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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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『第五十話 いつか会える日を願って―』 「眼鏡克哉」

 眼鏡の方が、もう一人の自分と別の肉体を与えられた日から一ヶ月が
経過しようとしていた。
 最初の一週間は、渡された免許証を元に生きていくのに必要な身分証明や
準備を施すだけであっという間に潰れた。
 次の週から、就職活動を始めて十日も立たない内にとある電話業界の会社の
営業としての内定を取得し働き始めていた。
 その間、彼は秋紀が暮らしているアパートの方に身を寄せさせて貰っていたが、
 就職が決定してから彼は今度は自分の新たな住居を探し始めていた。

 現在、秋紀は親元から独立して高校時代に良く通っていた克哉と出会ったバーの
店長に雇われて、あのバーでバーテンとして働いていた。
 彼は、眼鏡がずっとここに留まっても構わないと言っていたので暫くは甘えさせて貰って
いたがまだ、正式に自分達は恋人同士になった訳ではない。

 目覚めた当初は、ずっと想い続けてくれていた事が嬉しかった。感謝もした。
 だが自分の胸の中には未だに、太一ともう一人の自分の事が大きく存在している。
 そんな状態で、真剣な気持ちに中途半端に応えて良いのだろうかと珍しく殊勝な
考えが生じたせいでこの家で一ヶ月生活するようになってから、未だに秋紀と身体を
重ねた事はなかった。  
 それでも秋紀は何かと、自分を気遣ってくれるし目覚めたばかりで不安が大きく
圧し掛かっているこの時期に、ただ一人でも自分の事を知っていて必要としてくれる人間が
いる事は有難く思えた。

 佐伯克哉としての人間関係は、基本的にもう一人の自分のものだ。
 同じ人間が二人いると知られてもややこしい事になるから、これからは眼鏡の方で
新たな人間関係を作って生きていかなければならない。
 ドリンク業界や、それに関係する業種の場合は彼がマネージャーをしているバンドの曲が
MGNにタイアップで使用されている事から見ても以前の知り合いと顔合わせる可能性が
高いだろう。

 だから眼鏡は違う業界に飛び込んだ。
 自分の実力なら絶対にやっていけるという確信もあるし何より、面倒な事は
避けたかったから。
 それでも新たな環境で生きていくのは、最初の頃は疲れるものだ。
 ようやくアパートに帰宅する頃には克哉は思いっきり疲れた顔を浮かべていた。

(今日も無事に終わったな

 扉の鍵穴に、鍵を差し込んでいくと予定外の手応えを感じた。
 開錠する方向にキーを回していったがカチャ、という音が今夜は聞こえなかった。

「ん? もうすでに開いているのか?」

 怪訝そうに思いながら取っ手に手を掛けていくと秋紀に笑顔で出迎えられていく。

「あ、克哉さん! お帰りなさい!」

 時刻は19時50分。
 いつもならば水商売をやっている秋紀はとっくの昔に出勤している時間帯だ。
 それなのに満面の笑みを浮かべながら、夕食を作っている姿を見ると何故、と
いう疑問だけが湧き上がっていく。
 秋紀が作っているのはカルボナーラだ。
 スパゲティの類はバーの賄いや、軽食を任されるようになった時にしっかりと
覚えたらしく味わいは上々だ。
 密かに眼鏡も気に入っていたがあまり面を向かって褒めた事がない一品だった。

お前が平日のこの時間帯にいるのは珍しいな。休みだったのか?」

「うん。ちょっとね同僚の子と急に休みを交換する事になったから。週末にどうしても
行かないといけない場所が出来たんだってさ。僕も週末は克哉さんといっぱいいられる
貴重な機会だから譲りたくなかったんだけどね。
 あんなに一生懸命頼まれると断り辛かったから今回だけ譲ってあげる事にしたんだ。
今日は最近気になっているバンドが初めて、生で出演する番組の放送もあったからね。
録画するつもりだったけどリアルタイムで見るのも悪くないかなって思ったし」

 そういって説明する秋紀の表情は、自分の記憶にある頃よりもずっと大人びていた。
 元々、華やかな容姿をしていた少年だったが二十歳になって立派な青年となった彼は
独特の艶めいた雰囲気を持っていて水商売をやるにはぴったりになっていた。

気になっているバンドって、今MGNの新製品のCMで、ゴールデンタイムで良く
流されている曲のあれか? お前が最近は着信音にも設定している

「うん! それそれ! あれ凄いメロディラインが綺麗だしテンポも良いからだから
僕の周りの人間にも評判高いんだよね。けど着信音はさっさとダウンロード出来るように
なったけど未だにCDも発売されていないし、TV出演もないから今日の生放送は
見たかったんだよね~。克哉さんも後で一緒に見ようよ! 夜八時から始まるし」

俺はあまり、音楽番組とかは興味がないんだが

「もう! そういって克哉さんが見る番組って株式市場の奴とか、ニュースばっかりで
全然バラエティとか音楽のとか見ないじゃん! たまにはそういう若者向けの番組にも
目を向けないと若い世代とも話が合わなくなって、精神的に早く老けるよ?」

余計なお世話だ」

 そういって憮然としながらもスーツの上着を脱いでハンガーに掛けていき、夕食の準備を
手伝い始めていく。
 秋紀の部屋はそんなに広くはない。2LDKで一間は寝室にもう一室はリビングに
使用されている。
 TVはリビングの方に置かれているので、夕食時になれば必然的に見る形となる。
 
こいつ、狙っていたな

 恐らく、自分が20時より前に帰ってくれば一緒に興味ある番組を見る為にその
時間帯に合わせて夕食を用意したのだろう。
 まさかこの状況で寝室に食事を持っていって一人で食べる訳にもいかない。
 作為的なものを感じて、少し不快だったが確かに最近、夕食を一緒に
食べる事すら滅多になかったし一応、こちらは居候させて貰っている身だ。
 今回は相手の策略に乗っかって、一緒に番組を見てやる事にした。

「あ、お手伝い有難うね~克哉さん。もうじき番組が始まるよっ! ほら早く
其処に座ってよっ!」

「あぁ、判った

 とりあえず秋紀の言う通りに席に座り、一緒にカルボナーラとシーザーサラダ、
それと刻んだ玉ねぎと乾燥ワカメを入れて、コンソメ風に仕上げたスープを他愛無い
談笑をしながら食べ進めていく。
 夕食の準備に追われていたせいで、眼鏡は番組の最初のゲストとなるアーティストの
紹介の部分を見忘れてしまっていたが、秋紀はしっかりと見ていたらしく紹介された
順番から見て、番組の終わりの方だろうと言っていた。
 
 水商売と、電話業界。
 異なる環境に身を置いているせいかお互いにこうして話しているのも、それなりに
刺激があった。
 3年前に出会った時は世の中をナメきった生意気な子猫と言った風だった彼も
実際に働き出して一人暮らしをするようになって、少しは成長したのだろう。
 話していて相手の成長らしきものを感じて、少し嬉しかった。
 夕食を食べ終えて、一通り食器類を流しの方に運び終えた頃ようやく今夜の
メインとなるアーティストの登場となった。
 その顔を見た時、克哉は心臓が止まるかと思った。

(太一っ?)

 そう、番組にアップで映されている人物は紛れもなく太一だった。
 肩ぐらいまでの長さの髪を下ろして、「夢と希望」と崩れた英語の筆記体でプリント
されたTシャツと、ややボロボロのジーンズに黒のロングブーツ。
 耳元には青いピアス、胸元にはインディアンジュエリー風のネックレスを身に纏って
堂々とした態度でトークをしていた。
 彼もまた、三年前に比べると大人びた印象になっていて、離れていた年月を
感じさせていた。
 当たり障りのない会話が1~2分程続けられていくと、ようやく演奏の時間と
なった。まさに今夜のメインイベントだ。

「あっもうじき始まるよ! 良~く聞いていてねっ! 克哉さん! これ本当に
良い曲だからっ!」

 秋紀ががっしりと克哉の肩を掴みながら、力いっぱい推薦していく。
 一瞬これ以上、太一の顔を見ているのも複雑な気持ちになるから疲れた、と
言って寝室に逃げようと思ったがこれでは、逃げられない。
 よりにもよって秋紀の最近のお気に入りのアーティストが太一の率いるバンド
だったとは運命の皮肉らしきものを彼は感じていた。

(ここは諦めて聞くしかなさそうだな

 観念し、彼は秋紀と一緒にTVの前に座って、演奏を見守っていく事にした。
 だがいざ演奏が始まる段階になった時に、異変が生じた。
 最初は違和感だが30秒も曲が流れ始める頃には例のCMに使用されて
いた曲とテンポもメロディラインも違う事に、観客や視聴者も一斉に気づき始めた。

「えぇ! これCMの曲と違わない!? テンポや曲調がまったく合わないよっ!」

 眼鏡が疑問に思ったと同時に、秋紀が叫んでいく。
 どういう事だ? と誰もが不思議に感じた瞬間太一は叫ぶように詩を
歌い始めていた。

眠り続けていたあんたに口付けを交わして 冷たい眼差しを受けた日から
俺は知らぬ内に恋、していたのかも知れない

えっ?」

酷い態度、優しさなど感じられない言葉ばかりぶつけられた だから若かった
俺も意地を張った 本当はどこかで惹かれていたのに

これ、凄い切ないメロディラインだね。聴いているだけで胸が潰れ
そうになる

 最初は文句を言っていた秋紀も、いつしか聞き入っていた。
 そう誰もが愛を賛歌するあの、暖かいラブソングを切望して注目していた
時にこんな切なげな片思いソングを流す事など反則以外の何物でもない。
 だが、逆に予想もしていなかった展開だけにそしてその曲に強い想いが
込められているだけに誰もが釘付けになる。
 目を逸らす事も、チャンネルを変える事すら出来なくなる。

ただ一度も想いを伝えられることなく 俺もまた過ちを犯したその日に
あんたとの絆は断ち切られた それからどれくらいの時間が過ぎただろう
もうあんたは其処にいない 会いたくてもどこにいるのか判らない
そんな状況になってやっと俺は、判ったよ

 判ったよ、の部分から音域が上がっていく。
 ここからはサビ、人の心にもっとも染み入る一番の終わりの部分だった。

意地を張らなければ良かった 笑顔であんたを好きと口にすれば良かった
そうすればか細い縁の糸も断ち切られずに あんたは傍にいてくれたのか
離れてやっと思い知る真実 俺はあんたに笑って、欲しかった

 その曲は、曲調こそややアップテンポであったがイメージ的には70年代から
80年代に掛けてのフォークソングのような雰囲気を醸していた。
 今まで彼が手がけていた曲が現代に合ったものばかりならこれはどこか古めかしい
とか青臭い、とかそういう風に受け止められる感じの曲調だろう。
 だが、メロディに歌詞に本気の想いが込められている事は歌っている彼の表情
から見ても十分に伝わってくる。
 率直な、飾らない言葉。
 だから聴くものの心を真摯に打つ。
 片思いに苦しんだ事がある人間ならば、知らずに共感してしまう事だろう

うっ、わこれ何だろ。凄い古臭い感じすらするのに何、で

 秋紀は知らない間に泣いていた。
 眼鏡も、これは自分との事を太一が歌ってくれているのだと歌詞を聴いていて
すぐに気づいた。
 あぁ、何て事だろう。相手も自分を想ってくれていた事をまさかこれだけの時間が
過ぎて改めて知る事など、どんな皮肉なんだろうと思った。
 
 そして一番が終わると同時に曲が緩やかに、自然に変化していきあっという間に
太一の表情が変化していく。
 先程までは届かなかった想いに嘆き、咽ぶように歌っていた青年が打って変わって
愛に満たされた表情を浮かべて、柔らかく歌い上げていく。
 二番からは皆が期待していた通りの、愛される喜びに満ちたラブソングが演奏
されていった。
 それを見ているだけで判る。
 片思いに苦しんだ青年は今、愛する人が傍にいる事で満たされているのだと
今、この瞬間に聴いている人間全てに訴えかけて伝えていく。

 これこそ太一が、ただ一人の人間に届く事を祈って組み立てた、計画。
 メッセージの全容だ。
 一番最初に届かなかった相手への想いを伝え、次に今自分達は幸せでいると
二番を歌う事で伝えていく。

 この国で一番最初に生放送で歌った曲はそういう編成で組み立てられていた。
 一歩間違えば、非難されかねない冒険と言える行動。
 だが太一は、悪評でも好評でも人の口に上ったり、話題になりさえすれば
どこかで生きているもう一人の克哉に届くかも知れない、と考えたのだ。
 今のご時勢、話題となる場面や映像ならば、動画サイトとかでアップされたり
多くの人間に目に触れる可能性が高くなる。

 だから歌手生命を賭ける事になっても実行に移したのだ。
 自分は今、傍らに居る克哉だけを愛していたんじゃない。
 もう一人のあんたも想っていたのだと…その事実を伝える為に。
 そしてそれは…紛れもなく、この瞬間に…眼鏡にリアルタイムで届いていた。

(あぁ…そうか。お前も…俺を想っていて、くれたんだな…)

 それは詩に込められたメッセージ。曲調こそ違うが…これは、二人の克哉に
捧げたラブソングそのものだ。
 その詩を聞いた時…自分の中にあった、太一に対するわだかまりのようなものが
ゆっくりと溶けていくのを感じていた。
 ずっと凍り付いていた心が暖かな日の光で水に戻っていくように。
 涙は、流さなかった。代わりに…口元に克哉は柔らかい笑みを浮かべていた。

(お互い好きであったのに…あそこまですれ違い続けた俺達は…振り返れば
馬鹿みたいだが、其処に気持ちがあったのならば…俺はお前を赦せる…)

 自分の胸に突き刺さり続けていた大きな棘が、やっと抜けたような気分だった。
 もう…自分達は一人には戻れない。
 そうなってから…やっと想いが通じるなんて、滑稽な話だ。
 だが…それは離れたからこそ、生じた結果なのかも知れなかった。

 好きだからこそ、期待する。
 想う気持ちがあるからこそ、相手の一言一言にすぐ傷つく。
 好意がある故に他愛ない一言や態度すらも相手に大きな影響を
及ぼしてしまって誤解や、すれ違いを生む事は…抱いている恋心が強ければ
強すぎるだけ起こり得る…悲しい事実である。
 自分達はそれで間違い続けた。
 だが…三年と言う月日が流れて、憎しみもお互いに遠くなった今だからこそ…
その奥にあった真実の気持ちに彼らは気づけたのだ。
 
 それはまさにパンドラの箱のようではないか。
 思い通りにならない相手を怒り、憎しみ…他の他者が近づけば嫉妬したり
邪推したり…嫌な感情もまた、恋心の裏側には存在する。
 負の感情、みっともない想い。それを心に押し込めて表現出来ない内に…
大きな災厄を招く原因にもなりうる。
 だが…それを解き放てば時に悲劇もあるだろう。

 しかし、全ての怒りを自覚したり…詩や物語、絵や音楽といった芸術方面で
発散された時…悲しいばかりだった恋は、時に人を魅了するだけの光を持った
宝石のように昇華し、輝くことがある。
 それはあたかも…箱の奥に希望が出て来たとされるその寓話に良く似て
いないだろうか?
 憎しみの果てに…時間が魂を癒した後に、愛という希望が…詩という結晶と
なって伝わる。
 それが…この悲劇の幕を下ろす…一条の光、となった。

「…何か、凄いものを見たって気がする。予想外だったよね…今の展開。
けど、あっという間に…時間が過ぎていたね…わっ! 危ないっ!」

 5分弱の演奏時間は、あっという間に過ぎたようにも…酷く濃縮された
時間を過ごしたようにも感じられた。
 同時に、全力で演奏を終えた太一が…エキサイトし過ぎたのか、その場に
いた観客にサービスしすぎようとステージの前の部分に出すぎたせいなのか
バランスを崩して、観客席に落下しようとしていた。

―危ないっ!

 聴き慣れた声がTVのスピーカーから漏れていく。
 騒然となる観客席。アクシデントもここまで来るとTV局も迷惑だろう。
 だが…その突発事態があったからこそ…一瞬だけカメラは、通常なら写しえない
場面を捉えていった。

「えっ!? えぇぇ…!」

 自分が叫ぶと同時に、秋紀が思いっきり叫び声を上げていた。
 とっさにカメラが落下した太一を追ってしまったのだろう…。
 一瞬だけ、必死の顔をして落下してきた太一を受け止めている…克哉の姿を
映していく。
 それで判った。今でももう一人の自分は…太一の傍にいるのだと。
 詩だけではなく、事実として…それを受け止める事が出来た。
 
 その後の番組進行はメチャクチャだったが、その映像の後に…すぐに
視界の方へとカメラは戻され、かなり苦しい様子だったが…どうにか時間
通りに番組は終了していった。
 アッケに取られたのは視聴者も、番組関係者も観客席にいた人間も同じ
だろう。恐らく…明日には良い意味でも悪い意味でも、アチコチで大騒ぎに
なっているに違いなかった。
 
「…ったく、本当に…ムチャクチャな処はあいつらしいな…」

 気づいたら、知らず…そう呟いていた。
 それを聞いて、秋紀がびっくりしたような表情を浮かべる。

「へっ…? 克哉さん。知り合い…だったの?」

「あぁ、昔の…な。三年前から…殆ど、変わってない…」

 そう言いながら、苦笑めいた笑みを浮かべていくと…秋紀はぴったりと
くっついていく。

「へえ…そうだったんだ。びっくり…克哉さんって本当に顔広いんだね…」

「あぁ…そう、だな…」

 そういって、ぴったりと秋紀が寄り添ってくる。
 無条件で懐いてくる青年の髪を…そっと撫ぜてやると…心地よさそうに
瞳を閉じていた。
 その後、TVもすぐに消したので部屋の中は静寂に満ちていた。
 暫くそうして、相手をあやすように撫ぜて肩を貸していてやると…すぐに秋紀は
安らかな寝息を立てていた。

 太一に対してのわだかまりが晴れた瞬間…今までとは世界が違って
感じられた。
 どんな形でも自分は、今…こうして生きている。
 そして…純粋に慕ってくれている相手もこうして傍にいる。

 すぐに同じように秋紀を想うことは無理でも、緩やかに信頼や愛着が育って…
いつかは本気の相手と考えられるようになる日も来るかも知れない。
 もしくは…自分と秋紀に、それぞれ別の相手が出来て袂を分かつ日が
来るか…それは今の時点では誰にも判らない事だ。

 けれど…過去に拘るのは止めにしようと想った。
 相手をいつまでも憎んでいても新しい一歩を踏み出せないし。
 得られるであろう可能性も…負の感情に囚われている内には気づけずに
見過ごしてしまうものなのだから。

「…いつまでも、<オレ>と…幸せ、にな…」

 届かない相手に向かって、小さく呟いていきながら…克哉もまた、ソファに
ソファに腰を掛けながら一時のまどろみに落ちていく。
 心から、今なら…あの二人を祝福出来た。
 やっと嫉妬や恨みの気持ちから解放されて…心からそう思えるようになった時、
とても清々しくて…悪くない気分になっていた―

                             *

 その数日後。
 例の番組は、反響が凄まじかったらしく…激励と批評、両方の手紙が
大量に届けられていると聞いた。
 だからその中に紛らせて、短く本心を記して届けていく。
 もしかしたら、埋もれるかも知れない状況下で…それでも届く事があったのならば。
 自分達の縁もいつかはまた生まれるのではないか…。
 そんなささやかな希望を込めて―

『良い演奏だった。お前の気持ちは確かに俺は聞き遂げた。
いつの日か…会える日が訪れたら、その時は笑顔で初めましてと言って…
良い友人となれると良いな  もう一人のオレと幸せにな…  佐伯克哉』

 そう記したハガキを、克哉は静かに投函していった。
 離れたからこそ、成就する想いもある。
 寄り添い…ずっと一緒にいるだけが愛の形ではない。
 作品、もしくは手紙、もしくは人づてに聞かされて遠回しに実る恋もまた
この世には存在する。

 離れた後、憎しみも恨みも全てを水に流して
 ただ相手の幸せを祈ろう
 いつか再会出来た日に笑顔で初めまして―と告げて
 新たな関係を築ける事を願いながら―

 いつかまた彼らに会える日を願って、克哉は静かに…青空を仰いでいった―
 
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無題
連載小説はこれで終わってしまわれたのでしょうか?(;_;管理人様の小説は太克がいっぱいあって、好きです!私、太克大好きなんです!

黒太一も好きですが、太一とノマもやっぱいいですね・・・。そして、次に好きなのが、
秋紀で、太一と秋紀が絡んだら、すごいだろうなぁ。って思ったら、管理人様が願いを叶えてくださって・・・それも、秋紀と眼鏡さんのシーンでそれを、太一が見て嫉妬。なんというおいしい、シチュエーションなんでしょうか!!ヤバかったです(^u^)
いつか、太一VS秋紀とか、ぜひ、管理人様の小説で読んでみたいです!
秋紀ってノーマル克哉には、興味ない感じですけど、優しいですよね。そこを興味が湧いて、秋紀が攻めキャラになる・・・とか、いう選択がゲームでできればいいんですがね(>_<)
なんか、勝手な妄想ばかりすいませんでした!管理人様の小説大好きです!
ぜひ、また連載などいろいろな小説が読みたいです!楽しみにしています。
remu 2010/08/10(Tue)01:54:48 編集
過去作品の感想感謝です!
 はい、顔アイコン式の連載小説は50話で無事に終了しました。
 最後に、少しだけお互いの気持ちが確かに繋がっていた事を確認して、それぞれ幸せな道を歩んでいく。
 一応、そういう終わりにしました。
 
 連載作品は結構確かに太克が多いです。太一自身も裏表が激しいというか、ギャップが多い人物なので好きですし、書きがいがありますので。
 秋紀は、私も結構お気に入りの子です。
 この話では当初の予定では片桐さんか、秋紀のどっちかが傷ついた眼鏡を受け入れて…という展開にするつもりでしたが、いざ書きだしていったら秋紀が圧勝して、眼鏡の恋人候補の座を射止めておりました。
 太一VS秋紀…確かにそういうのも美味しいかと。太一はノマを愛して、秋紀は眼鏡を愛してそれぞれ譲らないというのも…うん、良いかも知れないです。
 あぁ、でも大人になった秋紀がノマに迫ったというネタも確かに良いかも。
 秋紀は基本的にゲーム内では受けキャラ固定ですが…猫っぽい積極的な部分もある子だと思うので、青年に育ちきったら攻めに回っても全然おかしくないとは私も思っていました。
 いえいえ、妄想は自由なので想像の翼を大いに広げるのは宜しい事ですよ。
 私だって、妄想を形にしてきたからこそ…気づいたらこれだけの量を書いていた訳ですし。たまに自分でも良くこれだけ書いたなとびっくりする事があります(マテ)
 過去に書いた作品にこうやって感想を頂けると非常に励みになります。
 良ければこれからも気軽に顔を出してやって下さいませ。それでは失礼致します(ペコリ)
香坂@管理人 2010/08/21(Sat)02:52:33 編集
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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