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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 眼鏡は『あの日』から再び佐伯克哉の心の中で静かに眠っていた。
 しかし突然、その闇は大きな振動が走り、ひび割れていった。
 最初は何が起こったのかと思った。
 どれくらいの時間が経過したのかは、はっきりとは判らない。
 その激震があってから暫くして漆黒の闇の中に、黒衣の男が静かに浮かび上がり
ゆっくりと彼の元へと歩み寄った。

「お久しぶりですお元気でしたか?」

俺が元気なように見えるか?」

「えぇ、とても。以前にお逢いした時と変わられないようで嬉しいですよ」

 こちらが不機嫌そうに言い返したにも関わらず、胡散臭そうな笑顔を浮かべてあっさりと
そう言ってくるものだから正直、毒気を抜かれた。

どうして、お前がここにいる? ここは俺たちの領域でお前がおいそれと入って
来られる場所じゃない筈だが

えぇ、普通の状態でしたら私も貴方達のように精神力の強い御方の心に入り込む
事は容易に出来る事ではありません。ですが今は、大きな綻びが生まれましたからね

その綻びとは、何の事だ?」

 眼鏡は、もう一人の自分が強い意思を持ち始めた頃から緩やかにその中に
溶け込んで何ヶ月も眠り続けている状態になっていた。
 そのせいでここ数ヶ月間の外の世界の情報については断片的にしか
判っていない。だから今はどうなっているのかも悔しいがまったく知らない状況だった。

佐伯克哉さんが、大きな事故に巻き込まれて意識不明の重態になりました

「っ! 何だ、と?」

そして、あの人の心の方は今は仮初の死を迎えている。
 貴方がここで目覚めるまでの間ようするに、貴方達の身体は空虚なものになっていた。
だからこうして、私が介入する事が出来た訳です

どうして、俺にそれが判らなかったんだ?」

 同じ身体を共有し、その心の世界に存在していながら眼鏡はまったく、
今はどうなっているのか判らなかった。
 そんな重大な事をよりにもよってこんな怪しい男に告げられて知った事で非常に眼鏡の
プライドは傷つけられていた。だからかなり激しく眉が寄っていた。
 それでも目の前の男は悠然と微笑みながら、言葉を紡いでいく。

事故にあった時点で、佐伯克哉さんは全てをシャットアウトしたからですよ。
あれをご覧になって下さい

 そうして長い金髪を揺らしながら、闇の中でMr・Rは指し示していく。
 その指の先にはふいに、ふわっと白く輝く何かが浮かび上がり輪郭を
形作っていった。
 音も、しっかりと踏み締める為の大地もない曖昧な世界の床を男はゆったりした
足取りで進んでいく。
 闇の中に浮かび上がったのは氷か水晶で作られた結晶のようだった。
 大きな結晶のその中心には裸のままの、佐伯克哉が穏やかな顔を
しながら
…立ち尽くす形で眠り続けていた。

何でこいつは、こんな風になっているんだ?」

どうやら、事故の際にもう助からない! と死を覚悟したんでしょうね。実際は同乗者の
方の咄嗟の機転で被害は最小限に抑えられたのですが
 恐らく死に行く際に全てを閉ざし、硬い殻で覆って貴方と、ご自分の魂だけでも
壊れぬように守ったのでしょうね

 そう、その水晶のような殻は己の魂だけでも守ろうと庇った為に生まれた。
 水晶のアチコチは大きくひび割れて、断裂していた。
 しかしそのおかげで、眼鏡の方の意識は衝撃を感じた程度で済んで
無事だったのだ。
どうして、俺ですら知らない事をお前の方が良く判っているんだ…?

 心底、現状と男の説明に苛立ちを覚えながら眼鏡は問いかけていった。

簡単ですよ。この人が死に行く寸前の強い願いにこの私が少しだけ力を貸して
叶えて差し上げたのですから。だから事情に多少は詳しい。それだけの話です
 肉体が滅んでも、魂だけでも無事ならば私の力で私の力が及ぶ領域内だけでも
貴方達を生かせますからね。どちらの貴方でも、殺すには惜しい素質を持っていますから
微力ながら、お手伝いさせて貰っただけですよ

前々から、胡散臭い男だとは思っていたがそんな事まで出来たのかお前は

 非常に非現実的な話ではあるが、この男ならそれくらいやれるだろうぐらいで
眼鏡は流す事にした。そもそも自分達がこうして二つに意識が分かれたキッカケを作ったのも
この謎の男である。こいつには妙な力がある。それだけ承知していれば充分だった。

それで、貴方に頼みたい事があります。この人の心と、身体のリンクが繋がるまで
恐らく後十日から二週間は掛かるでしょう。その間ここで二人で過ごしていて貰いたいのです。
 今のこの人は、外界から全てを閉ざしてしまったおかげで心が無垢な、真っ白な状態に
なってしまっています。
 その間、半身である貴方が傍にいれば回復も早まるでしょうからね

ようするにこいつは、全てを忘れている状況な訳か。それならその間、俺がこいつの
代わりに外に出ていれば良いだけじゃないのか? 何故お前は、そんな面倒な事を
俺に頼むんだ?」

 眼鏡の方は思いっきりやる気なさそうに問い返していった。

この人がキチンと目覚めなければ、貴方の意識も表には出れませんよ。
 先程
肉体と心のリンク、という単語を出したでしょう?
 この水晶で覆われている限りは
外部からの衝撃が無い代わりに、接点も失われる。
まずは
この中から、この人の心を出して安心させない事にはいつまでも貴方たちの
身体は眠り続けるだけでしょう


それは非常に面倒な事だな」
 
 何とも厄介な事になったもんだ…と、それが正直な眼鏡の感想だった。

「…ここは言わば、貴方達だけの世界です。貴方さえ敵意を抱かなければ…佐伯克哉
という人間にとって、何よりも安全な場所。今のこの人は…一時的にですが、ここに
逃げ込んで己の魂を守っています。それを壊した後…支える事が出来るのは、ようするに
同じ魂から生まれ出でた…貴方以外にはいない。そういう話な訳です…」

「…もし、俺が拒否したらどうなると言うんだ?」

「さあ…? どうでしょうね。貴方が協力して下さるのなら…私の補助も良く効いて
十日から二週間程で目覚める事が出来るでしょうが…ね。私だけの力ではいつの日に
なるのか判りません…とだけお答えしておきましょうか?」

「…ちっ。ようするに…早く目覚めさせたかったら俺はお前に協力するしかないって訳か…。
気に入らんな…」

 悠然と微笑むMr.Rと対照的に…眼鏡の表情はかなり浮かなかった。
 自分が物事の手綱を引いてリードするのなら良いが、相手に握られてその通りにしなければ
ならないのはかなり癪だった。

「…貴方が非常に飲み込みの早い方で、私の方も助かります。では…協力して下さるのなら
その水晶に…そっと触れてみて下さい…」

「…判った。触れれば良いんだな…」

 眼鏡の言葉に、Mr.Rは楽しげに微笑みながら頷いていく。
 そうして…自分の傍らに存在している水晶にそっと両手を触れさせていった。

 パリィィィィン!!!!

 触れた途端、瞬く程の間に水晶はガラスのように儚く砕け散り…その破片がキラキラと
煌きながら周囲に舞い散っていった。
 佐伯克哉の身体は、宙に投げ出される形になり…それをとっさに、眼鏡は
抱きかかえていく。
 子供のように…無防備な、顔だった。
 自分が抱きしめている間に、ふっとMr.Rが彼の耳元で何かを囁いて…そっと
離れていった。

(子供みたいな顔して…スヤスヤと眠っているな…)

 そんな感想を抱いた瞬間、突き刺すような寒さが襲い掛かって来た。
 一瞬の内に空虚な闇は…一面の銀世界へと変わり、裸だった克哉も…白いセーターと
厚手のズボンという、風景に見合った格好へ変化していった。

「何だこれはっ…?」

「…自らを閉じ込めていた殻が破られた事で…この人の現在の心象風景が…
現れたんですよ。この白い雪は…現在の無垢になった心を。この寒さは…
第三者の介入を拒絶している事を現しています。
 目覚めたばかりのこの人は…じきに介入者である、私もじきに弾き出すでしょう。
 その間…この夢の中で傍にいる事が出来るのは…同じ深層の海から生まれ出でた
貴方だけとなるでしょう…」

「雪の中に二人きりで…生きていろっていうのか。なかなかのサバイバルだな…」

 その言葉の奥には、冗談じゃないという響きが大いに含まれていた。

「あぁ…大丈夫ですよ。これは夢の中…と申したでしょう。ですから…紡がれたばかりの
内ならば…これくらいの事は出来ますから…」

 そうして、Mr.Rの長いおさげが風雪と共に吹かれている内に…白い雪の上に
蜃気楼のような揺らめきが生まれ、あっという間に大きな木造のロッジが目の前に
生まれていく。
 現実ならば有り得ない光景に…思わず、眼鏡は瞠目してしまった。

「どうですか? なかなか良いロッジでしょう? あぁ…食料や蒔、防寒用具の類も
しっかり完備しておきましたから…住み心地は良い筈ですよ…」

「…随分と便利というか、何でも有なんだな。…俺が望めば、白亜の宮殿か何かでも
作り出す事が出来るのか?」

「えぇ…強く望めば、今の内ならば出来るでしょうが…あ、もう無理ですね。
…佐伯克哉さんが目覚めたようですから…」

「…何?」

 自分と黒衣の男が話している内に、腕の中に収めていた克哉が瞼を揺らして
「うぅ…ん…」と短く呻いていた。

「タイムリミットです。私や貴方がこの世界に…他の物を作り出すのはもう
出来ません。彼が目覚めた時点で…ここは彼を中心に、回っていくでしょうからね…
あぁ…さりげなく貴方達の間柄は、双子の兄弟という事にしておきましたのでそのように
振舞って下さいね…」

 そのまま…雪が吹き荒ぶと同時に、黒衣の男の輪郭が薄くなり…そのまま
風に乗って…静かに消え行こうとしていた。
 禍々しいまでの…綺麗な笑みに、思わず眼鏡はぞっとなる。
 そして男は…歌うような口調で、悪魔のような誘惑の言葉を口に上らせていった。

『そろそろ…私は退出の時間のようですね。
 今の佐伯克哉さんは無垢で、脆弱な存在です。…ですから、懐柔して…貴方の
思うが侭にする事も、言いくるめて…貴方の方が再び肉体の主導権を握る事も
望めば充分に可能となる事でしょう。
 …無視をするのも、優しく扱って大事にするのも…欲望のままに陵辱するのも、貴方の
自由になされば良いと思います。…それは、他の誰にも知りえない…貴方達二人だけの
秘め事となるのですから…ね…』

 そうして、完全に男の姿は消え…自分達だけが、白い世界に取り残された。
 腕の中の克哉を眺めて…眼鏡は、ふっと…自虐めいた笑みを浮かべた。

「…なるほど、そういう楽しみがあるのなら…このつまらない世界で十日を
過ごすのも…悪くはないな…」

 そうして、まだ意識が混濁したままの…もう一人の自分の唇に、熱い舌を
ゆるく這わせていく。
 挑発的にその唇を噛んで…軽く吸い上げれば…剣呑な光が、眼鏡の瞳の中に
宿っていた。
 その腕の中で…無防備に眠る、無垢な心に戻った魂が眠り続けている。

 この閉ざされた世界でただ二人きりで過ごす事でどのような結末が生まれるのかは
まだ誰にも予想がつかない事だった。

 愛か、憎しみか。
 それとも欲望か、絶望か。
 悲しみか、至上の悦びか。
 それとも…耐えがたき罪の意識か、懺悔か。
 それは全てが終わった後にしか判らない事だろう。
 
 そうして彼らにとっての約束の十日間は幕を開けたのだった―
 

 
 


 
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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