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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―本日は本当にポカポカとした陽気で気持ちが良かった。

 小さな公園を何週もグルグルと回っていたが…同じ場所を歩き続けて
いるのに飽きてきたので、そのまま克哉は東京の街中を歩き始めていった。
 勢いで電車に乗り込んで、東京駅の周辺で降りた。
 そこから十~十五分ぐらい歩いた位置にある公園で休んでいたけれど…
銀座・新橋方面へとゆっくりと歩き始めていく。

(この辺りを歩き回るのも久しぶりだよな…)

 キクチに在籍していた頃は、銀座方面はたまに接待関係で
立ち寄ることがあった。
 今となってはそんな事も、懐かしい思い出の一つだった。
 東京から銀座に続く道を歩いていくと…公園で時間を潰している内に
午前十時をいつの間にか迎えていたらしい。 
 シャッターが下りていた数多くの店舗が開いて、街全体が起き始めていく。
 東京は一晩中、ネオンが輝いている所が多く…深夜まで営業している
店も多い。
 だが、昼間をメインに営業している店舗も多いので…夜の銀座とは
また違った顔が覗き始めていく。

(懐かしいな…東京駅付近にあったブックセンターとかで…専門書とか
仕事で使うような関係資料も求めた事もあったっけ…)

 取引先の本社が、この付近に結構あったので…八課にいた頃は
たまに駅付近にある八階建ての大きなブックセンターで購入する
事も多かった。
 こんな風に、東京の街を一人で歩き回るなんて…太一と駆け落ちして
以降はずっとなかったから…懐かしい気持ちでいっぱいだった。

(営業していた頃の俺は…こうして太一と駆け落ちして…音楽の
マネージャー業をやっている自分なんて、想像した事もなかったな…)

 街を歩いている内に、一瞬だけ…サラリーマンをやっていた頃の自分の
姿が思い浮かんでいく。
 自信がなくて、オドオドしてて…いつも弱腰だった頃の自分。
 真面目さだけが唯一の取り得だった。
 逆を言えばそれしか自分にとって誇れるものはなかった。
 そんな自分の昔の姿が一瞬だけ、幻として見えて…あまりに懐かしくて
克哉はフっと自然と笑みを浮かべてしまっていた。

(あの頃は…今、思えば…息をしている事も辛かったよな。周りの目ばかり
気にして…強気に出る事もなくて。人と衝突したり意見がぶつかったりすると、争ったり
自己主張するのが怖くて自分が折れてばかりで…その癖、それをいつまでも
吹っ切れないで胸に抱えていたりとかな…)

 そんな自分を懐かしく思えるのは、太一と過ごしたアメリカでの三年間が
あるからだろうか。
 太一と過ごして、初めて…ケンカしながらでも、いやむしろ本心を言って
人とぶつかりあう事の本当の意味を知ることが出来た。
 人と争うのが怖くて意見を殺してばかりいた頃の自分には、それは本当に
一種のカルチャーショックに近かった。

 太一だけではない。アメリカという国で生きている人達は…第一線で
活躍している人は人と争うこと、ぶつかる事になっても…真摯に、真っ直ぐに
己の気持ちを他者にぶつけて、「自分を理解してもらう」努力を怠らなかった。
 そんな世界で生きて…適度に自分の願いや意思を伝える事が出来るように
なった克哉にとっては…そんな過去の自分すらも、何故か愛おしく感じた。

「はは、何だろう。かつての自分を思い出す場所を歩いていると…
この三年間でどれだけオレは太一に変えられたんだろうって…
そんな事ばかり、気づかされるよな…」

 駆け落ちしてからずっと、克哉の傍にはいつだって太一がいた。
 当然、別々の意思を持つ良い大人同士なのだから…時には離れて
行動する時間だって沢山あった。
 けれど、フっと気づいた時…まるで空気か何かのようにごく自然に
当たり前のように存在していたのは太一だけだった。
 アメリカの方で太一のバンドが売れ始めた頃辺りは…たまに出来る
オフの時間は、殆ど恋人として過ごすことに費やしていた。

―克哉さん

 そう、彼に呼ばれた気がして…フっと克哉は空を見上げた。
 本当に自分は、重症だなと思った。
 今朝、家を飛び出してから…こうやって一人で過ごしている間も…
自分の頭の中を占めているのは太一の事ばかりで。
 
「…はは、参ったな。こうやって恥ずかしくなって家を飛び出して…
久しぶりにゆっくりと一人の時間を過ごしているのに…考えているのは
太一の事ばっか何だよな…オレは…」

 日が高くなった事でどこか肌寒かった空気がゆっくりと
暖められていく。
 フワフワ、ポカポカとしている外気は…まるで、太一に背後から
そっと抱きしめられているような錯覚を覚えていく。

―克哉さん、寒い? それなら俺が暖めてあげるよ

 そういって、背後から抱きしめてくれた事。
 寒い日に、そっとこちらの手を優しく擦り上げてくれた事。
 さりげなく上着を掛けてくれたり、暖かい飲み物をくれたり…
そんな他愛無い、温もりをくれた行為ばかりを思い出していく。

「気持ち良い…」

 自然と、そんな言葉が出た。
 セックスの時の快楽とはまた違う、心地よさ。
 慌しい日常で疲れている心と身体に、ゆっくりと暖かなものが充電されて
いくような…そんな心持ちだった。

 空に浮かぶのは眩い太陽。
 十月だというのに目を焼くぐらいに鮮烈に輝く様子を…そっと手をかざして
いきながら、仰ぎ見ていく。
 太陽がこんな風に輝く日は、離れていても…太一の事ばかり思い出す。
 その事実が、普段傍にいる時には実感出来ない「何か」を克哉に
気づかせてくれた。

「あぁ…判った。これ…だったんだ。オレが見つけたかったものって…」

 それは、言葉にするととても陳腐になってしまう。
 けれど、離れて時を過ごしていても…常に相手と繋がっているという
確信を持てる。
 目には見えないもの、触れる事で確かめることが出来ないもの。
 …言葉に直すなら信頼とか、絆とか…そう呼ばれるものが、気づかない
間に…いつの間にか自分達の間に生まれて、紡がれていた事を…
そっと実感していく。
 やっと気づくことが出来て…克哉は晴れやかな顔を浮かべていった。

「ふふ、太一には本当に敵わないよな…。いつの間にか、傍にいる事が
当たり前になっていて…。知らない内に、価値観とか色んなものが
変えられてしまって…革命を起こされたようなものだよな…」

 五十嵐太一は、それまでの佐伯克哉を大きく変えた存在だった。
 自信がなくて、うだつが上がらなかった頃の自分を認めてくれていた。
 肯定して励まして、いつだってあの明るい笑顔で照らしていた。
 これも…言葉にするとクサくなるが…「太一はオレの太陽だ」と
言うのが一番相応しかった。
 多分、そんな事を口にしたら…きっと太一も照れるだろうけど。
 そんな事を逡巡しながら…街道を歩き続けている内に大きなデパートに
辿り着いていく。
 その店頭のディスプレイに、MGNの新商品…タイアップに使われて
大ヒットを治めた例の一曲が…流れていく。

 ドキン

 それについ目を釘付けにされて…足を止めていく。
 画面の中の太一は、普段の気さくで明るい雰囲気とは打って
変わって…切なく真摯な表情を浮かべていった。
 太一の唇から、甘くて優しいあのメロディが紡がれていく。
 
 ドキン、ドキン…

 少しずつ、脈拍が上がっていくのが判る。
 いつも…間近で見すぎていたから気づかなかった。
 太一が観客や視聴者にこんな顔を向けながら…歌っている事を。
 それにチリリと嫉妬に似た気持ちを抱いたが、逆に自分は他のファンや
関係者が見れない…「恋人として」の太一の顔を独占している。

―離れていても、太一はラブソングに乗せて…克哉への愛を
しっかりと伝えてくれている

 男同士という事も、最早これだけ好きあっているのなら関係ないじゃない?
 そうはっきりと言うように…太一は、克哉への想いを隠さない。
 それがあまりに堂々としすぎてあっけらかんと言い放つので…周囲の人間は
冗談程度に受け止めて、深く突っ込まれることはなかったけれど。
 けれどその態度が、克哉を安心させていてくれたのもまた事実だった。

(何か…こうやって街中で、太一の歌が流れていると…嫌でも、太一の事ばかり
考えちゃうよな…。そうだ、このデパートで…太一が喜びそうなものを何か
探して…買っていこうかな…)

 普段、一緒に行動する事が多いので…なかなか、太一に黙って何かを買って
びっくりさせる…という事が出来なかった。
 スーパーで食材の買出しに行く時は一人のことが多いのだが…さすがに
其処では「プレゼント」出来るようなものを探すのは不向きだった。
 目の前には随分と大きなデパートが立ち並んでいる。
 本館8階、別館6階…どちらも地下はB2階まである、見ているだけで
圧巻されそうな立派なデパートを前にして…少しウキウキした気持ちに
なっていく。

「せっかくだから…この機会を生かそうかな。アメリカにいた頃も
今も…バンドが軌道に乗ってからは忙しくて、ゆっくりとプレゼントを
買いに行く暇すらなかったしな…」

 離れて過ごすなら、その時間を生かそうと思った。
 そう考えた克哉の心の中にはいつの間にか…あんなに意地悪い一言を
耳元で囁いてこちらを恥ずかしがらせてくれた太一への怒りやモヤモヤした
ものは…すっかりと抜け落ちていたのだった―
 

 

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香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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