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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―今までの人生で、ここまで緊張して飲食店の席に座っていた
経験などなかった。
 
 程好い温度に設定された室内で…暖かな御堂の手に包み込まれて
幸福を感じている反面、背後に本多からの突き刺すような視線を
感じているような気がして、非常に落ち着かなかった。

(ど、どうか本多がこの店の中で暴走しませんように…)

 本多は特に、猪突猛進というか向こう見ずな所があって
恐らく自分が正しいと思ったら、克哉の救出という名目の元に
御堂に食って掛かる事ぐらい平気でやってしまうだろう。
 大学時代からの付き合いだ。
 彼のそういう性格は嫌っていう程、良く判っている。
 半ば生きた心地がしない状況で…相槌を打って、食事を
進めていく。

―どうしよう。味が良く判らない…

 せっかくの上等なワインも料理も、この状況では
存分に楽しむ事が出来なかった。
 恐らく背後の怪しい扮装をしている本多の存在に気づく
事がなかったら今頃、この楽しい一時を自分はもっと
満喫出来ていただろう。

(嗚呼…こんなに優しい顔をした御堂さんと接したことなど
殆どなかったからな…。こんな顔、出来たんだ…)

 お互いに胸が詰まっているせいで、殆ど会話は弾まない。
 何を話せば良いのか、迷っている部分があるからだ。
 だから御堂はその想いを…ちょっとした拍子に、克哉に触れたり
真っ直ぐ見つめてくることで伝えてくる。
 その眼差しはドキドキするぐらいに…慈しみが込められていて。
 彼に、こんな風に見られた経験がなかったからこそ…
克哉は眩暈がするくらいに嬉しくなる。

「…佐伯。満足…出来たか?」

 お互いにほぼ同じタイミングでコース料理を食べ終わり、
フォークを置いた瞬間に…御堂が穏やかに問いかけてくる。

「あ…はい。とても、美味しかったです…」

 ドキン、ドキン…ドキン。

 本当に僅かな一挙一足でもときめいて、胸が落ち着かなくなる。
 照れ臭くて、真っ直ぐに見つめ返せない。
 けれどもっとこの人を見ていたい…そんな相反する感情を
抱いていきながら、ふと…瞳を伏せていくと。

「…口元に、ついているぞ…?」

 御堂が静かに笑みながら…克哉の口元についていた
微かなソースの汚れを指先で拭って、カアっと顔が赤くなった。
 御堂に触れられたことと、顔に食べ零しがつくような真似を
してしまったという、二重の意味で恥ずかしかったからだ。

「あっ…は、はい…」

 其処で一気に濃密な空気が漂い始めていくと…。

 ガサガサ…グシャ! ガサッ!!

 背後から、非常に大きな新聞が捲れる音が響き渡っていった。
 それで思わず、正気になる。

(しまったぁぁ! 背後に変装した本多がいたんだった~~!!)

 思わず心の中で叫びそうになったが、どうにか声を出さずに堪えていく。

「…佐伯。どうした? 気分が悪いのか…?」

 しかし、御堂はそんなあからさまな妨害にまったく気にする
様子もなく…平然と尋ねてくる。

(御堂さん…もしかして、後ろに本多がいるの気づいてない…?)

「あの、御堂さん…。後ろの客…」

「…嗚呼、随分とマナーが悪い客だな。この店にそぐなわない奴だが
空気みたいに気にしなければ良いだけの話だ。違うか?」

 あっさりとそう答えられて…謎が解けていく。

(嗚呼、そうか。御堂さん…怪しい格好をしている本多は、最初から
『いないもの』として扱っているから全然気にしていなかったんだ…)

 御堂の今の本多に対しての態度はまさに、アウト・オブ・眼中。
 一応方角的に視界に入っていてもおかしくないのだが…見事な
くらいに御堂は、自分のテーブルと克哉以外を視界に入れないように
他のものはシャットアウトしていた。
 そこまで徹底して、一人の人間を無視して振る舞えるというその豪胆さは
感嘆に値する事だろう。
 間違っても人の顔色を伺う性分である克哉には到底…真似出来そうに
ない振る舞いだった。

「そ、そうですね…。で…この後、どうするんですか。御堂さん…?
コースのメニューの中には、デザートも一応入っていましたけれど…
オレは正直言うと、甘い物は正直苦手なので…」

「嗚呼、それは私も一緒だ。だから最初からデザートに関しては
コースから省いて貰ってある。…もう一杯、付き合う気があるか?
それならとっておきの店にもう一件…案内するが」

「………」

 本音を言うと、はい…と力いっぱい即答したかった。
 だが、ただ移動すれば確実に次の店にも本多は付いて来てしまうだろう。
 正直言うと、克哉は波風を立てたくなかった。
 しかし御堂に事実を言えば、元々犬猿の仲の二人だ。
 確実に言い争いになるのは目に見えていた。

(どうしよう…せっかく御堂さんが本多の存在をシャットアウトして
まだ気づいていないんだ…。この状況をどうにか生かさないと…)

 克哉は、御堂ともっと一緒にいたかった。
 二人きりになって、邪魔されない場所で語らいたかった。
 其処まで考えた時に、覚悟を決めていく。
 本多は、友人だ。
 今夜だってこちらを心配してくれたからこんな真似をしたという事
ぐらいは判っている。
 だが、克哉とて…会いたくて会いたくて堪らない人との時間を
これ以上、邪魔されたくはなかった。
 そこまで自覚した時、ようやく…克哉の決心は固まっていった。

「…気が進まないか? それなら今夜はここで…」

「いいえっ!」

 そういって、克哉は席から立ち上がると…御堂の耳元に向かって
唇を寄せていった。
 突然の出来事に、御堂と…背後に存在していた本多はほぼ同時に
ぎょっとなっていく。
 だが、克哉は…愛しい人以外に決して聞かれることのない音量で、
そっと囁いていった。

―他の店よりも、貴方と二人きりになれる場所に…行きたい、です…。

 かつては関係があった自分達だ。
 この一言がどういう意図で発した言葉か、判らない筈がない。
 すぐに御堂から離れて…目の前に鎮座した克哉の顔は、羞恥の余りに
真っ赤に染まっていた。
 自分でも大胆過ぎる振る舞いであったと思う。
 だが、ホテルなら。
 多少でも本多を撒いて、時間稼ぎして部屋の中にさえ入ってしまえば
これ以上…邪魔は出来ない筈だ。
 そう計算して、克哉はそう申し出ていく。

「…君は、それはどういう意味で言っているのか…判っているのか…」

「…冗談で、こんな事…オレは、言いません。紛れもなく…本心です…」

 その瞬間、御堂を求めて…克哉のアイスブルーの瞳が、
艶やかに煌いた。
 背後で本多がこれ見よがしに、再び新聞をガサガサガサガサと音を
立て始めたが、克哉もまた完全に無視を決め込んでいく。
 その本心を探るように…御堂もまた、ジっと鋭い眼差しで彼の瞳を
見つめ返していく。

「…そうか。なら、私と気持ちは一緒のようだな。良いだろう…今、
準備をする」

 そういって、手を上げてソムリエを呼んでいくと…ゴールドカードを
財布から取り出して、其れをそっと手渡していく。

「今夜はカードで」

「畏まりました。それでは…こちらに署名をお願い致します」

 そういって、サラサラと差し出された紙に流暢な字で己の名を書いていく。
 その慣れた仕草に…やはり御堂と、自分は住んでいた世界が違うのだと
いう事を思い知らされていく。

「少し待っていろ…」

「はい…」

 支払いを終えると、御堂はそのまま携帯を取り出していって…素早く
二箇所に電話掛けていく。
 どうやら相手先は、タクシー会社と…ホテルのようだった。
 そのやり取りを傍から聴いている間、ドキンドキンと心臓の音が一層
大きくなっていくのを自覚していった。

「…準備は全て整った。行くぞ」

「えっ…」

 5分くらい、待ったかと思いきや…いきなり手を引かれて克哉は
席を立たされた。
 そのまま容赦ない力で…引っ張られて店の外に向かっていくと…
まるでタイミングを見計らったかのように一台のタクシーが目の前に
止まっていく。

「行くぞ」

「えっ…。はい!」

 御堂は迷う事なく、タクシーの扉を開けて中に入っていく。
 そして行き先を告げていく。
 それは…御堂と克哉が、かつて使用していたホテルの名称だった。

「了解しました。ちょっと料金は嵩みますが構いませんか?」

「あぁ、構わない。出来るだけ早く向かってくれ」

 そうして…乗り込んで一分も立たない内にタクシーは動き始めていく。
 どうやら本多が慌てて追いかけてきたらしいが、どうやら会計を終えないで
飛び出そうとしたせいで…ワインバーの店員に思いっきり捕まって
ギャンギャンとやられているようだった。
  あんな妙な変装していただけでも悪目立ちをしていただろうに、それで
無銭飲食まで疑われたらとてもじゃないが…すぐには解放して
貰えないだろう。
 おかげで克哉達は悠々とタクシーに乗る事が出来たのだが、
チラリと見て…地面に転がされて、ソムリエに取り押さえられている
現場を見ると少しだけ胸が痛む想いがした。

(…ちょっと可哀想な気もするけどな…)

 その様子を見て、克哉は苦笑していくと…御堂は悠然と微笑みながら
告げていった。

「…これで、邪魔者は撒けたみたいだな…」

「へっ…?」

 最初、呆然となったが…すぐにその意味を理解していった。
 何てことはない。
 御堂は、とっくの昔に本多の存在に気づいていたのだ。
 だから手早く、タクシーとかを手配することで先手を打って対処
したのである。
 それに気づいて…克哉はクスクスと笑っていく。

「あの…気づいて、いらしたんですか…?」

「まあな。やたらとガタイのでかい怪しい男が私達の方をチラチラ
見ていたり…ガサガサやっていたのは流石に気づいていた。
 …しかしあれは誰だったんだ? 君の知り合いだろうか?」

(あぁ、やっぱりあれが本多とまでは…御堂さん気づいて
いなかったんだ…。そうだよな。じゃなかったら…きっと
店の中で血の雨が降っていたよな…)

「あ、はい…一応…」

 ここで嘘をついて必要以上に勘繰られても仕方ないので
正直に、そこまでは答えていく。

「…やはり、な。君と接近すれば露骨に邪魔するような
真似をしてくるから…君の知り合いだろうとは思ったがな。
随分とモテるじゃないか…。私がいない間にでも、君が
虜にした男か?」

「…冗談は、止めて下さい…!」

 とっさに、そんな事を言われてキッと御堂を見てしまった。
 御堂以外の男を魅了する気も、抱かれる気もまったくない。
 今の克哉には…目の前にいるこの人、だけだ。
 その意思を強い視線で訴えていくと…御堂は、どこか
満足げに微笑みながら克哉の手を握り締めていく。

「…悪かった」

 そう短く告げて…不器用に、御堂は黙って克哉の手を
握り締めていった。
 最初はどうしていいか判らなかったが…相手が素直に
謝っているのに、これ以上蒸し返して怒る訳にもいかなかった。

(本当に…この人は、ずるいな…)

 そうやって素直に謝られたら、こちらは許すしかなくなって
しまう。
 こうして握られている掌はとても温かくて、心地良かった。
 お互いに、言葉はなかった。
 ただ…暗いタクシーの車内の中で、運転手に気づかれないように
黙って手を握り合いながら目的地まで向かっていく。

(暖かい…)

 12月の雨の日。
 外気が冷たいからだろうか。
 …ただ、手が重なっているだけでもとても暖かくて。
 それだけでも、克哉は徐々に幸せな気持ちになっていく。

 そして…沈黙を保ったまま、タクシーは…二人を指定したホテルの
前へと運んでいったのだった―

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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