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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―あれから三年の月日が流れた。

 佐伯克哉は黒いバーテンダーの制服に身を包みながら、自分が勤めている
バーの閉店準備の為に、店中を動き回っていた。
 落ち着いたシックな雰囲気のバーだった。
 照明は控えめで仄かに薄暗く、静かなBGMが邪魔にならない程度に
流れ続けている。
 カウンター席とテーブル席、合わせて30~40人程度座れる中規模な
大きさの店内を、克哉はともかく…掃除用具を片手に、丁寧に最後の
清掃を施していた。

「ふう…こんな物かな…」

 店には、すでに克哉一人しかいない。
 店長を含めて、他の従業員はすでに帰宅してしまっていた。
 この店の終業時間は午前2時だが、時計の針は…もうじき午前三時を
さそうとしていた。
 真面目な性格の克哉は、清掃に関しても手を抜かない。
 そういった彼の気質を店長は高く買ってくれていたので…今の克哉は
この店のマネージャーを勤めるようになり、店を閉める為に、鍵も信頼
して任されるまでになっていた。
 一通りの清掃が終わって、掃除用具を片付けていくと…深く溜息を
突いていく。
 今日も一日、無事に終わったことに関しての安堵の息だ。

(三時になったら…帰る準備をしよう…)

 ホウッと一呼吸していきながら、克哉はカウンターの傍らのスツールに
腰を掛けて…そっと寛いでいった。
 
(この店に勤めるようになって…そろそろ、三年か…)

 ふと、そんな感傷が胸の中に湧き上がって来ている事に気づいて…
克哉は軽く目を伏せていった。
 もうそれだけ、時間が流れたことに関して…時が過ぎていくのは
あっという間だと…つくづく実感しながら、ふと彼は思考に耽っていった。

 あの日、もう一人の自分を失い…太一と決別した翌日、克哉は…
東京都内にある片桐の家の前まで運ばれた。
 元々、Mr.Rは…かつての職場や、実家がある関東方面に向かって
車を走らせていたのだが…片桐の家を選択したのは、かつて自分の
上司が語ったある一言を鮮明に思い出したからだった。

―僕はね、とても大切な人を亡くしたことがありますから…。

 それは、八課での飲み会の時に…片桐が酔った拍子にボソリと
呟いた一言だった。
 泣きそうな顔で、切なげにそう言った上司の一言に驚いて…その時の
自分はそれ以上突っ込んだ事は聞けなかった。
 だが、眼鏡を失くして…深い喪失感に苦しんでいた克哉は、何故か
そのやりとりを思い出して…まず、片桐に話を聞いて欲しいと思ったのだ。
 大切に思っている誰かを失くす。
 そんな体験を、判って欲しかった。聴いて欲しいと思った。
 だから…家族でも、本多でもなく…片桐の元に戻る事を選択した。

 暫く音沙汰が無かった克哉が急に訪ねて来ても、片桐は歓迎してくれた。
 そして…全ては流石に話せなかったが、やや架空の事情も混ぜながら…
克哉は片桐に沢山の話をした。
 ヤクザの家に監禁されて、というのと…最後に銃撃戦を繰り広げたという
事情は隠したが、ある程度…現状を包み隠さず話して、片桐に…暫くこの家に
居候させて欲しいと願い出た。

 克哉にはお金も、何もなかった。
 あの別荘を出た時、幾許かの金銭と…身一つ以外、何もなかったから。
 本来なら実家に頼るのは一番だろうが、五十嵐組の人間があれからどう出るか
まだ読めてない段階だったので、まだ顔を出すのは早計な段階だった。
 本多の場合だと、逆に親しすぎてマークの対象になっている可能性があった。
 片桐の場合、信頼出来る距離にいて近すぎない…という位置にいた為に
当時は、彼の家に暫く厄介になるのが確実だと判断した。
 …そして、一人で一軒屋で暮らしている片桐は快くそれを承諾してくれた。
 金銭面で絶対に負担を掛けて迷惑を掛けたくなかったので…カクテル作りに
興味があったし、待遇面でも良かったので…この店に応募をして、勤め始めた
のも大体同じくらいの時期だった。

 それから一年、貯金が出来るまでは…片桐の好意に甘えさせて
貰いながら…克哉は、徐々に本多や、実家の家族…大学時代の友人達と
少しずつ、一旦は断ち切った人達との交流も復活し。
 自分の居場所を取り戻した克哉は…目の前の事に精一杯に取り組んで
生きていった。
 克哉がしっかりとすれば、早く…もう一人の自分とも再会出来るかも知れない。
 ただそれだけを頼りに…克哉は、あの日からがむしゃらに生きて来た。

「三年、か…」

 もう一度、そっと目を伏せながらしみじみと呟いていった。
 元々…オリジナルカクテル作りの趣味があったおかげで、予想外に
克哉はこのバーテンダーという職種に馴染むのが早かった。
 最初の頃は…未知の職業に飛び込む事に対しての不安は当然あったが
まず、稼がないといけなかったのと…前の会社を辞めてから一年半以上が
経過して、その空白の期間を敢えてうるさく問われそうにない職種を選んだら
結果的に夜の仕事しかなかった訳だ。
 それでも…元々、人当たりが良く必要以上に他人に干渉しない性分の
克哉は…思いの他、夜の街に馴染むのが早かった。
 様々な人の人生に触れ、一度は断ち切られた周囲の人間との交流を
取り戻した事で、克哉はしみじみと実感していた。

―人は一人では生きていけない事を…

 誰かを愛した時、その人間と二人きりで生きられたらと…つい望んで
しまうのは恋をした事があれば誰もが思う事だ。
 けれど、それを太一が実行に移したことによって…その実害を知って
からは…克哉は人を愛すること、ちゃんと恋愛するという事は本当に
難しいことを実感していた。

 周囲の人間と繋がり、その輪の中で…自分は生きているという事を
一度失ったからこそ、実感出来た。
 人との関わりを失くして、社会性を失くした恋愛は…太一と自分に
関わらず、どんな人間同士でも上手く行かないという事を…この
職業に就いて、色んな人の実らなかった恋の話を聞く度に
改めて思い知らされていた。

 この三年間…そうして身の上話をするついでに克哉に色目を使ってきたり、
男女問わずにアプローチを掛けて来た人間は沢山いた。
 けれど、心の中に克哉には待っている人間がいた。
 だからその事をはっきりと伝えた上で…克哉は、誰とも付き合うことは
しなかった。
 その中に、再会した本多も含まれていたけれど…どんな人間に想いを
寄せられても、克哉の答えはもう変わらなかった。

―あいつを、待つと…。

 その答えを、克哉はこの三年…しっかりと抱いて生きて来た。
 けれど…今夜に限って、それが無性に…寂しかった。

「…あいつ、いつになったら帰って来るんだろう…。何年掛かっても
必ず戻って来るって言った癖に…俺の中で眠ってるのなら…一言くらい、
教えてくれれば良いのに…」

 そう、あの日から…もう一人の自分は眠り続けている。
 克哉を庇って、銃弾を胸に向けたもう一人の自分は…幻のように
姿を消して、必ず戻って来る。だからお前は生きろ、と言い残して…
静かに眠りについた。
 ずっとその日から、何かの拍子にあいつの声が聞こえて励まされる
事は多々あった。
 けれどいつも聞こえる訳じゃないし…かつてのように触れ合える
訳ではない。
 それが無性に寂しくて、つい…カウンターに突っ伏して…克哉は
ギュっと自分の身体を抱き締めていった。

―早く、会いたいよ…! お前に…!

 その日だけを願って、克哉は生き続けた。
 彼と再会出来る日、それだけを願って。
 その瞬間…扉が、勢い良く開け放たれた。

 バァン!!

 その大きな音にびっくりしてカウンターから身体を起こしていくと
扉の向こうに人影が立っている事に気づいて、とっさに声を掛けていった。

「あ、すみません…もう、うちの店は…」

 閉店しているので、と続けようとした瞬間…口を噤むしかなくなって
しまった。信じられないものを見たからだ。

「ど、して…」

 フルフルと、肩と唇が大きく震えていった。
 今…目の前に在る光景が本当かどうか、疑いたくなった。
 とっさに、涙が零れそうになった。
 信じられないと…目の前に立っている相手を食い入るように凝視して、
しっかりと見つめていく。
 最初は幻かと疑った。
 けれどその人物は…コツコツ、と硬いリノリウムの床をしっかりと踏みしめて
こちらの方へと歩み寄って来る。

「…まさか、俺が判らない訳がないだろう…? 随分と…その黒いバーテンダーの
服装、似合っているじゃないか。見ていて…そそるぞ?」

 強気に微笑みながら、サラリと彼は際どい事を口にしていく。
 その物言いで、確信していった。
 今度は克哉の方から間合いを詰めて…駆け寄っていく。

「バカッ! 再会して最初の一言が…それかよ!」

 今度は、もう涙腺が壊れ始めていった。
 そのまま勢い良く目の前の男性の胸に飛び込んでいく。
 懐かしい匂いと温もり。
 それは幻ではなかった。確かに現実だった。
 嬉しくて嬉しくて、いっそ気が狂うんじゃないかって思うぐらいの
歓喜が…克哉の胸の中に湧き上がっていった。

「…そうだな。照れ臭くてつい、こういう物言いになってしまった。
…約束どおり、戻って来たぞ…」

「…うん、ずっと…待ってた…」

 泣きながら、克哉は…ただ、真っ直ぐにもう一人の自分の姿を
見つめていった。
 間違いなかった。自分と寸分変わらぬ容貌に、体格。
 紛れもなく…もう一人の自分だった。

「…嗚呼、知っている。お前がずっと…俺に操を立ててくれていた
事もな…。ま、お前の中に眠っていたんだから…その辺に関しては
すぐに判ってしまう事だがな…」

「そうだね…だから、浮気なんて…考えなかった。お前が約束を
果たしに…オレの元に出て来てくれる日を、ただ待ち続けていたよ…」

 泣き笑いの表情を浮かべながら、ギュウっと強く克哉は抱きついていく。
 たったそれだけでも、幸せだった。
 こんなに、自分はこいつの事が好きであったことを思い知る。
 そんな眼鏡もまた…克哉を強く、強く抱き締めていった。

「…本当に、お前は馬鹿だな。俺を待ち続けるなんてな…」

「…しょうがないだろ。本気で…お前の事、好きなんだから…」

 拗ねたように呟いて、相手の胸に顔を埋めていくと…もう一人の自分が
喉の奥で笑いを噛み殺しているのがすぐに判った。
 その事実に不貞腐れたが、そっと眼鏡に…人差し指で顎を掬われて、
顔を上に向かされていくと…少しだけ機嫌が直っていった。

「…嗚呼。誰よりも知っている。そして…俺も、同じ気持ちだ…」

 声の振動が、唇に伝わるぐらいの距離で…そんな事を、大好きな
人間に囁かれたら、克哉とてもう抗えない。
 そのまま…静かに、目を伏せて…二人は再会の喜びを噛み締めながら
そっと唇を重ねていった。

―本当に、生きてて良かった

 愛する人間の腕の中に包まれて、口付けを交わした瞬間に…
克哉は心からそう思った。

 生きている事は、綺麗ごとでは済まされない。
 時に辛い事も、汚泥を飲んで生きるような想いをさせられる事もある
 だが、生きているからこそ…人は、時に大きな喜びを享受出来るのだ。
 死ねば其処で全てが終わる。
 生きているからこそやり直せるし、道を正して…過去の過ちを生かして
前に進むことも可能になるのだから

 彼がいなくて、辛かったし寂しかった。
 どれ程強く再会を願ったか、会えない夜を苦しく思ったか
数え切れないくらいだった。
 だが、この瞬間に…全てが報われた。

 つかの間でも良い。
 心からの喜びを覚えることが出来たのなら。
 全力で生きて、誰かを愛すことが出来たのならば…
人は真の幸福を得ているのだ。
 かつて克哉の中に巣食っていた死への渇望が…その
歓喜によって照らされて消えていく。
 生への喜び。本当に心から想う人間と再び、こうして抱き合うことが
叶って克哉は本当に…生きていて良かったと思った。
 それは鮮烈なまでの光となって、彼の中で輝いていく。

 沢山の涙が、零れていく。
 そんな克哉の滴を、そっと眼鏡が優しく拭っていった。

「…お前、本当に泣き虫な所は変わっていないな…」

 心からの愛しさを込めて、眼鏡が呟いていく。

「…うるさい。誰のせいだと…思っている、んだよ…」

 そう言いながら、目を細めて…その優しい指先にそっと
身を委ねていく。
 3年前、彼の傍に在った時も確かに自分は沢山の涙を
零していった。
 けれど、今は違う。あの時は葛藤したり悲しみや苦しみの
発露の為だったけれど…これはあまりに強い歓喜を覚えているから
こそ、零れているものなのだ。

「お前に会えて、ムチャクチャ嬉しいから…勝手に流れてくるんだよ…。
文句言われても、止められないよ…」

「文句言う訳ないだろ…? それが、俺との再会を喜ぶ涙…ならな?」

 そう、悪戯っぽく笑いながら啄ばむような口付けを額や頬に、静かに
落とされていく。
 くすぐったくて、甘ったるい感覚が全身を走り抜けていった。
 目を閉じて、享受していくと…背中全体を優しく優しく、撫ぜ擦られた。
 会いたくて堪らない人間の腕の中にいて、こうして触れられている事は
どれだけ幸せな事だったのだろう。
 一度は失ったからこそ…その幸福を、克哉は改めて噛み締めていく。
 そう、人は…傍にある時はなかなか気づけない。

 周囲にいた人間も、眼鏡も…克哉は一度は失った。
 だからこそ…それが掛け替えのないものであった事を今は噛み締めている。
 空気のように当たり前になって、自分を包んでくれている時は…人は
大切なものの有り難味を忘れがちになる。
 けれど、失くすことによって…やっと判るのだ。
 自分の傍に当然のようにある幸せが、どれだけ貴重なものなのか。
 それによって、自分の基盤や在り方が大きく左右されている事に…
なかなか、人は気づけないものなのだ。

 こんなに、この温もりが愛しいものだと…三年前の自分は、そこまで
気づけていなかった。
 だから強く抱きつきながら、胸いっぱいに息を吸い込んでいく。
 それからそっと顔を上げていくと…優しくこちらを見つめてくる、眼鏡の
視線とそっとぶつかっていった。

 訪れる心地良い緊張感。
 それがくすぐったくて、嬉しくて…静かに目を伏せた状態で互いに
顔を寄せていく。
 
―愛している

 お互いの唇から、同じタイミングで紡がれていく。
 最初、それを聴いた時にお互いにびっくりして目を見開いた。
 それがおかしくてクスクスと克哉が笑っていくと…もう一人の自分が
少しだけムっとした顔を浮かべていった。
 それが余計に、微笑ましくて…とびっきりの笑顔を浮かべながら
そっと克哉は囁いていった。

―お帰り、『俺』…

 と、本当に心から嬉しそうな笑みを浮かべて…克哉はぎゅうっと
もう一人の自分の身体を抱き締めていく。
 そんな彼を、眼鏡は…しょうがないな…と小さく呟きながら、とても
優しい顔をして…そっと克哉を抱き寄せていったのだった―


 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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