。

(…あ~あ、僕はこんなに会いたいと思って出来るだけ時間作って、ここに来るように
しているのに…切ないなぁ…)

 カウンターの上でノンアルコールカクテルを今夜も飲みながら、悪友達と少し離れた
席で…一人で居続ける。
 最近は、何となく一緒にいたあいつらと下らない話をしているのがつまらなくなってきた
から…少し距離を置いていたんだ。
 時計の針は、二十二時を指していた。

(そろそろ帰った方が良いかな…)

 本当は学校なんて、これも退屈を持て余す場所でしかないから…あんまり行きたくない。
 けれどあんまりサボり過ぎると、うちの親が本当にうるさいからね。
 …登校するつもりなら、そろそろ帰った方が良いかな。

(良いや…帰ろうっと…)

 一人でこうやって、カウンターの隅で時間を無駄にしているよりも…さっさと寝た方が
良いかも。ふとそう思って…バーテンに代金を支払い、僕は店を後にした。
 帰りがけ、たまたま通りかかった公園の入り口の前で、人だかりが出来ていた。
 こんな処に人が集まっているのは珍しかったけど、ざわめきを聞いていると…ここで
誰かが昼間に刺されて警察とかが来たかららしい。

(誰が刺されたんだろ…ま、僕には関係ないんだろうけどね…)

 少し野次馬根性が湧いたけれど、多分関係ない人だろうと割り切って僕はさっさと
公園を通り過ぎていった。
 夜の都内を歩くと…たまに、こういう現場の前を通る事はあるしね。
 その事件も、この時点では…僕にとってはその程度のものの筈…だった。

 帰宅してからさっさとシャワーを浴びて、寝る準備だけ整えていく。
 水色のシャツに袖を通して…明日の天気だけ気になったから、自分の部屋のテレビを
何となくつけていった。

(ニュースに合わせれば、天気予報ぐらい見れるよね…)

 朝から降っているような時は困らないけど、午後から降るという時は…折りたたみ傘の一本
ぐらい持っていないと面倒だからね。
 必要ないなら、無駄な物は持ち歩きたくないし。
 その程度の気持ちでニュースにチャンネルを合わせたんだけど…。

「えっ…」

 僕は、目を見開くしか…なかった。
 ブラウン管の向こうに映っているには見覚えがある公園だった。
 
『今日未明…都内の中央公園にて、男性一人が腹部を刺されて重態。警察は
通り魔の犯行である可能性を考慮して…周囲に情報提供の呼びかけをしています。
被害者は佐伯克哉さん(25歳) 佐伯さんは都内の企業に勤務しているサラリーマンの方で…』

 ここで、信じられない現実を突きつけられた気がした。
 まさか…と思った。同姓同名だと一瞬疑った。
 けれど一回だけあの店に来た時に…あの人はこう言っていなかったかな?

『ただのしがないサラリーマンだ』と…。

「嘘、でしょ…何で、克哉さんが…刺されて、なんて…」

 さっき、公園の前に人だかりが出来ていたのは…克哉さんが昼間に誰かに刺された
からだと思うと、一気に全身から血が引いていく感じがした。
 何で僕は、あんなに平然と立ち去ってしまえたのだろう…。
 知っていたのなら…いや、僕にはそれでも何か出来た訳でもなかった。
 ただ…今の、連絡の一つもつけられない状況が酷く…もどかしく思えた。

「克哉さん、どうしているのかな…重態って言っていたけど、まさか死んじゃったり
しないよね…」

 僕にとって、大事な人でも…ニュースにおいては、三十秒か一分くらいで語り終える
くらいの、今日の一つの出来事としてあっさりと語られる程度の事だった。
 だけど…それは本当に僕に大きな驚愕を齎していて。
 あの人が今、どこの病院にいるのか…無事なのか、気が気じゃなかった。
 気付いたら、頬に涙が伝っていた。
 …僕が、知らない間に泣いているなんて…。
 今までは、もう一度会いたい程度の相手だと思っていた。
 けれど…この胸に圧し掛かる不安の大きさは何だろう。
 本気でもどかしくて、そのまま気が狂いそうだった。

「…僕がこんな事で、泣くなんて…! うぅ…くそっ! どうして僕はあの人と連絡一つ
つける程度の事も出来ないんだよっ!」

 八つ当たりしたって、どうしようもない事は判っていた。
 けれど待ち続けた人の名前が出たって、テレビを見ただけじゃ…何の手がかりにも
なりはしない。
 あの人が公園で刺された情報を知ったとしても、それで何かが出来る訳じゃない現状が
ひどく歯痒くて仕方なかった。
 テレビの画面を思いっきり叩いて、最後に僕が呟いたのは…。

「克哉さん…どうか、無事で…いて…」

 こんなテレビで、情報を聞いたきり…二度と会えなくなるのは嫌だった。
 だから僕はただ…祈るしかない。
 どうかあの人が…命だけは助かりますように。
 強く強く…それだけを願って、僕は眠れぬ一夜を過ごしました―


 

 

 第二話 『ご飯ですよ~』  片桐稔



 『ただいま~良い子にしていました? もんてん丸に静御前。今日もご飯が遅くなって
しまって、本当にごめんなさい…』

 本日も遅くまでの残業のせいで、随分と長くこの子たちを待たせてしまいました。
 声を掛けると、二匹のオカメインコは…盛大に僕を出迎えてくれました。
 あぁ、出迎えてくれる存在が家にいるって良いですよね。
 一人で暮らすようになってから結構な年月が過ぎていますが…今の僕はどれだけ
この子たちの存在に癒されているか判りません。

「えっと、今日は…基本配合飼料に、グリーンフード。あぁ…他にも冷蔵庫に小松菜が
あったから、それをちょっと与えてあげると良いかな。
 あんまり栄養が偏ってしまうと身体の調子がおかしくなってしまいますしね…」

 そうして、仕事で今日も疲れていましたけれど…大急ぎでこの子達のご飯を用意して
あげました。
 ようやくご飯にありつけると二匹とも凄く嬉しそうにご飯を食べてくれます。
 この様子を見ていると、一日の疲れも吹っ飛びます。

「あぁ…二匹とも、今日も凄く美味しそうに食べてくれて…。ふふ、本当にもんてん丸と
静御前は食欲旺盛ですねぇ…」

 カゴの前で瞳を細めながら、この子達の様子を眺めるのは…僕にとっては
至福の一時です。
 僕の方のご飯は残業時間中に本多君が買って来てくれた牛丼と野菜セットを
食べましたから…もう少ししたら、お風呂に入って寝る準備をしましょう…。
 そう考えていた時、盛大に電話の音が鳴り響きました。

 ジリリリリリン。ジリリリリリン。

 …夜八時。
 遅い時間帯の電話の音というのは、何か怖い気がしますよね。
 特に僕みたいに一人暮らしの人間ですと、家中が静まり帰っていますから…。
 何となくその瞬間、嫌な予感が走りましたけれど…取らない訳には行きません。
 受話器を取って耳を宛がっていきます。

「はい…もしもし、片桐です」

 すると、通話口からは若い女性の声が聞こえました。
 …そして、中央病院の原口さんと名乗ってきました。
 何故、病院の人がこんな時間帯に僕の家に電話を掛けて来られるのでしょう。
 嫌な予感がしました。

「あの…病院の方がどうして、こんな時間帯に私の家に電話を掛けて来られたの
でしょうか…?」

 恐る恐る、相手に尋ねていくと…とんでもない話を聞かされる事となりました。
 その間、僕は全身が小刻みに震えていました。
 受話器を握る手はうっすらと汗ばみ、心音も普段より荒いものになっていきます。
 最初に零れた一言は…。

「嘘でしょう…まさか、彼が…」

 ですが、無常にも電話口の女性は…「いえ、本当です。残念な事ですけれど…」と
こちらに同情的な口調で返答してきます。
 信じたくありませんでした。
 これが夢なら、さっさと覚めて欲しいとも願いました。
 ですが僕がそんな事を想っても、現実の何かが変わる訳ではありません。
 認めたくなかったですが…ただ、ぼうっと突っ立っている訳にはいきませんでした。

「判りました。あの…今から面会は可能ですか? それならそちらの住所を教えて
頂けると有難いのですが…」
 
 原口さんは「ご家族の方にも連絡はつけられるでしょうか?」と尋ねて来ました。
 確か佐伯君の実家は栃木県の方だった筈なので、すぐには駆けつけられないでしょうが
…一応、こちらの方で連絡はつけられる筈です。
 後でこちらで連絡をしておきます、と言うと「お願いします」と頼まれていきました。

 メモを取って住所と病院名を復唱していき…間違いがない事を確認すると丁寧に
挨拶をして、僕は本多君…そして佐伯君のご両親やタクシー会社に
大急ぎで連絡をしていきました。
 皆、一様に驚いていましたが、心中は察せられます。
 本当は八課の他の人達にも連絡したい気持ちはありましたけれど…僕も一刻も
早く彼の元に駆けつけたい気持ちでいっぱいでした。

「もんてん丸、静御前! せっかく帰って来たばかりですが…ちょっと行って来ます!
良い子に待っていて下さいね!」

 本当なら少しぐらいこの子達を鳥かごから出して、自由にしてあげる時間を取って
あげたかったですが、あまり悠長な事は言ってられません。
 僕は先程脱いだコートに大急ぎで袖を通していくと…先程手配したタクシーが
クラクションを一つ鳴らして家の前に待っていてくれました。
 急いで中に乗り込んでいくと、運転手さんに先程のメモを手渡していきました。

「すみません! そのメモの住所に至急…お願い致します」

 こちらがそう頼んでいきますと、運転手さんは快く引き受けて下さいました。
 そしてタクシーが発進していきます。
 その間、僕の心を占めるのは…腹部を刺されて重症を負ってしまった佐伯君の
事だけでした。

(どうして…佐伯君のような良い人が…公園で、誰かに刺されて危篤状態だ、なんて…
そんなの間違っている…!)

 逸り、焦る気持ちを必死に押さえ込みながら…僕は彼が収容されている病院の方へ
向かいました。
 どうか彼が助かりますように…。

 心の中で強く祈りながら―僕は病院に辿り着いたら真っ先に集中治療室の方へと
駆けつけていきました―
  バトン投げたら、圭斗さんとむいさんから早速反応あって
ちょっくらびっくり。
 そして…両者ともに薄い青色、とか水色がイメージカラーと
返答されて…当たっているかも、と思いました。
 なりきりチャットとか出掛けると、ほぼ間違いなく青系の文字しか
使わんしな~。そこら辺が印象に滲み出ているんでしょうかね…むむ。
 二人とも、返答ありがとうね~。ここに一言お礼をば。

 後、KAGIさんからセーラーロイド二話の方の挿絵が届いた!
 ひゃっほう!!
 太克のラブラブですよ! 無駄に本多がセクシーですよ~! と
無駄にのたまってみるv 
 これも嬉しかったのでここに表記です~。

 後、2月19日から開始したお話から…連載小説の方式をちょっと
変更致しました。
 顔アイコンがついているキャラの視点(もしくは一人称)で…物語が
展開していきます。
 基本的に毎日、追いかけて読むのが一番楽しめるスタイルの話です。
 …で、ここで一つ断っておくと。

 この話はCP表記は現在の時点では敢えてしません

 一応、大雑把に結末は考えてありますが…これからの物語の展開によっては
思いも寄らぬ人物と人物が深く関わったり、近づいていくかも知れません。
 皆様は、明日は誰のアイコンが来るのかを予測していて下さい。
 私は出来るだけ…それを良い意味で裏切るように必死で考えて、これからの
話を紡いでいきます。
 これは以前のジャンルで、私がやっていた本来の連載小説のスタイルです。
 元々は、ガンパレのなりきり日記をやってくれと友人に頼まれたことをキッカケにして
生まれた方式だったりします。

 …まあ、このジャンルでは他にやっている人はいないようですし…読んでいる方にも
新鮮かな~と思って踏み切った訳ですが。
 とりあえず読んでて「面白い!」と言って貰えるような展開を紡いでいけるように自分なりに
必死に思考を張り巡らせて、綴っていきます。
 興味が湧いたなら今後も気長にお付き合い下さいませ。では~(脱走)
      佐伯克哉

  
 その瞬間、地面に銀縁眼鏡が落下して転がっていくのを俺は目の端で捉えました―

「あっ…あっ…」

 目の前がクラクラ、する。
 腹部には燃えるような灼熱感と激痛が同時に走り抜けていった。

 ポタリ、ポタリ…ポタリ…。

 少しでも痛みを紛らわせたくて、患部に宛がった手から…じんわりと、俺の生命の証で
ある血液が零れ落ちて…地面に滴り落ちていった。

 痛い、痛い、痛い、痛い…!!

 あまりの苦痛に、涙がうっすらと滲んで…視界がぼやけていく。
 いつの間にか喘ぐような呼吸に代わり…肺から呼吸が無くなっていくようでした。

「ごめん、なさい…助けっ…てっ…」

 泣きながら、自分の目の前に立っている男性に訴えかける。
 この人の怒りに触れるような事をしたから、この結果が招かれた事ぐらいは判っていた。
 それでも…許しを請うように、必死に謝りながら助けを求めていきました。

『自業自得だな…』

 だが、その男性は…冷たい声で、一言でそう切り捨てていった―。
 冷然とした、感情の篭っていない声。
 こちらに対して、一切の同情など含まれていないとすぐに判るトーンでした。
 
 自分の身体が…グラリと崩れ落ちて、地面に倒れこんだ。
 その間も…刺された場所からはドクンドクン、と血が溢れ続ける。
 心臓の鼓動に合わせて、ゆったり…じんわりと血が滲み続けて、その度に
頭の芯がぼやけて…ボウっとして何も考えられなくなっていった。

 あまりの激痛に脳内麻薬でも分泌されたのか、最初の頃に比べれば幾分か痛みの
方はマシになっていた―
 それでも俺の胸は…引き絞られるような胸の痛みで満たされて…いつしか、傷の痛みよりも
そちらの方が余程、辛くなっていた。

「ごめんなさい…」

 掠れるような微かな声で、それでも目の前の人に謝り続ける。
 だが…その男性は微動だにせず。
 静かにこちらを見下ろして、俺を助け起こそうともしませんでした。

(あぁ…この人の怒りは、それくらい…強くて、深いんだ…。俺をこうして、刺して…
助け起こそうともしないくらいに…)

 当然だと思った。
 昨日、自分が犯した罪は…男性にとってはこのぐらいの罰を受けるに値する程の
ものだったのだ。
 自分とて、許されるものではないと思った。
 
 それでも償いたかった。
 謝って…その罪を雪げれば良いと思ったから、あの場所に足を向けたのだし…
この男性に、この公園に来るように誘われても疑いもせずについてきたのだから。

『…あんたが今、ここで野たれ死んでも俺は一切…同情はせん。それに値する事を
自分がやった自覚ぐらいはあるだろう…からな』

 だが、一切の憐憫の情すら垣間見せず…男の人は俺にそう告げました。
 それでもまともに思考が働かない状態のまま、俺は壊れた機械のように…一つの
単語だけを紡ぎ続けました。

―ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…!

 心のままに、少しでも許して貰いたくて。
 脳裏に浮かぶのは…昨日自分が傷つけてしまった存在の事。
 彼の事を必死に考えて、迷って…そして最悪の行動を俺は取ってしまっていた。
 どれだけ言葉が通じなくても、あんな事をするべきじゃなかったのに!
 それでも一時の感情に任せて…俺は彼を傷つけてしまった。

「あっ…くぅ…!」

 それでも、脈動にシンクロするように時折…強烈な痛みが走り抜けて、苦悶の
声を漏らすしかない瞬間もあった。
 それでも贖罪を求めるように…俺は壊れたスピーカーのように、訴える言葉を
言い続けていた。

「ご…め、ん…な、さ…い…」

 泣きながら、いつの間にか…俺は虫の息になっていた。
 ずっと血が溢れ続けているのだ。
 体中から力が抜けて…もう指一本、まともに動かす事も叶わない。
 公園の土の上で…赤い血液が池を作り上げていく。
 
 その鮮烈なまでの緋は、俺を生かしていた生命の証。
 一回、脈拍を繰り返す度にポンプから水をくみ上げるように…傷口から
じんわりと滲み出していく。
 気付けば、俺のスーツも…手も、何もかもが赤に染まっていた。
 痛みにもがいていたせいで、顔もグシャグシャで…涙と涎でベトベトだった。

「ごめ、ん……い……っ…」

 昨日傷つけてしまった相手の名前を紡ごうとした。
 だが、もうまともに声すらも出てくれない状態になっていた。
 喉がカラカラなのに、眼窩からは熱い涙が零れ続けていく。
 どれだけ後悔しても、何でも…一度起こってしまった過去は変える事は出来ない。
 それをどれだけ悔やんだって、それが現実なのだ。

 その瞬間、着信音が辺りに響き渡った。
 男性の携帯だろうか。
 自分にとって聞き覚えのある少し切ないメロディのものだった。

『あぁ…たった今、始末した。…何?』

 それから、電話の相手と…男性は言い争いを始めていったが、すでに意識が朦朧と
している俺には…どんなやり取りをしていたのか、はっきりと聞き取る事は出来なかった。
 白熱する、二人の討論。
 その気迫だけで…お互いに一歩も譲れないのだという事だけは伝わってくる。
 時折、憎々しげに…男性は俺を睨み、何度も舌打ちしていく。

 あぁ、見れば判る。
 この人は本当に…今、俺が憎たらしくてしょうがない事ぐらいは―

『ちっ…! 判った。お前がそこまで言うのなら…この男の命ぐらいは助けてやる。
 だが、自分が言った事…忘れるなよ?』

 その最後の言葉だけは、はっきりと…聞き取る事が出来た。
 けれどその頃には…もう、ここがどこなのか…場所の認識さえも曖昧な状態に
俺は陥っていました。
 男性は、一旦通話を切ると…どこかに再度、掛け始めていきました。

『怪我人の搬送の為に救急車を一台、ここに手配して貰いたい。都内の公園だ。
住所は…』

 そうして、男性は…この公園に隊員が辿り着きやすくする為のこの付近にある
建物を幾つか上げていって、特定しやすいように伝えていく。
 その作業を終えていくと…彼は、こちらを見下ろしながら…冷たく言い放っていく。

『今回は…命だけは助けてやる。だが…二度とその顔は見せるな。その時は今度こそ
あんたの命はないと思え…』

 彼はそうして、俺から離れていく。
 土を踏み締める音が、段々と遠くなり…その場には俺一人だけが残されました。
 その瞬間、言いようの無い罪責感で心が満たされていく。

―ごめんなさい

 最後に、そう心の中で力なく呟きながら…
 俺は、遠くから聞こえる救急車のサイレンをぼんやりと聞いていきました―

 仕事を終えた週末の夜。
 克哉に誘われるままに、彼の部屋に足を踏み入れて…御堂の方から先にシャワーを
浴びていた。
 再会してから、数ヶ月。
 一緒に仕事をするようになってからはまだ一ヶ月程度しか経過していないせいか…まだ、
彼の自宅に慣れる事は出来ない。

 ドックンドックンドックンドックン…。

 シャワーを浴びて身を清めている間も忙しなく鼓動が高鳴り、このまま心臓が動作不良を
起こしてしまうのではないかと不安に陥るくらいだった。

(落ち着け…克哉の部屋で、もう何度か過ごしているんだ…今更、不安になる必要なんか…)

 そう自分に言い聞かせているにも関わらず、胸のざわめきは収まる気配は一向にない。
 心が荒くざわめいたまま…目の前のコックをヒネってシャワーの湯を止めていく。
 バスタオルで身体を拭って、バスローブを羽織ると…そのまま真っ直ぐ、彼の寝室へと
向かっていった。

「克哉…今、上がった。君も入るのか…?」

 ドアノックをしながら、室内にいるであろう…恋人に向かって声を掛けていく。
 だが、返答はないままだった。

「…? もしかして部屋にいないのか?」

 何度も、トントンとノックをしていくが…やはり反応がないままだった。
 訝しげに思って少し扉を開けて部屋の中を覗いていくと…室内は真っ暗で、中の様子は
伺い知れなかった。

「…暗い。もしかして…いないのか?」

 怪訝に想い、入り口の辺りを探って電灯をつけて…ゆっくりと慎重に部屋の中に足を
踏み入れていく。
 ベッドに真っ先に視線を向けるが、やはり彼の姿はない。

「克哉…どこにいるんだ…?」

 少し不安そうに窓際に歩み寄り、彼を必死になって探そうと試みていた瞬間。
 カーテンの影から克哉の姿が躍り出て…フローリングの床の上に、半ば強引に
組み敷かれていく。

「なっ…! 克哉っ?」

 突然の事に御堂は驚愕していくが…克哉の方はおかまいなしだ。
 彼の方は先程見た通り、青いYシャツにダークのスーツズボンを纏っていた。
 だが…相手に背後から抱きすくめられて引き倒されている間に…紐の部分に
手を掛けられて、瞬く間にバスローブは剥ぎ取られて…こちらは全裸にされてしまう。

「ちょっと…待てっ! いきなり…!」

「あんたが一刻も早く欲しいんだ…大人しくしていろ…」

 ふいに剥き出しの尻を掴まれて、狭間に…布地越しとは言え熱い欲望を押し当てられると…
それだけでゴクリ、と喉を鳴らしてしまう自分が信じられなかった。

「あっ…やだ、止めろ…」

「…ほう? 早くもこんなに自分からヒクつかせている癖に…口では、止めろか? 
トコトン…あんたは正直じゃないんだな…」

 クスクスクスと笑いながら、いきなり背後から覆い被されて…胸の突起を
両手で刺激されていく。
 プクン、と張り詰めた胸の突起が…相手に弄られるだけで強烈な快感が走り抜けていった。

「ひぃ…ぁ…! ダメだ、克哉…こんな、処…では…明かり、だって…」

「明かりをつけたのは…あんた、だろ…」

「それは君の姿が、見えなかった…から…! ベッドに座っていたのなら…わざ、わざ…」

「あぁ…だから、俺は隠れていたんだよ。今夜は…あんたを明るい中で犯したかった、からな…」

「犯すって…ぁ…!」

 その一言に羞恥を覚えて、僅かながらの抵抗とばかりに…窓際の、少しでも
蛍光灯の明かりが及ばない位置に身体を逃がしていく。
 逃げる御堂を、すかさず窓際に追い詰める。
 冬の冷たい露が伝うガラスの向こうには、漆黒の闇と真円の月が浮かぶ。
 
―月明かりに透けた御堂の髪を一瞬綺麗だ、と思いながら…その身体を
自分の方へと引き寄せて、背後から抱きすくめていく。 

「あっ…熱い…」

  今度は直接、相手の情熱を尻の狭間に感じて…それだけで身体が竦んでいく。
 だが克哉はそんな事でまったく怯む様子も見せず…アヌスの縁の浅い処に、己の先端を
何度も含ませて焦らしていく。
 克哉の先走りが先端から溢れているせいだろうか。彼の腰が蠢く度に…ネチネチと
淫靡な音が響き渡って、御堂の神経を焦がしていった。

「あっ…あっ…待て。こんな、いきなり…!」

「いきなり、じゃない…あんたの傍にいて…俺はずっと…仕事中は犯して、グチャグチャに
したい欲求を抑えて働いているんだ…。これ以上は、待ってなんて…やれない…」

「そ、んな…ひぅっ…!」

 克哉の両手が臀部に添えられて、浅く受け入れている箇所を間接的に刺激するように…
強弱をつけて捏ねるように揉まれていく。
 たったそれだけの刺激で前ははち切れんばかりに膨張し…しとどに蜜を零していく。
 
「ダメ、だ…克哉…! ダメ…っ!」
 
 せめて、ベッドで…と続けようとしたが、呼吸が乱れてそれ以上は言葉にならない。
 克哉の手が…ペニスに添えられて、浅い場所での抽送と同時に強い快楽を与えられて
しまったらもう抗う事など不可能に近かった。

「何がダメなんだ…孝典。こんなに俺の手をグチョグチャに濡らしている癖に…」

「バカ、そういう事は…言うなってば…あっ…はぁあ!!」

 泣きそうに切ない表情を浮かべながら反論していくが…相手の顔には自信満々そうな
表情が張り付いているだけだった。

「あんたのここは…早くもいやらしく、俺のモノに吸い付いて離そうとしないぞ…?」

「ん、はっ…耳元で、言うな…! もう…おかしく、なる…だろ…」

「そんなのは…とっくの昔に、だろ…素直に認めろよ…そんなに感じ捲くっている癖に…!」

「ひぃっ…!」

 ふいに根深くペニスが入り込んできて…御堂は驚愕の声を漏らしていく。
 だが克哉は一切容赦などしない。
 彼の身体をどこまでも深く割り裂き…熱い塊で蹂躙をしていくだけだ。

「んあっ…待て…っ! 私だけ…裸、なんて…っ!」

「その方が…『犯されている』感じがして…ゾクゾクするんじゃないのか? あんたは…?」
 
「んはっ…ダメ、耳まで…は…!」

 克哉の舌が執拗に耳の奥まで犯し…熱い舌先が鼓膜の傍で蠢く度に全身から力が
抜けそうになって…支えている腕まで崩れ落ちてしまいそうだった。
 そうしている間に胸と尻に克哉の手が伸ばされて、其処を重点的に愛撫されていく。
 その度に御堂の身体はビクビクビク…と淫らに震えて、強烈な感覚に耐えていくしかなかった。

「うぅ…はぁ…! か、つや…やぁ…」

 もう、喘ぎ声に言葉が掻き消されて…すでに意味の無い言葉しか紡げない。
 相手の熱いペニスが、御堂のもっとも感じる部位を執拗攻め上げ…快楽を
引きずり出していく。
 フローリングの床と触れ合っている部位が痛くて仕方なかったが、今はそんな感覚も
気にならないくらいに…強烈な快感に御堂は支配されていく。

 相手の手の中で蜜を溢れさせながら…どこまでも激しく身体を揺さぶられて…後孔の
内部を克哉自身で満たされていっぱいにされていく。
 ドクン、と内部で相手が脈動すればもう駄目だった。

「あっ…あぁ!」

 快楽の波が押し寄せてくるのが判った。
 克哉が刻んだ律動のリズムに合わせて腰を動かして行く度に強烈な悦楽が脊髄を
走り抜けていって…御堂の身体は弓なりに反りあがっていく。

「ん…はっ…!」

 精一杯顎を逸らしていきながら、ビクビクビクと全身を小刻みに震わせて…御堂が
達すると同時に、克哉の熱い精も…際奥を目掛けて勢い良く注ぎ込まれていった。

「んっ…あんたの中、相変わらず…イイ、味だ…」

「…ど、うして…君は、こういう時すらも…そういう…物言い、しか言えないんだ…バ、カ…」

 快楽の涙を瞳にうっすらと浮かべていきながら…拗ねた顔をして、こちらを振り返り…
御堂が反論してくる。

(今夜は言葉で虐めすぎたか…?)

 御堂の瞳が少し恨めしそうになっていたのでやりすぎたか…と思う事があっても、
結局は反省して改める事まではする気はなかった。

「…悪かった。あんたが可愛すぎた…からな…」

「…また、お前は私を可愛い…という。これでもこちらは君より年上なんだぞ? 
いい加減…そうこちらを評するのは止めて、もらいたいんだがな…」

「無理、だな。あんたを可愛いと思うのは俺の紛れも無い本心だからな…」
 
 そういって、不貞腐れる恋人に背後からそっと優しく口付けて機嫌を取っていってやる。

「…困った男だな…君は…」

「悪いな…これが、俺なんだ…」

 そうして…恋人の身体が冷えないようにしっかりと背後から抱きすくめて…髪や生え際にも
小さいキスを落としていってやる。
 振り向いてくれないと…相手の顔までは見えないので表情までは伺い知れなかったが…。

(耳まで赤くなっているな…照れているんだな…)

 真紅に染まっている耳だけは、隠しようがなく…それが如実に、御堂の心情を表してくれていた。

「どうして、そんなに…意地悪なんだろうな…」

 御堂が苦し紛れにそう悪態を突いていく。
 そんな彼も、胸が引き絞られそうに愛しくて仕方が無かったので…。

「あぁ…でも、そんな意地悪な俺を受け止めてくれているあんたを…俺は心から愛しているぞ…」

 と言い返したら、月光が静かに降り注ぐ窓際の近くで…哉にとって心から愛しい麗人は…
フルフルと全身を震わせてから深い溜息を突いていく。
 白い張りのある肌が…淡い光を受けてとても綺麗に見える。
 ただ、目の前の…御堂の顔に克哉は釘付けになってしまっていた。

「本当に…君は仕方の無い男だな…そんなのに惚れたのが私の運の尽きという訳か…」 

 と、精一杯の憎まれ口を叩いて。
 克哉の腕の中に…身を委ねて、苦笑しながら…こちらを振り向いて、どこまでも
優しいキスを俺に与えてくれたのだった―
 
  

 結局、あれから何度も意識が落ちて…目覚めると克哉に求められて。
 朝方まで喉がカラカラに枯れて、全身ぐったりとなるぐらいに貪られて
御堂がようやく…ベッドから離れる事が出来たのは昼近くになってからの
事だった。

「…まったく、こいつは…手加減というものを知らないのか…」

 ぐったりとなりながら…開口一番に突いた言葉はそれだった。
 色んな体位で抱かれたせいで、体中の筋肉と骨がミシミシと軋んでいたし
肌も汗と体液でベタベタだった。

「…コイツのせいで、ベッドメイキングもキチンとやり直さないといけないな…」

 ここまでグシャグシャになった上に汚れてしまっていては、そのままでは
到底寝れたものじゃない。
 一瞬…仕事を増やしてくれた相手が恨めしくて…つい睨んでしまったが。

「ふん…無防備な顔をして、眠って…まったく…」

 ―穏やかな顔をして、自分のベッドの上で気持ち良さそうに眠っている
克哉の顔を見ていたら…そんな憤りもどうでも良くなってしまって。
 溜息交じりに…そっと唇に―キスを落としていた。
 
                          *

 克哉が目覚めた時には、隣のスペースはもぬけの殻だった。
 一瞬不安になってしまったが…窓の外がすっかり明るくなっている事に
気付いて、仕方ないかと割り切っていく。
 昨晩は結局、御堂が可愛くて…朝方近くまで何度も求めてしまった。
 …それを考えたら、相手がシャワーの一つも浴びに行っていても何にも
おかしくはない。

(正直…流石にベタベタして、気持ち悪いしな…)

 昨晩の相手の乱れっぷりを思い出して、思わず…反応しそうになって
しまった事に苦笑していく。

「…やれやれ、俺も…若いな…」

 それでも朝っぱらから相手が隣にいないのに盛ってもどうしようもない。
 どうにか疼きを沈めて…ベッドから身体を起こして―自分もシャワーを
浴びに向かっていった。
 シャワー室には使用された形跡はあったが、御堂の姿は見られない。
 ある程度の時間が経過しているのか…浴室はすでに冷え切っていた。
 一瞬、先に御堂の姿を確認しておきたい…という気持ちに駆られたが
全身がベタベタしている状態をどうにかするのが先だろう。
 そう判断して、暖かいシャワーを頭から浴びていった。
 
 それだけで…生き返るような想いがした。

(気持ち良い…)

 熱いシャワーを浴びるだけで気だるかった頭がすっきりしていく。
 全身をさっぱりさせてから…バスローブ一枚を羽織って浴室を後にすると
台所の方で人の気配を感じていった。
 其処には…チョコレートを子鍋の中で掻き回して…芳醇な香りの洋酒を
そっと落としている御堂の姿があった。
 白いYシャツにスーツズボン、そして緑のエプロンというラフな格好だが
普段キチっとスーツを着ている時に比べて柔らかい印象を受けた。

 昨日も一回、練習として作っていたが…今、彼が作っているのは本番用に
用意しておいた高級なチョコレートを原料としたバージョンである。
 昨日に比べて、チョコ自体の香りも強く…こうしているだけで、胸が蕩けそうに
なるくらいに香ばしい香りがこちらに漂ってくるくらいだ。
 
「…っ!」

 御堂が自分の為に、昨日チョコレートを作ろうとしていたから…
誘いを断った事ぐらいはすでに知っている。
 だがその現場を実際に目の当たりにすると…あの御堂が自分の為に
手作りチョコを作ってくれているという事実に胸が熱くなっていった。

(以前からは信じられない光景だな…)

 まさか…御堂が自分の為にチョコレートを作ってくれている日が
こようとは予想もしていなかっただけに感慨も大きかった。

「ん、良い味だ…。洋酒の加減も上手くいったようだし…これなら、佐伯の
奴も満足してくれるかな…。甘さはちゃんと抑えてあるし…」

 それは、克哉の好みを考慮して作ってくれた…世界でたった一つの
愛しい人の手で作られたチョコレートだった。
 その現場に立ち会って…信じられないくらいに強い幸福感に満たされていく。
 もう、我慢は出来なかった。
 そっと足音を立てないように…静かに相手の背後に忍び寄り。

 ―相手を逃がすまいと、強い力で抱きしめて閉じ込めていった

 「うわっ! 佐伯っ?」

 突然、背後から抱擁されて御堂がぎょっとしていく。
 振り向いた彼の唇を、強引に克哉は塞いでいった。
 たった今、御堂が味見をしたばかりのせいか…昨日最初にキスした時よりも
濃厚に、ほんのりと苦いビターチョコレートの味と香りが感じられた。

「…あんたの唇、昨日よりも強く…チョコレートの味がするな…」

「…お前、が…突然、こんな時にキス…してくるから、だろうっ! 昨日から
お前の行動は強引で…身勝手過ぎるぞ! もう少し…私の都合とかを
考えたら、どうなんだ…?」

「…ちゃんと以前に比べれば、考えていると思うがな。…あんたが嫌だって
言うことは…無理強いはしていないだろ…?」

 強気の表情を浮かべながら、克哉がこちらの髪に頬ずりして…そっと
瞳を覗き込んでくる。
 昨日、弱気な態度を見せたのが嘘みたいな…自信満々の、自分が良く
知っている克哉の表情。
 それを見て…ふいに癪な気分になったので…つい照れ隠しに相手の頬を
引っ張って御堂は応戦していった。

「…君と言う男はっ! 本当に可愛げがなさ過ぎるぞっ!」

「こひゃ! 御堂…痛いから本気で引っ張るのは止めろっ!」

「えぇい…うるさい! 恥ずかしいから君が寝ている間に作り終えるつもり
だったのに…どうしてもうちょい寝ていなかったんだ~!」

 顔を真っ赤にしながら、克哉に筋違いな文句を言ってくる御堂は…問答無用で
非常に可愛らしくて。
 引っ張られる頬はかなり痛かったが、こんなやりとりも…克哉の心を幸福で
満たしてくれていた。

「それは…無理だな。あんたとこうして一緒にいられるのに…ただ寝て過ごす
なんて勿体無い時間の使い方、出来る訳がないだろう…?」

 そういって、今…自分の為に物を作り上げてくれていた…男にしては
綺麗な造りをした指先に口付けていく。
 たったそれだけの動作で…耳まで赤く染める御堂が本当に愛らしく
感じられた。

「…君は、どこまで私を…恥ずかしがらせれば、気が済むんだ…」

 本気で殴りつけてやろうかと思ったが、寸での処で踏み止まる。
 そうやって自分の指に口付けを落とす克哉の表情が…憎らしくなるくらいに
決まっていて、格好が良かったからだ。
 体温と脈拍が上昇して、ドクドクドクと鼓動が荒くなっていく。
 それを相手に悟られまいと…キっと強く睨んでいくが…克哉にはすでに
お見通しのようだった。
 クスクスクスと笑いながら…顔を寄せられ、結局…腕の中に再び
閉じ込められていく。

「さあな…あんたのそんな可愛い顔を見れるなら、一生…かな…?」

「君、という男は…んっ…」

 優しく髪を梳かれながら、どこまでも優しいキスを落とされて…
次第に腰から下の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになってしまう。
 悔しいけれど…克哉とする口付けは酷く気持ちよくて…たったそれだけでも
蕩けそうな心持ちになってしまう。

 サラサラサラサラ…。

 克哉の骨ばった指先が、御堂の髪をどこまでも穏やかな手つきで
梳き上げていく。
 キスして、抱き合って…こうして相手に触れられて。
 それがここまでの幸福に結びつく関係になれる日が来るなんて…
昔からはとても考え付かなかった。

「孝典…有難う。あんたが…俺の為に、こうしてチョコを作ってくれるなんて
予想もしていなかったから…本当に、嬉しかった…」

 そうして、もう一度…キスされる。
 幸福な接吻。
 愛されていると実感されている触れ合い。
 それを享受して…御堂はそっと、抵抗を止めて…ただ彼から
与えられる感覚に身を委ねていく。

「…ふん」

 口では、気に入らなそうに呟いてそっぽ向くけれど…赤い耳元が
今の彼の心情を何よりも如実に示していた。

「…私は、君の恋人なんだ。だから…チョコレートを贈る事など
当然の事だろう? バレンタインっていうのは…日本では女性から男性にが
基本だが…外国では、恋人同士がお互いにプレゼントを贈りあって愛情を
確認しあう日だと聞いた事があるからな…」

 そう、バレンタインは日本ではお菓子メーカーの最初の宣伝文句によって…
いつの間にか女性から男性にが定着しているが…海外では、恋人同士が想いを
確認しあう日というのが常識になっているのである。
 元々、戦地に向かう若者が結婚しても…相手がすぐに未亡人になる恐れがあるので
結婚してはならない。
 そういう条例が出された時、それでも結ばれることを願った恋人達の為に…処刑を
覚悟で式を挙げた神父の名前が…バレンタインデーの由来なのである。
 だから、本来は…男が男に贈るから恥ずかしいという事はない。
 異性同士でも、同性同士でも…恋人を大事に思う気持ちは基本的に一緒であるし。
 贈り物をして、時に想いを確認しあう事は…とても大切な事なのだから―

 口では、当然と言いながら…御堂の顔は凄く赤かった。
 そのギャップが酷く可愛く思えて…ギュウ、と克哉は愛しい相手を
抱きしめていく。
 
「…本当に、あんたという人は…最高、だな…!」

「こらっ! 克哉…! 今、私は…火を使っている、んだ…! そろそろ…いい加減に
離して…あぁ!!」

 ふと、二人が睦み合っている間に…ブスブスブスと香ばしいを通り越して
焦げた匂いが充満していく。
 そう―本来チョコレートとは焦げやすくデリケートな代物なのである。
 完成間際だった時に、イチャついて余計な時間を費やしてしまえば…こうなる事は
自明の理であった。

「…もしかして、焦げた…か?」

「もしかしなくても焦げているんだっ! どうしてくれるんだ…! せっかく手配した
高級チョコが台無しになったじゃないかっ!」

「…すまない。だが…それは結局は俺に贈られるべき物だったのだろう?」

「そういう問題じゃない! …せっかく、君に喜んで貰おうとこっちは頑張ったのに…」

 明らかに落ち込んでいる御堂を前にして、流石にこちらも申し訳ない気分に
なっていく。
 克哉なりに…必死に考えて、それで一つ思い当たっていく。
 フっと自信満々に微笑み…強引に相手を引き寄せて…そして。
 どこまでも甘い声音で囁いていった―

『チョコなんか無くても…あんたが傍にさえいてくれれば、それで俺は
充分に満たされるんだがな…』

「っ!」

 それを言った瞬間、殺し文句だったせいだろうか…。
 かなり憤っていた御堂が、瞬く間に大人しくなって…腰を抜かしていく。
 ヘタリ、と克哉の方に身を預けて…フルフルと震えながら…どこまでも深い
溜息を突いて睨んでいく。

「…君は、本当に…酷い男、だな…」

「それは褒め言葉なのかな…?」

「…悔しい、事にな…。まったく…私は本当に難儀な男に惚れてしまったんだなと
恨みたく…なる…」

 そうして、目線が交差しあって。
 深々と溜息を突いていく御堂の唇を塞いでいってやる。
 両者の舌が絡み合い、気持ちを確かめ合うような濃厚なキスが終わった後…
まるでタイミングを測ったように、二人の唇から同時に一つの言葉が漏れていく。

『…好きだ』

 それは相手に幸せを与える、魔法の言葉。
 基本的に世の中のものは与えれば減っていくのが基本だ。
 だが…気持ちと、好意だけは人に与えれば与えるだけ増えていく不思議な
法則が成り立っている代物なのである。
 かつては相手から奪うだけしか、頭になかった。
 だが克哉が「好き」という気持ちを与えた時から…自分達の関係は
うんとシンプルになったのかも知れない。
 気持ちを伝えて、想いを確かめて。

 今はまだ…過去に対してのわだかまりが全て消えたと言ったら嘘になる。
 だが、それも…プラスの感情を積み重ねていけばいつしか自覚する事もなく
流されて…遠いものへと変わる日が訪れるだろう。

 幸せで眩暈すら覚えるような週末の昼下がり。
 何度も何度もすれ違いを続けてきた恋人達は―
 甘いチョコレートの焦げた香りが漂う室内でお互いの想いを確かめ合い
その幸福感を噛み締めていったのだった―
 
  とりあえず本日、この十日間ばかり溜めていた拍手レス&コメントの
返信作業をやらせて頂きます。
 後、今回から…返信の方は新カテゴリー「拍手&コメント返信」という形で
一括で纏めてやらせて頂きます。
 この記事のコメント欄の方に、1日分&ここ近日で残されたメッセージの
返信を個別に掲載させて頂きます(ペコリ)
 まずは拍手の方から。
(頂いたコメントは日付順に掲載させて頂いております)

 たかねさん

 新作、楽しみにして下さっていると一言ありがとうございますv
  そちらのお題の方も本日、これから消化しに向かわせて頂きます。
 オフ活動のお忙しい中、メッセージありがとうございました(ペコリ)

 むいさん

 いつも沢山の感想、ありがとうございます。メールも読みましたよ~。
 こちらも今度はゆっくりと会話出来たら、と思っております。
 またどこかで見かけましたら構ってやって下さい。
 一言、気遣いの言葉も感謝ですv  これからも宜しくお願いします(ペコペコ)

 20080208 17:20の方

 私もこの場面は書いてて、非常に御堂さん可愛い! とか思っておりました。
 33歳元部長…エリートまっしぐらの人がグルグルして、大好きな人にチョコ作りを
決意する…うん! 萌えですよね。反応あって嬉しかったですv

  阿佐海さん

 いつもチョコチョコお言葉、ありがとうございます~v 
  バトンの方も指定して下さってどうもです。こういうの回って来たことが
殆どなかったので嬉しかったですよ。お待たせしてすみませんです!
 始まり~どうにか完結まで持っていきました。眼鏡が何度か暴走してとんでもない
事をやらかしてくれたので、本当に終わるのか? と自問自答していたのは内緒です。
 バレンタインメガミド、ちょっとヘロヘロ連載になりましたが…少しは楽しんで
貰えたのなら幸いです。またどこかで見かけたら宜しくです。

 080210 17:52の方  

 初めまして! 素敵な小説…と言って下さってありがとうございます! 
 おぉ! ラスカル好きの同士がここに! 私は某コンビニのキャンペーンで
お皿全種類をつい集めてしまったくらいのラスカル好きです。
 一言、嬉しかったですよ~。

 080210 23:56の方

 シンプルな方程式、序盤は眼鏡と御堂のお互いの気持ちが空回りしている感じが
ちょっと泣けますよね。けど恋愛ってそんなモノだと思います。好きすぎるからこそ
グルグルしちゃってささいな事で不安になってしまう…そういう感じですね。
 眼鏡、ちょっと落ち着けっていうのは私も同感です(笑)

 
 mikaさん

 ラッピング売り場で悩んでいる御堂さん可愛いですか…えぇ、私も同感ですよ! これを
書きたくてこの話を始めたようなもんですから(マテ)
 御堂に断られて途方に暮れる場面の方は実は二位当選の方の希望リク内容だったり…。
 その為に眼鏡がこの話、かなりトホホになってしまっているような…!(汗)
 後、企画ではリクどうもでした。今回は残念でしたが、また機会ありましたら…気軽に
ご参加下さいませ。ではではv

 秋乃さん

 いつもお世話になっておりますv そしていつも丁寧な感想ありがとうございますv
  執筆する上での励みに非常になっておりますよ~v
   始まりの扉、確かに中盤辺り若干メガミドが入っておりましたね~(未遂だけど)
 ラストシーン…何かを感じ取って下さったのなら幸いです。
 あんまりこういう形での眼鏡の共存の仕方は他のサイト様では見かけませんが
実際に自分の中にもう一個人格あるなら、日常で会話出来ても良いじゃん! という
感じでやってしまいました。
 …秋乃さんの処で、そんな雰囲気の克克漫画見て非常に萌えましたです(ジュル)
 御堂さんの手作り、私も出来れば食べたいです。そして心行くまで味わうよ!
 また気軽に遊びに来てやって下さい。私も今後も遊びに行かせて貰いますので!

 080211 13:01の方

 キャラが魅力的、と言って下さってありがとうございますv
   一応原作の設定に忠実になるように心がけて執筆しているので
そういう一言を頂けるととても嬉しいです。
 少し間が空く時もあるでしょうが、これからもやれる限り頑張りますねv

  KAGIさん

  お久しぶりで~す。ロイド二話閲覧お疲れ様ですv
  …ん~自分でも二話の時点であそこまで複雑になるとは…とか
密かに思いながら執筆しておりました…(汗)
 挿絵楽しみにしていますが…お忙しいようなら、断って下さっても
構いませんよ? 一話の分描いてもらえただけでもラッキーかな…
くらいに思っていますので。またどこかで見かけましたら宜しくですv

 080215  0:07の方

 拍手の方のおまけに反応ありがとうございます。
 …こっちの更新まで手が回っていないですが、ゆっくりとでも
続けていきます。一言コメどうもでした~(ペコリン)

 080217 12:41の方

 おおう! …ちょっと更新ペース乱れているのに暖かいお言葉をありがとう
ございます。とりあえず無理しない範囲で、時々休みを挟みつつも続けていける
ようにやっていきますv お言葉掛けどうもでした(^^)

 後、KAGIさんと阿佐海さんからそれぞれバトン渡されましたので
こちらも返信させて頂きます。
 まずはKAGIさんから。
 ここの知人は、相互リンクになっているお方に今回は限定させて
貰いますねv

 ■知人管理人バトン■

ルール:このバトンに出てきた管理人さんは必ず受け取って下さい。
一度やったことがある方は受け取らなくて構いません。
知っている方、または知り合いの管理人さんは必ず名前を載せる事。
知っている管理人さんを漢字文字で表して下さい。

■漢字■

 みついさん→親和(私が一方的に懐いています)
圭斗さん→実直(運営見てて真面目だと思う…ソンケ~)
KAGIさん→柔和(絵や色使いが優しくて好きっす)
Chie子さん→尊敬(貴方の創作意欲はマジで凄いです)
秋乃さん→親愛(初めて交流した克克サイト様だったので…ポッ)
むいさん→可愛(ご本人も作品も可愛らしいという印象)
阿佐海さん→元気(第一印象がそんな感じでしたので…)

■色■

みついさん→橙
圭斗さん→青緑
KAGIさん→桜色
Chie子さん→朱
秋乃さん→桃色
むいさん→水色
阿佐海さん→赤


■季節■

みついさん→初秋
圭斗さん→春
KAGIさん→春先
Chie子さん→真夏
秋乃さん→初夏
むいさん→初春
阿佐海さん→夏

お次は阿佐海さんから「王子バトン」

****************************
約束
①アンカーを走ることは禁止
②バトンを改良しない
③必ず最後まで答える

◆貴方にとって王子様とは誰ですか?思い付くだけあげて下さい。

 王子さまLV1のカナン様と…1.5のシンデレラのパロネタに
出てくるセレスト王子。
 …これで長年活動していたから、やっぱりこの二人かな~。
 後はセーラームーンのエンディミオン。
 聖戦の系譜のセリス、リーフ、レヴィンとか…あ~! FE上げたら
キリないのでこの辺で割愛!

◆理想の王子様とは?(具体的に)

一番は気高く、意思がはっきりしている事。
それと自分の好きな人を守れる強さがある事。
見た目が格好良いのはもちろんだけど…志がキチンと
ある人がやっぱり格好良いと思う。

◆もしあなたが王子様ならどんな人をお姫様にしますか?

 ん~BLでなら上記の1.5のシンデレラバージョンの
カナン様。
 女の子でなら、ガンパレードマーチの芝村舞。
 こっちを引っ張って、激励してくれるような強い意志を持ったお姫様が好きですv  
か弱い守ってあげたくなるような子も好きだけどね。


◆王子様とはどんなイメージですか?

 一般庶民とはやはりかけ離れた生活しているので、価値観はやっぱり
私達と違うと思う。
 爽やかとか、良い育ちしているな~と実感出来るようなイメージの人が
やっぱり「王子様」と呼ばれるに値するのだと思う。
 やっぱりキラキラしているようなお人ですかね(ポッ)

◆目の前に先ほどあげてもらった王子様が立っていたらどうします?

 遠くから見守って、一枚ベストショットを撮影出来れば満足です。
 …王子様は自分の恋人ではなく、憧れでいて欲しい想いがありますし。
 お話出来る機会にでも恵まれれば自分的には幸せ&満足です。
 う~ん、望み低いかも…(汗)

 次に回す5人を上げて下さい。

 ん~とすでに一個知り合いには上記のバトン回しているから…こっちはスルーで。
(人様にあんまり負担掛けるのもどうかって思うし…私、そんなに積極的に人と
交流していませんしな…汗)
 こっちのバトンは…ここ見た方で拾ってやっても良いぜ~という方がいましたら拾ってやって下さい。
忙しかったらスルーでお願いします(ペコ)

    ようやく溜めていたものを少し消化出来たです…。
  返信遅くて申し訳なかったです。では…。
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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 …一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
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