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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 それは三年近く前の記憶。

 ―克哉さん、戻って来てくれて…本当に良かった…!

 いつか、随分前に家出をした時…やっとの思いで当時一緒に
自分達が暮らしていたアパートに戻ると、憔悴しきった太一が
駆けつけて、全力で抱きしめながら…そう言ってくれた。

 その時点で、克哉の中でグチャグチャした想いが…溢れて
涙となって止まらなくなった。
 家を飛び出した当初、克哉の心の中は慣れない外国暮らしと
環境が頻繁に変わりすぎる事で、ストレスでパンパンになっていた。
 好きな人間と覚悟して日本を飛び出しても、破天荒な事ばかり
やらかす太一と…目立たないように堅実に生きてきた克哉とでは
考え方の違いや、そういったもので衝突が耐えなくて。
 それで頭を冷やして落ち着かせる為に衝動的に二日間、ホテルに篭って
過ごしていたのだけど…それがこんなに、太一を心配させていたのかと
思って…克哉は心底、後悔していた。

―太一、御免…勝手な、事をして…

 二日間、満足に眠れなかったのだろう。
 目の下にくっきりとクマを浮かべている恋人に向かって…泣きながら
克哉はそう告げていった。

―良いよ。克哉さんが…無事に帰って来てくれた事だけで…俺、すっげー
嬉しいからさ…

 そういって、骨が軋むぐらいに強く力を込めて来られて…それだけ自分は
太一に必要とされていた事を、再認識出来たのだ。
 今、思えば…衝突がなくなったのは、それだけ太一が自分を想ってくれているか
実感できたこの日がキッカケだったのだと思う。
 それで思い出したのだ。
 実家がヤクザだとか、そんな太一のバックグラウンドも関係なく…一緒にいる為に
今までの環境全てをついてきたのは、太一が今まで出会った誰よりも克哉を
求めてくれていて…どんな自分でも受け入れると言ってくれたからじゃないかって。

 だから…その日、お互いに泣きまくった。
 そして…大切な人が傍にいる事が、こんなに切なくて嬉しいことなのだと…初めて
強く実感した日でもあった。
 あの日、克哉が帰ったのは夕暮れの頃で。
 雑多なアメリカのダウンタウンで…窓の外の風景はお世辞にも綺麗と言えなかった
けれど空の向こうに広がる…太陽が空の上に描き出す、鮮やかで美しい日暮れだけは…
今でもはっきりと克哉は覚えていた―

                                *

 克哉がじっくりと吟味して、デパートでプレゼントを購入して戻った頃には…
すでに夕暮れ時を迎えていた。
 帰路の途中、徐々に太陽が…地に沈んでいく様子を眺めていって…何故か
無性に克哉は懐かしい気持ちになっていった。
 良く考えれば、バンドが軌道に乗り始めた辺りから…自分達は忙しすぎて、
こうやって夕日を見ることすら…忘れてしまっていたのかも知れない。
 
 夕暮れ時というのは…稀に、空の上に実に幻想的な光景を紡ぎだして
見る者の魂までも魅了していく。
 赤、青、橙、紫、桃、黄などの様々な色合いの光が乱反射して…太陽を中心に
空と雲を染め上げて…どんな一流の画家ですらも表現しきれない、美しい
光景を生み出していく。
 気象条件とか、雲の具合とか…そういったもので微妙に変わっていく
一日として同じ模様が描かれることはない自然の気まぐれが生み出した
芸術そのものだ。
 …こういった、綺麗な夕暮れの光景をじっくりと眺めるなど…どれくらい
ぶりなのだろうか。

 目を向ければすぐ其処に心を癒してくれる美しいものは…頻繁にこうやって
空に描かれているのに…短い時間で儚く消えてしまうその『美』を…
一体どれぐらいの人が注目してみているのだろうか…。
 その夕暮れが、アメリカ時代にやった…自分が感情のあまりに太一の
元を飛び出してしまった、今となっては甘く苦い記憶を呼び覚ましていく。

(…あの時は、本当に自分の気持ちしか見えていなかったよな…)

 夕暮れを眺めながら、ゆっくりと同じ造りのマンスリーマンションが並ぶ中…
自分達が暮らしている棟を探していった。
 どれも似たような外見をしているから、ちゃんと確認をしないと…時々
間違えそうになる事があるのだ。
 だが、自分達が暮らしている部屋に辿り着くと同時に…微かなメロディが
風に乗って耳に届いていく。

(…これは、もしかして太一のギターの音…?)

 今までに耳にした事がないフレーズであっただけに…一瞬、迷ったが
他の家の人間が音楽をやっている音は今まで聞いた事がなかったから…
この音がする家が、自分達の部屋だろうと判断して…克哉はそちらの
方へ足を向けていった。
 この近隣は一応、都内とされているものの…思いっきり外れに位置して
いるせいか…全然、東京というイメージとは異なっている地帯だった。
 沢山の…豪邸とは言えない普通の大きさの家々が立ち並んでいる。
 少し進んだ所には…小さな商店街も、大きな量販店の店舗のどちらも
あったりするから…車があるなら、充分に住みやすい場所だった。
 ここを選んだのは、太一の判断だ。
 
 東京に拠点を構える際、もう少し都心部に近い方がスタジオとか
仕事場に向かう際に…便利だと言ったのだが、太一は多少不便でも…
静かで、休みの日は克哉さんとゆったり過ごせそうな場所が良いと
言い張って…いくつかの候補地を吟味した上で、ちょっと辺鄙な
ここに決めたのだ。

 いつも夜遅くに帰宅することが多いので気づかなかったが…夕暮れの
交通量が多い時間帯であっても…この近隣には殆ど自動車の騒音が
耳に届くことはない。
 だから太一が奏でる、本当に微かなメロディすらも…風に乗って
結構遠く離れた所からでも聞き取ることが出来たのだ。
 そんな、自分の今住んでいる家の美点にふと気づいていきながら…
扉をそっと開けていく。
 その瞬間、克哉は…一瞬だけ、心臓が止まりそうになった。

 部屋に入った瞬間…目にも鮮やかな夕日の光が…部屋中を茜色と
金色に染めて…光り輝いているようだった。
 その中で、明るい髪の色を…まるで、金髪か、燃え上がるような真紅に
染めて…太一が、ギターを掻き鳴らしながら歌っている。
 まるで…太陽の化身のようにさえ見える場面に遭遇して…克哉はつい
言葉を失ってしまった。

(凄く…太一が輝いて見える…)

 太一はどうやら、今…この瞬間…歌の世界に没頭してしまっている
みたいだった。
 だから、克哉が静かに扉を開けたぐらいではその集中力が途切れることは
なかった。
 だから、真剣に歌に向き合って真摯な顔を浮かべている太一を本当に
久しぶりに見たような気がした。

 ドキドキドキドキ…

 久しぶりに、いちゃついたり…エッチの時以外で、太一に対してときめいて
しまって…心臓が早鐘を打っていく。
 音楽に向き合っている時の太一の表情は、時に怖いぐらいで…同時に
目が離せなくなるぐらい魅力的でもある。

 そして、太一が歌う。
 即興で紡ぎ挙げた切なく甘い歌詞を…それを聴いて、克哉は胸が
引き絞られるような感じがした。
 それは…自分に向けられた曲だと、すぐに判った。
 だから切なくて…嬉しくて、知らず心が揺さぶられて…かつて、夕暮れの中で
強く太一に抱きしめられた…あの日を思い出していく。

ツウ…

 そう、聞いていて涙を思わず零してしまった瞬間…音楽が終わり…
ようやく、太一はこちらに気づいたようだった。

「か、克哉さんっ…!?」

 最初に驚愕の表情浮かべながら、そして…瞬く間に本当に嬉しそうな顔を
浮かべながら、ギターを放り投げて…太一はこちらに駆け寄っていく。
 その様子に、かつての記憶が重なった瞬間…。

―おかえり! 

 と、明るい声を挙げながら全力で太一はこちらを抱きしめて、笑顔で
迎え入れてくれたのだった―


 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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