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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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夏祭り
 
                           BY 香坂 幸緒
 
克哉と御堂は、二人で会社を興してから最初の夏を迎えようとしていた。
佐伯克哉が一人で驚異的なスピードで設立に持っていったアクワイヤ・
アソシエーションはその後も順調に業績を延ばし続けて、半年前後で
従業員数が十人前後の会社にまで成長していた。
最初は二人で全ての事をこなしていた事を思えば格段の成長ぶりだった。
しかしどんな大企業であったとしてもお盆休みと年末年始の長期休暇の
問題は立ち塞がっていた。
この会社も例に漏れず、克哉、御堂、藤田といった独身の働き手以外の
従業員はすでにお盆休みに入っている。
本日はこの近隣で大規模な花火大会が開催される予定があり、藤田がそれで
午後からの半休を希望したので…この大きなオフィス内には、克哉と御堂の
二人だけしか存在していなかった。
 御堂とこうして二人きりで仕事をするのは克哉にとって久しぶりの事だった。
 
(熱心に仕事をしている孝典の姿はかなりそそるからな…)
 
克哉が担当していた仕事の方は午後三時を回る頃には一段落ついていた。
…あんなアクシデントさえなければ今頃は御堂の方も仕事を終えていて、
二人でゆったりと終業時間まで息抜きしていても良かったのだが…。
 
(今の孝典に下手にチョッカイ掛けたら、恐らく流血沙汰だろうな…)
 
現在、オフィス内は諸事情によってエアコンの電源が切られている。
だが、部屋の中が妙に熱く感じられるのはそれだけが原因ではなかった。
普段より人口密度が低くなっていたせいで…冷房をいつもと同じ
温度設定にしていたらエアコンで部屋が冷えすぎてしまい天井から大量の雫が
滴り落ちるという水害が起こってしまったのだ。
…その穴を埋めるべく、御堂が彼の背後で奮闘していた。
 
 カタカタカタカタ…
 
小気味良くキーボードを連打する音が部屋中に響き渡っていく。
克哉の公私ともにかけがえのないパートナーである御堂が一心不乱に
打ち込み作業を続けていた。
その様子にはどこか危機迫るものがある。
迂濶に邪魔したり性的な悪戯の類など仕掛けられる雰囲気ではなく、
克哉にはそれが面白くなかった。
 
(…せっかく今夜はこの近所で花火大会があるんだ…。二人で出掛ける事も
考えに入れてあったんだがな…)
 
本日、彼等を突然襲った悲劇。
それは不運にも取引先側から用意された必要な資料と契約書類が
入った封筒が水滴によって壊滅的な被害を受けた事だった。
その書類が自社で作成した物なら新たに打ち出せば良いだけだったのだが…
取引先側が作成したものであり、不運にも一足先にその会社はお盆の長期
休暇に入ってしまっていた。
 
しかもこの書類一式は明日の午後には必要になるのに対して、相手会社の
休暇が明けるのは三日後だ。
これではFAXでもデーターを添付してもらうのでは間に合わない。
結果、こうして御堂が奮起し…水を含んでシワシワになった書類と睨めっこ
しながらの打ち込み作業をする事となった訳である。
しかし彼一人でやれば恐らく後、3~4時間は確実に掛かる量だ。
花火大会が開催される時間帯は本日の19時半から。
会場まで出掛ける場合は移動時間も考慮しなければならないだろう。
 
(あいつが終わる時間帯によっては…かなりギリギリになりそうだな…)
 
その事実に気付いて深い溜め息が洩れてしまう。克哉は最近、多忙を
極めていたせいで御堂と全然恋人同士としては一緒に過ごせていなかった。
明日の契約が終われば少しぐらいは余裕が出来るように仕事量もセーブしていた。
そもそも当初の予定では例のアクシデントがなければ自分も御堂も今頃は
手が空いて、会場の周辺を二人で見て回るのも悪くないと思っていた。
御堂に確実に…君らしくないと言われそうなプランだという自覚はあるが、
浴衣も用意して…その格好をした御堂と濃厚な一時を過ごす準備を何日も
前から立てていたのに…。
 
(例のアクシデントで全てが無駄になりそうだな…)
 
その事実に克哉は心底苦い息をはいていった この状況をどうやって
改善するか…克哉はありとあらゆるシュミレーションを想定して考え始めていった。
 
(…さて、どうやってあの堅物の気持ちを変えるか…だな)
 
一通り自分の頭の中でも考えがまとまっていくと再度、仕事に熱中
している御堂を眺めていった。
例の事件は御堂がたまたま封筒を置いた場所で起こってしまった。
そのせいで今の彼は異常なまでに失敗を補填しようという情熱に駆られていた。
 
―まずは正攻法で行くか
 
相手の出方を伺う意味でも克哉はストレートに提案していった。
 
「御堂、今は俺も手が空いてる。二人で作業した方が早く終わるぞ…」
 
「佐伯、これは不可抗力とは言え…私が犯した過失だ。その為にすでに
自分の分の仕事を片付けている君の手を煩わせるのは非常に申し訳ない。
だから気にしなくて良い。幸い今からなら…七時くらいまでには片付くだろうからな」
 
(…だから、七時待て掛かっていてはその後の花火大会に間に合わないだろうが…)
 
予想通りの返答が来て、克哉はつい苦笑をしてしまう。
そう、この生真面目さと責任感の強さこそ…御堂の美徳でもあるのだ。
だが克哉は追撃の手を緩めない。
本来なら黙っていて直前で打ち明けて驚かす算段だったがそれでは
御堂は決してこちらの協力を受け入れようとしないだろう。
 
「…本当なら黙っていて直前で驚かそうとしていたが仕方ない。今夜は
二人で花火大会にでも出掛けようと思って浴衣も用意してある。
…あんたがギリギリまで仕事をしていたら、浴衣に着替えて会場まで
移動する頃には花火も始まってしまうし…良い場所も確保出来ないだろう。
だから手伝わせて貰いたいんだが…良いか?」
 
真摯な表情を浮かべながら克哉の方から頼んでいった。
…御堂と自分には正直、まだ良い思い出と呼べるものは少なかった。
一度決別してから再会までの期間は一年は空いているし…一緒に
過ごすようになってからも大半の時間は仕事絡みのものだ。
普通の恋人同士のような甘い時間は殆んど過ごした記憶はない。
だからお盆休みの間くらいは何日も休暇を取るまで行かなくても、せめて
一緒に出掛けるくらいの事はしたかったのだ。
 
―楽しい思い出を少しでもこの人と積み重ねる為に…
 
だが当の御堂はそんな事を言う克哉を、信じられないものを見る
眼差しで見つめていった。
 
「…佐伯。熱さで少し頭がやられたか?」
 
「…随分と酷い言い草だな…」
 
「…事実だろう。正直言うと君がそんな殊勝な言葉を口にしていると
凄く違和感がある」
 
このような言葉のやりとりをしている間でも御堂の眼差しは真っ直ぐ
パソコンの画面に向けられていた。
 
「俺はあんたと良い思い出の一つも作りたかっただけだ…」
 
「そうか…」
 
克哉に背を向けたまま、御堂は静かにそう相槌を打っていく。
心なしか…その響きはどこか優しいものが感じられた。
 
「…だがそれでも、私はこの仕事を一人でやらせてもらいたい」
 
「…御堂?」
 
克哉のその咎めるような口調にようやく御堂は手を止めて、彼の方へ
向き直っていく。
 瞬間、僅かな間だけ御堂は穏やかに微笑みを浮かべていった。
 
「…そんな顔をするな、佐伯。私は君の気持ちを無下にしたくてそう
結論を出した訳ではないのだからな…」
 
「なら、何故…俺の申し出を断るんだ?」
 
「佐伯、単純な事だ。その時間になってもすぐ間近に絶好の花火観覧
スポットがある。其処での準備を君にやって貰いたいからだ…」
 
「絶好の花火観覧スポット…」
 
この時点での克哉が思い描いていた場所はまったく別の場所であった。
御堂が言っているその場所は彼にとっては『盲点』過ぎて気付きにくかったのだ。
「…判らないのか? 其処なら変な話、花火大会が開催されてからでも
充分間に合う。しかも確実に二人きりで過ごせるからな…。何せ、この
オフィスから二分もすれば辿り着けるからな」
 
克哉は短い間だけ、該当する地点を考えた。
そして、あっ…と呟きながら気付いた。
御堂が言わんとしているのがどこであるかを…。
確かに其処ならば慌てる事はない。
しかも自分達以外は絶対に立ち入れない場所だった。
そこを御堂から指摘されて参った…と言わんばかりの微笑を
克哉は浮かべていく。
 
「…参ったな。確にそこならあんたの言う通り俺たちなら慌てる必要がない…」
 
「ああ…君もやっと判ったみたいだな…」
 
そう口にした御堂の表情は心底楽しそうなものであった―
 
                  *
 
―その後、克哉は自分のマンション内にて…一人で準備をしていた。
会社を興してからは寝る間も惜しんで働き続けていたので、キッチンに
長時間立つなど本当に久しぶりの事だった。
 
「…まったく、手料理を作るなんてどれくらいぶりだろうな…」
 
微かに微笑みをながら克哉は唐揚げを揚げていた。机の上には他に
水菜とササミのゴマ風味サラダと、薄いピザ生地にうっすらとケチャップと
マヨネーズを塗り、とろけるチーズを散らしてパリパリに焼いたピッツァ。
それに鮭とタマネギをイタリアンドレッシングに浸けたマリネが綺麗に
盛り付けられて並べられていた。
そして七時に合わせて丁度良い温度に冷やされた赤ワインを用意して、
克哉は静かに御堂を待っていた。
 
「…そろそろ孝典が来てもおかしくない頃だな…」
 
壁時計をチラリと眺めていきながら、相手が訪れるのを待っていく。
だが、十九時を少し越えた時刻になっても…御堂が訪れる気配はなかった。
 
(あいつが時間に遅れるなんてな…)
 
自分が思っていたよりも手間取る量だったのだろうか?
やはり御堂が堅くなに拒んだとしても、こちらが手伝うべきだったか…と
後悔した瞬間、寝室の方から人の気配を感じた。
 
「御堂っ?」
 
玄関から来ると予想していたので、虚を突かれる形となった。
 
「…驚いたか?」
 
そこには悪戯が成功して楽しそうに微笑んでいる浴衣姿の
御堂の姿があった。
正直に認めるのは少々癪であったが、予想外の行動を取られて
驚いてしまったのは事実であった。
 
「…ああ、驚いたな。七時丁度にあんたは玄関から来ると思っていたから…」
 
「六時半を少し過ぎたくらいにはこちらの作業も無事に終了したからな。
少し早めに赴いたら君がキッチンで熱心に料理を作っていたからその隙を
付いて奥に入らせてもらったんだが…気付いてなかったとは君らしくないな…?」
 
心底愉快そうに御堂はクスクスと笑っていた。
 
「…あんたに少しでも旨い物を食べさせてやりたいと思っていたからな。
料理に集中してて確かに気が回ってなかったかもな…」
 
苦笑を浮かべながら克哉はゆっくりと御堂の元へ歩み寄っていく。
本当にこの年上の恋人はこちらがリードしようとすると、時々だが
こうやってこちらの思惑を良い意味でも悪い意味でも裏切ってくれる。
それは決して不快なものではなく…逆にこちらに新鮮な驚きを齎してくれた。
 
「…ふふ、君をこうやって出し抜ける事など滅多にないから…正直、気分は
良いな。そういう顔を見れるとは…予想していなかった」
 
御堂の良く知っている佐伯克哉という男は傲慢で自分勝手で大抵の
場合はこちらの都合など考えずに、強引にこちらを自分のペースに巻き込んでいく。
通常の彼に比べると今日の彼は随分と人間臭いというか、柔らかい雰囲気がした。
だがそれも…普段見れない一面を見る事が出来たような気がして悪い気はしなかったのだが。
 
(今日の君は優しすぎて怖いくらいだな…)
 
本当に今、目の前にいるのは本物の克哉なのか。そんな馬鹿げた事を
確かめるようにそっと相手の頬に指先を伸ばしていく。
…彼の頬は意外に滑らかで触り心地は良く、暖かかった。
 
「…こら、くすぐったいぞ。御堂…」
 
そう言いながら克哉も御堂の頬を慈しむように触れていく。
 
―そしてごく自然にお互いの唇は重なっていった。
 
「…君の唇、唐揚げの味がするな。少し新鮮だぞ…」
 
いつもの克哉の唇は味や風味が残っている場合は煙草か蒸留酒の
類が殆んどだったから、これは珍しかった。
それが少しおかしくてクスクス笑ってしまうと…克哉は少し憮然とした
表情で呟いていった。
 
「…本当にらしくない事は考えるものじゃないな。…今日はあんたに
笑われてばかりのような気がする…」
 
「…たまにはそういう君を見れるのもいいものだ。色んな顔を見れる
方が飽きが来ないしな…」
 
そう呟いて、珍しく年下の男らしい様子の克哉の頬にそっと
口付けていく。
そのままスルリと克哉の腕の中から抜けていくと、御堂は悪戯っぽく
微笑みながら告げていった。
 
「…さあ、そろそろ君が用意してくれた料理を頂くとしようか。君の愛情が
たっぷりこもっている物ならば、是非温かい内に食べたいからな…」
 
そういって作り立ての料理が並べられている食卓の方へと真っ直ぐに向かっていく。
 
「…全く、今夜はあんたには敵わないな…」
 
そう言いながらも、本日の克哉の表情はどこか優しくて。
それを見て御堂は満足そうに笑ってみせたのだった―
 
                  *
 
―ベランダの大きな窓ガラスの向こうには、断続的に鮮やかな
大輪の華が輝いていた。
藍色の夜空に色とりどりの街の灯火と、花火が瞬いている様子は
とても綺麗であった。
 
「なかなかの贅沢な一時だな…」
 
「…あぁ、そうだな。こういう時は此処の高い家賃を払っていて
良かったと思える。これは予想外の楽しみだったな…」
 
二人共、浴衣に着替えて部屋の中で花火眺めながら…克哉が作った
夕食を口に運んでいた。
確かに部屋からこうやって花火を楽しみながら二人で過ごすのは
かなりの贅沢だ。
都内の一等地というのはこんなサプライズも含まれていたのは
克哉にとっても嬉しい誤算であった。
 
「…また君はそういう事を…。あぁ、君が用意してくれた料理はどれも
大変美味だった。料理の腕前がこれほどのものだったとはな…。正直、感心した」
 
「…まあな、たっぷりと愛情を込めて作ったからな。旨かっただろう?」
 
「…よくそういう事を臆面もなく言えるものだな。その図太さにも感服する…」
 
「…まあ、こういう男だっていうのはあんたは良く判っているだろう? この年に
なって今更性格の矯正は効かないさ…」
 
克哉は強気に笑みながら真っ直ぐに御堂を見つめていく。
その視線の熱さに気付き、微かに笑いながら御堂は問いかけていった。
 
「…私ばかりを見ていたら、せっかくの花火を見損ねるぞ…」
 
「あぁ、判っている。だが華やかに花火が連発して打ち出されている時なら
ともかく、時間繋ぎの為に一発ずつになっているような時ならあんたを
見ている方がずっと良い。…俺が選んだその浴衣、あんたに良く似合っているぜ…」
 
「…まったく、君という男は…。そんな物言いをされたら、見るなとも言い辛くなるな…」
 
そうしている間に克哉の蒼い双眸がこちらを真摯に見据えている。
その眼差しに晒されて、御堂の背筋に甘い痺れが走り抜けていった。
 
(…その目に見つめられているだけで落ち着かなくなるな…)
 
克哉が椅子から立ち上がりそうな気配を感じて御堂は一足先に腰を上げていく。
一度だけ振り返っていくと意味深に口角を上げて笑みを刻み、そのまま
窓際に置かれているソファへと腰掛けていく。
 
―その瞬間、夜空に咲く華を背にして愛しい人が艶やかに笑う
 
「…佐伯」
 
呼び掛ける声のトーンもどことなく甘やかだった。
紫紺の瞳は妖艶に輝き、蟲惑的にこちらを誘いかけてくる。
 
(堪らないな…)
 
一瞬にして艶やかな雰囲気を纏った自分の恋人の姿にゾクゾクする。
それは克哉にとって抵いがたい誘惑の仕草だった。
無言のまま克哉も静かに御堂の元へ歩み寄り、その隣のスペース
へと身を滑らせた。
間近で見れば見るだけ克哉が選んだ浴衣を身に纏った御堂の姿は
煽情的だった。
その身体を強い力で抱きすくめて、己の腕の中に抱きこんでいく。
 
「…孝典」
 
克哉もまた、どこか柔らかい声音で恋人の名を呼んでいく。
職場では、仕事上のパートナーとして接している時には敢えて
封印している彼の名前を…克哉もまた、どこか柔らかい声音で
呼んでいった。
 
ようやく克哉がそう呼んでくれた事にどこか満足そうな表情を
浮かべていくと御堂の方からもそっと克哉を抱き締めていった。
浴衣の薄い布地越しに相手の体温を確かに感じとれた。
 
「…暖かいな」
 
空調がしっかりと効いた部屋だからこそ、夏でもこうやって
寄り添っていても相手の体温が心地好く感じられた。
 
窓の向こうでは、沢山打ち上げられた花火が大輪の華を咲かせて、光輝いていく。
その様はまさに豪華絢爛。見る者の心を魅了して離さなかった。
 
「綺麗だな…」
 
瞬く間に消え行く儚い華が御堂を一層鮮やかで美しく輝やかせていく。
色素の薄い髪をそっとすきあげていきながら克哉は顔を寄せていった。
 
その瞬間、藍色の空に眩い閃光が走り抜けていった。
ほぼそれと同じタイミングで重なり合う唇。
それから一分ぐらいはキスを続けただろうか?
窓の外には花火大会の最後の絞め、大柳の余韻だけが微かに残っている。
だがその儚い花火の軌跡も消えていって、周囲に静寂が戻っていった。
 
「…ったく、私は最後の方の花火の連発を見損ねたみたいだな…」
 
「…それなら、また来年ここから見るのを楽しみにしていれば良い。
当面はこのビルに会社も住居も構えておく予定だからな…」
 
「…佐伯。来年の事を言うと鬼が笑う、という諺を君は知っているか?
来年も一緒にこうして…」
 
見れる保証はないだろう?
そう言葉を続けようとした。
 
―人の心は移ろいやすい
 
今は同じ気持を抱いていたとしても来年も自分達の関係が
続いている保証などぢどこにもないのだ。
それは余りにこの一時がかけがえのない時間だと感じているから
こそ生じた小さな不安だった。
だが克哉はそんな御堂の懸念など吹き飛ばすようにキッパリと言い切っていった。
 
「必ず見れるさ。あんたが俺の事を嫌いにならない限りは…俺からは
手を離すつもりは一切ないからな」
 
力強く、自信と確信に満ち溢れた顔ではっきりと言い切っていった。
御堂は一瞬、呆気に取られて…それからすぐに吹き出していった。
まったくもって、この男らしい言い回しだったからだ。
 
(…そうだ、こういう男だったな…)
 
あまりにも強引に、この男はこちらの小さな不安など吹き飛ばしてくれる。
克哉は時々、こちらからしたらとんでもない事をやらかしてくるが…
いい加減な嘘だけは決して口にしない男だ。
この半年、仕事上のパートナーとして傍で見て来たのだ。
 彼がそういうなら、御堂は信じられた。
 
「…ほう、そこまで言うのなら自分の言動にはキチンと責任を持って
いるんだろうな?
その言葉が嘘だったら…私は、容赦しないぞ…?」
 
 クスクスと微笑みながら、御堂は強かに微笑んでいく。
 啄ばむような口付けを彼の方から、克哉に施すと…その双眸を艶やかに
濡らしながら呟いていった。
 
「…もう二度と、私の手を離さないでくれ」
 
 それは、滅多に弱音や媚びた事を言わない御堂が珍しく告げた本心。
 今度は克哉が驚かされる番だった。
 だがすぐに…満たされたように微笑み、その背中を掻き抱いていく。 
 
「あぁ、離さない。やっと…あんたを手に入れられたんだ。勿体無くて…
そんな真似は出来ないさ…」
 
 お互いに真っ直ぐに、瞳を見つめあっていく。
 花火が終わってしまっても遠くにはまだ、夏祭りの余韻が残っている気がした。
 だが、外での祭りが終わっても…二人にとっては、本番はこれからだ。
 今度は、しっかりと唇を塞ぎあっていく。
 
―その熱さに、眩暈すらしそうだった。
 
「あっ…はっ…」
 
 御堂の唇から、艶かしい声が零れていく。
 それを聞いて、克哉の指先は更に情熱的になった。
 相手をソファの上にそっと横たえていくと…克哉は御堂の上に覆い被さって、
その身体を組み敷いていった。
 そして、掠れた声音で恋人の耳元に囁きを落としていった。
 
「孝典…あんたが、欲しい…」
 
 その一言にゾクン、と背筋が震えていった。
 身体の奥に火が灯っていくのが判る。
 だから御堂も…同じように、悩ましい声で応えていった。
 
「…私、もだ。君を、もっと…確かに、感じたい…」
 
 その一言が合図となって、二人の時間が始まっていく。
 
 窓の向こうには、祭りの喧騒がまだまだ広がっている。
 ネオンの明かりに混じって、屋台の灯火はまだまだ煌き、人の熱気は
まだ冷める気配を見せなかった。
 
 
 そして二人は、一つの思い出を重ねていく。
 お互いの存在を確かに、その身に刻み込みながら…再会してから、
最初の夏の一夜を熱く激しく過ごしていった。
 
 ―また来年も、共に過ごせる事を強く願いながら…二人の手と、
身体は
重なり合う。
 
 意識が堕ちる寸前、二人の顔には確かに満足そうな笑みが
浮かんでいたのだった―
 
 
     
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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