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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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  ―克哉が太一にプレゼントを買おうと、じっくりデパート内を回って
見ているのと同じ頃…太一は窓際で、ギターを片手に作曲を始めていた。

 窓を全開にして開け放つと、心地よい風が時折…勢い良く吹き抜けていく。
 父の喫茶店を手伝っていた頃から、愛用していた長袖の緑のシャツと
オレンジの半袖のシャツ、そしてジーンズという格好に着替えて、太一は
一心不乱で縁側で作曲を続けていた。

 一時間程、楽譜にペンを走らせて…一定の長さを書き終えると、もう
片方の手で持っているギターを掻き鳴らして実際に音を合わせていくと
いう作業を繰り返している内に、大体1~2分程度の長さのメロディは
仕上がっていた。
 順調なペースで、満足行く仕上がりのものが組み上がっている。
 それに満足そうな笑みを浮かべていきながら…太一はそっと
空を仰いでいった。

「…少し、一休みするかな…」

 時計を見ると、すでに一時間以上が経過していた事に少し驚いていく。
 太一自身としてはもっと短く感じられていたからだ。
 何かに没頭している最中は得てして、体感時間というのは短く
感じられるものだ。
 太一は今やっている小節を完成させていくと…それを一区切りにして
大きく伸びをしていった。

「ん~順調、順調。例のタイアップ曲に並ぶぐらい…良いメロディがこんなに
サラサラと浮かび上がってくるのは久しぶりだから…やっぱり気持ち良いよな~」

 太一は音楽の道を志している事実が示す通り、根っからのアーティストである。
 だから、納得行く出来のものが自分の中に生まれて…それを紡ぎ出せた時、
大変な幸福感と快楽を感じる事が出来る性分だ。
 帰国して以来、連日…分刻みのスケジュールをこなしていて…正直、
気持ちが荒み気味になっていたので…久しぶりに解放されきった気持ちを
感じていた。

 コロン、と縁側に両足を掛ける感じで後ろに倒れて…床に寝っ転がるような
体制で…流れ行く雲と、晴れ渡る青空を眺めていく。
 そんな済んだ空の大きなキャンバスの上に、一瞬だけ…柔らかく微笑んでいる
克哉の残像が見えた気がした。
 この空の下のどこかに…克哉がいる。
 そう確信出来ると、今…この瞬間に離れていたって繋がっているような
気がした。
 その安心感を感じる反面、フッと…2年半ぐらい前の出来事が
脳裏を過ぎっていった。

(…そういえば、アメリカにいた頃…克哉さんが本格的に姿を消して
しまった時期があったよな…。まだ、俺の向こうでのバンドが軌道に乗る
前のことで…お互いに、環境の違う所で生活している事に煮詰まっていた頃で…)

 それは振り返れば、たった二日間という短い克哉の家出だった。
 けれど…あの時ほど、太一にとって血の気が引いた二日間は…
この三年間では存在しなかった。
 渡米してから、三ヶ月目から半年に掛けての三ヶ月間は…まだ太一も
バンドのメンバー全員と出会っておらず、克哉の方も…言葉の壁を感じて
日常やマネージャー作業をやるにおいて…英語の発音の微妙なニュアンスや
発声の違いで、誤解や行き違いを多発してしまっていた頃だったからだ。
 それで、当時…一件の大きなチャンスを逃してしまった。
 
(…あんまり思い出したくない、苦い思い出だよな…。今でも、俺は克哉
さんに比べたらガキだし…みっともない所もまだまだ沢山あるけれど…
あの時の俺ほど、自分の事しか見えていない時もなかったよな…)

 それは、太一にとって…心底後悔している過去でもあった。
 最初の時期は、拠点となる場所も定まっておらず…1~2ヶ月過ぎても
手応えがないと太一はさっさと新しい場所に引っ越す事をやって
しまっていた。
 それが今思うと…克哉にとっては大きなストレスになっていたのだ。
 沢山の自分と違う人種が蠢く世界で、言葉の壁がある外国で暮らすだけでも
相当なものがあったのに…それで、慣れた頃に新しい街に越されたりしたもの
だから…大変に辛かったのだろう。
 あの時期の克哉ほど、見ていて危なっかしくなるような…そんな気持ちに
なったことはなかった。

―克哉さん、克哉さん! 帰って来てくれよっ!

 克哉が飛び出して、その後姿を見失って。
 その時ほど、治安があまり良くない街に安易に越してしまった自分を
呪った瞬間はなかった。
 大人しくて、優しい克哉が…荒れ果てた街中のどこにいて、どんな奴と
一緒に過ごしているのか…嫌な想像ばかりが溢れかえった時はなかった。
 結局、克哉は…ソコソコの値段のビジネスホテルで二泊ほどして…頭が
冷えて落ち着いた頃に帰って来たのだが、その時まで…胸が掻き毟られる
ような二日間を、太一は過ごしたのだ。

―克哉さんが、帰って来てくれて…本当に、良かった…!

 その当時の記憶を思い出して、思わず…涙ぐみそうになった。
 大切な人を、自分のちっちゃなプライドとか、意地とかで追い詰めて…
何か事件に巻き込まれてしまっているんじゃないか、危ない目に遭って
いるんじゃないかと…思い詰めた二日間は、とても辛かったけれど。
 同時に、太一にとっては自分を深く見つめる時間になった。
 あの時ほど、ただ…元気な姿で克哉が傍にいてくれることだけで
自分はとても幸せだったのだという事実に気づかされた瞬間はなかった。 
 好きな人が自分の傍らで笑ってくれている。
 そんなささいな事でも、とても幸福なのだ。

 それに気づいてからは…太一は小さいプライドや、意地を捨てていった。
 …そして、どうやったらこの異国の地で、克哉が楽に生きられるかと
必死に考えた結果、少しぐらい上手く行かなくても安易に引っ越したり
しないで…それからは、暫く一箇所に落ち着いて粘り強く其処で頑張る
ようになった。
 引っ越す度にメンバーを簡単に入れ替えるような真似はせず、
其処で知り合った人間とじっくりと音楽を作り上げていった。
 それから、ようやく…バンドは軌道に乗っていったのだ。

(…それに比べれば、今は幸せだよな…)

 しみじみと、太一は…今の幸福を噛み締めていった。
 ただ…胸の中を、克哉のことだけで満たしていく。
 同性だとか、年上だとか…もう、関係ない。
 自分にとっては克哉は大切で、あの人も同じように感じてくれている。
 好きな人に、同じように想って貰えること。
 こちらの気持ちを真っ直ぐに、全身で受け止めてもらっている事。
 その喜びの方が…遥かに勝っているから、障害など太一にとっては
何の関係もなかった。

 ―晴天の青空

 この空のおかげで、離れていても…今はあの人としっかり繋がっているような
そんな気持ちになれていた。
 青い空には、必ずワンセットのように太陽がついているから。
 それは…克哉がこの一言を、自分に良く言ってくれているからかも知れなかった。

―太一は、オレにとって…太陽のような存在だから

 そう、はにかみながら…何度も、何度も伝えてくれていた事が太一にとっては
大きな自信に繋がっていた。
 だから、自分にとっても…克哉は青空のような存在だと微笑みながら
伝えていった。
 そうやって三年間、言葉によって信頼を静かに積み上げていった。
 だから…少しぐらい離れていたって、繋がっているのだと実感出来る。
 全然、心細くなど感じなかった。

「…だって、もう…克哉さんは俺の心の中にしっかりと織り込まれて…
存在して、息づいているからね…」

 そう、瞳を細めて微かに笑っていくと…胸を押さえて、そう呟いていく。
 一人だからこそ…愛しい人の面影が、鮮明に脳裏に浮かべられる。
 その気持ちが、新たなる旋律を生み出し…彼の中で奏でられていった。

「…良し、休憩終わり…! 絶対に克哉さんが帰って来るまでには…完成させて
びっくりさせるぞ…!」

 そう呟いた太一の表情は悪戯を企んだ子供のように生き生きとしていた。
 そのまま…ギターを再び、片手に持って…心の赴くままに綺麗な
メロディを紡ぎ上げていく。

―太一のその姿は、心底…楽しそうであった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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