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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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―遠方の出張先、今回の出向先の会社のビルの屋上で
眼鏡は一人、弁当を広げていた。
 
 都内から飛行機で二時間前後。四国の外れにあるこの
小さな会社は…MGNが
今度作る新商品に欠かせない原料を
提供してくれる会社だった。
 キクチ・マーケーティングの営業八課の面々は…プロトファイバーの
営業を担当して
大成功を収めた事がキッカケで…予定していた三ヶ月間が
終わってからも、MGNから
何度も大きなプロジェクトに関して、協力を
要請されていた。
 今回の出張もそうだ。御堂が打ち立てている新商品は四種類の
ビタミンが豊富そうな
果物や野菜を原材料に使用しているが、
特に彼が打ち出しているのは「水」の
重要性であった。
 昨今、健康や体調の改善を語る上で良質の水の存在は欠かせない。
 プロトファイバーが美容と健康を打ち出し、若い女性に特に強く支持された事を
考慮して…次に御堂が意識をしたのはデトックス、ようするに毒出しだった。
 その新商品を大量に生産し、市場に回すには…良質の天然水を提供してくれる
会社と幾つか契約を結ぶのが不可欠だった。
 だが、もっとも提供量が見込めるこの会社は…特に社長が慎重な営業方針を
打ち立てていてMGNの人間では歯が立たなかった。
 それで…難航する交渉ごとでも、過去に幾つも片付けて来たという実績を
御堂に買われて…今回、克哉は本多と二人でこの辺鄙な地に一泊二日で
出張する事と相成ったのであった。
 
「まったく…これしきの事でこちらを飛ばして交渉ごとをさせるとは…。
御堂も、あまり部下には恵まれていないな…」
 
 そんな事を呟きながら青空の下で、眼鏡は弁当を広げていった。
 時刻はすでに13時を若干越えているぐらいの時間帯だ。
 本日は午前7時には家を出て…九時前には本多と共に飛行機に
乗ってこの出張先へ
向かっていた。
そして十時半頃からは取引先と会談を始めて…二時間余りに渡る
新企画のプレゼンや、営業の結果…無事に契約を取り付けるのに成功していた。
 早くも良い流れが生まれつつあったので…後は翌日いっぱいまでに必要な
資料や書類の作成を完成して、裏づけを取ればほぼ任務完了である。
 眼鏡にとっても仕事がスムーズに流れて、自分の果たすべき事が達成された時は
大層気分が良い。
 そして…本日に至っては彼の奥さんから、愛妻弁当まで
しっかりと手渡されていた。
 これを昼に食べるのを心待ちにしながら…本日はずっと、仕事を頑張って
こなしていたのだ。
 そうやって柔らかく微笑みながら弁当の包みを解いていくと…その瞬間、
屋上の扉が盛大に開け放たれていった。

「克哉っ! どこにいるんだ…! せっかく四国に来ているんだから
一緒にカツオの叩きが旨い店にでも食いに行こうぜ!」

 そして屋上に飛び込んでくると同時に、耳が痛くなる程の大声で
呼びかけてくるガタイの良い男が現れていく。
 キクチ・マーケーティング営業八課内において…克哉に次いでの
エース格の存在である本多憲二だ。
 …もう一人の自分と大学時代からずっと交流を重ねて、結構
親しいと言える間柄の友人であった。
 …せっかくの待ち望んでいた瞬間を、これ以上ない程のバッドタイミングで
邪魔をされて…眼鏡の額に、青筋がピクピクと浮かんでいた。

「…本多、そういうものはせめて夕食時に食いに行くようにしてくれ。
それだったら一杯やりながら付き合ってやっても良いが…な。
今は却下だ。今日は一人でこの弁当を堪能したい。…という訳で
お前は一人で外食でもしてくれ」

「…お前なぁ。せっかく二人きりで出張来ているっていうのに…
何だってその、すっげぇ冷たい態度なんだよ。…お前、今年に
なってから俺に対してメチャクチャ冷たくなったよな。
 前は誘えは飲みに行ったり夕食付き合ってくれたりしていたのに…
今じゃ全然付き合ってくれなくなったし。昼飯だって、時間帯が
重ならない限りは一人でさっさと食べちまっていてよ。
…俺はお前に惚れているって何度も言っているのに、何だって
いきなり…そんなにツレなくなっちまったんだよ…」

 眼鏡の冷たい態度に…本多は思いっきり肩を落としていく。
 だが、当の本人はまったく気にした様子がなかった。
 そのまま箸箱から箸を取り出してまずはほうれん草の白和えを
一口、口に放り込んでいくと程好い甘みと塩味が口の中に
広がっていく。

「…さあな。…ただ単に曖昧な態度を止めただけだ。お前が幾ら
『オレ』を口説こうと、決して靡くことはないからな。それなら…期待を
持たせるような言動や行為は慎んだ方が賢明だと判断しただけの
事だ。それでも二人きりで誘われるのなければ付き合ってやって
いるだろう…?」

「…何で、そんなにはっきりと言い切るんだよ…。俺はお前を
全力で口説いて振り向かせてみせるって…ずっと前に言ったのを
忘れたのかよ…克哉…!」

 本多が真剣な顔を浮かべながら詰め寄ってくる。
 だが、眼鏡は思いっきり額に怒りマークを浮かべていた。

(…あぁ、良く知っているとも…。俺があいつに本気になる前の話で
不問にしてやっていたが…あいつに言い寄るわ、キスするわ…
触りまくるわ…まあ、最後まではヤっていないから辛うじて許す事が
出来たが、あいつにお前が過去に触れた事があるって事が…
今となっては、不愉快極まりないんだ…!)

 だが、本多が本気になればなるだけ…眼鏡の怒りゲージは
MAX間近に近づいていく。
 本多にとっては、眼鏡でも克哉の方でも…どちらもひっくるめて
『佐伯克哉』と認識している。
 挙式をする前から…そうだった。克哉が眼鏡を掛けて今までとは
打って変わって強気な態度に出ても…「それもお前の一部だからな」
とあっさりと受け入れてしまっていた。

 …普通なら、これだけ人格が変わっている人間を前にして…それでも
変わらぬ態度を貫いてくれる存在は在り難いものなのだろう。
 だが、眼鏡にとっては違っていた。
 もう一人の自分と、俺は…同じ身体を共有していても心は分裂して
それぞれ独立の人格を形成している。
 そして…眼鏡は、今は…克哉に対して並ならぬ愛着を抱いてしまっている。
 だからあいつに色目を使う奴は決して許せないし、言い寄る存在なんか
現れた日には…本気で策略の一つや二つを仕掛けて失脚させて
やる事ぐらい…朝飯前に彼はこなす事だろう。
 それでも…辛うじて、粛清せずに本多と同僚として過ごしているのは…
もう一人の自分にとって、彼は「親友」であるからだ。
 だからこそ…ギリギリの所で踏み止まっていてやったのだが…。

―自分を熱い眼差しで見つめてくる本多に本気で顔面に拳を叩きつけたい
衝動に駆られていった

 眼鏡はまさに仁王もかくや…と言う雰囲気を纏いながら、本多を
全力で睨み付けていく。
 その瞳は、免疫がない人間で見つめられたのなら即座に竦んで動けなく
なるぐらいに怜悧で冷たく、力が込められた眼差しだった。
 だが本多は怯まない。そのおかげでバチバチバチ…と両者の攻防が
繰り広げられていった。

(俺に幾ら言い寄っても…絶対にお前には靡く事は在り得ない。そして…
お前がどれだけ『オレ』を想ったとしても…あいつを決して渡すつもり
なんかない。だから…お前の『佐伯克哉』への恋心はもう…持って
いるだけ、無駄なんだよ…本多…!)

 全力の気迫を込めながら本多の想いを撥ね退けている眼鏡の姿は…
鬼気迫るものすら感じられた。
 本多とて、最初は負けるものかと必死になって向かい合っていったが…
彼にとっては惚れた相手から、全力で拒絶オーラを放たれて…
こちらの想いを撥ね付けられているようなものである。
 だが、精神的にかなり強い方である彼は…何分間も、その凍てつくような
眼差しに耐えていく。
 だが…ついに、心が折れたらしい。少し…切なそうな表情を浮かべながら…
溜息を突き、ようやく本多は諦めたようだった。

「…その話は、もう二度とするな。俺は…すでにかけがえのない存在がいる。
そいつを…俺は大切にしたい。だから…お前の気持ちには応えられない。
だから…諦めろ、本多…」

 …辛そうにしている本多の顔を見て、何故か胸が少し痛んだ。
 だから冷酷に言い放つのではなく…ほんの少しだけ柔らかさを込めて
真実をその口から語っていった。

「そう、なのか…? いつの間に…お前に、そんな…存在が…」

 その一言にかなりショックを覚えているようだった。
 だが…いい加減、いつまでも曖昧なままでいたら自分も不快な思いを
しなければいけないし…本多だって、「あいつ」のことを吹っ切れない。
 もう一人の自分は、確かに魅力的だった。克哉自身は自覚して
いなかったが…本多の他にも、若干御堂を惹き付けていたのだ。
 そして…何より、最初は遊び半分で気まぐれにあいつを抱いていた
自分が、いつの間にかこれだけ本気になってしまったのだ。

 だから…本多があいつを簡単に忘れられないのは理解出来た。
 だが、もう眼鏡は譲るつもりなどないのだ。
 ようやく意を決して…本多の前に弁当箱を掲げて見せていき、
静かな声で真実を告げていく。

「…この弁当を作ってくれたのは、俺の大事な人間だ。今日…
俺が出張だと言ったら、朝早くから起きて準備をしてくれた。
…すでに俺には、そういう存在がいる。だから…もう、諦めろ。
お前は良い奴だとは思うが…『親友』以上にはどうしても見れない」

「…そう、か…。それなら、お前がツレなくなっていても…仕方ないよな。
もう、お前に大切な人が出来ているのなら…無理、ないか…」

 本多はかなり泣きそうな顔を浮かべながら…それでも、自分に
言い聞かせて感情が暴走しないように努めているみたいだった。
 そのまま…二人の間に、沈黙が落ちていく。
 今…自分が言ったことは本多から『もう一人の自分との恋を
成就させる』という儚い幻想を粉々に打ち砕かれたようなものだ。
 だが、このステップを踏ませなければ…自分は克哉に、本多を
会わせてやれない。
 叶う見込みがないのに、延々と希望だけ抱かせる方が残酷と
いう一面もあるのだ。だから…眼鏡は敢えて真っ直ぐに相手の
目をみながら語っていった。

「…あぁ、だから…諦めてくれ…俺には、もう…そいつ以外の人間は
見えなくなっているに等しいからな…」

 そうして、もう一度…大切そうにその弁当を見せていく。
 太陽の光が鮮やかに降り注ぐ、青空の屋上の中で…弁当箱の
中身がキラキラと輝いているよにさえ見えた。
 大切な存在が、愛情を込めて作ってくれた愛妻弁当。
 これが…自分を克哉が想ってくれている証のようなものだ。
 それを誇らしげに見せていくと…本多は大きく肩を落として…
顔を伏せた状態のまま呟いていた。

「…判った。お前への気持ちは…すっぱりと諦めるよ。…お前に
特別な存在が出来たのならば…俺の出る幕なんてないし。
けど…それがお前の大切な人が作った弁当だっていうのなら…
卵焼きの一つも、譲ってくれないか? 」

 ピッキン!

 恐らく今までの人生の中で一番激しく血管が脈を刻んだのが
自分でも判った。
 …これは克哉が生まれて初めて作ってくれた記念すべき弁当でも
あるのだ。これを本多にくれてやる事など言語道断に等しかった。

(本気で…この男、抹殺した方が良いかも知れないな…)

 もしかしたら本能的に、この弁当が『克哉』の方が作ったのをこの男は
感じ取っているのかも知れない。
 熱っぽい視線を弁当の中身に向けていきながら…再び、二人の
間に火花が散っていった。
 この状況をどうやって取り繕って…こいつに弁当を食べるのを
諦めさせれば良いだろうと必死に考えていく。

―そうして、今度は…弁当を巡る二人の熱い攻防戦がゆっくりと…
幕を開けていこうとしていたのだった―
 


 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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