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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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※  この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
  十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(クライマックスその1)

 最後の日の朝は、静かに訪れた。
 昨晩の猛吹雪など嘘のように空は晴れ渡り、白く澄んだ大気がどこまでも広がっていた。
 空にはすでに太陽がほぼ昇り切ろうとしていた。
 朝焼けの中、その淡く白い光を浴びて…雪原そのものが白銀に輝いている。

 その中を、眼鏡は克哉を腕に抱き…一歩一歩、慎重に歩いて進んでいく。
 腕の中の克哉は、子供のように安らかな顔をしていた。
 この点に関してだけ、ここが夢の世界で本当に良かったと思える。
 触覚も味覚も快楽も何もかもがしっかりと存在している世界だが、肉体の重さまでは
そこまでリアルでなかったらしい。
 おかげで自分と同体格の男でも、こちらが運ぼうと思えばさほど苦もなく運べるのは
良い方での誤算だった。

「子供みたいな顔しているな…お前…」

 そんな事を呟きながら、雪原の真ん中まで辿り着く。
 八日目の朝に見えた光は、自分達のロッジから300メートルほど離れた雪原の中心に
今朝は現れていた。
 太陽とは別に、空から眩いばかりの一条の光が降り注がれて…そこだけ鮮やかに
白く浮かび上がっている。
 恐らくこれが…十日目に現れる、現実へ繋がる扉である事は間違いなかった。
 腕の中で克哉が眠っている内に、さっさと放り込んでしまおうと思った。
 しかし…クークーと穏やかな顔して、自分の腕の中で眠っている姿を見ると
ほんの少しだけ名残惜しくなって…コメカミにキスを落としてしまう。
 そのまま…頬や鼻先、唇を軽く啄ばんでいくと…克哉の睫が軽く震えて…
瞼が開かれていった。

「…兄さん?」

「…起きたか…」

 眼鏡は内心で少し舌打ちしながらも、いつもと変わらぬ余裕たっぷりの笑顔を浮かべて
相手を見つめていく。

「…ここ、どこ? 何か凄く眩しいんだけど…」

 まだ起きたばかりで目が慣れていない状態で、この光は眩しいらしい。
 目を何度も擦りながら問いかけてくると、眼鏡はあっさりと答えた。

「…雪原の真ん中。お前が帰るべき扉が現れている場所だ…」

 どうせ、目が慣れたら現状を理解するだろうと思ったから正直に告げた。
 それを聞いた途端、克哉は驚愕に目を見開かせていた。

「…ど、うして…。昨晩、聞いていなかったんですか…! オレは…帰りたくなんてない!
貴方とずっと一緒にいたいって…ちゃんと言ったのにっ…!」

 克哉が腕の中でもがいて、自分の足で大地に立ち始める。
 両足で地面を踏み締めると同時に眼鏡に食って掛かり…その白いセーターの
襟元を引き掴んでいった。

「あぁ、ちゃんと聞いている。だから…俺はお前に帰って貰いたい。お前はこの夢の
世界が…何を代償にして成り立っているのか、判っているのか…?」

「…だ、いしょう…?」

「…お前の所有している時間と、未来だ。この世界にお前が留まる続ける限り…現実の
俺たちの身体はずっと沢山のチューブに繋がれたまま…眠り続ける羽目になる。
お前か…俺か、どちらかがこの光の中に入って…現実に戻らない限り、佐伯克哉は
決して目覚める事なく…生きたまま、死んだのと同然の存在に成り果てる。
当然…病院の入院費その他は、俺たちの親か…御堂のどちらかが払い続ける事と
なるだろうし…生きているだけで負担を掛けるだろう。俺はそんな人生は…御免だ」

「…生きているだけで、負担に…?」

 克哉の唇が、小刻みに震える。あまりにそれは衝撃的過ぎる内容だったからだ。
 眼鏡は短い間だけ、現実に意識を浮上させたせいで…その事を把握しているのに対し
克哉はずっとこの十日間、この世界だけでしか生きていなかった。
 事実を告げることで、二人の間にあった…認識の食い違いが、静かに埋まっていく。

「そうだ。俺たちは眠り続ける限り、自分が生きる為の糧を自ら稼ぐ事も出来ない。
誰かの世話に、いつまであるか判らない好意や情とやらを当てにして生きる事となる。
そんなみっともない生を送ることになるのなら…俺はこの世界の終焉を望む」

「そん、な…! けれど…オレは、貴方から…離れたく、ないのに…!」

 眼鏡の言っている事は、理性では理解して判っていた。
 けれど、感情がまだついていかない。
 確かに誰かに負担を掛けて生きることなど、自分だって御免だ。
 しかし…今、克哉は紛れもなくこの人を愛している。
 泣きながら、この人の腕の中に飛び込んで全身全霊を掛けて抱きついて
その気持ちを伝えていく。
 そんな克哉を、眼鏡はふわりと抱きとめて…瞳を覗き込んで告げた。

「…お前が現実に帰っても、俺たちは離れる事はない。…俺はここに残り
お前を…見守っていてやる。お前の中で生きて…お前が生を終えるその時まで
ずっと…な…」

 その言葉に、克哉は瞠目していく。

「…お前が現実に帰ったら、俺たちを二つの意識に隔てている原因を取り除く。
そうすれば…俺はお前の中に溶けて、本来あるべき形へと戻るだろう…。
…これなら、離れず…ずっと一緒にいられるだろう…?」

「…本当に、そんな事が…出来る、の…?」

「…俺が出来ない事を、口にすると思うか? 俺は口先だけの奴は大嫌いだと
いう事ぐらい…お前も記憶を思い出したのなら判っていると思うんだが…?」

 自信満々にそう言うと、克哉はようやく…おかしくて笑い始めた。
 うっすらとまだ涙は浮かんでいる状態だが、その表情は最初の頃に比べて
随分と穏やかになっている。

「…そう、だね。貴方は…言った事は必ず実行するような…そういう人だった
ものね。そのやり方は多少…強引、だったけれど…」

「…まあ、その辺は否定しないけどな…」

 そうして、クスクスと笑いあいながら…唇を寄せていく。
 白い光の注ぐ傍らで、最後の口付けを交わしていった。
 強く強く、何度も力を込めて相手の身体を抱きしめて。
 本当に愛しいと思いながら、深く互いを求めた。
 気が済むぐらいに…相手の口腔を貪ると、やっと二人は身体を離し…
涙で潤んだ瞳で、克哉は真っ直ぐに相手を見つめていく。

「…貴方の言葉を、信じます。必ず…ずっと、一緒にいて…くれるんですよね…?」

「…あぁ、信じろ。俺はこういう処では嘘をつかない正直者だからな…?」

「貴方がそういう言い方すると、余計に嘘っぽく感じるけどね…」

 そうして…やっと覚悟を決めて、克哉は白い光の方へと向き直っていく。
 この光の中に飛び込めば…この人とこうして、二度と触れ合う事は出来ないだろう。
 それは本当に悲しくて…切ない事だったけれど、あの現実の話を聞いて…誰かに
負担を掛けながら、この世界の継続を望む気持ちはすでに彼の方にもなかった。

「…兄さん、この十日間…本当に、ありがとう…。最初、何も覚えていない時は
不安でしょうがなかったけれど…俺は貴方の傍にいられて、幸せでした。
それだけは…ずっと、忘れないでいて下さい…」

 そう、言葉を紡いでいる間…克哉の瞳からは、真珠のような瞳が何粒も
頬を伝っていた。
 それでも…最後にこの人に見せる顔が、泣いてクシャクシャになったものなんて
嫌だから…意地でどうにか笑ってみせた。

「あぁ…俺は忘れないさ。だが…」

 そうして、眼鏡はぎゅっと抱きしめながら…克哉の瞳を深く覗き込んで
心の奥まで犯していくかのように…凝視していく。

「お前は俺の事を、暫く忘れていろ…!」

 低く、呟きながら…いきなり克哉の中に手を侵入させていく。
 突然の事に克哉は驚きを隠せなかった。

(兄さんの手が…オレの身体の中にっ…!)

 それは、現実では決して在り得ない光景。
 しかし…克哉が驚きで硬直している間に、眼鏡の手は克哉の胸の内側を彷徨い
キラキラと輝く何かを取り出して、代わりに一つの透明な水晶のカケラを埋め込んでいった。

「…にい、さん…何、を…」

 痛みは、なかった。
 しかし…瞬く間に意識が霞んでいくのが判った。
 キラキラと輝く何かを奪い取られた途端に、この十日間の記憶がうっすらとしたものに
変わっていく。
 代わりに…先程まで嫌悪していた、御堂孝典という…現実の自分の恋人の記憶が
怒涛のように押し寄せて、克哉を一気に飲み込んでいった。

「…お前から、この十日間の記憶の結晶を奪って…代わりに、お前が最初に
持っていた…御堂の記憶の結晶を…返した、だけだ…」

 眼鏡の脳裏に、Mr.Rから克哉を押し付けられた日のことが蘇る。
 水晶の中から解放した際…彼の手の中には一つの水晶のカケラがしっかりと
握り込まれていたのだ。
 最初は何だ、と思っていたが…朝日に透かして見た時だけ…御堂の顔や
部屋の光景が浮かび上がっていたのだ。
 昨夜、克哉が…結ばれた後の御堂の記憶だけ取り戻していない事で
これがやっと…何だったのか眼鏡は気づいたのだ。
 佐伯克哉はあの水晶で自らを覆うことで、二つではなく三つのものを
壊れないように守っていたのだ。

 己と、眼鏡の魂と…そして、御堂孝典との幸福な記憶を結晶に変えて―

 その三つをしっかりと守る事を代償に、克哉はそれ以外の記憶を一時失っていた。
 ようするに決して失いたくものを壊さずに守る為にあの水晶の檻は生まれた。
 眼鏡は…あの日からこっそりと持っていた彼の記憶のカケラを、本来
あるべき場所へと戻し…そして、克哉の身体を思いっきり光の中へ
突き飛ばしていった。

「うっ…あぁぁぁぁ!!」

 克哉の身体に、衝撃が走り抜ける。
 結晶化して守っていた大切な記憶の数々を思い出して、耐え切れずに
叫ぶしかなかったのだ。
 こんなに、こんなに自分自身が愛していて…相手も愛してくれた人を忘れていた事に
罪悪感を覚えていく。
 しかしそんな葛藤も、瞬く間にまどろみの中に溶けていく。
 御堂の記憶が蘇れば蘇るだけ、この十日間の記憶がどんどん遠くなり…そして
消えていった―
 それでも、忘れたくなくて…完全に消えうせる寸前、やっとの思いで叫んでいく。

「兄さぁぁぁぁんっ!!」

 必死になって手を伸ばしてくる克哉の手を、眼鏡からも握り返していく。
 一瞬だけ強い力で結ばれた手と手。
 しかし…瞳を伏せて、ぎゅっと強く握り込んだ直後に…眼鏡はその手を離し
切なげに微笑を浮かべていった。

「…泣くな。お前の中で…俺はずっと見守っていてやると約束しただろう…?」

 そう、泣きじゃくる子供をあやすような…思いがけず優しい口調で諭していく。
 …それを聞いて、涙を止めて…子供のような無防備な顔を浮かべていた。
 ふと、思い出す。自分は最初…こいつを前にしている時は子守りをさせられているような
心境に
陥っていた事を―

(…本当にお前は、最後まで手間が掛かる奴だったな…)
 
 しみじみとそう思いながら、克哉の身体が真っ白い光の中に溶けて…完全に
見えなくなるまで見守っていく。
 最後の最後に、眼鏡の気持ちが伝わったのか…克哉はどうにか笑っていく。
 それは口元を微かに上げただけの儚いものだったけれど―

 そして克哉は現実へと還っていく。
 真っ白い雪原には…眼鏡ただ一人だけが、残されていた―
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 こんにちは! 香坂です!
 色々と立て込んでいて、今時間との戦いになりつつあります!
 …そして拍手レス、もうちょいお待ち下さい! 
 ぐお~! ぐお~! と喚きながら挿絵の子を励ましたり、委託先と連絡したりして
調整を計ってます。そして本日、非装着版の発売ですが、多分眼鏡×克哉しか聴く
余裕ないと思われます(それでも聴くんだ…)
 他のトラックは正月の自分の潤いの為に取っておくと思われます。

 とりあえず原稿の完成のメドは、本日頑張れば出来ると思います。
 本当に切羽詰らないとやらない性分、どうにかしたいです。
 そして…雪幻のクライマックスをこの立て込んでいる時期に持ってきた自分の
無計画さに少しツッコミ入れたいです。
 …どちらも全力でやるんで、少し待ってやって下さい。
 後…コメント貰って凄い励まされましたよ! 
 残して下さった方、ありがとうございます。
 そしてまた修羅場の海へと沈む…(ブクブクブク)
 ※  この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(終盤です)

 午後から外は猛烈な吹雪になっていた。
 勢い良く吹き付ける雪と風の様子は、まるで今の自分達の心境のようだった。
 強風で建物全体が大きく揺れる中、お互いに服を纏い…表面的にはいつもと変わらぬ
日常を送っていく。
  当たり障りのない会話に、他愛無いやり取り。
 
 昨夜あれだけ夢中でお互いを求め合ったのが嘘のようだった。
 同時にそれが取り繕っているが故の平穏である事も判っていた。
 二人とも敢えて…深く踏み込んだ会話をする事もなく、夕食の時間帯まで迎えて
そして…いつしか、世界は宵闇に覆われていた。
 
 空に浮かぶ月は真円を描いていた。
 初日は三日月より少し太いくらいの大きさだった月が…最終日の前夜に満月に
なるなんて、少し出来すぎだと思った。
 ふと…月を見つめながら眼鏡は思う。
 昨日の朝から…今日、この時間までに起こった出来事はあまりに濃密過ぎて、
気持ちの整理がまったく追いついてなかった。

 入浴によって濡れた髪を乾かすべく、暖炉のある部屋でそっと寛いでいく。
 ソファに座りながら煙草の一本でも吸いたかったが…この世界にはそんな物が
ないので手持ち無沙汰だった。

(煙草の一本でも本気で吸って…少しでも気持ちが落ち着けられたら…な…)

 ふう、と深く息を吐いて…勢い良く燃える赤い炎の揺らめきを眺めていった。
 その時…ふと、鮮烈なコーヒーの香りが鼻腔を突いた。
 気になって振り向いてみると…同じく入浴によってほんのりと頬を上気させた
克哉が、毛布を羽織ながら…両手に二個のマグカップを持って立っていた。

「…コーヒー淹れて来たんだ。良かったら隣…良い?」

「あぁ…好きにしろ…」

 ぶっきらぼうにそう告げると、嬉しそうな笑顔を浮かべながら…眼鏡の隣にチョコンと
座っていく。
 ゆっくりと身体を寄せて、その身体を寄り添わせて来たが…眼鏡は特に何も言わずに
相手の好きなようにさせていった。
 触れる部分から伝わる相手の温もりが、心地よかった。
 自分の分のマグカップを両手で包みながら、一口液体を含み…切なげな表情を
浮かべながら克哉が口を開いた。

「…兄さん。一つ聞いて良い…? オレ…本当に…御堂さんと恋人同士、なの…?」

 いきなり、その話題を振られるとは思っていなかったのと…その確信のない聞き方に
眼鏡は少し驚きながらも、一つ頷いて答える。

「あぁ…お前と御堂は、れっきとした恋人同士だ…。それをちゃんと、思い出したんじゃ
ないのか…?」

「…嘘、でしょう…? 何でオレに対してあんなに冷たくて…酷い事をした人と…
恋人同士に、なっているの…?」

 唇を震わせながら、呟く姿に…今度こそ眼鏡はぎょっとなった。
 こうして御堂の事を口に出す姿に、相手への恋情らしきものはまったく伺えなかった。
 しかし…ふと、思い至る事があって、念の為に確認していく。

「…待て。お前は御堂との事を…どの辺りまで思い出したんだ…?」

「……八課のみんなの為に、要求を引き下げて貰うように頼んで…無理やり…口で、させられたり
身体を椅子に拘束されて…良いようにされた辺り…まで…」

 かなり言い辛い内容だったが、ようやく観念して…正直に答えた。
 それを聞いて…眼鏡は納得していく。
 御堂孝典と佐伯克哉が恋人同士に至るまでの間には、複雑な感情がお互いに絡み合っていた。
 最初の頃の御堂と克哉の関係はお世辞にも良好とは言い難かった。
 眼鏡が初めて表に出て…御堂が全力を注いで製作した新製品「プロトファイバー」の営業権を
彼を言いくるめてもぎ取った事で…正直、良い感情を抱かれていなかったのだ。
 それで目標を達成する間際に、在り得ない営業目標を上げられてしまい…そして克哉は
達成出来なければ自分の所属する営業八課は解散という事態を回避する為に…御堂と半ば
無理やり、肉体関係を結ぶ形になっていた。

 克哉が思い出した記憶は、関係を結んだばかりの…もっとも御堂を憎く思っていた頃の
ものまでだった。そこまでしか思い出していないのなら…御堂に対して、良い感情を抱けない
のも仕方ない事だ。
 その後から、何度も抱かれている内に…お互いの感情に変化が訪れて、克哉の方から
御堂に想いを告げたことで…二人は正式な恋人同士となった。
 そういう複雑な結ばれ方をしただけに…幸せになった後の記憶まで戻っていないのならば
このような物の言いようになるのも…無理はなかった。

「…貴方と、以前にどんな風にセックスしたのかも…今はおぼろげだけど、思い出している。
…結構、酷いなと思ったけれど…あの人の扱いよりは、ずっとマシだと思うし…。
どうして、オレは…御堂さんと恋人同士になったのか…今はまだ、全然思い出せない…
だから、信じられないんです…何故、って…」

 そうやって独白している克哉の表情は…混乱しているようだった。
 やっと思い出した恋人の記憶が…もっとも酷い感情を伴うものしかないのならば…こうなるのは
当然だ。しかし…今までの人生の中で、誰よりも御堂は克哉の心を大きく揺さぶり、最初は
憎しみという形であれ…他人と関わらず、干渉もせずに生きてきた佐伯克哉の中に…強い
感情を引きずり出した存在でもあるのだ。
 自分はその過程を…こいつの内側から、ずっと見ていた。
 そして…イライラしていた。
 何故、俺を出さないのか。どうしていつまでも御堂の言いなりになっているのか。
 …そこら辺の憤りも、一度は眼鏡が心の奥で眠りについた理由の一つでもあるが。

「…さあな。俺にもお前の心の動きは全然理解出来なかった。どうして…あんな真似をされて
御堂を愛しく思ったのか、好きだと告白したのか…まったく、な…」

「…オレから、告白…した、んですか…?」

「あぁ…それが、事実だ…」

「…信じられない…」

 そうして、克哉の瞳の奥に強い感情の揺らめきが宿っていた。
 …眼鏡の心の奥に、ふと暗い感情が再び過ぎっていく。
 今の克哉の様子なら…この世界に閉じ込めておくのも、容易だと感じた。
 御堂の事を全て思い出していない今なら…こいつの心の中を占めているのは恐らく
自分の方だろうと…感じた。

「…全てを思い出したら、どうなるか判りません。けれど…今のオレの中では、貴方の
方がよほど…強く愛している。それでも…オレは、帰らないと…いけないんですか…?」

 弱々しい表情を浮かべながら…今日一日、迷い続けていた想いをこちらにぶつけてくる。
 互いの視線が、交差する。
 …両者、まったく引く様子も見せず…その瞳を真っ直ぐ見つめあい。
 再び唇が寄せられていく。
  眼鏡は即答しない。
  ただ、相手から腕を伸ばされて…首元にしっかりとその腕が絡みついてくるのを静かに
受け入れていく。
 暫く眼鏡は…何も言わなかった。
 ただ強く強く…その身体を抱きしめて、自分の切ない気持ちだけを伝えていく。

「兄さん…オレは、貴方と…ずっと、一緒にいたい…! 帰りたく…なんか、ない…!」

 泣きながら、克哉が己の気持ちを直球で投げかけてくる。
 同時に…脳裏に浮かぶのは、一瞬だけ現実に戻った時に見た…御堂の泣いている顔と
熱い涙だった。
 もし…こいつが帰らずに、俺とこの世界で生きる事になったら…あの男はどれだけ
絶望するのだろうか?
 そんな考えが胸の中で湧きあがり…優越感や、嫉妬や…様々な感情が眼鏡の
胸の中で混ざり合っていった。

「…克哉…」

 小さく、本当に愛しさを込めて…眼鏡は相手の名を呼んでいく。
 紛れもなく…心からこちらを慕ってくれている克哉の存在が、眼鏡にとっては
不本意だが…可愛くて、危なっかしくて仕方がなかった。
 相手の頬を両手で包み、優しいキスを落としていく。

「…にい、さん…」

 本当は、兄なんかじゃない事ぐらい判っている。
 それでも彼は…自分の事をそう呼ぶ。それを滑稽に思いながら…触れるだけの
キスを何度も落として、その唇を啄ばんでいってやる。
 暖炉の火が燃え盛る中…二人は飽く事なく唇を啄ばみあい、きつくその身体を
抱きしめ続けていく。

 本当に…この腕の中にいる存在が愛しい。
 だからこそ…自分が選ぶべき道はたった一つしかないと確信していた。
 いつの間にこんな感情が、己の中に芽生えたのだろうか? 
 どうして気づいたら…こいつに関しては、自分はここまで甘くなってしまっているのだろうか?
 自嘲めいた気持ちを浮かべながら、克哉は…シニカルに笑っていた。

 自分の出した答えと、予想される結末。
 それを覚悟していきながら…せめてこの瞬間だけでも脳裏に刻もうと
きつくきつく克哉を抱きしめて、その感触を全身で感じ取っていく。

 克哉も、自分の腕を拒まなかった。
 そうして…最後の夜は静かに更けていく。
 お互いに眠りに落ちる直前まで交わし合った口付けと抱擁は…どこまでも切なくて
…甘かった―

  

 
  ※  この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
  十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(終盤です)


  体中に沢山のチューブが繋がれて、指一本さえも自由に動かなかった。
  鉛のように重い身体に…これが今の佐伯克哉の現状である事を思い知る。
  暗闇の中で…どうにか、ほんの僅かだけ…瞼を開いていく。
  眇めながら目の前を見つめていくと…怜悧な顔立ちをした一人の男が…病院の
ベッドの上に横たわる自分を見下ろしていた。

(…御堂)

 まだ、闇の中に目が慣れていないが…見間違えようがなかった。
 御堂考典。キクチ・マーケティングの親会社、MGNの商品企画開発部第一室部長。
 ようするにエリートコースを突き進んできた出来るビジネスマンの典型のような男だ。
 身体のあちこちに白い包帯が巻かれ、クリーム色のパジャマに身を包んでいる。

「克哉…」

 悲痛な声を漏らしながら、克哉の頬を優しく撫ぜていく。
 そのまま…唇にキスを小さく落とされた。
 眼鏡は…一言も声を漏らさず、静かにそれを受け入れていく。
 自分の腕には点滴用のチューブが差し込まれて、下手に動かすのが恐い状況に
なっていた。それでも御堂は臆する事なく…克哉の手に腕を伸ばして、その手を
ぎゅっと握り込んでいく。

 静まり返った病院の一室。カーテンが引かれているのを見る限りではどうやら
病院の4人部屋か、6人部屋の一室と言った感じだった。
 意識不明の状態であるおかげで、バイタルを確認する為に心拍数を確認する為の
機械が近くに設置されていた。

 切ない口付けを受けながら…言いようの知れない憤りに似た感情が、胸の奥に
湧き上がってくる。
 …先程、燃え上がった炎に大量の冷たい水を掛けられたような気分だった。
 そして…思い知る。佐伯克哉には…現実でこうして待っている人間がいる事を。
 自分だけのものには決してならない事を。
 
「…今夜も、君は目を覚ましてくれないんだな…」

 御堂の頬を伝って、透明な涙が克哉の頬に落ちていく。
 冷たい男だと思っていた。
 けれど…今、目の前にいる御堂孝典は…悲痛な表情をしながら、こちらを
真摯に覗き込んでいる。
 薄目を開けながら…その整った顔立ちを見つめていく。
 …この男が、対面も何もかも吹き飛ばして…こうして傍らに立ち、恋人の目覚めを
待っている事なんて…判りきっていた。
 それでも、その現実を目の当たりにして…眼鏡の胸に引き連れるような痛みが
走っていく。

(あいつはやはり…この男の、もの…なんだな…)

 いっそ閉じ込めてしまいたいと思った。
 このまま…あの世界で二人きりで生きれたら、という暗い思いが眼鏡の中に
生まれ出ていく。
 その想いが生じると同時に…Mr.Rの声が脳裏に響き渡った。

『…なら、貴方が望むようになされば良いと思います…。十日目の朝、あの世界に
現実に通じる扉が繋がります。その時…貴方が光に飛び込めば、貴方が現実で生き
克哉さんなら、あちらの方が現実に戻られます。当然…光のある内に飛び込まなければ
あの世界に貴方がた二人は閉じ込められ、そのままあの世界で生きる事も出来ますよ。
 …二人とも光に飛び込んだ場合は…そうですね。お一人は私の店の方で働いて貰う
事を条件に…もう一つの身体をご用意しても…一向に構いませんよ。
 …貴方達に用意された選択肢は以上の四つです。その中で…何を選ぶのか、残り
短い時間の内に考えておいて下さい。―猶予はあまり、ありませんよ…?」

 クスクスクスと…含み笑いをしながら、いつものように歌うような口調で滑らかに
こちらを惑わすような言葉を投げかけてくる。

『どうぞ、貴方のご自由に…!』

 まるで舞台のクライマックスかのように、高らかに黒衣の男の声は告げる。
 それと同時に…自分の意識が、混濁していくのが判った。
 …一時、水面に浮き上がった意識はまた再び深い水面へと沈んでいく。
 その中で脳裏に描かれたのは…もう一人の自分の、切ない表情だった。

 そして…今度は緩やかに世界が暗転していく。
 長いまどろみに暫く浸っていった。
 ようやく瞳を開けて…身体を起こしていくと、そこには…自分の隣で裸の身体に
毛布を纏いながらソファに腰掛けていた…もう一人の自分の顔が飛び込んできた。

「…起きた? 兄さん…?」

 全てを思い出したにも関わらず、佐伯克哉はまだ自分をそう…呼んだ。
 そのまま花を綻ばすように…彼は静かに笑った。

「おはよう…」

 そうして…克哉がこちらの唇にキスを落としていく。
 昨晩はあれだけ…脳が蕩けそうなくらいに気持ちよく、幸福感に満たされたのに
今朝のキスはどこか苦く…同時に、克哉の涙の味がしていた―

(あぁ…俺が目覚めるまで、お前は…泣いていた、んだな…)

 多分、自分の意識が現実に浮かび上がっている間に…克哉は、彼の事を
思い出していたのだろう。
 葛藤して…迷ったに違いないのに…それでも克哉は己のした事を受け入れて
静かな佇まいを見せていた。

 これは最初から予想されていた胸の痛み。
 それでも…心が引き絞られるように軋んでいた。
 目の前の克哉の切ない微笑みと、先程の御堂の悲痛な表情が重なっていく。
 戸惑いながらも…眼鏡の方から、克哉の身体をそっと抱きしめていった。

 相手の温もりを感じ取りながら…こうして二人でいられる時間が
本当に後僅かである事が惜しくて…仕方なかった。

 選択肢は四つ。
 その中で―すでに眼鏡の中では答えは決まっていた。

『克哉…』

 相手の名を小さく呼びながら、眼鏡の方からも口付けていく。
 朝日が静かに昇り、部屋の中を鮮やかな色彩へと染め上げた。
 そして…九日目は始まりを告げていった―
 本日、原画様のサイトにてアップされていた素敵克克絵を見てしまったせいで
冬コミ原稿で追われている真っ最中なのに、思いっきり理性を失って一本
クリスマスSSを書き下ろしてしまいました。
 そんな真似やって、拍手返信をやる暇が今晩はなくなりました。
 どうか明日までお待ち下さい。
 そして昨日から今日に掛けて、メッセージや拍手をして下さった方々本当に
ありがとうございました。
 とりあえず雪幻は後五話で終了予定です。
 最後まで付き合って頂けると幸いでございます(ペコリ)

  ついでに一件、素敵克克メインサイト様へのリンク結びました。
 こちらにリンクして下さって感謝です!
 不束者ですが…どうぞこれからも宜しくお願いしますね。
 近い内に改めて報告に伺いますのでお待ち下さいませ。

 あ、皆さんに…ハッピーメリークリスマス! 良いクリスマスの夜を
お過ごし下さいませv
 それでは今宵はこの辺で寝ます。おやすみなさいませ…。

 
『きよしこの夜』



 クリスマスイブの夜、忘年会の会場から…克哉は何故かサンタの格好をして
帰路につく羽目になっていた。
 真っ赤な帽子と…襟元と袖の処にフワフワとした綿が散らされている真っ赤な服。
 そして赤いブーツの三点セットとくれば…クリスマスの定番の服装である。
 しかし街道や、店の前でならばともかく静かな住宅街の中では非常に
浮き捲くっている服装である事は否めなかった。

(…トホホ、駅からここまでの道の途中で目立ち捲くっているよな…)

 それでも、駅の周辺と違ってこの辺りには余り通行客がいない事に克哉は
非常に安堵を覚えていた。
 本日の忘年会で本多が取引先から貰ってきたサンタの衣装。
 丁度克哉の身体のサイズにぴったりだったので…宴会の余興として着て見たは良かったが
その間に…克哉の元々着ていたスーツの上に片桐部長がお酒をひっくり返してしまい
…結果的にこのままの格好で帰る事になったのだ。
 電車の中でも駅のホームの中でも、クリスマスの当日の今日…非常に目立ち巻くって
克哉は居たたまれない気持ちに陥っていた。
 
(どうかご近所の方と顔を合わせませんように…)

 必死の気持ちで祈りながら自分のアパートの階段を登っていく。
 ふと、足を止めた。
 …何故か自分の部屋の扉が、微かだか開いていたのだ。

「…おかしい、な…確か今朝、ちゃんと…オレは鍵を掛けて出ていった筈なのに…」

 訝しげに思いながら、慎重に足を進めて部屋の方を伺い見る。
 自分の部屋の明かりが灯っている事に、余計に眉根を寄せていく。
 …自慢ではないが克哉は一人暮らしの身分である。
 電気代も水道代も全て自腹を切って払わなければならないのだ。
 鍵の開け閉めはともかく…自分が朝に電気を点けたまま出て行く事など、ありえない。
 そんな真似を繰り返していては…電気代が恐ろしい事になるのだ。
 どれだけ慌てていても…電気の消し忘れに関しては自分は気を配っている筈だ。
 だから、おかしかった。

「もしかして…空き巣にでも入られたのかな…?」

 こんな格好して帰る羽目になった上に…クリスマスの夜に泥棒に入られたとなったら
泣くに泣けない。
 深い溜息を突きながら…どうしようと立ち尽くしていると、ふと…部屋の中から
オルゴールの音が鳴り響いた。

「…きよしこの夜…?」

 静かなメロディが、部屋の中からしっとりと奏でられていくのが聞こえて…つい、興味を
持って扉の奥を覗き込んでいく。
 その瞬間…予想もしていなかった人物と目を合わせて…克哉はぎょっとなった。
 大慌てで自室に入り、相手を指差しながら叫んでいった。

「…っ! 何でお前がここにいるんだよっ!」

「…ここは佐伯克哉の部屋だろ? それなら…俺がこの部屋の中にいたって
何の不思議もないだろうが…。そうじゃないか? なあ…<オレ>」

 クスクス笑いながら、白のYシャツに黒い上着を着崩した服を着たもう一人の自分が…
部屋の中で立ちながら自分を出迎えてくれていた。

(…最近、柘榴の実を食べてなくても…こいつ、やたらとオレの前に顔出してないか…?)

 言って見れば、あの銀縁眼鏡を掛けた日から…何かの表紙ににこいつが
突発的に顔出すのはすでに克哉にとって日常茶飯事になっていた。
 それでも自宅に当たり前のように陣取って現れたのは今回が初めてだった為に
克哉も動揺を隠せなかった。

「どうして…オレの部屋に、現れたんだ…?」

「ご挨拶だな…とりあえずあの男が、今宵の祝いにという事で…俺にこれを
持たせたんでな。それでわざわざ配達に来てやったというのに…随分と
ご挨拶だな…」

 そうして、眼鏡が差し出したのは…開けばオルゴール風のメロディを奏でる
メッセージカードと…一本のシャンパンの瓶だった。

「あの男…?」

「お前に…この銀縁眼鏡を与えた、あの怪しい男だ…。今宵はクリスマスだから
プレゼントとしてどうぞ…との事だ。ほら…」

「えっ…どう、して…?」

 突然の事に呆けながらも、メッセージカードを開いていく。
 そこには『Merry Christmas Dear 佐伯克哉様  Mr.Rより愛を込めて』と
短い一文で記されていた。
 流れていくのは…『きよしこの夜』 
 そしてカードの絵柄は蒼い夜空に白い雪の結晶が舞い散り…白い杉の木が
三本ほどバランス良く立ち並んでいる絵柄だった。

 添えられたシャンパンの銘柄は『グリュグ』
 フランス産のものの中では最上レベルの一品だ。
 克哉の薄給ではなかなか飲めない代物であるだけに…顔をほころばせていった。
 クリスマスにぴったりの音楽とカードに…少し警戒心を解いて、克哉は
受け取っていった。

「あの人がこんな物を…オレにくれるなんて、凄く意外だけど…嬉しいな。
わざわざ持って来てくれて有難うな<俺>」

 笑顔でそう告げていくと…少し居心地悪そうな顔をしながら…ズイっと
眼鏡が距離を詰めていく。

「…本当におめでたい奴だな。俺が何の対価も無しに…こんな親切な真似を
してやると思っているのか…?」

「えっ…?」

 自分の部屋のガラス机の上にカードとシャンパンの瓶を置いて振り返ったと
同時に、眼鏡の神業が炸裂していった。

「…何が一体…? ってっ! えぇぇぇ!!」

 克哉が叫び声を上げると同時に、下着ごとサンタの赤いズボンが相手の手の中に
握り込まれていて…とっさに上着の裾を引っ張って前を隠していく。

「くくっ…良い格好だな、<オレ>…。なかなかそそるぞ…?」

「くっ…こら! オレのズボン返せよ! 悪戯するにも程があるだろ!」
 
 カッと頭に血が昇って、克哉は眼鏡に掴みかかっていく。
 そのまま…ベッドの上になだれ込み、相手の手から赤いサンタズボンと下着を奪い取ろうと
必死になるが、グっと押さえ込まれて…逆にこちらが呻く羽目になった。

「…こんな無粋な物を履いていては、せっかくのプレゼントにならないだろうが…。
これくらい、楽しませてくれたって良いんじゃないのか…?」

「何判らない事言っているんだよっ! って…! バカ…何を…!」

 剥き出しになった臀部を思いっきり掴まれて、痛みと妙な疼きが背筋を
走り抜けていく。

「さっきも言っただろ…? わざわざここまでプレゼントを運んでやったんだ。
今度は俺がクリスマスプレゼントを貰う番だろ…?」

 そうして、眼鏡の顔がゆっくりと近づいてくるのに気づいて…軽く蒼白になりながら
克哉は呟いていく。

「あの…物凄い嫌な予感するんだけど…もしかして、そのプレゼントって…その…」

「…お前以外に、何があるというんだ?」

 当たり前のように言われて、いきなり唇を奪われて…瞬間、頭が真っ白になる。
 こちらが硬直している間にも眼鏡の手が怪しく蠢いて…こちらの妙な処とかを
触り巻くって、身体に火を点け始めていった。

「も…うっ! いい加減にしろよ! そう何度もオレを良いように…するなぁ!!」

 バタバタと相手の腕の中でもがいていくが…いつの間にかベッドの上に組み敷かれて
しまっていてはすでに勝負になる訳がない。
 足を開かされて、身体の間に割り込まれていくと…そのまま深く唇を奪われていった。
  そのまましっかりと押さえ込まれた状態で…たっぷりと五分は熱い舌先で口内を
蹂躙されたまま…尻肉を揉みしだかれた。
 終わった頃には…すっかりと、克哉の身体からは…芯が抜けてしまっていた。
 抵抗する気力すらも…すでに霧散してしまっていた。

「…くくっ。ようやく観念したみたいだな…せいぜい、今夜は楽しませてもらおうか…?
 なあ<オレ>…?」

「…もう、良い…好きにしろよ…」

 もう抵抗しても、どうしようもならないと思い知って…ようやく観念して克哉は大人しく
なっていく。
 その瞬間、ガラスの机の上から…メッセージカードが落下して…部屋中に
『きよしこの夜』のメロディが響き渡った―

 そうして…克哉のクリスマスイブの夜は、眼鏡に熱く翻弄されながら過ぎていった―



 
 ※  この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(終盤にやっと入りました…)


 この八日間の間にこの人の存在がここまで自分の中で大きくなっていた事を
こうして抱き合って、初めて克哉は自覚していた。
 鼓動が、吐息が重なって…自分の中に、もっと欲しいと求める強い衝動が湧き上がって
どうしようもなくなる。
 荒々しい動作で着衣に手を掛けられて、脱がされる。
 暖炉の火が煌々と燃えて…ほんのりと赤く染め上げられている室内で、克哉の
引き締まった身体が相手に晒されていく。

(…死ぬ程、恥ずかしい…)

 喰い入るほど相手に裸体を見つめられて、黒革のソファの上で克哉は
顔を真っ赤にしながら目を閉じていく。
 けれど…この人に抱かれる事を受け入れたのは、紛れもなく自分の意思だ。

「…お願いですから、兄さんも…脱いで。貴方の肌に…ちゃんと、触れたい…」

「…あぁ」

 眼鏡は短く頷くと、愛撫の手を止めて…こちらが望む通りに今度は己の服に
手を掛けていく。
 こちらからもそっと手を貸して…脱がすのを手伝っていくと…相手の均整の
取れた身体が眼前に晒されていった。
 お互いに全ての衣服を脱ぎ去っての交歓は…これが初めての経験だった。

「…これで、良いか…?」

 余裕の無い光を瞳に宿しながら、眼鏡が問いかける。
 その獰猛さと真摯さが織り交じった瞳の色に…こちらの心臓が早鐘を打って
止まらなくなっていく。

「はい…」

 赤くなりながら頷けば…いきなり足を大きく抱えられて、蕾に熱い塊を
押し当てられた。
 愛撫も殆ど無く、いきなり直球で求められて…流石に克哉も慌てていく。

「ちょっ…と、待って! いきなりっ…!」

「それくらい、我慢していろ…! 俺が…この数日、どれくらい…お前を抱きたくて
我慢し続けて来たと思って、いる…っ!」

 余裕の無い声で、そんな発言を言う眼鏡にびっくりして…こちらが反論を失って
いる間に容赦なく彼の熱いペニスが克哉の中に侵入してくる。

「ひぃ! あぁぁ!!!」

 ズブリ、と根元までいきなりねじ込まれて…克哉の身体が悲鳴を上げる。
 きつい際奥を無理やり押し開かれる感覚に…苦しくて、息が詰まりそうだった。
 けれど…それ以上に、己の心が満たされているのを感じた。

「くっ…あっ…! 克哉…!」

 余裕のない声で、初めて…眼鏡は克哉の名を呼んだ。
 『克哉』は彼自身の名でもあったが…この世界においては、自分達は別々の心を
持った「二人」の人間として存在している。
 自分の延長戦ではなく、一人の人間として呼びかけながら…際奥まで一気に
己の熱いモノを穿っていった。

「ん・・・うぅ…凄い、深いっ…!」

 克哉もまた必死にその身体に縋り付いていきながら、強烈な感覚に耐えていく。
 彼はまだ…かつて眼鏡に抱かれた時の記憶を取り戻していなかったが、今回は…
今までの彼の抱き方とは明らかに様子が違っていた。
 焦らすことも、言葉で詰って追い詰めることもなく…ただ克哉の身体を激しく揺さぶり
夢中で突き上げて来る。

「兄…さ、ん…にい、さん…っ!」

 うわ言のように何度も、克哉がそう呼びかけてくる。
 少し身体を離して、眼鏡の顔を見つめれば…その瞳に、激情の色が濃く見えて…
それだけで背筋がゾクゾクしてきた。
 荒い吐息も、快楽によって顰められた眉根も…身体と一緒に揺れるくせっ毛も、
しなやかな筋肉で覆われた肢体も…今、求めてくるこの人の全てが…愛おしくて堪らない。
 
「あっ…あっ!!」

 相手のモノが己の内部ですぐにはち切れんばかりになって…自己主張をしているのが
判って、それだけで全身の血液が沸騰しそうになった。
 お互いに信じられないくらいに興奮している。
 丁寧な愛撫も、焦らしもすでに必要がない。
 ただ純粋に相手が欲しくて、感じ取りたい気持ちでいっぱいで…一度目の抱合は
すぐにその想いだけで二人とも高みに登り詰めていった。

「…くっ…! もう、イクぞ…っ!」

「は、い…! 貴方を…オレの、中に…くだ、さい…!」

「っ!!」

 快楽でトロンとなった瞳を浮かべながら、そんな殺し文句を言われたのでは堪らない。
 間もなく眼鏡は…克哉の中に熱い精を勢い良く解放して…送り込んでいった。

「…あああぁっ!」

 克哉と、眼鏡の身体がほぼ同時に頂点に達して小刻みな痙攣を繰り返していく。
 荒い吐息を繰り返していきながら…余韻に浸っていくと…すぐに顎を捉えられて
激しいキスを求められていく。

「ふっ…ぅ…」

 イッたばかりの身体に、荒々しいキスの刺激は強烈過ぎた。
 まだ体内に眼鏡のモノを納めている身体が…たったそれだけの刺激で再び緩い
収縮を始めていく。

(…うわ、うわっ…!)

 己の身体の浅ましい反応に、内心で克哉は焦り捲くったが…戸惑う隙も与えて
くれず…舌の根まできつく吸い上げられながら…激しい口付けは続けられた。

「やっ…だ、め…! これ以上されたら・・・また…っ!」

 どうにか顔を振って、いやいやするような動作をしていくが…眼鏡は両手で
克哉の頬を包み込みながら短く告げていく。

「まだだ…。俺は…こんなのじゃ、足りない…! もっと…お前が、欲しい…っ!」

「…あっ…!」

 その言葉に、再び身体の奥で欲望の火が灯っていくのを感じた。
 首筋から鎖骨に掛けて、幾つも赤い痕を刻み込まれていきながら…胸の尖りを
両手で弄り上げられたら、堪ったものではない。
 眼鏡の性器が熱を持って…己の中で硬く張り詰めてくるのが伝わってくる。
 それに呼応するように…克哉の蕾の内部も、怪しい収縮をしながら…熱く
疼き始めていた。

「はい…オレも、貴方の全てが…欲しい。今、この瞬間…だけでもっ…!」

 眼鏡の熱い気持ちに触れて、克哉もしっかりと己の意思を伝えていく。
 …この時だけは、毎晩の声の主の事を頭の隅に追いやっていた。
 あの人の声が聞こえる度、胸が引き連れそうな痛みを覚えていく。
 しかし…大切な人だった、という想いは残っていても…まだ、顔も名前も
思い出していない存在よりも、記憶を失ってからの八日間…ずっと自分の傍に
いてくれた眼鏡の方が…今の克哉にとっては大きかったのだ。

 眼鏡にとっても同じだ。
 この数日で…内心は愛しくて仕方なくなっていた。
 けれど…これ以上、感情が育てば…決して相手を帰してやれなくなる。
 だから気づかない振りをしていた。冷たい態度を取っていた。
 だが…こうして、一度失ったと思い込んだ後に…克哉がもう一度自分の
元に戻って来た事で全てがどうでも良くなった。
 今はただ…素直な想いだけが、口を突いていった。

「…あぁ、この瞬間だけでも…俺は全力で、お前を…愛して、やるよ…」

 初めて、優しい顔で…眼鏡が微笑む。
 それだけで…どうしようもなく克哉は幸せでしょうがなかった。
 相手をもっと確かに感じ取りたくて、彼の手に…己の指を絡めてしっかりと
握り締めていった。
 …この行為が、恐らく…後で自分達にとてつもない痛みを齎すであろう事は
お互い覚悟の上だった。
 それでも…これ以上、嘘をつく事も誤魔化すことも出来なくなるくらいに…
相手の存在が大きくなってしまったのだ。

「…はい、愛して…下さい。オレも…貴方を、愛したいから…」

「っ…!」

 その言葉を聞いて、驚愕していた眼鏡を…克哉は優しい瞳を浮かべながら
そっとキスして、気持ちを伝えていく。
 それを合図に再び眼鏡が、腰を蠢かして律動を始めていく。
 すでに一度頂点に達した身体は…彼の熱く滾ったものを再び受け入れて
深い処まで包み込んでいく。
 深く唇と身体を重ねて、想いを確かめ合う。
 揺さぶる腰の動きも、克哉のペニスを追い上げる手の動きも…どちらも酷く
性急で…代わりにそれだけ、眼鏡にも余裕がない事が伝わってきた。

「ん…すご、く…気持ち…いいっ…! あっ…はぁ…んっ!!」

 深いキスの合間に、相手と目が合えば…お互いに情熱を瞳の奥に宿して
宝石のように揺らめいている。
 ぎゅっと手を重ねて…穿たれて、相手を刻み込まれて…克哉はただ
その熱に翻弄されるしかない。
 相手の掌に包まれた性器からは、とめどなく先走りの蜜が溢れ出て…
亀頭から幹に掛けてびっしょりと濡れていた。

「…お前の中、凄く…いやらしく収縮して…俺を求めて、いるな…。
動かなくても…搾られて、しまいそうだ…」

「…やっ…ぁ…! お願いだから…そ、んな事は…言わない、で…くだ、さい…」

 言葉で辱められれば…首を仰け反らせながら必死に眼鏡の下でもがいていく。
 しかしそれを許さずに、己の腰を叩きつけながら相手の深い場所に己の
情熱を送り込み続けていく。

 グチャグチャグチュ…グプッ…!

 次第に先程に放った精と…新たに滲んだ先走りのせいで、腰を動かす度に
いやらしい接合音が部屋中に響き渡っていく。
 身体を動かす度に黒革のソファの中のスプリングや針金が軋んで、ギシギシと
音を立てていた。
 ―そんな音すらも、今は快楽を高めるスパイスにしかならなかったのだが。

「…克哉、かつ、や…っ!」

 余裕無く、自分の名前を呼んでくる眼鏡の声の響きが…あの人の声と重なる。
 触れ合う度に、揺さぶられる度に…走馬灯のようにここ数年の…最後の記憶の
パーツが克哉の頭の中で組み上げられていった。
 そして…ついに、克哉は思い出す。
 あの日…銀縁眼鏡を謎の男に初めて渡された日の記憶を―!

「あっ…あぁぁぁぁ!!!」

 強烈な快感と、記憶の奔流が克哉の意識に一気に流れ込んで…
耐え切れずに彼は大きな声で啼く事しか出来なかった。
 思い出した、殆どの記憶を…けれど、あの人の記憶にはまだ届かない。
 けれど…今、自分を抱いている男の正体が何なのか…克哉はやっと
思い出した。

「もう…イク、ぞ…っ! 克哉…っ!」

「ん…来て、くれ…<俺>」

 ぎゅっと抱きしめながら、そう告げると…眼鏡は瞠目し…すぐに
切なげに瞳を細めて…己の腰を克哉の中に叩きつけて頂点を目指していく。

(…やはり、思い出したんだな…お前は…っ!)

 近くに寄れば寄るだけ思い出すというのならば…自分と身体を重ねれば
確実に記憶は蘇ることぐらいは薄々とは感じていた。
 眼鏡が克哉に性的なチョッカイを掛けていたのは…強い感情が伴わない内に
その行為を済ませてしまいたかったからだ。
 一度抱いてしまえば…佐伯克哉の中に、自分が所有している記憶が流れて
殆どを思い出す。それは…初めから予想済みだった。

 それでも…こうして抱いている男が『兄』ではなく、もう一人の自分で
ある事を思い出しても…克哉は決して、縋りつく腕の力を緩めはしなかった。
 その葛藤も何もかもを叩きつけるように…更に眼鏡の律動は早く、激しい
ものへと変えられていく。

「ん…あっ! お願いだから…今、だけでも…オレを…離さない、で…!」

 泣きそうな声で、克哉が訴えると…深いキスで眼鏡は応えてやった。
 もっとも感じる部位をペニスの先端で執拗に擦り上げられ続けるのだから
堪ったものではない。
 お互いに、今まで感じたことがないレベルの快楽の世界に導かれていく。
 もう…何も考えられない。
 ただ、この快感をどこまでもどこまでも感じていたい。

 上も下も…相手でいっぱいに満たされて。
 苦しいぐらいの強烈な悦楽を覚えながら…頭が真っ白になっていった。
 荒い呼吸と、壊れそうなくらいに早くなった鼓動が重なっていく。
 深く口付けながら…お互い、しっかりと相手の身体を抱きしめていきながら
先程よりも遥かに強い快感の波に、両者とも意識が浚われていく。
 
(あっ…熱い…!)

 もう一度、克哉の中で相手のモノがドクン、と大きく脈動していくと…
期待を込めて、自分の内部がうねっているのが判った。
 其処に勢い良く…眼鏡の情熱が送り込まれていく。

「ひぃあぁぁぁ!!!」

「克哉っ!!」

 二人が叫び声を挙げるのはほぼ同時だった。
 その瞬間、快楽によって…二人の意識はシンクロし、普段は決して消える事のない
心の障壁が…束の間だけ取り払われて…意識が一つに重なっていく。

 その瞬間…白い光が二人に降り注いでいく!

「なっ…!」

 ―その瞬間、世界は一変した。

 快楽の余韻で、眼鏡の意識が白い闇の中に溶けていく。
 それは深い深海から…ゆっくりと地上に上がっていく感覚に
似ているのかも知れなかった。
 ふわり、と意識が浮上すると同時に…ヒヤリとした空気と
藍色の闇が周辺に広がっていた。

 暖炉の火が灯っていた明るい部屋から…冷たいリノリウムの床で
覆われた暗い部屋が、視界に広がっていた。

 ピッ…ピッ・・・ピッ…ピッ…

 情熱が過ぎ去った眼鏡の耳に最初に届いたのは…心拍数を測る機械の
規則正しい音と、誰かの涙が己の頬に落ちる音だった―



※  この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(終盤にやっと入りました…)


 もうじき、夕暮れの時間帯が訪れようとしていた。
 重い雲の隙間から微かに漏れるオレンジと赤、紫のグラデーションが掛かった
淡い光が白い雪を柔らかく染め上げていた。
 こんな時間帯まで、自分がこうしてここにいる事を訝しげに思いながら
眼鏡はふと、大きな壁時計に視線を向けていく。
 時刻は夕方四時を間もなく迎えようとしていた。

(…どうして、この世界はまだ続いている? あいつが…元の世界に戻ったのなら
終わっても良さそうなものだが…)

 そうなれば、自分はまたあの藍色の闇の中でまどろむ日々に戻るのだろう。
 …覚悟の上で、送り出した筈なのに…未だに、雪の世界は続き…一向に
闇が滲んでくる気配がない。
 自分が眠る事を選択したのは、大事な存在が出来た佐伯克哉に…勝てなく
なったからだ。その相手との絆が深まれば深まるだけ、あいつは銀縁眼鏡を必要と
しなくなり…そして、眼鏡が出る事は出来なくなった。

 幸せそうに笑って、恋人の傍らにいるあいつを見ているのがいつしか…辛くなった。
 こんな嫌な思いをしてまで…どうして、あいつの目を通して世界を覗き見なければ
ならないのか。
 その想いが講じて…眼鏡は再び、心の深い処で眠り続けるようになっていた。

(どうして…俺はこんなに苛立っている。元通りに戻るだけだと判っているのに…!)

 言いようの無い憤りが、眼鏡の中に生まれて渦巻いていく。
 胸の中がムカムカする。あいつが…恋人の腕の中に戻れば良いと、そうやって送り出して
やった筈なのに…長い時間が過ぎたせいでそれは苛立ちや怒りへと変化していく。

「ち…くしょう! どうして…っ!」

 バンッ! と木の壁に拳を打ちつけていく。
 その顔は悲痛に歪んでいる。
 どうして…ここ数日の、笑顔を浮かべているあいつの顔がこんなに浮かんで、
消えてくれないのか。
 何故、こんなに…戻って来い! と望む気持ちが止まらないのか…自分自身でも戸惑う
しかなかった。

 瞬く間に、夕暮れの光は消えていき…白い世界が宵闇のベールへと包まれていく。
 もうじき、夜が来る。
 冷え込みが一層きつくなると予想して…暖炉の薪を追加しておこうと思った矢先に…玄関の
扉がドンドン! と強く叩かれる音が耳に届いた。

「なっ…?」

 何が起こったか、最初は理解出来なかった。
 この世界に足を踏み入れられるのは自分達以外にはMr.Rくらいしか存在しない筈だ。
 ようするに二者選択だ。二分の一の確率で、あの謎の男か…もう一人の自分かしか
ドアを叩く人物は在りえない事になる。
 唇と肩が、大きく震えていく。どうすれば良いのか不覚にも少し迷った。
 しかし…体制を立て直すと一目散に玄関の方へと駆けていった。
 勢い良く玄関の、大きな木の扉を開けていくと…其処には、克哉が立っていた。

「ど、うして…お前っ!」

 もう帰ったと、信じて疑わなかった。
 あの光に飛び込めば、こいつは恋人のいる世界へと帰れた筈なのに…何故、こんなに
遅くまでこの世界に留まっていたのか、理由が判らなかった。

「…貴方に、もう一度…どうしても、会いたかったから。ありがとうと…ロクに、
言えないままで…別れたくなんて、なかった…んです…」

 克哉は自らの身体を必死に抱きしめながら、蚊のなくような小さな声で呟いていく。
 その顔は蒼白で、今にも倒れそうな程だった。

「…帰り道の途中、少し吹雪いてしまって…こんなに帰って来るのが、遅くなって
しまったけれど…帰って、来れて…良かった…」

「お前っ!」

 途端に、克哉は崩れ落ちそうになっていく。
 とっさにその身体を抱きしめて支えていった。
 …長時間、外にいたせいでその身体は芯まで冷え切っていて…冷たかった。
 それに気づいて、眼鏡は大急ぎでその身体をリビングまで運んでいった。
 暖炉が燃えている部屋のソファの上に座らせていくと、手早く熱いお湯を入れたバケツ
二つと毛布を運んで持ってきた。
 毛布を克哉の身体の上に掛けていくと、素早く相手の厚手のズボンの裾を捲り上げて
靴下も脱がせて、足先40度前後のお湯につけていく。

「熱っ!」

「我慢しろ! お前は足先まで冷え切っているんだからな…っ!」

 そうして、片方のバケツは相手の隣に置いて…指先をお湯に暫くつけ始めていく。
 幸い、ずっと歩いて身体を動かし続けていたおかげで凍傷までには至っていなかったが…
克哉の身体は全身、どこもかしこも冷え切っていた。
 5分もお湯につければ、手の先に赤みが戻り始める。
 バケツの中のお湯が温くなってくると…手を取り出させて、タオルでそれを軽く拭い…
直接、こちらの掌でマッサージをしていってやる。
 何度も指先から腕に掛けて擦り上げていってやると…再び克哉の手は血が通って
ようやくいつもの暖かさを取り戻していった。

「…あったかい。ありがとう…兄さん…」

「…どうして、戻ってきた?」

 克哉が礼を告げると同時に、眼鏡は不機嫌そうな顔を浮かべて問いかけていく。
 
「…さっき、言った筈です。オレは…どうしても、貴方にもう一度会いたかったから。
…あんな風に背を向けて、顔も見てくれない状況で…貴方と別れてしまうのは嫌だと
思ったから。それ以外の理由はないです…」

「だから、どうして…そんな事をしようと思ったのか、それを聞いている。この数日…
お前にチョッカイ出し巻くって、何度も襲おうとしていた事ぐらい…判っているだろうが。
そんな奴の処にどうして…戻ってきたんだ?」

「けれど、貴方は本気でオレを襲おうとはしてなかった。必ず…オレが逃げる隙を
与えてくれていた…違いますか?」

 真っ直ぐに眼鏡を見据えながら、問い返していく。

「…貴方は態度では、オレにエッチな事を散々するし…際どい事は言うし、少し
困ったけれど…本当に、オレが嫌だということは無理強いしなかった。
…それくらいは、気づいていましたから…」

 そう、冗談めいた口調で自分の胸元や股間を弄くる…という真似は数え切れない
くらいされてきたが、無理やり抱くような真似は一度もされなかった。
 ちゃんと克哉が反撃すれば逃げられたし、ある程度言い返せばそこで引き下がって
くれていた。二人きりしかいないのだから…その気になれば幾らでも抱けたのにも
関わらずだ。
 その言葉を聞いて、眼鏡は何も答えられない。
 …事実を言い当てられていたからだ。

「…オレだって、自分がどうしてこんな気持ちになったのか…不思議で
しょうがないんです。あの白い光に飛び込むべきだって…頭では判っていたのに
その間際で…何度も貴方の顔が浮かんで、出来なかった。
あんな形で、二度と会えないなんて嫌だったんです…。だから、戻ってきたんです…
貴方に、逢いたかったから…」

 いつの間にか、克哉の瞳からは…涙がうっすらと滲み始めていた。
 この人にもう一度会えて、安堵している自分がいた。
 どうしようもない切ない胸の痛みと、幸福感。
 必死な顔をしながら…自分の身体を温めてくれた事が…本当に嬉しくて、仕方なくて。
 目の前に…こうしていられるだけで、泣きそうになった。

「…何故、お前は俺の前でそう…何度も、泣くんだ…」

 こんな無防備な姿を、どうして自分の前で何度も晒すのか。
 その度に眼鏡の心の奥で…モヤモヤした感情が広がっていく。
 気づけばバケツをどけて、克哉の身体の隣に腰掛けていた。
 肌と肌が触れ合うと…もっと近づきたいという衝動が、胸の奥から湧き上がった。

「…どうして、俺をこんなに…お前は、苛立たせる…馬鹿、が…!」

 憎々しげに呟きながら、その身体を容赦ない力で抱きしめていく。
 その腕の力は痛いぐらいで…一瞬、克哉の顔が苦痛で歪んだが…間もなくして
彼の方からも必死になってその身体に抱きついていった。
 お互いの心臓の音が荒くなっているのが、聞こえる。
 
「…にい、さん…っ!」

 首筋に問答無用で噛み付かれた。
 その痛みに克哉はビクっと震えていくが…それでも、決して腕の力を緩めない。
 離れたくない! その気持ちの方が痛みよりも今は遥かに勝っていたからだ。

「あっ…ぅ…!」

 ソファの上に組み敷かれて、噛み付くように口付けられる。
 荒々しいキスに何度も克哉の身体は跳ねていった。
 眼鏡の舌が容赦なく口腔を犯し…克哉の舌を絡め取って、吸い上げていく。
 その感覚だけで、すでに正気を失ってしまいそうだった。

「…今はお前を逃してやる気はない。俺をこんなに苛立たせた責任は…お前に
ちゃんと取ってもらうぞ…」

 そうして、唇を離して…克哉のセーターとインナーをゆっくりと捲り上げて、
硬く張り詰めた胸の突起を乱暴に捏ねくり回していく。
 たったそれだけの刺激で、ビクンと身体は震えていく。

「あっ…はっ…。…貴方の、好きに…して、下さい…。オレも…今は、貴方から…
離れたく、ないですから…っ!」

 そうして、了承の意を伝える為に…克哉の方からも噛み付くように口付ける。
 今までのチョッカイとは違う。
 本気でお互いにこうしたいと望み…行為に及んでいく。
 何度も何度も、深く唇を貪りあい…その快感に酔いしれていく。
 そして唇がそっと離れていくと…低く掠れた甘い声で、眼鏡は囁いた。

『お前を…抱くぞ…』

 その囁きだけで、克哉の背中に甘い痺れが走っていく。
 顔を真っ赤に染めながら…ぎゅっと相手に抱きついて、克哉は構わないと
いう気持ちを相手に確かに、伝えていった―
  本日、ぶっちゃけ某所で開催中のメガミドチャットに参加したかったです!
  けど…うちの一家と三十年来の付き合いの家族と合同でクリスマス会
(という名目の飲み会)が開かれて、帰宅が23時過ぎになったのと…
こんな画像が送られて来たので見送ります。




 …別ジャンルの今回冬コミ発行予定の本の表紙画像です。
 今回は友人に表紙を依頼しました。(Hちゃんマジで感謝!)
 物凄い可愛くて、届いた時に意地でもこりゃやらなきゃ! と急きたてられました。
 という訳でチャット出たい気持ち満々ですが、今回は泣く泣く諦めます。
 ちなみに本文、まだ出来ていません(ど~ん!) ついでに言うと今まで書いた分の
前半部分がノリ悪いので一気に書き直しという暴挙に出てます。

 本文がない状態で、挿絵依頼する私はある意味鬼だと思います。
 つか、仲が良い人に依頼する場合は大抵そんな感じです。話を1Pも書いてない状態で
場面指定だけしておいて、本になってから相手がこういう話だったのね~と知るパターンが
やったら多かったりします(アバウト過ぎる…)
 こんな私に笑顔で付き合ってくれているHちゃんに頭が上がりません。
 ついでに言うと、もう一枚萌え場面の挿絵追加依頼しました。
 ここで書かないで落としたら人として終わっている気がしますのでやります!
 その気持ちに応えたいので今晩は原稿頑張ります。
 後ろ髪は相当引かれているけどね…(シクシクシク)

 連載中の雪幻もやっと終盤に差し掛かって来たので、ラストスパート掛けます。
 この話は…絶対にこのラストシーンを書きたい! これだけを支えに続けています。
 …これ始めてから、一回も拍手コメントなくなって途中凄いめげそうになりましたが…
辛うじて拍手叩いてくれている人とか、カウンター数が平均値から落ちていない事を
支えにどうにかこうにか、ここまで来れました。
 読んで下さっている方、どうもありがとうございます(ふかぶか~)
 んじゃこれから原稿に逝って来ます。ではでは~!
※  この話はN克哉が事故で昏睡して記憶を失っている間、夢の世界で眼鏡と
十日間を過ごすという話です。それを了承の上でお読みください(やっと中盤…)

 八日目の、朝七時前後。
 隣で寝ている眼鏡が目覚める前に、克哉は揺さぶり起こされていった。

『おい、克哉!』

『佐伯君…』

『克哉…』

 
 まったく異なる声が三種類重なって聞こえてくる。
 最初の声だけは辛うじて聞き覚えがあった。

「本多…? け、けど…残り二つの声は…」

 最初の威勢の良い声はどうやっても間違えようがない。大学のバレー部で一緒だった
本多憲二のものだった。
 直後に聞こえる声は酷く穏やかで、壮年の男性のものっぽく…そして、最後に聞こえた
ものは…いつも自分の脳裏に響き渡る声と同じだった。
 彼ら三人の声が聞こえた時、世界は大きく揺れた。
 激震、と言える位の激しい揺れが建物全体に走っていく。

「な、何だ…っ! こ、れ…!」

 ぎゅっとベッドの縁に捕まりながら、身体を支えていった。
 揺れが収まると同時にふと窓の外を見て、ぎょっとなった。
 今朝は雪も降り止んでて…真っ白い空の中心に…雲がうねりながらキラキラと強烈な
光を放っていた。
 このロッジがある場所から少し離れた崖の先に一筋の強い光が差し込み、
神々しくすらあった。
 
『克哉っ!!』

 その叫び声が聞こえた瞬間、自分の胸が射抜かれたかと思った。
 とっさにその胸を押さえて、身体を起こしていく。
 もう、何も考えられなかった。考えるよりも先に身体は突き動かされるように
ベッドから起き上がって、外に行く支度を整え始めていた。

「行かなきゃ…っ!」

 今、強い意志を持った呼びかけにより…この世界と外界を繋ぐ扉が微かに
こじ開けられようとしていた。
 白い光は、その象徴だと…克哉は本能で察していた。
 パジャマから白いセーターと厚手の黒いズボン、そして白のマフラーとダウンコート、
スキー用の長靴と手袋を身に纏い…しっかりと防寒していく。

「…どこに行くつもりだ?」

 準備が終わって部屋を飛び出す間際、不機嫌そうな眼鏡の声が聞こえた。
 …それを聞いた時、ぎょっとなった。
 思わず相手の方を振り返ると…今までの中で最大中に不貞腐れた表情を顔に浮かべて
こちらを睨んで来ている。

「…ちょっとだけ、外に…行くつもり…だよ…」

 その迫力に押されて、たどたどしく答えると…ベッドサイドに置いてあった銀縁眼鏡を
顔に掛けて…押し上げる動作をしていく。

「…そうか、勝手にしろ…」

 そうして、怒っているような表情を浮かべて…ふい、とこちらから視線を外していった。

「…お前がどうなろうと、俺の知った事ではない。お前が予定よりも早く…帰るべき場所に
戻るというのなら…それでも良いさ。好きにしろ…」

 いつも克哉が聞いていた声は、基本的に眼鏡の方に届く事はなかった。
 しかし今朝だけは例外で…あの三人の声と、白い光は…彼の方にも感じていた。
 眼鏡の方はその三人の声の主がそれぞれ誰だか、全員承知している。
 彼らの必死の呼びかけが…この夢の世界を揺らがせ、克哉をここから連れ出そうと
しているのだろう。あの白い光は恐らく…その象徴だ。
 多分、其処に克哉が向かえば…期日よりも先に、克哉は現実へと戻る事を…眼鏡は
薄々と感じていた。
 だから敢えて、突き放すような言葉を投げかけていく。
 しかし…その態度に、克哉は傷ついた顔を浮かべていった。

「…予定よりも早く帰るべき場所に戻るって…一体、どういう事…?」

 克哉の方は、この世界が己の夢の中である事実を知らない。
 だから眼鏡が言う言葉の意味が理解出来なかった。

「…さあな。とりあえずあの光に向かえば…判る事じゃないのか?」

 そうして、ゴロンと寝返りを打って…克哉から視線を外していく。
 克哉は、呆然と其処に立ち尽くす事しか出来なかった。
 どうしてだか判らないけど…今の眼鏡は酷く、悲しんでいるような…憤っているような
そんな気配を感じて、つい…その場に硬直してしまう。
 身動きが取れないまま、長い沈黙が落ちていく。
 このまま…この人と離れたら、二度と…会えないような、そんな嫌な予感がして
行かなければならない、という衝動が掻き消えていく。

「…行けよ」

 眼鏡が短く告げていく。
 それでやっと、呪縛が解けた気がした。

「…お前は本来、在るべき場所に戻るべきだ。今なら…快く見送ってやる。
だから…行けよ」

 こちらの顔を見る事なく、静かな声で…眼鏡が告げていく。
 けれど…克哉は動けなかった。
 気づけば…涙が、静かに頬を伝い始めていく。

(どうして…オレ、泣いて…?)

 自分自身でも、不思議だった。
 どうして涙を流しているのか理由が判らなかった。
 胸が引き絞られるように痛む。
 切なくて…キュウ、と締め付けられるようだった。

「ど、うして…」

 もう、会えないような感じで彼はこんな事を言っているのだろう。
 どうして…自分はそれを聞いて、身動き取れなくなっているのだろう…。
 チクタクチクタク、と規則正しい時計の秒針の音が静寂の中で
静かに響き渡っていく。
 しかし、窓の向こうの白い光が少しずつ弱々しくなっているのに気づいて
克哉はやっと、踵を返していく。

「…必ず、ここにもう一度帰って来るから…待ってて!」

 そう強い意志を込めた声で眼鏡に告げて、克哉はロッジを後にして…
白い光が差し込んでいる崖の方へと向かっていく。
 そう言った時…眼鏡が果たしてどんな顔を浮かべていたのか、最後まで克哉は
知る事はなかった―
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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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