忍者ブログ
鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
[114]  [115]  [116]  [117]  [118]  [119]  [120]  [121]  [122]  [123]  [124
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 ピピッ!

 特徴的な電子音が響き渡ると同時に、脇から体温計を取り出して…佐伯克哉は
思いっきり溜息を突いていった。

―38度か。結構高い熱だな…。

 彼は一人、熱を出して…御堂のベッドの上でゴロンと転がっていった。
 ふとした瞬間に相手の残り香が鼻に突いて…それだけで落ち着かなくなって
しまっていた。

―どうしよう。このままじゃ…とても、オレ…落ち着いて身体なんて休められない…!

 御堂と恋人同士になってMGNに移籍してから三ヶ月。
 以前に関係を持ったばかりの頃と違って、優しい表情や態度を見せてくれるように
なってくれたのは克哉としても非常に嬉しかった。
 だが…同時に、そうされる事に慣れずに…戸惑いを感じる事も多く。

 就業時間間際に、ふと…ガクっと身体のバランスが崩れた事で、今日一日…高い
熱を持って無理して仕事をしていたのがバレて、即効で彼の車に乗せられてこの
マンションに運び込まれて、ベッドに押し込まれたのだ。
 御堂はこちらの上着を脱がせてネクタイを解き、ベルトを緩めていくと…さっさと
台所に向かい…克哉用のおかゆを作り始めていた。
 安静にして身体を休めているんだっ! と命令口調で強く言われていたが…その
慌てたような振る舞いを思い出して、克哉はつい…クスクスと笑って行く。

(あの人の…あんなに慌てた顔が見れるなんてな…)

 以前の酷い仕打ちばかりされた頃に比べれば嘘みたいだった。
 だから、高熱が出て身体的には辛かったけれど…嬉しくて、頬が緩んで
しまっていく。
 自分がこんな事を口にすれば、あの人はきっと…怒るか、照れたような顔を
浮かべてソッポを向いていくだろうけれど…。
 
「まさかこんな日が来るとはな…」

 そう言いながらもう一回身体を転がして…その喜びを噛み締めていく。
 御堂は果たして…どんな顔をしながら、おかゆを持ってきてくれたり…傍に
いてくれるのだろうか?
 今まで…正式に交際してから、体調を崩した経験などなかったから…ちょっと
興味があった。
 普段の彼と違った一面をまた…知る事が出来るのだろうか?
 そう考えるだけで胸が弾んでいく自分を、少々…不謹慎だなと苦笑したくなった。

(…不謹慎かな。心配掛けて迷惑掛けさせてしまったのに…それを嬉しいと思う
なんて…)

 静寂を讃えた室内に、時計の秒針が動く音だけが響いていく。
 御堂の気配、空気を感じられる室内。 
 それを全身で感じ取りながら…彼は瞼を閉じて、身体を休めていこうとする…が
心臓の鼓動だけは依然、荒いままだった。

(…鎮まれ、心臓…。ドクドクと大きくなっているだけで…余計に意識、を…
してしまうから…!)
 
 しかし克哉の意思に反して、部屋の外から微かな足音が耳に届くだけで…
一層鼓動は荒く落ち着かなくなっていく。
 そして足音が部屋の前で止まっていくと…ゆっくりと寝室の扉が開かれて
向こうから御堂の姿が現れていく。

「克哉…おかゆが出来た。食欲が少しでもあるのなら…ちょっとでも胃に
入れておいた方が良い…食べれるか?」

 そう問いかけながら、御堂は…おかゆの入った皿を載せたお盆を手に持って…
部屋の中へと入っていった―
 
PR
『第五十話 いつか会える日を願って―』 「眼鏡克哉」

 眼鏡の方が、もう一人の自分と別の肉体を与えられた日から一ヶ月が
経過しようとしていた。
 最初の一週間は、渡された免許証を元に生きていくのに必要な身分証明や
準備を施すだけであっという間に潰れた。
 次の週から、就職活動を始めて十日も立たない内にとある電話業界の会社の
営業としての内定を取得し働き始めていた。
 その間、彼は秋紀が暮らしているアパートの方に身を寄せさせて貰っていたが、
 就職が決定してから彼は今度は自分の新たな住居を探し始めていた。

 現在、秋紀は親元から独立して高校時代に良く通っていた克哉と出会ったバーの
店長に雇われて、あのバーでバーテンとして働いていた。
 彼は、眼鏡がずっとここに留まっても構わないと言っていたので暫くは甘えさせて貰って
いたがまだ、正式に自分達は恋人同士になった訳ではない。

 目覚めた当初は、ずっと想い続けてくれていた事が嬉しかった。感謝もした。
 だが自分の胸の中には未だに、太一ともう一人の自分の事が大きく存在している。
 そんな状態で、真剣な気持ちに中途半端に応えて良いのだろうかと珍しく殊勝な
考えが生じたせいでこの家で一ヶ月生活するようになってから、未だに秋紀と身体を
重ねた事はなかった。  
 それでも秋紀は何かと、自分を気遣ってくれるし目覚めたばかりで不安が大きく
圧し掛かっているこの時期に、ただ一人でも自分の事を知っていて必要としてくれる人間が
いる事は有難く思えた。

 佐伯克哉としての人間関係は、基本的にもう一人の自分のものだ。
 同じ人間が二人いると知られてもややこしい事になるから、これからは眼鏡の方で
新たな人間関係を作って生きていかなければならない。
 ドリンク業界や、それに関係する業種の場合は彼がマネージャーをしているバンドの曲が
MGNにタイアップで使用されている事から見ても以前の知り合いと顔合わせる可能性が
高いだろう。

 だから眼鏡は違う業界に飛び込んだ。
 自分の実力なら絶対にやっていけるという確信もあるし何より、面倒な事は
避けたかったから。
 それでも新たな環境で生きていくのは、最初の頃は疲れるものだ。
 ようやくアパートに帰宅する頃には克哉は思いっきり疲れた顔を浮かべていた。

(今日も無事に終わったな

 扉の鍵穴に、鍵を差し込んでいくと予定外の手応えを感じた。
 開錠する方向にキーを回していったがカチャ、という音が今夜は聞こえなかった。

「ん? もうすでに開いているのか?」

 怪訝そうに思いながら取っ手に手を掛けていくと秋紀に笑顔で出迎えられていく。

「あ、克哉さん! お帰りなさい!」

 時刻は19時50分。
 いつもならば水商売をやっている秋紀はとっくの昔に出勤している時間帯だ。
 それなのに満面の笑みを浮かべながら、夕食を作っている姿を見ると何故、と
いう疑問だけが湧き上がっていく。
 秋紀が作っているのはカルボナーラだ。
 スパゲティの類はバーの賄いや、軽食を任されるようになった時にしっかりと
覚えたらしく味わいは上々だ。
 密かに眼鏡も気に入っていたがあまり面を向かって褒めた事がない一品だった。

お前が平日のこの時間帯にいるのは珍しいな。休みだったのか?」

「うん。ちょっとね同僚の子と急に休みを交換する事になったから。週末にどうしても
行かないといけない場所が出来たんだってさ。僕も週末は克哉さんといっぱいいられる
貴重な機会だから譲りたくなかったんだけどね。
 あんなに一生懸命頼まれると断り辛かったから今回だけ譲ってあげる事にしたんだ。
今日は最近気になっているバンドが初めて、生で出演する番組の放送もあったからね。
録画するつもりだったけどリアルタイムで見るのも悪くないかなって思ったし」

 そういって説明する秋紀の表情は、自分の記憶にある頃よりもずっと大人びていた。
 元々、華やかな容姿をしていた少年だったが二十歳になって立派な青年となった彼は
独特の艶めいた雰囲気を持っていて水商売をやるにはぴったりになっていた。

気になっているバンドって、今MGNの新製品のCMで、ゴールデンタイムで良く
流されている曲のあれか? お前が最近は着信音にも設定している

「うん! それそれ! あれ凄いメロディラインが綺麗だしテンポも良いからだから
僕の周りの人間にも評判高いんだよね。けど着信音はさっさとダウンロード出来るように
なったけど未だにCDも発売されていないし、TV出演もないから今日の生放送は
見たかったんだよね~。克哉さんも後で一緒に見ようよ! 夜八時から始まるし」

俺はあまり、音楽番組とかは興味がないんだが

「もう! そういって克哉さんが見る番組って株式市場の奴とか、ニュースばっかりで
全然バラエティとか音楽のとか見ないじゃん! たまにはそういう若者向けの番組にも
目を向けないと若い世代とも話が合わなくなって、精神的に早く老けるよ?」

余計なお世話だ」

 そういって憮然としながらもスーツの上着を脱いでハンガーに掛けていき、夕食の準備を
手伝い始めていく。
 秋紀の部屋はそんなに広くはない。2LDKで一間は寝室にもう一室はリビングに
使用されている。
 TVはリビングの方に置かれているので、夕食時になれば必然的に見る形となる。
 
こいつ、狙っていたな

 恐らく、自分が20時より前に帰ってくれば一緒に興味ある番組を見る為にその
時間帯に合わせて夕食を用意したのだろう。
 まさかこの状況で寝室に食事を持っていって一人で食べる訳にもいかない。
 作為的なものを感じて、少し不快だったが確かに最近、夕食を一緒に
食べる事すら滅多になかったし一応、こちらは居候させて貰っている身だ。
 今回は相手の策略に乗っかって、一緒に番組を見てやる事にした。

「あ、お手伝い有難うね~克哉さん。もうじき番組が始まるよっ! ほら早く
其処に座ってよっ!」

「あぁ、判った

 とりあえず秋紀の言う通りに席に座り、一緒にカルボナーラとシーザーサラダ、
それと刻んだ玉ねぎと乾燥ワカメを入れて、コンソメ風に仕上げたスープを他愛無い
談笑をしながら食べ進めていく。
 夕食の準備に追われていたせいで、眼鏡は番組の最初のゲストとなるアーティストの
紹介の部分を見忘れてしまっていたが、秋紀はしっかりと見ていたらしく紹介された
順番から見て、番組の終わりの方だろうと言っていた。
 
 水商売と、電話業界。
 異なる環境に身を置いているせいかお互いにこうして話しているのも、それなりに
刺激があった。
 3年前に出会った時は世の中をナメきった生意気な子猫と言った風だった彼も
実際に働き出して一人暮らしをするようになって、少しは成長したのだろう。
 話していて相手の成長らしきものを感じて、少し嬉しかった。
 夕食を食べ終えて、一通り食器類を流しの方に運び終えた頃ようやく今夜の
メインとなるアーティストの登場となった。
 その顔を見た時、克哉は心臓が止まるかと思った。

(太一っ?)

 そう、番組にアップで映されている人物は紛れもなく太一だった。
 肩ぐらいまでの長さの髪を下ろして、「夢と希望」と崩れた英語の筆記体でプリント
されたTシャツと、ややボロボロのジーンズに黒のロングブーツ。
 耳元には青いピアス、胸元にはインディアンジュエリー風のネックレスを身に纏って
堂々とした態度でトークをしていた。
 彼もまた、三年前に比べると大人びた印象になっていて、離れていた年月を
感じさせていた。
 当たり障りのない会話が1~2分程続けられていくと、ようやく演奏の時間と
なった。まさに今夜のメインイベントだ。

「あっもうじき始まるよ! 良~く聞いていてねっ! 克哉さん! これ本当に
良い曲だからっ!」

 秋紀ががっしりと克哉の肩を掴みながら、力いっぱい推薦していく。
 一瞬これ以上、太一の顔を見ているのも複雑な気持ちになるから疲れた、と
言って寝室に逃げようと思ったがこれでは、逃げられない。
 よりにもよって秋紀の最近のお気に入りのアーティストが太一の率いるバンド
だったとは運命の皮肉らしきものを彼は感じていた。

(ここは諦めて聞くしかなさそうだな

 観念し、彼は秋紀と一緒にTVの前に座って、演奏を見守っていく事にした。
 だがいざ演奏が始まる段階になった時に、異変が生じた。
 最初は違和感だが30秒も曲が流れ始める頃には例のCMに使用されて
いた曲とテンポもメロディラインも違う事に、観客や視聴者も一斉に気づき始めた。

「えぇ! これCMの曲と違わない!? テンポや曲調がまったく合わないよっ!」

 眼鏡が疑問に思ったと同時に、秋紀が叫んでいく。
 どういう事だ? と誰もが不思議に感じた瞬間太一は叫ぶように詩を
歌い始めていた。

眠り続けていたあんたに口付けを交わして 冷たい眼差しを受けた日から
俺は知らぬ内に恋、していたのかも知れない

えっ?」

酷い態度、優しさなど感じられない言葉ばかりぶつけられた だから若かった
俺も意地を張った 本当はどこかで惹かれていたのに

これ、凄い切ないメロディラインだね。聴いているだけで胸が潰れ
そうになる

 最初は文句を言っていた秋紀も、いつしか聞き入っていた。
 そう誰もが愛を賛歌するあの、暖かいラブソングを切望して注目していた
時にこんな切なげな片思いソングを流す事など反則以外の何物でもない。
 だが、逆に予想もしていなかった展開だけにそしてその曲に強い想いが
込められているだけに誰もが釘付けになる。
 目を逸らす事も、チャンネルを変える事すら出来なくなる。

ただ一度も想いを伝えられることなく 俺もまた過ちを犯したその日に
あんたとの絆は断ち切られた それからどれくらいの時間が過ぎただろう
もうあんたは其処にいない 会いたくてもどこにいるのか判らない
そんな状況になってやっと俺は、判ったよ

 判ったよ、の部分から音域が上がっていく。
 ここからはサビ、人の心にもっとも染み入る一番の終わりの部分だった。

意地を張らなければ良かった 笑顔であんたを好きと口にすれば良かった
そうすればか細い縁の糸も断ち切られずに あんたは傍にいてくれたのか
離れてやっと思い知る真実 俺はあんたに笑って、欲しかった

 その曲は、曲調こそややアップテンポであったがイメージ的には70年代から
80年代に掛けてのフォークソングのような雰囲気を醸していた。
 今まで彼が手がけていた曲が現代に合ったものばかりならこれはどこか古めかしい
とか青臭い、とかそういう風に受け止められる感じの曲調だろう。
 だが、メロディに歌詞に本気の想いが込められている事は歌っている彼の表情
から見ても十分に伝わってくる。
 率直な、飾らない言葉。
 だから聴くものの心を真摯に打つ。
 片思いに苦しんだ事がある人間ならば、知らずに共感してしまう事だろう

うっ、わこれ何だろ。凄い古臭い感じすらするのに何、で

 秋紀は知らない間に泣いていた。
 眼鏡も、これは自分との事を太一が歌ってくれているのだと歌詞を聴いていて
すぐに気づいた。
 あぁ、何て事だろう。相手も自分を想ってくれていた事をまさかこれだけの時間が
過ぎて改めて知る事など、どんな皮肉なんだろうと思った。
 
 そして一番が終わると同時に曲が緩やかに、自然に変化していきあっという間に
太一の表情が変化していく。
 先程までは届かなかった想いに嘆き、咽ぶように歌っていた青年が打って変わって
愛に満たされた表情を浮かべて、柔らかく歌い上げていく。
 二番からは皆が期待していた通りの、愛される喜びに満ちたラブソングが演奏
されていった。
 それを見ているだけで判る。
 片思いに苦しんだ青年は今、愛する人が傍にいる事で満たされているのだと
今、この瞬間に聴いている人間全てに訴えかけて伝えていく。

 これこそ太一が、ただ一人の人間に届く事を祈って組み立てた、計画。
 メッセージの全容だ。
 一番最初に届かなかった相手への想いを伝え、次に今自分達は幸せでいると
二番を歌う事で伝えていく。

 この国で一番最初に生放送で歌った曲はそういう編成で組み立てられていた。
 一歩間違えば、非難されかねない冒険と言える行動。
 だが太一は、悪評でも好評でも人の口に上ったり、話題になりさえすれば
どこかで生きているもう一人の克哉に届くかも知れない、と考えたのだ。
 今のご時勢、話題となる場面や映像ならば、動画サイトとかでアップされたり
多くの人間に目に触れる可能性が高くなる。

 だから歌手生命を賭ける事になっても実行に移したのだ。
 自分は今、傍らに居る克哉だけを愛していたんじゃない。
 もう一人のあんたも想っていたのだと…その事実を伝える為に。
 そしてそれは…紛れもなく、この瞬間に…眼鏡にリアルタイムで届いていた。

(あぁ…そうか。お前も…俺を想っていて、くれたんだな…)

 それは詩に込められたメッセージ。曲調こそ違うが…これは、二人の克哉に
捧げたラブソングそのものだ。
 その詩を聞いた時…自分の中にあった、太一に対するわだかまりのようなものが
ゆっくりと溶けていくのを感じていた。
 ずっと凍り付いていた心が暖かな日の光で水に戻っていくように。
 涙は、流さなかった。代わりに…口元に克哉は柔らかい笑みを浮かべていた。

(お互い好きであったのに…あそこまですれ違い続けた俺達は…振り返れば
馬鹿みたいだが、其処に気持ちがあったのならば…俺はお前を赦せる…)

 自分の胸に突き刺さり続けていた大きな棘が、やっと抜けたような気分だった。
 もう…自分達は一人には戻れない。
 そうなってから…やっと想いが通じるなんて、滑稽な話だ。
 だが…それは離れたからこそ、生じた結果なのかも知れなかった。

 好きだからこそ、期待する。
 想う気持ちがあるからこそ、相手の一言一言にすぐ傷つく。
 好意がある故に他愛ない一言や態度すらも相手に大きな影響を
及ぼしてしまって誤解や、すれ違いを生む事は…抱いている恋心が強ければ
強すぎるだけ起こり得る…悲しい事実である。
 自分達はそれで間違い続けた。
 だが…三年と言う月日が流れて、憎しみもお互いに遠くなった今だからこそ…
その奥にあった真実の気持ちに彼らは気づけたのだ。
 
 それはまさにパンドラの箱のようではないか。
 思い通りにならない相手を怒り、憎しみ…他の他者が近づけば嫉妬したり
邪推したり…嫌な感情もまた、恋心の裏側には存在する。
 負の感情、みっともない想い。それを心に押し込めて表現出来ない内に…
大きな災厄を招く原因にもなりうる。
 だが…それを解き放てば時に悲劇もあるだろう。

 しかし、全ての怒りを自覚したり…詩や物語、絵や音楽といった芸術方面で
発散された時…悲しいばかりだった恋は、時に人を魅了するだけの光を持った
宝石のように昇華し、輝くことがある。
 それはあたかも…箱の奥に希望が出て来たとされるその寓話に良く似て
いないだろうか?
 憎しみの果てに…時間が魂を癒した後に、愛という希望が…詩という結晶と
なって伝わる。
 それが…この悲劇の幕を下ろす…一条の光、となった。

「…何か、凄いものを見たって気がする。予想外だったよね…今の展開。
けど、あっという間に…時間が過ぎていたね…わっ! 危ないっ!」

 5分弱の演奏時間は、あっという間に過ぎたようにも…酷く濃縮された
時間を過ごしたようにも感じられた。
 同時に、全力で演奏を終えた太一が…エキサイトし過ぎたのか、その場に
いた観客にサービスしすぎようとステージの前の部分に出すぎたせいなのか
バランスを崩して、観客席に落下しようとしていた。

―危ないっ!

 聴き慣れた声がTVのスピーカーから漏れていく。
 騒然となる観客席。アクシデントもここまで来るとTV局も迷惑だろう。
 だが…その突発事態があったからこそ…一瞬だけカメラは、通常なら写しえない
場面を捉えていった。

「えっ!? えぇぇ…!」

 自分が叫ぶと同時に、秋紀が思いっきり叫び声を上げていた。
 とっさにカメラが落下した太一を追ってしまったのだろう…。
 一瞬だけ、必死の顔をして落下してきた太一を受け止めている…克哉の姿を
映していく。
 それで判った。今でももう一人の自分は…太一の傍にいるのだと。
 詩だけではなく、事実として…それを受け止める事が出来た。
 
 その後の番組進行はメチャクチャだったが、その映像の後に…すぐに
視界の方へとカメラは戻され、かなり苦しい様子だったが…どうにか時間
通りに番組は終了していった。
 アッケに取られたのは視聴者も、番組関係者も観客席にいた人間も同じ
だろう。恐らく…明日には良い意味でも悪い意味でも、アチコチで大騒ぎに
なっているに違いなかった。
 
「…ったく、本当に…ムチャクチャな処はあいつらしいな…」

 気づいたら、知らず…そう呟いていた。
 それを聞いて、秋紀がびっくりしたような表情を浮かべる。

「へっ…? 克哉さん。知り合い…だったの?」

「あぁ、昔の…な。三年前から…殆ど、変わってない…」

 そう言いながら、苦笑めいた笑みを浮かべていくと…秋紀はぴったりと
くっついていく。

「へえ…そうだったんだ。びっくり…克哉さんって本当に顔広いんだね…」

「あぁ…そう、だな…」

 そういって、ぴったりと秋紀が寄り添ってくる。
 無条件で懐いてくる青年の髪を…そっと撫ぜてやると…心地よさそうに
瞳を閉じていた。
 その後、TVもすぐに消したので部屋の中は静寂に満ちていた。
 暫くそうして、相手をあやすように撫ぜて肩を貸していてやると…すぐに秋紀は
安らかな寝息を立てていた。

 太一に対してのわだかまりが晴れた瞬間…今までとは世界が違って
感じられた。
 どんな形でも自分は、今…こうして生きている。
 そして…純粋に慕ってくれている相手もこうして傍にいる。

 すぐに同じように秋紀を想うことは無理でも、緩やかに信頼や愛着が育って…
いつかは本気の相手と考えられるようになる日も来るかも知れない。
 もしくは…自分と秋紀に、それぞれ別の相手が出来て袂を分かつ日が
来るか…それは今の時点では誰にも判らない事だ。

 けれど…過去に拘るのは止めにしようと想った。
 相手をいつまでも憎んでいても新しい一歩を踏み出せないし。
 得られるであろう可能性も…負の感情に囚われている内には気づけずに
見過ごしてしまうものなのだから。

「…いつまでも、<オレ>と…幸せ、にな…」

 届かない相手に向かって、小さく呟いていきながら…克哉もまた、ソファに
ソファに腰を掛けながら一時のまどろみに落ちていく。
 心から、今なら…あの二人を祝福出来た。
 やっと嫉妬や恨みの気持ちから解放されて…心からそう思えるようになった時、
とても清々しくて…悪くない気分になっていた―

                             *

 その数日後。
 例の番組は、反響が凄まじかったらしく…激励と批評、両方の手紙が
大量に届けられていると聞いた。
 だからその中に紛らせて、短く本心を記して届けていく。
 もしかしたら、埋もれるかも知れない状況下で…それでも届く事があったのならば。
 自分達の縁もいつかはまた生まれるのではないか…。
 そんなささやかな希望を込めて―

『良い演奏だった。お前の気持ちは確かに俺は聞き遂げた。
いつの日か…会える日が訪れたら、その時は笑顔で初めましてと言って…
良い友人となれると良いな  もう一人のオレと幸せにな…  佐伯克哉』

 そう記したハガキを、克哉は静かに投函していった。
 離れたからこそ、成就する想いもある。
 寄り添い…ずっと一緒にいるだけが愛の形ではない。
 作品、もしくは手紙、もしくは人づてに聞かされて遠回しに実る恋もまた
この世には存在する。

 離れた後、憎しみも恨みも全てを水に流して
 ただ相手の幸せを祈ろう
 いつか再会出来た日に笑顔で初めまして―と告げて
 新たな関係を築ける事を願いながら―

 いつかまた彼らに会える日を願って、克哉は静かに…青空を仰いでいった―
 
 出来れば本日の朝の内に書き上げたかったけれど
もうちょい書き込みたいので帰宅してから続き書きます。
 後、3P分くらい書けばアップ出来る段階に行くので夜まで
お待ち下さい。
 流石にそろそろ…この話、完結させて次の話に行きたい気分なんで。
 という訳でまた今夜に会いましょう。

 …よっぽど、体力的に厳しい仕事さえつけられていない限りは
今日中に終わらせます。
 どうか…ヘロヘロになるような作業だけはつけられていませんように…。

(ウチの職場、当日になるまで…自分が担当する作業が判らないのが
仕様です。シクシクシク…)
 こんにちは、出来れば今朝にアップしたかったな~とこっそりと
目論んでいたんですが…昨日、ソファの上でばたんきゅ~して…
今朝は起きるのが遅めだったのでちと無理そうです。残念!

 掲載スピードがやや遅めですが…え~と、まあ…ここ二週間ばかり
実は右手人差し指を使うとすぐ痛くなりまして(苦笑)
 ちょっと私、変な打ち方しているんで…(正式なブラインドタッチを
学ばなかったので…)左は四本使ってて右は人差し指を中心に二本しか
使っていないんですよ。
 つ~訳で人差し指があまり使えなくて、今…中指と薬指をメインにして打って
いるんですが、ちょっと慣れなくて。
 ぶっちゃけ打ち込むスピードが通常時よりも落ちています。
 …まあ、それでもそろそろ慣れましたけどね。

 それで苦肉の策で携帯で原稿やるって決意したんですが(携帯なら
親指メインだし)とりあえず1P(36行×40文字設定)ので、12Pくらいまで
携帯で打ち込む事が出来ました。
 このペースなら…週末までには印刷出来る段階に持っていって、28日
までには再版分も含めて新刊一種類は会場に発送出来そうです。
 
 まあ、人差し指が痛くなった時…正直、かなりヘコみました。
 本当にこれで原稿を仕上げたり、連載終了させられるだろうか…と。
 それでもペース落ちても、工夫すりゃどうにかなるだろう…と発想変えて
チョコチョコやってみたら意外とどうにかなりました。
 終了まで後、少しです。
 もう少しだけ付き合ってやって下さいませ。ではではv
  連載中の小説、最終話掲載は水~木曜日の間くらいになります。
  多分、二回に掛けて執筆しないと終わらないと思いますので。
  ご了承下さいませ。
  もうここまで来ると焦って掲載を急ぐよりも、普段よりも少し時間を掛けて
納得いくまでやりたい心境に達しましたのでね。
 待たせる代わりに精一杯やらせて頂きます(ペコリ)
 いつも見に来て下さっている方々、本当に有難うございますです。

  と言っても何にも載せないのもいい加減、ちょっと心苦しいので
携帯の方で書いた原稿の冒頭部分だけちょこっと掲載。
 まあ…眼鏡×御堂本は大体こんな雰囲気ですよ~という
参考ぐらいにはなるかと。

 夜桜幻想2(冒頭部分)

克哉が三ヶ月前から予約していたという宿は古めかしく厳かな雰囲気を
漂わせている建物だった。
彼が宿泊手続きを終えて受付で合流すると、仲居に案内されて離れがある
一郭に通されていく。
 
「こちらでございます」
 
 こざっぱりした身なりの三十代半ばの仲居がハキハキした声で告げていく。
 それは十二畳程の和室二間と独立した露天風呂で構成されていた。
 見ただけで豪華な造りだと判るほどだ。
 
「この離れの場合ですと食事時以外は呼ばれません限りはお客様のお部屋に
立ち寄る事はございません。何か入り用でしたら内線でご気軽にお呼び下さいませ。
では私はこれで失礼致します…」
 
「あぁ、ご丁寧にどうも。これはささやかなこちらからの気持ちだ。気楽に受け取って
もらいたい…」
 
「あらあら、こちらこそご丁寧にありがとうございます」
 
 そういって女性は克哉からの心付けを恭しく頭を下げて受け取っていくと優美な
立ち振る舞いをしながら…目の前から立ち去っていった。
 その場に克哉と御堂だけが残されると、いきなり眼鏡に容赦ない力で強く腕を
引かれていった。
 
「佐伯っ?」
 
「…あまり悠長に過ごしていたらあっという間に二人きりの時間が終わるからな…」
 
「それは…判るが…! どうして君はいつだってそう強引なんた…! 少しはこっちの事も
考えてくれっ!」
 
 …いつも心から希望しているが叶った試しがない事を叫んで行きながら御堂は相手に
中へと連れ込まれていった。
 純和風な内装の部屋に有無を言わさずに誘導されると、入り口の付近でいきなり強く
抱き締められていく。
 
「…あぁ、あんたの匂いだな…」
 
 ほっとしたような、懐かしそうな…そんな口調で克哉がしみじみと呟いていった。
 
「…まったく。君はいつも行動が唐突過ぎるぞ…」
 
 ふう、と深く息を吐いて文句を言っていくが…口調と裏腹に御堂はおとなしく身を
委ねていった。
 そうしている間に、克哉の唇がこちらの髪や額にそっと落とされていく。
少しくすぐったいが、悪くない感覚だ。
 
「こら…くすぐったいぞ…佐伯…」
 
「…いい加減、俺を佐伯と呼ぶのはよせ。…今は二人きり…だろう?」
 
 そう指摘されて、御堂はグッと言葉に詰まっていく。
 …再会してからまだ数ヵ月しか経っていないし…職場では他の人間に悟られないよう、
佐伯と呼ぶ事を徹底している。
 …だから彼の事を下の名で呼称する事は未だに慣れないのだ。
 
「む…そ、それは…」
 
「…呼んで、くれないのか…?」
 
 フッと一瞬だけ克哉が切なそうに目を細めると、余計に困ってしまう。
 
(あぁ…もう、お前にそんな顔されるとこちらがそんな悪い事をしているような気分に
なるじゃないか…)
 
 …何か本日は克哉のペースに巻き込まれてしまっているように感じられる。
それが少し気に入らなかったが…更に瞳を覗き込まれるように相手に見つめられて
いくと漸く彼は観念していった。
 
「…判った。今は君を『克哉』と呼べば良いんだろう…?」
 
 そう口にした瞬間―克哉は心から嬉しそうな笑みをそっと浮かべていった。
 
「…やっと俺の名を呼んだな…孝典…」
 
「君が私に呼べとせがんだんだろう…」
 
 頬を赤く染めながら、相手から顔を背けていくと…間髪を入れずに克哉が
肩口に顔を埋めてきた。
 
「…っ!」
 
 すぐに強く吸い上げられて鈍い痛みが首筋の付け根に走っていく。
 反射的に相手を突き放そうとしたが、少しくらい力を込めたくらいでは…同体各の
相手は引き離せなかった。
 
「…こらっ…一体…な、に…を…!」
 
「…軽い味見だ。…最近忙しくて…全然、あんたに触れられなかったからな…」
 
 熱い舌先で、御堂の首筋をなぞりあげていきながら…男は余裕ありげに微笑んでいった。
 だが対照的に、御堂の方はそれ所じゃない。克哉が与えてくる感覚に
耐える事だけで精一杯だ。
 
 背骨のラインを指先でやんわりと辿っていきながらその手がゆっくりと下ってくる。
腰から臀部にかけて、じんわりと擦られるだけで甘い電流が走り抜けていくかのようだ。
 
「くくっ…あんたは本当に良い感度をしているな…。抱き締めて軽く触れるだけで
この反応か…?」
 
「…そういう事を、しれっと涼しい顔して言うな! 私ばかりが乱されて…非常に
不公平じゃ…あっ…ないのかっ…!」
 
 自分ばかりが反応している現状にいたたまれなくて…キッと目の前の男を
睨んでいくが、顔色一つ変える気配がなかった。
 
 そうしている間に、克哉のチョッカイは更にエスカレートしていった。
 両手でいつしか両尻を鷲掴みにされて、揉みしだかれていく。
 下肢の中心部分を太股で挑発されて、ゆっくりとズボン生地の下で性器が熱を
帯びていくのが自分でも判った。
 
「ん…はぁ…」
 
 口から悩ましい声が溢れて…もう抵抗する気力さえも萎えた瞬間。
 いきなり克哉は体を離して、御堂への愛撫を全て止めていった。
 突然の行為の中断に御堂が途方に暮れた眼差しを浮かべていくと…。
 
「な、んで…途中…で…?」
 
 自分でも不満げな声になっているのは少し悔しかったが…こんな中途半端な所で
投げ出されれば誰だって燻るしかないだろう。
 
「そろそろ夕飯がいつ運ばれて来てもおかしくない時間帯だ。…あんたが他の人間に
見られた方が燃えるっていうのなら…すぐに続きをしても構わないがな。
…それに最初から、俺はこれは味見だって言っていただろう…?」
 
 悪戯っぽく微笑みながらこちらにとっては逆鱗に触れるような事を平然と言って退けていく。
 
「…君は、味見でここまでやるのか…! 悪質にも程があるぞ…!」
 
「…怒った顔もあんたは可愛いな。…そういう顔が見たいから…ついこちらも
いじめたい気分になる…」
 
「きさま、はー! どこまで私を愚弄すれば気が済むんだー!」
 
 先程まで興奮していたせいだろうか。
 それとも自分のペースを乱されまくっているせいだろうか。
 こんなに声を荒げて叫ぶ事などみっともないと分かっているのに…今は高ぶりが
収まってくれない。
 
「…今のあんたの顔、凄くそそるぜ。見ているだけでこちらも勃ちそうになる」
 
 実に艶めいた眼差しを浮かべながらそんな際どい事をあっさり言われたら…言葉に
詰まるしかなくなる。
 フルフルと肩をわななかせている御堂に対して唇にかすめるようなキスを落として、
克哉は踵を返していった。
 
「…克哉っ! 一体どこへ行くつもりだっ!」
 
「車に忘れ物をしたから…ちょっと取りに行くだけだ。すぐに戻る…」
 
 そうして克哉は激昂している御堂をあっさりと置き去りにしてその場を立ち去っていく。
 その展開についていけずに暫し呆然とその場に膝を突いていき…。
 
「…あ、あいつは…あいつは一体何を考えているんだー!」
 
 御堂はその場に座り込みながら、下肢の高ぶりが収まるまで待つしかなく。
 歯噛みしたい気持ちをどうにか抑えて、平静さを取り戻そうと試みていたのだった―
『第四十九話 太一の計画』 「佐伯克哉」

  アメリカでそれなりの成功を収めてから、ふとした事で…本多にMGNの新製品の
タイアップ曲の話を持ちかけて貰ったのを契機に太一と克哉は…日本に戻って来て
こちらで当分は積極的に活動する方針を固めていた。
 克哉がアメリカに渡ってから、意外なことに…本多と御堂は交流を持つようになったらしい。
 海外に渡ってからも…克哉と太一は、例の事件が起こってから何かと手助けをしてくれた
本多と片桐に対して、頻繁に連絡を取っていたし。

 克哉のその後が気になった御堂は…本多と連絡を取って、時々…その経過を聞くように
なったのをキッカケに二人は時々ケンカをしながらも酒を飲み交わす間柄になったらしい。
 今回の帰国は、そういう繋がりから発生したものだった。
 帰国して、ゴールデンタイムに太一達のバンドが作った音楽が流れるようになってから
およそ一ヶ月。

 流れてから、反響は徐々に広がっていき…今ではその曲が近々CD化する事も決定して
毎日がその打ち合わせや準備で忙しくなって来た時期だった。
 CMではサビの部分が15秒程流れているが…全部は太一が作った曲は世間に流れて
いない。
 それを御堂や、MGN側の営業は上手く利用して…話題や、注目を集めてくれていた。
 おかげで…本日、生放送の番組にこの曲を二番フルで流せる機会が訪れていた。
 控え室に入って…太一と椅子に座ってお互いに向き合う体制で打ち合わせをしている最中、
克哉は素っ頓狂な声を思わず上げてしまっていた。

「…えぇ! それ…太一、本気でやるつもりなのっ?」

 太一からたった今聞いたとんでもない計画を聞いて…克哉はつい驚いて椅子から
立ち上がってドン、と机を叩いていってしまう。
 それに対して…太一は腕を組みながら自信満々そうな態度で言葉を続けていた。

「うん。大マジだよ。だって…考え方によっては千載一遇のチャンスでしょ? 今夜って…
生で俺達の声が世間に流れるんだしさ…。やっぱりあれは、録画じゃなくて…生で
リアルタイムでやってみたいし…」

「き、気持ちは判るけど…それ、一歩間違えたら大変な事になるよ? ようするに…
クライアントの意向を裏切る形になる訳だし…」

「だから…言っているでしょ? ちゃんとCMに使われている曲も二番には
流すって。実はこの生放送の話が決まってから…バンドの仲間にはちゃんと話して
とっくの昔に打ち合わせも準備も済んでいるんだ。後はとちらずに実行に移すのみの
段階な訳。という訳で…俺は自分の意思を曲げるつもりはないかんね?」

「そ、それは…自殺行為と紙一重だと思うよ。せっかく…日本でも認知度が広まって
結構名前とか知られてきたばかりの頃なのに…そんな無茶な真似をしたら…」

「…克哉さん。俺はまだ…若いし、こっちじゃ特にビックなアーティストって訳じゃない。
その時期に守りに入るのは…早いんじゃないのかな? もし失敗したとしても…
またやり直せば良いだけだし。…成功したら、絶対に観客のインパクトに残るよ。
 それは確信持って言える。自信がなかったら…実際にやってみようとは思わないしね」

 言い切った太一の表情は…強い意志が感じられた。
 それを見て…克哉は深い溜息を突いていく。
 この三年…太一のバンドのマネージャー兼、社長に近い立場で…彼をずっと見守って
来たのだ。
 こういう顔をしている時の太一が絶対に意思を曲げる事がない事は…何度も体験して
身にしみている。
 どれだけ大人としての意見や、考えを述べたとしても…自分が決心した事は頑として
変える事のない芯の強さを秘めている。
 それが見知らぬ土地で…太一を成功に導かせた最大の理由でもあるのだから―

「…その顔じゃあ、俺が何を言ったって…意思を変えないだろうね。うん…判った。
太一の好きなようにやっても構わないよ。…もし失敗した場合は…オレがちゃんと
責任を負って謝るから。…その代わりに、ヘマしないように頑張れよ?」

「やった! 克哉さんありがとう! 愛しているっ!」

 そういっていきなり椅子から立ち上がって…思いっきり抱きしめられながら唇にキスを
された時は流石に焦った。
 今はバンドのメンバーも準備に入って…自分たち二人だけの状態とは言え…今は
生放送番組に出演寸前の、スタンバイしている時である。
 いつスタッフに出番を呼ばれて…扉を開けられるか判らない状況下でこんな事を
されたので…克哉は思いっきり動揺していた。

「こ、こら…太一! 誰が来るのか判らない状況の時にこういう事は止めろってば!
もし…関係ない人に見られたらどうするんだ…よっ!わっ…!」

「良いでしょ? だって…あの曲ですでに克哉さんは俺のだって…みんなに公言
しているようなものだし。俺はいつだって…克哉さんとの事を世間に発表しても構わないって
考えているんだけどね。…俺にとって、この世で一番大切な人です…ってね?」

「~~~~っ! 馬鹿っ!」

 ポコン、と勢い良く頭を叩きながら太一を全力で引き剥がしていくと同時に
扉が思い切り開かれていく。
 そこに立っていたのは…パリっとした背広に身を包んだ長身の男…御堂
孝典、その人だった。

「あぁ…君達、ここにいたのか。向こうに待機しているスタッフ達が…君達を
探していたぞ。そろそろ番組が始まる時間帯だからな…。
後、君達の出番は…中頃だそうだ。まあ…初めてのTV露出になる訳だし…
妥当な扱いだろう。もう出れるだろうか?」

「あ、御堂さん…! TV局のこんな所まで…入って来れるなんて思っても
みなかったから…ちょっと驚きました…。はい、オレ達はいつでも出れます。
ね…太一?」

「あぁ…一応、君達の今回のスポンサーになるのは…我が社だからな。それに
この番組のCM枠にも、ちゃんと君達の曲を使用したものを流して貰っている。
…入って来れない筈がないだろう?」

(うっわ~相変わらず…この人、偉そうでムカつくなぁ…)

 本多と御堂はそれなりに今は和解して、仲良くやれるけれども…日本に戻って
から初めて彼と面識を持った太一はあまり馬が合わないらしく…こうして顔を合わせる
度にどうしても反発を持ってしまっていた。
 だが、日本にこうして戻って活動出来ているのも…それなりの話題性を持って曲を
世間に流す事が出来たのもMGNという強力なスポンサーがついてくれているからである。
 だから露骨に嫌がるような態度は顔には出さないように気をつけている。
 …が、どうしても額にうっすらと青筋が浮かんでいるのまでは隠し切れて
いないのだが…。

「そうですね…愚問でした。それじゃあ…太一、そろそろ行こう! 初めての生放送番組
出演で…オレ達のせいで番組の進行に影響出してしまったら…これからのうちのバンドの
活動にも支障出すかも知れないしね…」

「は~い、判りました~。もう俺の方は…準備出来ているから、このままでも出れるよ」

 そう言い切った太一の格好はいつもと変わらないラフな服装で。
 普段着ならともかく…これから、TVに出演するとは思えないくらいに地味な代物だ。
 
「えぇっ? それってどう見ても…いつも太一が着ている格好とそんなに変わりがない
じゃないか…! どうしたんだよっ! いつもだったら…曲に合わせてちゃんと衣装を
用意したり…そういうのを怠ったりしない筈なのに…!」

「…曲のイメージが、ちゃんと決まっているならね。けれど…俺が今日…これから
やろうとしている事は、克哉さんにちゃんとさっき話したばかりでしょ?
 その計画の為には…服装でイメージが決まってしまう事はむしろマイナスだからね。
 だからね…今日は敢えてこれで行く訳。その方が服装によって聞き手に先入観を
与えないで済むからね…」

「…君達は一体、何の話をしているんだ? …傍から聴いている限りでは…何となく
不穏な気配を感じるんだが…? 一応、今回の君達の曲のタイアップは我が社が
担当しているという自覚だけは忘れないでいて貰いたいんだがな…」

「は、はい! それはオレ達も自覚しています。MGNさんの顔に泥を塗るような真似
だけは絶対にしませんから…! それじゃそろそろ時間がヤバそうですから…失礼
しますね! ほら、行こ! 太一…!」

 自分でも声が上ずってしまっている自覚はあったが…ここは逃げるしかないと
克哉は判断していた。
 もし…さっき太一から聞かされた事を御堂に話してしまったら…絶対にその計画は
阻まれてしまうだろう。それくらいの想像はついていたからだ。
 不振がられるのは端から承知だ。だが…太一の意思がすでに決まっている以上…
御堂が何を言っても彼は実行に移すまで気持ちを変える事はない。
 それなら…これ以外の最良の選択はない。そう克哉は確信していた。

「わわっ! 克哉さん…そんなに急がなくてもっ…!」

「五分前には持ち場についているのは日本社会では常識の一つだよ! 幾らまともな
社会経験がないからってそういうのは疎かにしちゃダメだ! ほら…!」
 
 そして思いっきり手を引っ張っていきながら…ふと御堂の方を振り返り、小さく
会釈をしていく。
 そんな克哉を前に…御堂はニコリ、と柔らかく微笑んでいく。

「…それじゃあ御堂さん、失礼致します!」

「あぁ…君達が良い結果を出してくれるのを…楽しみに見守らせて貰おう…」
 
 満足げに微笑む御堂を尻目に、克哉もまた…嬉しそうに微笑んで…そして太一の
手を引いてその場を去っていく。
 その姿を見送って…御堂は切なげに目を細めた。

(すでに…私や本多が入り込む余地などなさそうだな…あの二人には…)

 それを感慨深げに想いながら、御堂は二人の背中を見送っていく。
 かつて…自分は、佐伯克哉を想っていた。
 その事を自覚したのは…彼が退社をして、アメリカに渡ったと…片桐と久しぶりに
顔を合わせた時にその話を聞かされた辺りでの事だった。
 それをキッカケに…気まぐれに本多と会ってみようという心境になり…そして、
一度飲んでみたら、本多もまた…無自覚な恋心を眼鏡を掛けていない方の佐伯克哉に
抱いていた事実を何となく感じ取り。
 口に出した事がないが…その連帯感のようなものが心地よくて、気づいたら年に
数度程だが…本多と酒を飲み交わすような間柄になっていた。

(あの日…眠っている彼にキスをしてしまった時点で自覚していれば…もしかしたら
何かが変わっていたのかも知れないな…)

 三年前、克哉が刺されて病院に運ばれた時。
 見舞いに伺った時に自分は…何故か吸い寄せられるようにキスをしてしまった事が
あった。あの当時は何故…あんな事をしてしまったのか、自分でも信じられなかったが…
今なら判る。
 自分は…あの時、佐伯克哉を好きだったのだと…。

 けれどそれを自覚した時には、彼はアメリカに渡っていて。
 …あのCMに登用した曲を聴いた時に確信した。
 五十嵐という男と…佐伯は、恋人同士になっているのだと。
 そして…もう、自分が入り込む余地などこの三年間で無くなってしまった事を…
この一ヶ月、何度も打ち合わせで顔を合わせる度に思い知らされていた。

「…まあ、過去を嘆いても仕方がないな…。それに上手く行っていない場合なら
ともかく…順調な時に壊すような真似をして…彼に嫌われたくはないからな…」

 そう、御堂自身とて過去に幾度かの恋愛経験がある。
 だからこそ…すでに上手く行っている二人を無理矢理引き裂くようなみっともない
真似をしたくないし…私情に走って彼らの音楽活動の妨害もしたくはなかった。
 知らぬ間に通り過ぎて、終わりを迎えるしかなかった恋心。
 その想いが…彼にこうやって佐伯克哉に再び縁を持たせる理由にはなっていた。
 だが…これはひっそりと胸の中に秘めて、終わらせようと御堂は心に決めていた。
 過去にそういう事もあったのだと…時々、感慨に耽って懐かしむ。
 そういう恋の形や、終焉だってあるのだから―

(せめて…有終の美を飾るか…。この恋に対しては…な…)

 彼らの姿が消えていく。
 暫く廊下に佇みながら、男はそっと瞼を閉じて…太一に対しての嫉妬心を
押さえ込んで…スポンサーとしての自分を思い出していく。
 何となく…あの男がとんでもない事をやらかしそうな気配を感じて…大きな
不安が渦巻いているが、彼らの曲をMGNが本腰入れて取り組んでいる…
プロトファイバーに続く期待の新製品のタイアップに起用したのは自分の判断だ。
 この一ヶ月で注目度が高まり、すでに多くの発注を見込めているのも…彼らの紡いだ
音楽が大きく貢献している事実を御堂自身も認めていた。
 だから見守ろう。これから彼らが起こす出来事を…。

 そして生放送の現場に御堂が辿り着いたその時、太一の誇らしげな声が…
場内中に響き渡っていった。

『これから…想いを込めて、俺達はこれから演奏します…! この瞬間を観客の皆さん…
どうぞ…最後まで焼き付けて下さい!』

 その瞳を力いっぱい輝かせて、マイクを握り締めて太一が訴えていく。
 そして彼が歌うべき場面が巡り、最初のイントロが流れていくと…最初は大歓声。
 …間もなく、大きなざわめきがその場を満たしていった。
 それは予想していたものと違うものが展開されている困惑そのものだった。
 傍らに待機している克哉も…険しい顔をして彼らを見守っている。
 想定もしていなかった事態に咄嗟に御堂は…叫びそうになってしまっていた。

(五十嵐…君は一体、何をするつもりだ…!)

 御堂が動揺を押し殺し、どうにか見守る立場を貫いた次の瞬間…太一は力の
限り…声を振り絞っていった。

 そして…その場の空気の全てを…彼と、その演奏を担当しているバンドの
メンバーが支配したのだった―
 
 自分的に48話、書き上げた当初は時間が足りずに納得いかなかったので…
今現在、終盤の辺りを大幅に加筆修正しました。
 それにともない、49話の内容も…自分の中で書きたいと思う
シーンが変わりましたのでもう少し練り込みます。
 お昼までにはアップ…と言いましたが、もう少しだけ時間を
頂けるようお願い申し上げます。
(今日中には書き上げます)

 とりあえず再版分の印刷&紙折り作業完了して…少しだけ気持ちに
余裕は出来ました。
 一種類に関しては製本作業も終了しました~v
(イベント時に何にも売る物が机の上にないって事態だけは回避出来たから)

 そして本日、来客二組も自宅に来たので色々と食事の用意とか…後片付けに駆り出されて
あんまり自由時間がなかったです。(他の雑務も多少手がけていたし…)

 『追記 22時半過ぎてやっと執筆時間取れた~!
 これから49話書いて来ます。もうちょい待ってて下さい。
 ではまた後で!』

 4月19日分の執筆及び掲載は夜遅くになります。
 ご了承下さいませ。

 …とりあえずこの二週間、体調がずっと微妙だったので少し
睡眠時間を多く取るように心がけていたら幾分か回復してきました。
 どっちかっていうと神経疲れみたいなもんなんですがね…(苦笑)

 一先ず、新しいプリンターを買って…自宅でコピー誌製作がスムーズに
出来るように設備投資して、1月に発行した二種類の本の再版(印刷作業)は
無事に本日中に完了しました。
 
 後、克克本の表紙と…メガミド本の本文(携帯で打っている奴)は…
原稿用紙8P分くらいまで進みました。
 オフ作業と平行しながら今、色々とやっているので…こちらのブログの
音沙汰がない日も多々ありますが…一応マイペースながらモソモソと
動いております。
 
 後、泣いても笑っても二回で完結の処まで漕ぎ着けました。
 49話の掲載は日付変更間際か、明日の午前中いっぱいまでを目標に
やらせて頂きます。
 ではもう少しだけお待ち下さいませ。では…(ペコリ)
『第四十八話 魂の詩』 「五十嵐太一」

眼鏡がクラブRで目覚めた頃とほぼ同じ頃。
 三年ぶりに東京の土を踏んで、都内でも有名な高級ホテルに太一と克哉は
宿泊していた。
 少し外の空気を吸いに出てくる、と言って戻って来た直後から克哉の様子は
おかしく、バスルームに消えてから一時間程が経過しても、シャワーの音がまったく
消えようとしていなかった。

(何かおかしくないか?)

 一応、三年間恋人同士としてと同時に、歌手とそのマネージャーとしても自分達は
一緒に過ごしていた。
 だから、克哉は基本的にシャワー党で、普段の入浴時間は長くても10~15分程度だし
湯船にゆっくりと浸かる事は滅多にない。
 そんな彼がこんなに長い時間、シャワー室から出てこない事に太一はかなりの違和感を
覚えていた。

 最初は随分と迷った。幾ら恋人関係にあったとしても相手がシャワールームに消えた後に
平気で入り込むような真似はそう簡単にやれるものではない。
 だが迷った末に、太一は机の上で、新曲用の譜面と睨めっこするのを辞めて扉の
奥に入る決意を固めていった。

「ねえっ! 克哉さん大丈夫っ? 何かずっとシャワーの音が聞こえ続けているんだけど?」

 心配になって勢いよく浴室の中に入ると同時に、尋常じゃない光景にぶつかって一瞬
ぎょっとなる。
 克哉は服を着たまま、シャワーの湯を呆然と浴びていた。
 こちらから背を向けたまま何か身体の芯のようなものを失って指先から腕に掛けて
ダラリとしている。
 崩れそうな身体を壁に凭れさせながら何かを堪えるかのように、背中を震わせ続けていた。

「克哉、さん?」

 信じられないものを見たような思いで、太一が呟く。
 だが彼の声にも、今の克哉は一切反応しようとしなかった。

「克哉さん! ねえ克哉さんってばっ! 一体どうしたんだよ! 久しぶりに日本に戻って
来れたから、ナーバスにでもなっちゃったの? ねえってばっ!」

 相手の肩を掴んでこちらを向かせて、必死の形相を浮かべて声を掛けていくとやっと
克哉の視線がゆっくりとこちらに向けられていった。
 
「た、いち?」

本当に、どうしたんだよ! 日本に来るっていう少し前くらいから克哉さん、随分と
暗い雰囲気漂わせていたけれど? もしかして、明日には久しぶりに御堂さんとか
本多さんとかと顔合わせるのが心配? それとも俺の実家の人間が、何か行動を
起こすんじゃないかって不安があるの? お願いだから何かあるなら、キチンと俺に
話してよっ! 貴方がそんな顔しているのに俺が、放っておける訳がないじゃんか!」

 自分がびしょびしょになるのも構わず、太一はシャワーの湯を止めると同時に克哉の
身体を必死に抱きしめながら、そう訴えかけていく。
 太一は緑のTシャツにブルージーンズ。克哉は白いYシャツに紺のスーツズボンという
格好であったがそれが大量の水気を帯びて、あっという間に濡れて肌にべったりと
張り付いていく。だが太一はまったく構わなかった。

御免、ちょっと東京に久しぶりに戻って来て感傷的になった、だけだから。
もう大丈夫だから、心配しなくて良いよ」

 儚い笑顔を浮かべながら克哉がそう言うと訝しげな顔を浮かべながら、ジッと太一が
こちらを見つめていって「嘘だね」と小さく呟いて見せた。

感傷的になったくらいで、克哉さんがこんな真似すると思えないよ。ねえ、お願い
だからキチンと俺に言ってくんない? 俺にとって克哉さんは大事な人なんだよ?
その人がこんなに悲しそうに泣いている姿を見て、黙っているような真似は俺には
絶対に出来ないし、したくないんだ! だからどんな事でも、良い! 俺に言ってよ!」

 最近の克哉は、どこか不安そうにしている事が多かった。
 アメリカに渡って、向こうで生活しながら音楽活動を始めて三年。
 地道なライブ活動やコンサートを開催し続けてファンが増え始めて、向こうでもそれなりの
知名度を持つようになってここ一年ばかりは、音楽活動だけでも十分に生活出来るレベルに
まで彼らは成功していた。

 最初の頃は、生きていく為にそして夢を叶えたい一心で迷っている暇はなかった。
 苦楽を共にして、どんな時も克哉は自分の傍らにいて支えてくれていた。
 だから太一は、懸命に話してくれ! と強く訴えかけていく。
 克哉が苦しんでいる事だったら、分かち合いたい。そして少しでもその悲しみを癒したい。
 今の彼にはその想いしかなかったから 
 それだけ強く言って、やっと克哉はこちらに胸の内を伝える決心をしたようだ。
 そして語られた内容は太一を驚愕させるのに足るものだった。

今日、たった今もう一人の<俺>と決別をしたんだと言ったら、太一は
信じて、くれる?」

「な、にそれ?」

 予想してもいなかった言葉を口にされて、太一は瞠目していく。
 だが克哉は自嘲的に笑いながら言葉を続けていった。

はは、やっぱり荒唐無稽な話だって俺だって思うけどね。けれど本当、なんだ。
三年前から、あいつの心の傷が癒えて目覚める頃になったらあいつに、身体を
与えてやって欲しいって頼んであったんだ。それで今夜、その人がオレの前に
現れてオレの中から、もう一人の<俺>を切り離していったんだ
とっくに覚悟していた事だったんだけどねいざ、その日が来たらこんなに動揺して
オレ、本当にみっともないね

「な、んだよそれ? 克哉さんマジ、で言っているの?」

 太一は唇を震わせて、信じられないものを見るような眼差しでこちらを凝視していく。
 それに力なく微笑みながら、小さく克哉が頷いていった。
 誰に話したって正気を疑われそうな内容だった。
 だがこれは紛れもない事実。それがこんなにも克哉の心を深く穿ち、大きな虚ろを
生み出していた。

「うん大真面目に言っている。けど同時に、正気を疑われそうな内容である事は
自分でも自覚がある。だから言いたくなかったんだ

 力なく微笑みながら、克哉は濡れた眼差しでこちらを見据えていく。
 潤ったその瞳はとても澄んでいて嘘を言っている気配など一カケラも存在しない。
 太一の全身が戦慄いていく。
 そして肩を痛いぐらいに掴まれながら、叫ばれた!

「なん、だよ! 一体それ何なんだよ! 訳が判らないよっ! それって克哉さんの
中にあの、眼鏡掛けて偉そうにしている方の人格がもう存在しないって事なのかよ!」

「そうだよ。けど、どうしたの太一? 太一はあいつの方を嫌っていたんじゃないの
何で、あいつの方がいなくなったって聞いてお前が、そんなに!」

「冷静でなんかいられる訳がないじゃんか! 克哉さんの半分が無くなってしまったような
ものなんでしょ! そんな話を聞いてどう、して!」

 そして太一は悲痛そうな表情を浮かべていく。
 克哉にとってはますます判らない。
 太一は、もう一人の自分の事を嫌っていると彼自身も思い込んでいた。
 だから三年前に決別する事を決めて今日、それを実行に移したというのに彼の
この反応はまるで

「な、んで? 太一はもう一人の<俺>を嫌っていたんじゃないの? だからオレは
あいつ、をオレの中から切り離してお互いに関係ない距離で生きた方が良いと
そう考えて、訣別することにしたのに

「だからっ! 何でなんだよ! 確かに向こうの克哉さんに対して俺が抱いている
感情は複雑だけどあいつが手が届かない処に行ってしまう事なんて俺は望んで
いなかったのにっ!」

 確かに、自分の中に存在する眼鏡に関しての感情は複雑で。
 克哉は単純に「大好き」で「愛している存在」だ。
 けれどもう一人の克哉には無理矢理犯されたり、冷たい態度や言動しかぶつけられた
記憶はない。だから今でも思い出すと、ムカムカするし心中穏やかにはなれない。
 だが、そんな状態でも自分は眼鏡を、嫌いではなかったのだ

なん、でもっとそれを早く言ってくれなかったんだよっ!」

 泣きながら克哉が訴えていく。
 だが太一も負けていなかった。
 お互いに苦しそうな顔を浮かべながらこの三年間、敢えて避けていたもう一人の
克哉に関しての想いをぶつけあっていく。
 ケンカは今までも数多くしてきた。
 だがどこかで自分たちの間には遠慮があったのかも知れない。
 それをこの瞬間、ぶち壊して初めて二人は眼鏡に関する事で衝突していった。

後、一日いや、数時間早く言ってくれたら! オレはあいつを手放さなかったのに!
どうして!」

「それはこっちの台詞だよ! 克哉さんいつもこの件を無意識に避けていたじゃんか! 
そのせいで俺はずっとくすぶり続けていたよ! 俺が克哉さんと初めて結ばれた翌日から
あいつの影は信じられないくらいに感じられなくなって本当にいたのか疑いたくなった事は
何度もあった。
 それで俺もあいつの事はどうなったのかずっと気になり続けていたけれど克哉さんが
あまり触れて欲しくなさそうだったから言わなかっただけだよ!」

 お互いに今にも泣きそうないや、実際にすでに泣いていたのかも知れなかった。
 必死に相手に縋り付いて、今にも崩れそうな身体を支えあっていく。
 太一は、震え続けていた。克哉もその場に膝を突いてしまいそうだった。
 だがどうにか持ちこたえて至近距離で互いの顔を見つめ合っていった。

何で、俺に一言でも相談してくれなかったんだよ

ご、めんだけど

もう、アイツは克哉さんの中に本当にいない、の・・・?」

「う、んもういない。今頃はきっと、どこかで目覚めている筈だよ。あの人の店が
どこにあるかは判らないしオレから切り離された<俺>がどこで生活して、どうやって
生きていくのかはもう、あいつから連絡をくれない限りは知る術はないから

 さっき、覚悟を決めてMr.Rにこの三年間で貯めておいたもう一人の自分が
暫く食いつないでいける額が入った通帳も一緒に手渡した。
 あれと免許証さえあればもう一人の自分はきっと生きていける。
 そう確信して笑顔で、送り出してやるつもりだったのにあいつがいた場所が
あまりにぽっかりと空きすぎていて。
 その空虚な感覚に耐え切れなかったので克哉は、泣いていたのだ。

「馬鹿! 本当に克哉さんって馬鹿だよ! 何でそんな重大なことを俺に
一言も相談せずに勝手に決めたんだよ! 俺はあいつを憎いと思った事あるよっ!
見ているだけで腹が立っていたしけど、心底嫌いじゃなかったのに!」

だって、太一の態度見ていたらとてもそうには、思えなかった、よ
てっきり嫌っているとしか

「そうだね俺も最初は嫌いだと思っていたよ。あいつ克哉さんと本当に同一人物
なのかなって疑いたくなるくらいに性格性悪だし可愛くなさすぎだし。
 けれどあれから、貴方の中にあいつの影が見えなくなってからずっと考えて
いたんだ。あいつを見ててあれだけ腹が立っていたのはあいつが、俺を嫌っている
ような冷たい態度しか取らなかったからじゃない、かって

それ、はどういう、意味?」

ようするに、克哉さんの一部に俺は、嫌われているのが悲しかったし辛かった。
だから俺も、あいつに対しては険しい態度しか取れなくなっていた。
けど内心じゃ俺、あいつの方にも笑っていて欲しかったんだよ。大好きな人の一部に
あんなに酷い態度を取られているのが俺は悲しかった。けれどどうしようもない事だって
思い込んでいたから、あんな態度を当時の俺は取るしかなかったんだよ

 そう、眼鏡は紛れもなく克哉の一部だ。
 一見するとまったく別人に見える。
 こちらに対しての態度は酷いものだったし最後までそれは変わらなかった。
 けれど好きな人のもう一つの心に嫌われてしまっていたら、それは身を引き裂かれる
くらいに苦しくなるだろう。
 当時の太一はそれにずっと苦しんでいた。
 好きだと思って冷たい態度を取られるよりもいっそ嫌いと思い込んでいる方が
耐えられたし誤魔化している方が気持ちも楽だったのだ。
 
「嘘、だろ…」

 呆然としながら、克哉はバスルームの床に崩れ落ちていく。
 どうして…今まで、自分はこの話題を避けていたんだろうと思った。
 …眼鏡側の感情は、すでに知っている。
 彼が奈落に落ちる寸前にどれだけ深く…自分と、太一を強く想ってくれていたのか…
強烈に流れ込んで来たから。
 だが、三年前に…自分が彼が幸せになれるように下した決断が間違いだったとしたら
空回りも良い処、だった。

「克哉、さん…」

 太一も…いつしか、涙を浮かべていた。
 …それから、言葉もなく…彼の腕の中に抱き込まれていた。
 彼は何も言わない。ただ…重い沈黙だけが落ちていく。

「馬鹿、みたいだ…オレたち、「三人」とも…本当に、馬鹿過ぎるよ…。
結局、蓋を開けてみれば…全員…好きあっていたんじゃないか。それなのに、
傷つけあって、ボロボロになって…すれ違い続けて。離れて、手遅れになってから…
その事にやっと気づくなんて…」

「…そうだね。けどさ…克哉さん。俺…失くしたからこそ、やっと気づけた事って
沢山…あるよ。少なくとも、俺にとっては…」

 ぎゅっと…濡れて冷えた克哉の身体を、太一が抱きすくめていく。
 お互いにびしょびしょで…衣類が肌に張り付いて寒かったけれど…身体が重なりあって
いる部位だけは…少し、暖かかった。

「…このままじゃ冷え切ってしまうから…そろそろ、出ない? …俺も克哉さんも、
これから日本で暫く本格的に活動するんだし。身体が資本っしょ? とりあえず…
上がって着替えようよ…それから、続きの話…しようよ…」

「…そうだね」

 優しく背中を撫ぜられながら…克哉は太一の言葉に頷いていった。
 それから…二人は濡れた衣類を脱ぎ去って、バスローブを身に纏ってベッドの方へと
戻っていく。
 太一はまだ呆然としている克哉を気遣って…インスタントだが、暖かいコーヒーを用意して…
そっと相手に手渡していった。

「はい…克哉さん。あったまるから…飲んでよ…」

「う、ん…有難う…」

 だが、コーヒーを飲んでいる時に、二人の間に落ちる沈黙はどこか重苦しくて。
 太一の中には…色んな感情が渦巻いて、胸の内側から圧迫されそうなくらいであった
けれど…泣き腫らした目をしている克哉を前にして何も言えなくなっていく。

(…もっと言いたい事、いっぱいあるけど…! こんな克哉さんを前にして…これ以上、
責めるような事は言えないよな…!)

 そして多分、どれだけ悔やんでも…何をしても、起こしてしまった過去は変えられない。
 克哉を責める言葉を幾ら吐いたって、すでに手放したものは決して…戻らないのだ。
 もう…もう一人の克哉と、今の克哉が一人に戻る事はないのだから…。
 だが…この時、太一は心の底から…目の前にいる克哉にばかり想いを告げて…ただ一度
だって…眼鏡の方に想いを伝えなかった事を後悔していた。
 
 憎かった。胸の内側が焼き焦げてしまうのではないかと思えるくらいに。
 だが…強い憎しみは同時に、相手に対してそれだけ強い関心を抱いていた証でもあるのだ。
 他者に強烈な感情を抱いた場合…上手く行っている時は愛や好意と呼ばれるものとなり。
 それが負の感情なら、憎しみや憎悪と呼ばれるものとなる。
 愛憎というのは、実際は紙一重の表裏一体のものなのだ。
 憎んでいたという事は…それだけ、愛されたかった。優しくして欲しかったと相手に
望んでいたという事でもあるのだ…。
 
(あぁ…そうか。俺は…あんたにも…わ、ら…って…)

 やっと気づく、単純明快な答え。
 あの時抱いていた反発心の根っこにあったものに…失って太一は初めて自覚出来た。
 笑って欲しかった癖に口を突くのは…憎まれ口ばかりで。
 最終的に無理矢理手に入れようと強姦しようとしたんじゃ…相手の事ばかり責められは
しない。自分だって…結局同罪だったのだ。
 だから…太一は克哉は手に入れられたが…眼鏡の方を失う結果になった。

 悔しかった。ただ…自分の弱さやみっともなさに…笑いたい気分だった。
 強い衝動が湧き上がる。
 自分の中に溢れてくる様々な感情が、出口を求めて暴れ回っているみたいだ。
 悲しみ、愛情…憎悪、喪失感…それらの全てが、一斉に太一の内部で競りあがって…
大きな奔流となっていく。
 それをどうにか…吐き出したくて、太一は…荷物の中にあったギターに手を伸ばしていった。

「…ち、くしょう…!」

 そして、感情のままに…ギターを掻き鳴らしていく。
 指を、激情に突き動かされるままに動かして…今、溢れてくる感情を全てぶつけるように
一つのメロディを生み出していく。
 それは洗練されたものとは決して言えない。だが…太一の、切ない感情がそのまま…
一曲の詩となって…部屋中に満たされていく。

  画家はキャンバスに!
  作家は自らが生み出す文章に!
  役者は己が演じる物語の中に!
  そして歌手は、歌に想いを込めて…! 
  その心を誰かに伝達していく。

  彼は今、この瞬間…すれ違い、届かなかった想いを悔いて心から嘆いた。
  その嘆きが…心の内で一つの澄み切った結晶となり…詩という形を持って
象っていた。
 克哉を愛していた。どちらの克哉も…やっとその事実に思い至り…手のひらから
零れ落ちた方を初めて、心から得がたく想った。
 だが…もう、遠く離れてしまった方にこの想いを直接届けられる保証など
どこにもないのだ。
 だから、彼の心は叫びの代わりに詩を生み出す。

 初めて…心を揺さぶる音楽に触れた時の感動を思い出す。
 その想いが彼を突き動かし、歌手の道を進むことを決意させた。
 歌は、詩は…遠く離れた者り文字を読めぬ同士を繋ぐ為に生まれた心の伝達手段だ。
 人の口から口へ、記憶から記憶を辿り…時に変節しながらも、伝えられる事によって
生み出した者の心を他者に運んでいく。

―失くしてみて、初めて判ったよ…! 俺は…あんたにも幸せそうに…、笑っていて…
欲し、かったんだ…!

 彼は胸を引き絞られるような、やっと気づけた思いに…涙をうっすらと浮かべていき、
 奏でられていく調べに即興の歌詞をつけていく。
 それは…まだ、完成された曲とは言える代物ではなかった。
 だが…傍で聞いていた克哉は、そのメロディと言葉を聴いて…すぐに理解していった。
 
(あぁ…これは、あいつと…太一の、詩だ…)

 聞いていて素直にそう感じた。
 失った者を心から想い…その幸せを願う、切ないまでの片思いの詩。
 MGNに登用されたCMソングは、克哉への愛情が込められた一曲ならば…これは、
太一の嘆きだ、叫びだ。
 そして…伝えられなかった想いが鮮烈なまでに込められている。

―俺は、あんたに笑って欲しかった…!

 詩の終わり、その調べは…その心からの叫びで終焉を迎えていく。
 室内が再び静寂に包まれていった。
 それは…悲しいまでの、単純で…切ない答え。
 お互いにあの時…一緒にいた時に、ただ一度でも…心からの笑顔を浮かべていれば
自分たちの関係は何か変わったのだろうか。
 相手も同じ想いを、自分に抱いていた事を知らない太一は…静かに…静かに雫を頬に
伝らせて、演奏が終わった後…糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちていく。

「太一…」

 室内に、静寂が落ちていく。
 克哉もいつしか…気づかない内に涙を零していた。
 すれ違い続けた自分たち。言葉が足りなさ過ぎた事を悔やみながら…も、
太一が、あいつの事を想って…曲を奏でてくれた事を嬉しくも想っていたから。

 ―ねえ、聴こえるかい…? <俺>
 俺達、最後まですれ違い続けていたけれど…。
 太一はお前もちゃんと、想ってくれていたんだよ…。
 もうお前に二度とオレは一人には戻れないけれど…。
 いつか、この詩が…お前の耳に届いてくれる日が来てくれると良い。

 そう願いながら…窓をふと、克哉は見遣っていく。
 窓の外にはどこまでも深い夜空と、月が浮かんでいる。
 眼鏡の方も…すでに、同じ空の下で…どこかで生きているのだろうか。
 離れてしまった己の半身。
 今はどこにいるのかも、その気配さえもすでに感じられない。
 だが…彼はきっと、生きていくだろう。
 
 どれくらい先の未来になるか判らない。
 だが…いつか、もう一度…会いたい。
 その時、お互いに笑って逢えたら良い。
 そして逢えなくても…音楽という形で、太一のこの想いを…もう一人の自分に
伝わってくれれば良いと…克哉は心から願った。

 そうすれば…きっと、この悲しい事ばかりだった自分たちの物語も…
少しは救いが生まれるだろう。
 克哉はそうして…瞼を閉じていく。
 
 ―月の光だけが、どこまでも優しく…彼らを包み込んでいた―
 …気合を入れて書いていたら、到底・・・一時間半の執筆時間じゃあ
終わらないような展開に陥りました(汗)
 という訳で帰宅したら続きを書きます…と言いたい処ですが、よりにもよって
本日残業1.5時間もある為に確実とは言い切れません。

 ですが…中途半端な段階でアップしたくないので…もう少し待って下さい。
 もしかしたら…48話は、二回に分けてアップするぐらいのページ数行くかもです。
 もうちょい待ってやって下さい。
 ここで手を抜きたくないので…では、仕事行って来ます!
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[03/16 ほのぼな]
[02/25 みかん]
[11/11 らんか]
[08/09 mgn]
[08/09 mgn]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

 当ブログサイトへのリンク方法


URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/

リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
 …一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ * [PR]