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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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ツゥルルル…ツゥルルル…
 
 携帯電話を耳元に押し当て、幾度もの呼び出し音を聞いている最中にふと
その音が途切れた。
 気になってリダイヤルボタンを押して掛け直していくと、すぐに「お掛けになった電話は
現在電波の届かない所にいるか…」というアナウンスが流れていった。
 
「…くっ、どうして繋がらないんだ…!」
 
 心底忌々しげに御堂は呟いていくと、やや乱暴な仕草で携帯を机の上に投げ出していった。
 彼は本日の昼間、恋人のマンション前で不審な態度になっていた克哉と遭遇し、逃げられて
からも周辺を二時間は掛けて探索し続けていた。
 午後三時に差し掛かった頃に見つからないだろうと見切りをつけて自宅の方へと
切り上げたが、釈然としない気持ちになっていた。

 相手から何かリアクションがあるだろうかと、夕方頃まで待ち続けたがそれに焦れて…
鬱々した気分を少しでも紛らわそうと、とっておきのリバロとワインを開封して一人で
楽しんでいた。
 だが、こんな状況ではどれだけお気に入りの食物や飲み物を口にしたとしても、
心から楽しむ事など出来そうになかった。

 リバロは購入してから一ヶ月は寝かせて熟成を進ませてあったし、それに合うワインも
チョイスしてガーヴェで貯蔵しておいた。 
 フランスのボルドー地方のシャトーラネッサンの1997年もの。
 値段的に手頃なものであるが、チーズと良い相性であると一般人の中でも
評判の良い一本だ。
 ここ一年くらいは克哉も、御堂のワインの趣味に時々付き合ってくれるようになっていた
ので本来ならば今週の週末くらいには一緒に食べるつもりで予め用意してあったものだった。

「佐伯…君が、本当に判らない…」

 二ヶ月前から、以前のようなゾっとするような眼差しを浮かべるようになったかと思えば
一昨日には部屋に入った瞬間に無理矢理陵辱されて、今日の昼間に会った時には
まるで別人のような雰囲気を纏っていきなり逃げ出されるのは…まるで行動に一貫性が
ないではないか。
 自分が知っている佐伯克哉という男は、自信満々で傲慢な筈だった。
 しかもずっと、自分の事は再会してから「御堂」か「孝典」と…呼び捨てにしか
して来なかった筈なのに…今更、「御堂さん」となどと呼ばれるとどうすれば良いのか
判らなくなってしまっていた。

「今更、私を御堂さんとだと…? 何だっていきなり、そんな他人行事に…それだけ、君に
とっても…一昨日の振る舞いは後悔している、事…なのか…?」

 あんな佐伯の振る舞いは、そう…初めて彼と顔を合わせた日以来の事だ。
 二年以上も前に、一度だけ見た事がある気弱そうな彼の態度。
 しかし眼鏡を掛けた瞬間に別人のような振る舞いになり…それ以後、彼の態度は
一貫してそんなものだったので…すでに御堂の中では記憶の底に追いやられていた
情報だった。
 まさか、同じ人間が同時に二人存在しているなど…常識人の御堂にとってはまったく
考えも及ばない事であった。

 すでに何杯目になるか判らなくなりながら、グラスを傾けて赤い液体を喉の奥へと
流し込んでいく。
 それなりに品質が良いワインでも、こんな性急なペースで飲み続けたら…味わいも
へったくれもない。

 だが、もう色んな要因が重なり続けて…彼の心は乱されっぱなしだった。
 もう眼鏡に対して怒っているのか、混乱しているのか…それとも、言いたい事を直接
ぶつけられずにもどかしくなっているだけなのか、自分でも判らない。
 だが…自分の心がここまで荒れ狂っている原因を作ったのは、紛れもない…
佐伯克哉という存在である事だけは確かであった。

「克哉…どうして、一言も何も言って来ない。どんな言葉でも…君が何か、
謝罪でも何でも伝えてくれば、こちらは…少しぐらいなら、譲歩しても良いのに…
何故、なんだ。君は引け目を感じて…そのまま、私から逃げようと…言うのか…?
君の私への執着は…そんなものだと、言うのか…?」

 もし、正午の頃の御堂の心境のまま…眼鏡の方と顔を合わせていたら、その
憤りを直接ぶつけるだけぶつけて、捲くし立てる結果に陥っていただろう。
 眼鏡の方も…素直に頭を下げれる性格をしていないし…御堂は誰よりも
自尊心が高い性分だ。
 あんな振る舞いをされたら黙っていられる訳がないし…簡単に許すものか、
そういうつもりで乗り込んだつもりだったが…そう、気弱で他人行事な克哉の
態度を見た事で…かなりの衝撃を受けてしまったのだ。

 眼鏡は、御堂にとっては仕事上で掛け替えのないパートナーであると同時に
プライベートの方では大事な恋人でもある。
 そんな相手に、あんなによそよそしい態度を取られて…あまつさえ、逃げられて
しまったら…ショックを受けない訳がないのだ。

 結果、御堂の方は冷静さを取り戻して…同時にどこか、焦る想いがあった。
 今でも強く怒っていた、それは事実だ。
 あの振る舞いを許せないという感情は今も根強く、彼の中で息づいている。
 だが…そのおかげで、もう一つの真意にも気づいていたのだ。
 自分は簡単には許せない、だが…佐伯克哉という男と…このまま別れて
終わりにしたくなどない…という強い想いが。

 それはプライドが高い御堂にとっては、容易に認められるものではなかった。
 だが…突き動かされるように携帯電話を取って、相手に掛けたのに…途中で
切られてしまったという事実が更に彼を焦らせていく。
 こんな有様では、どれだけ上質な酒を飲んだとしても酔いしれる事は出来ない。

「克哉…」

 恐らく、たった今…高熱に浮かされているであろう眼鏡もまた…御堂の名を
呼び続けている。
 本人達はまったく知る余地もない事だが…今、御堂が呟いたのと同じ瞬間に
眼鏡の方もまた…彼の名を呼び続けていた。
 鮮明に、彼の顔が脳裏に浮かんでいく。
 手を宙に伸ばして何かを求めるように彷徨い…そして、照明に翳していった。

「克哉…君に、私は…会いたい…」

 逃げられたからこそ、そんな想いが湧いて来たのだろうか。
 このまま…君と二度と会えないのなんて、御免だ。
 他人のような振る舞いをされて、距離を置かれたまま遠ざかれてしまうことなど…
きっと自分は、耐えられない。
 自分達には、再会してからの一年…積み重ねてきたものが沢山あるのだから。
 たった一度の過ちで、それを全て壊しても良いのか? と…そんな感情もまた
彼の中に生まれ始めていく。

「酷い男だと、最初にあれだけ…思い知らされたにも関わらず…私は君を、好きに
なってしまったんだしな…怒ってはいるが、嫌いには…なれないんだ…。だから…」

 どうか、自分を「御堂」と自信ありげに呼ぶ彼と会えますように。
 そんな祈りを込めながら…御堂はまた、己のグラスを煽っていった。

 ―今夜は到底、一本分のワインでは満足出来そうになかった。

 深酒をするなど、愚かな事だと判っていながらも…彼は一時の慰めに手を伸ばしていく。
 次に会う時に、少しでも冷静に話せるように。
 この滾る胸の怒りを、少しでも鎮めさせる為に…。
 彼は起き上がって、専用のカーヴェの方へと足を向けて…もう一本、自分の心を宥めて
くれる赤い液体の詰まった瓶を、そっと手に取っていったのだった―

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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