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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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―たった一度で良いんです。心からオレを、愛しいと思って
キスして下さい…

 それが、御堂に告げた克哉の願いの内容だった。
 …お互いに険しい表情を浮かべながら至近距離で見詰め合う。
 御堂も克哉も、真剣な眼差しだった。

「…本当にそんな事で、良いのか…?」

 確認するように、御堂が問いかけ…躊躇いがちな仕草で
克哉を引き寄せて…その頬を撫ぜていく。
 その掌の思いがけない温かさと優しさに…思わず涙ぐみそうに
なっていく。
 
「…はい。それで、充分です…」

 本音を言うなら、一度で良いから…心から自分の方を愛しいと
思いながら「抱いて」欲しい。
 一週間前の交歓は、お互いにとって余りに切なく悲しいもので
あったから。
 好きだと自覚した人間と初めて抱き合った記憶がそんなもので
ある事は、克哉自身とて…辛い。
 だが、御堂は…もう一人の自分にとって最愛の人物。
 そして…この人もまた、眼鏡の事を想ってくれている。
 
―克哉はその事実を知っていながら、御堂に抱いて欲しいという
口に出す事はどうしても出来なかった

 内側で、あいつがどれだけこの人を愛して想っていたか…焦がれている
姿を見続けていて、何故そんな事を口に出せるというのだろうか。
 
(御免な…一度だけ、許して…くれ…)

 これが、最後だから。
 たった一度だけ愛されながらこの人とキスされた思い出を抱いて…
それで、お前に全てを譲るから。
 だからどうか…ただ一度だけ、この人に自分が愛されることを…
許して、欲しいと…もう一人の自分に静かに伝えていく。

 ドクン…!

 呼応するように、自分の心臓が大きく跳ねていく。

―好きに、しろ…!

 怒り交じりに、眼鏡の声が聞こえる。
 けれど…無理やり、止めるような真似はしなかった。
 だが…。

 ドックンドックンドックン…!

 緊張とは違う、早鐘が心臓から刻まれ続ける。
 それで自覚する。
 …もう一人の自分が、今…目覚めて、その殻を突き破ろうと
している気配を―

「…克哉」

 初めて、御堂が…自分を下の名で呼ぶ。
 それは、佐伯と呼んでいた眼鏡を掛けた方の自分と区別する為の
事だと、何となくは感じた。
 けれど…凄い嬉しくて、泣きそうで…胸が引き絞られそうになる。

(あぁ…オレも、この人をこんなに…いつの間にか、好きに…
なっていたんだな…)

 今までに何人かの女性と付き合った経験がある。
 けれど、誰にもこんな切ない感情を抱いたことはなかった。
 自分は、本当に…御堂が、好きなのだと…ただ、腕の中にいるだけで
実感していく。

「孝典、さん…」

 克哉も、同じように…初めて、御堂の下の名前を呼んでいく。
 それは最初で最後になる、呼びかけ。
 御堂の指先が、克哉の髪を慈しむように撫ぜていった。

―とても、幸せな一時で胸が潰れそうだった

 御堂の紫紺の瞳は、柔らかい色合いを浮かべていた。
 克哉のアイスブルーの双眸はうっすらと涙をたたえて…宝石のように
光り輝いている。
 暫く、お互いに瞳を覗き込むようにしながら見つめあい…そして、静かに
顔が寄せられていく。
 
―双方とも、それからは無言。そして静寂が落ちていく―

 シィン、と部屋の中から音が消えていく。
 代わりにお互いの息遣いや吐息、そして…唇が重ねあう柔らかい感触
などその他のものを鋭敏に拾い上げ始めていった。
 克哉の方から強い力で…御堂の首元にしがみついていく。
 それに応えるように、御堂も…ギュウっと息が詰まりそうなぐらいに
力を込めて、相手の身体を抱き締めていった。

『これで、良い…』

 今まで、26年間生きて来た。
 眼鏡を得た日から…自分は内側に閉じ込められて、恐らくこれからも
そんな日々は続いていくだろう。
 自分はその現実を許容して全て受け入れた。
 けれど…この一瞬、本当に好きだと想った人と…たった一度でもこうして
心から大切にされて、キスをしたその記憶。
 長い人生において、つかの間に過ぎないその瞬間だけでも…今まで
生きてきて良かった、と思えた。

 短い時間だけでも愛された記憶。
 それだけで…もう、自分には充分、なのだ。
 後は、貴方の幸せをただ…祈ろう。
 もう一人の自分と、貴方が本当に幸せになる為に必要な事。
 この一週間、その道筋を考え続けて来た。
 そして…克哉はすでに、その為の答えを導き出していた。

 ―あの残虐な子供の自分も、眼鏡を掛けた自分も…そして自分自身も、
悲劇しか招きそうにない状態の中で、救われる為の道を―

『…勇気を…!』

 心から、克哉は祈っていく。
 深く深く、この人に口付けられていきながら…ぎゅっとそのスーツの
背中の生地を強く握り締めて、祈っていく。
 永遠とも想えるぐらいに、永い口付けが終わっていく。
 互いの口元から、銀糸を伝らせながら…そっと顔を離していくと。

「ありがとう…ございます…」

 最後に、そう短く告げて…克哉は目を閉じ、まるで糸が切れた人形の
ようにその場に崩れ落ちていく。

「克哉っ!?」

 とっさに御堂は相手の背に腕を回して、その身体を支えていったが…
完全に克哉は意識を失い、ぐったりとなっていく。
 同じ体格の人間同士が、意識を失った相手の身体を支えるのにも
限界がある。
 せめて頭を打たないように配慮しながら…ホテルのカーペットの上に
その身体を一旦横にしてから、再び呼びかけていく。

「克哉…起きろ! 一体、君に何が…?」

 御堂は、動揺していた。
 困惑の余りに叫びだしたい状態に陥っていた。
 しかし、克哉のさっきの言葉を思い出して…ハっとなっていく。

―それがオレの最後の願いです。叶えて下さいますか…?

 その台詞が鮮明に脳裏に再生されて…御堂は全身を小刻みに
震わせていった。

「…君は、もしかして…自分がこうなる事を覚悟の上で…私にあんな、
願いを…したのか…?」

 意識を失った克哉は、当然答えない。
 けれど…うわ言のように、細く掠れた声で…最後にこう告げた。

―待っていて、下、さい…。次に目覚めた時は…きっと、アイツと…
貴方は、会える筈…ですから…

 何を、言っているのかと一瞬疑った。
 知らぬ間に…御堂の瞳に、涙が零れていった。
 かつて…自分に酷い行為を繰り返した佐伯克哉を悪魔だと想った。
 けれど…今、自分の腕の中に崩れ落ちた佐伯克哉は何だというのか。
 どこまでも、愚かなぐらいにこちらの事ばかり…気遣って。
 本当に同じ人間なのかと、疑いたくなった。

―何故、一人の人間の中に悪魔と天使の顔が同時に存在するのだと…!

 心から、御堂は叫びたくなった。
 声が嗄れるぐらいに御堂は呼びかけ続ける。
 だが、佐伯克哉はどれだけ揺さぶろうとも髪を掴もうとも目覚める
気配を見せなかった。

「克哉―!」

 けれど、その悲痛な叫びは…最後に、完全に意識を落とす克哉の
耳に届いていく。
 それだけで…少しだけ、嬉しかった。

―さようなら…

 そう、心の中で呟き…克哉の意識は深層の部分へと落ちていき―

 咆哮を上げながら、一匹の獣が…目覚めていく。
 余りの展開に、御堂は瞠目し…硬直していると…。

「御堂…」

 次に目覚めた佐伯克哉は、聞き覚えのある掠れたハスキーな声で
自分の名を呼んでいく。

「さ、えき…?」

 確認するように、その名を呼んでいく。
 そして…次の瞬間、心臓が止まりそうになった。

―今、御堂を鋭く射抜く双眸は…焦がれて止まないあの熱さが宿っていたから…

 御堂は、震えていく。
 動揺して、困惑して…惑いながらも、その身体に腕を伸ばしていくと…強引に
その腕に抱きかかえられて、ベッドの上に連れ込まれていく。

「佐伯、何を…っ?」

「…あんたを、抱くぞ…御堂」

 展開についていけず、御堂がパニックに陥りかけると…眼鏡を掛けて
いなくても、雰囲気がガラリ…と変わった佐伯克哉は、きっぱりとそう告げて…
噛み付くような口付けを、御堂に落としていったのだった― 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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