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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―どれだけ苦しくても、辛くても。
 死にたいほどの胸の痛みを伴っても。
 その生の先にほんの僅かで希望があるのなら…
 力の限り、人は生きるべきだ

 人には誰しも役割がある
 慈愛で持って道を正したり
 叱る事で新たな視点に気づかせたり
 罪を知る事で、似た者に対して寛容な心を持ったり
 痛みを知る事で他者の心を打つ『何か』を生み出したりする

 一人の人間が血を残す
 それは長い目で見れば何百何千人もの命の系譜を生み出すことであり
 類稀な才能が力の限りを持って偉大な作品を残せば
 確実に多くの後世の人間は影響を受けるだろう

 どれだけ愚かしい罪を犯したものでも
 そのみじめさや、苦しみを他の者に晒す事で罪を犯すことの抑制になるし
 力のない、他人に依存して生きるしかない弱者でも…
 祈ることによって、人の為になる事もまた往々にしてある

 どのような立場でも、境遇でも…視点を張り巡らされれば、誰しもが
教師となりうるし…反面教師にもなる。
 この世界には、嬉しいことや苦しいことが表裏一体で常に存在している。
 その中に、意味を見出すのは…生きる者の心構え次第だ。
 なら、全てを失った青年は…その悲しみの果てに何を見出すのだろうか―

 海に落下してから、激しい海流に飲み込まれながらも…佐伯克哉は必死に
なって泳ぎ続けて、そして砂浜に辿り着いた。
 その頃には全身は鉛のように重く、もう指一本も満足に動かすことが出来ない
状態に陥っていた。
 それでも、溺れずに…命を失わずに、安全な場所までようやく辿り着いた事に
よる安堵で、克哉は波打ち際の砂の中に崩れ落ちていった。

「助、かった…ん、だ…オレ…は…」

 ここまで来るまで無我夢中だった。
 途中の記憶はあやふやで、ぼんやりして…殆どまともに思い出せない。
 それでも自分がこうして、生きてここにいる事が…彼には、嬉しかった。
 あんな馬鹿げたパフォーマンスをした事で、命を失いかけたが…こうして、大きな
傷を負うことなくここに存在している事で、全てがチャラになる気がした。

「生きてる…」

 紡ぐ言葉は、掠れて力がなかった。
 けれど…彼は、泣きたい気持ちと…嬉しい気持ちがグチャグチャになって、
心の中でせめぎあっていた。
 さっき、目の前でもう一人の自分を失った。
 光となって消えていく様を見送った。
 けれど…同時に、この胸の中に一層強く…彼が存在している事を克哉は
感じ取っていった。

―良くやった

 短いけれど、幻聴かも知れないけれど…眼鏡がそう、労いの言葉を掛けて
くれたように感じられた。
 静寂に包まれた海岸には、ただ…波が緩やかに押し寄せては静かに戻って
いく水音だけが響き渡っている。
 以前に、夜の波の音には…精神をリラックスさせる効果があるという文章を
どこかで読んだことがあるような気がした。
 波に身を委ねながら…悲しいような、切ないような…満足しているような、ぽっかりと
何かが空いてしまっているような複雑な想いに、克哉は身を浸していった。

(これからは、太一にも…あいつにも、頼れないんだ…)

 愛している人間二人と、克哉は結果的に決別することとなった。
 眼鏡は、半ば暴力的に強引に奪われ。
 太一とは…自らの意思で、けじめをつけた。
 これからは…自分の足で立って、生きていかなければならない。
 そう考えると…怖いと思う反面、自分の中で確かなものが湧き上がっていく奇妙な
感じがしていった。

 太一の事は、愛していた。
 すでに過去形になっているのに自分でも気づいた。
 けれど、眼鏡の事は「愛している」だ。
 失ったばかりだというのに…現在進行形の想い。
 それが…克哉を掻き立てる何よりの力になった。

 重い身体をどうにか起こして、克哉は真っ直ぐに…前を見据えていった。
 どれだけボロボロでも、みっともなくても…彼の心の中には、希望があった。
 後もう少しで感情のままに拳銃の引き金を引いて、太一に向かって発砲してしまう
寸前に、もう一人の自分が言った言葉を鮮明に思い出していった。

 ―必ずだ。だから…お前は、信じて…待っていろ…!

 短い一言。けれどあの瞬間、はっきりと聞こえた言葉。
 それを頭から信じるのは、もしかしたら愚かと他の人間には言われて
しまうかも知れない。
 けれど…克哉は、信じて待つことに決めた…のだ。

(あいつは…オレの中にいる。それが…はっきりと、判るから…。
なら、オレに出来る事は…あいつが目覚めるその日まで、しっかりと
生きていく事だけだ…)

 自分の身体そのものが、彼が眠る揺り篭のようなものならば…以前の
ように食を断って死を望むような真似は絶対にしないだろう。
 どんなにみっともなくても、何でも…今の克哉は生きる事を模索
し始めていた。
 
―…お前が、いる限りは…俺は、本当の…意味で、死なない。
だから、お前は、生きろ…克哉…

 眼鏡のもう一つの言葉を思い出していく。
 自分が生きている限り、あいつが本当の意味で死に絶えることがないのなら
克哉には生き延びる義務があった。
 この身体はあいつのものでもあり、この命は結果的に彼に救われた。
 最初はどんな動機でも、緩慢な自殺を選んだ自分をこうやって回復する
手助けをしてくれたのは紛れもなく『俺』で…。
 そのおかげで、克哉は生きる気力を取り戻せたのだから…。

「はっ…ぁ…」

 克哉は、少しでも進もうと四肢を這いずりながらでも進ませていく。
 誰かのおかげで、この命が助かったのならば、もう二度と無駄にするような
真似はしてはいけないと…使命にも似た気持ちが胸の奥から湧き上がっていく。
 それで思い知る。
 自分が最後の最後で、太一ではなく…あいつの手を取った理由を。
 克哉は、もう一人の自分と接している内に…生きたい! と願う気持ちを
思い出したからなのだ。

 自分の願いは、生きたかったのだ。
 帰りたかったのだ…。
 家族が、八課の仲間達と一緒にいられる場所に。
 自分が自分でいられる場所に、戻りたいと願い続けていた…そんな欲求を
あいつと過ごしていたからこそ、思い出せたのだ。

 知らぬ間に、克哉の目元からは…大量の涙が伝い始めていた。
 少し身体を動かす度に、辛かった。苦しかった。
 けれど…それでも、彼は進むことを止めなかった。
 この命は…すでに自分一人のものではない。
 自分は、眼鏡の分の生もすでに背負っているのだから…安易に死にたい
などとは、二度と口に出すことも行動に移すことも許されないのだから…。

「会いたい…」

 喉はすでにカラカラで、掠れた声しか漏れなかった。
 けれど、それでも…想いは口を突いていく。

「お前に、もう一度…会いたいっ…!」

 それは、同時に彼が生を願う最大の理由になった。
 生きている限り、会える可能性が残されているのなら…自分は
全力で生きてやる!
 泥水を啜ることになっても、何を口にしてでも…。
 そうやって時を過ごす事で、もう一度…あいつに再会出来る
可能性があるのなら、どんな事でも生き延びてやると誓っていった。

 あいつが、全力で自分を止めてくれた意味を。
 庇ってくれた意味を。
 その重みを理解しているからこそ…克哉は、狂おしいまでの
想いに身を焦がしていく。
 ボロボロの身体で、肌に張り付いているYシャツもズボンもビショビショの
グチョグチョで…泥だの、血だのがこびり付いている。
 けれどその蒼い双眸には…強い生への渇望が確かに宿っていた。

 それでも、何十分も激しい水流の中で翻弄されて、その流れに
抗うために全力で泳ぎ続けたことで克哉の肉体は限界寸前まで
疲弊していた。
 背面から、水流がぶつかりあっているような場所に自ら落ちていく。
 そんな真似をして、どうにか命があったのは…一重に、強い生への執着心が
成した奇跡以外の何物でもない。
 もし、太一が…克哉を追って飛び降りたりなんかしたら、決して助かることは
なかっただろう。それくらいに…激しい海流であったのだ。
 
 本来なら、水や食料が確保出来るところまで進まなければならない。
 それが叶わないならせめて、日陰があって…日が出ても体力の消耗の
少ない場所まで辿り着かなければならなかったが、どちらも成せぬまま…
克哉は再び波打ち際で、力尽きていく。
 肩で忙しい、苦しげな呼吸を繰り返していると…ふいに、一つの人影が
彼の影に重なっていった。

―お疲れ様でした

 顔を上げることは叶わなかったけれど、その歌うような口調で
どれが誰であるか一発で克哉は理解していく。
 少なくとも、太一本人や…五十嵐組の配下の人間でなかっただけでも
克哉は安堵していった。

「…ぁ、っ…」

 言葉を発そうと試みたが、すでに疲れ切っていて…満足に単語すら
紡げない状態に陥っていた。
 月がとても、綺麗な夜だった。
 澄み切った藍色の帳の中心には、煌々と輝く銀月がぽっかりと浮かんでいた。
 その闇の中、黒衣の男の鮮やかな金の髪は…はっきりとした存在感を
放って、静かに輝いていた。

―嗚呼、無理して答える必要はないですよ。私は…貴方を迎えに
来ただけですから。…この浜辺から出て少しした処に、貴方を望む処に
搬送する車はすでに用意してあります。
 そうそう、貴方達の荷物も…拳銃以外の物は、すでに私の配下に
依頼して積んでありますから心配要りません。
 …貴方はただ、今は身体も心も休まれた方が宜しいですからね…

 男がそう言ったのに気づいて、克哉は顔を上げようとした。
 どうにかその試みは成功し、目だけでも…Mr.Rの方に向けていく。
 その顔は酷く満足そうで、楽しげだった。
 それが克哉には不快だったが…今の自分にはこの男の手を借りる以外に
この場から離れられないような気がした。
 だから…キュっと口をつぐんで、コクンと頷いていく。

 ―結構です。では…お運び致しましょう

 そうして、黒衣の男は…自分がビショビショになるのも構わずに、克哉の
身体をそっと抱き上げていった。
 克哉自身、かなり体格が恵まれている方なのに…易々と抱えられていく様を
見て…少し驚いたが、この奇妙な男性ならそれぐらいの事は出来るだろう…と
自分を納得させることにした。
 そして、そのまま…彼は静かに、身体が要求するままに眠りに落ちていく。
 その瞬間…もう一人の自分が呆れたように溜息をつく様子が、少しだけ
感じられていった。

 波の音だけが周囲に、繰り返し響き渡っていた静かな夜。
 克哉はそうして…この地を後にした。
 もう一人の自分と、二ヶ月余りを共にしたその地へは…
佐伯克哉は、二度と足を向けなかった。

 そしてMr.Rは誘っていく。
 克哉が帰って来ることを心から望んでいた人達の一人の下へ…
 意識を失った克哉を、確かに送り届けたのだった―
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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