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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―雨は浄化する力があるという
 喧騒する街も、傷ついた人の心も
 なら、降り注ぐ雨は街に住まう誰かの涙の代わりと
なるのだろうか…
  その深い悲しみを、癒す為に―

 就業時間を迎えた頃には空は鈍色に染まっていた。
 昨日に続いて、いつ降り出してもおかしくない空模様だった。

(今にも降り出しそうな感じだな…)

 結局克哉は、執拗に問い質してくる本多から上手く逃げ回りながら
キクチ・マーケーティングの玄関の扉を潜っていった。

(よし、本多はいないな…)

 常々、お節介な友人だなと思っていたが…本日ほど、それを痛感
させられた日はなかった。
 特に本多は出会いが出会いだけに、御堂の事を著しく敵視している部分が
あるので…恐らく、全てを話しても克哉の気持ちは判って貰えないだろう。
 むしろ余計な反感を抱くのは目に見えていた。
 だから、心配してくれるのは嬉しい。
 その想い自体は在り難く思っていても、どうしても本多に御堂に関係する
事は話せないというジレンマを抱いていた。
 問い質されればされるだけ、答えられないという苦い思いを経験する
ことになるので…特に今夜は克哉は友人から逃げ続けていたのだ。

「これから…御堂さんと会うって言ったら、絶対に邪魔されるのは
目に見えているからな…」

 はあ、と深く溜息を突きながらカバンから折り畳み傘を取り出していく。
 天気予報によれば、今夜は雨の勢いは強いがそんなに風はないとのことなので
これでも充分に持ちこたえられると思う。
 そうして…克哉は、地下鉄へ向かって…御堂が以前連れてってくれたワインバー
へと向かい始めていった。

 ―その背後に、身を潜めた本多が着けて来ていた事も未だ気づかずに…。

                            *

 MGN社からそう遠くない位置にある、駅前のワインバー。
 ここはワインの品揃えがかなり良く、御堂孝典は以前から友人達を
招いて何度かこの店に訪れていた。
 小さい店ながら置いてある商品の銘柄の多さもさることながら、料理の質も
かなりの物なので…値段は張るが、彼のお気に入りの店の一つであった。
 その奥の席に腰を掛けながら…御堂はどことなく落ち着かない様子で
佐伯克哉を待っていた。

(そろそろ…だな…)

 携帯電話を取り出して、チラリ…とそのディスプレイを眺めていく。
 時刻は19時50分と表示されている。
 待ち合わせの時間よりも、まだ十分早い。
 それでも…御堂は念の為に20分前にはここに辿り着くように行動
していたのだ。

「もうじき、か…」

 こんなに、誰かと会うのにソワソワした気分を味わった事など…
ついぞ記憶にない。
 彼と関係を持っていた時だって、こんな浮ついた気持ちを味わった事は
今までなかった筈だった。
 けれど…大隈に全ての責任を被らされてMGNを退社してから、
自然と佐伯克哉との関係も立ち消えてしまって。
 この一ヶ月それで…何度も、何度も彼の事を考えてしまっていた。
 それで…気づいてしまったのだ。
 
―少なくとも自分は、克哉にもう一度会いたいと願っている事に…。

 今まで彼にした事を思えば、自分がそんな事を思っているなど
図々しいにも程があると思う。
 だが、ダメ元で出したメールに返信が…しかも彼の携帯のものと思われる
ものから送信されているのに気づいた時、反射的に返事をしてしまっていた。
 あのスピードは自分でもびっくりしたぐらいだ。
 こんな感情は、青臭い学生時代以来のような気がする。
 
「もう…そろそろ、時間だな…」

 ディスプレイが19時55分を示したその時。
 店の扉が開け放たれていった。

「こんばんは…あの、御堂さんはいらっしゃるでしょうか…?」

 どうやら、雨が降っていたらしく…克哉は微かに濡れていた。
 その様子を見て、ふいに…彼が立ち尽くしていた夜の記憶が
御堂の中で蘇っていく。
 後、もう少し…自分が彼に気づくのが早かったならば。
 躊躇わずにあの日、克哉の元に行っていたら…この一ヶ月間
持て余していたモヤモヤした気持ちを抱かずに済んでいたのだろうか?
 つい、御堂は克哉を凝視していく。
 
 以前にも克哉と面識があるソムリエは優しく微笑みながら、頷いて
いくと…御堂のテーブルの方へと克哉を案内していった。

「それでは…お寛いで当店での一時を楽しんで下さいませ」

 ソムリエはそう告げていくと…恭しくお辞儀して一旦彼らの前から
立ち去っていった。

「…久しぶりだな。まさか本当に…君がこうして来てくれるとは、
思ってもいなかった…」

「オレ、もです。まさかこうして…貴方に、今日…早速会えるなんて
思ってもみませんでした…」

 お互いにまるでお見合いしているような緊張っぷりで…応対していく。
 御堂も克哉も、久しぶりに会えてテンションが高くなっているせいか
軽く顔を赤らめていた。
 だが…照れ臭くて、すぐにまともに相手の顔を見れなくなる。
 限りなく新婚っぽいというか、バカップルオーラが垂れ流しに
なっていたが当人達はまったく気づいた様子はなかった。

「…私もだ。あぁ、早く席についた方が良い。いつまでも立ち話を
しているのも…何だろうしな」

「あっ…はい。すみません…!」

 御堂に指摘されて、すぐにハっとなって向かい側の席に着席
していく。
 御堂が予約した席は奥のソファ席だ。
 二人に対して、4人分の座席が用意されている形だが…
この場合は向かい合うのが正しいだろう。
 …少しだけ、御堂の隣に座りたいという望みもあったけれど。
 それと同時に、背後で新しい客が訪れたような気配を感じる。
 まあ元々…良い店なのだ。自分達以外の客がいても当然だし
その時点では克哉はあまり意識することなく…真っ直ぐに御堂だけを
見つめ続けていた。

「佐伯…まずは飲み物のメニューだ。今夜は何を飲みたいかまずは
君が選ぶと良い。多少高いものでも…構わないぞ。
最初の一本は私から誘ったのだし…奢らせて貰おう」

「えっ…そんな、悪いですよ…! せめて割り勘で…」

「…今夜の再会を祝して、だ。それなら良いだろう…」

「…祝、杯…ですか…?」

 御堂からの言葉に、ちょっと驚きながら反芻していく。
 だが克哉が呆然として…微動だにしないことに気づいていくと、
御堂は仕方なく…メニューを奪い取って、自分で注文していった。
 恐らくこの様子では克哉に選ばせたら、絶対に遠慮して味ではなく
値段の安いものを選ぶのは目に見えていたからだ。
 どうせなら、今夜は美味しい物が飲みたい。
 その気持ちを優先して…御堂はさっさとリードすることに決めた。

「…その様子だと、君は遠慮して絶対に安いのしか選ばないだろうな。
どうせなら…旨いと思えるものが飲みたい。だから私が決めさせて貰おう」

 そういって、メニュー表を眺めていくと暫く思案していきながら…。

「1985年もののロマネ・サン・ヴィヴァンを」

「かしこまりました…」

 いつの間にかさりげなく立っていたソムリエにそう告げていくと…
御堂は静かに克哉の方を向き直っていく。
 こういう場面で慣れた様子でリードしてくれる姿は格好良くて、
同時に頼もしかった。
 だが…ふと気になって机の上に置かれたメニュー表を眺めていくと…。

「っ…!」

 驚きのあまりに、声が出なかった。
 たった今、御堂が告げたワインの値段は…15万円と出ていたからだ。
 動揺の色を濃く浮かべながら御堂を見つめて抗議しようとすると…。

「…値段は気にしなくて良い。どうせなら、君と旨いワインを飲みたいと
思って私が勝手にした事だ。祝杯だ…と言っただろう」

「け、けど…」

 こんなに高い酒を奢って貰うのはやはり…気が引けた。
 しかも、こんなに優しい顔の御堂を見た記憶は殆どないから…尚更だった。
 今まで見て来た御堂の顔は、意地悪だったり強気で隙のないものばかり
だったから、こんなにこちらを真摯に見つめて微笑んでいるような顔など…
まったく知らなかった。

「こんなに、高いものを…」

 そういって、断りの言葉を紡ごうとした瞬間…机の下で、御堂にしっかりと
手を握られていた。
 突然、相手の温もりに包み込まれてぎょっとなる。
 だがそれは…強い力で握られていて、少々の事では振り解けそうにない。
 困惑していると…ふいに、指を絡めるように強く、強く握りこまれていく。

「あっ…」

 かつて、身体の関係が在った頃の記憶が唐突に思い出されていく。
 御堂にほんの少し触れられるだけでザワザワザワ…と怪しい疼きが
背筋に走り抜けていくようだった。

「佐伯…」

 熱っぽい目で、見つめられていく。
 こんな眼差しをした御堂など、知らない。
 手を握られて…相手に瞳を覗き込まれているだけだ。
 それなのに、こんなに身体が熱くなって…ドキドキしている。

「御堂、さん…」

 ギュっと目を伏せながら、克哉からも手をしっかりと握り締めていく。
 ただそれだけの事なのに…心臓が破裂してしまいそうだ。
 けれど、同時に途方も無い幸福感が胸の奥から湧き上がってくる。
 手を繋ぐ、たったそれだけの事で御堂と深く繋がることが出来たような
気がして…興奮していく。
 
「…っ!」

 耳まで赤く染まっていくのが判る。
 それと同時に身体が反応を始めていって、下半身が硬く張り詰め始めて
いくのが判った。

(ヤバイ…っ!)

 飲食店にいる時に、下半身を勃起させるような真似をする訳には
さすがにいかなかった。
 慌てて御堂から意識を逸らそうとして明後日の方向に向いていくと…。

「っ…!?」

 余計に克哉はパニックに陥る事になった。
 まさに心臓が凍るような想いとはこの事だ。
 
(な、何で…こんな処に…!)

 思わず泣きそうになってしまった。
 ここまで友人が執念深いとは予想もしていなかったからだ。
 今までは克哉が、店の入り口に背を向けている格好なのでまったく
気づいていなかったが…彼らの後ろに位置する席には明らかに不審
人物が其処に鎮座していた。

 その人物の格好は、まさにルパン三世に出てくる銭形刑事のような
帽子とコートを羽織っていた。
 それだけならまだ良い。だがそれにサングラスを掛けて、パーティー用の
髭眼鏡についているような、チョビ髭が口元についていて怪しい事この上
なかった。
 そんな人物がこちらを伺うように新聞紙をあからさまに広げて、チラチラと
こちらを眺めているのだが…一つだけ変装しても隠せない部分があった。
 
―その立派な体格だ。

 本人は頑張って変装しているのだろうが、その体格の頑健さと立派な
部分だけは隠しようがない。
 むしろ190センチ近い筋肉質の体格の男が、そんな怪しい服装を
しているという事で悪目立ちしまくっている。
 言うまでもない。幾ら変装しようと…克哉がその人物を見間違える
事などなかった。

(何で本多がこんな処にいるんだよ~~!)

 心の中で真剣に泣きそうになりながら、克哉はどうにかそれでも…
御堂の手をしっかりとテーブルの下で握り締め続けていた。
 だが、さっきまでみたいにその感覚にうっとり…なんて事はすでに
出来る心境ではなかった。

 心底、自分の友人の事を恨みながら…克哉は、ワインが来るまで
その体制で御堂と共に待ち続けていたのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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