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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 大の男二人が、弁当を挟んで睨み合っている光景など恐らく
傍から見たら滑稽以外の何物でもない。
 だが片方は、最愛の人間から初めて作ってもらった弁当は一欠けらだって
相手に渡したくはないと思い。
 もう片方は…自分が想っていたもう一人の自分がそれを作った事を
本能的に察しているので、卵焼きの一つぐらいは与えて貰いたい。
 第三者が客観的に見たら、お互いに譲るのが大人だろう…と確実に
ツッコミの一つもしたくなる状況だが、両者は限りなく本気だった。

 漫画的な表現に例えれば、今の眼鏡と本多の二人はバチバチバチ…! と
熱い火花を散らしているようなものだ。
 先程も本気で睨み合っていたが、こちらの方が真剣みは上かも知れない。
 …滅多に表に出さないし、克哉本人にそこまで頻繁に愛していると口に
している訳でないが…現在の眼鏡の、克哉に対しての執着心は半端ではない。

 特に以前から、すでに結婚して自分と相手は契りを交わしている間柄だとしても
まだ…克哉は指輪を受け取るまでの決断は下していない状況なのだ。
 …悔しいから、あまり認めたくはないのだが…まだ、眼鏡には克哉を
100%手に入れてはいないのだ。

 九割以上は、確信が持てる。だが…残念な事にほんの僅かだけ、不安
要素がまだ存在しているのも確かだ。
 克哉が自分を選んでくれて、彼が支払うである代価も込みで受け入れてくれた時、
その段階になって初めて、眼鏡は安心が出来る。
 毎晩のように、一日に何度でも抱く日すらあるのは…その不安の裏返しでもある。
 克哉が何だかんだ言って拒まないで、自分を受け入れてくれて…こちらの腕の中で
甘く啼いているその姿を見て…眼鏡は安定を保っているに過ぎないのだから…。

「…克哉、もう一度言うぜ。卵焼きの一つぐらいはくれたって良いだろ? 
お前…そんなに食う方じゃないんだから、その弁当の大きさだと多すぎるだろ」

「…生憎だな。確かにこの大きさは普段の俺の食事量からしたら若干は
多いかも知れないが、今日は東京から四国まで飛行機でやって来て…午前中に
一仕事を終えて腹が空いているんだ。今の俺なら…これぐらいは余裕で
平らげることなど余裕だ。そういうお前こそ…そろそろ外に移動して食事を
取る店を探さないと…メシを食う時間すらなくなるぞ」

「えっ…? そういえば時間は…! うわ、もうこんな時刻なのかっ?」

 眼鏡は本多を追っ払う名目で時間という口実を打ち出したのだが…その一言を
聞いて本多が慌てて胸の上着のポケットに収めてある携帯電話を取り出して
時間を確認していくと…物凄い目を剥いていった。
 自分達が話している間に、余裕で20分以上は過ぎてしまっているらしい。
 元々、営業の仕事など自由裁量の部分が多くて…何時に食事や休憩を
取るかとかは結構、融通が利く。
 だが…本日は出先にいるのだから、休憩や昼食時間その他はこの会社の
スケジュールに合わせるようにした方が良いだろう。
 そうすると…残り時間は、やはり20分程度しかない。
 この時間ではこの近隣の食事処に駆け込んでも…その店が混雑していた
場合は即アウトになってしまう。

「あぁ…だから、さっさと…」

「克哉、すまない! 時間がない。お前の言う通り…これから店を探して
食べに行っても時間には間に合わない。だから…お前の弁当を半分
くれないか?」

 ―ピキピキピキ!!

 さっきよりも眼鏡の額に浮かぶ青筋の数が格段に増えていった。
 同じ八課内の同僚が、本多のことをKY…ようするに今、流行の『空気が読めない奴』
と称していた事を小耳に挟んだことがあったが、この時程…その言葉に深く
頷いた瞬間は存在しなかった。

「…お前は、一体何を聞いているんだ? これは俺にとって大切な人間が
初めて作ってくれた大切な弁当なんだ? それを事欠いて…半分くれだと?
馬鹿も休み休み言え…」

「…でも、俺達は友人だろ? こっちが困っているのなら…少しぐらいは…」

「却下だ。そもそも、俺はこれから弁当を食べる為にこの屋上に赴いて
ゆっくりとランチタイムを堪能する予定だったんだ。それをお前が勝手に乱入して
邪魔をした挙句に…これだけ長くこちらの時間をロスさせたんだ。
それはお前側の都合だろう? それなのに…こちらの弁当を要求するなんて
図々しいにも程があるだろうが…」

「うっ…そ、そうだけど…」

 思いっきり正しい指摘をされまくって、本多はしょげていった。
 だが…たった今、克哉に振られて…しかもすでに大切な人間がいると聞かされて
彼は深いショック状態だった。
 振られたのならば仕方ない。けれどせめて…克哉から、暖かい気持ちでも
それを感じられる物でも…ちょっとだけでも何かを貰いたかったのだ。
 だから、眼鏡の言うことが正論だって判っている。
 しかし…駄々っ子は手に負えない。追い詰められた人間は気持ちに余裕がないから
聞き分けが格段に悪くなる…という法則に乗っ取って、今の本多は簡単に引く
気配がなかった。

「けど…俺は、お前から…ほんの少しでも、気持ちを貰いたいんだ!
確かにお前と恋人になれなかったのは悔しいけど…せめて、ダチとして
大切にしてもらっているって…それぐらいの優しさは見せてくれたって
良いじゃないかよ!」

「…友人として、か…」

 一瞬、お前の事など友人ではない。
 そう冷たい一言を言ってやっても良かったのかも知れなかった。
 克哉にとっては本多は親友でも、眼鏡にとっては本多は…もう一人の自分を巡る
『ライバル』以外の何者でもなかった。
 今まで同じ会社内に働いていても、一緒に食事をしたり飲みに言っても…良く考えて
みれば自分の方からこの男を「友人」として扱ったことは一度もない気がした。

「…俺にとっては、お前は…大切な、大切な存在、なんだ…。だから…
振られてしまったことは徐々に諦めるよ! けど…ここ数ヶ月のお前…
冷たすぎるぞ! せめて…友人として優しくしてくれる事ぐらい…
してくれたって良いだろ! そんなに…お前にとっては俺は、どうでも良い
存在になっちまったのかよ…。『親友』だって、以前は確かに…お前は
言ってくれたじゃねえか!」

「…そう、だな。…確かに『オレ』にとって…お前は、親友だな…」

 本多にはきっと、今の眼鏡の呟きの一人称が…もう一人の自分のことを
指している事など気づきはしないだろう。
 だが…この男の口から改めて聞かされて、ようやく気づいた。
 これから先、社会的に「佐伯克哉」として生きるのは自分の方である事を。
 そしてキクチに在籍する限りは…この男は自分の親友であり、仕事上の
パートナーなのだ。

(…いつまでも、こいつに対して…妙な敵愾心を持っていても仕方ないの
かも知れないな…。他の会社に移籍するというのなら、こいつの気持ちを
幾ら傷つけたって関係ないがな…)

 だが、営業八課は…もう一人の自分にとって『仲間』と認識している
人達が在籍している場だ。
 自分一人だけなら、こんな安月給でやりがいのない職場などさっさと
飛び出して新しい会社の一つや二つぐらい興している。
 けど、それをしなかったのは…せめて、あいつが大切に思っている『場』
くらいは守ってやりたい。
 そういう…気持ちから発生した事だ。
 ならば、目の前の男を『親友』…もしくは、友人として扱ってやるぐらいは
しなければならないのではないか…? と眼鏡はふと思った。

(…やれやれ、俺も随分と甘くなったものだな…)

 きっとあいつと結婚をしていなかったら、こんなに自分が変わることも
なかっただろう。
 …それでも、この弁当の中身をほんの少しでも本多に譲るのは却下だが…
代わりの物を与えてやるぐらいは妥協してやろうと思った。
 お互いの間に、沈黙が落ちていく。本多の瞳は…剥きだしの本音を語った
感情の昂ぶりのせいで…うっすらと涙すら滲んでいた。
 …どんな類の感情であっても、こちらを本当に想っていたり好きでなければ
こんな風に激情に駆られたりはしないだろう。
 それを見て…眼鏡は溜息を大きく突いていくと…一旦弁当に蓋をし直して
代わりに自分のカバンの中から、カロリーメイトのチーズとフルーツ味を
各一本ずつとウィダーインゼリーの各種ビタミンが配合されているバージョンのを
手渡していった。

「…弁当の中身はやれない。だが…代わりにこれをやる。時間がない時に
俺が栄養補給と軽く腹を満たす為に持ち歩いているものだ。大食漢のお前に
とっては足りないだろうが…それでも何も食わないでいるよりかはマシだろう。
…これで、弁当を食べるのは諦めてもらうが、良いな?」

「…克哉。あぁ、これで良い。悪い…我侭を言っちまって! けど…俺、すげぇ
嬉しいよ。ありがとう…!」

 そうして、本当に心から嬉しそうな笑みを浮かべながら克哉から渡されたバランス
栄養食品の数々を受け取っていく。
 それを見た時、眼鏡は限りなく居たたまれない心境に陥っていった。
 本当にこの男は単純だな、と想った。だが…この人の良さとおめでたさは半端では
ないと思った。
 …そして、もう一人の自分がこのうざくて暑苦しい男を何故、心から信頼して
『親友』と認めていたのか…ちょっとだけ理解出来た気がした。

(…この単純さと、お人好しさは特筆すべきものがあるな…)

  そう思いながら、眼鏡は軽く…フレームを押し上げる仕草をしていった。

「…とりあえず、そろそろ飯を食わせて貰うぞ。…まったく、お前のせいで…
ゆっくりとあいつの弁当を味わって食う時間がなくなったぞ…」

「あ、うん…御免な。けど…その、もうお前の弁当を欲しいとかは今日は言わないから
一緒に飯を食べても良いか?」

「…好きにしろ」

 そうして、眼鏡は屋上に備え付けられていたベンチに改めて腰を掛けていくと
弁当の蓋を外して食べ始めていった。
 この男に中断されたが、改めて他の弁当の具材を口に運んでいくと…どれも
眼鏡の口に合っていた。

(旨いな…あいつも、結婚した当初から随分と上達したものだ…)

 愛情、というスパイスも入っているからだろう。
 その弁当は物凄く美味しく感じられた。
 それを黙々と食べ進めていくと、本多もまた無言で…じっくりと眼鏡から貰った
カロリーメイトを味わうように食べていた。
 双方、言葉はないままだった。
 だが…今までと違って、眼鏡と本多との間にも少しだけ暖かいものが
生まれつつあった。
 そして…静かな昼食時間が終了する間際、本多ははにかむように笑いながら
こちらの顔を真っ直ぐ見据えながら、こう告げていった。

「…克哉、ありがとうな…」

「…改めて礼を言う程の事じゃない。気にするな…」

 あまりに率直にこちらに礼など言うものだから…つい、照れくさくなって
ぶっきら棒な言い方になってしまった。
 だがその口元に暖かい微笑が浮かんでいるのを見て…本多は嬉しくなった。
 
「…良いや、今日は俺…すげぇ、嬉しかったから。お前とこうやって…飯を食えて
本気で、良かった…」

 そんな言葉を、尚もこの男は臆面もなく続けていくものだから…眼鏡は軽く
相手の頭を叩く仕草をして抑制していった。
 瞬間、この出向先の会社の昼休み終了のチャイムが鳴り響いていく。

―そうして、二人の弁当を巡る一時は終わりを迎えたのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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