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メガミドのラブい(鬼畜チック?)な連載ものは明日から開始予定っす。
こっそりと先日の飲み会で出会った自分と同じ県在住の…本日が誕生日な
お嬢様に捧げます。誕生日プレゼントという事で…。
良かったら受け取ってやって下さいませv
『貴方の傍に…』 御堂×克哉SS
御堂に告白し、結ばれた翌日。
大きなサイズのベッドで、昨晩告白した相手の腕の中に納まりながら…佐伯克哉は
目覚めていった。
窓からは眩いばかりの朝日が差し込んでくる。
爽やかな早朝のワンシーンだ。
だが…目を開けた瞬間に御堂孝典の寝顔が飛び込んできた瞬間、克哉は顔を
真っ赤にしながら飛び起きそうになってしまった。
「う…っ…!」
一瞬、ここはどこかと疑ってしまった。
寝起きで落ち着いていた心拍数が一気に上昇していく。
ドキドキドキドキ…。
自分の胸が早鐘を打っていくのが判る。
相手の腕の中で身じろぎすると、その整った顔立ちが自分の眼前に存在していた。
(昨日の事…夢じゃなかったんだ…)
昨晩の記憶を思い出して、また羞恥で憤死しそうだ。
十日ほど御堂に会えないだけで切なくなって、相手の心が見えない事が苦しくて
苦しくて仕方なくて、玉砕覚悟でした告白。
それをまさか御堂が受け入れてくれるなど、克哉にとっては予想外すぎて。
信じられない想いで…眠る相手の頬にそっと指先を滑らせていった。
(暖かい…夢ではない…。本当に…現実、なんだな…)
けれど紛れもなく其処に、触れられる距離で…無防備な姿を晒しながら御堂は
そこにいてくれていた。
それを確認するように、静かに指先で辿っていく。
頬から、顎に掛けて…そして鼻筋から、唇へと…昨日の出来事が本当にあった事
なのかを確かめるように克哉は御堂に触れていった。
(好きだとか、愛しているとかは…相変わらず言ってくれていないけれど、好きでもないなら
もう抱かないで下さい…とオレが言ったのに対して、あんな風に抱いてくれたという事は…
両想いだったと、判断しても良いんだよな…)
昨晩、途中で懇願したくなるくらいに激しく…何度も御堂に貫かれた。
濡れたシャツを羽織った状態での強引な行為であったが、途中で衣類が気にならなく
なるくらいにこちらも高められていって。
終わりの方など、何も考えられなくなっていた。
ただ御堂の熱さと、その激しさに翻弄されて…応えるのが精一杯になっていた。
あれは幸せすぎて、本当に起こった事なのか疑いたくなるような一時であった。
「御堂、さん…」
静かに、名を呼んでいく。
されど相手は目覚めない。
だが、こちらがこうしていても起きないくらいに…彼はぐっすりとこの瞬間、深い眠りに
落ちてしまっている。
それは警戒している人間相手ならば、決して見せない光景だ。
窓から差し込む微かな光が、御堂の髪と顔の一部を微かに照らし出していく。
その光景を目の当たりにして、また小さく鼓動が跳ねていった。
―あぁ、オレ…本当にこの人を好きになってしまったんだな…。
半ば自嘲気味に、同時に自分でも信じられない想いでいっぱいになりながら…
克哉は相手の髪をそっと梳いていった。
端正な寝顔を眺めながら、くすぐったい気持ちが溢れてくる。
こんな他愛ない事で、こんなに幸福な気持ちになれる自分が信じられなかった。
(もっと触れていたいな…)
こうして、こんな風に安らかな寝顔を浮かべている彼を見るのは初めての経験で。
ドキドキしながら、奇妙な高揚を覚えていく。
そうして相手の頬や生え際を静かに撫ぜていくと…急に相手の唇に、視線が
釘付けになってしまった。
「あっ…」
口端に自分の指が軽く触れただけで、酷く意識してしまう。
昨晩、どれだけこの薄く整った唇と深く唇を重ね合ったのか…その生々しい
記憶を思い出して、またカァーと火照ってしまいそうだ。
(だめ、だ…凄く、キス…したい…)
寝込みの相手の唇を奪うなど、ちょっとズルいのではないのだろうか?
そういう理性が少し働いたが、ふと自分の中に芽生えた強烈な誘惑に抗えそうに
なかった。
「そっと触れる程度なら…大丈夫、だよな…?」
恐る恐る顔を寄せながら、自分の唇を相手のそれに寄せていく。
相手を起こさないように慎重に、たどたどしいキスを落とした瞬間…
ふいに強い力で克哉は抱き寄せられていった。
「っ…!?」
一瞬、何が起こったのか状況が把握出来なかった。
だが…克哉が困惑している間に、ギュウギュウ…と強い力で御堂の
腕の中に抱き締められて、その胸の中に閉じ込められていく。
頭は見事にパニック状態になってて、すでにまともに働いていない。
「…まったく、君は意外に…いたずら好きなみたいだな…。さっきからずっと
髪や頬を撫ぜられたり色々されている内に、目が冴えてしまったな…」
「えっ…あの、すみません…! 御堂さん…」
「いや、良い。悪い気分には正直…ならなかったからな。だが、まさか寝込みを
襲われて唇を奪われるとまでは予想はしていなかったがな…?」
意地悪く瞳を細めながら、男は楽しげに口角を上げていく。
その顔で見つめられた克哉の心境は、まさに蛇に睨まれた蛙…といった処だろうか。
困惑したような表情を浮かべながら、苦笑していった。
「す、すみません…昨晩の記憶を、思い出してしまったら…どうしても、御堂さんに…
キスをしたく、なって…」
「何を謝る必要がある? 私達はもう…恋人関係なんじゃないのか? 君が告白して…
私はちゃんと、それを受け入れた。昨晩はそういうつもりで君を抱いたつもりだがな…?」
「えぇ?」
御堂からの思ってもいない発言に、素っ頓狂な声を挙げてしまう。
だが男の表情は変わらない。
自信に満ち溢れた、真っ直ぐな眼差しだった。
その紫紺の瞳に魅了されながら…克哉も目を逸らさずに真摯に見つめ返していく。
「恋人、関係って…あ、の…」
「克哉…君はもう、私のものだ。違うのか…?」
そう言われながら、グイと身体を引き寄せられて…首筋に赤い痕を刻まれていく。
この身体に、昨日だって数え切れないくらいに刻まれた所有の証。
それを更に、一つ一つ…確実に増やされていく。
「…いえ、違いません。オレは…もう、貴方のものです。身も…心も、全て…」
いつの間にかこの人を好きになって強く惹かれていた。
気づいたら、自分の中は御堂の事だけでいっぱいになってしまっていた。
相手の心が見えなくて、辛くて仕方なくて。
欲しいという気持ちとこれ以上期待したくないという葛藤で苦しくなってしまうぐらいに
すでに自分の心はこの人の事で埋められてしまっている。
だから、噛み締めていくように…克哉は告げていく。
「そうか。なら…恋人にするキスなら、これくらいはしたらどうかな…?」
愉しげに微笑みながら、強引に唇を重ねられる。
熱い舌先が容赦なく入り込んで…克哉の口腔を容赦なく犯し始めていった。
尖らせた舌が縦横無尽にこちらの歯列や、舌を舐っていき…息が苦しくなるくらいに
貪られていく。
「ん、んっ…ふっ…ぅ…!」
こんなキスを、好きで堪らない人にされたら…正気でなどいられない。
あっという間に身体の奥にスイッチが入って、腰が淫らに蠢き始める。
(ダメ、だ…このままじゃ、また…この人が欲しくなってしまう…!)
反応し始めていく自分の身体に羞恥を覚えて、必死になって御堂の腕の中で
もがき始めていった。
だが…どれだけ暴れようとも、深いキスによって身体の力が入らなくなってしまっている
状態では逃れられる訳がなかった。
「…やっ、御堂さん…こんな、キス…されたら、オレ…!」
どうにか、唇だけは引き剥がすのに成功して…うっすらと快楽の涙を目元に滲ませながら
反論していく。
「どうか…なれば良い。そうしたくて…私は仕掛けたつもりだからな…?」
「えっ…? 御堂、さん…なに、を…あっ…」
そして、再び深く唇を重ねられていく。
御堂の胸を満たすのは、焦がれるような熱い想いだった。
自分達の関係のスタートは、最悪であったという自覚はあった。
当初は弄るだけ弄って、懇願させて啼かせるのだけが目的で始めた関係であったのに
気づいたら自分の方も彼を求めるようになり…気づけば惹かれてしまっていた。
(…君はきっと知らないだろうな…昨日、君の心が私に向けられていた事を知った時…
どれだけ私が嬉しかったかを…)
だが、あんな風に関係を始めた自分が愛される訳がないとどこかで諦めていた。
しかし、克哉は確かに言った。
いつの間にか自分を想うようになってしまっていたと…。
それがどれだけ、御堂にとっては驚愕を齎し…同時に嬉しく思ったのか彼はきっと
知らないだろう。
だから確認したかった。お互いの気持ちが同じである事を。
明け方まで何度も求めていても、まだ足りなかった。
時間が許す限り、彼を今は貪りたかった。せめて…この週末の間だけ、でも…。
「克哉、君が欲しい…」
朝日が窓際から強烈に差し込む天井を背景に背負いながら…御堂が熱っぽく
囁いていく。
「…っ! だって、昨日…あれだけ、オレを抱いた、のに…」
「まだ、全然足りない…あんなものでは、な…?」
「そん、なっ…む、ぅ…!」
問答無用とばかりに唇を強引に塞がれて、己の下肢の茂みに…御堂の熱くなった
塊が擦り付けられていく。
相手のあからさまな欲望を感じて、血が沸騰しそうになった。
(もう、ダメだ…オレも、御堂さんが欲しくて…堪らなく、なってる…)
朝っぱらから、何てふしだらなんだろう…とツッコミたくなったが、一度…点いた欲望の灯は
行くとこまで行かなければとても収まりそうになかった。
だからギュウ…と御堂の首筋に両腕を回しながら、相手の背中にすがり付いて…克哉の
方も彼を求めているのだと、しっかりと伝えていく。
「良いか…?」
「はい、オレも…貴方が欲しいです、から…」
消え入りそうな儚い声音で、そう囁いていくと御堂は猛々しい表情で笑っていく。
精悍さを兼ね備えた…獰猛な牡の顔だ。
それを見て、余計にこちらの情欲が煽られていった。
「良い子だ…」
そう笑いながら、御堂は改めて克哉の身体を…ベッドシーツの上に組み敷いていった。
瞬く間に始まる、灼熱の時間。
愛しているという甘い睦言よりも、遥かに激しく…お互いの身体でもって、滾りそうな
強い想いをぶつかり合わせていった。
―もっと、もっと傍に。
この世界で一番、オレは貴方の傍にいたい
強く貴方をどこまでも感じたい
深々と相手に貫かれながら、必死に縋り付いて…強くそう想っていく。
―愛している
お互いに簡単に口に出せない不器用な人間同士の、愛情表現。
願わくばどうか、どうか…いつまでも貴方の傍に…入られますように。
そう願いながら、朝焼けの中…愛しい人の腕の中で克哉は躍っていったのだった―
―生涯でただ一度でも本気で人を愛し、愛されたのならば
どのような結果になろうともその生は幸せなのではないだろうか。
その愛が報われることがなくても
相手に他に愛する人間がいて、自分が恋人という立場になれないとしても
心から相手を愛し、せめて想うことだけでも許されたのならば
…その宝物のような想いを抱いて悔いなく生きていける気がする
人は恋をして、狂うような想いに身を焦がして過ちを犯した末に
ようやく『愛』を見つけ出せることが出来るのだから
相手を手に入れなくても、最後に得るものを見つけられたのならば
それは…『恋愛』という。
最後に散ってしまう、儚いものであったもしても…
―お前は一体、どこにいる?
最後に言いたい事だけ言って消えやがって
あんなに強い想いをぶつけられて、こちらからは何を言う暇すらも
与えられず、昇華出来ない気持ちはどうすれば良いんだ?
せめて…存在だけでも示せ。俺の中にお前がいるというのならば…
一言だけでも、何か言ってみろ。
本当にお前が消えてしまったのならば…言いたい一言も言えないままだ。
お前が最後に告げたように、「ありがとう」と言うことすら出来なかった。
この俺の…気持ちは、どこに向ければ良いと言うんだろうか…
なあ、『オレ』…?
行き場のない気持ちを抱えながら、佐伯克哉は実に多忙な日々を過ごしていた。
御堂が運び込まれてから一週間。
ようやく彼の容態も安定し、意識が回復したと聞かされた。
恋人としては付きっ切りで彼の傍にいてやりたい…という気持ちはずっと抱いていたが
共同経営の会社内において、御堂がこなしていた仕事の穴を埋める為に克哉は
いつも以上に働きづめになっていた。
その為、面会が許可されている時間内に訪ねる事はほぼ不可能な状態になり
いつも非常口からこっそりと入って、恋人の寝顔だけを見つめる毎日を送っていた。
六日間、働きづめで午前中は休息の為の睡眠で潰れてしまっていた。
肌寒い日の、日曜の昼下がり。
佐伯克哉は緊張した面持ちで…恋人が収容されている病室の前に立っていた。
(起きている御堂と話すのは…十日ぶりくらいになるかもな…)
結局、もう一人の自分が転がり込んで来た日から今日まで…御堂とはロクに
会話をする機会すら持てなかった。
揺らがない、揺るがすつもりがなかった想いも…もう一人の自分が言いたい事を
言って消えてくれたおかげで…最後の方だけは少し引き寄せられてしまった。
その事実が…彼を大きく悩ませて、この扉を開けるのに躊躇させてしまっていた。
「ちっ…俺らしくないな。何をこんな事で迷っているんだ…」
苦々しく思いながら舌打ちして、そのまま個室の扉を開いていった。
4畳くらいの大きさの室内には、部屋の奥にベッド一台とTVが背面に設置された
サイドテーブル兼クローゼット、そしてベッドの上にスライドさせて使用出来る
白いプラスチック製の机が設営されていた。
集中治療室から、個室への移動は…御堂本人が希望した結果だという。
大部屋だと落ち着かないし…隣人に対しての配慮もしないといけないから、多少
割高になっても個室が良いと御堂が言っていたと…期間中、何度も見舞いに訪れて
自分にメールで状態を報告してくれた本多が教えてくれた。
「御堂…起きているか?」
そう尋ねながら、室内の様子を伺っていった。
ベッドの方に視線を向ければ、半身を起こして台の上に文庫本を乗せて、ゆったりとした
速度で読書に勤しんでいる御堂の姿があった。
「あぁ…君か。今、退屈だったので…本でも読んで暇つぶしをしていた処だ。…君の顔を
こうして見るのも久しぶりだな。元気…だったのか?」
「嗚呼、どうにか会社の方の仕事を一人でこなせるくらいのコンディションは保つように
している。だが精神的には…あんたの事がこの一週間は気がかりでしょうがなくて…
お世辞にも安定しているとは言えなかったけどな…」
その一言に、御堂は少しだけ目を瞠っていく。
信じられない言葉を聞いた、と言いたげな表情だった。
「…もしかして、君が私の事で不安定になっていたと言いたいのか…?」
「あぁ、そういっているつもりだがな。…何をそんなに驚いている?」
「いや…君の片腕としてこの一年、傍にいたつもりだが…そんなに率直に心配
しているとか、そういう事を聞かれた試しがなかったからな…少し驚いただけだ」
コホン、と咳払いを一つしながら…御堂は微笑んでみせた。
そのリアクションを見て、もう一人の自分が言っていた言葉の数々を嫌でも
思い出してしまった。
(もう少し素直になれ、か…。どれだけ想っていても口に出さなければ御堂には
決して伝わらない。最初聞いた時は…あんな土壇場に言うのがそれか、と反発
しただけだが…確かに、その通りだったのかもな…)
指摘されるまで特に意識をした事はなかったが、確かに自分は誰に対しても
素直に言葉を伝えたことはなかったのかも知れない。
あいつが想いを告げるよりも優先して、こちらに必死になって伝えたメッセージを
思い返しながらつい、苦笑してしまった。
「…あんたは、俺にとって大事な人間だからな。心配するのは…当然の
ことだろう?」
「…っ!」
いつになく、ストレートな一言をぶつけられて…あっという間に御堂の顔が
真っ赤に染まっていく。
その変化の具合はあまりに急激で、眼鏡は一瞬…どうしていいのか判らなく
なってしまった。
「き、君は…もしかして悪いものでも、食べたのかっ! そんなに優しい言葉を
いきなり掛けるようになるなんて…おかしい、ぞ…!」
(そんなに俺は…コイツに向かって、ロクでもない言葉しかぶつけて来なかった
んだろうか…?)
御堂を失うかも知れない。
その一件が、本当に身に沁みたからこそ…アイツの忠告を素直に受け取って普段の
皮肉っぽい言い回しを止めているだけなのだがこの反応の違いはなんだというのだ。
相手の動揺している姿を見ている内に、非常に意地悪な気持ちが浮かんでくる。
ふいに…邪魔な白い机をスライドさせてベッドの向こうに追いやっていくと…相手の元に
歩み寄り、ベッドに乗り上げて御堂の耳元に唇を寄せて、甘い声音で囁いていった。
―愛しているぞ、孝典
滅多に言わない、愛の言葉を呟いていくと…その瞬間、御堂の身体が大きく
克哉を突き飛ばし始めた。
その両手はフルフルと震えて…ついでに涙目になりながら、耳の辺りを押さえつけて
眼鏡を睨み上げていった。
「き、君という男は…! 普段言われ慣れていない言葉をいきなり言われても…こっちは
心構えがまったく出来ないだろうが…! 本当にいきなり、どうしてしまったんだ!」
どう表現すれば判らないが、今…目の前にいる克哉はどこかが違って見えた。
姿形は、紛れもなく彼なのに自分を無理矢理犯した時の彼とはあまりに違いすぎて…
表情、仕草…そして、言動の内容。
全てが、自分が良く知っている彼とは微妙に異なっていた。
「…そんなに、いつもと…違うか?」
「う、む…。かなり、な…。どう説明すれば良いのか判らないが…君がいつも内包していた
危うさや、暗いものが払拭されて…そう、だな。どう言えば判らないが…凄く、今の君は
優しい顔を浮かべている…気が、する。そう、眼鏡を外して髪を下ろした時の君みたいにな…」
「なっ…?」
髪を下ろして眼鏡を外している状態、それはもう一人の自分が出ている時の事だ。
御堂は真っ直ぐにこちらを見つめながら…そっと眼鏡の頬に手を這わせていく。
存在を確認するように、慈しむように…穏やかな表情を浮かべながら、その頬の稜線を
静かに辿っていく。
「…正直、ここ2~3ヶ月の君の傍にいるのは…息が詰まった。同時に、怖かった。
何か張り詰めたものを感じるのに…幾ら促しても何も言ってくれなくて。何を望んでいるのか、
考えているのか判らない状態が続いたからこそ、私の方も身動きが取れなかったのに
いざ行動したら…こちらの意思などお構いなしに犯される始末だったしな…」
「怒っているか…御堂…?」
「最初は、な。もう君の顔も見たくないとすら思った。だが…何日が時間が経って、君が
いきなり私の事を『御堂さん』と呼んだ時、凄く君が遠く感じられた。
他人行事になられた直後に…例の事故にあって、もしかしたら君と二度と会えないまま
逝くかも知れない…。そう思ったら、全てがどうでも良くなってしまった。
死が間近に迫った時、思ったのはただ…君に会いたい。その一心だけだった。
自分でも…いまだに、信じられないがな…」
苦笑いを浮かべながら、御堂が答えていく。
そっと相手の髪を優しく梳きながら…とても優しい眼差しでこちらを見つめてくれていた。
その瞳に半ば吸い込まれていきながら、頬にそっと口付けていく。
…こんな甘ったるいやり取り、そういえば…初めてやったかも知れなかった。
「…あんたこそ、珍しいじゃないか…。そんなに率直に自分の気持ちを…俺に
語ってくれるなんて。俺も今回の一件で…自分が素直じゃないって気づかされた訳だが
あんたも大概、意地っ張りだからな。そのおかげか…凄く可愛らしく感じられる…」
クスクスと笑いながら、互いの視線がぶつかりあう。
克哉はそのまま、そっと優しく唇を重ね合っていった。
愛しい、という気持ちがジンワリと広がっていく。
嗚呼…この暖かな気持ちは一体、何だというのだろうか。
何十回も、何百回もすでに御堂を抱いているにも関わらず…こんな小さなキス一つで
ここまで幸せな気持ちになった事など過去になかった。
相手も同じだったらしい。
お互いに顔を離して、そっと瞳を覗き込みあうと…いつになく戸惑ったような、
困っているようなそんな表情を浮かべていた。
「…私は君よりも、7歳も年上の男だぞ。可愛いといわれるのは…やはり心外だ。
撤回して貰いたい…」
「…俺は本心から、そういっているだけだ。それに事実を口にしているだけだ。
キスだけでそんなに顔を真っ赤にさせているあんたは…悩殺レベルで、可愛らしくて
堪らない。…あんたの怪我と体調の件さえなかったら、このまま押し倒したいくらいにな…」
「うわっ! 克哉…待てっ! ここは病院だぞ…!」
いきなり、恋人の唇が首筋に降りてくるのを自覚すると、あっという間に耳まで赤くして
克哉の身体を押しのけようと足掻いていった。
だが…そんな反応を楽しげに見守りながら、クスクスと克哉は笑っていく。
「…心配するな。あんたに、痕を残したいだけだ…。あんたは、俺のものだと…そう
示す証をな…刻ませてもらいたい…」
「あっ…」
痕を刻むだけ、と聞いて少しだけ御堂の抵抗が緩んでいく。
その隙を狙って、御堂が身に纏っているパジャマを軽く肌蹴させて首筋から鎖骨…
そして胸板全体から、胸の中心へと赤い痕を、まるで花びらが舞うように刻み込んでいく。
そして心臓の部位に、そっと顔を埋めていくと…ほっとしたように眼鏡は呟いていった。
―嗚呼、あんたの生命の鼓動(おと)が聞こえるな…
心から、この人が生きてくれている。
その事に感謝しながら、呟いていく。
あのまま…御堂を喪ったら、きっと自分は耐え切れなかった。
正気でなどいられなかっただろう。
御堂が生きている事実。
そしてその命を救う決断をしてくれたもう一人の自分の事を思い出したその瞬間…。
瞳にうっすらと、涙が浮かび始めていった。
それは…御堂が生きていてくれた事を感謝する喜びと。
もう一人の自分と二度と会えない悲しみ。
その二つの強い感情が…彼の心を大きく揺さぶり、涙腺までも動かしていった。
それが、自分でも信じられなかった。
(人前で…泣きそうになるなんて、みっともない以外の何物でもない…!)
慌てて相手の胸元から顔を上げようと思ったが、いつの間にか御堂にしっかりと
両腕に包み込まれるように抱き締められる格好になってしまっていたので…身動きが
取れなかった。
相手のリズムが聞こえる。
それはこの人が生きていてくれている証そのものだ。
眼鏡的には、絶体絶命の状況に等しかった。
御堂の前では、醜態を晒したくないという意識が強い彼にとっては…涙など決して
見せられる代物ではなかった。
その高すぎるプライドが邪魔をして…慌てて離れようと試みたが、御堂の強い腕が
それを阻んでいった。
(これじゃあ…俺を放せ、とは言い辛いな…)
逡巡しながら、どうにか涙を堪えようとしていく。
だがどうしても…もう一人の自分の事を思い出すと、泣きそうだった。
あいつに何も言えなかった。
感謝の言葉くらい、言わせてくれれば良かったのに…あいつは自分を犠牲にしてでも
御堂を生かす道を選択して、そして目の前で消えていった。
『ありがとう』その一言だけでも言えたなら…こんなに自分は悔やまないで済んだのに!
「克哉…」
あやすように、優しく御堂は…眼鏡の項や、頭を撫ぜていった。
こんなに暖かくて優しい雰囲気になった事など、過去に滅多にない。
それは安らぎと言われる時間。
あまりに労わられすぎると、余計に…涙腺が制御を失ってしまいそうだった。
(止めろ、もう…これ以上あんたに優しくされたら、俺は泣かないでいる
自信なんてない…!)
強すぎる意地が邪魔をして、その慈愛に満ちた腕の中から逃れようとした。
だが…その瞬間、『オレ』の言った言葉を思い出していく。
―ねえ、オレ。御堂さんに対して…もっと泣いたり、怒ったり…そういう姿をちゃんと
見せて良いんだよ? 今…オレとしたように、声を荒げて本気で言い合ったり…そういう
事が出来るようになっていけば…もう、お前の中の獣や憎しみが暴走する事はないと
思うから…。だから、どうか…幸せになって、な…
御堂と出会ってから、二年と数ヶ月。
一度でも…自分は彼の前で泣いた事はあっただろうか?
そんな弱みをただの一度でも見せた試しがあったのだろうか?
あいつの言葉を思い出して、その考えに思い至っていく。
それが…彼から、御堂の腕から逃れようとする意地をそっと打ち砕いていった。
そして、初めて泣いていく。
愛しい人間の、その腕の中で…。
「…っ! 克哉、もしかして…泣いて、いるのか…?」
相手の顔は、見えなかった。
だが…濡れている感触で、彼が今…どんな状態なのかを理解していく。
決して、克哉は顔を上げなかった。
その事実から、御堂は察して…それ以上、言葉では詮索せずに…静かに
彼を抱き締めるのみだった。
そして眼鏡は呟く。
心からの一言を…。
―あんたが、生きていてくれて本当に良かった。
あの事故で、永遠に失われてしまっていたかも知れない。
そう考えたらこうして生きていてくれている事、それ自体が凄く嬉しくて仕方なくて。
感謝の涙で、男は瞳を濡らしていった。
御堂は…意地悪で傲慢で、滅多に本心など口にしてくれない困った恋人が…
初めて、こんな一言を言ってくれたのが嬉しくて仕方がなかった。
―あぁ、私も…君にもう一度、会えて本当に良かった。今生の別れが…あんなに
すれ違ったままの状態にならなくて、良かった…。
お互いに知らぬ間に、涙を浮かべていた。
それを見せたくなくて、克哉は御堂の胸に…。
御堂は相手の肩に自分の顔を浮かべていくと…泣き顔は決して見せないように
しながら、再会の嬉し涙を静かに零していった。
「君が私を呼んでくれて、本当に良かった。…もう死ぬかも知れない、と。
そう覚悟した時にとても綺麗な光を見たんだ。それを見ながら…切実な君の祈りの
声を聞いたんだ。生きてくれ、と…まだ貴方は逝くのは早いんだ!戻って来てくれ…と。
君の呼んでいる声を何度も、聞いた。意識を失っている間な…」
「そう、か…俺は祈り続けていたからな。あんたが助かってくれる事を…」
だが、恐らくその声は自分だけではない。
きっと『オレ』のものも重なっていた筈だ。
二人の克哉が、この世で一番…御堂の生存を望んでいた。
だからこの人を失わないで済んだ。
けれどその引き換えにもう一人の自分を失ってしまった。
その事実が…眼鏡の胸の中をぽっかりと、大きな空洞を空けてしまっていた。
―克哉、私を呼んでくれて…必要としてくれて、ありがとう。
自分を陵辱した一件の怒りよりも、遥かにその喜びの方が大きかった。
だから…自然と、わだかまりは流れてしまっていた。
そう言われた瞬間…はっとなって、顔を上げてしまっていた。
お互いに涙に濡れた顔を晒していく。
だが…もう、そんな事で幻滅したり相手に呆れたりすることなど…最早ありえなかった。
―孝典、あんたも…生きていてくれて、ありがとう。あんたがここにいてくれる事が
俺にとっては…何よりも、嬉しいんだ
こんな言葉、今までだったら言えなかった。
だが…この喜びの前ならば、幾らでも素直になれる気がした。
気恥ずかしさはあった。
だがそれ以上に胸が満ちて、幸福でいっぱいになって…自分の心中の奥深い処に
宿っていた憎しみが、それで洗い流されていくような感覚を覚えた。
―あぁ、お前が言いたかった事はこれだったんだな…。
素直になる事で、こんなに気持ちが楽になれるなんて知らなかった。
意地を張るばかりで、そんな風にしか彼は生きられなかった。
だが…命を懸けてまでもう一人の自分はその事を伝えてくれた。
今、この瞬間が死んでも惜しくないくらいの幸福感を覚えているからこそ…彼が言った
言葉の重みをようやく…眼鏡は理解していった。
お互いに、幸せな笑みを浮かべていく。
眩暈がしそうなくらいに…愛しくて、幸せで。
再び…二人の唇は小さく、重なり合っていった。
もう…あいつにこちらの想いが届くことがないのならば。
『オレ』が願った通り、生涯この人を自分は愛し抜こうと静かに誓った。
優しく労わって、大切にして。
もう二度とあんな暗い衝動に突き動かされないように。
自分を見失わないように戒めたその瞬間、一つの声が響いていった。
―それで良いんだよ。幸せにね…『俺』…
微かな、か細い一言だった。
だが…確かに聞こえた。
間違えようがない…これは、あいつの…
(あぁ、お前は…俺の中に…いるんだな…)
それを確信した瞬間、彼は嬉しかった。
腕の中には最愛の人。
そして…心の中には自分の半身が確かに其処にいてくれている。
その事を確信して、心からの笑みを眼鏡は浮かべていった。
―あぁ、幸せになってやる。だから…お前はそこで、見ていろ…
お前が自分を犠牲にしてでも、守ろうとしてくれた愛を…何が何でも守ろう。
この手を決して離さないように。
ずっとこれから先も共に歩んで行けるように…。
強く願いながら、眼鏡はそっと腕の中の愛しい人を抱き締め続けていく。
その幸福に包まれたその時…。
―それで良いんだよ
優しい声音で、もう一人の自分が…こちらの決意をそっと肯定しながら
笑ってくれているのを、感じて…眼鏡もそっと微笑んでいったのだった―
…えっと最終話掲載は夜になります。
昨日往復4時間掛けて、都内の某イベント&飲み会に参加しましたが
一日はしゃいでいたせいで…体力使い果たしました(苦笑)
目覚まし時計を5時に設定しておきましたが、それをぶっちぎって六時まで
眠りこけてしまいましたので…潔く朝、書ける処まで書いて続きは帰宅して
からという流れにさせて貰います。
最終話はキチンと書き上げたいので、執筆時間は最低一時間半から二時間は
組みたいのでご了承下さい。
…焦って書いて、最後の最後で後悔したくないので。
残る処、最終話のみとなりました。
最初に想定していたよりも御堂さんの出番が無くなりすぎて…(本当は三人の出番は
もっと均等に割り振る予定だった…)これ、メガミドをうたっていて良いのか! と私自身で
さえもツッコミたくなってしまいましたが…連載終了したら、これ…素直に『メガミド前提の
克克悲恋』…とカテゴリー変更しておきます。
メガミドを愛している方には不快に思った方もいるかもです…あうあう。
けれどこの話は、片思いしている人間にスポットライトを当てて書きたい。
そういう動機で執筆した話なので…。
ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございます。
日付ギリギリになったとしても(その可能性大!)今日中に書き上げるように
しますのでどうぞ待ってやって下さいませ(ペコペコ)
追伸 昨日の克克会にてこちらを構って下さった方、感謝です。
テンション高くて非常にやかましい奴ですみませんでしたが、暖かく接して
くれた皆様のおかげで凄く楽しい時間を過ごせました。
主催のHさん、開催ありがとう! ここにコソリとメッセージ残しておきますね。
他者の為を想い、自分さえも捨て去る
残された者にとっては暴力にも等しい行為
その瞬間、まるで夜空に輝く花火のように光を放ち
迷える者を照らす道標となることでしょう
―そして暗天の中、焔と男の豊かな金髪がが揺らめいていた
契約の通り、Mr.Rは克哉の魂を貰い受けて…その約束を果たしていく。
ここは御堂の夢の中。
その中に黒衣を纏った男は入り込み、迷える魂を助けていった。
人の心は、ある種…小さな小宇宙のようなものである。
一切の光源すら存在しない漆黒の闇の中、彼が来るべき道を照らすように
幻惑的な光を生み出していた。
―さあ、こちらへいらっしゃい。貴方が生きる事を…心から望んでいらっしゃる方が
此処にいますから
そうして…紅、蒼、翠、紫、黄、橙…様々な色が入り混じった多数光が、清冽な白い
輝きとなって深い闇を照らし出していく。
遥か彼方には、死へと繋がるどこまでも深い奈落があるのならば…男が照らし出す場所は
生へと繋がる箇所だ。
―己の命を賭けてでも、貴方の死を拒んだ方がいるのです…だから、こちらへ
貴方ほどに輝ける方が闇に堕ちるのはまだ早いですよ…御堂孝典さん
御堂の夢の中でも、男の歌うような語り口調は変わることがなかった。
かなり深い場所で、御堂の魂は惑いつつあった。
そちらの方に踏み入れそうになったその時、こちらの焔を見て…ゆっくりとだが、確実に
こちらの方へと向かって来た。
今、Mr.Rが出している幻想は、人の魂が見せる輝きそのものだ。
宇宙の中に輝く太陽、漆黒の夜空に瞬く一番星のように…どこまでも眩く光って
『生』へ繋がる道筋がこちらにある事を示していく。
幾重にも延びる光が作り上げるその光景は、まるでオーロラのようですらある。
様々な色の光が混ざり合い、重なり合ってどこまでも澄んだ光を放つ。
それは克哉の祈りの象徴だ。
―まるで聖人のようですね。一切のエゴを捨て去って…ここまで恋敵の為に
御自分の命を燃やし尽くせる方はそう…いないですよ。
呆れたように、感服したように…男は呟く。
そう、この光は…克哉の魂を使って生み出している。
だから男は、代価に彼の魂を求めた。
深い深い場所に、その魂魄が彷徨ってしまった場合は…引き戻すのはかなり
困難な行為だ。
時に助かる見込みのないものが生還する時、その時は必ず…誰かが命を燃やしたり
命すらも削る覚悟で祈り続ける事により奇跡が起こるのだ。
人というのは本当に奇妙で、面白いものだ。
容易に他者を妬んだり羨んだりして、本来の輝きを簡単に曇らす者もいれば
土壇場で自らすらも捨て去って、正しい道を選んで光る者もいる。
克哉は、後者だ。
彼は…二年と言う時間を閉じ込められて過ごす事によって、本来…人が持っている
全てのエゴを捨ててしまったようだ。
だからここまで、一点の翳りなく彼の魂は光り続けていた。
命の全てを燃やし尽くしても惜しくはないと、自分自身までがそれによって
消滅しても惜しくはないと―
その命を潔く諦めるくらいの覚悟がなければ、ここまで輝けない。
だから男は…ほんの少しの慈悲を見せて、彼の魂の一カケラだけを残していく。
―佐伯克哉さん。貴方の魂の高潔な願いに免じて、ほんの僅かだけ…使わずに
残しておいて差し上げましょう
それは本当に微かな、弱い焔。
男の掌の中にすっぽりと納まってしまいそうな小さなカケラだった。
だが、小さなその結晶は澄んでいて、美しかった。
Mr.Rはそれを握り込んでいくと…優しく語り掛けていく。
―此度の、貴方と私のゲームは…貴方の勝ちです。散々、こちらが示した誘惑や
罠に惑わされずにもう一人のご自分の為に、最後まで己を犠牲にしてでも…あの二人を
幸福にする事を願い続けたその意思の強さに、敬意を示しましょう―
そう、Mr.Rにとって…佐伯克哉という存在は、長い時間を生きて退屈と怠惰に侵されて
しまった彼をもっとも楽しませてくれる貴重なものであった。
一つの身体に二つの魂。
どちらの面が生き延びて表に出るか、もしくは融合するか…衝突してこちらの誘惑に
あっさりと陥落して落ちていくか。
こちらが指す手によって、毎回彼の選択は変わり…結果が大きく違って来る。
それが男にとっては、面白くて仕方ないのだ。
例に出せば、眼鏡の方の意識が出ている場合のケースだ。
嗜虐の果てに一人の人生を破壊し尽くして悔やむ彼
親友気取りの男を影で裏切り続けて、その生き甲斐すらも奪ってしまったり
軽い気持ちで弄り続けた男に涙ながらに刺されてその生を終える場合や
飼い猫として愛でていた少年にあっさりと捨て去られる時もある
克哉の方が表に出た場合は…散々好きなように弄ばれた果てに相手の気持ちが
見えないまま置いていかれてしまったり
自分を想って全身で体当たりしてくる相手を「親友だから」と言ってばっさりと振ったり
男が与えた眼鏡に土壇場で縋ってしまって愛しく想う相手の家族に殺されてしまったり
今回のように…もう一人の自分に強く惹かれて、狂ってしまったり…
深く関わる人物と幸福になれる道のりを辿ることもあれば、彼らに殺し殺される結果や
見限られる結末など…実に多種多様な運命を紡ぎだしていく。
その時に男が深く関与する事もあれば、まったく想いも因らぬ処で予想外の結果を
導き出すことがあった。
それがどれだけ…病理のように、深く蝕んでいる男の『退屈』を満たして潤して
くれた事だろうか。
だから男は、『佐伯克哉』という存在に執着する。
時に楽園で、エヴァを唆した蛇のように…地獄に突き落とす誘惑をしたかと思えば
幸福への道筋を気まぐれに示すこともある。そのような関わり方で―
無数に広がる彼の可能性、そして運命。
その全てを見尽くすまで決して男は…離れないだろう。
この運命の中で、眼鏡がもっとも必要としている存在。
その光が、こちらの輝きに導かれるように戻ってくる。
弱ってしまっている魂に、惜しみなく克哉の魂は輝きを与えていく
己の全てを相手に渡してしまっても惜しくないというように…
御堂の魂は、その光を飲み込んでいくと再び蘇り
残されたのは本当に僅かなカケラだけだった
―貴方に最上の幸福を与えてあげましょう
そして、手の中の光を男は解放して宙に放っていく。
両手を挙げて仰ぎながら…その光を包み込み、そっと目を伏せていった。
―貴方のカケラを、あの方の中へ。もうこれだけ弱ってしまったのならば…もう
私の力を注いでも、貴方は肉体を持って存在する事は出来ない。
ですが…あの方に受け入れられて、その身体の中で静かに眠るだけならば…
充分に存在出来る筈です。
お眠りなさい…本当に愛する存在のもっとも近くに存在出来る座で。
其処は世界を大きく変革していく者をこの世で一番…間近で観察して見守れる場所。
そして貴方の存在を受け入れた後ならば、もし再びあの方が大きな過ちを犯しそうに
なっても今までと違いその声はキチンと届く事でしょう…。
二つの身体を持って結ばれることは困難でも、『一つの存在』となって一体化し…
見守り続ける事が出来る。
相手を手に入れる、手に入れないという領域さえ超えた最上の幸福を…
己を犠牲にしてでも、二人の幸せを願った貴方の高潔さに免じて差し上げましょう―
そして、男は解放し…克哉の魂が有るべき場所に戻るように促していく。
―お行きなさい。そして…おやすみなさい、克哉さん。
男は優しい顔をしながら、克哉の魂を見送っていく。
この奇妙な男の中には、神とも悪魔とも取れる両極端な心が宿っていた。
人を陥れて、闇に突き落とす残酷さと。
相手の幸福に繋がる慈悲を見せる部分と…まったく相反する面が同意している。
見送る男の顔は優しく、同時に何かを面白がるような愉しげな顔をしていた。
そう…彼にとって、佐伯克哉が幸福になっても不幸になってもどちらでも構わないのだ。
…自分をその道筋を持って楽しませてくれれば良い。
そして今回の顛末は、自分の予想を何度も小気味良く裏切ってくれて飽きる事が
なかったから…その労いとして、気まぐれに慈悲を見せた。
ただそれだけの事だった。
―さて、次なる貴方と新たな遊戯(ゲーム)を楽しむ事にしましょうか…
何度でも、何十回でも…こうして、貴方と楽しもう。
次の彼は、一体どのような顛末を自分に見せてくれるのか。
それは当面、終わる予定のない繰り返されるチェスのようなもの。
次回は圧倒的にこちらが有利な状態で相手を追い詰めた状態からスタートするか…
もしくは時に隙を見せて、たまには相手を有利にしておいてやるか。
そういう事を考えるのが、男は愉しくて仕方がない。
―人とは本当に不思議なものです。
とてつもなく美しい部分と、醜い部分が常に同居して存在している。
此度の貴方はとても輝いておりました。ですから…次も、愉しませて下さいね。
ねえ、佐伯克哉さん…。
両方の彼に語りかけるように呟きながら、漆黒の闇の中。
男の姿は掻き消えていった。
其処に残されたのは、強く輝く御堂の魂のみだった。
それは赤々と強く輝き、生きたいと訴えかけているように燃えている。
もう其処には…死の影など一切見当たらない。
そして御堂の魂は還っていくだろう。
心から、自分を必要として戻って来る事を望んでいる…眼鏡の元へと―
昨日の28話と、本日の29話が…この話の画竜点睛の一番重要な
部分と申しますか、竜の絵の目の部分に当たります。
という訳で休日だったし丸一日掛けて熟考していたんで遅くなりました。
その代わり、また日付ギリギリになるけど…気合入れて書きますよ。
自分なりに精一杯考えた結末です。
どのような形で持っていくのが…一番、読み手が楽しめるか。
どんな切り口で最終話の一話前を持ってくるのか。
そしてノマに…救いをどうやって与えるか。
今までの話にちゃんとヒントは散りばめておきました。
最初から、この話の結末はキチンと決められています。
ただどうやって演出して見せるか、それで悩んでいました。
やっと道筋が見えたので書いて来ます。もう少しだけお待ち下さい。
…そしてメールとか、拍手とか返信するする…言ってて相変わらず
遅い奴で申し訳ない。
ちゃんとメッセージ等は二週間に一回はチェックして、コメントが流れない
ようにという点だけは気をつけています。
拍手してくれている方、ありがとうです。
一応ビクビクしながら書いている時もあるので、そういう日に拍手が多く叩かれていると
勇気出して書いてて良かった…と励みになっております。
追記。
もう少し丁寧に書き上げたいので…一旦24時にて一旦執筆を切り上げて、
翌朝に改めて掲載させて貰います。
8日は早朝から出掛けて、夜遅いスケジュールになる為…
7日分→一回休み
8日分→早朝にアップ(星屑29話)
最終話掲載→9日早朝予定
という流れにさせて頂きます。
ここで焦って最後をしくじっても仕方ないので。
…まあ、22時頃に自宅に来たお客様を車で送っていったおかげで執筆を一回中断
する羽目になったのも大きな理由だったりします(苦笑)
イメージの波が来た時に、書けないのがいっちゃん切ない…(T○T)
21時から中断することなく最後までいけたら良かったのに…クスン。
早朝には確実にアップ出来るように頑張ります…。
それでは一旦おやすみなさいませ。
自分が消えてしまいそうな時に、必死になって手を伸ばして
そちらに引き寄せてくれた記憶。
それはもしかしたら…生まれる前に、あったかも知れない出来事。
『オレ達、もしかしたら…双子だったのかも知れない、ね…』
消え入りそうになりながら、眼鏡にとっては予想外の一言を克哉は口に
していった。
「な、に…?」
てっきり、愛の告白でもされるのだろうと硬くなって身構えていた眼鏡にとっては
予想外の一言であった。
「…お前に主導権を奪われてから、何度か見た不思議な夢があるんだ…。最初は
二人で同じ場所にいたんだけど、オレの方が深い穴に飲み込まれそうになって…
もうじき、自分が消えるな…と覚悟を決めた時に『来い』と誰かに…引き寄せられる夢。
最初は何だろう、と思っていた。けれど…前にどこかの本で読んだことがあったんだ。
双子というのは自然界に結構多く発生していて…けれど、生まれる前に淘汰されて
もう一人の身体の中に包み込まれてしまったり、お腹の中から消えてしまって別の
場所で同一日時に生を受ける不思議な例がある事を…。
『ミッシング・ツイン』と呼ばれる現象らしいんだけど…もしかしたらオレ達の場合は、
お腹の中で片方が淘汰される時に、もう片方が…自分の身体の中に招き入れたの
かも知れないね…」
だから、自分と彼は個別に魂を持っているのではないか…と。
そうでなければ、どうして…Mr.Rという不思議な人物の力があるからといって…
こうして別々の身体で存在出来るのだろうか?
克哉は何となく、二重人格というよりも…この身体には二つの魂が宿っていたからこそ
こんな不思議な事が可能になっていたのではないか…と感じていた。
「そ、んな事…」
ある訳がない、と続けるつもりだった。
だが…唐突に一つのビジョンが浮かび上がる。
弱く消えそうになっていた光。
それに必死になって追いすがる大きな光。
逝くな、と…自分は必死に叫び、そして…その光を飲み込む映像。
(何だ、これは…?)
それは夢か現か、実際にあったことかそうでないかは判別出来ない夢。
されど…二人の記憶に、そのビジョンがあるのなら実際にあったかも知れない出来事。
眼鏡の方は、再び呆然とするしかなかった。
克哉の方はどこか達観したように微笑んでいる。
「…その夢が事実かどうかなんて、オレには判らない。けれど本当の事だったのならば…
消えた方がオレの方ならば、最初からオレは『亡霊』で…お前が自分の身体に受け入れて
くれたから存在出来ていたに過ぎないんじゃないのかな…?
そしてお前が眠っていた13年間、オレは生きる事が出来た。その期間に…お前に
とっての御堂さんのように自分が心から愛したり…誰かに必要とされたり、そういう存在を
作れなかったのならば…淘汰されるのは、オレの方だ。違うかな…?」
そう、眼鏡の方は生まれた時から12年と…そしてこの二年間の合計14年。
克哉の方はあの不思議な銀縁眼鏡を受け取ってから数ヶ月後までの13年間…27年間の
生の内、ほぼ均等の時間を自分達は生きてきた。
出来すぎるが故に、出来ないものの心を理解出来ず孤高であった眼鏡。
その体験を無意識下で覚えていたせいで、秀でることを良しとせず…誰も傷つけないように
衝突しないように生きてきた克哉。
「…オレは誰も本気で求めようとしなかった。傷つきたくなかったから…誰も傷つけたく
なかったから…。けれどお前と御堂さんを見ている内に、お前の中に閉じ込められてから
そんな人生が…どれだけ空虚だったかを、思い知ったんだ。
誰かを好きになって、本気で変わろうと。その人間の為に必死になって努力して
前向きに生きていこうとする事…オレは、そんなお前の姿を見て…ようやく、気づかされたんだ。
そして本気で憧れて、その輝きに…惹かれたんだ…!」
憧憬の想いを込めて、そっと相手の頬に手を伸ばす。
それを眼鏡は無言で許していく。
少しずつ、もう一人の自分の姿が薄い淡いものへと変わっていく。
何も、いえなかった。
自分の内側にコイツはずっといたのに、眼鏡は存在しないものと扱っていた。
うっとおしく…弱い、情けない奴だと見下して…深く考えた事もなかった。
自分の中で、こんな事を考えて…生きていたと初めて知って…彼は戸惑うしか
なかった。
(何故、今になって言う…!)
いや、今になったからこそ…彼はようやく告げたのだろう。
愛しいという想いが湧いて来ても、この状況ではもう遅い。
そして…この想いを受け取れば、ずっと追いかけてきた御堂に対しての最大の裏切りになる。
その葛藤で、胸が苦しくてどうかなりそうだった。
いや…だから、コイツはずっと求めなかったのだ。
自分を、手に入れようとしないスタンスを貫いて来た。
『誰よりも、眼鏡の傍にいてその心に触れて来た』が為に…!
何も、言えなかった。
ただ、相手がギュっと抱きついてくるのを…無言で許した。
好きにすれば良い。
お前に残された時間は、本当に後僅かだというのなら―
「…お前の想いは、判った。だが…俺には、お前の気持ちを受け入れる訳にいかない。
御堂に対して、裏切れない。お前に…報いる訳に、いかない…」
「知っているよ…だから、オレは…御堂さんに生きて欲しいという選択をしたんだろ…?」
嗚呼、本当に薄くなっている。
消えてしまうのだな…と実感させられた。
そう、そう彼が選択したからこそ…今、こうして抱きついてくる事くらいは許している。
自分の愛する人間を生かす為に、自らの命を差し出す。
そんな馬鹿な真似をする人間の最後の抱擁を、どうして拒めるというのだろうか…?
「ねえ、我侭を言って良いかな…?」
「何だ、聞ける事なら…叶えてやろう」
「…一度だけ、キスして良い…?」
「あぁ、構わない。一度だけ…だろう?」
「うん…」
残された時間が五分を切った状態。
だから眼鏡も頷いていく。
そっと互いに顔を寄せて…唇を静かに重ねあった。
触れるだけの、長いキス。
軽くだけ…眼鏡の方からも相手を抱き締めて…相手の好きなように
させていった。
(あぁ…キスってこんなに、幸せな気持ちになれるものだったんだ…)
胸に、幸福感が満ちていく。
何度も夢の中で身代わりに抱かれて来た。けれど自分を見てくれないで身体を
重ねるよりも、自分の存在を認めてくれて…触れるだけのキスをした方が余程気持ち良かったし
心も満足していた。
ほんの僅かな時間だけで良い。
こうして抱き締められて、本当に心から想う人間の腕の中で安らぐことが出来たなら…
生きてて良かったと…心底思えた。
自分が生きていた時間の中、何も出来なかった。成さなかった。
けれど最後の最後で…本当に好きになった人間の為に何かを出来たのならば…
自分が生きていた意義はあったのだろう。やっとそう思う事が出来た。
克哉の身体が淡く輝き、細かい粒子となりつつある。
腕の中の存在が次第に儚くなっていく中…それでも、最後の刻まで彼は…もう一人の
自分を抱き締め続けていた。
「…ねえ、オレ。御堂さんに対して…もっと泣いたり、怒ったり…そういう姿をちゃんと
見せて良いんだよ? 今…オレとしたように、声を荒げて本気で言い合ったり…そういう
事が出来るようになっていけば…もう、お前の中の獣や憎しみが暴走する事はないと
思うから…。だから、どうか…幸せになって、な…」
「あぁ…努力する。だが、お前は…本当にそれで満足、なのか…?」
「うん、満足。だって…やっとお前に対して出来る事があったんだもの…」
「そうか…」
そして、もう一度…唇を重ねた瞬間…もう一人の自分の身体は完全に原型を
留めなくなった。
藍色の闇の中、眩く輝く粒子となって…自分の手の中で消えていく。
―ありがとう『俺』 どうか…御堂さんと幸せに
心からそう願いながら…もう一人の自分は、その運命を受け入れていった。
その様は…まるで夜空に多数の星が瞬くようだった。
そうして星屑にしかなれなかった存在は、己の魂を燃やしていく。
本来なら、なかったかも知れない生の中で…誰かを生かせた事に満足して
消えていく。
眼鏡は、静かな顔をしながら…その光が消えるまで…その場に立ち尽くす他なかった。
その数時間後。
集中治療室の前に戻った眼鏡の元に、看護士の口から…御堂の容態が峠を越したという報が、
届けられたのだった―
眼鏡の方には、この四日間の克哉の思考回路は理解不能だった。
どうして自分の前に現れたのかも疑問だった。
だが…一度追い出して、高熱を出した時に献身的に看病をされた時点で
何となくだが、こちらに対しての強い好意みたいなのは感じ取っていた。
想いを告げられれば、難なく追い出せたし拒絶も出来た。
だが…口にされない状況では、看病された後では断り切れない感じで
あったし、嫌な予感がヒシヒシと感じていたのでつい引き止めてしまった。
だが、さっき…コイツの悲鳴が聞こえた気がして、同じフロアにあった
耳鼻科の診療室の前に立ったらあの会話が聞こえて来て…眼鏡の方は
どうすれば良いのか判らなくなってしまった。
自分に好意を抱いていて、自分を欲しいとかそう言い出される方がまだ
判りやすいし対処のしようがある。
だが、御堂を助ける為に自分の命まで投げ出そうとする行動は本当に
眼鏡の理解の範疇を越えていた。
こちらを想っているは判る。だが…いつからそんな気持ちをこちらに抱いて
いたのか…眼鏡の方には、心当たりはまったくない。
だから、コイツに残されている時間が後僅かであるというのならば…聞いて
おかなければならない、と思った。
そうしなければ…自分は一生、この目覚めの悪い想いを引きずる事に
なりそうだったからだ―
暫くの睨み合いの後…気持ちを鎮めようと大きく深呼吸をしていく。
そうしてから、苛立ち混じりに相手の襟首を力任せに掴んで引き寄せながら…
彼は口を開いていった。
「…お前は結局、何がしたいんだ? お前は…俺を好きなんじゃないのか?
この四日間の態度を見てもそうとしか思えないのに…何故、平気で自分の命を
投げ出してまで…御堂を助けようとする?
しかもご丁寧に俺に説教までして…俺と御堂を続けようとする? 想っているのならば
普通は相手を欲しいと思わないのか…? 俺には、お前の考えが理解出来ない!」
「あぁ、普通ならばそう思うよっ! オレだって本来ならば…そこまでお人好しじゃない。
ここまで好きになったのならば…お前に抱かれたいとか、お前の存在ごと欲しいとか…
そう願った事は何度もある! 御堂さんを愛するように…オレ自身を愛して貰いたい!
そういう欲はずっとこの四日間渦巻き続けていたよっ!」
そう、相手に愛して貰いたい…そういう欲を克哉は一切抱かなかった訳じゃない。
ずっと自分の胸の奥では燻り続けていたのだ。
だがそれを彼は懸命に押し殺し続けていたに過ぎない。
「だったら何故、そんな真似をする…! 欲しいなら欲しいと素直に言われればこっちだって
拒絶するなり、お前を跳ね除けるなり対処の仕様があるのに、何故…一言も言わないで
自分の身すら投げ打って…俺と御堂を助けようとするんだっ!」
「…オレは、お前の内側に閉じ込められていた時…結果的に一番近い処で、御堂さんを
想って変化していくお前を間近で見続けていたからだよ! …最初に、オレを好きなように
犯した挙句に…オレがあの不思議な眼鏡に縋ったせいだろうな。
気づいたら自分の人生すらもお前に乗っ取られて…自分は其処にいるのに、二度と自分の
意思で身体を動かせない。見ているだけの状態に陥った時には…最初はお前の事を
心底恨んだよ…!」
「あぁ、そうだ。お前の立場からしたら…それが当然の感情だ。俺にとってはお前は所詮…
俺が眠っている間にこの身体を代わりに使っていただけの存在に過ぎない。俺が目覚めれば
お前が眠るのが道理だ。だが…逆の立場ならば、俺はお前を絶対に恨むだろう。
それなのにどうして…俺に好意など抱いたんだ? ただ代わっていく俺を一番近い処で
見ていたからと言って…そんなに恨んでいた相手を、愛するうようになるものか…?」
コイツの状況を自分なりに想像して、シュミレーションをしても…この想いを抱くに
至った動機が何なのか、眼鏡の方にはこうして話していても容易に共感出来ないし判らない。
だが相手は目を一切、逸らさない。
射抜くような強い眼差しでこちらを見据えて、言葉をぶつけてきた。
本当ならば、言うべきでなかったのかも知れない。
だが…相手の目を見て、こちらがそう想うようになった動機を真剣に聞きたがっているのは
すぐに判った。
残された時間はもう15分を切っている。
その残された刻の少なさが…彼を、吹っ切れさせてしまった。
「…自分でも馬鹿だと思う。けれど…御堂さんと再会するまで、お前がどれだけ…あの人を
想って密かに後悔していたかを見ている内に、いつの間にか放っておけなくなったんだ…。
だから、オレは…本物の御堂さんにお前が再会するまでの間…夢の中で、御堂さんという
形で現れてお前に抱かれ続けていた。そうしたら…情が移ったんだよ。
あの人をどれだけ求めているのか…愛しているのか、それを受け止めながら…オレは
お前に何ヶ月も夢の中で御堂さんの身代わりになり続けた。
そうしたら…いつの間にか、お前を想うようになってしまったんだ…それがお前を
想うようになった、理由だ!」
「な、んだと…?」
予想もしていなかった事実に…眼鏡が瞠目していく。
打って変わって…相手の剣幕が、落ち着いて…顔に動揺が浮かんでいった。
胸倉を掴んでいた手の力がふいに緩んだ。
相手の呆然とした表情に…克哉は、遠い眼差しになっていった。
「…理解、した? それが…お前に心当たりがなくても…いつの間にかオレがお前を
想うようになった理由だよ。本物の御堂さんと再会してからは、オレの出番なんて…
まったく無くなってしまったけどね。けど…オレはそのおかげで、どれだけあの人を
愛しているのか…必要としていたのか、誰よりも知っているんだよ…」
身代わりになり続けて、再会するまでは…毎晩のように抱かれていた。
眼鏡がその夢を見る頻度は、あまりに高くて…望まれる度に、望むだけ自分は彼に
『御堂』を与え続けた。
自分自身が決して愛される訳ではないと承知の上でも…ほんの僅かでもこいつの
飢えがその夢で潤せるならば、それで良いと…自分はいつしか想うようになった。
克哉の言葉に、眼鏡は何も言い返せない。
突きつけられた事実の重さに…口元を覆って肩を大きく震わせていた。
克哉は、そんな彼を優しく見つめながら諭すような口調で…次の言葉を紡いでいった。
「それにね…オレがどうして、何も望んでいないのか判る…? オレが何かを欲すると
言う事は…何が引き換えになるか、お前は気づいているのかな…」
「…引き換えになるもの…だと?」
「…やっぱり、判っていないんだな…。オレとお前は、基本的に身体は一つだ。
今はMr.Rの力を借りてこの世界に存在出来ているけれど…オレが生きたいと
何かを望むこと、成し遂げたい事は…『お前から身体を奪う』事でしか成り立たない。
一番欲しい存在がお前なのは確かだ…! けれど、オレという存在はお前から人生を
奪わなければ、生きる事が出来ない! それなら…オレは諦める以外の何が出来るって
言うんだ! それなら…オレには御堂さんとお前の幸せを望む事くらいしかやれる事
なんて…ないじゃないか!」
血を吐くような叫びを、彼は訴えかけていく。
そう…それが全ての動機。
馬鹿な真似だと、愚かな行為だと言われても仕方がない。
―自分に一つの身体があるのならば、だ。
だが…自分達は魂が二つあっても、身体は一つしか存在しない。
想っても、叶うことはない。
何故なら…あの男の力を借りなければ、本来ならば自分は存在しないのだ。
愛する人を得て…鮮烈に輝く一等星のような彼の器を奪うことでしか自分は
生きれないと言うのならば。
そうする事で…彼の器を奪ってしまう事に、愛する存在と引き裂いてしまう悲劇しか
生まないというのならば…自分は彼の輝きによって、霞んで儚くしか存在出来ない
星屑に過ぎなくても構わない。
それが…二年間、閉じ込められた末に出した克哉の結論だったのだ…!
「それが…全てだよ。オレがこんな真似をしたのも…御堂さんの代わりに死ぬ事になっても
お前の幸せを願うのは…だから、だよ。あ…でも、もう一つだけ…理由がある、かな…?」
ふと大切なものを思い出したかのように、フワリと克哉は笑っていく。
その瞬間…彼の身体がゆっくりと透き通り始めていく。
その異様な光景に眼鏡はぎょっとなっていく。
「お前、身体が…!」
「あぁ…もうオレに残された時間は、あまりないんだな…。それなら、ちゃんと聞いてよ。
…ちゃんと、これも…オレはお前に…伝えておきたいから…」
「…判った。聞いてやる。だから…早く言え。時間が、ないんだろう…!」
落ち着いた表情の克哉と対照的に、眼鏡の方は…動揺を隠せないようだった。
そんな半身を、克哉は優しく微笑みながら見つめていく。
そうして、克哉の指先までも透き通って光を通し始めていく。
…そしてゆっくりと、淡い光が…彼の身体から溢れ始めていった。
この時点で、克哉に残された時間は、すでに…後十分も残されていなかった―
最初に二つの光が宿りました。
けれど結果的にその場所で輝き続ける事が出来るのは一つの星だけでした。
―こっちへ
そして一つの星は必死になって消え去る運命の片割れに手を伸ばして、自分の光に
取り込みました。
そうすればこの光を守れると思ったから。
それは遠い昔に実際にあったかも知れない夢。
―この夢が彼を、激しくつき動かした大きな理由の一つかも知れなかった。
その現場にもう一人の自分に踏み込まれた時、克哉の頭は真っ白になってしまった。
(…何で、『俺』がここに…?)
呆然となりながら克哉は自分とまったく同じ顔をした男を凝視していく。
さっきまでMr.Rによって乱されていた現場まで彼に聞かれていたと思うといたたまれず、
このまま死んでしまいたい心境に陥っていく。
(…どこまで、オレ達のやりとりをコイツに知られてしまったんだ…?)
その情報が現時点では判らないだけに克哉は混乱するしかなかった。
嗚呼、まともに考えられなくなっていく。
この場に満ちる空気の静寂さと重苦しさと裏腹に…克哉の心臓は壊れそうなぐらいに
バクバクと忙しい音を立てていた。
「何で…どうし、て…?」
克哉は泣きそうな顔をして、呟いていく。
ほっとしたような、みっともない姿を晒しているのを見られた羞恥と…今、自分が決断
した事を聞かれていたという衝撃で、頭の中がグチャグチャだった。
眼鏡の顔は、平静だった。
だが…その肩と手は大きく震えている。
相手が何を言い出すのか、固唾を呑んで見守っていると…いきなり眼鏡はMr.Rに
向かって渾身の力を持って、拳を叩きつけていた。
ドガッ!
激しく肉と肉がぶつかり合う音が、周囲に響き渡っていく。
『おやおや…せっかくこうして、対面出来ましたのに…随分と今宵は、乱暴な挨拶を
かまされたものですね…』
「うるさい…! お前は、どこまで俺達を掻き回せば気が済む…! 今の話は一体何だ!
こいつの命と引き換えに御堂を助けるなんて…そんな芸当が…!」
『出来ますよ、私ならば。対価さえキチンと頂ければね。魔法と呼ばれるものは…
必ず対価や犠牲を伴わなければ起こせないものですが、『強い意志』という源
さえあれば、かなりの確率で一般的に『奇跡』と呼ばれる現象は起こせます。
まあ…これは奇跡と呼ぶには、ささやかな事ですけどね…ただ、エネルギーを
在る方から、無い方に逃がすだけの話。それくらいでしたら…私ならば、
造作のない事です…』
「うるさい! そんな事をしたら…コイツはどうなるんだ…!」
『実体を保てなくなって、消えます。そして…もう二度と肉体を伴って貴方の前に
現れなくなるだけの話ですよ…?』
サラリ、とMr.Rが口にすると同時に再び…眼鏡は男に向かって拳を向けて
殴りかかっていく。
だが、一度は許しても…二度まで簡単に殴られる気は流石にないようだった。
男は、彼の拳をスウっと身を躍らせて交わしていくと軽やかなステップを
踏んで容易に攻撃が及ばない範囲へと身を逃がしていく。
『…どうやら、今の貴方は…頭に血が昇られて、まともに会話が出来ないご様子ですね…。
その方に残された時間はそう長くはありません…。私などに無駄に費やされるよりも…
最後の一時を、有意義に使われた方が宜しいでしょう?
ですから、これにて退散させて頂きますよ…今から30分後、貴方から対価を
頂かせて貰います。宜しいですね…佐伯克哉さん?』
妖艶に微笑みながら男は、克哉の方を見つめてくる。
一瞬だけ、自分が出した結論に怯みそうになったがそれを顔に出さないように気をつけて
小さく頷いていく。
Mr.Rはそれを楽しげに哂いながら見届けると…あっという間にその身を闇に紛れさせていった。
瞬く間に…存在していた気配の一切の痕跡を消し、二人だけが残されていく。
訪れる沈黙が、痛いぐらいに…重かった。
お互いに何も言えない。
乱れた着衣に、Mr.Rに無駄に煽られて燻った身体。そして…欲望のタガを外しやすく
する効能を持ったフレグランスの微香が、僅かに室内に漂っていた。
何から話せば良いのか、克哉には見当がつかなかった。
だが…これはチャンスだと、同時に思った。
自分に残された時間が後三十分だと言うのならば…逆に踏ん切りが突く。
その時間が過ぎ去れば、自分はあの契約の通り…もう二度とこの世に身体を伴って存在
出来なくなるというのならばやれる事をやろう、と…暫く睨み合った末に、克哉は決意していった。
「ねえ…『俺』…。聞いての通り、オレに残された時間は後…僅かしかない。だから…
どうしてもお前に言っておきたい言葉が幾つかあるんだ…。良かったら、聞いてくれないか…?」
「何だ…言ってみろ」
眼鏡はかなり、怒っているようだった。
だがそれを表に出さないように必死に押さえ込みながら、平静を取り繕っていく。
あぁ…コイツはいつも、そうだ。
感情を乱す事、容易に表に出すことをみっともないと考えて…滅多に感情をストレートに
表現しない。先程のように露にしながら、他人に殴りかかるなどこいつにしたら相当に
珍しい行動だった。
そんな事をぼんやりと考えながら…言いたい言葉を必死に、頭の中で組み上げていく。
反発を受ける事など、もとより覚悟の上だ。それを承知で…克哉は口に上らせていった。
「お前はもう少し…自分の感情を表に出したり、人にちゃんと伝えるようにした方が良いよ…。
ずっとお前を内側から見守り続けていたけれど…気持ちをキチンと伝えなかったり、
思っている事、感じている事をいつも押し殺してばかりいるせいで…肝心な所で人と
すれ違ったり、対立をする羽目になってしまっている気がするから…」
それは、この二年間…眼鏡を内側から見守り続けていて、常々克哉が想い続けて
いた事だ。
内側にいたからこそ、身近な人間に暖かい心を持っていたり労わりの気持ちを抱いている
事を克哉は知っていた。
だが…コイツは、それを照れ臭がっているのか…滅多に口に出さない。胸に抱いて
外に出さないのだ。
今、自分の会社内にいる人間に感謝していたり、御堂をどれだけ強く愛しているのかも
以前所属していた営業八課時代の仲間…本多や片桐に対しても、それなりに愛着を持って
接しているという事も克哉は全部知っている。
だが表に出るのは、大抵皮肉交じりの言葉ばかりで…ついでに物言いも意地悪だ。
そして…怒っていたり、悲しんでいたりそういう負の感情を滅多に人前に晒さない。
一人で抱え込んで、誰の助けも得ようとしない。手を借りようとしない。
それが…本来自然にあるべき、心の流れを大きく淀ませている原因になっている。
そしてその淀みこそ…徐々に毒へ変わり、時に彼を凶暴にさせたり…嗜虐的にさせている
最大の原因である事を、やっと克哉は気づいたのだ。
今の言葉を言っただけでも、ピクンと相手の顔が引きつっているのを感じていた。
だが、言わなければ…怒られようとも激しい反発を受けようとも…時に相手にキチンと
告げなくてはいけない事があるのだから…!
「御堂さんにだって、あれだけ愛しているのなら…どうしてたまには、優しい言葉の一つも
掛けてやらないんだよっ! お前の場合…愛すれば愛しているだけ、相手を苛めたり
からかったりおちょくったり…追い詰めたり、掻き回したりして…誤解を招くような愛情表現しか
しないからあの人も混乱するし、不安にさせているんだってどうして気づかないだ…!
あの人との関係がいつまでも安定しないのは、お前がキチンと想いを率直に伝えないからだ。
口に出さなきゃ…気持ちなんて絶対に通じないのに…! 愛しているなら、愛しているって
キチンと言えよ…! そうじゃなきゃ…本当に大切なものが壊れるぞ!」
今、自分がやっている事は…馬鹿な真似に等しい。
好きな相手の、大切な人間の為に自らの命すらも投げ打ち。
そして…その相手と、好きな相手が幸せになれるように…怒りを買う事を覚悟の上で
こんな事を言っているのだから…。
だが、もう克哉は迷わなかった。
心を滅多に出さないコイツの本心を正確に知っているのは『コイツの内側』に位置して
感じ続けていた『自分だけ』なのだ…!
それが本当に自分が成すべき事なのだ。
一時しのぎに…相手に抱かれて、その憤りを発散させる事ではない。
ケンカをしてても、真実を相手にぶつける…!
そう決意して、克哉は…形振り構わずに、眼鏡の襟元を掴んで近づいていった。
「…お前の言いたい事は、それだけか…?」
「いや…まだまだ、言いたい事は山ほど…あるよ?」
本気の憤りを宿しながら、眼鏡がこちらを睨みつけてくる。
自分の叩きつけるような言葉に、彼は本気で怒っていた。
だが克哉は怯まない。
本気の光を瞳に宿しながら…グイ、と顔を近づいて…真っ向面から真剣な顔をして
向かい合っていった―
―あぁー!
達した瞬間、克哉は堪えきれず高い声で啼いていった。
「は、あっ…はぁ…はっ…くっ…!」
欲望を吐き出して、乱れた呼吸を零しながら克哉は回想していた。
どうして、自分がこうして…Mr.Rの提案に乗って身体を伴って現れたのか。
そのキッカケを…。
男は言った。眼鏡と御堂には根本的な欠点があると。
お互いに弱みを見せられない性分なのと、そのプライドの高さによって少しずつ
ズレが生じ始めて、このままでは…一年持たずに最悪の結末を迎える可能性があると。
―何もせずに放っておけば、あの方は最愛の方の心を破壊し…あの方自身も
恐らくその痛みに耐え切れずに崩壊するやも知れません。
そうなれば…貴方は必然的に、もう一人のご自分の死に巻き込まれる事になります。
何もしないで、巻き添えになられるのは…嫌なのではないですか?
それなら…一週間だけ、チャンスを差し上げましょう。
その結末にどうやったらあの二人が回避出来るか、必死に考えて足掻いて見ては
如何ですか? そうすれば…もしかしたら、その結末を変えられるかも知れませんよ…?
そう提案されてから、翌日まで…自分は必死に考えた。
二年近く、内側で見守り続けていた彼を見殺しにする事など…克哉には出来なかった。
過ちを犯して、そのまま彼の命まで失われてしまう。
そんな結末は嫌だと思ったから、克哉は男の提案に乗る事を決意した。
そして出した最初の結論は、御堂の代わりに自分が彼の激しい衝動を受ける…と
言うものだった。男はそれに協力し…こっそりと欲望を解放しやすくなるフレグランスを
部屋に設置し、そしてその夜に…自分は彼の前に現れて実行に移される筈だった。
―だが、その浅はかな計画はその当日に御堂が彼の自宅を訪ねるという予想外の
行動によってあっさりと打ち砕かれてしまった。
それからは答えなど、判らなくて…想いは空周りしてばかりで。
根本的に彼らを救うにはどうすれば良いかなど…そんな視点は、男に指摘されるまで
克哉は全然、思い至らなかった。目先の事しか、見えていなかった。
(あいつが抱えている根本的な問題…それを、指摘しなきゃ…駄目、だったんだ…。
恐らく、その答えは…)
そこまで考えた時、再び陰茎に指が絡まってきた。
「や、止めて下さい…! もう…嫌です…!」
必死にもがきながら、抵抗をしていくが…両手の拘束は外れる気配がない。
そうしている間に、Mr.Rの手が…スルリと椅子と、自分の背中の間に差し込まれて…
背面から直接臀部を撫ぜ回し始めていく。
「止めて下さい…! そんな、処は…!」
『…ずっと、弄って欲しかったんじゃないんですか…? ほら…もう此処は私の指に
吸い付いて来ているようですよ…?』
男が嘲るように耳元で囁くと、スルリと克哉の内部に…皮手袋で覆われた指が
容赦なく入り込んで来た。
「はぁ…ううっ…!」
克哉は苦しげに呻くが、相手が言う通り…其処はあっという間に男の指先を
飲み込んで妖しく蠢き始める。
自分の意思と裏腹に反応する身体が、恨めしかった。
だが…そんな彼の意思などお構いなしに、Mr.Rは前立腺の部位を探り当てると
其処を執拗に弄り上げていった。
『ほら…身体の方は正直なようですよ…。こんなに貪欲に私の指先を飲み込んで…
キツく締め付けているのが、ご自分でも判るでしょう…? この様子なら…指だけでも
イケそうですよね…?』
「ヤメ、ろ…! 嫌だ…オレは、こんなに嫌だぁ…!」
早く自分は伝えないといけないのに…言わないと、アイツの為にしっかりと
言っておかないといけない事があるのに…快楽に溺れたくなどなかった。
ポロポロと涙を流しながら、必死に抗っていく。
その様子を見て…Mr.Rは心底愉快そうに…だが少しだけ哀れむような口調で
告げていった。
『何が、そんなに嫌なんですか? …私はただ、この数日疼き続けていた貴方の
身体を慰めて差し上げているだけ、ですよ…』
「そんな、事…オレは一切、望んでいない…! この瞬間だって御堂さんは…
今にも死にそうになっているのに…! アイツは、それを苦しんで…耐えているのに
オレが、こんな事をしてて…良い訳が、ないでしょうが…!」
激昂しながら叫んでいくと…もう言葉は止まらなかった。
「オレはあの二人を救いたくて、現れる決意をしたのに…! 何も出来ないで、引っ掻き
回す事しか出来なくて…! そんな時に、こんな行為に没頭したくない…!
だからもう止めて下さい…! オレは、これ以上は嫌です…!」
自分の最奥は確かに貪欲に快楽を求めて、疼いている。
あのフレグランスの芳香が漂う中、それでも飲み込まれずに…このような綺麗事を
言える克哉に、Mr.Rは少しだけ感心していった。
その意思の強さに敬意を示して…一つだけ救いの道を提示してやろうかと…男は
気まぐれを起こしていった。
そう、かなり残酷で…正しい方を選ぶには、決意が伴う選択肢を。
『おやおや…貴方は本当にお人好しみたいですね。このフレグランスの効能は常人なら
容易に抗えない程…強いものなんですけどね。ですが…そこまで申されるのでしたら、
貴方に選択肢を与えて差し上げましょう…?』
そうして、男は一度…弄るような指の動きは止めてこちらに問いかけてきた。
『…確かに、この瞬間…あの方の最愛の方の命は脆くも消えようとしています。
このまま放っておけば…助かるか、命を落とすかは五分五分と言った処でしょう。
しかし…今、貴方を現実に存在させているエネルギーと…貴方自身の命を注ぎ込めば
確実に助けられる事でしょう…。
ですが、そうすれば…貴方は私の力を持ってしても、二度とこのように一つの身体を
纏ってこの世に現れる事は叶わなくなります。
…このまま放置すれば、貴方にとっては…最大の恋敵はいなくなる可能性があります。
さあ…貴方は、どちらの道を選択しますか?』
その選択肢を聞いた時、克哉は驚きを隠せなかった。
彼の目は大きく見開かれて…その後、深く溜息を突いていく。
考えるまでもない。
自分が選ぶべき道など…最初から決まっている。
だが、決意するまではやはり…緊張して、少し時間が掛かった。
―その選択肢なら、オレが選ぶべき道など最初から決まっています。
オレはすでに…この世界に存在しない亡霊のようなものに過ぎない。
比べるまでもありません…どうか、御堂さんを助けて下さい!
そう告げた時、Mr.Rは少しだけ驚いた顔を浮かべ…そして悠然と微笑んでいく。
それは克哉にとっては、自分を死に導く…死神の微笑に等しかった。
だが決して目を逸らさずに…対峙していく。
背後に覆い被さる相手の方に向き直り続けるという苦しい体制であったが…
克哉は怯まなかった。
『判りました…貴方の決意に敬意を称して、その願いを叶えて差し上げましょう。
ですが…最後のこちらからの慈悲として、午前零時まで…貴方に猶予を差し上げます。
その間に…自分がされたい事をなさって下さい…』
そうして…腕の拘束がパラリ、と解かれていった。
突然の解放に…克哉自身が呆然としていると、更にとんでもない事を男はあっさりと
口にしていった。
―其処に立っている貴方様も、私たちのやり取りをずっと聞いておられたのでしょう。
いつまでも扉の前に立ち尽くしていないで…この部屋に入って来られたらどうですか…?
その一言を聞いた時、背筋が凍るかと思った。
だが…間もなくして、ガチャと音を立てて扉が開かれていく。
其処に立っていたのは…眼鏡だった。
「な、んで…どうして…!」
「………」
克哉が動揺を隠せずに青ざめていくのと対照的に…もう一人の自分の表情は
冷ややかで…同時に、信じられないという眼差しでこちらを見つめていた。
そして二人は、見詰め合っていく。
克哉に残された時間は後僅か。
先程まで喘がされていた事や、たった今…命を投げ出そうとしていたそのやり取りを
全て聞かれていたという混乱が襲う中…最後の二人の邂逅が、ゆっくりと始まろうとしていた―
先程、急速に闇の中に落ちていった意識は瞬く間に覚醒し…この事態に
驚いていく。
室内は、藍色の闇に包み込まれていた。
内装からして、病院内の診療に使われている一室…のようだった。
(ここは、一体…?)
まだ視界はぼんやりとして、はっきりと物の輪郭を据えられない。
必死に目を凝らしながら周囲を見渡していく。
時間の経過と共に、少しずつ状況を理解していく。
窓の向こうには冴え渡る夜空に浮かぶ真円の月が。
そして…目の前には闇の中ではくっきりとした存在感を放つ金色の豊かな
髪が靡いていた。
―お目覚めになりましたか?
まるで芝居の台詞を口にするかのように滑らかに、黒衣の男が告げる。
その容姿に、歌うような語調。
間違いはなかった。自分をこうして…実体化させる程の力を持ち、今回の一件の
発端を作った人物が静かに其処に佇んでいた。
「Mr.R…! 何故、貴方が…! どうして、オレを拘束なんてしているんですか…!」
『いえ、ただのお仕置きですよ…後は私の趣味と、貴方に対しての忠告も兼ねて…
このような場を設けさせて頂いただけの話です』
「…オレには貴方にお仕置きされる言われなんて、ありません…!」
『本当にそうですか? せっかく…このような機会を差し上げたにも関わらず、引っ掻き回す
だけで望んでいる事は何一つ出来ず…挙句の果てに、あの方に拒絶されているような貴方が
お仕置きされる謂れはないと…本気でおっしゃるつもりですか…?』
「…っ!」
図星を突かれて、克哉の表情は硬くなった。
それを見て…男は心底、楽しそうに笑う。
『…事実を言われて、何も言い返せないという顔をしていますね…。やれやれ、それでは
到底…本来あの方達が辿るべき道筋をひっくり返す事など…出来そうにないですね…』
「そ、んな…! そんなのは…嫌だ! あの二人の内のどちらかが死ぬ結末なんて…
そんなの、オレは認めたくない…!」
『…そうですね。私もそれでは退屈ですから、貴方にこうして肉体を与えて、一週間だけ
存在する事が出来るという機会を差し上げた。それで…少しでもあの方達が大きく翳る
運命を覆すことが出来るなら、というつもりでした。
特に良心によって本心を押し殺し続けて…欲望を発散されない限りは、徐々にあの方は内側からの
圧迫に押しつぶされていつしか…愛しい方そのものを完膚なきまでに破壊されてしまう、と。
その本来の流れをどうやって貴方が変えていくのか…見守っていましたが、正直期待外れ
でした…。貴方は、トコトン…人の気持ちも判らなければ、根本的に物事をどうすれば解決
出来るか…そういう事を考える能力が備わっていないようですからね…』
嘲るように、男が嗤う。
その整った、人形のような表情に克哉はゾっとなった。
ツウっと頬の稜線を皮手袋で覆われた指先で辿られて…その妖しい感覚に背筋に
冷たい汗が伝っていく。
『…欲望をご自分の身体で発散させる、などという真似をされたら…その後に残された
二人がどのような想いを抱くか…まったく想像が出来ない。佐伯克哉という存在は、
あの方も含め…トコトン、人の気持ちを理解出来ないようですね。
だからこそ…見守っている私も、退屈せずに済むんですけどね…』
「やめ、ろ…!」
ふいにシャツのボタンを作為的な手つきで外されて、胸の突起を弄り上げられていく。
克哉は必死にもがいて抵抗したが…男は背後からぴったりと密着した状態で、
彼の乳首を弄り始めていった。
「嫌、だ…! 離せ…!」
『おやおや…本当に止めて宜しいんですか? この身体は…あの方に抱かれたくて…
この四日間、熱く火照り続けていたんでは、ないんですか…? もうこんなに…硬く
尖らせて、反応させている癖に…』
「ひゃあ…!」
ふいに硬く張り詰めた突起を指先で強く摘まれて、克哉は鋭い悲鳴を上げていく。
『なかなかの感度ですね…こうされると、もっと貴方のようないやらしくて素敵な方は…
悦ばれるんじゃないんですかね…?』
クスクスと笑いながら、Mr.Rは今度は胸の突起の先端を、爪先で軽く抉るようにして
痛みが混じった快感を与えてくる。
それを左右交互にされたら、溜まったものではない。
瞬く間に克哉は耳元まで赤く染めて…その感覚に耐えていった。
そうしている間に男の手は更に執拗さを増していく。
カリ、と耳朶を食まれて…熱い吐息混じりに囁かれると…ビクリ、と身体全体が
震え始めていった。
『…あぁ、人の気持ちが判らないというよりも…貴方はご自分の欲求に正直に
なられただけですね…。ずっと、夢の中で御堂さんの身代わりに抱かれ続けて…いつしか、
貴方の中には欲望が灯ったのでしょう? あの方に愛されたいと…抱かれて、どこまでも
ムチャクチャに貫かれたいと…貴方は、あの二人の為と言いながらご自分の欲求を
満たす事しか考えられなかった。違いますか…克哉さん…?』
「…っ! そ、んな事は…!」
―本当にない、と言い切れるのだろうか…?
痛みと、快感が入り混じりながら責められていくと…ふと、そんな想いがじんわりと
彼の中に広がっていく。
そうだ…指摘されるまで、気づかないようにしていた。
抱かれたい、というよりも…自分はあいつの傍にいたい…と願っていた。
だからその想いを常に優先してばかりで…本当にあの二人が、大きくすれ違いながら
互いに自滅しあっていく…その悲しい流れをどうやったら変える事が出来るのか。
その根本的な解決方法を…自分は一度でも、考えた事があったのだろうか…?
『…どうやら、否定し切れないみたいですね。どうせ…貴方の事ですから、ご自分の
身体を投げ出してあの方の欲求を発散させるくらいしか…思いつかなかったのでしょう?
それを盾にした方が…貴方も、この淫らな身体を満足させられますからね…』
言葉で辱めながら、男の手はゆっくりと…克哉の下肢へと向かっていく。
スーツズボンの上からやんわりと性器を撫ぜ擦られて…ビクリ、と下肢が反応していく。
認めたくなかった。
だが…身体は如実に示している。
この四日間、克哉の身体は…ずっと飢え続けていたのだと、ほんの僅かなチョッカイだけで
これだけ身体を熱くしている。
それは紛れもない事実なのだから―
「止めて、下さい…! これ以上、オレを無理矢理暴かないで下さい! そんな本心は…
気づくたくなかったし…見たく、ない…!」
必死に頭を振りながら、克哉は訴えていく。
だが男は一切容赦するつもりなどなかった。
フロントの部分に手を這わせると、ジッパーを引き下げて…硬く張り詰めている
克哉のペニスを外気に晒し始める。
しっかりと自己主張をしている己の欲望の証を目の当たりにして、克哉は居たたまれない
気持ちになっていった。
『駄目ですよ…これはお仕置きと言ったでしょう…? 人の気持ちが判らない、理解出来ない
結局…本質的にはあの方と同じ欠陥を抱えている貴方に…じっくりと言い聞かせる為に
私は親切で…このような機会を設けて差し上げているんですよ…?』
「これの、どこが…親切なんですかっ! …人を拘束して、辱めて…こんな酷い行為を
している…癖、に…あぁ―!!」
ペニスの先端の、先走りを滲ませている部分を滑らかな皮手袋で弄られて…鋭い
快感が全身を走り抜けていく。
ここは男にとっては殆ど急所に近い部分だ。
瞬く間に身体全体から力が抜けて、荒い吐息を漏らしながら喘ぐしかなくなる。
『親切、でしょう? …貴方がやろうとしていた行為では…一時しのぎにしかならない。
数ヶ月、半年単位では回避出来ても…根本からの解決には至らない。その回答を…
今、貴方に教えて差し上げているんですから…。
あの方を救いたいのなら、貴方が言わなくては…しなくてはならなかった事が…
他にあります。それを…今日、貴方は薄々と…本当は気づかれているんで
はないんですか…?』
その一言を言われた時、真っ先に思い浮かんだのは…泣けない、あいつの姿だった。
ショックを受けている癖に…感情を表に出せない。
本当は涙を零して取り乱したいだろうに…アイツは、決してそんな弱さを自分にも…
いや、恐らく他の誰にも見せようとはしないのだろう。
(…もしかして、根本的な解決っていうのは…)
ようやく気づく…この男が示唆しているものが、何なのか…その輪郭だけでも。
だがしかし…すぐにねっとりとした愛撫が齎す悦楽によって、克哉の思考は霞みが
掛かっていった。
「ヤダ…もう、離して下さいっ…! こんなのは、嫌です…!」
必死に頭を振りかぶりながら再びもがき始めるが、拘束はまったく緩む気配がなかった。
そうしている間に男の手は一層熱が込められていき。
―冷静に貴方が判断出来るように、一度…その熱を吐き出させて差し上げましょう…
そう告げて、ペニスを的確な愛撫によって追い詰めて…克哉を容赦なく…絶頂へと
導いていったのだった―
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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